さて、今回は………。
「――おーい、フラーン」
「? フィアさん、どうかしましたか?」
フライアにて通常業務に勤めているフランに、フィアが近づきながら声を掛ける。
彼の手には小さな袋が握りしめられており、フランは一度仕事の手を止め彼へと視線を向けた。
するとフィアは、持っていた袋をフランへと手渡す。
「はい、これ」
「……これは何ですか?」
「クッキー、シエルとナナと一緒に作ったの」
「……ありがとう、ございます」
「シエルのは美味しかったよ、ナナのは……博打があるから気をつけてね?」
「は?」
「じゃあ、お仕事頑張ってねー」
「あ、ちょっと、フィアさん?」
さっさとその場を後にするフィアに声を掛けるが、彼はフランの方へと向き直る事無く行ってしまった。
残されたフラン、彼女の視線は手渡された袋へと注がれる。
クッキーを貰った事に関しては感謝するが、前述の言葉は一体どういう意味なのか。
(博打があるって……それは食べ物として認識してよいのでしょうか?)
なんだか食べるのに躊躇いが生まれてしまった。
とはいえ今は勤務中、食べるのは今抱えている仕事が終わってからにしようとフランは再びモニターへと視線を戻した。
……しかし、ナナが作った「博打があるクッキー」の事が気になったのか、その日の仕事はいつもよりも時間が掛かってしまったそうな。
…………。
「おい、フィア」
「ギル? どうかしたの?」
フランにクッキーを手渡し、歩きながら自分の分のクッキーを食べているフィアに、ギルが声を掛けた。
もぐもぐと口に残っているクッキーを咀嚼してから呑み込み、フィアはギルへと視線を向ける。
対するギルは、何故かどこか真剣味を帯びた表情でフィアを見つめている。
「……あの時、何であんな無茶をしたんだ?」
「? あの時って……いつの話?」
「この間の神機兵護衛任務の時の話だ、一歩間違えばお前が命を落としかねなかったんだぞ?」
「ああ……大丈夫だよギル、ちゃんと生きて帰って来たでしょ?」
「そういう問題じゃない。お前に何かあれば…残された奴らはどうする? お前の命はお前だけのものじゃない」
「………そうだね。確かに僕の命は僕だけのものじゃないよ」
「だったら何で―――」
「心配しないでギル、僕は絶対に死なないし死ねないんだ。もう二度と…誰も死なせないためにも、死ぬわけにはいかないから」
「……………」
どこか色の消えた瞳で見つめられ、ギルは言葉を失った。
彼は時々こんな顔になる、ひどく無機質で……空恐ろしい顔を見せるのだ。
それを見たせいか、冷静さを取り戻したギルは先程の自分を思い出し溜め息を吐き出す。
「……お節介が過ぎたな。だが今の言葉は忘れないでくれよ?」
「もちろん。大好きな仲間の言葉を忘れるわけないよ」
「……………」
ならいいと、ギルはそう告げフィアから視線を外す。
「ギル、このクッキー食べる?」
「……誰が作ったんだ?」
「ボクとシエルとナナ」
「お前、料理できるのか?」
「できないよ。だからシエルとナナに教えてもらいながら作った」
「……シエルはともかくとして、ナナは料理できるのか?」
「少なくともボクより上手いよ。でもシエルが一番料理上手だね」
「だろうな。あいつってなんでもそつなくこなすイメージがある」
「それで、食べるの?」
「せっかくだからいただく、ただし……シエルのだけくれ」
「うん、どうぞ」
シエルが作った形の良いクッキーを受け取り、ギルは一口で口に含む。
少々甘いがくどい甘さではない、だが紅茶が欲しくなるなと心の中で感想を述べていると――放送が入った。
『ブラッド各員に緊急連絡、先程オープンチャンネルによる救難信号が入りました。
信号の周囲に“感応種”と思わしき反応を確認、至急救援と感応種討伐をお願いします!!』
「感応種………!」
「ギル、出撃しよう!」
「ああ、だが全員揃ってからだ。先行するなよ!?」
■
――ブラッド全員で、救難信号があった場所へと急ぐ
そこは極東支部からさほど離れていない“サテライト居住区”と呼ばれる新たな人類の居住区の近くであった。
もしかしたら周囲の一般人に被害が及んでしまうかもしれない、そう思ったフィア達は先程よりも走るスピードを早め現場へと急ぐ。
そしてアラガミの声を耳に拾い現場へと辿り着いたのだが……そこでは既に、別の神機使いが戦いを繰り広げていた。
赤を基調とした装備に身を固めた神機、長く美しい白銀の髪を翻しながら戦うその神機使いは――大人の美しさを持ちながら、まだあどけなさを残す少女であった。
しかしその戦いはただ凄まじく、力強く、安心できるものであった。
「…………強い」
ぽつりと呟くフィアの言葉は、少女に対してのもの。
たった一人で、まだ充分なデータを得ていない感応種と互角に戦えている。
否、互角などではなく……確実に少女の方が実力が上だ。
「ってか、ローザさんじゃね!?」
「確かに似てるけど…ローザさんとは装備が全然違うよ?」
「とにかく援護を――」
シエルが銃撃を放とうとしたが、少女が間合いを詰めたので断念する。
シユウ種感応種――イェン・ツィーの懐へと飛び込み、少女は神機を捕喰形態へ。
そのままイェン・ツィーの右の翼へと喰らい付き、その身体を引き千切る……事はせず、なんと噛み付いたまま力ずくでアラガミの巨体を神機で持ち上げてしまった。
これにはブラッド全員が驚愕し、その一瞬後に少女は勢いよく両手を振り下ろしアラガミの身体を地面へと叩きつける―――!
