生きる為に、彼は最後まで諦めない。
そんな中――死地に存在する彼の前に、あるアラガミが現れる……。
「――は、はぁ、は」
ここは、雪が降り積もる廃寺エリア。
アラガミによって蹂躙されたここに、1人の青年が息を潜め必死に隠れていた。
青年の名はカズキ、極東支部に所属するゴッドイーターだ。
朽ち果てた家屋の壁に背を預け、荒い息を懸命に抑えながら、カズキは外の様子を眺める。
――外には、沢山のアラガミが我が物顔で闊歩している。
(くそ……)
おもわず悪態を吐くカズキ。
……あのアラガミを追って、気が付いたらこんな場所まで来てしまっていた。
結局、仇のアラガミは取り逃がし、先程まで軽かった自分の身体が嘘のように重くなってしまい、すぐさま撤退しようとしたのだが……。
アラガミが現れたせいで、カズキはこのエリアから逃げられなくなってしまったのだ。
「は、ぁ……」
通信機は使えない、コクーンメイデンによってジャミングされているからだ。
すなわち――自力でこの場所から逃げ出す以外に、自分が生き残る術はない。
「く、ぁ、はぁ……」
だが、身体は思ったように動いてはくれず、外に出ればたちまちアラガミによって捕喰されてしまうだろう。
(どうすればいい……どうすれば……)
思考を総動員させ、生き残る術を考える。
――足音が、近づいてくる。
「――――」
緊張が走る、この足音はオウガテイルのものだ。
神機を手に取り、息を潜めアラガミが来るのを待ち構える。
(死にたくない……いや、僕はまだ死ねない)
必死に自分に言い聞かせ、カズキは一撃で倒すために神機を振り上げ。
「――――」
どぐりと、鼓動が鳴った。
「―――、ぁ」
この、感覚、は。
まるで出来のいい蝋人形のように、カズキは動きを止めてしまう。
ただ――カズキの頭の中に、ある欲求が生まれた。
――それは、「食べたい」という欲求。
本能ともいえるそれに従い、カズキは神機を降ろし――口を開く。
食べたい。
食ベタイ。
タベタイ―――!
そして、オウガテイルがカズキの視界の前に現れた瞬間。
カズキは、素早く剣でオウガテイルの首を跳ね、その身体に食らいついた。
ごりごりがりがりもぐもぐごくん。
オウガテイルの肉を骨ごと噛み砕き、嬉々とした表情で“食事”をするカズキ。
足りないもっとこんなものじゃ全然足りない。
ぺろりと、口の周りに付いた血を舐め取りながら、神機を手にカズキは立ち上がった。
――身体が、羽のように軽い。
アラガミを喰らってから、カズキの不調は嘘のように消えてしまった。
(………ああ)
それを、冷静に理解している自分が居る。
先程とは違う、無意識の内に食べたわけではなく……。
カズキ自らの意志で、アラガミを喰らったという事だ。
だが――止められない。
こんな事はおかしい、人間のする事じゃない。
当たり前の道徳が頭に浮かぶが、そんなもの「食べたい」という欲求の前では塵芥も効果はない。
(食べたい……我慢、できない……)
止まる必要などない、ここは道徳も背徳も関係ない世界だ。
自分はアラガミという化け物を喰らう、己の欲求を満たす為に。
ゆらりと歩を進めながら……カズキは自らアラガミの居る場所へと走っていった。
――月光が、血を照らす。
「は、セイ―――!」
また一体、オウガテイルの首を跳ね鮮血がカズキの顔を汚す。
それを美味しそうに舐めとり、今度は自分に向かって光弾を撃ち込んでくるコクーンメイデンへと走る。
途中、それを阻止しようとしているのか、コンゴウが間に割って入りその太い拳を振るってきた。
「んっ―――りゃぁ!!」
装甲を展開して防ぎ、間髪入れずに踏み込み一閃。
「カ―――ッ」
顔を見事に割られたコンゴウは、悲鳴すら上げられずに倒れ込む。
それを無視し、再びコクーンメイデンに向かうカズキ。
迫る光弾を身体を捻って避け、神機を銃形態に可変させてからコクーンメイデンの顔面に力任せに砲身を突き刺し、連続で発射する。
二発、三発――四発目でコクーンメイデンの顔が吹き飛び、地面に飛び散った。
「――――」
物言わぬ状態になったソレを、カズキは最高の御馳走とばかりに食らいつき“食事”する。
「……あんまり、美味しくないや」
