しかし、そんな彼等の元にあるアラガミが現れた……。
「っ、ナ―――」
完全なる不意打ち、準備も構えもできない中でいち早く反応したのはジュリウス。
ナナへと手を伸ばし、彼女を守ろうとするが……あまりにも遅すぎた。
間に合わないと思い知らされ、また狙われているナナも何も反応する事ができない。
致命的なまでの隙を、突如として現れた人型のアラガミが逃すことなどなく、手に持った大槍で彼女の身体を無慈悲に貫こうとして―――
「―――――」
「………間に合った」
代わりに、彼女を庇うように割って入ってきたフィアの左肩を貫いた。
大槍は完全に彼の左肩を貫き、切っ先からはポタポタと血が滴り落ちている。
耐え難い激痛が襲い掛かっているというのに、フィアはそのまま神機を持っている右手を振り上げ、アラガミに向かって振り下ろした。
しかし、フィアの反撃は当たらずそればかりか彼の肩に再び激痛が走る。
彼の肩を貫いていた大槍が無理矢理抜かれたのだ、血を噴出しながら貫通した穴が大きくなった。
「……………」
「え……えっ……?」
ここでようやく、ナナは自分がフィアに庇われた事を理解する。
それと同時に彼の肩に開いた風穴を見て、目を見開きながら身体を震わせた。
「フィア!!」
「大丈夫。それより……あのアラガミは」
駆け寄るジュリウスにそう告げながら、フィアはバックパックから液体の入った試験管を取り出し中身を一気に口に含んで飲み込んだ。
液体の正体は「回復錠・改」、完全ではないにしろこれで先程のダメージを治す事ができた。
けれど彼の左肩は先程と変わらず風穴が開いており、3人はその姿に戦慄する。
「フィア、お前は……」
「ジュリウス、撤退した方がいいかもしれない。あのアラガミ……“ヴァルキリー”だ」
「ヴァルキリー?」
「極東近辺で目撃されるようになった新種のアラガミ、人間のような姿形に手には大槍を握っているって特徴がある。まず間違いないよ」
しかし、目の前のアラガミはフィアの記憶にあるヴァルキリーとは少しだけ違っていた。
本来のヴァルキリーは身体の色が蒼色だったはず、だが目の前のヴァルキリーは白い。
変異種なのだろうか、とはいえ……たとえそうであったとしても、こちらが不利なのは変わらない。
「……フィア、お前は何故そこまで知っている?」
「そんな事より、このままじゃ全滅する。あのアラガミは接触禁忌種以上の強さを持っているらしいから」
「……………」
訊きたい事は、山ほどある。
だがジュリウスは一度思考を切り替え、この状況を打破する手段を模索する。
自分は皆を率いる隊長だ、部下を生き残らせるために常に最善の策を講じなくてはならない。
……しかし、彼の出した結論はフィアと同じく“撤退する”といったものであった。
現在の戦力では打倒するのは難しい、フィアの怪我も一刻も早く治さなくては命に関わる。
即座に判断を決めたジュリウスは、ヴァルキリーから視線を逸らさないまま3人に話しかけた。
「――撤退するぞ。俺が殿を勤める、お前達はアラガミがこちらに気を引いている内に撤退しろ」
「でもジュリウス―――」
「ロミオ、先輩としてフィアとナナをフライアまで連れて行け」
神機を持つ手に力を込めるジュリウス。
……ヴァルキリーの力に圧されているのか、ジュリウスの両手は僅かに震えていた。
(恐れているのか………?)
