そして、ラウエルの命の灯火も尽きそうになる中で。
――彼等は、もう一方の“意志”を見る事になる。
――死が、迫っている。
アンノウンの爪が、ラウエルの命を奪おうと迫ってきている。
それを、何処か他人事のように見つめながら……ラウエルはただ、その時を待っていた。
(……ラウエル、死んじゃうんだ……)
両腕を捥がれ、身体には風穴が開き、彼女の身体は既に死に体。
放っておいてもその命は尽きてしまうし、何より一秒後にはアンノウンによって確実に命を狩られるだろう。
認めたくはない、認める事などできるわけがない。
だが認めなかった所でどうなる? 結末はもう決まっており、それを変える事など……。
(……パパ、ママ……)
景色が、スローモーションのように流れている。
その中で、ラウエルは最期にカズキとアリサのその瞳に捉えた。
――必死に、自分に向かって何かを叫んでいる。
何を言っているのかわからない、でも……2人とも、泣いていた。
泣きながら、必死に何かを叫んでいる姿を見て。
(パパとママが泣いてる……どうして……?)
虚ろな目だったラウエルの瞳に、僅かな光が戻ってきた。
どうして、2人は泣いている?
どうして、悲しんでいる?
……誰が、2人を悲しませている?
(………お前、ガ………)
「―――――」
驚愕が、アンノウンの思考を乱す。
一体自分の目の前で何が起きたのか、彼女にすら理解できないまま。
「――どうして、まだ動ける?」
憎しみすら孕んだ視線を、一瞬で自分の視界から離れた死に体のラウエルへと向けた。
……動ける筈がないのだ。
アンノウンの殺生石は、そこにあるだけで無尽蔵に他者の生命エネルギーを奪い続ける。
アラガミとて偏食因子を機能不全にさせ、自分以外の存在の動きを完全に停止させる事ができる筈だ。
それにラウエルの身体には大きなダメージを負わせた、だから自分の爪を避ける事などできる筈がないのだ。
だというのに結末は変わった、虚ろな瞳はそのままだが……ラウエルは自分の攻撃を回避しながら離れ、しっかりとその足で立っている。
その姿を見て、アンノウンはただただ苛立ちを募らせた。
だが同時に――
(……コイツ、細胞が)
「――――さない」
「あ?」
「パパと、ママを、いじめるヤツ……絶対、許さない」
今にも消え入りそうな程小さく弱々しい声だったが、その声には確かな怒りが込められていた。
口から血を吐き出しながらも、ラウエルはただその一心で生き永らえていた。
自分を愛してくれた、娘だと思ってくれたカズキとアリサ。
この2人を傷つける者から守るために、ただそれだけの想いでラウエルは死にそうな身体を支えており。
――彼女の細胞が、急激に躍動を開始した。
「ッ、コイツ―――!」
間違いない、気のせいではなかった。
ラウエルの変化を理解し、アンノウンの表情に僅かな焦りが見える。
自分の勝利は決まっている、だがそれは今のラウエルという不確定要素が加われば瓦解してしまうだろう。
だからアンノウンは動いた、全力で死に体である筈のラウエルを滅するために。
ラウエルは動かない、何度も言うように今の彼女は死に体なのだ。
次の一撃を回避する事も防御する事もできない、このままでは彼女の未来は変わらない。
「ラウエルーーーーーーーッ!!!」
「う、動いて……お願い、私の身体ぁぁぁぁぁ………!」
カズキもアリサも、ラウエルを守るために起き上がろうとするが、指一本動かせなかった。
アンノウンの殺生石はただ偏食因子の機能不全を引き起こすだけではない、生命エネルギーすら奪い続けるものだ。
並の人間ならば既に死に絶えている、彼等が生きているのは普通の人間よりも強靭な生命エネルギーを持っているが故だった。
ブラッド達も、その誰もがラウエルを助けようとするが、カズキ達と同じく何もできないでいた。
(……僕は、また………)
その中で、フィアは目の前の光景を見て自らの過去をフラッシュバックさせる。
……何もできなかった、誰も助けられなかった幼少期。
全ての命を踏み躙り、見捨て、助けたいと願うだけで何もできなかった無力な自分。
神機使いとなり、ブラッドの隊長となり、少しは強くなれたと…仲間達と共に守れなかった人達の分まで沢山の力無き人達を守れると信じていた。
だというのに、この体たらくは何だ?
