神々に祝福されし者達【完結】   作:マイマイ

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日常は、まだ続く。
さて、今回の物語は……。


第3部捕喰156 ~耳掻き~

「――そういえばお前達、フィアとはどうなんだ?」

「はい!?」

「……マリーちゃん、いきなり何?」

 

突如として上記の問いかけをしてきたマリーに、シエルは驚きナナは訝しげな表情を浮かべる。

ラウンジで小さなお茶会を開いていた3人であったが、マリーの問いかけのせいで空気が一気に変わってしまった。

 

「いや、お前達はフィアが好きなんだろう? もう告白はしたのか?」

「な、何を訊いているんですかマリーさん!!」

顔を赤らめるシエル、しかしマリーの問いは終わらない。

「個人的に気になった、だから訊いた。それだけだ」

「そ、それだけって……」

「あははー、実は私もシエルちゃんも気持ちを伝えてないんだー」

「ナナさん!?」

あっけらかんと質問に答えるナナに、シエルは驚愕した。

……何故このような問いかけを自然に答えられるのか、免疫の無いシエルには理解できなかった。

 

「だってさー、フィアってば全然わかってくれないんだもん」

「ああ……子供だからな、アイツは」

「だからまずは色々とアプローチを仕掛けていこうと思ってるんだけど……マリーちゃん、何か良い案ない?」

「それをわたしに訊くのか? 明らかな人選ミスだが……」

 

呆れながらそう答えつつも、真剣に考え始めるマリー。

 

「……そういえば、前にロミオに“耳掻き”をした事があってな」

「耳掻き?」

「ああ。わたしとしてもなかなかに有意義な時間だったよ、わたしの膝の上で安らいだ表情を見せるロミオは可愛らしかった」

言いながら、その時の事を思い返しているのか、口元に笑みを浮かべるマリー。

「成る程……耳掻きかあ……」

「……あの、別の話題にしませんか?」

シエルとしては、あまりこういった話題で話したくはない。

なのでやんわりとそう進言したのだが……。

 

「――よし、それだ!!」

いきなりナナがそう叫びながら立ち上がり。

「マリーちゃん、ありがとう!!」

マリーに礼を言ってから、ラウンジを飛び出すように行ってしまった。

 

「…………」

当然ながら、ナナの行動にシエルは思考が追いつかない。

……しかし、マリーが次に放った言葉で彼女の思考は急速に活性化した。

 

「――いいのか? ナナに一歩先に行かれても」

「えっ?」

「アイツ、フィアに耳掻きをしに行ったぞきっと。おそらく2人っきりの状況になるだろうな」

「っ!!?」

 

目を見開くシエル。

その反応にマリーが苦笑していると……シエルは何も言わずにラウンジから飛び出していった。

1人残されるマリー、手元にある紅茶を飲んでから。

 

「……アイツも大変だな」

そっと、フィアに対して同情ともとれる呟きを零したのだった。

 

 

 

 

「―――耳掻き?」

「そう! お前もやってもらえって!!」

場所は変わり、フィアの自室。

特に予定が無かったので寛いでいたフィアであったが、ロミオが遊びに来たのでとりあえず迎え入れたのだが……彼は開口一番に上記の言葉を口にした。

 

「いいよ。だって定期的に自分でやってるから」

「おまっ、わかってないなー。そういう問題じゃないんだって!!」

「じゃあどういう問題なのさ……ふぁぁ……」

「ん? どうした、眠いのか?」

「ん……昨日は遅くまで読書してたから……」

 

昼寝でもしようと思っていたのだ、ロミオが来るまでは。

既にフィアの目は半開き状態になっており、今にも眠りそうになっている。

 

「そっか……じゃあ今日はもう帰るよ、ごめんな?」

「ううん、いい……」

「でも、ちゃんと耳掻きしてもらえって! 絶対してもらって良かったって思うから!」

最後までそんな事を言いつつ、部屋を後にするロミオ。

しかし半分夢の中に行っているフィアには反応できず、彼はそのまま鍵も掛けずにベッドへと向かい。

 

