神々に祝福されし者達【完結】   作:マイマイ

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感応現象を経て、シエルとナナはフィアの過去を体験する。
そのおぞましい過去に心が砕かれかけるが……2人はどうにか彼の心を現実世界へと引き戻す事ができたのだった………。


第3部捕喰139 ~シエルの違和感~

「――どういうつもりだ!!」

 

グレムの怒声が、局長室に響き渡る。

その顔は声と同じく怒りに満ちており、その一点を受けている青年――ジュリウスはしかし、軽々とそれを受け流しつつ言葉を返す。

 

「どういうつもり、とは?」

「俺はあの化物を処分しろと言った筈だ、だというのに……アレを再びブラッドに組み入れるだと!?」

「それが何か?」

 

一体何を言っているのか、そう言わんばかりのジュリウスの態度に、グレムはますます額に青筋を立たせ怒りを増幅させていく。

それを何処か愉しげに眺めながら、ジュリウスは言葉を続けた。

 

「私はブラッドの隊長です。隊員の編成を決める権限は持ち合わせている筈ですが?」

「ふざけた事をぬかすな! あの化物は最初から人間ではなかった、それをゴッドイーターとして運用する事など……」

「フィアはもう大丈夫です。同じブラッドの隊員であるシエルとナナが彼を取り戻してくれました。

 彼は化物ではなく人間です、そして彼の力はアラガミと戦う上でこれ以上ない程に頼もしく強力な戦力です」

「黙れ!! とにかくこれは命令だ大尉、今すぐにあの化物を――」

「彼は化物ではなく人間だと言った筈です、聞こえませんでしたか?」

「き、貴様………!」

 

キッと睨まれながらも、ジュリウスの表情は冷ややかだ。

対するグレムは今にも血管が切れてしまうのではないかと思えるほどに興奮しており、鼻息も荒くなっている。

一触即発、ピリピリとした空気に包まれる局長室であったが……その中で、無機質な声が木霊した。

 

「グレム局長、フィアはもう大丈夫だと思いますよ?」

「ラケル博士……それは一体どういう事だ!?」

苛立ちを含んだ口調で、いつものような儚げな微笑を浮かべているラケルに問いかけるグレム。

「ジュリウスの言った通り、シエルとナナがよくやってくださいました。

 サカキ支部長にも調べてもらいましたが、現状ではもうあの子が前のように暴走する危険性は無くなったと……」

「そんなものはその場凌ぎに過ぎん! 第一、あの化け物が暴れたせいでフライアの機能の一部が停止したのだぞ!?

 その修繕に掛かった費用はどうなる!?」

「ですが、フィアの力はアラガミと戦う上で必要になるでしょう。少々値段の張る買い物をしたと思えばよろしいのでは?」

「ふざけた事を………! 局長命令だ、今すぐにあの化物を始末しろ!!」

「…………」

 

醜い、と。

ジュリウスは、誰にも聞こえないほどの小さな声でそう呟いた。

確かにグレムの言い分も理解できる、彼の言葉を完全に否定するつもりはない。

だが、結局彼が懸念しているのは、フィアが己の稼ぎの妨げになるからこそ処分しろと言っている事を知っているから、ジュリウスには目の前の男が醜い存在に見えてしまった。

彼は人間ではない、しかしそれは……望まぬ結果の果てにそうなってしまっただけ。

シエルとナナが見たフィアの過去を話してもらったからこそ、何も知らずに己の利益だけを考えるグレムを許容する事ができなかった。

 

「聞いているのか!!」

「……いいえ。何故なら我がブラッド隊に局長が仰るような化物は存在していませんから」

「なっ!?」

「話はそれだけですね? 失礼します」

 

おざなりに一礼した後、早足で局長室を後にするジュリウス。

背中越しにグレムの怒声が聞こえたが、当然無視。

そのままフライアの廊下を暫し歩いてから……ジュリウスは、疲れたように大きな溜め息を吐き出した。

 

「――なかなか、無茶な物言いをしたものね」

「少々感情を表に出し過ぎたようだ。尤も、後悔などは微塵もしていないがな」

 

車椅子に乗って近づきながら声を掛けてきたラケルに、ジュリウスはそう返す。

その表情は言葉通り微塵も後悔を抱いてはおらず、むしろスッキリとした表情だ。

……どうやらフィアを化物扱いしているグレムに、相当苛立っていたらしい。

 

