果たして、このまま彼はアラガミとしてその命を散らしてしまうのか……それとも。
「―――来る。真っ直ぐこのまま」
「よし、みんな準備できてるか?」
「もちろんだ」
「こっちも大丈夫です!」
――創痕の防壁
極東支部全体を囲う装甲壁から一歩外に出た、すなわち最終防衛線。
そこに、4人の少年少女達の姿があった。
第一部隊であるコウタ、ローザ、エリック、エリナの4人はその手に神機を握りしめながら……ある存在の到来を待っていた。
「でもローザ先輩、本当に…その」
「来るよ。ここに、間違いない」
「フィア君がフライアからいなくなったという話は聞いていたけど、まだ信じられないよ。
――彼が、完全にアラガミになってしまったというのは」
「……………」
認めたくない、この場に居る誰もがそう思っていた。
だが……それは叶わぬ願望でしかないと、ローザにはわかってしまうのだ。
こちらへと迷う事無く向かってくる存在からは――もう、捕喰欲求しか感じ取れない。
人としての意志など消え去り、まさしく人類の敵であるアラガミと化している。
だからこそ、サカキ博士から消えたフィアの追跡と……処分が、第一部隊に命令されたのだから。
……覚悟を、決めなくては。
「っ、来たよ!!」
『――――っ』
ローザの声を耳に入れ、他の3人はすぐさま臨戦態勢へ。
そして――異形の存在と化してしまった少年が、4人の前に姿を現した。
「フィア………!」
「嘘……ホントに、フィアなの?」
現在の変わり果てたフィアの姿を見て、コウタは顔をしかめエリナは信じられないといった表情を浮かべる。
その中で、ローザはすぐさま地を蹴りフィアへと向かっていき、エリックもまた神機の銃口をフィアへと向けて容赦のない銃撃を撃ち込んでいった。
「―――ガァッ!!」
迫る5発の銃撃。
それを見てフィアは唸り声を上げながら――自ら銃弾の元へと駆けていく。
エリックの放った銃弾は見事命中……する前に、フィアの右腕一振りで霧散してしまう。
「なっ―――!?」
「し―――!」
エリックが驚愕の声を上げると同時に、間合いを詰めたローザが攻撃に移った。
風切り音を響かせながら放たれる渾身の突き、凄まじい速度で放たれた一撃は目視する事すら困難だ。
だがそれをフィアは回避する。
間髪入れずに突きを連続で放つローザ、通常のアラガミならばそれで全身に風穴が空いただろう。
しかしフィアはその悉くを回避し、攻撃が当たらないという事実はローザの中にも驚愕を与える。
(速い……全力で放ってるのに………!)
アラガミとしての能力は既に解放しており、神機の性能とて限界まで引き伸ばしている。
だというのに届かない、そればかりか……。
「っ、あぐ………!?」
攻撃の間の僅かな隙を突かれ、ローザの身体にフィアの蹴りが叩き込まれる。
息を詰まらせ、地面を滑りながら吹き飛んでいくローザ。
追撃を仕掛けようとするフィア、そうはさせないとエリックとコウタの一斉掃射が繰り出された。
今度の銃弾は都合三十六、さすがに避けられないと判断したのかフィアは両腕を前方で交差させ防御の体勢に。
フィアの身体に撃ち込まれていく銃弾の雨、その破壊力に少しずつフィアの身体が後退していく。
「やあああああああっ!!!」
その隙は逃さない、エリナは裂帛の気合を込めながらフィアへと向かっていった。
全速力で地を蹴りながらチャージを行い、すぐさま臨界に到達。
貫通力だけを追い求めた渾身のチャージスピアによる一撃を、エリナはフィアの胴体に向けて解き放つ―――!
