そして彼は、激戦区と呼ばれる極東支部へと足を踏み入れた……。
「――ようこそ極東支部へ。歓迎するよ、ブラッドの諸君」
そう言ってフィア達を迎え入れたのは、細めで温和そうな表情を浮かべた中年男性。
彼の名はペイラー・榊、フェンリル極東支部の支部長でありアラガミ研究の第一人者である天才科学者だ。
「ブラッド隊隊長、ジュリウス・ヴィスコンティです」
「君達の事はローザから聞いているよ、素晴らしい部隊が来てくれて嬉しく思うよ。
まあ堅苦しい挨拶はこの辺にしよう、ここを自分達の家だと思ってくれると私も嬉しい」
「……………」
温和な声、そして雰囲気。
普通、支部長ともなれば堅苦しいというイメージを持っていたフィアであったが、目の前のサカキからはそれをまったく感じられない。
内面がどうなのかは判断が付かないものの、優しい人間だという認識を抱ける人物であった。
「失礼しまーす。博士ー、この書類目を通して……って」
支部長室に入ってくる、第三者。
フィア達の視線がその第三者に向けられる。
「ああ、コウタ君か」
「もしかして……ブラッドの皆さん?」
「はい、ジュリウス・ヴィスコンティと申します」
「俺は極東支部第一部隊隊長の藤木コウタっていうんだ、よろしくな!」
そう言って、コウタはニカッと笑みを浮かべる。
……この少年も優しそうな人だ、フィアはある理由から内心驚きを見せていた。
「コウタさん、歓迎会って……私達の?」
「もっちろん。期待してていいぞー、極東のメシは美味いしな」
「やったー!!」
「よっしゃー!!」
コウタの言葉を聞いて、大袈裟な喜びを見せるナナとロミオ。
「じゃあまた後でな」、そう言ってコウタはサカキに書類を手渡してから歓迎会の準備に戻るために支部長室を後にする。
「歓迎会までもう少し時間があるから、極東支部を自由に見て来るといい」
「よーし、じゃあシエルちゃん一緒にいこー!」
「えっ、あ、ちょ、ナナさん引っ張らないで!!」
一目散に部屋から飛び出したのはナナと、それに巻き込まれたシエル。
そんな彼女に肩を竦めながらもジュリウスがそれに続き、ロミオとギルも部屋を出る。
しかし……その中でフィアだけが、その場から動く事はなかった。
「? どうかしたのかい?」
「……ここには、優しい人が沢山居るんだね」
「ああ、そうだよ。未来を担う心強い若者達が確実に前へ進もうと努力している」
「…………ボク、ここが好きになれるかもしれない。守りたいと思える存在が…沢山居るから」
「……………そうか。だが無理をしてはいけないよ? 誰もそんな事は望まない、いいかい?」
「うん。大丈夫」
微笑みをサカキに返してから、フィアも支部長室を後にする。
そして1人になったサカキであったが……浮かべる表情は、僅かな不安の色が見えた。
今微笑みを見せてくれたフィアの瞳の中に、確かな“異端”の色が見え隠れしたからだ。
(………これはまた、なかなかに興味深い逸材が入ってきたのかもしれないね)
■
「――あ、おーい、フィアー!」
「………?」
エントランスロビーへと赴いたフィアを、少女の声が呼び止めた。
視線をそちらへと向けるフィア、そこに居たのは…前にフライアへとやってきたローザと、見慣れない男女三名の姿が。
「ローザ、久しぶり」
「久しぶりだねフィアー、元気にしてた?」
「………そっちの人達は?」
フィアの視線が、三名に向けられる。
すると、その内の1人――少々派手な印象を受ける青年が自己紹介を始めた。
「僕の名前はエミール・フォン=シュトラスブルグ、アラガミを華麗に倒す気高き騎士だ!!」
「……………」
キョトンとした後、フィアの視線がどこか冷たいものに変わる。
お前は何を言っているんだと言わんばかりの視線に気づき、慌ててもう一人の青年が自己紹介を始める。
「か、彼の事は気にしないでくれ。ぼくはエリック・デア=フォーゲルヴァイデ、第一部隊所属の神機使いだ。