地面を破壊し、その衝撃で喰らいついていた箇所を引き千切りイェン・ツィーから悲鳴と鮮血が舞った。
「あんな戦い方があるなんて……」
「……強いな。動きにまるで無駄がねえ」
シエルは少女の行った戦法にただただ驚き、ギルは少女の強さと動きに感嘆する。
ナナとロミオに至っては少女の強さにポカンとしてしまう始末。
一方、フィアとジュリウスは戦いを眺めつつも、いつでも援護に入れるように身構えていた。
「……ジュリウス、援護…必要だと思う?」
「いや……だが万が一という事もあるだろう」
「そうだね。でも……もう終わるよ」
フィアがそう呟いた瞬間――少女が勝負に出た。
イェン・ツィーのまだ無事であった左の翼による横殴りの一撃を回避しつつ間合いを詰め、下段からの斬り上げを放つ。
だが薄皮一枚といった程度しか相手には届かず、後退するイェン・ツィーだったが……その身体に無数の銃弾が叩き込まれた。
僅か一秒にも満たない速さで少女は神機を銃形態へと可変させ、それと同時に銃撃を放ったのだ。
まさしく速攻、その攻撃にイェン・ツィーは驚愕しつつもまともに浴びて地面に着地すると同時に膝を突いた。
「―――はっ!!!」
裂帛の気合を込めた声を張り上げ、少女は一息で相手との距離を詰めた。
イェン・ツィーは動けない、そしてそれが圧倒的なまでの隙を生む結果となり。
――少女の放った斬撃が、イェン・ツィーの頭部から腹部までバッサリと切り裂いた
痙攣しつつも、断末魔すら上げる事無くイェン・ツィーはその場で倒れ……動かなくなった。
完全に沈黙したアラガミに暫し警戒心を向けていた少女であったが、完全に事切れたと判断してから。
「………やっぱり、まだカズキのようにはいかないなあ」
どこか自分を責めるように呟き、ほっと息を吐き出した。
場の空気の緊張が消え去り、そこでようやく少女はフィア達の存在に気がついた。
「……あなた達は?」
「失礼。フェンリル極致化技術開発局所属、「ブラッド」隊長、ジュリウス・ヴィスコンティです。
オープンチャンネルによる救難信号が入ったため、こちらに参ったのですが……どうやら、必要なかったようですね」
「いえ。わざわざご足労いただきましてありがとうございます、私はフェンリル極東支部所属の“抗神アリサ”です。救援要請のご対応―――」
「抗神アリサ!?」
「わあっ!? ちょっとロミオ先輩、いきなり大声出さないでよ!」
「いや、だってお前…あの抗神アリサさんが目の前にいるんだぜ!?」
なにやら興奮した面持ちのロミオ、なんだか前にもこんな事があったなとナナは思った。
「抗神って……ローザと同じ苗字だね」
「ローザ? ああ、そういえばそちらで一時ローザがお世話になったんでしたね。その節はありがとうございました」
「いえ。こちらこそ彼女には感謝しています」
「うわー、うわー……やっぱ美人だよなあアリサさん、でもローザさんにそっくりだよなあ」
「うるせえな。興奮するなよ気持ち悪い」
「なんだよー! あんな有名人に会えたんだから当然だろ!?」
「お前だけだ」
「…………ああ、成る程」
何故ロミオがあんな状態になっているのか、フィアはようやく気がついた。
抗神アリサ、その名前に聞き覚えがあると思っていたが……前にロミオが話してくれた、あの抗神カズキの奥さんだ。
それに彼女自身神機使いとして凄まじい戦績を残すまさしくエース、一部の神機使いにとっては憧れでもある彼女に会えたのだから、ミーハーなロミオが興奮するのもある意味仕方がないかもしれない。
……まあ尤も、興奮したロミオを全員が冷ややかな目で見るのもまた仕方ない事でもある。
「あら………?」
「……………」
アリサの視線が、フィアへと向けられる。
彼女の浮かべている表情は…僅かな驚愕と疑問の色が見えた。
しかしフィアにはその理由がすぐさま理解できた、何故なら彼女も……。
「――“同じ”だね。正確には少し違うけど」
「………そうみたいですね。でも…あなたのはとても暖かいものが入ってます」
