そして更に、最悪の存在が戦場に姿を現してしまい、フィアは絶体絶命の窮地に追い込まれてしまった………。
「っ、ご、ぶ……―――!」
「んー……いい感触♪」
楽しそうに呟きながら、女性はずるりとフィアの身体から彼を貫いていた尾を抜き取った。
傷口から血を流し、彼は血反吐を吐きつつその場に倒れこむ。
白い地面を紅く汚していき、血の海を生成するのにそう時間は掛からなかった。
「フィアさん!!」
「うおおおおおおっ!!!」
「ヤロオオオオオオオッ!!!」
悲鳴のような声でフィアの名を呼ぶシエル、それと同時にジュリウスとギルが動いた。
瞳に憤怒の色を宿し、目の前の化物の命を奪おうと神機を振るう。
ギルはチャージグライドによる吶喊、ジュリウスはブラッドアーツ“無尽ノ太刀”による強化した斬撃をそれぞれ放った。
「っ、ぐぁ……!?」
「うぐおっ!!?」
だが、両者の攻撃は容易く女性の六本の尾によって防がれ、残り三本の尾でそれぞれ顔面を殴られ壁に叩きつけられてしまう。
背中を強打し肺から空気を吐き出しながら、2人は力なく地面に座り込んでしまった。
「あ、な、なんだよ……あれ……」
「くっ………」
残されたロミオもシエルも、女性の異常なまでの強さに立ち尽くすことしかできない。
ナナは幾分か正気を取り戻したものの、とてもではないが戦える状態ではなかった。
「たいした事ないなあ、変わった力を持ってるんでしょー?」
つまらなげに吐き捨てる女性。
もういい、食べるかと女性は誰からいただこうかと視線を泳がせて……迫る斬撃に気づき、後ろへ跳躍した。
奇襲当然の斬撃を避け、地面に着地した女性は自分に攻撃を仕掛けてきた存在を見て、僅かに驚きの表情を浮かべる。
「へえ、風穴を開けたのにまだ動けるんだ」
「……………」
「フィアさん!?」
「お前、そんな身体で動くなよ!? 死んじまう!!」
「大丈夫……ボクは、そう簡単に、死なないから……」
そう返すフィアだが、息は荒く腹部からは際限なく血を流し続けている。
既に常人の致死量の血液は流れてしまっているだろう、まだ生きていられるのは彼がゴッドイーター故だが…永くは保たないのは明白であった。
それでもフィアはシエル達を守るように、女性を睨みながら神機を持つ手に力を込める。
「死なせない、もう誰も…死なせない。ボクが、守る……」
「フィアさん下がってください、私が時間を稼ぎますから………!」
「ダメだ、ボクがやらないと…みんなを、守らないといけないんだ………」
「……………」
頑ななまでの態度を見せるフィアに、女性は何故か冷めた視線を向けた。
まるで興味のないものを嫌々見るかのように、女性の瞳には冷たい色しか浮かんでいない。
「なんだ……お前、“そこまで壊れてたのか”」
「……………」
「がっかりだよ。せっかく内側に普通の人間じゃない力があるのに、お前自身がここまで壊れてたら……宝の持ち腐れだ」
「何を………」
「な、何なんだよお前! フィアが壊れてるって……」
「壊れてるから壊れてるって言ったんだ、本当につまらない……なんだが肩透かしをくらった気分。やっぱりメインディッシュ以外の存在はたいした事ないのかなー?」
「―――――っ」
隙だらけになった女性に、フィアが踏み込んだ。
上段から神機を振り下ろして――身体に衝撃が走る。
「壊れた玩具には興味ないの。特にお前みたいな“生きてても意味のないやつは”」
「――――――」
生きてても、意味がない。
その言葉を聞いて、フィアは目を見開いたまま動かなくなる。
―――なんでお前だけ生きているんだ!!
―――死にたくない!!
―――どうしてお前ばっかり……嫌だ、化物になんかなりたくない!!