「でもあのような態度だと、ブラッド隊を外されてしまうかもしれないわよ?」

「その時はその時だ。――俺の後を継いでくれる頼もしい存在は、既にブラッドに居てくれているからな」

「…………」

「――俺は、随分と甘かったようだ。今回の事でそれがよくわかった」

「そう……じゃあ」

 

ラケルは笑う、ジュリウスに気づかれぬように……薄く、儚く不気味で恐ろしい笑みを。

その笑みに気づかないまま、ジュリウスはある誓いを建てた。

 

「―――俺は俺にしかできない事をする。その為ならば――ブラッドを抜ける事だってできるさ」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「――はぐ、はぐはぐはぐ……っ!!!」

「………うわあ」

「あ、あの…フィアさん、もう少し落ち着いて食事を……」

「んぐっ……無理だよ。お腹が空いて今にも倒れそうなんだから!!」

 

極東支部の医務室にある個室にて、珍妙な光景が広がっていた。

その個室に収容されているフィアは、シエルの言葉に返答を返しつつ……まるで貪るように食事を行っていた。

その食べ方たるやまさしく“ドカ食い”であり、彼のベッドの周りには既に大量の食器が積み上がっていた。

ゆうに数十人前という量の食事を平らげたというのに、彼の手は止まる事を知らずおまけにまだ「空腹感」を覚えているのだから、驚きである。

……フィアの料理を大急ぎで作っているムツミの「もうやめてーーーーっ!!」という悲痛な叫びが聞こえた気がした。

 

(でも……よかった、フィアさんが戻ってきてくれて)

 

感応現象を果たし、シエルとナナがフィアの精神を現実に引き戻して、既に4日が経った。

結局3日間フィアは眠ったままであったが、目が醒めブラッド達全員が喜びに浸る中で。

「―――お腹空いた、死にそう」

上記の呟きを放った時は、全員脱力したのは言うまでもない。

それからは今のように凄まじい量の食事を行っており、体力の回復を図っている。

全てが元通りになったというわけではないが、とりあえずは一件落着と言ってもいいだろう。

 

「入るよー………って、凄いねこれ」

「あ、ローザちゃん!」

「んぐっ……ローザ」

追加の食事を持ってきたローザを見て、フィアは食事の手を止める。

その表情に気まずさが現れ、おもわずフィアはローザから視線を逸らすが。

 

「――大丈夫だよフィア。ローザはもちろん誰もフィアを責めてないから」

食事の入ったトレーをテーブルに置き、ローザは安心させるようにフィアの頭を撫でながらそう言った。

 

「えっ………」

「みんな知ってるから、フィアが望んであんな事をしたわけじゃないって事を。

 だから自分を責めないで? これからも一緒に頑張っていこう?」

優しく微笑み、握手を求めるように右手を差し出すローザ。

それを暫しキョトンとしたまま見つめていたフィアであったが。

「……ありがとう、ローザ」

嬉しそうに笑いながら、自らも右手を差し出しローザと握手を交わした。

 

「さっ、まずは一杯ごはんを食べて元気にならないと!」

「うん。もぐもぐ………」

再び食事を再開するフィア、一体あと何十人前食べるつもりなのか。

……どうやらまだまだ食事が終わる事は無さそうだ、ムツミに追加の料理を頼まなくては。

そう思ったローザは医務室を後にしようとして…彼を見守っているシエルとナナも連れていく事にした。

 

「ロ、ローザさん?」

「ここに居たってしょうがないでしょ? それにムツミちゃんもそろそろ限界が近いだろうから……手伝ってくれない?」

「あ、あはは……そうですね」

その言葉に引き攣った表情になりつつ、シエルとナナはローザと共にラウンジへと向かった。

ラウンジへと入り、3人は真っ直ぐムツミの元へと向かい……疲弊しきっている彼女を見て、再び顔を引き攣らせた。

 

「ム、ムツミさん……」

「だ、大丈夫……?」

「…………」

「へんじがない、ただのしかばねのようだ」

「………あ、ローザさんにシエルさん、ナナさんも……。

 すみません、少しの間意識を失ってたみたいです……」

「いやいやいやいや! もうムツミちゃん休んだ方がいいって!!」

「で、でもフィアさんはまだ食べるんですよね……?」

「うっ………」

 

