さて、今回の物語は………。
「んー………?」
「? ラウエル、どうしたの?」
ある日のアナグラ。
カズキとアリサ、そしてラウエルは抗神夫婦の部屋でのんびりと過ごしていた。
その中で、ラウエルは自分の身体に起こっている変化に対して首を傾げる。
そんな彼女に気づき、読書をしていた顔を上げカズキがラウエルに声を掛けた。
「んー……なんかねー、変なのー」
「変って、何が?」
「なんか…身体の色々な所がちょっと痛いの」
「えっ……!?」
「ラウエル、大丈夫!?」
彼女の言葉を聞いてカズキとアリサは驚きながら立ち上がり、彼女に駆け寄った。
「どこが痛いの?」
「色々なとこー、でもほんのちょっとだけだから……」
「ダメよラウエル、サカキ博士に診てもらいましょう!!」
言うやいなや、アリサはラウエルの手を掴み部屋を出る。
その後に続くカズキ、そして2人はラウエルを連れてサカキの研究室へと赴いた。
「博士、失礼します」
「おや? カズキ君にアリサ君、ラウエルまでどうし―――」
「きゅーーーー♪」
「わぶっ、ちょ……タマモ!!」
サカキの言葉を遮りながら、カズキに突撃したのは…タマモ。
満面の笑みを浮かべながら、タマモはカズキに抱きつき顔をペロペロと舐め始める。
それをすぐさま引き離すカズキ、しかし頬はタマモの唾液でベトベトになっていた。
「……タマモ、今みたいにすぐ人に抱きついて顔を舐めるのはやめなさい」
「きゅー………?」
顔をハンカチで拭きながら、タマモに注意するカズキ。
しかしタマモはキョトンとするだけであり、自分が何故注意されているのかわかっていないようだ。
……アリサの顔が険しくなっているが、いつもの事なのでそれにツッコミを入れる者はいない。
「もういいや……サカキ博士、ちょっといいですか?」
「なんだい?」
「実は―――」
カズキはサカキに先程の事を説明した。
するとサカキは興味深そうな顔を浮かべた後、すぐさま彼女を調べようと機器を用意。
そしてコンソールを操作し暫くしてから―――彼は、ますます興味深そうに笑みを深めた。
「ほう……これは」
「何かわかりました?」
「面白い事がわかったよ。ラウエル、君は今
「……成長期、ですか?」
「博士、アラガミに成長期ってあるんですか?」
「もちろん普通のアラガミには無いよ。普通のアラガミは他のアラガミや建造物……その他諸々を捕喰してコアがその特性を学習、進化…という形だ。
でもラウエルは普通のアラガミじゃない。シオと同じく
「それはそうかもしれませんけど……どうして急に?」
「ふむ……ラウエル、最近何か変わった事はなかったかい?」
「んー………あ、そういえばあの感応種を食べてからかな? 身体が痛くなったの」
「ほうほう。だとするとその感応種を捕喰した事によってラウエルの身体に変化が訪れたのは間違いなさそうだ。あの感応種――ニュクス・アルヴァは調べてみた結果サリエル種の感応種だという事もわかった」
「だとすると……ラウエルも今後、感応種になる可能性があるって事ですか?」
「それはわからないが、普通種では無くなる可能性は充分にあり得るだろうね。まあでも心配する事は無いさ、進化するだけで何か彼女の身体に悪影響を及ぼすわけじゃない」
それを聞いて、カズキもアリサも安堵の溜め息を零す。
彼女に悪影響が及ばないのなら構わない、むしろ進化する事によって彼女はまた強くなってくれるだろう。
―――それから、数日後
「あれ………?」
エントランスを歩いているカズキは、見覚えのある背中を視界に入れた。
しかし“彼”は今ここには居ないはず……そう思いながら、カズキは声を掛けた。
「――――ソーマ?」
「ん……? ああ、お前か」
「やっぱり、ソーマじゃないか!」
そう、カズキが声を掛けたのは現在リンドウ達と遠征の任務に行っている筈のソーマ・シックザールであった。
思わぬ親友の帰還にカズキは喜び、ソーマもまた変わらず自分を歓迎してくれるカズキを見て、優しい笑みを浮かべた。
「いつ帰ってきたの?」
「ついさっきだ。……無理はしてねえだろうな?」
「してないよ。そういうソーマは大丈夫なの? シオちゃんやリンドウさん達は元気? 極東に帰ってきたって事は遠征任務は終わったの?」
「一遍に訊くな。サカキのおっさんに呼ばれたんだ、こっちも色々とおっさんに頼もうと思ってたから俺だけ戻ってきたんだよ」
「サカキ博士に呼ばれた……?」
「一緒に来るか?」
ソーマの提案に頷きを返し、2人はエレベーターへと乗り込み役員区画へ向かう。
「シオは鬱陶しいぐらい元気だ、リンドウ達もかわらねえよ」
「子供は? 確か……レンちゃんだったっけ?」
「元気だ。たまに押し付けられる事があるけどな……」