「―――あ、ぅ」
「お前なんかに守れるものなんか何もないよ、自分自身がわからない奴がどうして他人を守れるっていうのさ?」
「う、くっ!!」
戯言だ、聞き流せ。
そう己に言い聞かせ、フィアは再び斬撃を放っていく。
しかし当たらない、相も変わらず冷めた目でフィアを見つめつつ女性は彼の攻撃を軽々と回避していた。
そして避けるのも億劫になったのか、二本の尾を動かしフィアをジュリウス達と同じように近くの壁に叩きつける。
「っっっ」
「守ろうっていうの? 普通の神機使いよりは強いみたいだけど…それだけじゃね」
フィアを守るように前に出たシエルに、女性は言い放つ。
だがシエルは一歩も退かず、すぐそこまで迫っている死の恐怖と戦いながら、この状況を打破しようと模索を続けていた。
「そんなの守ってどうするの? 守る価値なんかないのに」
「黙ってください! フィアさんを侮辱する事は許しません!!」
「だって本当の事だもん、生きてるのか死んでるのかわからないような人間を守ってもしょうがないと思うけど」
「フィアさんは生きています!!」
「………わかってないなあ」
「何を………!」
「お前、というよりみんな……こいつが如何に壊れてるか全然理解できてないよ」
「ふざけんな! フィアは俺達の大切な仲間で普通の人間だ!!」
「生きてないんだよこいつは、肉体じゃなくて心が死んでいるんだ。
だからつまらない、殺す価値なんて無くなっちゃったんだ。だって元から死んでる存在を殺したってどうしようもないでしょ?」
「こいつ……これ以上フィアの悪口を言ってみろ、ただじゃおかないぞ!!」
「……優しいな。でもこいつにはお前達のせっかくの優しさがわからない、わかろうともしない」
「――戯言は、そこまでにしてもらう」
「さっきから黙って聞いてりゃ……調子に乗りやがって」
「ジュリウス! ギル!!」
「手加減したからすぐに立てるか、よし……ここまでにして食事にしよう」
無駄に話しすぎたと思いながら、女性はゆっくりとフィア達に向かってくる。
まずは女にしよう、女の肉は柔らかいから男のよりも美味しい。
じゅるりと口内を鳴らしながら、自分に対して反抗的なシエルを食べようとして――女性は突如として立ち止まり。
――上空から振り下ろされた第三者の斬撃を、回避した
「っ、来た来た来たぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「し―――っ!!」
回避しつつ歓喜の雄叫びを上げる女性に迫る1人の青年。
一息で再び間合いを詰め下段からの振り上げによる斬撃を放ち、四本の尾によって弾かれ距離を離されてしまう。
「………四本でも防ぎきれないかあ、さすがだね―――カズキ?」
「……………」
「また強くなったみたいだねカズキ、嬉しいなあ……」
本当に嬉しそうに呟きながら、女性は自らの尾へと視線を向ける。
先程カズキが放った斬撃を弾いた四本の尾には、斬撃による裂傷が刻まれていた。
「カ、カズキさん……!?」
「ジュリウス、フィア達を連れてここから離脱しろ!!」
「させると思う?」
そう言い終えた時には、既に女性はカズキとの間合いを詰めていた。
右腕による突きを放つ女性、それを真横に回避しつつカズキは神機を横薙ぎに振るう。
カウンターによる見事な反撃、しかし刀身が女性の尾によって包まれるように掴まれてしまった。
今度は七本もの尾を用いているため、女性はダメージを受けずに彼の一撃を完全に無効化してしまう。
そして、攻撃の手段を失った彼へと歪んだ笑みを浮かべながら喰らおうと口を開き。
――迫る死の恐怖を察知し、女性は自らの意志でカズキから離れた
「―――――」
「余裕を見せる暇なんか与えない、いつまでも自分が上だと思うな」
表情に僅かな驚愕を色を滲ませつつ、女性は視線を自らの胸元へと向ける。
そこには決して浅くない裂傷が刻まれており、地面に鮮血が滴り落ちていた。
この一撃は彼が放ったものだ、だが右手に持っていた神機は尾で掴んでいたし、左手による変形も警戒していたため当たったとは思えない。
ではどのような攻撃だったのか…そこまで考え、女性はカズキの右足へと視線を向け彼の攻撃の正体を知った。
「………足も、変える事ができるようになったんだ」
現在、カズキの右足は何故か裸足になっている。
左足はきちんと靴を履いているというのに、何故右足だけは裸足なのか。
答えは簡単だ、彼はたった今右足を“アラガミの部位に変形させたから”。
今までは両腕のみしかできなかった変形能力を、彼は両足でも可能にしていたのだ。
それを知らなかったため、女性は彼の攻撃を回避する事ができずにダメージを負った。
だがそれでも致命傷を回避したその野生の勘と呼ぶべき能力は、驚愕に値する。
「―――ふふ、ふふふふ………はは、あははははははははははっ!!!」
「…………」
「そうだよ。そうこなくっちゃ……やっぱりカズキじゃないとダメなんだねえええええっ!!!」
狂気を孕んだ笑みを浮かべ、女性は今行われている命のやり取りを心から愉しんでいた。
対するカズキは当然の如く女性に絶対零度の瞳を向け、無言のまま身構えていた。
と、ジュリウスがフィアを担いだのを確認して――カズキは新たな行動に移る。
「全員、その場で動くな!!」
「え―――?」
カズキの怒声が響いた瞬間――戦いが終わりを告げた。
突如として空から落ちてくる無数の物体、それが地面に当たり小さくバウンドした瞬間。
辺り一面が白い閃光に包まれ、全員の視界が真白に染め上がった。
(スタングレネード!?)
