突然のジュリウスの発言に、驚きを隠せないフィア達。
一体どういうつもりなのか、ブラッド達は彼の真意を知ろうと彼に迫る………。
「――ジュリウス・ヴィスコンティ大尉がブラッドの隊長を辞任した事は聞いているな?
大尉にはこのフライアで、量産が決まった神機兵の研究開発に協力してもらう事になった」
フライアの局長室に、フィア達ブラッド隊はグレム局長からある報告を受けていた。
左手に資料を持ち右手に葉巻を持ちながら話を進めるグレムに、全員が嫌な顔をしていたがそれはさておき。
「フライアは神機兵開発に専念するために、従来の神機使いの運用を一時中止する事に決めた」
「神機使いの運用を一時中止……?」
「所属していたゴッドイーター達は他の支部へと出向してもらい、貴様等ブラッドは現状のまま極東支部の預かりになる」
次の辞令があるまではそこの指示に従え、そう言ってから葉巻を吸うグレム。
そして話を進める……と思った矢先、グレムはフィアへと視線を向けまるで汚物を見るかのような表情を浮かべた。
その顔を見てムッとするナナであったが、隣に立っているシエルに小さく小突かれたため慌てて表情を戻した。
「後任の隊長は……貴様か。
フン、大尉も何故貴様のような化物を後任に選んだのか理解に苦しむが…まあいい、面倒事だけは起こすなよ?
いくら化物と言っても、それぐらいの事を理解する知能は残っているだろうな」
「…………」
憎々しげに言い放つグレムの暴言にも、フィアは反応を返さない。
別に聞いていないわけではない、聞いていて…相手をするだけ無駄だと理解しているからだ。
言いたいのならば好きに言わせておけばいい、そう思っているからフィアは何も気にしていなかった。
……何よりも、訊きたい事があるからグレムの暴言などに構っている暇はない。
「……ジュリウスは、今何をしているの?」
「さっきも言っただろう。大尉は神機兵の研究開発に携わる事になったとな」
「あの……ラケル博士はその事に対して何て言っていましたか?」
「当然ラケル博士も承認済みだ。ブラッドの移籍にも反対するどころか極東での活躍を期待するとまで言っていたぞ。
まあ……
「なんだと………!」
一歩踏み出そうとするギル。
それを左手で制しながら、フィアはグレムに言い放った。
「あんたのような損得勘定でしか動けない人と、あの人達を一緒にするな」
「ほう? 化物が一人前に人間気取りか?
フン……自分の立場がわかっていないようだからはっきり言ってやる、貴様は首の皮一枚繋がっている状態である事を忘れるな。
貴様の父は貴様と同じく化物でありフェンリルに逆らった愚かな男だ、そんな男の息子である貴様を使ってやっているのだから、寧ろ感謝してほしいぐらいなんだぞ?」
「……あの男と、僕を一緒にするな」
「同じ化物だ。一緒にするのは当たり前だろう?
話は終わりにしろ。こっちは貴様と違って忙しい身なんでな」
「…………」
小馬鹿にしたような嘲笑を浮かべるグレム。
実際に彼はフィアを見下し馬鹿にしているだろう、腹立たしいが…これ以上この男の相手をする必要はない。
そう判断したフィアは、何も言い返さずに黙って局長室を後にする。
他のメンバーは一応グレムに対して一礼を返してから退室するが、その誰もが彼に対して敬意を払っていないのは明白であった。
――そして、極東支部へと戻るための通路をある程度進んでから。
「――ああーーーーーっ、なんなんだよあのオッサンは!!!」
まず、ロミオの怒りが爆発した。
「ホントだよ! もーーーーーーーーっ!!!」
続いて、ナナの怒りも爆発した。
「ロミオ、ナナ、落ち着いてよ」
「そうですよ2人とも、気持ちはわかりますが落ち着いてください」
「ったく、でかい声出すなっての」
一方のフィア、シエル、ギルは落ち着いた様子で2人を宥めた。
「いやだってさ……ってか、お前が一番怒るとこだろフィア!」
「そうだよ。フィアを化物なんて……もーーーーーーーーっ!!!」
「でも僕が人間ではなくアラガミになっているのは事実じゃないか。
そんな僕を受け入れてくれる仲間がいつだって傍に居る、僕はそれだけで充分幸せだよ?」
『フィア………!』
先程までの怒りは何処へやら。
フィアの言葉に感動した2人は、たまらず彼に抱きついた。
……そんな2人をジト目で睨むシエルだったが、それに気づいたギルはあえてスルーする事に。
情けないと言うなかれ、誰だって恐いものに自ら首を突っ込みたくはないのだから。
「……とりあえず極東に戻ろう。ジュリウスに事情を訊きたいでしょ?」
「でもジュリウスはこのフライアにいるんだよね? だったら……」
「いえ、フライアに居るのは間違いありませんが関係者以外の立ち入りを禁止されている研究エリアですから、私達ブラッド隊であっても許可なく入室するのは不可能です」
