オオグルマの言動に不信感を露わにしながら、カズキはアリサの心に触れようとする……。
「失礼します」
「やあ、待ってたよ」
部屋に入ってきたカズキを迎えたのは、1人の男性。
ゆったりとした服に、ボサボサした灰色の髪。
首に掛けるタイプの眼鏡を付けたこの男性は、ペイラー・サカキ。
アラガミに対抗する「対アラガミ装甲」の基礎を発見した、まさしく天才と呼ぶに相応しい科学者だ。
……尤も、天才の例に漏れず少し変わった所もあるのだが。
普段はあまり出入りしない、サカキ博士の研究室にやってきたカズキ。
彼がここに来た理由、それは……。
「それで、私に訊きたい事があるようだけど……一体何だい?」
「あ、その……感応現象について、教えてもらえませんか?」
「感応現象……」
カズキの言葉に、サカキの表情が変わる。
普段は含みのある笑みを浮かべているが、今は研究者としての真剣な表情を見せている。
「……もしかして、キミは感応現象を経験したのかい?」
「おそらくは、ですけど……この間医務室で、アリサちゃんの手を握った時に、色々な光景が次々と頭の中に浮かび上がったんです。
そうしたら、昏睡状態だったアリサちゃんが目を醒まして……」
「ほぅ……それは興味深い話だね、もう少し詳しく教えてくれないかい?
たとえば、それによって何を見たのかを教えてくれるとありがたいね」
「……すみません、それはちょっとわからないんです。
映像が流れるスピードが早くて……」
「そうか……それは残念だ、しかしよくそれが感応現象だとわかったね、まだこの現象は実例が少ないからノルンにも記述されていないというのに」
「…………」
しまった、とカズキは焦りを見せていた。
まさか、オオグルマの会話を盗み聞きしていたとは言えない。
「……まあいいか。では、感応現象について教えてあげよう!」
どこか楽しそうにそう言って、サカキは説明を始めた。
「感応現象とは、新型の神機使い同士の間に起こる現象だ!
肉体的接触により、互いの記憶や感情を共感し合う事ができるという不可思議なものでね、先程も言ったように前例は極めて少ないんだ」
「でも、あの時僕はアリサちゃんの手を握ったら感応現象が発生しましたけど、触れるだけで発動してしまうものなんですか?」
「いい質問だね。肉体的接触をしたとしても必ず感応現象が発生してしまうわけではないんだ。
事実、フェンリル本部で感応現象の実験をしてみたのだが、その時は一切発生しなかったらしい」
つまり、感応現象には何かしらの条件があるという事なのだろうか。
思考を巡らすが、サカキはそんなカズキの心中に気が付いたのか、補足説明を口にする。
「はっきり言ってしまうとだね、感応現象が発生する条件などはまったくわからないんだ」
「えっ?」
「新型の神機使い自体が少ないというのもあるけど、狙って発動はできなかったし、いくら接触を繰り返してもダメだった。
まだまだ新型は旧型と比べて偏食因子の構造に謎が多くてね、本部でも研究を進めてはいるんだが……いかんせん、情報や研究材料が少なすぎて難航しているらしい」
「…………」
すなわち、サカキでもこれ以上の事はわからないようだ。
落胆してしまうカズキだが、わからないものはわからないのだから仕方がないと言える。
「わかりました。ありがとうございますサカキ博士」
「いやいや、お役に立てなくてすまないね」
気にしないでください、そう言いながら立ち上がる。
「アリサ君のお見舞いかい?」
「はい。気休めにしかならないかもしれませんけど」
「そんな事はないさ。その気持ちはとても大切なものだからね、大事にするといい」
「はい」
笑みを返し、研究室を後にするカズキ。
そのまままっすぐ、医務室へと向かった。
入口には、面会謝絶の札は掛けられていない、一応ノックしてから中に入る。
中には誰もおらず、アリサだけが前と同じようにベッドで眠っていた。
「…………」
ベッドの近くに椅子を持っていき、眠っているアリサを見つめる。
相変わらず、弱り切った表情が痛々しい。
(……感応現象、か)
おもわず、ジッと自分の手を見る。
……もう一度触れれば、感応現象が起こるかもしれない。
そう思い、カズキがおもむろにアリサの手を触れた瞬間。
「――――」
また、頭の中に不思議な光景、が……。
―――もういいかい?