真っ先に閃光の正体にジュリウスが気づいたと同時に、彼はフィアごと誰かに抱えられ浮遊感を覚えた。
そして、他のメンバーも誰かに抱えられている事に気づき、視線をそちらへと向けると……。
「アリサさん!?」
「ローザさん!?」
「じっとしていてください!!」
「お兄ちゃん、離脱するよ!!」
ロミオとナナをアリサが、シエルとギルをローザが。
そしてジュリウスとフィアをカズキがそれぞれ担ぎ、スタングレネードの閃光が収まる前にその場から離脱した。
突然の奇襲に、女性もスタングレネードの光をまともに浴びてしまい、おもわずその場で硬直してしまう。
――やがて、光が収まった時には
「………あーあ、逃げられちゃった」
その場には、ポツリと呟きを零す女性の姿だけになってしまった。
残るのは既に死体となったアラガミの残骸だけ、せっかくカズキと戦っていたのに…女性はつまらなげにそう吐き捨てる。
……それでも、女性は嬉しかった。
「他人を守るだけじゃなく、自分自身もたとえ何があっても生き延びようとするその気概。
“生き延びる”と心から願うその強さ、それを……それ以上の力でねじ伏せる。ふふふ……これだからカズキの事は諦められないんだよねえ」
さっき戦った少年とは違う、彼は自らも生きたいと願い行動している。
それが彼の強さ、そして女性が執拗に彼を狙う理由でもあった。
力強い命の輝き、それを奪う事によって生まれる快感。
「さてと……このまま追いかけてもいいけど、楽しみはもう少しとっておこうかなー。ふふ、うふふふ……楽しみだなー♪」
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「――うむ、とりあえずこれでナナ君が出している偏食場パルスが外に漏れる事はないだろう」
「ありがとうございます、サカキ博士」
「……でも、このままというわけにもいきませんね」
サカキの研究室にて、カズキとブラッド達は集まっていた。
「血の力」の暴走によって、ナナはアラガミを引き寄せてしまう。
だからサカキはかつてシオを保護していた特殊防壁に囲まれた部屋に、彼女を入れる措置を施した。
これによりこのアナグラにアラガミが寄ってくる事は無い、とはいえあまり楽観視できる状況でもなかった。
ナナの「血の力」――“誘引”と名付けられた能力により、現在このアナグラ周囲には大量のアラガミが集まりかけてしまった。
これからそのアラガミの討伐ミッションが多く入るであろう、何より彼女をいつまでもこのような隔離した状態にしておくわけにはいかない。
「ところで、フィア君の容態は?」
「ダメージは大きいですけど一命は取り留めました。今はシエルが付き添っています」
「そうか……。カズキ君、また“アンノウン”が現れたと言っていたね?」
「はい。おそらくアレもアラガミ故に、ナナの暴走した「血の力」に引き寄せられたんだと思います」
「アンノウンって……さっきの怪物の事ですか?」
「……アレは一体何なんです?」
見た目は人間に近い姿でありながら、その存在は明らかに常軌を逸している。
アラガミの方がよっぽどマシだと思えるほどに、ブラッド達が見たアレは異端であった。
「あの正体は僕達もわかっていないんだ。ただ……シオちゃんやラウエルとは違った進化を果たしたアラガミだって事は間違いない。それも最悪の進化を果たしてしまったと言ってもいいかもしれないね」
「最悪の進化?」
「アレにはアラガミでありながら人としての知識も持ち合わせてしまっている、でもそれはシオちゃんやラウエルも同じだ。
でもアレはその知識を捕喰に使う事しか考えてない、それも……如何に獲物を苦しめてから捕喰しようか常に考えているような存在だ」
まさしく悪魔、怪物と呼んでも差し支えない存在である。
アラガミが人類の悪ならば、アレは生きとし生ける者全てにとっての悪と言っても過言ではない。
人としての知能を捕食者として使用し、数あるアラガミの中でも最上級の力を持った怪物。
「とにかく今はみんなゆっくり休んだ方がいい、これから討伐ミッションが多くなるだろうから」
「……そうですね。みんな、聞いての通りだ。今はとにかく身体を休めさせる事だけを考えてくれ」
『……………』
無言のまま、ブラッド達は研究室を後にする。
残されたカズキとサカキは、彼等が出て行った後…大きなため息を吐き出した。
「いつかは現れるとは思っていたけど、実際に現れると頭が痛くなるね」
「果たさなければならない決着ですから、寧ろ僕としては早い方がいいですよ」
だが、カズキの中である不安が生まれていた。
それは――あの存在が成長し、ますます力を増している点だ。
今回はブラッドの皆を救出する事を第一にしていたが、もしあのまま戦っていたら……果たして、自分は勝てたのか。
不安がますます大きくなりそうだったので、カズキは一度考える事をやめ自室に戻る事にした。
――再び現れた悪魔によって、物語は違う動きを始める
――それにより、またしても彼等は非情な現実に直面する事になるが
――それはまだ先の話である
To.Be.Continued...
名前がまだ決まっていないのでアレの事はこれからアンノウンと表記する事にします。
原作ではナナ中心のエピソードなのに全然目立ってない……どうしよう、このままでは空気になってしまう。
シリアスはもう少し続いてしまいますが、お付き合いしてくださると幸いです。