頭部を狙わなかったのはまだ迷いがあるからなのか、しかしその一撃はエリナが放てる全力の一撃である事に間違いは無く。
――それでも、今のフィアには届かない
「―――――」
固い感触が、スピアから伝わってくる。
目の前では、自分に向けて右手を開き突き出しているフィアの姿があり。
……その手の中で、チャージスピアの先端が止まっていた。
「ぁ、――――」
ガパッと、フィアの口が大きく開かれる。
彼の瞳の先に映るのは――エリナ。
捕喰する気だ、それを理解するがエリナは咄嗟に動く事ができず。
「――そこまで堕ちたの?」
怒りを孕んだ声を放ちつつ、真横から放たれたローザの一撃によってフィアの身体にスピアの刀身が深々と突き刺さった。
「ギ……ギギギ………!」
さすがに効いたのか、フィアの口から苦悶のような声が零れる。
それの何て怪物じみた事か、見た目も中身も本当にアラガミになってしまったのだと4人は改めて思い知らされてしまった。
……迷いを捨てろ、己に言い聞かせつつローザは更に深く突き刺そうと両手に力を込めて。
「ガ――ギャァァァァァァァッ!!!」
「あ………!?」
フィアにスピアを掴まれ、ローザの身体が宙に浮いた。
一瞬でフィアは身体に突き刺さっていた刀身を抜き取り、ローザごとスピアを振り上げたのだ。
「ガァ―――!」
そのままローザを地面に叩きつけようと、勢いよくスピアを掴んだ腕を振り下ろすフィア。
「く………!」
このまま地面に叩きつけられれば頭蓋を砕かれる、そう思ったローザは思い切って自らスピアから手を離し難を逃れる。
着地と同時に後ろに大きく跳躍するローザ、それと入れ替わるようにコウタ達3人は一斉に銃撃を開始した。
今度の数は七十を超える、たとえ防御したとしてもダメージは受けるのは間違いないだろう。
「ギ―――ガアァァァアアァァァァァァッ!!!」
フィアが吼える。
刹那、ゴキゴキという音を鳴らしながら彼の両腕は変化していき……マルドゥークの両腕へと変貌する。
その両手を迫り来る銃弾に向け、フィアは再び激昂した。
「アアアァァァァァァァァアアァァァァッ!!!」
彼の両腕が呼応するように燃え上がっていき……掌から、人一人呑み込める程の巨大な火球が放たれた―――!
「なっ―――!?」
「(拙い………!)みんな、速く―――」
速く逃げて、ローザが全員にそう伝えようとしたが……遅過ぎた。
まるで機関銃のように放たれる火球は瞬く間に迫る銃弾の雨を蒸発させながら、威力を衰えさせる事無く4人を襲う。
次々と着弾し、火柱が周囲に昇っていき空気を焦がしまるで世界そのものが燃え上がるかのようだ。
そのような世界に居れば、たとえゴッドイーターであろうとも死は免れずしかし。
「……うっ、ぐ……」
「うぅ………」
それでも、全員はまだ生きていた。
ローザの言葉で咄嗟に回避行動をとれたのと、一番反応が速かったローザが3人の前に立ち身を挺して庇ったので、どうにか一命は取りとめたようだ。
しかし――3人のダメージはそれでも大きく、特に一番前で自らの身体で3人を庇ったローザに至っては……既に意識を失い、倒れこんでしまっていた。
「ロ、ローザ………!」
痛む身体を引き摺るようにしながら、エリックは倒れたローザの元へ。
彼女をできるだけ優しく抱き上げ――その傷に、戦慄した。
「―――――」
白い肌の殆どは焼け爛れ、黒く変色してしまっている。
両腕は防御した時の衝撃に耐えかねあらぬ方向に折れ曲がっており、生きているのが不思議に思えるほどに無惨な姿に変わっていた。
「ハー…ハー…ハー……」
呆然としているエリックに、息を乱しながらゆっくりとフィアが近づいていく。
コウタもエリナも先程のダメージで意識が混濁しており、その場から動く事ができない。
フィアの接近に気づいたエリックであったが、彼もダメージが大きくローザを連れて立ち上がる事すらできないでいた。
(どうにかローザだけでも………!)
