そんな中、マリーが救難信号を発してきたルークを助けるために単身飛び出していってしまう。
すぐさまその後を追いかけるフィアとロミオであったが。
……彼等の近くに、あのアラガミの姿を確認してしまう。
「――おとうさん、おとうさーーーーん!!!」
亡都エリアの中を、神機を持たずに駆け抜ける一人の少女が居た。
彼女の名前はマリー・ドレイク、彼女を本当の娘のように愛し育ててくれている義父であるルーク・ドレイクを救出するために、彼女はアラガミが闊歩する世界を駆け抜けていた。
それはあまりに愚かな行為、この世界に生きる者ならばその行為が如何に危険で命を投げ出すものだとわかる筈だ。
しかし今の彼女には普段の冷静さなど微塵もなく、ただただ父を助けようという感情しか存在しない。
おとうさんと何度も何度も大声を張り上げながら、彼女はルークの姿を見つけようと走り回る。
救難信号はこの付近から出された、ならばここに父が居る筈……。
「っ、おとうさん!!」
「うっ……マリー………?」
彼女の願いが届いたのか、瓦礫に背を預けながら地面に座り込んでいるルークの姿を発見する事ができた。
すぐさま父に駆け寄るマリー、苦悶の表情を浮かべているものの命に別状は無さそうだ。
その事実にマリーはほっと息を吐きつつ、漸く冷静さを取り戻し父に声を掛ける。
「おとうさん、すぐにこの場を離れよう!」
「……駄目だ、さっきアラガミに襲われて…足を負傷してしまってね……」
見ると、ルークの右足付近が赤黒い液体で汚れていた。
深い傷ではないものの、立ち上がり走るという行為はできないとマリーはすぐさま理解する。
なので彼女はルークの肩に手を回し、彼に肩を貸すようにしてから歩き始めた。
「よすんだマリー……ぼくの事はいいから……」
「よくない、おとうさんをこのままにはしておけない」
「駄目だ……この付近でアラガミに襲われたんだ、スタングレネードを使ったがきっとまだこの近くをうろついている。
このまま見つかれば、2人ともやられてしまう……だからマリー、お前だけでも逃げなさい」
「冗談じゃない、おとうさんを助けるためにここに来たのに、見捨てるなんてできるわけないよ!」
しかし、ルークに肩を貸したままでは歩くスピードはかなり遅い。
普通に歩行するよりも遅いのだ、これではアラガミに襲ってくださいと言っているようなものであり。
「グルルルル……」
「ガァァァァ……」
マリー達を囲むように、オウガテイルが五体現れてしまった。
「しまった………!」
「くっ……マリー、お前だけでも逃げなさい!!」
「嫌だ、おとうさんを置いて逃げるなんてできないよ!!」
「何を言っているんだ! いいから早く――」
「ガアァァァァァァァッ!!!」
隙だらけの2人に、一体のオウガテイルが襲い掛かる。
口を大きく開き、2人ごと丸呑みにしようと前進し。
――その身体に、巨大な大鎌が突き刺さり、呆気なくその命を終わらせた。
「えっ………」
「これ、は……」
突然の事態に、2人の思考が追いつかない。
他のオウガテイル達も同様なのか、マリー達に襲い掛かる事を忘れキョロキョロと辺りを見渡している。
……だが、その行為はあまりにも無防備で愚かなものだという事を、オウガテイル達は身を以て知ることとなった。
「マリィィィィィィィィィッ!!!」
「………ロミオ?」
「っ、お前等ァァァァァァァァァァァッ!!!」
憤怒の表情を浮かべ、オウガテイルの群れに吶喊する1人の少年。
それはマリーのよく知るロミオ・レオーニであり、そんな彼の見た事のない激情を目の当たりにして、マリーはポカンとしてしまった。
オウガテイル達が、一斉にロミオに向かって身体を向ける。
アラガミとしての本能が、神機使いである彼を脅威だと認識させたのだろう。
その認識は間違いではない、間違いではないが……。
