久しぶりのアリサのGE日誌、なのでこの話のみアリサ視点での描写になります。
「…………ふう」
大きく息を吐き出しながら、私――抗神アリサは書類を束ねる。
この書類はサテライト居住区に関する要望や建設関係の意見書などが纏められたものだ。
専門の者が居ないので、こういった事も私達“クレイドル”のメンバーが行わなければならないので……正直大変でもある。
今回だってこの書類を纏めるのに一週間以上掛かってしまったし、その間もサテライト居住区の防衛などで体力を消耗しており……そろそろ私の身体がストライキを起こしそうになっていた。
とはいえあの人は……カズキは私以上に頑張っているのだ、私だけが弱音を吐くわけにはいかない。
「………ママー?」
「きゅー……?」
背後から声が聞こえる、聞き覚えのあるこの声に私は笑みを浮かべながら振り向いた。
「ラウエル、タマモ、どうしたの?」
振り向いた視界の先には、思った通り愛娘のラウエルとタマモが居た。
「………お仕事、終わった?」
少しだけ遠慮がちにそう訊ねるラウエル。
どうやら私の仕事が終わるまで声を掛けずに居たようだ、なんて良い子なのだろう……。
愛娘の可愛らしさで、少しだけ疲れが吹き飛んだ気がした。
「終わったわよ。一緒に遊びたいの?」
「あ、うん!! ………あっ、でも…やっぱいいや」
「ええっ!?」
思わぬ返答に、私はショックを受ける。
ま、まさかラウエル……ママと遊ぶのが嫌なの!?
早過ぎる反抗期なの!?カ、カズキに相談しないと………。
「だってママ、疲れてるでしょ?」
「きゅー……」
「ラウエル、タマモ……」
ううっ、本当に良い子過ぎます……。
愛娘達の優しさが五臓六腑に染み渡る、油断していると鼻血が出そうです。
「大丈夫よ。もう仕事もひと段落したから」
この書類をサカキ博士に渡せば、久しぶりの休暇だ。
カズキは残念ながらサテライト居住区の建設予定地周辺の警護があるから、一緒に過ごせないけど……仕方がないですね。
なのでラウエル達と遊ぶ事に支障などないのだ、そう説明するがこの子達の表情からは遠慮の色が消えない。
むぅ、娘から気を遣われるというのは親として中々に歯痒いですね……。
「あのね、ママと遊ぶのは凄く楽しいし嬉しいけど……疲れてるから、先に疲れを取ってほしいの」
「きゅー、きゅきゅ、きゅー!」
「だからね……今からお風呂に行こうよ!!」
「お風呂……」
アナグラには、大浴場が存在している。
もう半月近くシャワーだけだったから、確かに温かい湯に浸かって疲れを取りたいという思いはあった。
でも、ラウエル達に気を遣ってもらってというのはやはり気が引けますね……。
……いえ、そういう考えを抱くのはやめましょう。
素直に相手の厚意に甘えるのも一つの礼儀、カズキにもそう言われた事がありますし今回は甘える事にしましょう。
それに疲れを取ったら存分に遊べばいい、そう思った私は2人と共に大浴場へ。
「…………」
「………あのねラウエル、無言でママの胸を鷲掴みにするのはやめなさいって前に言わなかった?」
脱衣所で衣類を脱いでいる最中に、いきなりラウエルに胸を掴まれた。
彼女にとって私の胸は興味の対象らしい、タマモもそうなのか触りたそうに視線を向けている。
あ、ちょ、揉まないでください、変な気分になってきますから。
やんわりとラウエルを引き剥がし、私達は大浴場へと赴く。
「――あら、お疲れ様アリサ」
「お疲れ様です、アリサさん!」
大浴場には、先客としてジーナさんとエリナさんが湯に浸かっていた。
2人だけではなく、身体を洗っているナナさんとシエルさんの姿も確認できた。
「…………」
「……あの、ナナさん? どうしたんですか?」
身体を洗い始めた私を、何故か凝視し始めるナナさん。
しかもその視線がその…私の胸に向けられているのは何故……?
「……アリサさん、シエルちゃんとどっちが大きいんですか?」
「…………」
ナナさん、その質問セクハラですよ?