他愛ない話をしながら、2人は久しぶりに会話を楽しむ。
やがてエレベーターが目的の場所に辿り着き、2人はサカキ博士の研究室へと向かおうとして……。
「あ………カズキ」
「フィア……それに、ラケル博士」
「あら、貴方は確か……抗神カズキさんでしたね」
優しく、けれどどこか儚げな笑みを浮かべラケルはカズキ達に視線を向ける。
……会って会話をしたのは初めてだが、失礼とは思いつつカズキはどこかラケルがあまり好きになれないと感じた。
と、カズキはソーマへと視線を向け……彼が、ラケルを睨むように見ている事に気がついた。
「いつもブラッドとフィアがお世話になっております。貴方のお噂はかねがね……」
「いえ………」
「……あら? 貴方はまさか……シックザール前支部長の」
「ああ、ソーマ・シックザールだ」
「貴方のお父様にはよくお世話になりまして……ああ、申し訳ありません。まだ名前も名乗っていませんでしたね。
私はラケル・クラウディウスと申します、貴方のお父様には是非一度お会いして御礼を言いたいと思っていましたが……残念です」
「礼なら本人に言ってくれ。………あの世に行けば、会えるだろうからな」
「ソーマ………?」
空気が凍る。
ソーマがラケルに放った暴言は、誰もが驚くほどに冷たく恐ろしいものであった。
しかしラケルは表情を変えずにソーマを見やる、その顔からは彼女の心情は読み取れない。
「………フ、冗談だ」
「…………随分と、キツイ冗談を言うのですね」
「すまない。だが……アンタは正直知り合いにはなりたくない輩だ、俺と同じでどこか壊れた匂いがしやがる」
容赦のない言葉。
躊躇いも何もなく、ソーマはラケルに対して絶対的な敵意を向けていた。
見つめ合う両者、ソーマは変わらずラケルを睨み、ラケルは無表情のままソーマを見つめ続ける。
――どれだけの間、両者は視線を合わせていただろう
息苦しさすら感じられるほど、場の空気が重くなっていく。
カズキもフィアも何も言わず、事の成り行きを見つめていると……ラケルが口を開いた。
「………では、御機嫌よう?」
「……………」
いつもと変わらない、穏やかで…けれど違和感を覚える優しい声。
微笑を浮かべラケルは軽く会釈をした後、車椅子を動かしカズキ達の間を通り抜ける。
――いつもと変わらない、変わらないからこそ
――ラケルの態度は空恐ろしいと、カズキは思ってしまう
「………ボクも行くよ」
「ああ。……悪かったな」
「ううん、別に。じゃあね」
フィアもカズキ達の横を通り抜け、やがてラケルと共にエレベーターでこの区画から離れていった。
場に残されたのはカズキとソーマのみ、だが…2人はすぐに動こうとはしなかった。
「………おい、カズキ」
「…………何?」
「―――
「……………」
カズキは答えない。
質問の意味が分からなかったわけではない、それに……答えだって既に彼の中ではある。
だが彼は答えない、何故ならそれは―――
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「――――――“キュウビ”?」
「ああ、間違いない。こいつは俺達が追っているアラガミ……キュウビと同一の個体だ」
ラケルとの会話が終わり、2人はサカキ博士の研究室へと入った。
その瞬間、タマモが満面の笑みを浮かべながらカズキに飛び込もうとして…さすがに予期していたのか、軽く回避。
やれやれと思っていると、カズキはソーマがタマモを見て驚いている事に気づき、どうしたのかと問いかけた所――彼から“キュウビ”というアラガミの話を聞いた。
「なんでコイツがこんな所に……」
「リンドウが前に面白いアラガミに出会ったって言っていたけど……それがそのキュウビってアラガミなの?」
「ああ。俺達は外界から隔絶した地域の調査をしていたんだが、そこで調査班が偶然見つけたアラガミでな。俺達で“キュウビ”という名を名付けたんだ」
「でも、どうしてキュウビ?」
「三本の尾と六本のエネルギー状の尾があったんでな。それでキュウビだ」
「……でも、タマモがキュウビってどうしてわかったの?」
「サカキのおっさんがこいつの身体を調べた結果を見せてもらったんだが、コイツは“レトロオラクル細胞”で構成されている。
このレトロオラクル細胞というのは限りなく純粋なオラクル細胞でな、神機や通常のアラガミのようなものとは違う希少なものなんだ。そしてそのキュウビもまたレトロオラクル細胞で構成されている、コイツがキュウビと同一の個体なのは間違いないだろう」
「レトロオラクル細胞………それはどういったものなの?」
「まだ検証も済んでいないし、希望的観測も絡んでくるが……このレトロオラクル細胞はCPUでいう所のマルチコアプロセッサのような機能が備わっているんだ。
