神々に祝福されし者達【完結】   作:マイマイ

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フィアは願う、新たな願いを。
仲間達の言葉と想いを受け、彼は新たな道を選ぶ……。


第3部捕喰166 ~抱く新たな願い、誕生する神~

「――はぁ、は、はっ、は………」

「………フィア、さん」

 

悲鳴を上げながら、その巨体を地面に倒させる零號神機兵。

振り上げていた右腕は大型ブレードごと切断され、地面を多量の血で赤く穢していく。

その光景を驚愕の表情を浮かべて見つめるブラッド達、その中心には乱れた息を吐き続けながら、神機を振り上げたままの体勢で固まっている少年、フィアの姿があった。

彼の一撃は零號神機兵の右腕を斬り飛ばし、致命傷を与えた。

凄まじく強く、早い一撃、今までの彼を遥かに超えた剣戟であった。

だが、当のフィアは自らの行動に疑問を浮かべて思考は困惑の極みに達していた。

 

(僕、は………)

「………フィア、一体どうしたというの?」

「…………」

「楽になりたいのでしょう? もう生きていたくはないのでしょう? 痛みも苦しみも後悔も、全て投げ捨てて消えてしまいたいのでしょう?」

「……………僕、は」

 

ああそうだ、ラケルの言葉は正しい。

死んで楽になりたい、恐いけどそれ以上に生きる事に疲れてしまった。

それは己を誤魔化そうとしても誤魔化しきれない事実、だから否定する事などできるわけがない。

……ならば、何故自分は再び神機を持って、シエルに襲い掛かった零號神機兵の右腕を斬り飛ばしたのか。

何もかも嫌になったのならそのまま身を委ねればいい、誰がどうなろうと知った事ではないはずだというのに。

 

 

――貴方の事が好きだから……これからも、生きていてほしいんです。

 

 

シエルの告白が、想いが、フィアの中を駆け巡る。

自分を好きだと彼女は言った、こんな自分を好きだと言って、生きてほしいと心から願っている。

自分の罪を知って尚、彼女は変わらぬ愛情を向けてくれたのだ。

………本当にこの選択は正しいのかと、フィアの中で迷いが生まれる。

このまま死を選んで、初めから全て無かった事にする選択が、正しいのかと思うようになった。

 

(……わからない。僕は……どうすれば、いい?)

 

自分の望みが、またわからなくなってしまった。

死を望んでいるのか、それとも……別の道を歩みたいのか。

フィアの頭は思考停止に陥り、そんな彼にラケルの甘い言葉が囁かれる。

 

「――また、苦しみたいわけではないでしょう?」

「…………」

「忘れてはいけませんよ? あの地獄を、あの苦しみと後悔の渦を。

 あなたには全てを捨てて楽になる権利があります、それにもうすぐこの世界は――」

「――ラケル先生、それ以上フィアさんを迷わすのは許しません」

 

ラケルの言葉を遮って、シエルの冷たい声が場に突き刺さる。

その凄まじいまでの威圧感に、おもわずラケルは言葉を途中で切ってしまった。

 

「フィアさん、己の心にもう一度語りかけてください」

「シエル……」

「自分の望みを、もう一度考えてください。どんな選択を選ぼうとも…私は貴方を信じますから」

「――シエルちゃん、私じゃなくて“私達”、だよ」

 

そう言って会話に入ってきたのは、にこやかに微笑む少女、ナナであった。

彼女はフィアと目線を合わせ、普段の元気が有り余っているような笑顔ではなく、どこか大人びた笑みを見せ口を開く。

 

「シエルちゃんが言いたい事の殆どを言っちゃったけど、私達だってフィアに生きてほしいって…幸せになってほしいって思ってるよ?」

「ナナ………」

「――私も、フィアの事好きだから、ね」

「…………」

 

不意打ちのように放たれた、ナナからの告白。

少しだけはにかみながら、けれどその瞳は決して冗談の色は含まれていない。

彼女もまたシエルと同じように、自分に好意を抱いてくれていると理解できた。

フィアが驚いた表情をナナに向けると、彼女は照れたように頬を赤らめ笑う。

 

