無事任務を終え、初陣は成功を収めたのだが……突如として新たなアラガミが現れる。
その名は――ヴァルキリー。
「―――――っっっ」
思考を一瞬で切り替え、ローザは動く。
相手はアラガミ、倒すべき敵に対して驚きを抱く必要などない。
「っ、く―――!?」
「……………」
大振りによる横薙ぎの一撃。
不意打ちに等しい攻撃であったが、ローザの攻撃はヴァルキリーの槍によって受け止められる。
鍔迫り合いを続ける両者、筋力はどちらも互角であり膠着状態が続いたが――ヴァルキリーが大きく跳躍して後退した。
その一瞬後にヴァルキリーが居た場所に炎属性の弾丸が通り過ぎる。
ローザの援護とコウタが放った一撃であったが、読まれていたようだ。
「……相変わらず、素早いな」
「………ちょっと、拙いかな」
「大体なんでヴァルキリーが居るんだよ……」
「ヴァルキリーはアラガミだよ、あの時倒したとしても大気中に霧散したオラクル細胞がまた別のヴァルキリーを生み出す。
――けど、正直もう二度と会いたくなんかなかったな」
ヴァルキリーというアラガミは、ローザにとって捨て去りたい過去の汚点に等しい。
既に彼女は過去と決別している、しているが……それでも目の前の存在を忘れる事などできないでいた。
しかし今はそんな感傷に浸っている場合ではない、状況を考えると…こちらの不利である事は間違いないのだから。
ヴァルキリーは強力なアラガミだ、人間のような動きに加え他のアラガミとは比べものにならない速度で動き獲物を仕留める。
対するこちらには歴戦の神機使いであるコウタが居るものの、エリナとエミールはまだ新人の域でありヴァルキリーの動きについていくのは難しい。
理想的なのは2人を逃がしコウタと連携してヴァルキリーと戦う……なのだが、相手がそれを許すとは思えなかった。
「何あのアラガミ……あんなの見た事が……」
「ぬう……しかし新種のアラガミであろうと、騎士である以上逃げるわけにはいかない!」
「待って! 2人は下手に手を出さずに後方で待機してて!」
「っ、目の前のアラガミが居るのにそんな呑気な……」
「あのアラガミは本当に強いの、今の2人じゃ相手にならない!!」
「悪いけどローザの言う通りだ、あれに対抗できるのは正直ソーマクラスのヤツじゃないと。
俺だって1人じゃあのアラガミには勝てない、でも……ローザと2人でも勝てるか分からないんだ」
そう告げるコウタの顔には、冷や汗が伝っている。
彼の言っている事は正しい、幾らコウタとローザの二人がかりでもヴァルキリーを打倒するのは確率的に低い。
せめて後1人熟練の神機使いが居れば話は別だと思わずにはいられない、目の前のヴァルキリーという存在は接触禁忌種以上に凶悪なのだ。
コウタの様子を見て彼が大袈裟な事を言っているわけではないと理解し、エリナもエミールも反論する事を止めた。
――そうこうしている内に、ヴァルキリーが再び迫る
「コウタお兄ちゃん、援護お願い!!」
「わかった!!」
言った瞬間ローザは地を蹴り、コウタも神機をヴァルキリーに向ける。
すかさず放ったのはレーザー型の銃撃、先程よりも速いその一撃は確実にヴァルキリーの頭部目掛けて放たれた。
それをヴァルキリーは槍を振るって弾き飛ばしながら走り――ローザに向かって突きの一撃を繰り出す。
「――――っ」
脇腹を貫こうという意図が込められた一撃を、ローザはなるべく必要最小限の動きで回避。
しかしその一撃の重さは凄まじく、風圧だけでローザの脇腹付近の衣服が切り裂かれ肌に裂傷を生ませた。
痛みが走るがそれには構わず、ローザはカウンターの突きを最高のタイミングで解き放った。
間合いは最適、文句などあるはずのない一撃は正しくヴァルキリーの右肩を捉え――その肉体を貫く。
「っ、撃ち貫いて―――!!」
すかさずスピアをチャージ、神機の一部が展開しローザはしっかりと両足に力を込めた。
そこから放たれる追撃の一撃は、無理矢理繊維を引き千切るような音を響かせながらヴァルキリーの右腕を見事撃ち貫く―――!