「――おっじゃましまーす!!」

ノックもせずに入ってきたナナによって、夢の世界への旅立ちを邪魔されてしまった。

 

「…………」

「……あれ? フィア、もしかして怒ってる?」

「怒ってない、それより何?」

「あ、うん……あのさ、今時間大丈夫?」

「………昼寝、したいんだけど」

 

今のフィアには、もうそれしか考えられない。

ナナには申し訳ないとは思うが、迫っている睡魔には勝てないのだ。

だが、彼の発言はナナにとってある意味で好都合であった。

 

「じゃあ大丈夫。だって“耳掻き”したいだけだから」

「………耳掻き?」

「そう!」

ニコニコと笑みを浮かべながら、ナナはフィアが眠ろうとしたベッドに腰掛ける。

そして自分の膝…正確には太股部分をペチペチと叩いてから、フィアを手招きした。

 

「途中で寝ちゃっても大丈夫だから、ね?」

「…………」

いや、必要ないから。

そんな言葉が出掛かったが、フィアはおとなしく自分の頭をナナの太股の上に乗せた。

一々反論する余裕が無かったからだ、だったら彼女の好きなようにやらせればいい。

 

「えへへー」

「……なんで、嬉しそうなの?」

「だって、こういうのってなんか…………」

「? なんか、何?」

「………なんでもない」

 

―――なんか、イチャイチャしてるような感じだから。

 

そんな恥ずかしい台詞が喉元まで出掛かって、ナナの顔が紅潮した。

(……まさか、私からこんな考えが出るなんて思わなかった)

これも恋によるものか、そう思うと嬉しいやら恥ずかしいやら……。

「……ナナ?」

「あ、ごめんね。じゃあ…始めるね?」

顔の紅潮を無視しながら、早速耳掻きを始めることにしたナナ。

 

「んっ……」

「あ、痛かった?」

「んん……痛くない、ちょうどいい」

「そっか、よかった」

(それに……気持ちいい……)

 

強すぎず、弱すぎず、ちょうどいい力加減だ。

耳に異物感はあるものの、恐れは無い。

初めて他人に耳掻きをしてもらっているフィアだったが、予想に反して良いものだと認識していた。

これならロミオがウザいくらい勧めてくるのも、わかる気が……。

 

「――し、失礼します」

「あ………シエルちゃん」

「シエル?」

部屋に入ってきたシエルに視線を向ける2人。

 

「………ナナさん」

「あ、あははー……」

「………?」

少しだけ恨めしそうにナナを見始めるシエル。

何故彼女が怒っているのかわからず、フィアは首を傾げた。

一方、ナナはあからさまに乾いた笑みでシエルの視線から目を背ける。

 

「…………」

しかし、そんなものでシエルを誤魔化す事などできる筈も無く。

「……ズルイです」

恨めしそうな呟き、彼女の口から放たれた。

 

「は、早い者勝ちですよー」

「むっ………」

そう言われてしまうと、シエルとしては何も言えなくなる。

……とはいえ、シエルもこのまま引き下がるつもりはない。

 

「フィアさん、右耳はナナさんに任せますが……左耳は私がやります」

「えっ?」

「いいですね?」

「いや、このままナナにやってもらうからいいよ」

「………いいですね?」

「いや、だから……」

「――私には、やってほしくないと?」

「……………お願いします」

 

眠気が、一気に醒めた。

シエルの地の底から響くような声を聞き、フィアは反射的に頷きを返す。

……ナナの身体も、密かに震えていた。

 

「ではナナさん、ちゃんと交代してくださいね……?」

「あ、はい……」

逆らってはダメだと、ナナの本能が訴えている。

シエルの垣間見た恐ろしさに脅えつつ――右耳の掃除を終えるナナ。

 

「お、終わったよー」

「あ、ありがとう……」

「では、次は私の番ですね?」

「………はい」

 

