さて、今回の物語は………。
「――ジュリウス、ちょっといいかな?」
「カズキさん………?」
自室にて、珍しく何もせずのんびりとした時間を過ごしていたジュリウス。
そんな彼に、カズキが訪れドア越しから声を掛けられた。
すぐに扉を開けカズキを部屋に招き入れるジュリウス。
お茶を用意しようとして、カズキによって呼び止められた。
「ジュリウス、ちょっと訊きたい事があるんだけど」
「俺で答えられる事でしたらお答えしますが……なんでしょうか?」
「………君は、ううん君達はフィアの事…どれくらい知っているの?」
「フィアの……事ですか?」
「あの子は普通の生き方をしていない、それは僕よりもずっとあの子と一緒に戦ってきたジュリウス達ならよくわかってる筈だ。
まだ13歳でああまで自らの歪ませるなんて異常だ、あの子の過去……それが関係してると思っているのだけれど、ジュリウスは何か知らない?」
「……………」
フィアの異常性、カズキの言う通りジュリウスはとうの昔に気づいている。
あの生き方は普通ではない、時折彼が本当に人間なのかと疑ってしまうほどだ。
……あのままでは、フィアは間違いなく近い将来に命を終えてしまう。
そんな事は絶対に認められない、彼は大切な仲間であり…ジュリウスにとっては、弟のような存在なのだ。
だから調べた、フィアの事を、彼の過去を調べようと試みたジュリウスであったが……。
「……俺も調べたんです。ですが……フィアがブラッドになる以前の経歴は一切手に入れる事ができませんでした」
「一切?」
「はい。なので方向性を変えて……俺はフィアの父親であるグリード・エグフィードの事を調べ始めました。
しかし彼は本部直属のオラクル研究者という肩書きを持っている筈だというのに……どこにも詳しい人物データが残されていなかったのです」
そればかりか、まるで初めからグリード・エグフィードという人物など存在していなかったかのように、データが存在していなかった。
だがそれは偽りの情報、なんらかの理由でグリードの情報が削除されたのだとジュリウスは考察した。
が、それ以上の情報は得る事はできず、八方塞りなのが現状である。
「成る程ね……それは怪しいな」
「ええ、ですが現状ではこれ以上の情報は得られず……」
「………だったら、より詳しい人に訊いてみる事にしようか」
「えっ?」
そう言うとカズキはジュリウスに「ついてきて」と告げ、部屋を後にする。
すぐさま彼の後を追うジュリウス、黙ってついていき……辿り着いた先は、サカキ博士の研究室だった。
「博士、カズキですが…いらっしゃいますか?」
「扉は開いているよ、どうぞ」
部屋の中から声が聞こえたので、カズキとジュリウスは揃って部屋の中へと入る。
相変わらずくえない笑みを浮かべ、サカキは2人の来訪を歓迎した。
「珍しい組み合わせだね。それで……一体どうしたんだい?」
「性急かもしれませんが博士に訊きたい事があるんです、博士はグリード・エグフィードという人物を知っていますか?」
「………これはまた、珍しい名前が出たものだ」
「知っているんですか?」
「ああ、知っているよ。彼はアラガミ研究者としては、まさしく天才的と言える人物だったからね」
そう告げるサカキは、どこか複雑な表情を浮かべていた。
どうやらあまり好印象を抱ける人物ではないようだ、2人はサカキの顔を見てそう思った。
「彼は本部直属のオラクル研究者だった、その研究内容は……神機に関する事だ」
「神機、ですか?」
「今と違って彼が研究者として存在していた頃…およそ15年程前かな、まだ第一世代神機どころか初期の“ピストル型神機”すら使っていた時代だった。
アラガミの研究も遅れていたし、アラガミの進化にだんだんと神機すらも対応できなくなっていた、そんな中で……彼はたった一人で複数の大型アラガミに対応できる神機を生み出した。
本当に彼は天才だったんだよ、私もオラクル研究に関しては誰にも負けないという自信はあったが……神機の事に関してだけは、彼には及ばないと認めるほどだったんだ」
事実、彼が生み出した神機――第一世代神機とはまた違うベクトルの元に生み出された神機は、神機使いにとってまさしく最強の武器となりえた。
単純な攻撃力や防御力の向上だけでなく、その神機を用いた神機使いの能力を100%引き出し、まさしく人智を超えた力を与えたと言っても過言ではない。
当然本部は歓喜し、その神機の量産を望んだのは言うまでもなかった。
――だが、その計画はすぐさま凍結される事となる
「彼の生み出した神機は本当に優れた能力を持っていた、従来の“アーティフィシャルCNS”の性能を遥かに凌駕し、神機だけでなく神機使いすら強化される。
その神機が強化されればそれに比例するように神機使いも強化される、凄まじいスピードで強くなり続ける神機……それを開発してしまったというのだから、研究者として嫉妬すら覚えたよ」
「それだけの偉業を成し遂げたというのに、何故彼はフェンリルから姿を消したのですか?」