同時に相手の獲物である大槍も離れた、ローザは追撃…はせずに後退しヴァルキリーから距離を離す。
そのタイミングに合わせ、コウタはヴァルキリーの頭部と右足に追撃の銃撃を浴びせていく。
おもわず肩膝をつくヴァルキリーを見て、ローザは一気に勝負を決めようと地を蹴りながら再びスピアにチャージを込めていった。
「これで―――終わりよ!!」
頭部を粉砕しようと、トドメの一撃になるよう願いを込めローザはチャージした剛撃を繰り出す。
ヴァルキリーは動けない、それを見てその場に居た誰もが次の一撃は決まると確信した瞬間。
――ヴァルキリーの口元に、歪んだ笑みが浮かんだ
「っ、ぐぅ―――!?」
「ローザ!?」
「ローザ先輩!?」
驚愕がローザを襲い、それと同時に腹部から激痛が走る。
吹き飛ばされ地面に転がりながらも、ローザは確かに見た。
自分に向かって蹴りを放ったヴァルキリーが、引き千切れた自分の腕に向かっている光景を。
「くそ………!」
コウタが連続で銃撃を放つが、まるで見えているかのように全て回避していくヴァルキリー。
そして千切れた自分の右腕を左手で掴み上げ――なんと、それをコウタに向かって投擲した。
「なっ―――ぐぁっ!?」
予期せぬ一撃に反応できず、まともにそれを受けコウタの身体が壁に叩きつけられる。
投擲された右腕の破壊力はまるで鋼鉄の塊を投げられたかのような威力を誇り、コウタの身体にダメージを与え動きを止めるのには充分過ぎた。
意識こそ奪われなかったものの、思考は白濁し満足に立つ事すらできずズルズルとその場に座り込んでしまうコウタ。
その隙にヴァルキリーは投擲しなかった大槍を左腕で掴み、ローザへと向かっていく。
「この―――っ!!」
怒りの表情を露にしながら、ローザは向かってくるヴァルキリーに突きを放つ。
それを弾き、カウンターの一撃を叩き込むヴァルキリー。
どうにかその一撃に反応し防ぐものの、このままでは負けるとローザは当たり前のように理解した。
(やっぱり強い……お兄ちゃんもお姉ちゃんも、よくこんなのと戦って………!)
改めて兄と姉の偉大さに戦慄しつつ、ローザは再びヴァルキリーに向かっていこうとして。
「はあああああああっ!!!」
「ぬううううううんっ!!!」
一足先にヴァルキリーに向かっていく、エリナとエミールの姿を視界に捉えた。
真横からの攻撃を、ヴァルキリーは事も無げに避け後ろへと跳躍。
「くっ………速い」
「ぬう……なんという速さだ」
「ちょ、ちょっと2人とも! 後方に居てって言ったでしょう!?」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ! このままだと全滅しちゃいます!!」
「僕らとてゴッドイーター、そして騎士である以上敵に背を向けるわけにはいかない!!」
「そうだけど、コイツは―――」
ローザがいい終わるより早く、ヴァルキリーが2人に狙いを定める。
数メートルという距離を一瞬で詰め、まるで嵐のような突きの連続攻撃を放つヴァルキリー。
どうにか装甲を展開する事に成功する2人だが、その攻撃に少しずつ後退させられていってしまう。
それだけではなく、早くも2人の装甲が悲鳴を上げ始めいつ瓦解が始まるかわからない。
(どうすれば……どうすればいいの!?)
コウタはダウン、まだ数分は起き上がれない。
エリナとエミールは辛うじて防御できているものの、このままでは装甲を破壊され身体に風穴を開けられてしまう事は必至。
しかしローザとエリナ達新人2人ではヴァルキリーを打倒するのは不可能。
まさしく絶体絶命だ、こうなれば自分が殿となって2人にはコウタを連れて逃げてもらうしか………。
「――――こっちだ!!」
突如として場に響く男の声。
おもわず全員が、あのヴァルキリーすら視線を声のした方へと向ける。
瞬間、ヴァルキリーに向かって放たれる四発の銃撃。
見事な奇襲、しかしヴァルキリーは異常とも言える反射神経でそれを回避してしまった。
「………さすがに、強いね」
「エ、エリックお兄ちゃん!?」
「お兄ちゃん!?」
「エリック!?」
先程の声の主――エリックの登場にローザ達は揃って驚きの表情と声を見せる。
攻撃された事が腹立たしいのか、ヴァルキリーは標的をエリックへと変更し向かっていく。
しかしエリックは後退する事も攻撃する事もせず、その場に立ったままヴァルキリーを睨んでいた。
「お兄ちゃん、危ない!!」
悲痛な声でエリナが叫ぶが、それでもエリックは動かず。
――ヴァルキリーの槍が、エリック目掛けて放たれた瞬間
――突如として、ヴァルキリーの身体が金縛りに遭ったかのように動かなくなった
「っ、ホールドトラップ!?」
「ソーマ、今だ!!!」
エリックが叫ぶ、それと同時に近くの廃墟から飛び出す影が。
影の正体はソーマ、両手でしっかりと神機を持ちながらヴァルキリーに向かって駆けていく。
ホールド状態になったヴァルキリーはまだ動けない、今度こそ決まったと誰もが確信したが―――
「キ―――キャアァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
耳を塞ぎたくなるような金切り声を上げ、ヴァルキリーは無理矢理ホールドトラップを破壊してしまった。
それにより自由を取り戻し、間一髪の所でソーマの渾身の一撃を回避してしまう。
「そんなバカな………!?」
「何だと……!?」
これにはソーマもエリックも、驚く事しかできない。
完璧な作戦だった、わざと囮になりヴァルキリーの注意を引きつつ動きを止め、ソーマがトドメを刺す。
絶対に決まるはずであった攻撃を回避され、2人は追撃すら忘れてしまうほどの衝撃を受けたが。
「――エリナちゃん!!」
「はい!!!」
――まだ、勝負が決まったわけではなかった
同時にチャージを始めるローザとエリナ、神機が輝きを見せ始め力を蓄えていく。
それに気づき、ヴァルキリーは大槍を2人に向かって投擲しようとするが。
「―――騎士道ぉぉぉぉぉっ!!!」
「――――――!!!?」
いつの間に接近していたのか、自分より上空に居るエミールの一撃を受け、そのまま地面へと叩きつけられてしまった。
『――――チャンス!!』
地を駆け、地面に叩きつけられたヴァルキリーに向かっていく2人。
(お願い……力を貸して………!)