初めに聞こえたのは、そんな声。
―――まあだだよ。
次に聞こえたのは、そんな声。
―――もういいかい?
―――まあだだよ。
繰り返される言葉のキャッチボール、おそらくかくれんぼをしているのだろう。
隠れているのは――幼き頃のアリサ、そして彼女を探しているのは……彼女の両親。
知るはずもない光景、わかるはずなどない記憶。
だが感応現象によってアリサの記憶を見ているからか、カズキの中に彼女の記憶が流れ込んでくる。
――運命のあの日、彼女は両親を困らせてやろうと廃墟の中に置き去りにされたタンスの中に隠れていた。
それを探しに来た両親、次第に楽しくなってアリサは隙間から自分を探す両親を覗き込む。
―――もういいかい?
―――もういいよ。
遂に、両親がアリサのすぐ傍までやってきた。
見つかっちゃうなぁ、残念がるアリサ。
――だったが。
「えっ――」
がりがりぐちゃぐちゃぼりぼり。
飛び散る鮮血、悲鳴もなくアリサの両親であったモノが肉片と化していく。
食べているのは――漆黒の身体を持つヴァジュラのようなアラガミ。
「パパ…ママ……? やめて、食べないで……!」
必死に懇願するアリサの声も、意味を成さない。
一瞬で全てを奪われ、その時の光景はアリサに決して消えない傷を残した。
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
――景色が変わる。
「――こいつらが、君達の敵であるアラガミだよ」
ある病室内に、アリサと……1人の男が居る。
アリサの目の前には、様々なアラガミが映し出されているモニターが。
男の顔は……見えない。
「アラ…ガミ……」
「そう、こわーいこわーいアラガミだ。そしてこれが――君のパパとママを食べちゃった、アラガミだよ」
そう言って、男はモニターの映像を変える。
そこに映し出されていたのは―――リンドウ。
カズキがよく知る、雨宮リンドウだった。
――男は、リンドウの映像を指差しアリサの両親の仇のアラガミだと言った。
これは、一体何を意味するのか……。
「――でも、君はもう戦えるだろう?
簡単な事さ、こいつに向かって引き金を引けばいいだけだ」
「引き金を、引く……」
「そうだよ。こう唱えて引き金を引けばいい。
――アジン、ドゥヴァ、トゥリー!」
「……アジン…ドゥヴァ…トゥリー……」
「そうさ、そうすれば君は強い子になれる」
「アジン…ドゥヴァ…トゥリー……」
譫言のように、謎の言葉を繰り返すアリサ。
――景色が、霞んでいく。
感応現象が終わるのか、自然とそう理解している自分が居た。
「…………」
気が付いたら、元の医務室に戻っていた。
「……今の、は……」
「アリサちゃん……」
目を醒ましたアリサと、視線が合った。
「あの記憶は……抗神さんの……」
「………?」
記憶とは、一体何の事だろう。
「抗神さんの記憶が頭の中に流れ込んできて……もしかして、抗神さんの方にも?」
「……うん。君の両親が、その……殺された時の記憶が」
「…………」
辛そうに顔を俯かせるアリサ。
「君は、僕のどんな記憶を見たの?」
「………同じ、です」
躊躇いを含んだ口調で、アリサは答える。
同じ――すなわち、アリサが見たのはカズキの両親とローザが、アラガミに奪われた時のものだろう。
「……抗神さんも、家族をアラガミに奪われていたんですね」
「…………」
そう、カズキとアリサは同じ境遇。
幼き頃にアラガミによって大切な存在を奪われた、不幸な子供だ。
「私、新型の神機使い候補だって聞かされて、パパとママの仇を討てるんだって、喜びました。
でも、それなのにどうしてあんな事を……!」
「っ、アリサちゃん!!」
頭を押さえ、苦しむアリサを、カズキはとっさに抱きしめる。
「私、私……リンドウさんを見殺しに――」
「大丈夫。リンドウさんは生きてる、みんな無事だ。だから……だからもう、自分を責めないで」
右手で彼女の頭を優しく撫でながら、カズキは言葉を続ける。