正直、任せたくないというのがフィアの本音だ。

しかし今のシエルには逆らえない、さっきの恐ろしい声を聞いてしまえばそう思ってしまう。

なのでフィアはおとなしく一度起き上がり、ベッドに座り込んだシエルの太股に顔を置いた。

 

「で、では……いきますね?」

「うん、お願いします」

「…………」

「……シエルちゃん、大丈夫?」

緊張した面持ちのシエルに、ナナはつい声を掛けてしまった。

「だ、大丈夫です」

(本当に大丈夫かなあ……)

この様子では、彼女は誰かに耳掻きをした経験が無いのだろう。

しかしナナには止められない、先程のシエルに恐怖したのは彼女も同じだからだ。

 

「………えいっ」

「いたっ……」

「ああっ!? す、すみません!!」

「……シエル下手、ナナの方がいい」

「っ!? い、いえ……大丈夫です、私に任せてください!!」

 

いけない、このままでは本当にナナに一歩リードされてしまう。

そんなのは認められない、だって自分だってフィアが……。

(………フィアさんが、好きなんですから)

ナナだけではなく、自分も見てほしい。

当たり前のようにそんな事を考えている自分に、シエルはなんだか驚いてしまった。

でも……嫌な気分ではなく、寧ろ暖かな気持ちになれた。

 

「………んっ」

「い、痛かったですか?」

「ちょうどよくなった……このままでいい……」

「そ、そうですか……」

その言葉を聞いて、シエルは嬉しくなった。

彼にそう言ってもらえただけで、心が嬉しいと騒いでいる。

(これが、恋……というものなのでしょうか……)

漠然と、でもなんとなく確信できた。

 

(………成る程、さっきのシエルちゃんはこんな気持ちだったんだ)

シエルとフィアの様子を観察しつつ、ナナは自然と表情を強張らせていた。

それと同時に理解する、この胸に漂うモヤモヤした気持ちを。

(ヤキモチ、嫉妬ってこういうものなんだ……)

正直、あまり気持ちのいい感情ではない。

だけど……ナナは不思議と嫌な気分ではなかった。

きっとそれは、フィアとシエルが幸せそうな表情になっていたから。

フィアは好きな人だから、シエルはライバルではあるが大切な友達でもあるから。

だから、ナナは嫉妬の感情を抱いても、あまり気分を害する事がなかったのかもしれない。

 

――とはいえ、このまま蚊帳の外というのは納得できない。

 

「シエルちゃーん、次は膝枕して頭撫でたいから交代してよー」

「……ダメです。それは先に私がやります」

「えーっ!? ずるいよシエルちゃん!!」

「は、早い者勝ちだと言ったのはナナさんです!」

 

「…………」

わーわーぎゃーぎゃーと騒ぎ始めるシエルとナナ。

それを耳元で聞きながら、フィアは大きく欠伸を一つ。

(………気持ちいいから、このまま寝ちゃおう)

そして2人の言い争いをよそに、フィアはそのまま眠りの世界へと旅立ったのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「――というような事が、昨日あったんだ」

『…………』

 

翌日。

朝食を食べていたフィアとロミオ、コウタの3人。

そんな中、フィアはふと昨日の事を2人に話す事にした。

 

「ロミオ、勧める理由がわかったよ。あれって心地良い気分になれるね」

「そうだろそうだろ? ふっ……お前もやっと大人の階段を登り始めたってわけだな……」

なにやら決めポーズをしながらそんな事を言ってくるロミオを、フィアは当然の如くスルー。

別に彼の反応がウザかったわけでは…多少あるが、今の話を聞いてコウタからの反応が無いのが気になったのだ。

一体どうしたのだろう、食事をする手も止まってしまったし……。

 

「………んで」

「? コウタ、どうし――」

「なんでお前達ばっかりいい思いをーーーーーーーーーっ!!!」

「…………」

突然の奇声に、フィアもロミオも固まってしまった。

「しかもナナとシエル2人に、片耳ずつやってもらっただと!? 畜生、お前までどうしてそんな美味しい思いを!!」

「……コウタ、どうしたの?」

「あー……なんかすみませんコウタさん」

「謝るんじゃねえ!! ロミオ、お前今絶対調子に乗ってるだろ!!?」

「何その言いがかり!?」

 