なので、極東に戻ってジュリウスに直接繋がる通信を行った方が、効率がいいのだ。
シエルの説明に納得したナナは、フィアから離れ早速と言わんばかりに歩き出した。
彼女の後をついていくフィア達、そんな中――フィアの隣に移動したギルが彼に問いかける。
「フィア、お前…どうしてジュリウスを止めなかったんだ?」
「止めなかったって?」
「ロミオから聞いた。お前とロミオはあの局長より先にジュリウスからブラッドを抜ける話を聞いていたんだろ? なのに、どうして止めなかったんだ?」
―――俺はブラッドを抜ける。
その話をジュリウスの口から放たれた時、フィアとロミオは驚き…当然ながら止めようとした。
だが止めようとしたのはロミオだけであり、フィアはジュリウスに対して何も言わなかったそうだ。
その話をロミオから聞いたギルは、何故なのか知りたかった。
驚きすぎて言葉が出なかったとは考えにくい、フィアの性格を考えれば尚更だ。
だからこそ訊ね……ギルは、フィアから予想外の言葉を返された。
「――止められないよ。少なくとも言葉だけじゃ」
「なに……?」
「もちろん僕だって止めようとした。ジュリウスが居るからこそ僕達ブラッドはいつだって戦えると僕も…みんなもそう思っている筈だ。
だからこそ止めたかった、でも……ジュリウスの瞳に、強い“決意”が込められていたから、行かないでくれって言葉が出せなかった」
「決意……だと?」
「生半可な決意じゃなかったよ、ジュリウスの目を見るだけでわかるほどだったから。
――あの瞳を見るのは、これで2人目だ」
ある記憶が、フィアの脳裏に蘇る。
思い出したくない、けど…忘れてはならない記憶。
あれはまだ自分が子供だった時、唯一の拠り所だった少女から放たれた……悲しく重い、
―――お願いフィア、もうわたしは人じゃないから。
―――だから、私を………
「――――っっっ」
思い出すな。
忘れるわけにはいかない、でも…だからといって不用意に思い出すな。
自分自身にそう言い聞かせていると……いつの間にか、極東支部へと戻っていた。
「――あ、いたいた!」
「えっ?」
「あーっ、ユノさん!!」
極東支部に戻ったブラッド達を迎える1人の少女。
その正体は久しぶりにこの極東へとやってきたユノであり、にこやかな笑みを浮かべながら彼等に手を振っていた。
すぐさまブラッド達はユノの元へと近寄り、挨拶を交わす。
「お久しぶりです、ユノさん」
「久しぶりだねみんな、元気そうで何よりだよ!」
「ユノさんも元気そうで……相変わらず綺麗ですね!」
「ふふっ、ありがとうロミオ」
「うわー、ロミオ先輩こんな場所で堂々とナンパとか……」
「ち、ちげーよ!!」
「………ドン引きですね」
「えっ、シ、シエルさん……?」
凄まじく冷たい視線を向けられ、ロミオ撃沈。
だがそれを慰める者が居なかったのは、言うまでもない。
「………あれ? ジュリウスは?」
「…………」
「……ジュリウスは、もうブラッドを抜けたんだ」
「えっ!? それはどういう事なの!?」
当然ながら混乱するユノに、フィアは説明する。
ジュリウスはブラッドを抜け、フライアで神機兵の開発の手伝いをすると。
……説明を受けながら、だんだんとユノの表情が強張っていく。
そしてフィアの説明が終わった時には、ユノの表情は完全に怒り顔になっていた。
「何よそれ……」
「僕達も詳しく訊きたいから、今からジュリウスと話してみようと思うんだけど……」
「……私も、一緒でも構わないかしら?」
「僕は構わない。みんなもいいよね?」
他のメンバーに問いかけるフィア、全員が同意するように頷きを返す。
……というより、今の彼女に逆らいたくないという気持ちもあったわけで。
――そして、ブラッドとユノは大型モニターからジュリウスへと通信を送った。
『………これでも忙しい身でな。申し訳ないが手短に頼む』
モニター越しに、ジュリウスの姿が映し出される。
少しやつれたか、その場にいた全員がそう思った。
今の彼は元々無愛想だった表情を更に険しくさせ、後ろに何か大きな装置が見える場所に座り込んでいた。
まるで王座のような場所に座り込むジュリウスは、その表情も相まって王の風格を漂わせている。
……彼の瞳が「お前達と無駄に話すつもりはない」と告げており、明らかにこちらと壁を作っているように見えた。
「訊きたい事は1つだ。……どうしてブラッドから逃げ出した?」
『逃げ出したとは、乱暴な物言いだな』
睨みつけながら放たれたギルの言葉にも、ジュリウスは意に介した様子を見せない。
『神機兵が量産され、実戦に投入されれば神機使いが死ぬ事もなくなる。
脆い人とは違い神機兵は幾らでも替えが利く、ならばこちらの開発に専念した方が合理的だ。それぐらいは理解していたと思ったが……』
「……ブリキの王様気取りか?」
『異論があるなら結果で示せ。感情的な物言いに一体何の価値がある?