彼女を死なせるわけにはいかないと、エリックは死の瞬間の中でも必死に考えを巡らせる。
だがフィアがそれを悠長に待つ事などあるわけがなく、ローザごとエリックの命を奪おうと大きく右腕を振り上げて。
――爆音が聞こえるほどの凄まじい蹴りが、彼の身体に突き刺さった
「ッ、ガ―――ッ!!?」
驚愕と苦悶に満ちた表情を浮かべながら、瓦礫の中に吹き飛ばされるフィア。
瓦礫の中に埋もれていくフィアを、エリックは再び呆然とした表情で見つめながら…自分の前に降り立った青年を見て、安堵の溜め息を漏らす。
「……ありがとう、助かったよ」
「……ローザを頼みます」
掛け合う言葉はそれだけ、あまり長い話をしている余裕は無いからだ。
バックパックから液体状の「回復錠・改」を取り出し、傷口に振り掛けるエリック。
それによりどうにか立ち上がる事ができるようになり、ローザを抱きかかえながら気絶している2人の元へと向かった。
一方、それを見届ける事無く前方を睨みつけながら、フィアに蹴りを放った青年――カズキはゆっくりと神機を構え直す。
「―――ガァァァッ!!」
刹那、瓦礫を粉砕しながらフィアが飛び出しカズキに向かっていった。
振り下ろされる右腕、マルドゥークの巨大で逞しい豪腕による一撃は強力無比。
まともに受ければその防御ごと粉砕される一撃をしかし、カズキは神機の刀身で真っ向から受け止めてしまう。
凄まじい衝撃によりカズキの足が地面に沈み、周囲に衝撃波を撒き散らしていく。
それでもカズキの表情は少しも乱れず、自身の攻撃を真っ向から受け止められフィアの表情に僅かに驚愕の色が浮かぶ。
「……お前が欲しかったのは、こんな力なのか?」
「ググ……ガアァァァァ………!」
「他者を守るために力を振るってきた君が、一体何をしているんだ!!」
「グッ………!?」
力任せに神機を振るい、フィアを吹き飛ばすカズキ。
すぐさま両足に力を込め沈んだ地面から抜け出し、一気にフィアとの間合いを詰める。
だがフィアとて負けていない、瞬時に体勢を建て直しカズキの剣戟に合わせ両腕を振るっていく。
爆撃音と勘違いする程の轟音を響かせながら、幾度と無くぶつかっていくカズキとフィア。
……既にその攻防は人間の領域を超え、エリックと意識を回復させたコウタとエリナは、黙って事の成り行きを見つめる事しかできなかった。
「目を醒ませフィア、こんな事をする為に戦ってきたわけじゃないだろう!!?」
「ガァァアァアアアァァァッ!!!」
「本当に何もかも忘れたのか!? 他者を守りたいと思った誓いも、その為に強くなりたいと誓った願いも!!」
「ギガガガ………!」
「っ、自分自身に負けるな! 君は1人じゃない、帰りを待ってくれる仲間が居るんだ!!
このまま全てを捨ててアラガミとして生きる道を選ぶような事だけはするな!!」
「―――ギィィィィィアアァァァァァァァァッ!!!」
「くそ………!」
無駄かもしれないとはわかっていた。
ただそれでも、カズキはフィアの意識が残っている事を信じて必死に呼びかけたのだ。
しかし彼から返ってきたのは、獣そのものの雄叫びのみ。
……もう、彼は自分とは状況が違うのかもしれない。
それでもカズキはフィアを殺す意志は見せず、彼の攻撃を防ぐだけに留めた。
光の剣を用いれば如何に今のフィアとて耐えられないだろう、だがそれは同時に彼の命を奪う事に繋がる。
そんな事はできない、まだ可能性が無くなった訳ではないのだから。
「――カズキ!!」
「フィアさん!!」
「っ」
「ギ……?」
背後から響く2人の少女の声。
カズキとフィアはその声に反応を見せ、同時に自ら相手との距離を離した。
(フィアも…後退した……?)
