しかし、それ以外の目覚めも引き起こしてしまった事に、彼等は気づかない……。
――風切り音が、響く
フィアが無造作に神機を横薙ぎに振るった瞬間――肉を抉る嫌な音が聞こえてきた。
それと同時に二体のヴァジュラの顔に横一文字の傷が生まれ、鮮血が舞う。
その血がフィアの顔に付着し、彼はそれを……ペロリと美味しそうに舐め取った。
そして口元に笑みを浮かべてから、フィアはヴァジュラの一体に向かって接近。
無防備となったその顔面に、容赦なくスピアによる突きを放った。
神速の速度で放たれたそれは呆気なくヴァジュラの顔を貫き――柄まで入ってしまった。
ビクン…と痙攣するヴァジュラ、既に生命活動は停止している。
スピアを抜き取ると、糸の切れた操り人形のようにその場で崩れ落ちるヴァジュラ。
それには構わず、フィアはすかさずもう一体のヴァジュラへと攻撃を仕掛け――跳躍して後退した。
その一瞬後に先程まで彼の居た場所に複数の火炎弾が落ちる。
視線をヴァジュラの背後へ、そこに居たのはフィアの初撃を回避した新種アラガミ。
睨み合う両者、だが……新種アラガミはフィアに対して確かな恐怖心を抱いていた。
自分よりも劣る肉体、爪も牙も持たない脆弱な存在だというのに……内側から溢れ出す異質は、ただただ異常にしか映らない。
絶対的な捕食者であるアラガミが、1人の人間に対して恐怖心を抱くなどありえない。
「っ、フィア!!」
ここでようやく我に返るジュリウス達。
最初にジュリウスがフィアの名を呼びながら駆け寄っていき、続いてナナもそれに続く。
しかし名を呼ばれてもフィアは反応を返すことはせず、無言のままアラガミへと視線を向けていた。
「フィア、ダメ!!」
声を放ったナナ自身、何が駄目なのかわからない。
けれどこのままフィアを戦わせては駄目だと、自身が訴えかけているのだ。
だが皆が駆け寄る前に、フィアは新種アラガミに向かっていってしまう。
まるで楽しむかのように、無邪気で空恐ろしい笑みを浮かべながら、彼は新種アラガミへと接近し………。
「――――!!?」
突如として立ち止まり、そのまま前のめりに倒れこんでしまった。
彼の突然の変化に驚愕する一同、しかしすぐさま我に返り倒れた彼の元へ。
その隙に、新種アラガミはこの場から離脱してしまうが…それを追う事はできなかった。
逃がすわけにもいかないが、今はフィアを安全な場所まで運ぶのが先決だからだ。
「ガアアアアァァァァッ!!!」
「っ、邪魔だよ!!」
「消えろ………!」
まだ残っていたヴァジュラの咆哮を聞き、ローザとギルがそちらに向かう。
その隙に、ジュリウスはフィアに駆け寄り彼を抱き起こした。
「フィア、しっかりしろ!!」
「………………」
目は開いている、だが瞳に生気は感じられない。
まるで精巧な人形のようになったフィアに、ジュリウスはもう一度彼の名を呼んだ。
「フィア!!!」
「…………………ジュリウス?」
「っ、フィア………」
声を発すると同時に、フィアの瞳に光が戻った。
……もう、先程の恐ろしさは微塵も感じられない、いつものフィアの雰囲気に戻っていた。
「……ボク、何してたの?」
「何………?」
「よく、覚えてない……でも、なんだか身体の奥から力を感じる。これ……“血の力”?」
「そうだ。だが今は何も考えずに休め」
「大丈夫……なんだか身体がだるいけど、気分はすっきりしてるから」
そう言って、しっかりとした足取りで立ち上がるフィア。
無理をするな…と言いたかったが、確かにフィアの様子におかしい所は見られない。
と――ヴァジュラの断末魔の声が響き渡り、向こうの戦闘も終わったようだ。
「フィア、大丈夫か!?」
「わっ……ギル、大丈夫だから落ち着いて……」
「とにかくフライアに戻るぞ。すぐにメディカルチェックを……」
「えっと、ギル………?」
ギルの迫力に圧され、ポカンとしてしまうフィア。
とにかく落ち着いてほしい、というか顔が近い……。
――その後、どうにかギルを宥め落ち着かせるのに十数分掛かったのは余談である
■
「―――成る程、彼は“呼び水”になる存在なのですね」