これならオウガテイルの方がマシだ、そう思いつつカズキは口の中にあったコクーンメイデンの肉片を吐き出した。
……まだ、足りない。
もはや、先程のような恐怖心や躊躇いなどはなく、まるでそれが日常のような感覚にまで陥っている。
アラガミは、まだカズキの周りに数体残っている。
もっと居たはずだが、何故か数が激減しているが……まあ、そんな事を気にする必要もあるまい。
何が来ようとも、喰らってしまえばいいだけなのだから。
新たな獲物を捉え、カズキは神機を構え直し。
――アラガミの一体が、空から飛来した巨大な槍に串刺しにされた。
「――――っ」
立ち止まり、空を見上げる。
そして――槍に貫かれ絶命したアラガミの傍に、何かが飛来する。
それは……まるで人間のような、アラガミ。
シユウのような人型、しかしその大きさは小さく160程度しかない。
しかし、全身を覆い尽くすような蒼い鎧――のような身体、頭に生える2つの白い羽根は人間のものではない。
左手には巨大な盾、右手には――先程アラガミを貫いた槍を持ち。
――周りのアラガミ達に、攻撃を仕掛けた。
「っ」
瞬時にサイゴートの眼前に移動し、一突きで相手を絶命させる。
その速さ、容赦の無さは驚愕に値し、カズキはおもわず動きを止めアラガミを見入ってしまった。
その間にも、謎のアラガミは次々と周りのアラガミを駆逐している。
手に持つ大槍で斬り、裂き、突き、全て一撃の元に破壊していく。
たった数十秒、それだけで数十という数のアラガミは地に沈み――残すは、カズキと謎のアラガミを残すのみとなった。
「…………」
見つめ合う両者。
アラガミであるはずの存在は、カズキに襲いかかるわけでもなく、ただじっと彼を見つめている。
対するカズキは……。
(……なんて、綺麗なアラガミなんだろう)
そのアラガミに、心底魅了されていた。
まるで、北欧神話に出てくる半神――ヴァルキリーのようだ。
そしてまた――“食してみたい”と。
こんな極上の存在、先程食したアラガミなど比べものにならないはずだ。
だから――神機を構え謎のアラガミに踏み込んだ。
上段からの斬撃。
それを、謎のアラガミは手に持つ槍で軽々と弾いてしまう。
尚も踏み込み、剣戟を繰り出していくカズキ。
一撃、二撃、三撃、四撃。
繰り出す度に火花が散り、金属音が辺りに響く。
(速い―――!)
先程から全力で振るっているというのに、このアラガミは造作もなく防ぎ弾きカズキの攻撃を無力化する。
しかし……何故か反撃をしてくる様子はない。
隙を見せている部分があるとカズキとてわかっているのに、謎のアラガミはカズキの攻撃を防ぐだけで反撃に移ろうとはしてこなかった。
アラガミである以上、オラクル細胞による「他者を喰らいたい」という欲求の元に動いているはずだというのに、それを行わないのは何故―――
「っ、はあぁぁぁぁ―――!」
一度間合いを離し、裂帛の気合いを込めて再び踏み込む。
足に充分な力を込め、渾身の一撃を繰り出したのだが。
「――――」
バキンッ、という甲高い音が響いた。
それが――刀身パーツの砕け散った音だと理解するのに、数秒。
そして、自身の変化に気付くのも、数秒の時間を要した。
「っ、が―――!!?」
膝をつく。
ガクンと、急激に全身から力が抜け……抵抗すらできずにその場に倒れ込んでしまった。
何で、どうして、何故。
疑問は浮かんでは消え、しかし――身体を動かす事ができない。
(死、ぬ……)
目の前には、自分を見下ろすアラガミ、そして自分は抵抗する余力が残されていない。
その先に待つ未来は――死。
(い…や…だ……)
まだ死ねない、自分はまだ死ぬわけにはいかないのだ。
生き残らなければならない、生きる事から逃げるのだけ…は……。
「ぁ……ぅ……」
目蓋が重い、意識が断裂していく。
生きなければならないのに、肉体は眠りを求めてしまっている。
そして――カズキの意識はそこで完全に途切れ。
アラガミは、ゆっくりと彼に近づき………。
「……………」
目を醒ます。
一番初めに視界に映ったのは、白い天井。
次に気づいたのは、薬品の匂い。
起き上がると、ベッドに眠っていた事を理解する。
「……医務、室……?」
見覚えのある場所、ここは……極東支部内にある医務室だ。