違和感を覚えつつも、カズキは更に後退し…戦場に現れた第三者達に視線を向ける。
「アリサ、ブラッドのみんなも……」
「すみません。遅くなりました」
「………フィア」
「くそ……アイツ、もう本当にアラガミそのものじゃねえか………!」
フライアで見た時よりも、更にフィアのアラガミ化は進んでいる。
その事実がブラッド達の希望を易々と砕いていき…けれど、シエルは一歩前に出た。
「……カズキさん、フィアさんの動きを…止められますか?」
「シエル……?」
「かつてアリサさんがカズキさんに用いたのと同じ方法で……フィアさんの意識を取り戻してみせます」
「それって………」
「ッ、ギャアウゥッ!!!」
フィアがカズキに迫る。
瞬時に反応し、防御しようとして……その前に、ジュリウスとロミオがフィアの攻撃を神機の刀身で受け止めた。
「ぐ、く……」
「く、そ……重すぎだろ……おいフィア、ちょっとは加減しろ!!」
「ジュリウス、ロミオ!!」
「ギギギギ………!」
更に力を込めるフィア、すると少しずつ2人は押されていきその顔には苦悶の色が浮かんでいく。
「2人とも、下がれ!!」
「ギャ………!?」
神機を投げ捨て、カズキは一瞬で右腕をスサノオの尾剣へと変化させ、フィアの右肩を貫く。
更に左腕をガルムの腕へと変化させ、高熱を孕んだ拳を叩きつけ吹き飛ばした。
「ギル、今です!!」
「スタングレネード、いくぞ!!」
シエルの声と、ギルがスタングレネードを投げるのは同時だった。
地面に叩きつけられ、凄まじい光を周囲に放つスタングレネード。
「ギィ………ッ!?」
カズキ達は眼を覆って何を逃れたが、フィアはまともに白い光を浴び苦悶の声を上げながら大きく仰け反る。
――その隙を、“彼女達”は逃さなかった
「ナナさん!!」
「シエルちゃん!!」
同時に走る2人の少女、シエルとナナ。
彼女達は未だ光の収まらぬ世界を全速力で駆け抜け、真っ直ぐフィアの元へと向かう。
しかし彼女達がフィアの元へと向かうのは、決して攻撃のためではない。
――かつて、カズキも完全なるアラガミ化を果たしてしまった時があった
そんな中、彼はアリサと…まだヴァルキリーであったローザによって、人としての意志を取り戻す事に成功する。
その方法を行うために、シエルとナナは神機を投げ捨てながらフィアへと向かう。
(危険な賭けかもしれない……だけど!!)
(フィアを助けられるなら……どんな方法だって試さないと!!)
強き誓いを胸に宿しながら、ただひたすらに2人は彼の元へと向かっていく。
そして――2人の手がフィアの身体に触れた瞬間。
2人の意識は、一瞬でこことは違う世界へと運ばれていった………。
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「……………うっ」
「んん………?」
ひんやりとした感触が、シエルとナナの意識を覚醒させる。
目を開き、倒れていた2人が最初に見たのは……見た事のない世界であった。
薄暗く、カビ臭い石に囲まれた世界。
当然ながら先程まで2人が居た場所ではなく、ナナはキョロキョロと視線を泳がせながら驚愕した。
「えっ……ここ、何処……? みんなは? カズキさんにアリサさん……フィアは?」
「……………」
混乱するナナをよそに、シエルは立ち上がり周囲を見渡しつつ…近くの壁に触れた。
伝わるのは冷たい石の感触、決して幻でも夢でもないものだ。
だがここは先程まで自分達の居た場所ではない、それに夢でも幻でもないが……身体の感覚はふわふわと頼りないものになっており、決して現実ではないというのもわかった。
まずは落ち着こう、そう思ったシエルは数度深呼吸を繰り返してから、未だに座り込みながら混乱しているナナに手を差し出し立ち上がらせた。
「ねえシエルちゃん……ここ、何処なのかな?」
「……確証はありません。ですがここは……きっと、フィアさんの精神世界と呼べる場所だと思われます」
「? フィアの……精神世界?」
「アリサさんが仰っていたでしょう? “感応現象”により、互いの過去の記憶や感情が流れてくると。
そしてその現象は時として、相手の過去の世界そのものを具現化し疑似体験できるとも言っていました」
現実としての感覚はあるというのに何処か現実ではないと思ったのも、そのせいなのだろうとシエルは推測した。
……もしその推測が当たっているとすれば、とりあえずの関門を突破したと思っていいのだろう。
それに何より、シエルはこの無機質で冷たい世界を…過去に二度、見ている。
「じゃあ……ここはフィアの過去の記憶の中って事?」
「おそらくはそうでしょう。アリサさんも過去にカズキさんやローザさんとの感応現象によりこのような不可思議な世界に来た事があると言っていましたし」