複数の命令を偏食因子に頼らずともできるようになり更に自己進化も果たせる可能性を持っている、このレトロオラクル細胞を研究していけば1人1人が携帯できるほどのシェルターやアラガミだけを自動的に攻撃する対アラガミ防壁も造り出せるかもしれない」
「………それは」
ソーマの話を聞き、カズキは当然ながら驚きを隠すことができなかった。
まさしくそれは世紀の大発見、今までの常識を覆す程のものだ。
「………あ」
「どうした?」
「タマモを見てアラガミだけど普通のアラガミには感じられなかったのも…レトロオラクル細胞の影響かな?」
「おそらくはな。……だが、キュウビの人間形態が居るとは思わなかった。アラガミである以上単一の存在とは考えにくいが……コイツは何故ここに居るんだ?」
「きゅー……?」
「……ソーマ、タマモの事なんだけど……今はそっとしておいてくれないか?」
「安心しろ。俺達は俺達が発見したキュウビを追う、コイツにあれこれするつもりはないさ」
カズキの言葉を半ば予想できた事に内心苦笑しつつ、ソーマはカズキを安心させる言葉を返す。
……研究者としては、タマモの持つレトロオラクル細胞を調査したいとは思う。
早期の調査はそのまま結果へと繋がる、それにより人類の生活は今まで以上の安全性を確保できる筈だ。
だが彼女を調べるという選択肢をソーマは選ばない、何よりそれはカズキが許さないだろう。
“――それに、俺自身気乗りじゃないしな”
無邪気に微笑み、カズキにじゃれつくタマモを見ていると……ソーマはシオの姿を思い出す。
今何をやっているのだろうか、リンドウ達に迷惑を掛けてなければいいのだが……。
「ところでソーマ、君はいつまでここに居るの……?」
「おっさんに頼んだ物が来ればすぐに戻るつもりだ。それでサカキのおっさん、どれくれいで揃う?」
「そうだね……まあ翌日には全部揃うだろうから、今日はゆっくり極東で休んだらどうだい?
ソーマ君も頑張っているとは思うが、たまには立ち止まってゆっくりするのも悪くないと思うんだがねえ」
「………そうだな。そうさせてもらうか」
「じゃあ明日はアリサも帰ってくるし、ちょっとしたパーティーでも開こうか?」
「やめてくれ。どうせ過ごすなら静かに過ごしたい、特にそうなるとコウタの野郎が煩そうだからな」
「はは……かもね」
否定できないのが悲しいと、カズキは苦笑する。
そんな彼を見て、タマモも真似するかのように苦笑を浮かべ、それを見た3人はおもわず笑ってしまうのであった―――
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「―――ラケル、あと数日以内に極東に着くと連絡が入ったわ」
「そう……わざわざありがとうございます。お姉様」
――フライア、ラケルの研究室
コンソールを動かし作業をしていたラケルに、彼女の姉であるレアが声を掛けた。
話の内容は――あと数日で、新たな神機兵研究者が来るという内容であった。
「“ドレイク博士”は神機開発のスペシャリストでありながら、神機兵のノウハウも持っている方ですからね。お姉様の夢もすぐそこまで迫っているでしょう」
「そうね。彼が居れば研究は捗るけど………」
「? 何か、問題でも?」
「……彼は、あのグリード・エグフィードと同期で、当時は彼と共に同じ研究をしていたというのでしょう?」
「まあ、お姉様ったら……心配しなくても大丈夫ですよ。ドレイク博士とグリード・エグフィードは同期というだけで、異常者ではありませんから」
「そうね、考えすぎかもしれないわ。……ところで、フィアは元気にやっているのかしら?」
「ええ、ブラッドの副隊長として素晴らしい戦果を挙げていますよ。本当に……素晴らしい子です」
「……………」
優しく、見る者によっては聖母のように見えるラケルの笑み。
だがレアにはそれが酷く空虚で、人形のように見えてしまう。
彼女はブラッド隊を大事にしている、それは紛れもない本心であり疑いようのない事実だ。
……それなのに、レアにはそれが異質なように感じられた。
「物語はもうすぐ新たな分岐点を迎えます……さあ、どうなるのでしょうね?」
「ラケル………?」
「うふふ……ふふふふ……ああ、楽しみですよ」
ラケルは笑う、童女のように。
心から可笑しそうに、口元を吊り上げて笑みを作る。
それを見て―――レアは知らず知らずのうちに、ぶるりと身体を奮わせた。
To.Be.Continued...
タマモが極東支部に来たので、原作より早いキュウビとレトロオラクル細胞の話となりました。
この話ができる遥か前に皆様にはタマモの正体を見破られたから驚きは少ないとは思いますが……。