(………どうして)
自分はまだ、生きているのだろう。
あの時、アラガミに捕喰されたはず、夢でも見ているのか……と頬を抓ってみるが、痛いのでこれが現実なのだと理解した。
(………身体、軽い)
体調は万全、そして……先程まで抱いていた「アラガミを食したい」という欲求も、まるで初めから存在していなかったかのように、消えていた。
「………カズキ君?」
「えっ……?」
名を呼ばれ、医務室の入口に視線を向ける。
そこに居たのは――花が入った花瓶を持った、リッカ。
「リッカ、ちゃん……」
「ぁ……カズキ君、目が醒めたんだね」
我に返り、少し震えた手で花瓶を棚に置いてから、リッカはカズキの顔をもう一度見やる。
――生きている。
当たり前の事なのだが、こうして彼が目を醒ましてくれた事に、リッカは嬉しくておもわず涙を滲ませてしまった。
「よかった……本当によかった、カズキ君……もう4日も目を醒まさなかったから……」
「4日……」
「ちょっと待ってて、みんなを呼んでくるから」
もう少し彼と話がしたかったが、目を醒ました事を第一部隊の面々にも教えてあげなくては。
そう思い、リッカはすぐさま医務室を後にする。
(早く、みんなに知らせてあげなきゃ……!)
嬉しさで緩む口元を隠そうとせず、リッカはエントランスへと走っていった。
それから程なくして、ツバキを含めた第一部隊が医務室へと足を運ぶ。
「カズキ、よかったぁ……心配したぜ」
「ありがとうコウタ、心配掛けてごめん。他の皆さんにも、ご心配をお掛けしました」
力が抜けたような顔になるコウタに謝罪し、後ろのリンドウ達にも頭を下げるカズキ。
「……よく、帰ってきたな」
「おかえりなさい」
「……ふん、生きてたか」
リンドウ達もそれだけを言うと、カズキに対して優しげな笑みを返す。
尤も、ソーマだけは相変わらずな態度だが。
「……あの、アリサちゃんは?」
同じ第一部隊なのに、アリサの姿だけが見当たらない。
そう思い訊いてみたのだが……全員が苦い表情を浮かべたので、カズキはおもわず首を傾げた。
「……まずは状況を説明してやる。病み上がりなのだから横になったまま聞け」
「はい……」
言われた通り、横になるカズキ。それを確認してから、ツバキはゆっくりと説明に入った。
「まずお前が行方不明になってから今に到るまで、8日経っている」
「8日……」
予想以上の日時に、おもわず呟きを漏らすカズキ。
「行方不明になって4日、ここに運ばれ意識が回復するのに4日。
相当衰弱していたが、ゴッドイーターの身体だったから、なんとか持ち直したようだな。
それとアリサだが……情緒不安定な状態が続いており、今は担当医が付き添いでなければ面会謝絶の状態だ」
「どうして……」
「話はリンドウから聞いたが、ミッションの最中に錯乱状態になったそうだな? その状態が、まだ収まっていないんだ」
「…………」
「とにかく現状は以上だ、今はゆっくり身体を休ませろ。だが……命令違反を侵した罰は復隊した後、受けてもらうぞ?」
以上だ、そう言ってツバキは医務室を出て行った。
「――まあ、命令違反をしたのは事実なんだから、今回はおとなしく受けるしかないわな」
「……はい。それはわかっています」
自分の行動が他人に迷惑を掛けたのは事実だ、リンドウの言う通りおとなしく罰を受けよう。
「何にせよ、お前が帰ってきてくれて一安心だ。早く復帰してオッサンを楽させてくれ」
「リンドウさん、まだ26ですよね?」
「19のお前に比べたらオッサンなの」
そう言って笑うリンドウ、カズキも自然と笑みを返す。
そしてリンドウ達も医務室から出ていき、1人になってからカズキはすぐさま瞳を閉じた。
今は身体を休める、ツバキに言われたからというわけではないが、早く部隊に復帰して迷惑を掛けた分頑張らなくてはと思った故だ。
――しかし、カズキはある少女の事を思い浮かべる。
(……アリサちゃん)
いまだに錯乱状態で、面会謝絶だと言っていた彼女の事が気になる。
(早く、良くなってくれればいいんだけど……)
そう思いつつも、まだ疲れが残っていたのか……カズキはすぐさま意識を手放し、眠りに就いた……。
To.Be.Continued...