そしてこっちはぼくの妹であり同じく第一部隊所属のエリナだ。これからよろしく頼むよ」
「…………よろしく」
ぽつりと呟くようにフィアへとそう告げるエリナという少女。
あまり歓迎してはくれていないようだ、というよりも……どこかフィアに対して警戒というか対抗意識を向けているようにも見える。
「フィア・エグフィード、ブラッド隊の副隊長。これからよろしく」
「ああ。こちらこそ、ローザが凄いと褒めていた君達と共に戦えると思うと頼もしいよ」
「………ありがとう」
握手を求めてきたエリックに、フィアはそれに応じて握手を交わす。
どうやら彼は自分を歓迎してくれるようだ、態度でそれがよくわかる。
尤も、エミールもああ見えて歓迎しているようだが……フィアはあまり関わりたくないと思っているのでそれに気づいていない。
「………アリサは?」
「あー……お姉ちゃんなら、クレイドルの仕事でまた行っちゃったみたい」
「クレイドルって、確かサテライト居住区の建築や護衛をしている独立部隊だっけ?」
「そうそう。お姉ちゃんもカズキお兄ちゃんもクレイドルの活動で凄く忙しくて極東に戻ってくるのが最近少ないんだあ。まあでも、あの2人が頑張ってるからこそクレイドルの活動は実を結んでるんだし、極東支部の防衛はローザ達が頑張らないと!」
「大丈夫ですよローザ先輩、私達が力を合わせればどんなアラガミだって問題なく対処できます!」
「うん、その通りだね!」
「……………」
仲睦まじい様子で微笑みあう、ローザとエリナ。
……この支部は、皆が家族のような絆で結ばれているような気がした。
本当に皆が互いを信頼し合っている、フィアにはそう思えた。
「どーん!!」
「――――っ」
突如として、フィアの背中に軽い衝撃と重みが襲い掛かる。
それと同時に聞こえた少女の声、一体誰だろうとフィアは視線を後に向けると。
「……あれ? 君……誰?」
「―――――」
そこに居たのは――フィアにとって信じられない存在であった。
彼に背後から飛びついたのはラウエル、人懐っこく無邪気な彼女らしい行動だ。
だが、フィアは無言のままラウエルを見つめ……驚愕の表情を浮かべている。
「こら、ラウエル駄目でしょ?」
「すまないフィア君、驚いただろうが怒らないであげてくれ」
「ごめんねー?」
「………ううん。別に怒ったりなんかしてないから、心配しないで」
そう、ラウエルの行動に怒る点などどこにもない。
だがどうしてと、フィアの中で疑問が生まれる。
当たり前だ、ここは人間の住まう場所だというのに……どうしてアラガミが平然と闊歩しているのか。
「………あれ? 君って……もしかして、ローザ達と同じ?」
「……………」
「? ラウエル、どうしたの?」
「んー……あのねエリナ、この人ね――」
「ラウエル。……話していい事じゃないからそれ以上はダメ」
何かをエリナに伝えようとしたラウエルの言葉を、ローザは少し強い口調で止める。
その迫力に圧され、ラウエルは口を閉じエリナはどうしたのかと首を傾げた。
……微妙な空気の中、フィアは変わらぬ態度で口を開く。
「じゃあ、ボクはもう行くよ。まだ極東の中を見て回ってる最中だから」
「あ、うん……ローザが案内してあげようか?」
「大丈夫。……ありがとうローザ」
「……うん、どういたしまして」
感謝の言葉の裏に気づき、ローザは少しだけ眉を潜めた。
未だに状況を理解していないエリナ達をよそに、エレベーターへと乗り込み別エリアへと向かうフィア。
続いて彼が赴いたのは、ブラッド達に用意された部屋がある区画。
「? みんな、何してるの?」
「しー! ちょっと静かにしてろって!」
「ロミオ先輩もうるさいよー」
エレベーターを降りて、フィアが最初に目撃したのは……ジュリウスを除くブラッドの面々が、とある部屋の前で覗き見をしているという珍妙な光景であった。