「呼び水?」
場所は変わり、ラケル博士の研究室。
フィアの治療が終わり、待望の“血の力”に目覚めた彼を検査し……ラケルは上記の言葉を口にする。
「彼の血の力は特殊なもののようですね、まさしく無限の可能性を秘めていると言っても過言ではないでしょう」
「無限の可能性とは……?」
「彼の血の力そのものが、他の者の潜在能力を呼び起こす……“喚起”能力を持っているようです」
「喚起………」
「フフ……とても素晴らしい能力です、もしかしたら…彼の力が強まれば、数多くの者が新たな力に目覚める可能性もあるかもしれませんね」
本当に素晴らしいと、ラケルは笑う。
ジュリウスもフィアの力に驚きつつ喜ぶが……内心ではあの時の事を考えていた。
――ラケルには、あの時のフィアの事を話してはいない
話してはいけないと何故か思い、それにフィアもその時の事を覚えていない以上、余計な混乱は避けたい。
だからジュリウスは他の皆にも今回の事を他言無用にするよう指示を出している。
「ですがジュリウス、あの子にはあまり無理をしないように言っておいてください。
あの子は素晴らしい力を持って生まれた子、こんな所で倒れていい子ではありません」
「……わかっている。たとえ何があってもあいつを死なせるわけにはいかないさ」
「もちろんあなたも、そして他のブラッド達もですよ? あなた達は、新たな神話の語り手なのですから。
そうそう……明日には、あの子も来ますので歓迎してあげてくださいね?」
「もう来るのか……予定より早かったな」
「ええ。あの子は少し固くなってしまうところがあるから、あなたとフィアがしっかりサポートしてあげるのですよ?」
「もちろんだ。それに……フィアならきっとあいつと仲良くやっていけるさ」
………それにしても、と。
ジュリウスは極東支部に戻っていったローザの言葉を思い出す。
「――フィアのこと、ちゃんと見ていた方がいいかもしれない」
あの言葉の意味は一体なんだったのか。
しかもあの物言いは、まるで「監視をしていろ」と言っているかのようにジュリウスには思えたのだった………。
――そして、翌日
「――本日から、極致化技術開発局配属になりました。“シエル・アランソン”と申します」
ラケル博士の研究所に集まったブラッド一同。
そこで彼等を待っていたのは、新たなブラッド隊員である1人の少女であった。
美しく整った顔立ちで、やや固い挨拶を交わすシエル。
ジュリウス以上に固い物言いと雰囲気に、ブラッド達はおもわず彼女をじっと見つめてしまう中で。
「よろしくね? シエル」
フィアだけはいつも通り、変わらぬ声でシエルにそう告げ右手を前に出す。
挨拶を兼ねての握手をしようとしているようだが…シエルは何故か驚き戸惑っていた。
彼女の反応に首を傾げるフィア、ただ握手をしようとしているのに何故戸惑いの表情を浮かべているのか。
「シエル、そう固くならなくても大丈夫ですよ?」
「………はい、ラケル先生」
助け舟を出すラケルに、シエルはばつの悪そうな表情を見せた。
そしておずおずと右手を差し出し、まるで壊れ物を扱うかのようにフィアの手を握り締めた。
明らかに警戒しているような彼女の反応に、フィアは困ってしまう。
「――これでブラッド候補生は全員揃った、今後はブラッドの戦術面を強化していくつもりだ。
それに伴い、副隊長を決めたいと思うのだが……………フィア、やってくれるか?」
「……………ボクが?」
「今までの立ち回りと早期に“血の力”に目覚めたお前ならば適任だと判断した。―――どうだ?」
「ボクは構わないけど………」
言いながら、フィアはナナ達3人へと視線を向ける。
「私は勿論賛成だよ! フィアなら副隊長に一番適任だと思う」
「そうだな。少なくともロミオよりはマシか……」
「うるさいな。その言葉そっくりそのまま返してやるって!」
「なんだと?」
「なんだよ!」
「……………」
睨み合うロミオとギル、間に挟まれたナナはあからさまに表情を歪ませ、こそこそとフィアの元に避難した。