言えない、まだまだ序の口状態だと言えるわけがない。

言えば間違いなくムツミは精神的に死ぬ、こんな小さな子にここまでの苦行を強いてしまった事に、3人は罪悪感を覚えた。

しかしムツミは尚も料理を作ろうとしているので、3人は協力して彼女をラウンジの席へと強制的に着席させた。

 

「ムツミさん、後は私達に任せてください」

「で、でも……」

「これ以上ムツミちゃんを働かせたら、私達がある意味死んじゃうから!」

「お願い、ここはローザ達の言う通りにしてくれる?」

「……わ、わかりました。すみません……」

 

本当に申し訳無さそうに頭を下げるムツミ。

この健気な態度に、3人は再び罪悪感を覚えつつ……暴食しているフィアを静かに恨んだ。

まあ彼とて回復するためなので、責める事はできないのだが……それはそれである。

厨房に立つシエルとナナ、ローザは料理が出来ないので参加するのはやめた。

 

「フィア、よく食べるよねー」

「カズキさんとアリサさんの話では、アラガミ化が進んだ副作用のようなものだと言っていましたね」

「そうそう。ある程度進化が進むと食事量が劇的に増えちゃうんだよ、だからローザもお姉ちゃんも一時期苦労したなあ……」

 

主に体重的な意味で。

今では落ち着き食事量も減ったものの、小まめに体重チェックをしないと悲惨な事になってしまう。

アラガミ化を果たしても、良い事ばかりではないわけで。

 

「沢山作ってあげないとね!」

「そうですね。喜んでくれればいいのですが……」

「大丈夫大丈夫。シエルちゃん料理上手だしフィアだって「シエルの料理って美味しいよね」って言ってたよ?」

「ほ、本当ですか……?」

 

その言葉に驚きつつ、シエルは無意識の内に口元に笑みを浮かべる。

褒められて嬉しいと思ったのだ、フィアに褒められたのが……本当に嬉しいと。

 

「あれー? シエルお姉ちゃん、どうしてそんなに嬉しそうなのかなー?」

「えっ!? いえ、別に私はそんな……」

「でもシエルちゃん、今すっごく嬉しそうな顔になってたよ?」

「そ、そのような事は……」

 

顔を赤らめ、視線を逸らすシエルに…ローザはニヤーッと悪戯じみた笑みを浮かべる。

からかう気満々である、それに気づいたナナもローザ同様の笑みを浮かべ始めた。

 

「シエルちゃんってもしかして……フィアが好きなの?」

「ひゃい!?」

(わかり易い……)

「そ、それは……確かにフィアさんは信頼できる人ですし、放ってはおけませんが別にそういった感情を抱いているというわけでは……」

「またまたー、だってシエルちゃんっていっつもフィアの事見てるしフィアの話ばっかりしてるよ?」

「ブ、ブラッドの隊員として副隊長のコンディションを整えられるようにしているだけでして……」

「ホントにー?」

「そうなのかなー?」

「あ、あぅ……」

 

ニヤニヤとした笑みで詰められ、シエルの顔が赤くなっていく。

しかし2人はやめたりしない、彼女の反応が面白く可愛らしいからだ。

これはもっとからかえと言っているようなものだ、勝手な解釈をしつつ2人は更に詰め寄る。

 

「この間だって、フィアの好きな食べ物を訊いた後、一生懸命作ってたって話だし」

「ナナお姉ちゃん、その話詳しく」

「ふ、普段からフィアさんにはお世話になっていますから、部下として当然です!」

「へー……?」

「そーなのかー……」

「な、なんですかその反応は! 2人とも信じていませんね!?」

『勿論』

「即答しないでください!!」

 

もう嫌だ、誰か助けてください。

心の中でそう叫びつつ、シエルはどうにかこの包囲網を突破しようと思考を巡らし。

 

「――なんだか、面白い話をしていますね」

新たな脅威が、シエルの前に立ち塞がってしまった。

 

「ア、アリサさん……」

「あ、お姉ちゃんいい所に!」

「ふっふっふ……恋バナは大好物なんですよ!!」

(どうしてこういう時に限って………!)