「アリサちゃんは何も悪い事なんかしてない、リンドウさんだって第一部隊のみんなだってもう気にしてない。
だからねアリサちゃん、君が自分自身を責める必要なんかないんだ」
「……抗神、さん」
縋るように、アリサはカズキの背中に手を回し抱きつく。
恐くて恐くて……目の前に居る彼の体温が無ければ、どうにかなってしまいそうだ。
その間も、カズキはずっとアリサの頭を優しく安心させるように撫で続ける。
そうして、暫くしてから……。
「あ、あの……その、もう大丈夫です……」
アリサがそう言ってきたので、カズキはゆっくり彼女から離れた。
見ると、アリサの顔がほんのりと赤く染まっている。
安心してから、自分のしている事に恥ずかしさを感じたのだろう。
尤も、カズキとしてはアリサを安心させたいと思ったが故の行動だったので、彼女が何故顔を赤くさせたのかはわからないようだが。
「……ありがとうございます、いつも……いつだって、抗神さんは私の事を心配してくれていたんですね」
「当たり前だよ。アリサちゃんは大切な仲間なんだから」
「…………仲間」
――何故だろう。
仲間と言ってくれたカズキに感謝しているのに、同時に残念がっている自分が居る。
何故残念がるのかわからず、アリサは内心困惑した。
「――それじゃあ、そろそろ僕は行くよ。
それでお願いなんだけど、さっき見た記憶の事は秘密にしてくれないかな? 勿論、アリサちゃんの記憶も絶対に話したりしないから」
「は、はい。それはもちろんです!」
ありがとう、そう言ってカズキは立ち上がり椅子を元の場所へと戻す。
(…………や、だ)
それを見て、アリサは彼がここから居なくなると急に自覚ができて。
「ま、待ってください!」
気が付いたら、彼を大声で呼び止めてしまっていた。
「? どうしたの?」
「え、あ、うぅ……」
どうしよう、1人は嫌だから行かないでなんて言えない、恥ずかしい。
自分の行動に、アリサはひたすら顔を赤くさせてアタフタするばかり。
そんな彼女の百面相を暫し眺めていたカズキだったが……ここで、ようやくアリサの望んでいる事が理解でき、クスリと笑みを浮かべつつもう一度椅子をベッドの脇に移動させ座り込んだ。
「寝るまででいい?」
「な、何がですか?」
「だって、1人で居るのが寂しいんでしょ?」
「なっ!? そ、そそんなわけないじゃないですか!!」
真っ赤な顔で否定し、カズキを睨むアリサ。
「別に恥ずかしがる必要なんかないよ、誰だって1人は嫌だろうから」
「べ、別に…私は…………寂しいですけど」
また自分の悪い癖が出そうになるが、アリサは押し留め正直な気持ちを告げた。
……彼に対して、強がるのは無意味でしかない。
自分より年上で、なおかつそんな優しそうな瞳を向けられては、強がる自分が滑稽に思える。
それに……彼なら、甘えても許してくれそうだ。
「……眠るまでで、いいですから」
「うん」
「……手、繋いでてください」
「わかった」
二つ返事で、アリサの左手を握るカズキ。
(………暖かい)
久しく忘れていた温もりに、アリサの表情も自然と優しげなものに変わる。
手を握ってもらうという行為が、こんなにも心地よいものだったとは……アリサ自身、思っていなかった。
自分は1人じゃない、それがこんなにも幸せな事だったなんて。
「……ありがとうございます、抗神さん……」
「カズキでいいよ、アリサちゃん」
「カズ、キ……」
程なくして、アリサから寝息が聞こえ始めた。
まだ身体が本調子ではないのだろう、だが……復帰するのも近いかもしれない。
「今は、ゆっくりおやすみ……アリサちゃん」
白銀の髪を優しく撫で、カズキは暫しその場を離れる事はなく、先程とは違い安心したような寝顔を見せるアリサを、見つめていたのだった。
ちなみに、さて部屋に戻ろうとしたら、しっかりとアリサに手を握られたままで、結局その日は医務室の椅子の上で眠る事になってしまったのは、また別の話。
To.Be.Continued...