神々に祝福されし者達【完結】   作:マイマイ

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リンドウを見捨てられず、カズキは自ら死地に向かう。

――しかし、彼はまだ知らない

この選択が、自分に何をもたらすのかを……。


捕喰13 ~進化と暴走の選択肢~

――走る走る走る。

 

「は、は、ぁ………!」

 

 走って走って――先程の講堂へと戻ってきたカズキ。

 すぐさま神機を構えて警戒するが、辺りに先程のヴァジュラもどきは居ない。

 それに違和感を感じつつも、今はリンドウの救出が先だと講堂の中へ。

 

 ――響く戦闘音。

 まだ戦っている、すなわちリンドウは健在しているとわかり、安堵のため息がカズキから漏れた。

 とはいえ、状況が最悪なのは変わりない。

 

「は―――っ!!」

 

 まずは入口を塞いでいる瓦礫を何とかしなくては、カズキは渾身の力で神機を振るい破壊しようとするが。

 

「くっ――!?」

 

 堅い感触が腕を伝うだけで、無情にも弾かれてしまった。

 これでは助けられない、かといって銃撃でもこの瓦礫を破壊する事は叶わない。

 

(どうすればいい……どうすれば………!)

 

 八方塞がりな状況に、カズキの中から冷静さが失われていき、思考が狭まられていく。

 

――それが、最大の隙を生んでしまう事になった。

 

「ギャオォォォッ!!」

「えっ―――」

 

 背後から聞こえた獣の雄叫び、我に返り振り向こうとした瞬間。

 カズキの背中に、凄まじい激痛が走った。

 

「っ、は、ぐ―――!?」

 痛みと衝撃で、気がついたらカズキの身体は壁に叩きつけられていた。

 

「は、が、ぁ……」

 

 痛みと、それに伴う熱に侵されながら、カズキが顔を上げると……そこに居たのは先程のヴァジュラもどき。

 

(しま、った……)

 

 完全に警戒を怠っていた、一撃を受けるまでまったく気づかなかったのだから情けないにも程がある。

 ヴァジュラもどきは獲物を追い詰めた優越感からか、すぐに襲いかかろうとはせずに、ゆっくりとカズキを追い詰めていく。

 

――死、その未来がカズキの頭によぎる。

 

(死ぬ、のか……)

 

 ゴッドイーターである以上、いつかはそういう日が来る事くらい自覚も覚悟もしていた

 だから、それに対する恐怖心は……薄い。

 けれど――まだ死ねない。

 リンドウを助けるまでは、そして――妹と交わした約束を守るまでは。

 絶対に、何があっても死ぬわけにはいかない。

 

「ぐ、ぁ………」

 

 痛い、油断すると泣いてしまいそうなくらい痛い。

 背中に生暖かい液体が流れる感触が、それが自分の血だと見なくても理解できた。

 

「ガルル……」

 

 獲物が立ち上がろうとしているのが気にくわないのか、若干怒ったような唸り声を上げるヴァジュラもどき。

 そんなに早死にしたいなら、今すぐにでも喰らってやる。

 そう言っているようにも思え、ヴァジュラもどきの大きな口が開いた。

 人間1人など、それこそ丸呑みなど当たり前のようにできそうな大きな口。

 

――死ねない。

 

 数秒も満たない時間で、カズキは喰われその人生にピリオドを打つ事になる。

 

――僕は、マダ。

 

 カズキは抵抗できず、そしてそのままヴァジュラもどきはその巨体を跳躍させ、弱った獲物を喰らおうと迫り。

 

―――カズキの中で、生まれてはならないものが、生まれてしまった。

 

「………?」

 

 ガチンと、虚空を噛みつくヴァジュラもどき。

 逃げられるわけがない、だというのに……喰らうべき存在の姿が、消えてしまった。

 

「―――ガァゥッ!?」

 

 驚愕に満ちた悲鳴、後ろ脚に激痛が走りヴァジュラもどきの身体が崩れる。

 何事かと視線をそちらに向け――神の名を冠するアラガミが、全身を凍り付かせた。

 そこに居たのは、自身が傷つけ補喰しようとした哀れな餌――カズキ。

 だが、アラガミはまだ気づいていない。哀れな餌になっているのは……自分の方だという事を。

 

「――――」

 