願う事はただ一つ、心の底からエリナは自らの神機にそう願い駆け抜ける。
すると――その言葉が届いたかのように、エリナの神機がより一層の輝きを見せて。
『――――いっけええええぇぇぇぇぇぇっ!!!』
2人は力を解き放ち、光の矢となってヴァルキリーに吶喊する―――!
神機の刀身はしっかりとヴァルキリーの肉体を捉え……けれど貫けない。
まだパワーが足りないのか、後もう少しで届くというのに何故―――
「うぅぅぅぅぅぅ………わああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「貫いて……撃ち貫いてええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
裂帛の気合を込めた叫びを上げ、神機に更なる力を与えていく2人。
そして、スピアの切っ先が少しずつヴァルキリーの身体を貫いていき……。
■
「……すー…すー……」
「……よく寝てるね」
「静かにしてよう。疲れるのも当然さ」
ヘリの中で、エリナは壁に背を預け寝入ってしまっている。
だが無理もない、初めての実戦の中であれだけの戦いの経験したのだ、その疲労は計り知れないだろう。
「しっかし……すげえなエリナ、あのヴァルキリーを討伐しちまったよ……」
「さすが僕の妹だね…と言いたい所だけど、ローザに助けてもらったからこそだよ」
「そんな事ないよエリックお兄ちゃん、それにみんなが協力したから討伐できたんだよ!」
「エミールも凄かったじゃないか」
「ま、まあね……騎士である僕が、に、逃げるわけにはいかないさ……」
そう告げるエミールの足は、震えていた。
今頃戦闘による緊張感が押し寄せてきたのか、しかし平静を装うとしているのはさすがと言うべきか。
……ちっとも装っていないのは、本人の名誉の為に黙っておく事にしよう。
「けど助かったあ……2人が来てくれなかったら多分全滅してたよ……」
「ソーマがあのアラガミの気配に気づいてくれてね、礼なら彼に言ってくれ」
「瞬時にあの作戦を思いついたのはお前だろ」
「へえ……エリックさんってリーダーに向いてるかもしれませんね」
「よしてくれ。ただ必死だっただけでまぐれのようなものさ」
褒められるのが恥ずかしいのか、エリックはそう言って視線を逸らしてしまう。
その光景に思わず笑みが零れる一同、その中で……ローザはふと外へと視線を向けた。
荒廃した街の残骸が広がる景色、アラガミによって破壊されたそこはただ悲しみが広がっている。
(強くならなきゃ……もっと、強くならないと……)
守れなかった、先輩として新人2人を守れなかった。
これではいけない、もっと強くならなければならないとローザは何度も自分に言い聞かせる。
そんな彼女の肩を、エリックは優しく何度か叩く。
「ローザ、気負いすぎちゃ駄目だってコウタにも言ったんだろう?」
「エリックお兄ちゃん……」
「僕達は同じ第一部隊の仲間なんだ、1人が強くなるんじゃなくてみんなが強くならないと駄目だ。
僕達は「人類最後の砦」と呼ばれるゴッドイーターだからね、“みんな”で戦って守っていかないと」
「………うん。ありがとう、エリックお兄ちゃん」
可憐な微笑みを見せるローザ、そんな彼女にエリックも優しい笑みを返す。
「……エリックさん、まずはカズキを攻略しないとローザはモノにできませんよ?」
「あのね……君が何を言っているのかよくわからないんだけど?」
「だってエリックさん、なんかローザには甘いっていうか……ぶっちゃけ、惚れてません?」
「失礼な。僕は誰に対しても優しいと思うけど?」
「そーかなー? そうは言ってるけど本当は……」
「コウタ、一応先輩である僕をからかうとはいい度胸だね?」
「………お前ら、うるせえぞ」
「ふふっ……」
和やかな空気がヘリの中を漂い、ローザは自然と笑い声を出してしまった。
……みんなで強くなる、先程エリックが言った言葉を心の中で反復させる。
(そうだね、気負わないようにしないと)
自分は1人ではない、共に戦う仲間が居るのだ。
それを決して忘れないようにしよう、ローザは心からそう誓ったのだった―――
「で、本当の所はどうなんです?」
「うるさいな。大体どうして君に言わないといけないんだ?」
「否定しませんでしたね? ということは―――ごふっ!?」
「いい加減にしろよコウタ、いまいには殴るぞ?」
「もう殴ってんじゃん!!!」
To.Be.Continued...
次回はシオとラウエル話を予定してます、だってまだ全然出番がないし。
そしてそれが終わればいよいよ第3部本編……にする予定です。