フライアが極東支部に向かっており彼女もまた極東へと帰還するので、もののついでと彼女をフライアへと招き入れたのであった……。
「―――あの、何で私は囲まれているんでしょうか?」
「そりゃあアリサさんは主役ですからね!」
ロミオのやや興奮した声が、フライアの庭園エリアで響き渡る。
アリサの周りには、彼女を囲うようにブラッド達が座っていた。
皆の視線を一斉に浴びているアリサは、少しだけ居心地の悪さを感じる。
「司会はわたくし、ロミオが勤めさせていただきます! 今回アリサさんには、わたくしの考えた質問に答えていただきたくてですね……」
「ロミオ先輩、敬語がどこか胡散臭いよ?」
「ナナうっさい。それでは……覚悟はよろしいですね?」
「覚悟って……」
「ロミオ、あまりアリサさんを困らせるような事は訊くなよ?」
一応警告するジュリウスだが、今のロミオには残念ながら届かない。
そして、早速ロミオはアリサに対して質問を投げかけたのだが……。
「旦那さんのカズキさんとはどうですか?」
『ダウト!!』
「ええっ!?」
その内容が酷かったため、ブラッド達から一斉にダメ出しをくらったのだった。
抗議の声を上げるロミオであったが、当然ながら全員はそれを無視する。
一方、そんなセクハラまがいな質問をされたアリサは、どうしていいのかわからず苦笑するのみ。
「だってさー、神機使い最強のバカップルって呼ばれてるアリサさんとカズキさんの話、聞いてみたいと思うだろ?」
「えっ……私達って周りからそんな認識なんですか?」
「ノルンのデータベースにはそう書いてありますけど?」
「………誰ですか、そんな説明文を記載したのは。どん引きです」
まあ大方予想はできる、証拠は無いが極東に帰ったらボコボコにしてやろうとアリサは決めた。
「……アリサって、何歳なの?」
「えっ、18ですけど……」
「抗神カズキとは、いつから夫婦になったの?」
「カズキが19で、私が16の時です」
『早っ!!』
フィアの好奇心から来る質問にあっけらかんと答えるアリサだが、その内容に皆は驚く。
まあ確かに結婚する男女の平均年齢は比較的低い、このような世界なのだからそれはわかるが……いくらなんでも早過ぎなような気がした。
「私がカズキに出会ったのは、私が15の時なんですよ。
ロシア支部から極東支部の配属になって……当時は極東支部にはカズキと私しか新型が居なかったんです」
「へえ、まあ新型が現れ始めたのって今から3年くらい前なんだから、珍しいのも当然かあ……」
今では、旧型――第一世代神機使いも適合する神機さえ見つかれば新型――第二世代神機使いへと転向する事ができるが、当時では第二世代神機使いの数は本当に数えるほどしか存在しなかったのだ。
「あの時の私は本当に子供で……今思い出しただけでも自分が情けなくなります」
「どうしてですか?」
「さっきも言ったように新型の数はあの時多くなかった。だから私はそんな新型に選ばれた自分が特別な存在だと信じて疑わなくて、周りを見下していたんですよね。それこそベテランの神機使い相手でも」
「ええー………?」
信じられない、といった表情を浮かべるブラッド達。
まだ出会って間もないが、アリサという少女はとてもじゃないがそんな事をするような人物には見えない。
むしろ全体から優しげな雰囲気を醸し出しており、“強くて頼りになる先輩”という評価がしっくりくる。
「そのせいで周りからは疎まれて、それでも傲慢の塊だった私にはどうでもよかったんです。でも……そんな私にも変わらず接してくれたのが、カズキでした」
「そんなカズキさんに惹かれていって……ってやつですか?」
「そうですね。本当はもっと色々な事があったんですけど……大まかに説明すればそうなります。
今の私が居るのも、この世界で神機使いとして戦っていられるのも全てカズキのお陰なんです。あの人は……私だけじゃなくて、極東の色々な人に影響を与えて…いつだって誰かの助けになっている人なんです」
そう告げるアリサの表情は誇らしげで、彼女が如何にカズキという存在を大切に想っているのか誰もが理解できた。
「本当に、カズキさんって凄い人なんですね……」
「でも危なっかしい人なんです、自分よりすぐ他人を優先するから時々ハラハラするんですよ?」
「あっ、それってフィアと似てるね」
「えっ?」
急に矛先が自分に向けられ、キョトンとするフィア。
「そうだよー。フィアはホントに自分より誰かを優先するから私達いつもハラハラしてるんだよ?」
「そうかな?」