――今のロミオからは、決して生き残る事などできない事は理解できなかった。
「おおおぁぁああああああっ!!!」
「カ、ッ………!?」
風切り音と共に、グシャリという音が響き渡り、一体のオウガテイルの身体が地面に沈んだ。
バスタータイプの神機による一撃の重さを存分に生かした攻撃で、それを受けたオウガテイルの身体は文字通りひしゃげてしまった。
地面と一体化したオウガテイルに一瞥する事もなく、ロミオは神機を両手で握り直し、残りのオウガテイル達を睨みつける。
そして、凄まじい気迫でアラガミ達を駆逐するために突貫していった。
「…………」
普段の彼とはまるで違う姿に、マリーはおもわず呆けてしまう。
「マリー、ルーク、大丈夫?」
「フィア……」
そんな彼女に話しかけるのは、ロミオと共にこの戦場へとやってきたフィア。
彼はルークの負傷した足を見るやいなや、バックパックから包帯を取り出し応急処置を行う。
「フィア、ぼくの事はいいからロミオ君の援護を……」
「必要ないよ、今のロミオには」
「えっ?」
「それに、今のロミオに近づいたらこっちが危ないよ」
言いながら手早く応急処置を終え、フィアは加勢…する事はせずに傍観している。
ロミオ1人に任せているその行為に怪訝な表情を浮かべるルークだが、マリーはフィアの言いたい事を理解していた。
……今の彼は、普段とは比べものにならないほどの気迫を感じる。
それこそフィアの言ったように、迂闊に近寄れば身の危険を感じるほどだ。
しかし何故、今の彼はあんなにも怒っているのか……マリーにはわからなかった。
「――ロミオは、本当にマリーが大切なんだね」
「えっ………」
「マリーが飛び出していったって聞いた瞬間、ロミオはすぐに行動に移ったんだ。
今だってそう、マリーを捕喰しようとしたオウガテイルが許せないから、いつも以上の動きを見せてる」
「…………」
フィアの言葉を聞いて、マリーは心底驚いた。
それではまるで、ロミオが怒っているのは自分の為という事になるからだ。
「ゴアアァァァァァッ!!!」
「っ、ヴァジュラ……!?」
「………ああ?」
高台から降り立つのは、ヴァジュラ。
既に雷球を放つ準備を終えており、標的をロミオに絞っていた。
すぐさま間合いを詰めようとしたフィアであったが、その前にロミオが動く。
放たれる雷球、それは真っ直ぐロミオへと向かうが――命中する直前、彼は何とその場で跳躍し雷球を“飛び越えて”しまった。
これにはマリーも驚き、雷球を回避され完全に無防備となったヴァジュラの顔面に、ロミオ渾身のジャンプ斬りが叩き込まれた。
ヴァジュラの顔面に深い裂傷が刻まれ、鮮血が舞う。
苦悶の雄叫びを上げるヴァジュラに、ロミオは追撃の捕喰を行った。
瞬時に彼は【バースト】状態に移行、活性化した肉体を存分に活用する為にチャージクラッシュの準備に入るロミオ。
神機の刀身が紫色のオーラに包まれ、叩きつけるようにヴァジュラに向かって振り下ろし――二撃目の準備に入った。
一撃目と二撃目の間は僅か三秒足らず、凄まじい速度でチャージを終え、ロミオはもう一度ヴァジュラの肉体にチャージクラッシュを叩き込んだ。
連続で必殺の一撃を叩き込まれ、虫の息になるヴァジュラに――ロミオは三撃目のチャージクラッシュを放つ。
七秒という僅かな時間で三撃ものチャージクラッシュを受け、ヴァジュラは呆気なくその命を散らした。
「はー…はー…はー……」
「ロミオ……」
「……僕が来る必要、なかったな」
割と本気の口調でそんな呟きを零すフィア。
いや、実際に今回の自分は何もしていないに等しい。
最初にマリー達を襲おうとしたオウガテイルにサイズを投げ放っただけで、後はロミオ一人でなんとかしてしまったのだから。
「マリー!!」
「―――っ」
必死な表情で、自分の名を呼びながら駆け寄ってくるロミオ。