 アラガミをぼぅっと見つめながら、カズキは不思議な感覚を味わっていた。

 目の前の見た事がないアラガミに対し、先程まで抱いていた恐怖心は微塵もなく。

 

――喰らいたい、と。

 

――このアラガミを、食べてみたいと思った瞬間。

 

「ギ――ギャァァァァァッ!!!」

 

 そのアラガミの胴体に食らいつき、力任せに噛み千切った。

 クチャクチャと、口から血を垂らしながらアラガミを喰らうカズキ。

 その光景は、あまりにも異常で――不気味だった。

 もしここに仲間が居たら、思考を凍り付かせるに違いない。

 当たり前だ、アラガミが人間を喰らうことはあっても、その逆など決して有り得ない。

 

 カズキの行動は、もはや人間の行動からはあまりにかけ離れている。

 だからこそ、胴体の一部を喰らわれたアラガミも、目の前の人間に対して恐怖心を抱いていた。

 獣としての第六感が、警鐘を鳴らしている。

 

――“コレ”の前に、これ以上居てはならない。

 

 絶対の捕食者、人類の天敵と恐れられたアラガミが、餌でしかないはずの人間から全力で逃げようとしている。

 考えられないこの光景はしかし――アラガミの逃走を許さなかった。

 

「ギィィ――ッ!!?」

 

 一閃、二閃、三閃。

 瞬きする間に、カズキはヴァジュラもどきの脚を全て両断する。

 更に、それに血で濡れた口を近づけ――食らいついた。

 一心不乱に喰し続けるその光景は、アラガミそのもの。

 否、アラガミよりも不気味で……恐ろしい。

 

 四本の脚全てを両断され、もはや逃げる事すら叶わないアラガミを見て、カズキは恍惚の笑みを浮かべた。

 そのままアラガミの後ろに近づき、その尻尾を掴む。

 そして――何と、五メートルはあるであろう巨体を持ち上げ、瓦礫に向かって投げつけた。

 爆撃めいた音を響かせ、ヴァジュラもどきは瓦礫を粉砕し――講堂の壁の中に消えた。

 

「なっ――!?」

 

 突然の光景に、中で戦っていたリンドウも彼と戦っていたヴァジュラもどきも動きを止めてしまった。

 

「っ、新入り……!?」

 

 再び開いた入口の中から入ってきたカズキに、リンドウは声を荒げながらも呼び掛ける。

 何故ここに来た、あれをやったのはお前か。

 訊きたい事は色々あったが、まずはここから離脱するぞと言おうとしたリンドウだったが…カズキの異常な雰囲気を察し口を閉ざす。

 

「し、新入り……?」

 

 目は虚ろ、まるで夢遊病者のようにおぼつかない足取り。

 更に、口元は大量の血液で真っ赤に染まっており、口の端には……何かの肉片がこびり付いている。

 

「――――」

 一方、カズキは自分を見ているリンドウとアラガミを見て……。

 

――アノ大キイノ、美味シソウ。

 じゅるりと、極上の料理を眺めているかのように、涎が溢れ出た。

 

――食べたい。

 

―――食べたい。

 

――――食べたい。

 

 抑えられぬ食欲、食べたいという欲求。

 その2つが、カズキを異端へと変貌させていく。

 

「――イタダキマス」

 

 誰にも聞こえないくらいの小さな声。

 呟きを漏らした瞬間、カズキは地を蹴り食糧と認識したアラガミに向かっていく。

 

「ガオォォォォッ!!」

 

 目の前の存在は異常だ、すぐさま獣の本能でそう認識し、ヴァジュラもどきはその右前脚を繰り出しカズキを押し潰そうとする。

 しかし、その時には既にカズキは跳躍しており、剣を振るいヴァジュラもどきの顔面に深々と傷を生み出した。

 

(速い―――!?)