俺の言っている事に間違いがあるというのなら、その間違いを完璧に訂正できる程の材料を持ってこい。
――無駄な会話だな。今後はこのような通信を送らないでくれ』
冷たい言葉。
仲間想いのジュリウスからは想像もできない、突き放した物言い。
まるでお前達などもはや仲間でもなんでもないと言わんばかりのその言葉に、ブラッド達は少なからずショックを受けた。
そして、ジュリウスはそのまま通信を切ろうとして。
「――ジュリウス、何を隠しているの?」
ユノの問いかけを聞いて、動きを止めた。
『………ユノか。極東に来ていたんだな』
「ええ。……それよりジュリウス、私の質問に答えてくれる?」
『質問の意味が、よくわからないな』
「言葉通りの意味よ。――何を隠しているの?」
『隠している事などない。何故そう思ったのか理解できないな』
「――あなたがそうやって必要以上に他人を傷つけるような物言いをする時は、何か隠している事があるからよ」
『…………』
「前もそうやって乱暴な物言いで私を遠ざけようとした事があるから、わかるの」
あれは、まだフィア達がブラッドに来る前の話。
ちょっとした時間が出来たのでフライアでジュリウスに会おうとした際、彼から「話す事などない」と冷たく言い放たれた事があった。
その時は勿論彼の物言いに憤慨し、すぐにフライアから離れたが……後に、彼が自分をフライアから早く退散させようとしていた事を知ったのだ。
ユノがジュリウスに会おうとした時に、ちょうどフェンリル本部の幹部クラスの人間が来ていたらしい。
その男はユノのファンであり……そして女癖が悪く、あまり良い噂を聞かないタイプの人間だったのだ。
そんな男とユノが鉢合わせになれば、ユノが嫌な思いをする事になる。
ジュリウスはわざとユノに冷たい態度で突き放し彼女を遠ざけたのだろう……自分に経緯を話してくれたサツキの推測だが、ユノはその推測が正しいと思っていた。
だから、今回のこの物言いもきっと何か理由があるのだと、ユノは思っている。
「ねえジュリウス、一体何を――」
『――君は、自分のやるべき事を果たしたのか?』
「…………」
『俺に根拠のない問いかけをしている暇があるのなら、自分のできる事を果たせ。
君の歌を待っている人達は沢山居る、だというのにこんな所で油を売っている暇はない筈だが?』
「ちょっとジュリウス、言い過ぎだよ!!」
さすがに今の発言は聞き捨てならないと、ナナは反論しようとして――他ならぬユノに止められた。
「――そうだね。私は私のできる事を精一杯する……あなたとの約束だものね」
『………あまり無理はするな、君の身体は君だけのものではない』
そう言って、ジュリウスは通信を切ってしまった。
「あの野郎………!」
「ジュリウス、何だってんだよ………!」
あんまりな態度に、ギルとロミオの表情には怒りの色が宿っている。
ナナやシエルも同様だったが……それよりも彼女達は、ユノの様子が気になった。
あのような冷たい態度をとられたのだ、傷ついているのではないかと2人はユノへと視線を向け……驚いた。
何故なら、彼女の表情が――どこか強い決意を抱いたような、晴れ晴れとしたものに変わっていたから。
「ユノさん……?」
「ん? ナナさん、どうしたの?」
「あ、いや…その……気にしてないんですか?」
「なにが?」
「えっと、ジュリウスの事なんですけど……」
「………ああ」
今気づいた、と言わんばかりの反応を返すユノ。
「別に気にしてないわよ。ジュリウスの物言いが無愛想なのは前からだし」
「でも……」
「それにね――私、ジュリウスの言っている事は正しいと思ってる。
神機兵が本格的に量産されれば犠牲が無くなる、もうアラガミに捕喰される人達が居なくなる……そんな未来が作れる筈よ。
ジュリウスは、自分のできる事を精一杯やろうとしているだけ、彼の戦いはきっとそこで行われるの」
強い決意が、ジュリウスの瞳から見る事ができた。
神機使いとしてではなく、フライアで神機兵を育てる道こそが自分ができる戦いだと、彼の瞳が訴えていたのだ。