「――うるさいですね、朝から大声出さないでくださいよ」

 

「アリサ、それにカズキとラウエルも」

「おはよーフィア、ロミオとコウタもおはよー!!」

「……コウタ、一体どうしたの!?」

「どうもこうもねえよ!!」

激昂しながら、先程の話をカズキ達に説明するコウタ。

「………ドン引きです」

「あはは……」

すると予想通り、カズキは苦笑しアリサは冷たい視線をコウタに向けた。

 

「うるせえやい!! 俺だって……俺だって膝枕してもらいてえんだああああああっ!!!」

「……耳掻きじゃないの?」

「完全に当初の目的を見失ってますね……」

ここまでくると、さすがに可哀相になってくる。

しかし決してアリサはコウタに救いの手を差し伸べない、自分の身体はカズキ専用なのだから。

 

「コウタ、膝枕してほしいならラウエルがしてあげよっか?」

「マジで!?」

「ダメですよラウエル、あなたの可愛い足が穢れます」

「そこまで言う!?」

「でもママ、コウタは優しいしラウエルとよく遊んでくれるから、恩返しがしたいの」

「うっ………」

 

なんて優しい子なのだろう、我が娘の優しさに涙すら出てきそうになる。

しかしだ、やはりアリサとしては目の前の野獣に愛娘の膝を貸したくはない。

貸したくはないものの……ラウエルの顔を見ていると駄目だと言えないアリサなのであった。

 

「じゃあラウエル、ついでに耳掻きしてくんない!?」

「コウタ、調子に乗るのもいい加減に――」

「耳掻き? いいよー!! じゃあごはん食べたらいこっか?」

「ラウエル!?」

「アリサ、そこまで心配しなくても大丈夫だから。……きっと」

「おい親友!! 信じてくれないの!?」

「…………」

「無言にならないで!!」

 

嘆くコウタだが、仕方ないではないかとカズキは言いたかった。

何故なら今のコウタの瞳はいやにギラついている、どんだけ耳掻きしてもらいたいんだよとツッコミを入れたいぐらいだ。

正直カズキもラウエルを今のコウタと一緒に居させるのは不安ではある。

しかしラウエルもアラガミ、たとえコウタが理性を無くした野獣になっても返り討ちにするだろう。

それに……万が一の事態になったら、コウタの身体に生きているのが嫌になる苦しみと痛みを与えればいいだけだ。

 

「ごちそうさん!!」

「早っ!?」

「じゃあラウエル、いっちょ頼む!!」

「はーい!!」

 

ラウンジを後にするコウタとラウエル。

そのあまりに素早過ぎる動きに、誰もが反応できなかった。

 

「……ラウエル、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だって、アリサは心配性だなあ」

「当たり前じゃないですか。今のコウタは隔離生物並に危険な存在なんですから」

(そこまで言う……?)

 

「……コウタ、そんなに耳掻きがしてほしかったんだね」

「うん……もうそれでいいや」

 

 

――その後、コウタは念願の耳掻きをラウエルにやってもらえた、が。

 

 

「――コウタ、医務室に運ばれたみたいだけどミッションに行ってないよね?」

「今はそっとしといてやれフィア、アイツはな……己の夢を散らせてしまったのさ」

「…………?」

 

ハルオミの言葉の意味がわからず、怪訝な表情を浮かべるフィア。

結局、コウタはその後暫く医務室の世話になったとさ。

その理由は……彼の名誉の為に伏せておく事にしておこう。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




どうしてこうなった?

耳掻きが意外と好評だったので第二弾、でも……コウタの扱いがこれでデフォルトになってしまった気がする。
いえ違うんですよ、前回あんな終わり方だったから今回は彼にも良い思いをしてもらおうと当初は思っていたのに……気がついたらこうなっていました。

俺は悪くねえ、俺は悪くねえ!!
……失礼、コウタファンの皆様には謝らせていただきます。

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