 

 神機使いとして間違いなく一流以上の実力者であるリンドウでも、今のカズキの動きはどうにか見える程度だ。

 まるで生きたアラガミを神機で補喰し、一時的に身体能力を向上させた状態「バースト」状態になっているかのよう。

 怯むヴァジュラもどきに、カズキは着地する前に神機を構え背中に突き刺す。

 更に暴れるヴァジュラもどきの背中に着地、背中に突き刺したままの神機を抜き――何度も何度も突き刺していった。

 抜く度に血が噴き出し、神機を、服を、カズキ自身を赤く染め上げていく。

 

「ギッ、ガッ、グッ、グィィアァァァァ………」

 

 耳をつんざくような悲鳴が上がっても、カズキは一心不乱に神機を突き刺していき……。

 

「カ、ァ……」

 悲鳴がだんだんと小さくなって、ヴァジュラもどきはその場で崩れ落ち絶命した。

 

「…………」

 

 地面に降り、じっとヴァジュラもどきを見つめるカズキ。

 そして、じゅるりと涎を血ごと拭き取った後――その顔面に食らいつき、獣のように四つん這いになって喰らい始めた。

 

「なっ、お、おい新入り。お前何やってんだ!?」

 

 突然の出来事に思考が一瞬凍り付いたリンドウだったが、我に返りカズキの元へ。

 すぐさまカズキを引き剥がし、身体を自分の方へ向ける。

 

「正気に戻れバカ!! お前、自分が何やってんのかわかってんのか!?」

「…………」

(っ、こいつ……!?)

 

 違う、目の前の存在は自分が知っている抗神カズキではない。

 そう理解し、リンドウは震えた手でカズキを離そうとして。

 

「…………リンドウ、さん?」

 カズキは、震えた声でリンドウの名を呼んだ。

 

「っ、新入り、か?」

「……あの、これは一体」

「お前……覚えてないのか?」

「えっ、覚えてないって――ぐっ!?」

 

――血の味が、口の中に広がっている。

 

「ぐぇ………ぁ、ぐぅ」

 

 自分が何をしていたのかを理解し、たまらず吐き出しそうになってしまうが。

 

「な、なん、で……」

 

 込み上げてくるであろう吐き気はなく、あるのは……アラガミの味が、美味だったという感覚だけ。

 

「違う…違う…違う!!」

 

 あんなものを食して美味しいわけがない、こんな事異常でしかないのに。

 どうして――美味しかったなどと。

 

「新入り、落ち着け!!」

「っ、ぁ……リンドウさん……」

 

 リンドウに肩を揺さぶられ、我に返るカズキ。

 

「は、あ……」

「……大丈夫か?」

「は、い……」

 

 アラガミの死体を食べたいという衝動を、必死に抑えていく。

 

「はぁ……は、ぅ」

 

 息を整え……たっぷり数分掛けて、ようやく落ち着きを取り戻した。

 

「お前……一体」

「…………」

 

 リンドウの瞳に映る恐怖の色を感じ取り、カズキは視線を逸らす。

 

「……とにかく、アナグラに戻るぞ。立てるか?」

「…………」

 

 立ち上がる、身体に……異常はない。

 

「あ……」

 

 異常はない、けど……無さすぎる。

 

(………背中の傷が、消えてる)

 

 先程ヴァジュラもどきにやられた背中の傷が、綺麗に消えていたのだ。

 いくら普通の人間を超えた自然治癒能力を持っているゴッドイーターでも、こんな短時間であれだけの深手を治す事などできない。

 つまり、そこから考えられるのは……。

 

「新入り、どうした? やっぱりどこか……」

「大丈夫です」

 

 すぐさま返事を返し、事切れたアラガミを見ないように教会を後にする。

 

「……新入り、帰ったら姉上にこっぴどく叱られるぜ。

 なにせ、こんな無茶な事をした上に命令違反をしたんだからな」

 

 少し気が抜けたのか、いつもの調子で話しかけるリンドウ。

 

「わかってます。でも……僕は、もう人間とは違う存在に……」

「この事は、俺とお前だけの秘密にしとくぞ。だからもう考えるな」

「……リンドウさん」

「お前は人間だ。まあ確かに驚きはしたが、お前のおかげで俺は命を救われた。

 ――なんと言おうと、お前さんは人間で俺達の仲間だ。

 だからよ、気にするだけ無駄だぜ――“カズキ”」

「……リンドウさん今……」

 

 今、「新入り」ではなく「カズキ」と……。

 キョトンとした表情を向けると、リンドウは口元にいつもの人懐っこい笑みを見せ、口を開く。

 

「もう新入りじゃねえからな、それに命の恩人に偉そうにするわけにゃあいかねえさ」

 

 偽りの色は見せず、本心からの言葉。

 あんな――アラガミと同じ事をしておきながら、リンドウはまだカズキを仲間だと……。

 

「戻ろうぜカズキ、俺達の帰るべき場所に」

「…………はい」

 

――自分には、帰れる場所がある。

  それを心から嬉しく思い、カズキはリンドウと共に教会を後にして。

 

 彼等の目の前に、突如としてアラガミが降ってきた。

 

「なっ――ちぃっ!!」

 

 またしても見た事がないアラガミの出現に、リンドウは急ぎ神機を構える。

 

(何なんだこいつ……見た事がねえ!!)