友人であり、先輩であり、フィア自身が認める最強の神機使いであるカズキとその妻であるアリサの愛娘、ラウエルが今まさにその命を無慈悲に奪われようとしているのに何もできない。
(僕は、何のためにここにいる?)
答えなど、決まっている。
ならば――何を成せばいいのかも決まっていた。
助けるのだ、何が何でも、絶対に。
己の全てを懸けて、訪れるであろう未来を全力で抗う。
(もう、あんな思いは沢山だ……僕はもう、誰も―――!)
失いたくない、失わせるわけにはいかない。
だからフィアは最後の一瞬まで足掻く、足掻いて足掻いて足掻き続けて。
―――そうだよフィア、頑張って!!!
―――私もちゃんと力を貸してあげるよ、だから頑張れ!!
いつかの夢の中で聞いた声に後押しされ。
フィアの身体に、変化が訪れた。
両の手はとうの昔に握り拳になり、彼はそのまま立ち上がりニーヴェルン・クレイグを手に持つ。
……身体が軽い、全身から力が噴き出していく。
両足に力を込め、地面を踏み抜く勢いでフィアは地を蹴った。
瞬間、彼の居た場所の地面が大きく陥没し、一瞬でフィアはアンノウンとラウエルの間へと割って入り。
「ッ――――!」
ラウエルに向かって振り下ろされたアンノウンの爪を、横薙ぎの一撃で弾き飛ばした。
「お前、その力は………!?」
「――うおおおおおおおおおおっ!!!」
「くっ………!?」
まさに嵐、暴風の如し剣戟を放たれ、アンノウンは混乱しつつも瞬時に九尾の尻尾を用いてフィアと対峙する。
――今の彼は、あの時と同じだった。
かつてオーディンと戦った際に起こった、不可思議な現象。
彼の背中には、骨組みのように重なり合った漆黒の“翼”が生えている。
いや、生えているというよりは噴出し続けているといった方が正しい。
それは高圧縮されたオラクル細胞の塊、限界を超えた先にあるフィア・エグフィードの新たな力であった。
「………凄い」
「フィア……」
それを見て、カズキとアリサはおもわず彼に見惚れてしまった。
なんという強大な力、けれど恐ろしさは微塵も感じられない。
あれはまさに彼の優しさと想いがそのまま力となったもの、恐ろしいと思う事などある筈がない。
それだけではない、あの強大な力の中に……彼とは違う“意志”を感じられる。
正体は掴めない、だがその“意志”はただ優しく穏やかなものだと2人は理解できた。
「パパ、ママ!!!」
「ッ、ラウエル……」
2人の前に駆け寄るのは、ラウエル。
彼女の声を聞けた事に喜びを感じつつ、2人はラウエルの姿を見て…驚愕した。
「ラ、ラウエル……腕が……!?」
「も、元に戻ってる……!?」
そう、アンノウンによって引き千切られた筈の両腕が、再生していた。
それだけでも驚愕に値するというのに、更にラウエルの容姿も変化しており2人は更に驚愕する。
第三の目は無くなり、頭から身体全体を覆うように黄金色のローブを羽織っているラウエル。
それ以外にさしたる変化はない、身長だって顔つきだって前と変わらない小柄で幼い彼女だが……内部は、大きな変化を遂げていた。
全身から溢れ出そうとしている偏食場は、サリエルのものではなくなっている。
この偏食場は――“感応種”のものだ!!