「――ジュリウス、ナナをお願い」
「なっ―――フィア!?」
ヴァルキリーに向かっていくのは、大怪我を負っている筈のフィア。
ジュリウスがすぐさま彼を呼ぶが、それを無視してヴァルキリーへと向かっていく。
向かってくるフィアに気づき、ヴァルキリーはその場で彼の頭部を貫こうと突きの一撃を放った。
風切り音を響かせるそれはただ速く、常人ならば何が起こっているのかもわからないまま命を奪われるだろう。
それを、フィアはゴッドイーターの優れた動体視力と反射神経で回避…したが、完全には避ける事ができなかったのか頬の肉が一部抉られてしまう。
そのまま間合いを詰め、至近距離からのチャージクラッシュでヴァルキリーを一刀両断しようと上段から振り下ろす。
「っ」
手ごたえは――皆無。
タイミングも攻撃スピードも申し分ない、だというのにフィアの一撃はヴァルキリーには届かなかった。
後方に逃げたヴァルキリーを追いかけるフィア、一方――ジュリウス達は傍観する事しかできないでいた。
「ジュリウス、早くアイツを助けないと………!」
「……いや、俺達はこのままヴァルキリーに隙ができるまで待つぞ」
「なんでだよ!?」
「今ここで斬りかかってもフィアの邪魔になる。俺とて何とかしてやりたいが……共倒れになる可能性がある以上、迂闊には仕掛けられん」
とはいえ――このまま悠長に眺めていれば、間違いなくフィアは死ぬ。
ヴァルキリーの攻撃は正確無比、確実に相手の命を奪おうと一撃一撃が強力なものだ。
それをある程度とはいえ弾くフィアも凄まじいが、所詮その程度では実力の差は埋まらない。
ヴァルキリーが一撃を放つ度に、彼の身体のどこかに傷が生まれていく。
しかしこのまま割って入っても打開策には繋がらない、ここはフィアを信じて待つしか道は―――
「―――ダメッ!!」
「っ、ナナ、待つんだ!!」
「ナナ!?」
ジュリウスの静止の声も聞かず、ナナは地を駆けヴァルキリーに向かっていく。
今の彼女は確実に命を削られていっているフィアを助ける事しか頭にない、冷静な判断をしろというのが無理な話だ。
とにかく相手に一撃を与えて彼を助ける、それだけを考えナナはブーストを仕掛けた。
「やあああああああああああっ!!!」
「ナナ?」
ヴァルキリーだけを見て、ナナはブーストをかけたハンマーを相手に叩き込む―――!
しかしそれはあまりにも単調な一撃、そんなものがヴァルキリーに通じるはずもなく呆気なく回避された。
そればかりか、攻撃を仕掛けた直後の隙を狙われ、ヴァルキリーの大槍が吸い込まれるかのようにナナの心臓へと向かっていき……。
「っっっ、捕まえ、た………」
「えっ………」
またしても、フィアが身を挺してナナを庇った。
今度は左手を翳し、彼女の盾になるように貫かれた。
先程と同じようにすぐさま抜き取ろうとヴァルキリーが動こうとして。
「捕まえたって、言ったでしょ?」
冷たく呟き、槍が左手から抜かれる前にフィアは神機の刀身をヴァルキリーの右肩へと食い込ませた。
深々と刀身がヴァルキリーにめり込み、鮮血が舞う。
だが致命傷には程遠い、せっかくのチャンスを逃すものかとフィアは更に神機を持つ手に力を込めた。
「っ、ぐ………!?」
腹部に衝撃、それと同時にフィアの身体がゴロゴロと地面に転がっていく。
蹴り飛ばされた、それを自覚しながら彼はすぐさま起き上がりもう一度ヴァルキリーへと向かおうとしたが。
「あっ!?」
「逃げる………!」
どこか、憎しみを込めたような視線をフィアに送ってから。
ヴァルキリーは大きく後方へと跳躍し、やがて廃墟の中へと消えていった………。
…………。
「―――――ふぅ」
「フィア!!」
「わっ………」
フィアが息を吐き出すのと、ナナが彼に詰め寄るのはほぼ同時であった。
キョトンとするフィア、一方ナナは悲痛の表情で彼を見つめていた。
「………ごめんね、フィア」
「? どうしてナナが謝るの?」
「どうしてって……だって私のせいでこんな大怪我………!」
「こんなの別に怪我の内に入らないよ、それにさっきナナが攻撃してくれたおかげで相手の動きを止められたし。むしろ感謝してる、ありがとうナナ」
「―――――」