でも彼女の視線はある意味純粋さに溢れている、単なる知的好奇心から来る問いかけなのだろう。
この質問に他意はない、とはいえ返答に困る問いですね。
「? ナナさん、どっちが大きいって……何の事ですか?」
どうやらシエルさんはナナさんの質問の意味がわからなかった様子。
純粋ですねー、穢れの無い子って好きです。
「ん? もちろんおっぱいの事だよ」
「お………っ!?」
ナナさん……どうしてそうストレートな発言を。
ほらー、シエルさんの顔が一瞬で真っ赤になってしまったじゃないですか。
「シエルちゃんもおっきいけど、アリサさんも負けてないからどっちが大きいのかなって」
「え、あ、ちょ、なんて質問をしているんですか!!」
両手で胸を隠しつつ、がーっとナナさんを怒るシエルさん。
……なんでしょう、シエルさんを見ていると無性に弄りたくなってしまいます。
そんないけない考えを抱いていると……突如、背中に悪寒が走りました。
『…………』
ジ、ジーナさんとエリナさんが凄まじい形相でこちらを睨んでいます……。
違うんです、誤解なんです。
別にお2人に対する厭味とか自慢とか、そんなんじゃないんです。
ですのでどうかお願いします、そんな「憎しみで人が殺せたら」みたいな視線を向けないでください。
「……わたしだって、あと三年もあれば」
「ああ……撃ち貫いてあげたいわー」
「…………」
やっぱり誤解しているじゃないですかやだー。
というかエリナさんはともかくジーナさん、何を撃ち貫きたいんですか!?
……やめよう、世の中には知らなくていい事だって存在するのだ。
幸いナナさん達もお2人の視線に気づき静かになりましたので、今のやりとりは無かった事にしましょうそうしよう。
一旦思考を切り替え、私は自分の身体を洗った後、ラウエル達の身体を洗ってあげた。
そして湯船へと入る、温かなお湯が身体全体を包み蓄積した疲れが少しずつ流れていくような心地良さを味わい、私はほっと息を吐き出した。
「きゅー……」
「気持ちいいー……」
2人も気持ち良さそうにしていますね、可愛いです。
「……そういえば、タマモを湯に入れてよかったんですか? その、毛とか……」
「サカキ博士からは許可を貰っていますから、まあ流石に入った後に取り替えないと駄目ですけどね」
タマモに生えている尾は、動物の毛と同じ。
なので本来大浴場のような場所には入れられないのですが……今回だけは特別にサカキ博士から許可を貰いました。
少々痛い出費ですが、タマモの為ならへっちゃらです。
「ふぅ……」
「アリサさん、本当に疲れてるんですね」
「えっ、そうでしょうか?」
「顔色、ちょっと悪いですよ?」
「クレイドルの仕事が忙しいのはわかるけど、あなた達は少し頑張りすぎよ?」
「あはは……」
皆さんに揃って心配されてしまいました。
顔には出さないようにしていたのですが、つい緩んでしまったようです。
「やらなければいけない事、沢山ありますからね」
「……そんな調子じゃ、夫婦生活も満喫できていないのでしょう?」
「うっ………!」
ジーナさんの鋭い指摘に、おもわず唸り声が出てしまいました。
た、確かにこの半月……電話やメールのやりとりはしていますが、一度もカズキの顔を見ていません。
当然キスもしてないし、抱擁もできていませんし、その……その先もご無沙汰です。
うぐぐ、それを思い出すと禁断症状ががががが。
「やっぱり、クレイドルって大変なんですね」
「アリサと彼は特にね。神機使いとしても優秀過ぎるから何処にでも駆り出されるし、他の能力も優秀だから居住区の建築やその資材の確保、住人の苦情相談やアラガミの討伐……数え上げたらきりが無いわ」
「うわあ……」
「……アリサさん、このままじゃ倒れちゃいますよ?」
「ありがとうございますエリナさん、でもカズキは私以上に頑張っていますから」
あの人のパートナーとして、立ち止まってはいられません。
それに、私達が頑張る事で少しでも力なき人達を助ける事ができるのなら、決して無意味な事じゃないですから。
カズキもそう思っているから、どんなに大変でも負けたりしない。
……尤も、彼があそこまで頑張るのは、それだけが原因ではないんですが。
「あなた達はもう少し周りに甘える事を覚えた方がいいわ。居住区の防衛はわたし達防衛班に任せればいいし、同時に複数の問題を解決しようとしなくてもいい。
まああなた達はそれがわかってるのでしょうけど、だからこそ言いたいのよ」
「ジーナさん……」
「アリサさん、私もできる限り協力します! まだ半人前ですけど」
「エリナさん……」
「私達ブラッドも、感応種と戦う際にお役に立てると思います」
「そうですよー、だからアリサさん……あんまり無茶しないでくださいね?」
「シエルさん、ナナさん……」
……ああ、私は幸せ者だ。
こうやって甘えさせてくれる仲間や友達が傍に居てくれる。
こんなに幸せで尊い事はない、だからこそ私はどんな事だって乗り越えられるのだ。
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「――ラウエル、タマモ、部屋に戻ったら何して遊ぼうか?」
「えっとねー……タマモはどうしたい?」
「きゅ? きゅー……きゅーきゅー!!」
「前にコウタに教えてもらった『夜の営み』って遊びをしてみたいって!」
「…………」
コウタ、ラウエルだけじゃ飽き足らずタマモにまでくだらない入れ知恵を………!