「……フィア、大変かもしれないがよろしく頼む」
「うん……わかった」
「私もできるだけ力になるから、バンバン頼ってねフィア? あ、でも……戦術の事とか頭を使うのはちょっと……」
「ナナ……台無しだよ……」
「うぅ、だって~」
「フッ……。――シエル、隊の連携に不安が残る現状だが副隊長と共に頑張ってくれ」
「……………」
「シエル?」
「はい、了解しました。では副隊長、これから宜しくお願い致します」
「うん、こちらこそ」
「………あの、ところでそろそろ手を放してもよろしいですか?」
「ああ……うん」
握手を止め、シエルは握手をした右手を暫しじっと眺めてから、「では後程」と告げ部屋を出て行った。
「………なんだか、堅苦しい子だね」
「はっきり言ってやるな。シエルは一通りの軍事教育を経験しているのでその分野に関しては優秀なのだが……少々不器用でな」
「ジュリウスみたいだね」
「お前は……まあ、否定はできないか」
「でも大丈夫だよ。ここのみんなは優しい人達ばかりだから」
「そうだな……お前が居れば、大丈夫だろう」
……………。
「―――ジュリウス」
「シエル? どうしたんだ?」
シエルの挨拶が終わり、皆が解散して暫し経った後。
フライアのロビーを歩いていたジュリウスは、シエルに呼び止められた。
「あの……副隊長の事で少し」
「フィアがどうかしたのか?」
「はい。先程副隊長と今後の訓練内容を話し合っていたのですが……」
「……こんなギチギチに組まれたスケジュールじゃみんなが可哀想、とでも言われたのか?」
「えっ……どうしてわかったのですか?」
驚き目を見開くシエルに、ジュリウスは内心苦笑する。
おそらく彼女は、1日のスケジュールを細かく設定した資料をフィアに見せたのだろう。
軍事教育を施されたシエルにとっては当たり前の行動なのだが、フィアにとっては堅苦しいものだったと容易に想像できた。
別にシエルが間違っているというわけではないが……ブラッドには少々受け入れがたいものかもしれない。
「シエル、確かに隊の戦闘能力や統率力を向上させるのにお前の考案した訓練内容は正しい面もあるかもしれない。
だが訓練だけがそれらを向上させるものではないという事だ、特にこのブラッドではかえって逆効果になりえるかもしれん」
「………何故でしょうか?」
「それはここで共に戦っていけば分かる疑問だ。だが規律を守るためにお前の意見もちゃんと取り入れたいと思っている。
とにかく今は焦らずにゆっくりと前に進んでいけばいい、その上で訓練内容等の事を考えていけばいいさ」
「……………」
「? どうした?」
「いえ、ただ……ジュリウス、変わりましたね」
「変わった……?」
「はい。言葉に表現するのは困難なのですが……なんというか、前とは違うというか……すみません、上手く説明ができなくて」
「…………そうか、いや、気にしなくていい」
変わったと言われ、ジュリウスは思案する。
……確かに自分は前の自分に比べ少し変わったのかもしれない。
もしだとするならば、理由などすぐにわかる。
フィアと出会い、ブラッド達と戦っていき……ジュリウスの中に新たな感情が芽生えていた。
それはジュリウス自身にも上手く説明できないものだが、尊いものだという認識を持っている。
「シエル、フィアの傍に居てやってくれ」
「副隊長の傍に、ですか……?」
「そうだ。あいつは確かに素晴らしい才覚を持ってはいるが……誰かが支えてやらねば危うい面がある。
俺達ブラッド全員で、あいつの事を気に掛けてやらねばならないと思っている。だからシエルもできる限りあいつの傍に居てやってくれ」
「了解しました。任務を遂行します」
「………ああ、頼む」
相変わらずの物言いに、変わらないなとジュリウスは思った。
だがシエルもこのブラッドに居れば、きっと変わっていけると信じている。
――そしてそれは後にその通りのものになるのだが、まだ先の話である
To.Be.Continued...
ようやくブラッド全員が揃いました。
あー、そろそろ極東支部のみんなを書きたくなってきた……けど我慢我慢。