だがらユノはこれ以上何も言えなかった、彼の邪魔はしたくないと思ったのだ。
だってそんな事をしてしまったら――彼と交わした“約束”を破る事になってしまうから。
――前に、ユノとジュリウスはある“約束”を交わした。
それは、今の自分にできる精一杯の事をするという約束。
ユノは歌姫として人々の心を癒し、支え。
ジュリウスは戦いで、人々の身体を守る。
彼の戦いの場所は変わってしまったけど、ユノは彼がいまだに自分との約束を守ってくれていると思った。
ならば、自分は自分のできる事を、やるべき事を果たさなければならない。
「みんなも、ジュリウスを責めないであげてほしいの。
そりゃあ黙ってブラッドを抜ける事を1人で決めて、今だって褒められた態度じゃないのは確かだよ。
だけど、ジュリウスはジュリウスの戦いをしてる。強い決意を抱いて今の道を歩んでる。――それだけは、わかってほしいな」
「ユノさん………」
「………そうですね。ユノさんの言っている事は、正しいと思います」
「シエルさん……」
「皆さん、ジュリウスの分まで私達がブラッドとして…ゴッドイーターとしての職務を全うしましょう。
きっとジュリウスもそれを望んでいる筈です、納得できない点や不満に思う点もあるとは思いますが…今は自分のできる事を果たしましょう」
「………そう、だな」
帽子を被り直しながら、ギルは気持ちを切り替えていく。
……まだ納得が出来たわけではない、彼の行動は仲間である自分達を切り捨てたようにも見えるのだから。
しかし、それを不満に思うだけで何もしないなど、それこそ餓鬼のする事だ。
自分達は餓鬼ではなくアラガミと戦うゴッドイーター、たとえ不満があったとしてもそれに引き摺られてはならない。
そう思うと、ギルの心は少しだけ軽くなってくれた。
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「……はぁ、あ……ぐっ!? ゲホッ、ゴホッ………!」
通信を切った瞬間――ジュリウスはその顔に苦悶の色を浮かべながら、激しく咳き込んだ。
額には脂汗が滲み、それがそのまま彼の苦しさを現しているかのようだ。
暫し咳き込み……漸くそれが収まり、彼は大きく息を吐き出しながら背もたれに身を預ける。
「――ジュリウス、大丈夫ですか?」
そんな彼を、装置の下から心配そうに見守るラケル。
「……心配しなくても、ブラッドの関係は断っているさ」
「そうではなく、貴方の身体の事ですよ?」
「…………」
「貴方の戦闘データは順調に神機兵へ組み込まれています。
ルーク博士やお姉様の協力もあります、あまり急いでしまえば……進行がその分進んでしまいますよ?」
「………敵は、待ってはくれないさ。
現存のアラガミの力を大きく超えた悪魔、ヴァルキリーにオーディン、そしてアンノウン。
それらがいつ再び現れるかわからない以上、神機兵の教導を急がねばならないのは道理だ。休んでいる暇など…あるわけがない」
「……………そう、ですね」
ラケルはそれ以上、何も言わない。
止めても無駄だ、今の彼を止められる者はいない。
それに、何よりもだ。
――
思う存分、彼の好きにやらせておけばいいのだ。
それがラケルの望み、そして……世界の望み。
来るべき“晩餐”はすぐそこまで迫っている、下拵えはすでに終わっている。
後はただその時を待てばいい、ジュリウスが己の身を削ろうが苦しもうが……ラケルには
(ああ、ああ……待ち遠しい。あとどれくらいで“その時”はやってくるのかしら……)
ラケルは笑う、ジュリウスに気づかれないように、口元だけで笑う。
その笑みは童女のように純粋で、淑女のように美しく。
そして―――悪魔のように、恐ろしい。
To.Be.Continued...
少しだけ物語が止まり、ちょっとした日常を書く予定です。
このまま物語自体を進めてもいいのですが、シリアスだけが続くのもなんだと思いますし、他のキャラクターも出したいので。