今のアリサはシエルにとって頼れる先輩ではなく、自分を追い込む悪魔と化していた。

自分の不運に呪いたくなりつつ、往生際が悪いシエルはどうにか逃げようとするが……。

 

「それでシエルさん、フィアさんとは……どうなんですか?」

あっさりと、満面の笑みを浮かべたアリサに肩を掴まれ拘束されてしまった。

 

「ど、どう…とは?」

「しらばっくれないでくださいよ、シエルさん……フィアさんの事、好きなんですよね?」

「で、ですから違います!!」

「はいはい、そういうのいいんで白状してくださいねー」

「そういうのって何ですか!? そ、それに今はフィアさんの為の食事を作らなければいけないんですから……」

「愛する人の為に愛情をたっぷり込めた手料理をご馳走したいんですね!?」

「どういう解釈をしているんですか!?」

 

もしかしたら自分は、異国の言葉を話してしまっているのだろうか。

本気でそう錯覚してしまうほどに、言葉が通じない。

……もう無視しよう、そうしよう。

そう思ったシエルは3人から視線を外し、調理を再開させた。

 

「あれ? シエルちゃーん?」

「…………」

(あらら、ちょっとからかい過ぎたかなー?)

 

彼女の反応に気づき、ポリポリと頬を掻く3人。

だが当然ながら後悔はしていない、また今度からかう事にしよう。

邪な事を考えながら、アリサとナナもシエルと同じようにフィアに食べさせる料理を作るために動き出した。

因みにローザはもうすぐ任務の時間が迫っていたので、「じゃあお姉ちゃん達頑張ってね、フィアに宜しく」と告げてから、ラウンジを後にした。

……フィアとの戦いによるダメージはまだ残っているものの、第一部隊の副隊長として動かなければと思っているのだろう。

幾ら驚異的な回復能力で骨や臓器のダメージを回復させたとしても、あまり無茶はしてほしくないものである。

とはいえそれは本人もわかっているだろう、なのでアリサ達は何も言わずに黙って彼女を送ってあげた。

 

「………でも、よかったですね」

「えっ、何がですか?」

「フィアさんが、ちゃんと人として戻ってくる事ができて」

「………そう、ですね」

 

アリサの言う通り、本当に良かった。

限りなく可能性の低い賭けは成功し、彼は再び人として生きる事を許された。

だが――まだ安心できるわけではない。

あの地獄の中で生きた彼が、再び狂わない保障などあるわけがないのだから。

これからも守ってあげなくてはならない、そうしなければ……彼はまた人ではなくなってしまう。

そんなのは嫌だ、だって自分は……。

 

「シエルちゃん」

「ナナ、さん……?」

「私も一生懸命頑張るから、だから……1人で抱え込まないでね?」

「…………」

 

自身の心中は、あっさりと見破られてしまったようだ。

だが今回ばかりは……嬉しかった。

一緒にフィアを守っていこうと言ってくれたナナの思いが、本当に嬉しかった。

 

「ナナさん、ありがとうございます」

「えへへ……別にお礼を言われる事じゃないよ。だって……私もフィアの事大好きだから」

「………………えっ?」

「ちょ、ナナさんそれどういう事ですか!?」

「おおう……アリサさん、どうしてそんなに食いつくんですか……?」

「食いつくに決まっているじゃありませんか、もっと詳しく!!」

「ア、アリサさん落ち着いてくださいよー!」

「…………」

 

ぎゃいぎゃいと騒ぎ出すナナとアリサ。

だがシエルは、今のナナの言葉を聞いて…その場で立ち尽くしてしまっていた。

(ナナさんは……フィアさんの事が、好き?)

……それが、一体どうしたというのか。

前にもその話は聞いている、別におかしな点など何一つとして存在しない。

 

――だと、いうのに。

 

――どうして、自分の胸に痛みが走っているのか。

 

(………私、は)

一体どうしてしまったというのだろう。

胸に走る痛みの正体がわからず、けれど……シエルは今悲しいと思ってしまった。

何故悲しいのか、それすらも……理解できない。

 

(私、どうして……)

 

 

 

 

To.Be.Continued...




一件落着!!
ですがもちろん伏線登場、またシリアスな場面が出てきそうです。

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