それを見て――マリーは何故か言いようのない安堵感と幸福感が内側から湧き上がってきたのを感じていた。
「ルーク博士、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……大丈夫だ。ありがとう」
「マリー、お前いくらルーク博士が心配だからって勝手に飛び出すなよ!」
「…………」
「みんな心配してたし、もうこんな危険な事はすんなよ?」
「…………」
「……マリー、どうかしたのか?」
先程から無言のマリー、というより…彼女の様子がどこかおかしい事にロミオは気づく。
顔は真っ赤、目を見開いてじっと自分を見つめている彼女に、ロミオは首を傾げる。
「マリー、大丈夫か?」
「あ、ああ……大丈夫、大丈夫だ」
「全然大丈夫そうには見えねえんだけど……」
「大丈夫だと言ったぞ、ちょっと…自分で自分がよくわからないだけだ」
「なんだそりゃ……」
わけのわからない回答が返ってきたものの、無事である事は間違いないのでロミオは気にしない事にした。
一方、マリーは顔の熱が一向に引いてくれない事に戸惑いつつ、両手で頬を覆っていた。
どうして自分の顔がこうも熱くなってくれているのか、どうしてこんなにも……嬉しいと思っているのか。
正体不明の幸福感が、他ならぬ彼女を混乱に陥らせている。
「……なあフィア、さっきのオレの物言い……結構きつかったか?」
「ううん。ロミオは至極真っ当な事言ってたし、別段物言いが乱暴なものでもなかったと思うけど……」
「だよなあ……でもなんか、さっきからマリーの様子がおかしいと思わねえか?」
「そういえば……なんでだろう?」
そんなやりとりをしながら、首を傾げあう2人。
……なんとなくマリーの変調を察したルークが、なんともいえない表情を浮かべていたのは余談である。
「と、とりあえずアナグラに戻ろうぜ? ルーク博士も怪我してるんだしさ」
「そうだね。でも歩くのも辛そうだから………ヒバリ、マリーとルークを発見して保護したから回収班を――」
通信機を取り出し、オペレーターであるヒバリに連絡を送るフィア。
しかし――返ってきたヒバリの言葉は、フィアの指示に了解の意を示す言葉ではなく。
『――き、緊急事態です。皆さん速くそのエリアから離れてください!!!』
普段の彼女にしては珍しい、狼狽と驚愕と焦りがごちゃ混ぜになったような声と言葉であった。
「えっ?」
「? ヒバリさん、なんだって?」
「いや、なんか様子が――」
おかしいんだ、ロミオにそう返答をしようとしたフィアの視界に――ある存在が映る。
――それは、ニヤァァッという不気味な笑みを浮かべながら。
――びっしりと生え揃った牙を見せながら、大きく口を開き。
――フィア達を、極上の餌のように見つめながら、彼等の前に降り立った。
「なっ―――」
咄嗟に、ロミオは動けないでいた。
突然現れた存在は、この場に居た誰もが予想もできない存在であり。
けれどその中で――フィアだけが誰よりも速く、行動に移っていた。
「――キャーーーーーーーーーーーッ!!!」
奇声を発し、向かってくるフィアに向かって拳を突き出すのは、人型のアラガミ。
それも同じ人型であるシユウ種とは比べものにならない、圧倒的なまでの力を有する破壊の権化。
――オーディンが、フィア達の前に現れてしまった。
「うおおおっ!!」
神機を両手で持ち替え、全力の踏み込みで間合いを詰めるフィア。
上段からの斬撃で相手の身体を抉り砕こうとして、その前にオーディンは“右の拳”でフィアの斬撃を受け止めてしまった。
「カッ!!」
「っ、ぐ………!」
すかさず左の拳がフィアを襲うが、その前にどうにか神機の刀身を動かしそれを防ぐ。
だが完全に防ぐ事はできず、凄まじい衝撃によって神機がフィアの手から離れ宙に飛ばされてしまった。
「チッ………!」