「……彼の造り上げた神機はまさしく完璧だった。既に適合している神機も調整してその神機に生まれ変わらせる事ができたのだから、完璧という言葉では表現しきれないかもしれない。そう、神機としてはこの上ない完璧なものだったんだ」
「神機としては?」
「強すぎる力には、何かしらの制約がある。まさしく彼の神機はそうだったんだ。
確かにその神機は凄まじい強さを秘めていた、それを使う神機使いも際限なく強くなっていった。
だけどね……いざその神機にアップデートさせようとした矢先、一番最初にその神機を使っていた神機使いが―――ある日、いきなり“アラガミ化”したんだ」
「なっ―――!?」
「アラガミ化……!?」
――それは、本当に唐突であった
いつも通り、圧倒的な力でアラガミを駆逐したその神機使いが戻ってきた。
皆が暖かく迎え入れた……その瞬間、その神機使いは突如苦しみだし…異形の怪物へと姿を変えたのだ。
結局、近くに居た者達は全てソレに捕喰され、変貌した神機使いも他の神機使いによって介錯された。
「彼の造った神機は、神機使いの体内にある偏食因子と神機の中にあるオラクル細胞を限界以上まで活性化させ、その結果神機と神機使い両方の力を最大限引き出せる事ができた。
だけど限界以上まで引き出された偏食因子が神機のオラクル細胞と作用し合い、結果限界を超えたオラクル細胞は、腕輪ですら制御できずに神機使いのアラガミ化を引き起こしてしまったんだ」
その事件が起きてすぐ、フェンリル本部はすぐさまグリードを糾弾しようとした。
しかしその時既に彼の姿はどこにもなく、彼が進めてきた研究データも全て失われた後であった。
「彼はフェンリル本部すら自分の研究の実験台に利用したんだろうね。本部も彼を捜索したんだけど……結局、見つける事ができなかったみたいなんだ」
「………なんという、非道な」
「グリード・エグフィードのデータが無かったのは、そういう事だったのか……」
フェンリルにとって、グリードは汚点でしかない。
だからこそ彼のデータは全て抹消され、初めから存在しなかった事にされたのだろう。
「だからフィアという少年がここに来た時は驚いたよ、あのグリード・エグフィードに子供が居るとは思わなかったからね」
「………サカキ博士、本部の人間はグリードの事を知っているのですか?」
「ん? ああ、そうだね……全てではないけれど、オラクル研究に携わっている者ならば大抵は知っていると思うよ?」
「……………そう、ですか」
「? ジュリウス、それがどうかしたの?」
「……俺達ブラッドを創設したラケルは、フィアの事を知って尚もブラッドに迎え入れたのか…そう思いましてね」
もし彼女がそれを知っていたとしたら、一体どんな意図があったというのだろうか。
そのような大事件を起こした男の息子、普通ならば警戒する筈だというのに……ラケルは何故ブラッドへと引き入れたのか。
彼女がグリードの存在を知らなかったのか、それともただブラッドとしての適合を果たしていたからなのか。
……ラケルは何かを知っている、ジュリウスにはそう思えた。
「けど、本部がフィアの父親がグリードだって気づかない筈がないのに、何のアクションも起こさないのも妙ですね」
「あくまで彼は息子だからね、それに本部はなかった事にしているんだからノータッチにするつもりなんじゃないかい?」
「まあ……その方がフィアにとっては良い事ですね」
「ところで、いきなりどうしてそんな質問を?」
「実は―――」
カズキとジュリウスは、サカキにフィアの異常性の原因を調べている事を話した。
「成る程……確かに彼の生き方は危険かもしれないね、仲間を守るために命を懸ける事に対して否定する気はないけど……だからといって自分自身を蔑ろにするのは間違いだ」
「ええ、でも今の話を聞いてある程度の予想はできました」
「………フィア君は、グリードに何かされていた?」
「ジュリウスも、やっぱりそう思う? というよりそうとしか思えないよ。
自分の研究のためなら平気で人の命を利用する、そんな人間が逃げたぐらいでおとなしくなるわけがない」
フィアの異常性、それは十中八九グリードが影響しているだろう。
彼は普通の生き方ができなかった、普通の人間として生きる事を許されなかった。
だから、人間でありながら人間としての当たり前の“自分自身を大切にする”という感情を失ってしまったのかもしれない。
「フィア………」
「だけど、あの子は1人じゃないから大丈夫だよ。
ジュリウスみたいに心から心配してくれる隊長だっている、だからきっといつか……フィアだって変わっていけるさ」
だからカズキは、フィア自身に過去の事を訊くつもりはない。
たとえ訊いた所で今が変わるわけではないのだ、ならば訊く意味など皆無。
大切なのは過去ではなく現在であり、今のフィアを変えてくれる仲間が居れば心配する必要などなかった。
少なくともこの極東支部に居れば、自分と同じように彼も変われる……カズキはそう信じている。
「ジュリウス、フィアの事……みんなで支えてあげよう?