「……ニュクス・アルヴァ」
「えっ?」
「ラウエル、ニュクス・アルヴァが放つ偏食場と同じものを放ってる……」
「じ、じゃあラウエルは“感応種”になったって事ですか!?」
「わからない。でも彼女が進化を果たしたのは確かだ」
「んー……ラウエルもよくわかんないの。でもアイツがパパとママをいじめるから、それが許せなくて……」
そう思った瞬間、死に体だった身体に力が宿った。
細胞は凄まじい勢いで躍動し、千切れた両腕を再生させ、更にラウエル自身を完全に作り変えた。
……だが、今はそんな事を悠長に考えている場合ではない。
「パパ、じっとしてて」
「えっ……」
何をする気なのか、カズキがそう問いかけるより前に、ラウエルは両手をカズキの身体に添える。
瞬間、ラウエルの両手が淡いエメラルド色の光に包まれ、その光がゆっくりとカズキの身体の中へと入っていった。
「っ、これは……!?」
すると、彼の身体に変化が訪れる。
少しずつ、ほんの少しずつだが身体に力が戻っていく感覚。
「ニュクス・アルヴァの回復能力……」
「んぐぐ……ぷはっ、もう無理…これ以上はできないよお……」
しかし、その回復はすぐさま途切れてしまった。
「上手くできないなあ……」
「大丈夫。動けるぐらいには回復できたから」
褒めるように、ラウエルの頭を撫でるカズキ。
――だが、状況は最悪である事に変わりはなかった。
アンノウンはフィアが抑えててくれているが、あれがいつまで保つかわからない。
それに今尚アンノウンが放った殺生石は健在だ、あれを破壊しなければ他の者達の命が危ない。
かといって、アンノウンをこのまま放っておけばフィアの命は間違いなく奪われる。
今は互角に戦っているが、彼のあの不可思議な力は秒単位で弱まっているのだ。
……しかし、ラウエルによって回復したとはいえ、今のカズキの力は全開状態の二割にも満たない。
これではアンノウンとまともに戦うことはできず、かといってアラガミを食して回復する余裕もない。
「ラウエル、できる事なら他のみんなも回復してやってくれ」
「う、うん……でも、パパは?」
「僕はアンノウンを倒す」
「無茶ですカズキ、今の状態で戦えば………!」
「わかってる。だけどこのままじゃフィアも―――」
「―――きゅー」
「タマモ……?」
「…………」
アンノウンによって痛々しい傷を刻まれながらも、タマモはカズキ達の元へと近寄ってくる。
そして、彼女は自分の右手をカズキに向かって伸ばす。
「……掴めって、事なのか?」
カズキの問いに、頷きを返すタマモ。
彼女の意図が読めず困惑しながらも、カズキはタマモの手を取って。
「っ、な、ん………!?」
流れてきたモノを全身で感じ取り、驚愕の声を上げた。
――流れてくる、タマモの細胞が。
――限りなく純粋で、大きな力を持った“レトロオラクル細胞”が。
――カズキに、限界を超えた進化を果たした彼に、新たな力を与えていく。
「―――っ、ぐ………!?」
「はぁ…はぁ……ふぅ、なかなかにしぶといね」
「く、そ………」
倒れたままアンノウンを睨むフィア、既に彼の背中から翼は消えていた。
故に今の彼にはもう戦う力は残っていない、アンノウンの力をかなり削ぐ事ができたが先に彼の力が尽きてしまった。
肩で大きく息をしつつ、アンノウンは倒れたフィアの命を奪おうとして――何度目になるかわからぬ驚愕の表情を浮かべる。
そんな馬鹿な、ありえる筈がない、現実逃避ともとれる感情を内側に抱きながら……アンノウンは、自分を睨むカズキへと視線を向けた。
「カズキ……まさか」
「……アンノウン、今度こそ…今度こそ、お前をここで滅する!!」
「嘘だ……ワタシと同じ細胞を、カズキの身体が受け付けられる筈が無い!!」
カズキの身体に宿るもの、それはタマモやアンノウンが持つ“レトロオラクル細胞”であった。
しかしそんな事は絶対にありえない、既にカズキは様々なアラガミの細胞を取り込み不純物まみれになっている。
故に限りなく純粋で混じり気の無い“レトロオラクル細胞”を受け入れる事は、絶対にできない筈なのだ。
たとえ試みたとしても、“レトロオラクル細胞”は他の細胞と混じり合いその純粋な故の力は失われる。
だというのに、カズキの身体はそれを受け入れ――今まで以上の力を引き出していた。
「こんな……こんな都合の良い話があってたまるもんか! こんな奇跡が起きていい筈が………!」
「……そうだな。確かにお前の言う通りこの結果は都合の良いものなんだろう、だけど僕にはそんな事関係ない。この力で今度こそお前を倒す……ただそれだけで充分だ!!!」
(まさか、こんな結果を生み出すなんて……こんな結果、人間達だけで起こせる筈が無いのに………!)