すぐさま飛ばされた神機を回収…する事はせず、フィアは後方へと跳躍。
着地した場所はオウガテイルの死骸の1つが存在しており、フィアはそこに手を伸ばし……最初に投げ放ったサイズを手に取った。
すかさず地を蹴りオーディンへと間合いを詰め、横薙ぎの一撃を払い撃つ。
だが不発、サイズの刃はオーディンの拳によって弾かれてしまう。
「はああ………っ!!!」
裂帛の気合を込め、次々と斬撃を放っていくフィア。
上下左右、あらゆる方向からの必殺の一撃はしかし、全てオーディンの拳に弾かれてしまっていた。
そればかりか、カウンターとして放たれている拳の一撃をフィアは完全に回避する事ができず、拳圧によって肉体には次々と傷が刻まれていった。
やはりこのアラガミは普通のアラガミとは桁が違う、このままでは間違いなく……。
「フィア、どけ!!」
「っ………!」
後方から聞こえたロミオの声に反応し、迫るオーディンの拳を回避しつつ後方へと移動するフィア。
彼と入れ替わるようにオーディンへと向かっていったのは、既にチャージクラッシュの準備を終えたロミオ。
「どおおおおりゃああああああっ!!!」
大上段からの大振りの一撃、破壊力もタイミングも文句なしの一撃だ。
それを――オーディンは両の拳を交差させ、真っ向から受け止めてしまった。
「なっ、嘘だろ………!?」
多少は効いているのか、オーディンの腕からは僅かに血が流れ地面に落ちている。
だが致命傷には程遠く、しかも――これ以上押し切る事ができない。
どうにかたたっ斬ろうと両腕に力を込めるロミオだが、やはりピクリとも動かなかった。
そんな中、突如としてオーディンの身体が真横に吹き飛ばされる。
動きが止まったオーディンを、フィアが真横から蹴り飛ばしたようだ。
すぐさま追撃にと間合いを詰め、サイズの刃を叩き込むフィア。
だが無意味、またしても拳で弾かれ……しかも、弾かれる度にサイズの刃にヒビが入っていく。
「くっ……そおおおおっ!!!」
飛び上がり、【ヴァーティカルファング】を発動。
伸びた刀身を、オーディンを叩き潰す勢いで大上段から振り下ろす!!
「―――ギイイイイイキャアアアアアアアアアッ!!!」
それを、絶叫ともとれる雄叫びを上げながら、オーディンは真っ向から右の拳を突き出して。
――甲高い金属音が、辺りに響き渡った。
「――――」
……砕けた。
ヴァリアントサイズが、オーディンの拳とぶつかり合い……粉々に砕け散ってしまった。
武器を失い、完全に無防備になったフィアにオーディンが迫る。
「フィア!!」
ロミオがフィアの名前を叫ぶが、救出には間に合わない。
そして、オーディンの口が大きく開かれ、無防備となったフィアの肩口へと迫り―――
「―――発射」
光の速さだと錯覚するような速度で放たれたブラッドバレッドが、オーディンの肩口に命中しその身体を吹き飛ばした。
「っ、今のは……」
「フィア、大丈夫!?」
「ロミオ、無事か!?」
現れたのは、他のブラッド隊員達。
シエルは狙撃の為かやや離れた高台に居たが、すぐさまフィア達の元へと駆け寄ってきた。
「ギギギ………」
「……フルーグルをまともに受けても、決定打になり得ませんか」
「上等。今度は私のハンマーで叩き潰してやるんだから!」
「みんな……」
仲間達が現れ、フィアの心に再び闘志が戻ってきた。
彼は砕けたサイズを投げ捨て、地面に突き刺さったいる【アビークレイグ】を手に取った。
「みんな、相手は本当に強い。油断しないで」
『了解!!』
一斉に返事を返し、オーディンに向かっていくブラッド達。
「ギギ……ギアアアアアアアアアッ!!!」
対するオーディンは、何処か愉しげな奇声を発しながら真っ向から彼等を迎え撃った―――
To.Be.Continued...
もう少しバトルが続いてしまいます。
お付き合いしてくださると嬉しいです。