そんな中、再びネモス・ディアナにアラガミ達が現れ迎撃しようと戦いに身を投じていくのであったが……。
二年前に出会ってしまった存在が、遂にカズキの前に姿を現してしまった。
「っ、が………!?」
「命中ー♪」
突如としてカズキを襲う凄まじい衝撃。
アラガミ化を果たし強靭な肉体を持っているカズキですら、一瞬意識が刈り取られたかのような破壊力を持った一撃。
それを放った存在は、血と断末魔が飛び交う戦場には似つかわしくないほどに幼く純粋な笑みを浮かべており。
カズキは塔に向かって吹き飛びながら、その存在が…二度と会いたくなかったヤツだと認識した。
「もう一撃、いっくぞー」
「っ、こい、つ………!!」
ヤツが向かってくる。
二撃目は受けられないと、カズキは空中で体勢を立て直しつつヤツ――灰色の髪と瞳を持った少女を迎え撃った。
充分な力は入らないものの、それでも強力な斬撃をカズキは向かってくる灰少女へと解き放ち。
「カズキ、もしかして弱くなった?」
「ご、っ―――!?」
灰少女は彼の一撃をあっさりと回避し、先程よりも更に重く速い蹴りの一撃をカズキの腹部に叩き込む。
息を強引に吐き出し、意識を混濁させながらカズキは更に吹き飛ばされ――窓ガラスを割りながら塔の一室へと入り込んだ。
「ぐ、が、ぁ………!?」
腹部を押さえ、苦悶の表情を浮かべるカズキ。
たった二撃、たった二撃の蹴りを受けただけでカズキは一時的な戦闘不能へと陥っていた。
激しく咳き込みながら、カズキはどうにか滲む視界で現状を見やる。
吹き飛ばされた先は飾り気のない拾い部屋、近くには机と……こちらを見て驚愕している那智の姿があった。
立ち上がろうとするカズキであったが、先程のダメージが大きく身体をくの字に曲げる事しかできない。
――そして、状況は更に悪化する事になる
「―――――!?」
割れた窓から入ってくる存在、その名はザイゴート。
二体のアラガミが、力なき者達を蹂躙しようと部屋へ侵入してきてしまった。
(拙い………!)
迎え撃たなければならないが、先程も言ったようにカズキの身体はまだ満足に動いてくれない。
那智も突然のアラガミの出現に何もできず、ズルズルと机に背を預けたままその場に座り込んでしまった。
これでは逃げられない、万事休すの状況の中――突然、ザイゴートの一体の身体に風穴が空く。
「えっ……!?」
視線を部屋の入口へと向けると、そこに居たのは……。
「き、きゅー………」
「君は………!」
あの戦いの後、どこかへと姿を消していた獣娘であった。
銃形態の神機を構えながらも、その姿は今にも倒れてしまいそうなほど弱々しい。
息は大きく乱れており、先程の攻撃もどうにか放ったものだったのだろう。
「キャアアアアアアアアアッ!!!」
「きゅ………!?」
もう一体のザイゴートに弾き飛ばされ、那智の隣へと転がっていく獣娘。
更にザイゴートは口を大きく開き、そのまま2人を捕喰しようと向かっていく。
「くっ………!?」
カズキはまだ動けない、那智も同様であり獣娘も神機を手放してしまった。
最悪の未来がカズキの脳裏に浮かび上がり、しかし――その未来が訪れる事はなかった。
「――目ぇ、つぶれ!!!」
響く男性の怒声、瞬間――部屋全体に視界が真白に染まるほどの光が解き放たれた。
これはスタングレネードの光だ、顔を逸らしながらカズキはそう理解する。
やがて光が収まっていき……ザイゴートの姿は消え、代わりに天井の一角には大穴が開いていた。
そこから聞こえてくる戦闘音、どうやらザイゴートはスタングレネードの光から逃れるために天井を貫いて上の階に行ったようだ。
「大丈夫ですか!?」
「っ、アリサ、こっちは大丈夫だ!!」
「カズキ……!? どうしてそこに――きゃあ!?」
「アリサ!?」
「大丈夫です。こっちはどうにか対処しますから!!」
それを最後に、アリサの声が聞こえてなくなった。
複数のアラガミと同時戦闘を行っているようだ、さすがの彼女も悠長に話している余裕は無いらしい。
……ようやく身体が動くようになってきた、倦怠な動きながらもカズキはどうにか神機を拾いながら立ち上がり。
「――馬鹿野郎!!!!」
先程よりも更に大きな怒声が、部屋全体に響き渡った。
そこでようやくカズキの視界が、スタングレネードを放ったくれた男性が八雲だと認識する。
「なんでいつまでもこんな所に居るんだ那智!! お前がこの子を殺すところだったんだぞ!?