フィアに静かにするように告げてから、ロミオは再び先程まで覗いていた部屋の中へと視線を向ける。
シエルだけは「やめましょうよ」と言っているが、とは言いつつも彼女もしっかり覗き見を行っていた。
一体何を見ているのだろう、気になったフィアが少しだけ開いた扉の中を皆と同じように見始めると……。
「あ」
おもわず、そんな間の抜けた声が出てしまった。
皆が除き見ている部屋の中には、かつてフライアで出会った葦原ユノと……何故かジュリウスの姿が。
「……2人は何してるの?」
「知らないよ。ここってユノさんの部屋らしいんだけど……くそー、ジュリウスのヤツいいなあ」
「隊長ってユノさんと仲良いんだね」
「ジュリウスは何度かユノさんの護衛の任を勤めたり、共に行動する機会が多かったそうです」
「だが意外だな、あの仏頂面のジュリウスと歌姫がねえ……」
ギルの言葉に、皆は「確かに…」という呟きを零す。
ジュリウスはあまり感情を表に出さない人だ、しかし今部屋の中でユノと話す彼はどこか物腰が柔らかく見える。
彼の意外な一面に驚きつつ、フィアも加えたブラッド面々は覗き見を再開する。
「――ところでジュリウス、ブラッドのみんなとはどう?」
「問題なく接していられていると……思う」
「自信ないんだ? けどジュリウスって無愛想だから苦労してるかもね」
「………これは元からだ」
「ごめんごめん。そう怒らないでよ、でも……フィアが居るなら大丈夫そうね」
「………ああ。あいつには随分と助けられている、まだ子供と言える年齢だが……たいしたヤツだよ」
「けどしっかり支えてあげないとダメよ? ジュリウスは頼れる隊長さんなんでしょ?」
「わかっているさ。まったく……最近のユノは会う度に説教まがいの事を言ってくる」
「そうかなあ? そう見えるなら、ジュリウスがしっかりしてないからじゃない?」
「……………」
「あー、そうやって女の子を睨むからダメなのよ」
「……睨んでないどいないさ」
『………………』
再び、驚愕がフィア達に襲い掛かる。
楽しそうに、歳相応な雰囲気を出しているユノの姿にも驚いたが……明らかにいつもと違う雰囲気のジュリウスの方が驚きは大きかった。
とても仲の良い友人、いや……それ以上にも見える。
「――ジュリウス、無理はしないでね?」
「ユノ?」
「貴方はすぐ無理や無茶をするから……心配なの」
「……それはユノも同じだろう? 黒蛛病患者の為に色々と活動しているのは知っている、だがまずは己の身体を一番に考えるんだ」
「うん……わかってる、わかってるよジュリウス」
その言葉で一応の納得はしたのか、ジュリウスはそれ以上何も言わなかった。
「………なにあれ」
「ロミオ先輩?」
「ジュリウスのヤツ……ユノさんとあんなに仲良さそうに…あれか? やっぱり男は顔なのか!?」
「そういうわけじゃないと思うけど……」
「いいなあ、いいなあ……」
「……そんなだからロミオ先輩はダメなんだよ」
「ダメ、なんですか?」
「ぐはぁっ!?」
ナナの言葉と、シエルの何気ない追い討ちによってロミオ撃沈。
さすがにこれ以上は拙いと思い、ギルがロミオの首根っこを掴み全員がその場を後にした。
「……ジュリウスとユノって、恋人同士なのかな?」
「さあな。まあそう見えなくもない」
「けど、結構お似合いだよねー、シエルちゃんもそう思わなかった?」
「えっと……わ、私はそういうのはよくわからなくて……」
「否っ!! 断じて俺は認めないからな!!」
「あ、復活した」
「お前に認めてもらう筋合いはねえだろ」
「くそ~……どうしてジュリウスばっかり!!」
「はいはい」
喚くロミオを、全員が受け流す。
(……ここで、上手くやっていけそうかな?)
To.Be.Continued...
今回から極東支部編となります。
私の中ではジュリウスとユノは仲良しさん、異論は認めます。
カズキの出番は……もう少し先かな?