「そうですよ、フィアさんのその考え方は立派かもしれませんけど……不安になります」
シエルにまでそう言われ、今度はフィアが居心地が悪くなった。
しかし彼への口撃は終わらない、続いてギルが咎めるように口を開く。
「ナナとシエルの言う通りだな、この間だってお前は……」
「ちゃんとわかったって言ったでしょ?」
「お前の“わかった”は“わかってない”と同じなんだよ」
「……そうだな。確かにフィアのわかったは信用できない」
「ギルやジュリウスまで……今日はみんな意地悪だなー」
「意地悪じゃなくて、事実を言っているだけだよ」
「フィアさん、みんなフィアさんを心配しているんです……勿論、私も。
アラガミとの戦闘でも、無理をして皆さんや私を庇おうとして怪我をするじゃないですか。ああいう行為は…好ましくありません」
「大丈夫だよ。自分が死なない程度に庇ってるんだから」
(…………この子)
ある懸念が、アリサの中で生まれた。
フィアと呼ばれた少年、彼は……どこかカズキに似ている。
自分より他人を大事にするその考え、だがそれは……カズキのより強く、そして重い。
彼は最近になってようやく自分の事も考えるようになってくれた、しかし彼の場合……違うのだ。
フィアの場合、自分より他人を大事にするというよりも……“自分の事をまるで考えていない”。
もちろん自殺願望者というわけではないだろう、それなら既にこの世には居ない筈だ。
生きようとする強い意志は感じられる、しかしそれも自分のためではなく他人のために生きようとしている。
カズキという存在が近くに居るからこそ、フィアが彼と似ているからこそアリサはいち早くこの子の異常に気がついた。
「もう、フィアはしょうがないなー」
「わかったよ。もっと気をつけるからもう許してくれる?」
「別に責めている訳ではないのですが……」
「……ちゃんと気をつけてくれるなら、俺らもこれ以上言うつもりはないさ」
「そうだな。フィアがきちんと忠告を守ってくれるなら構わない」
「みんな心配性だけど、ギルとジュリウスは特に心配性だよね。そう思わない?」
「確かになー、お前らちょっとフィアに甘くないか?」
「………そんな事はねえよ」
(甘い、のだろうか……?)
「――あっ、ちょっとすみません」
アリサの通信機が鳴り、一言告げてから彼女は少し離れた場所で通信機を手に取った。
「はい。――カズキですか!」
「………旦那さんみたいだね」
嬉しそうな声色のアリサの声が聞こえ、ブラッド達は小さく話し始める。
「はい、はい…大丈夫ですよ、もう…心配性ですねあなたは。私からしたらそちらの方が心配です」
「アリサさん、嬉しそう……」
「そりゃあ夫婦なんだから、嬉しいだろうさ」
「……………」
「? フィアさん、どうかしましたか?」
「……あのさ、シエルも結婚とかに憧れるものなの?」
「…………ひゃえっ!?」
フィアの問いに暫し呆け……我に返った瞬間、シエルは素っ頓狂な声を上げた。
他のブラッド達も、彼の問いに驚きを隠せない。
「あ、あの……フィアさん、それはどういう」
「だってアリサ、すっごく嬉しそうだから女の子ってああいうのに憧れたりいいなーって思ったりするのかなって」
「え、えっと………」
シエルの顔が紅潮していく。
……それはまあ、彼女とて考えた事がないわけではない。
しかし明確なビジョンを思い浮かべた事はなかったし、何より……皆が居る前で話せる内容ではなかったので、だんまりを決め込む事に。
「私は人並みにあるかなー」
「おおっ、意外な発言……」
「……ロミオ先輩、今度先輩をアラガミの囮にしてもいい?」
「こえーよ!! 何笑顔でとんでもない事言ってんだ!!」
「ギルとジュリウスは?」
「……フィア、その問いは返答に困るから他のやつに気軽に訊くなよ?」
「……………」
「? そうなの?」
「俺に振るな……」
「すみません、お待たせしました……って、どうかしましたか?」
カズキとの会話を終え戻ってきたアリサだったが、何だか皆の様子がおかしくなっている事に気づき首を傾げる。
なんでもありません、シエルに強い口調でそう返されたので彼女は何も訊かずに再び席に座り込んだ。
「アリサは、カズキの事が本当に好きなんだね」
「えっ、な、なんですかいきなり……」
「だって通信機で話してる時のアリサ、こっちから見ても嬉しそうだったもん」
「あ、あはは……」
僅かに顔を赤らめ、アリサは笑う事しかできなかった。
それに嬉しかったのは事実なのだ、否定する事などできるわけがない。
「……ねえ、アリサ」
「なんですか?」