よし……殺そう、物理的ではなく精神的に。
覚悟してくださいよコウタ、私の大切な娘達に手を出した罪……あなた自身に支払ってもらいますから。
確かな決意を抱きつつ、私は2人と一緒に部屋へと戻り。
「――おかえり、アリサ」
ここには居ない筈の人が、私を優しく迎え入れてくれた。
「…………えええっ!?」
「あ、パパ!!」
「きゅー!!」
「あっ―――ぐはっ!?」
突撃したラウエルとタマモの強烈タックルを受け、バタンとぶっ倒れたのは……私の旦那様、抗神カズキ。
いや、この際それはどうでもいいんです。
どうしてカズキがアナグラに帰ってきているのか、確かまだ建設予定地の警護が終わらない筈……。
「げほっ……久しぶりだねラウエル、タマモも」
「きゅー、きゅきゅー!!」
「うぶっ、ちょ…顔を舐めるのは…やめて……」
「むっ………!」
ちょっとタマモ、私だってまだペロペロしてないのに!
素早く、けれど痛くしないようにラウエル達をカズキから引き離す。
そして……ぎゅっと、彼に抱きついた。
ビクッと反応するカズキの身体、ごめんなさい……我慢できませんでした。
「ママ、ずるーい!!」
「きゅー!!」
「ず、ずるくないです! ――それよりカズキ、どうしてアナグラに? たしか第006サテライト居住区建設予定地の警護があったと思ったのですが……」
「うん。そうだったんだけど……他のメンバーに「休め」って言われてね……」
苦笑するカズキ、その様子を察するに複数人からかなり強く言われたのでしょうね。
でも、今の私にとっては好都合と言いますか、嬉しい誤算でした。
久しぶりに感じるカズキの温もり、それだけで私の全身を言い表せない程の幸福感が包み込んでいく。
我ながら現金なのは重々承知していますが、寂しかったのだから仕方ないです。
そんな事を考えていると、カズキは何も言わず…私を抱きしめ返してくれました。
「………会いたかった」
「はい」
「ごめんね。半月ぐらいで……凄く寂しくなった」
「いいんです。きっと私はカズキ以上に寂しがってましたから……」
それ以上は、言葉などいりませんでした。
少しだけ抱きしめる力を緩め、見つめあう私とカズキ。
少し痩せたような気がします、でも相変わらず私の大好きな笑みを見せてくれるカズキに、私は唇を近づけて……。
「―――おほんっ」
『あ……』
し、しまった……ラウエル達の事を忘れてました。
案の定、ラウエル達は私達に対して不満そうな視線を向けている。
ご、ごめんなさい2人とも、でもパパとママだって寂しかったんです!
「……じゃあ、これからみんなで出掛けようか?」
「ホント!?」
「うん。前に約束していたしね」
「わーい!!」
「きゅー!!」
うう……どうやらイチャイチャはお預けみたいですね。
まあ、でもしょうがないか、寂しかったのは私だけじゃないですし。
とは思いつつも、やっぱり残念というか、トホホな感じですけどね……。
「アリサ」
「えっ――んむっ!?」
唇に柔らかい感触、でもそれはすぐに離れてしまった。
目の前にはカズキの笑顔、どうやら不意打ちでキスをされたみたいです。
「ラウエル達と一緒に遊んだ後、もし余裕があるなら2人で過ごさないか?」
「…………はい」
もし余裕があるなら、じゃないですよカズキ。
そんなお誘い、断るわけがないじゃないですか。
――後日。
「――お姉ちゃん、久しぶりにお兄ちゃんと一緒に居られてよかったね!」
「あはは……でも、ローザだって兄妹水入らずで過ごしたかったんじゃない?」
「いいのいいの。お姉ちゃん達の邪魔をしちゃ悪いもん」
「うっ……」
「………ところでさ」
「なに?」
「お姉ちゃん、コウタ隊長に何かした? この間医務室からやっと出られたのにまた送られちゃったらしいから……」
「…………さあ、私は知りませんね」
やり過ぎなんて、思ってませんからねコウタ?
あなたはもう少し反省するべきです、命があるだけめっけもんだと思ってください。
(お姉ちゃん、一体コウタ隊長に何したんだろ………)
To.Be.Continued...
さて……次回からは物語を進めます。
ぶっちゃけもう今できる間話が無いので、一気に進めていきますよー!!