その後フライアによるクーデターを知り、友であるジュリウスを止めるために一層絆を深めていったのだった……。
「――これで、揃いましたね」
「うん。それじゃあ帰ろうか?」
賑やかな喧騒が周囲に響き渡っている。
ここはアナグラの外部居住区にある商店が連なるエリア、沢山の民間人や神機使いが買い物に勤しむ場所だ。
アラガミによっていつ命を奪われるかわからない中でも、ここの住人達の表情は明るく生気に満ち溢れている。
それを嬉しく思いながら、そんな者達を守る立場に在る神機使い――シエルとナナは両手で紙袋を持ちながら歩を進めていた。
今日は非番、なのでこの頃任務で忙しかったためできなかった買い物を2人で行う事にしたのだ。
日用品は勿論、シエルはカルビの餌を、ナナは沢山の菓子類を買い込み、アナグラへと戻ろうとしていた。
「すみませんナナさん、カルビへの買い物に付き合っていただいて……」
「何言ってるの、私だって自分の買い物に付き合ってもらったんだから、お互い様だよ」
「ふふっ、そうですか」
お互いに笑みを浮かべ合い、仲睦まじく並んで歩くシエルとナナ。
ブラッドとして背中を預け合う存在であると同時に、同姓としても2人は互いを信頼し合っている。
……だが、ふとシエルはナナと2人になるとある事を考えてしまう。
―――フィアの事、貰ってもいいんだね?
上記の言葉は、どういう意味だったのだろう。
……いや、考えなくてもシエルは理解できる。
つまりナナは、フィアの事を……。
「シエルちゃん、この後用事ある?」
「えっ、あ、いえ……特には」
「だったらさ、甘いものでも食べようよ!」
そう言って、ナナはある場所を指差す。
その先にあるのは一軒の喫茶店、表には今日のおすすめと称されるケーキの絵と名前が書かれたボードが立て掛けられていた。
シエルも人並みに甘いものは好きだ、それに今の所予定はないので喜んでナナの提案を呑む事にした。
そのまま店に入る2人、店員に席を案内され早速おすすめのケーキを注文する。
ちなみに、ナナはそれだけでは足りないのか更に三種類のケーキを頼み、シエルが苦笑したのは余談である。
「……ナナさん、あまり食べ過ぎはよくないと思いますが」
「大丈夫大丈夫! ちゃんと運動はしてるし!」
「…………」
きっと大丈夫じゃないな、なんとなくシエルはそう思った。
しかしケーキが来る事を心から待ち望んでいるナナの顔を見ると、シエルはそれ以上何も言えないわけで。
――やがて、ケーキと紅茶が運ばれてきた。
待ち望んでいたものが来て、ナナはパアッと瞳を輝かせる。
それを何処か微笑ましそうに見てから、シエルも自分のケーキへと手を伸ばした。
この店おすすめのチーズケーキを口に運ぶ、甘酸っぱい味が広がり自然とシエルの表情が綻んでいった。
「んー……美味しいね!」
「ええ、本当に美味しいです!」
穏やかな時間。
アラガミと戦う宿命があるものの、今の2人はただの少女としての生を謳歌していた。
「ここはフィアもお気に入りの場所なんだー、前にも2人で来た事があるの!」
「フィアさんと、ですか?」
「うん、前に2人だけでデートしたんだ!」
「…………」
楽しげに、嬉しげにその時の事を話すナナ。
それを見て、シエルの胸にほんの少しだけ痛みが走り、羨ましいと思った。
(………羨ましい? どうして?)
ナナがあまりにも楽しそうだから?
それとも、こんなにも美味しいケーキを何度も味わっているから?
――否、そうではない。
本当はシエルもわかっている、この痛みと羨望の正体を。
「――ねえ、シエルちゃん」
「な、なんですか?」
「前にも訊いたけどさ……シエルちゃんは、フィアの事が好きだよね?」
「っ、うぐっ………!?」
不意打ち過ぎるその問いに、シエルはおもわず口に含んだ紅茶を噴き出しそうになってしまう。
だがどうにかそれを防ぎながらも、ゴホゴホと咳き込んでしまった。
「ナ、ナナさん……!?」
「…………」
おもわずジト目で彼女を睨もうとして、ナナの表情が先程とは違い真剣みを帯びている事に気づき、シエルは言葉を詰まらせる。
普段の天真爛漫な彼女とは違う、視線を逸らす事も迂闊に言葉を放つ事も許されない迫力に満ちていた。
「それで、どうなの?」
「ど、どうと言われましても……わ、私は別に」
顔が熱くなっていく。
相変わらずこういった類の問いかけに対して、シエルは一向に免疫が無かった。
「――私はフィアが好きだよ。もちろん男の子としてね」
「――――」
「自分でもちょっと驚いてるんだ。私って自分でも女の子らしくない所があるし、男の子を好きになるなんて想像もできなかった」
だが、ナナはフィアの事を異性として意識するようになった。
いつからかは、ナナにもわからない。
だが彼と共にブラッドとしてアラガミと戦い、数え切れない程の戦いをくぐり抜け、何度も何度も助けられた。
彼の人となりに好感を抱き、信頼を寄せ、助けてくれる彼に感謝を抱いた。
それと同時に、そんな彼を助けられるように強くなろうと、何度も自分に言い聞かせた。
そして、彼の過去と心を垣間見て、彼を支えたいと強く願うようになった。
それからかもしれない、ナナがフィアを意識するようになったのは。
「シエルちゃんは、どう? フィアの事……好き?」
「…………」
顔の熱と羞恥の感情は、際限なく高まっていく。
もうこういったやりとりは何度目になるのだろう、だが……今回は少しだけいつもと違っていた。
(………私、私は………)
いつもなら、顔を真っ赤にしながらシエルは否定の言葉を放っているというのに。
何故か、彼女の口からその言葉が放たれる事はなかった。
「知りたいんだ。だってもしシエルちゃんが本当にフィアが好きなら……同じ条件で競いたいもん」
「同じ、条件……?」
「本来なら、きっとシエルちゃんを出し抜いてフィアにアピールするんだろうけど、私はそういうのしたくないんだ。だって、フィアの事は勿論大好きだけど……それと同じくらい、シエルちゃんの事友達として大好きだから」
だから、ナナはシエルの心が知りたかった。
彼女がフィアの事を意識していないのならばそれでもいい、寧ろ彼女にとっては好都合だ。
だが――それは絶対にありえないと、ナナはもう確信していた。
シエルはいつだって恥ずかしがって否定していたけど、わかるのだ。
彼女の想いを、その気持ちが痛いほどわかるから、どうしても彼女の口からそれを聞きたかった。
「…………」
ナナの言葉を聞いて、シエルは自分自身の愚かさを思い知った。
彼女は自分を親友だと言ってくれている、想い人に向ける愛情と同じくらいの親愛を向けているというのに……自分はどうだ?