「……………ありがとう」
『???』
2人の会話の意味がわからず、全員が首を傾げた。
しかしどことなく会話に入る事ができず、結局誰も追及する事はできなかった。
「そういえば、本部直轄のあなた達がどうして極東に?」
「新型兵器である神機兵の運用データを得るためです、なので現在我々は移動要塞であるフライアと共に極東支部へと目指していまして……」
「そうだ。アリサさんはこれから極東支部に戻るんですよね!?」
「えっ? はい、任務も一段落したので報告書を纏めるために一度戻る予定ですけど……」
「だったら、俺達と一緒に行きません?」
「………ロミオ」
全員の視線がロミオへと向けられる。
中には「お前は何を言っているんだ」と言わんばかりの視線もあるが、そんなものでめげる彼ではない。
「フライアは極東支部を目指してるんだし、アリサさんも極東支部に帰るならちょうどいいじゃん!」
「それはそうかもしれないけど……」
「お前、どうせくだらない事でも考えてるんじゃないのか?」
「違うって! ただ、色々と話を聞けたらなあと思っただけでさ……」
「やっぱりくだらない事じゃねえか」
「なんだとー!!」
『また始まった………』
恒例行事(?)となったロミオとギルのいがみ合い、当然ブラッドメンバーは無視する事に。
話についていけず困惑するアリサに、ジュリウスが「申し訳ない…」と謝罪の言葉を告げた。
「……でも、別に行く場所が一緒なら行動を共にしてもいいんじゃないかな?」
「まあ確かにフィアの言う通りだよねー、アリサさんはどうですか?」
「ええ、まあ確かに私達の向かう場所は同じなので私は構いませんけど……よろしいんですか?」
「ジュリウス、駄目なの?」
「……………」
フライアは関係者以外の搭乗を認めていないわけではない。
しかし自分の一存だけで決めていいのだろうかという懸念が、ジュリウスの脳裏に浮かぶ。
「……ダメ?」
「………アリサさん、フライアまでご案内します」
とはいえ、フィアに上目遣いで見つめられたジュリウスはあっさりその懸念を捨て去った。
別に反対するような存在は居ないだろう、唯一何か言ってきそうなグレムは現在フライアには居ないのだ。
「ありがとうございます、助かりました」
「俺がフライアを案内しますよ!」
「えー、ロミオ先輩じゃ色々と危ないんじゃない?」
「なんだとー!!」
「ふふっ、大丈夫ですよ。何かしようとしても……返り討ちにしてやるだけですから」
「………おおう」
その言葉に、ロミオはおもわず震え上がる。
別に如何わしい事など考えていないが、彼女に手を出してはいけないと本能が訴えてきた。
「私はやっぱり夫婦の生活とか訊いてみたいなー、シエルちゃんもそう思わない?」
「えっ!? いえ、私は別に……」
「シエルちゃん、そういうのに興味ないの?」
「えっと……そういうわけではないと言いますか、その……」
「お前達、談笑するのはいいがフライアに帰還するぞ」
ジュリウスの言葉に全員が返事を返し、その場を後にしようと歩き出す。
歩きながら早速楽しそうに会話をする女性陣を、フィアは少し離れた所から見つめながら……視線をアリサへと向ける。
……彼女の内側から感じられる力は、人間には備わっていないものだ。
彼女の身体は異質な存在と化している、人間という器を超えた怪物になっている。
「フィア、どうかしたのか?」
「……ううん。なんでもない」
だがフィアはそれを指摘する事はなかった。
彼女なら問題ない、そう思えたし何よりも……。
――自分とて、“同じ”なのだから
To.Be.Continued...
アリサさんようやく登場、次回辺りで極東に着けるかな……?
ゲームでは捕喰したらバーストになるだけですが、噛み付いたままアラガミとぶん投げてもいいじゃないと思い、今回の戦闘でそんな表現を出してみました。
スパイラルフェイトという漫画でも捕喰形態で生きているアラガミを殺せたし、こういう使い方もありかなあっと……。