「だとすると、この世界の何処かにフィアが……」
「居ると思います。そして上手くいけば……」
フィアの心を、取り戻すことができるかもしれない。
そう告げるシエルに、ナナの表情が希望に満ちたものに変わった。
……だが、危惧が無い訳ではない。
これから行う行為は、如何なる罰よりも重く許されるものではないものだ。
他者の過去を勝手に閲覧するという行為は、神罰と同等のものなのだから。
それにこのままここに居れば自分達の意識もいずれ消える、悠長にしている暇はない。
『シエルさん、ナナさん、もしフィアさんとの感応現象を果たしたら……心を強く保ってください。
たった短時間の感応現象でもおぞましい不快感を体験したというのなら、おそらくフィアさんの過去を除く行為は……精神を崩壊させる程のおぞましいものだと推測できますから』
ここに来る前にアリサに言われた事を思い出す。
フィアの過去を見れば心が壊れる可能性がある、だからこそカズキもアリサもこの選択を選ぶ前に覚悟を抱けと言っていたのだ。
……おそらく、この先に前回とはくらべものにならない程の不快感と絶望が襲い掛かってくるのだろう。
「――――っ」
そう思うと、早くもシエルの心は折れそうになる。
あれをまた体験しなければならない……否、あの時とは比べものにならない程の衝撃だ。
知らず、シエルの身体は震え始め足が一歩も進まなくなってしまう。
「――シエルちゃん」
「……ナナさん」
そんな彼女の手を、ナナは優しく包み込むように握り締めた。
「頑張ろう? 私も頑張るから、またフィアと一緒に極東で過ごしたいもん」
「………そうですね」
迷いを抱く必要など、あるわけがなかった。
今自分がここに居るのは、全てフィアとまた一緒に居たいからだ。
理由などだだそれだけしかない、ならばどうして迷いを抱く必要があるというのか。
ナナの手を握り返し、2人は手を繋いだまま石の廊下をゆっくりと進み始める。
「それにしても……なんだろうね、ここは」
「おそらく地下に存在する空間なのでしょう。そしてここは……フィアさんの父、グリード・エグフィードが何らかの実験を行っている場所です」
「えっ、どうしてシエルちゃんがそれを知ってるの?」
「……話してはいませんでしたが、私は過去に二度……感応現象でフィアさんの過去を見たんです」
「えっ……」
「だからここがフィアさんの過去の世界だと理解できましたし……この世界が冒涜的な場所だという事も、理解できてしまうんです」
迷いは無い、だが同時にこの世界から一刻も早く逃げ出したい衝動も存在している。
それだけの世界なのだここは、この場所は人間の生きていられる世界ではない。
「? シエルちゃん、何か見えてきたよ!」
「……………」
少しだけ歩く速度を上げ、2人は視界に映ったある場所へと向かう。
それは――扉のような形に開いている、大穴であった。
中は漆黒の闇に包まれており、けれど僅かに啜り泣くような声が聞こえる。
「―――――」
それだけで、シエルはわかってしまった。
――この先に、フィアが居る。
感応現象によりシエルの頭にフィアの記憶が宿り、ナナもまた同様にその記憶を与えられ表情が明るいものに変わった。
だが――この先に待っているものをこの目で見てしまったシエルの表情は、凍り付いてしまっている。
この先には行くなと、内なる自分が必死に警鐘を鳴らしていた。
「………ナナさん」
「? シエルちゃん、どうかした?」
「この先は…本当に地獄なんです。ですから何があっても……自らを失わないでください」
「えっ………」
シエルの言われた事がわからず、キョトンとした表情を浮かべてしまうナナ。
そして――シエルは数回深呼吸をしてから、ゆっくりと大穴へと向けて歩を進めていく。
遅れてナナも足を動かし、2人は闇の中へと身を投じて。
――正真正銘の地獄へと、足を踏み入れた。
To.Be.Continued...
原作の感応現象は記憶をフラッシュバックのように見るだけでしたが、この作品の感応現象は結構万能です。
まあバーストでもリンドウさんの精神世界に行っていたし、特別おかしい展開ではないと……思う。
ちなみに今回はアリサ1人の時と違いシエルとナナ2人での感応現象となりましたが、これは2人とフィアの関係がカズキとアリサのような恋人同士ではない…つまり2人ほどの強い感情をお互いに向けていなかったから、という裏設定があります。
まあようするに、2人で行わなければフィアの精神世界には行けなかったという事ですね、感応現象自体は起こせましたけど、これだけの規模のものは無理だったと……。
さて次回はいよいよフィアの幼年期時代の記憶が公開になりますね、まあ過去の話の中で断片的とはいえ描写があったのでその延長線上のものになるとは思いますが……。