 

 シユウのような人型、しかし顔はヴァジュラのような獣であり、口は大きく裂け頭には捻れた角が六本。

 灰と漆黒の身体はひたすら不気味で、いいようのない威圧感を醸し出している。

 

「下がれカズキ、こいつは……やべぇ!!」

 

 勝てないかもしれない。

 そんな不安を誤魔化しながら、リンドウはカズキを守るようにアラガミと対峙する。

 せめて、カズキだけでもここから逃がさなければ、そう思ったのだが。

 

「カズキ、さっさと逃げろ!!」

 

 カズキは、先程から立ち尽くしたままで一歩も動こうとしない。

 ここに来て恐怖心が身体を支配したのか、リンドウの声にも反応せず……。

 

――しかし、次の瞬間。

 

「――――あ」

 

 カズキは、両手で神機を握りしめ。

 

「――あぁぁぁあぁぁアァァァァッ!!!」

 

 人間の声とは思えない雄叫びを上げ、そのアラガミへと突撃する。

 

「カズキ!?」

 

 先程と同じ、どうにかリンドウが追いつけるくらいの凄まじい速さで踏み込むカズキ。

 上段からの振り下ろし。

 白銀の閃光と呼べるような剣戟はしかし、アラガミの大木のような右腕で防がれる。

 

「お前は……お前だけはぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 絶叫を繰り返し、次々と剣を振るうカズキ。

 常軌を逸した怒りに満ち溢れた顔、たとえ刺し違えてもこのアラガミを殺そうという気概。

 温厚でおとなしいカズキはどこにもおらず、まるで阿修羅の如き形相でアラガミと戦っていた。

 

「カ、カズキ……?」

 

 助けに入る事も忘れ、リンドウはただ黙って事の成り行きを見つめる事しかできないでいた。

 ……あの中には、入れない。

 今のカズキとあのアラガミは、もはや規格外と言っても過言ではない。

 そんな中のこのこと自分が参戦した所で、一体何の意味があるというのか。

 

「お前だけは許さない、父さんと…母さんと……ローザを殺したお前だけはぁぁぁっ!!! 殺してやる…殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!!!」

(っ、そうか………!)

 

 あのアラガミは、カズキにとって両親と義妹の仇なのだ。

 故に、あれだけの怒りに支配されているのだろう。

 だが――そのままにしておくわけにもいかなくなった。

 怒りに我を忘れ、憎しみに囚われれば……もう、二度とカズキは戻ってこれなくなる。

 

(しょうがねえ……!)

 

 少し恐いが、あの中に入って無理矢理カズキを止めるしかない。

 腕の一本や二本は覚悟しないとな、冷や汗が頬を伝いつつ……リンドウは戦いを止める為に動くが。

 

――突如として、アラガミがその場から後退を始めた。

 

「逃がすかぁっ!!!」

 

 軽やかに崩壊したビル群を跳躍するアラガミに、カズキもゴッドイーターすら超えた跳躍で後を追う。

 

「カズキ!? おい、戻ってこいカズキ!!」

 

 当然、リンドウにはそんな芸当は……否、ゴッドイーターであっても追いかける事はできない。

 必死に叫ぶが意味を成さず、やがて――カズキはアラガミと共にこのエリアから姿を消してしまった。

 

「っ、くそあのバカ……何やってんだ!!」

 

 悪態を吐きつつ、リンドウは必死に追いかけようとする自分自身を制する。

 

(落ち着け、自分は第一部隊の隊長だ、一度アナグラに戻って応援を呼ぶんだ………!)

 

 血が滲み出そうなほど拳を握りしめ、リンドウは急ぎアナグラへと走る。

 

――先程のカズキを思い出し、僅かに身体を震わせながら。

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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