彼は僕達にとっても大切な仲間で友人なんだ、だからたとえすぐにできなくても…いつかあの子が普通に生きれる事を信じて、これからも支えていかないと駄目だ」
「カズキさん………」
「フィアの父親の事を聞いて、僕はより一層あの子を守りたいと思った。ジュリウスだって同じでしょ?」
「……はい、勿論です!」
彼は幸せに生きるべきなのだ、少なくともジュリウスはそう思った。
神機使いである以上戦いからは遠ざかれない、だがその中でも幸せに生きる方法だってある。
自分自身を命の勘定の中に入れない生き方など間違っている、何が何でもその道から外させなければならない。
新たな誓いをその身に建てるジュリウス、そんな彼を見てカズキとサカキは優しい微笑みを浮かべたのであった―――
■
「もぐもぐ………」
「フィア、美味しい?」
極東支部のラウンジ内。
その一角にて、フィアと向かい合うように座っているナナが、彼に問いかけた。
そんな彼は現在、ナナが作った「タコスから揚げ」と「パンプキンコーヒー」を味わっている。
「美味しい……」
「よかったー、お母さん直伝とはいえちょっと自信なかったんだ~」
「お母さん、直伝?」
確かそれは、彼女がよく食べているおでんパンの事ではなかっただろうか。
そう思ったフィアの心中を悟ったのか、ナナはすぐさまその疑問に答えを返した。
「お母さんって色々な料理のレシピを持ってたの、その内の1つがおでんパンで…私が唯一覚えてた料理なんだ」
「唯一……?」
「お母さん、ちっちゃい頃に死んじゃって…私も殆どお母さんの料理の事、覚えてなかったんだ。
でも「血の力」に目覚めてから、少しずつ思い出せるようになって……これって、フィアのおかげだと思うんだ!」
「……どうして、僕?」
「フィアの「血の力」で私の力も目覚めたんだもん。そのおかげでお母さんとの思い出も…少しずつだけど思い出せてきたから」
ずっと思い出せなかった、愛する母との思い出。
それは宝石のように輝く、ナナにとって何物にも変え難い宝物だ。
フィアのおかげでそれを思い出し、ナナは今は亡き母の愛情を改めて認識する事ができた。
だから彼女はフィアに感謝しているのだ、自分の胸に宿るこの暖かで幸せな気持ちは、彼によって得る事ができたのだから。
「だからありがとね、フィア!」
「……どういたしまして」
フィアとしては、ナナがどうして自分に感謝するのかわからなかった。
けれどまあいいかと自己完結させる、ナナが幸せを感じているなら別にそれでいいからだ。
そう思ったフィアは、再びナナの作ってくれた料理を食べ進める。
それを見て、ナナはニコニコと本当に嬉しそうな笑みを浮かべながら、暫しフィアを眺めていたのだった………。
To.Be.Continued...
今回はフィアの父親であろうグリードの説明回になってしまいました。
さすがに掘り下げないとフィアの過去を語る際になんだか描写不足になってしまうので、ご了承ください。
さて次回は、多分平和な話になるかと思います……というかアホ話になるかと思います。