「人を好きになるのって、普通の好きとどう違うの?」
「えっ……?」
それは、フィアにとって単純な好奇心からくる問いであった。
しかしその内容はなかなかに答えを返し辛いものだ、少しだけ困ったようにアリサは眉を潜める。
「ボクはブラッドのみんなが大好きで大切だけど、アリサがカズキを想う“好き”はまた違うものなの?」
「うーん……そうですね、なかなか難しい問いかけです」
「フィア、あまりアリサさんを困らせるな」
「大丈夫ですよジュリウスさん。それでフィアさん、質問の答えですけど……“違わないけど違う”ですね」
「???」
違わないけど違う、その矛盾した答えにフィアは首を傾げた。
「フィアさんがブラッドの皆さんを大切に想う気持ちと、私がカズキを大切に想う気持ちはきっと同じです。でも同じだけど違うんです」
「……どういう意味?」
「これはあくまでも私の考えで正解というわけではありませんが……私はカズキと“共に同じ道を歩みたい”、“自分の全てを知ってほしい、または相手の全てを知りたい”と思っています」
「……………」
「これがフィアさんと私の違い…ですかね? すみません、あまり上手く説明できなくて……」
「……共に同じ道を歩みたい、自分の全てを知ってほしい」
アリサの説明は、確かに上手く理解できなかった。
けれど、フィアの中で巡っていくその言葉は…どことなく、染み渡っていったような気がした。
ブラッド達の事は大好きだ、守りたいと願っているが……アリサの言ったような考えは向けていない。
共に歩むパートナー、それが男女間の愛し愛される関係なのだろうか?
――フィア、大好きだ
――大好きだよフィア、ありがとう
「―――――」
「? フィア、どうかした?」
「………なんでもない」
懐かしい悪夢が、一瞬だけ顔を出した。
それに無理矢理蓋をして、彼は忘れたフリをする。
……決して忘れる事などできないのに、精一杯蓋をした。
「けどいきなりどうしたんですか? もしかして……好きな人でも居るんですか?」
「えーっ!? フィア、そうなのかよ!?」
「なんでお前が一番食いついてんだよ……」
「だってさー、フィアってまだまだ子供だしそういう事に興味なさそうじゃんか」
「少なくともお前よりはずっと大人だな」
「なんだとー!!」
「なんだよ!!」
『また始まった……』
恒例となったロミオとギルの睨み合いは、適当に流す。
しかし彼がこういった問いを自分から投げ出すとは珍しいので、他のメンバーも少なからず驚いていた。
「ロミオ先輩じゃないけど、フィア……もしかして好きな人でも居るの?」
「? みんな大好きだよ?」
「そうじゃなくて……恋人にしたい人が居るかって意味」
「………………」
うーんと考え込んでしまうフィア。
……どうやら訊くだけ意味がなかったようだ、ナナは「忘れて」と言って話題を別のものに変える。
「そういえばアリサさん、極東支部って……美味しいごはんとかあります?」
「ええ、極東には美味しい食事を出してくれるラウンジがありまして、そこにはムツミちゃんというとってもお料理が得意な女の子が居るんですよ」
「ホントに!? やったー、楽しみだなー!!」
「ふふっ、ナナさんってば……」
「だって美味しいごはんを食べると幸せになるんだもん、シエルちゃんだってそう思わない?」
「そうですね、確かに美味しい食事は部隊の士気を向上させるいい方法ではあります」
「おおう……さすがシエルちゃん」
「………どうやら、極東に着いたようだな」
フライアに軽い振動が起こった後、ジュリウスはそんな呟きを零す。
すると、すぐ後にフランから極東支部に到着したという内容のアナウンスが流れた。
「ごはん、ごはんー♪」
「あ、あの……ナナさん、私達が極東支部に来た目的……わかってますよね?」
「おい、お前達もいい加減にして極東支部に向かうぞ」
『だってこいつが……』
「ギルとロミオ、仲良いね……」
『よくねえっ!!』
「ふふふっ………」
ブラッド達は、どこか極東の人達に似ているとアリサは思った。
いつまでかはわからないが、頼もしい仲間ができた事にアリサは自然と笑みを浮かべる。
――激戦区、極東へと辿り着いたフライアとブラッド達
――そして、この最果ての地にて新たな戦いが始まる事になろうとは
――今はまだ、誰も知らなかった
To.Be.Continued...
次回からはようやく極東支部、意外と長かった……。
ただ動かせるキャラクターが一気に増えますから、私の実力ではどうしても出番が少なくなるキャラも居るのですが、そこはご了承ください。