その言葉を聞いて、ナナは固まってしまった。
皮肉でもなんでもない、フィアはただ純粋に本心から自分に感謝している。
怪我を負わせた原因である自分に、感謝しているのだ。
理解できない、彼は何故こんな………。
「――とにかくフライアに戻るぞ。お前の怪我は決して小さいものじゃない」
「そうだね。確かに小さくないかも」
「………お前、こんな怪我してんのにどうして平然としてられるんだよ」
「確かに痛いけど、“もう慣れちゃってるから大丈夫”」
「……………は?」
「……………」
喋るなと、少し強めの口調でフィアを黙らせるジュリウス。
言われた通り口を閉ざすフィア、ナナもロミオもこれ以上何も言うことはなかった。
だが――内心では彼に対し、若干の恐怖心を抱いていたのは言うまでもない……。
■
「――何故、あんな無茶をした?」
「無茶?」
フライアの医務室、そこには包帯を巻かれた痛々しい姿のフィアと、そんな彼を責めるような視線で見つめているジュリウスの姿があった。
彼が何故そんな視線を向けているのか、無論先程の命令無視の無茶な行動によるものである。
勝手にヴァルキリーに向かい、ナナを庇うためとはいえ致命傷になりうる庇い方をした事にジュリウスは厳しい表情を彼に向けていた。
だが、当のフィアは自分の行動の何が無茶なのか本当にわかっていないのか、キョトンとした表情を見せている。
「お前のおかげでナナは無事だった。だがあんな庇い方をしたせいでお前の身体に深刻なダメージが残ったんだ。
ゴッドイーターの強靭な身体に助けられていなければ、お前は今頃あの世行きだったんだぞ?」
「でも、ボクは死ななかったよ?」
「結果論だ。あのような無茶をしていい理由には当然繋がらん」
「ボクにとっては、無茶の内に入らないんだけど」
「…………………はぁ」
おもわず、大きなため息を吐き出してしまう。
これが本当に理解できない、あれが無茶でなければ一体何だというのか。
まあいい、いや本当はよくないが堂々巡りになるので一旦この話を止めにする事にした。
「フィア、お前はヴァルキリーというアラガミを知っていたようだが……その知識、一体何処で手に入れた?」
ラケルに聞いた所、確かにヴァルキリーというアラガミは存在している。
しかしその情報は極東支部にしか存在せず、ラケルもそういったアラガミが存在しているという事しか知らなかったそうだ。
だがフィアは詳細な情報を既に手に入れていた、その情報源は一体何処から来ているのか。
「ボクの父親……育ててくれた人が、教えてくれた」
「父親? お前の父親はフェンリルの関係者なのか?」
「昔はそうだったらしいよ。詳しくは知らないけどフェンリルに追われる事になったんだって」
「追われる……?」
彼の父親は犯罪者なのだろうか、一瞬だけジュリウスの脳裏にそんな考えが浮かぶ。
「お前の父親の名前は?」
「グリード・エグフィード。ボクに神機やアラガミの事を教えてくれた人」
「……つまり、お前のアラガミに対する広い知識はお前の父親が与えてくれたものなのか」
「うん。でも三ヶ月前に死んじゃった、元々そんなに身体が丈夫じゃなかったみたいだったから」
「………………」
違和感。
フィアの父親を話す時の口調が、あまりにも淡白だ。
まるで赤の他人を説明しているかのように淡々としており、父親が死んだというのに微塵も悲しみの色が見られない。
……やはり、この少年は普通ではない。
「……とにかく、今後あのような無茶はするな。いいな?」
「だから、あんなの無茶の内に入らない――」
「いいな?」
「………うん」
ジュリウスの気迫に、おもわずフィアは頷きを返してしまうが……。
「――でも、本当にあんなの無茶の内に入らないし。こんな程度じゃ死なないよ」
「いくらゴッドイーターだからといっても、不死身というわけではないんだぞ」
「それはわかってるけど。こんな程度で死ぬんなら………」
―――もう、とっくの昔に死んでるよ?
To.Be.Continued...
次回は多分戦いなしになると思います、ピクニック隊長との会話をもっと増やしたいので。
それに他のメンバーも早く出したいしなー……待ち遠しい。