羞恥を理由に誤魔化し続け、自分の気持ちと向き合おうともせず、このまま誤魔化していこうとすら思った。
(……違う、それは間違いです……)
彼女の事を本当に親友だと思うのなら、その行為は間違いだ。
何よりも、シエル自身がもうこれ以上誤魔化したくないと言っている。
………。
「――初めは、正直隊の規律を乱す困った人だと思いました」
「あー……私も人の事は言えないけど、確かにそうかもね」
「ふふっ。……でも、だんだんとあの人の人となりがわかってきて、あの強さと優しさに何度も救われました」
彼はシエルにとって、初めてできた友達だった。
生真面目過ぎて浮いた存在であった自分を、ブラッド隊の一員にしてくれたフィア。
神機兵に搭乗してまで、赤い雨から自分を守ってくれたフィア。
その時シエルは、命令よりも大切な事がこの世にあると教えてもらった。
それから幾度の戦いを乗り越え、彼の危うさと脆さを理解して。
彼が傷つく度にシエルの心は悲しみ、己の無力さを思い知らされ。
同じブラッドとして、彼の力になる事を一番に願うようになった。
――だけど、その優しさの根本をシエルは感応現象によって理解してしまう。
実の父からの非道な実験、その際に彼の心を支えてくれた少女――マリア。
彼女を守りたい、そう願っていたのにそれは叶わず、彼の心は一度そこで壊れてしまった。
零れ落ちてしまった命達の為に、彼はただひたすらに今を生きている命を守ろうと、優しくしようと決意してしまった。
……それが間違いだとは言えない、否定はできない。
でもその決意はとても悲しく、正しい道でもなかった。
だけど彼自身ではその道から外れる事はできない、壊れた心では叶わないからだ。
だからこそ、シエルはもう一度誓ったのだ。
人としての幸せをフィアに与えたいと、己の総てを懸けて彼の歩む道を変えたいと。
「使命感から、私はいつの間にか常にフィアさんの事を気に掛けるようになっていました」
そう、初めは使命感だけだったのだ。
彼の過去を一番最初に理解したから、ただそれだけでしかなかった。
でも今は、今のシエルの心には使命感ではない感情が生まれている。
だけどシエルにはその感情の正体を理解する事はできなかった、いや…できないというよりわからなかったのだ。
「私は小さい頃からずっと訓練に明け暮れる日々で、誰かを特別気に掛けるなんて事はありませんでした」
「…………」
「――でも、フィアさんが笑っていると嬉しいと思ったり、ふと無意識にフィアさんの事を考えたりするようになってしました」
今でも、その感情の正体を完全に理解しているとは言い難い。
もしかしたら自分の予想は外れているかもしれない、だけど――それでも。
「………………好き、です。フィアさんの事が」
それでも、この気持ちだけは間違いではないとシエルは確信し、己の想いを口にした。
「―――そっか、うん!」
まるで自分の事のように、嬉しそうな笑みを見せるナナ。
「やっとスタートラインに立てたね、シエルちゃん!!」
「ナナさん……」
「でも、負けないからね?」
「…………」
彼女の強さに、シエルは心から感服した。
もし自分がナナと同じ立場だったら、彼女と同じ事ができただろうか?
いや、絶対にできない、だからシエルは彼女の心の強さを羨んでしまう。
「シエルちゃん、私にとってシエルちゃんはフィアと同じくらい大好きなんだよ?」
「………ナナさん」
「だからシエルちゃんが気にする必要も、私に遠慮する必要も無いんだからね?」
もしそんな事をしたら、許さないから。
冗談めかした口調でそう言って、ナナはニカッと無邪気な笑みを見せた。
……ああ、本当に彼女は強い。
そう思うと同時に、シエルは彼女が自分の親友で良かったと心からそう思った。
「ほらシエルちゃん、ケーキ食べよ?」
「はい、ナナさん!!」
お互いに笑みを浮かべてから、2人は再び甘いケーキに舌鼓を打つ。
2人の関係は親友だけでなく、フィアという異性を求めるライバルとなった。
しかし、2人の間にはそういった雰囲気はまったくなく、寧ろ前よりも更に親密になったように見られる。
そしてそれは当たっているだろう、何故なら。
――何故なら、2人の浮かべる表情は始終幸せに溢れた笑みだったのだから。
To.Be.Continued...
ちょっと短めになりましたが、これぐらいが皆さんにはちょうどいいんでしょうか?
もう少し本編とは遠ざかります、出したいキャラも居ますので。
少しでも楽しんでいただけたのなら幸いに思います。