だが、現実は変わらない。
アンノウンの言う通り都合の良い話は消えず、力の増したカズキが自分へと迫っている。
――加減など、できない。
今のカズキは全力の自分と同等、もしくはそれ以上だ。
故にアンノウンは瞬時に殺生石を消し去り、それを自分の中へと取り込んだ。
それによりアリサとブラッド達に襲い掛かっていた吸収の力は消え、彼女達の命が奪われるという危機は遠ざかった。
「カズキィィィィィィィィィィッ!!!」
「お前には負けられない……消えろ、アンノウン!!!」
――その光景を、誰もが目を背けずに見つめていた。
ラウエルの力によって、どうにか動ける程度に回復したアリサ達であったが、カズキとアンノウンの戦いを見て援護に入る事は不可能だと思い知らされた。
――両者の戦いを、目で追う事ができない。
聞こえてくる鋼がぶつかり合うような甲高い音、それだけが両者の激しい戦いを理解できる材料だ。
その音が聞こえる度に旋風が巻き起こり、大地が揺れ、大気が震える。
もはやそれは人とアラガミの戦いではない、何者にも立ち入らせる事を許さない神々の戦いだ。
(なんでなんでなんで……どうして、こんな………!)
その戦いの中で、アンノウンは必死にカズキの攻撃を捌きながら、なんでどうしてと心の中で叫び続けていた。
力の出し惜しみはしなかった、奥の手である“殺生石”まで用いた。
結果、ほんの少し前まで自分の勝利は揺るぎないものになっていた筈だというのに。
次から次へと奇跡が起き、邪魔をされ、今こうして確かな“死”がアンノウンのすぐ傍まで迫っている。
こんな結末など認められるわけがない、最後の快楽を味わう為の戦いで何故自分がこのような状況に立たされているというのか。
……終末捕喰は、すぐそこまで迫っている。
それはこの星の意志そのもの、その意志に抗う存在はアンノウンにとって許容できない存在だ。
「おかしい……おかしいよ、カズキ!!」
「…………」
「この星は全てを一からやり直す事を望んでる! それがわかっていながらそんなエゴを振り翳すの? その力を無駄に消耗して…守る価値の無い人間を守るために使うなんておかしいよ!!」
「……エゴ、か。そうだな、それはきっと正しい」
死にたくないから、人は生きている。
それはきっとエゴなのだろう、生き物が生きる事そのものがエゴそのものなのだろう。
否定する事はできない、否定する気も無い。
でも、それでも――カズキには譲れないものがあった。
「――それでも、僕達はこの世界を生きていたいんだ。幸せになりたいんだ」
「死ねば、そんな願望なんて消えてなくなる!!」
「それはできないよ。僕は…僕達人は、そんな割り切った答えは出せないから」
「っ、カズキーーーーーーーーーーッ!!!」
「―――――」
左腕に喪失感を覚え、カズキはそちらへと視線を向ける。
………無くなっていた。
根元から、自分の左腕が、アンノウンの手刀で見事に切り飛ばされ後方の地面に落ちた。
遅れて痛みが、苦しみがカズキに襲い掛かる。
……それすらも、今の彼にはありがたいものだった。
生きているとわかるから、そしてその事実が彼にアンノウンと戦う力を与えてくれるから。
「っ、ぎぃぃ………!?」
アンノウンの口から、聴くに堪えない断末魔の声が放たれる。
カズキの剣が、アンノウンの右腕を斬り飛ばしたからだ。
更に返す刀で彼は左腕も斬り飛ばし、脳天から相手の身体を二つに分けようと上段から神機を振り下ろす。
「っ、ぎ、がががが………!」
だが不発、アンノウンは後方に後退し――最後の一手を繰り出した。
「カズ、キ………カズキィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!」
瞳に絶殺の意志を込め、アンノウンは瞬時に斬り飛ばされた左腕を再生させながら、その掌に全エネルギーを込めていく。
「――お前には、負けられないんだ」
対するカズキも、自身に残された全エネルギーを神機の刀身に込めていく。
そのエネルギーは光の剣へと変化し、高圧縮された力は瞬く間に臨界へと達した。
「――消えろおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
カズキに向かって左腕を突き出すアンノウン。
その掌には禍々しい輝きを放っており、触れただけで致命傷は必至。
「…………」
けれど、カズキの心はただひたすらに落ち着いたまま。
「――さよならだ。アンノウン」
どこか、アンノウンに対し同情するような呟きを零し。
――右足を振り上げ、自らアンノウンの一撃を受け。
――自身の右足を犠牲にして、アンノウンの動きを一瞬だけ止め。
――右手を振り上げ、懇親の力を以て光の剣をアンノウンの身体へと叩き込み。
「っ、ぁ―――」
アンノウンの身体を、黄金の光の中へと呑み込ませ。
カズキにとって長い長い因縁の戦いに、決着が着いた瞬間が訪れた―――
To.Be.Continued...
………終わった。
戦闘ばっかですみませんでした、次回は本編に戻ります。
少しでも楽しんでいただければ幸いでした。