「――生きろよ、フィア!」

「ロミオ……」

「オレ、難しい事わかんねえし、お前の苦しみとか理解できねえかもしんないけどさ……でも、お前の事は大切な友達だと思ってるし、死んでほしくない!!」

「…………」

 

「――お前は、なんでも1人で背負い込み過ぎなんだ」

「ギル……」

「そんなに俺達が信用できないか? そうじゃない筈だ。お前はもっと誰かに甘える事を覚えろ、いつだって……俺達がお前を支えてみせる」

「…………」

 

心からの言葉、想いがフィアの心を包んでいく。

仲間達は本心から自分に生きていてほしいと願っている、では……自分は一体どうしたい?

何を望む?何を願う?

シエルとナナは好きだと言ってくれた。

ロミオは死んでほしくないと、大切な友達だと言ってくれた。

ギルは、もっと甘えろと言ってくれた。

 

(僕は………)

 

―――迷う必要なんか無いよ、フィア。

―――そうそう。自分の我儘を口にしちゃえばいいだけなんだから。

 

懐かしい声が、聞こえた。

直接頭に語りかけてくる女性の声、1人は少女と呼べる幼さを含んだ声で、もう1人は成熟した大人の声だった。

無論その声はシエルやナナはおろか、ラケルのものではない。

だがフィアは知っていた、この声を…彼はよく知っている。

 

―――もういいんだよフィア、ずっとずっと死んだ子達に引っ張られ続けてきたんだから、自分の心を解き放って。

―――キミの幸せをこんなにも望んでくれる友達が居るんだよ? なら……もっと我儘になったって罰は当たらないと思わない?

 

「…………」

 

―――みんなフィアが好きなんだよ、生きて幸せになってほしいと願ってるんだよ。

―――ギル達だけじゃない。ハルやみんなもね、それなのに自分から死ぬ事を願って無かった事にしたら、みんなの気持ちは、想いはどうなるの?

 

「…………」

 

―――頑張れ、フィア。

―――男の子なんだから、ガッツあるとこ見せてみて!!

 

「…………っっっ」

 

許されない事、かもしれない。

望んではいけない事、かもしれない。

自分の罪は決して消えない、未来永劫心の中で残り続ける。

己の存在は、ただここに在るだけで罪になるだろう。

……わかっている、そんな事はわかっている。

 

――でも。

 

――それでも、フィアは。

 

「――ゴオオオオオオオオオオッ!!!!」

「チッ、こいつ………!」

零號神機兵が起き上がり、再びブラッド達に襲い掛かる。

だが、その凶刃が皆に降り注ぐことは無く。

「ッ、ガカ………ッ!?」

零號神機兵の身体が左右二つに分かれる。

血を噴き出し、重い音を響かせながら地面に倒れる零號神機兵、無論身体を二つに分けられ生きている筈も無く、呆気なくその命を散らしていた。

だが、その場に居た誰もが零號神機兵の死に対して思う事は無かった。

 

倒れた零號神機兵の前に立つ、1人の少年。

右手にはロングタイプの神機を持ち、刀身は零號神機兵の血で赤く染まっていた。

少年の名はフィア、先程まで虚ろな表情を浮かべ人形のような彼だったが、今の彼の瞳には生気が溢れていた。

けれどその瞳は今までの彼、生気はあるが何処か歪なものではなく、年相応に幼く、でも美しく純粋な色を宿していた。

 

「………フィア、その瞳は」

「……きっと、ラケルの言葉は正しいと思うよ。終末捕喰を願うその心も…僕がこの場で死んだ方がいいという言葉も」

「…………」

「それでも、それでも僕は……また生きたいと思った、幸せになりたいというこの気持ちを……捨てたくないと思ったんだ」

 

だから、フィアはラケルを否定する。

今も変わらず自分に向けて慈愛に満ちた瞳を向けてくれる彼女に、心の中で頭を下げながら。

 

「……そう。残念ね」

そう呟くラケルの顔は、いつもの無機質なものではなく…悲しみを帯びたものに変わっていた。

「でも嬉しいわフィア、貴方はあの地獄の中で生き延びながら、最後の最後でそれすら乗り越えて未来を掴もうとしている。――とても素晴らしい事よ」

「ラケル……?」

「――でも、それももうここまで」

 

――フライア全体が、大きく揺れ動き始める。

 

「さあ――そろそろ起きなさい、ジュリウス」

「っ………!」

 

刹那、突如として地面から何かが現れる。

それは――枝、だろうか?

黄金色に輝く枝のようなものが、少しずつ地面を侵食するように出現し始めた。

無論それはただの木の枝などというものではない、あれは――オラクル細胞の塊だ。

 

「さようならブラッド、フィア、新たな世界で……また会える時を楽しみにしていますよ」

「ラケル………!」

おもわず、フィアはラケルに向けて手を伸ばす。

瞬間――枝の侵食が急速に速まり、瞬く間にラケルを事切れた零號神機兵ごと飲み込んでしまった。

 

「あ………」

ぷつりと、ラケルの命の灯火が消えた事をフィアは理解する。

すると、何故かはわからない、わからないが……言いようの無い悲しみが彼の中で生まれたような気がした。

 

「あれ見て!!」

「えっ……?」

ナナが、大きくなり続ける枝の中心部へと指差す。

そこには、1人の青年が眉のようなものの中で拘束されていた。

「ジュリウス………!」

その青年を見て、フィアは青年の名を口にする。

そう、髪は大きく伸び雰囲気も変わったものの……それは間違いなくジュリウスであった。

そして同時に、フィアはジュリウスの身に起きたある事実に気づき、愕然とする。

 

『ブラッドの諸君、すぐに極東支部に戻るんだ!!』

「サカキ博士!?」

『特殊な偏食場パルスを観測した、とにかく一度極東支部に戻りなさい!!

 この偏食場パルスは終末捕喰のものによく似ているが、恐らくまだ猶予はあるだろう。急ぎ戻って対策を練ることにしよう!!』

「……了解しました。フィアさん!!」

「…………」

「フィアさん、どうしました!?」

「………なんでもない」

 

他のブラッドと共に、神機保管庫から撤退するフィア。

入口近くまで走ってから、彼はもう一度中心部に視線を向ける。

既に中央付近は突然現れた枝のような物体に覆われており、尚も肥大化を続けている。

 

「……さようなら、ラケル」

 

呟く言葉は、ラケルに対する別れの言葉。

……どうして、そんな言葉が口から出たのかはフィアにもよくわからない。

ただ、もう二度と彼女に会えない事に…フィアは確かな悲しみを抱いたから………。

 

 

 

 

 

 

「――どうやら、ジュリウス君は既に“特異点”として完成してしまっているようだね」

 

場所は変わり、サカキの研究室。

サカキはブラッド達がフライアで見たジュリウスの姿を聞き、最悪の結果となった事を口にした。

 

「特異点として完成してしまった以上、彼を助ける事は不可能かもしれない……」

「そんな!?」

「でも、我々は決して諦めるわけにはいかない。大を生かすために小を殺す……そんな選択は認められないし、きっとこの極東の誰もが同じ意見の筈だ。

 ただこのままでは終末捕喰により我々人類…いや、この地球上に住む全ての生物が死に至るだろう」

「……サカキ、僕達は何をすればいい?」

「とにかく今は休むんだ。それが今の君達にできる最良の選択さ」

「……わかった」

 

言うやいなや、フィアは立ち上がり研究室を後にする。

慌てて彼の後を追うブラッド達、そして研究室に居るのがサカキ1人になってから。

 

 

「――まだ手はある筈だ。ロマンチストのまま終わらせるわけにはいかない、そうだろ、ヨハン?」

今は亡き友にそう告げ、サカキは椅子に座り複数のコンソールを操作し始めた。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




前回がちょっと長くなったので今回は短め。
楽しんでいただけたのなら幸いです。

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