技術屋のくせにスタングレネードの一つも持ってねえのかお前は!!」
「―――フン、相変わらず無駄なお節介が好きな男だ。私に構う必要など――」
立ち上がろうとする那智、だが……腰を抜かしたのか再び座り込んでしまった。
「……お前さんも、無理してまで誰かの為に…なんて事はやめようぜ?」
「きゅう………」
「カズキくんも、大丈夫か?」
「え、ええ……すみません八雲さん、助かりました」
「――相変わらず、達者な口だな」
「………ああ?」
「そうやって極東支部の神機使いも手懐けた訳か、私はてっきり隠居したかと思ったんだがね。
フェンリルに恩を売って一体何がしたいのか是非お聞かせ願いたいものだ」
「……那智よお。お前いくつになったんだ? その“やられたらやり返す”っての、いい加減やめられないのか?」
「――――――は?」
「っ、みんな、急いでここを離れるんだ!!」
カズキが叫ぶ、その表情には確かな焦りの色が見えていた。
……もうすぐこの場所にアレがやってくる、そうなれば八雲達を守る事は難しくなる。
アレは二年前よりも更に強くなっている、今の自分では勝てるかわからないと思っているからこそ、カズキは全員にこの場を離れるよう進言して。
「あんたは……あんたは昔からそうだ!!!」
突如として、那智の初めて聞く怒声が響き渡った。
全員の視線が、那智に注がれる。
「ゴッドイーター達に居場所を奪われても、母さんがアラガミに喰われても!!
フェンリルのせいで居場所が奪われても、何一つ守ることなんかできずに全部諦めたアンタが、今更俺に何を言うんだ!!!」
「……………」
それは、悲しみと怒りが込められた叫びであった。
カズキには、八雲と那智の間にどんな確執があるのかはわからない。
わからないが、今の言葉を聞いて…少しだけ、この2人という存在を理解できたと思った。
同じなのだ、この2人は。
同じ悲しみや苦しみを抱き、けれど進む道を違えてしまった。
守れない悔しさ、苦しさ、悲しみを背負って生きているのだと…カズキには痛いほど理解できた。
「………そう、だな。俺はなんにも守れなかったな」
力なく呟き、八雲はその場で横になる。
そこで土煙が晴れ、カズキは八雲の身体を見る事ができるようになったのだが……。
「でもよ那智、お前は違うだろ……? 俺とは頭のデキがよ……だから、だからよ…その頭でたくさん守ってやれよ。
げほっ、ごほっ! ……ふぅ。その為にお前……あんな汚ねえ机にかじりついてたんだろうがよ……」
「…………ぁ」
「……これ以上年寄りの戯言に付き合ってはいられん、だいたいあの机はアンタが……」
立ち上がる那智、そして改めて八雲へと視線を向け…その瞳を限界まで見開かせた。
そしてそれはカズキも同じ、まるで自分達の見ている光景を信じたくないように…瞬き一つせずに立ち尽くしてしまっていた。
と、天井が破壊され……上からアラガミが落ちてくる。
そのアラガミはサリエルと呼ばれる種であり、地面に落ちた時には既に事切れていた。
「―――もう一息ぃっ!!!」
サリエルの身体から飛び出す一人の少女、アリサは尚も向かってくる他のアラガミに向けてそう叫んだ。
その中でも、カズキは動けずに八雲へと視線を向け続けている。
だって仕方ないではないか、何故なら―――
「………見ろよ那智。たとえ隣に居るヤツがどんなヤツだろうと、手を伸ばせば届くしよ…背中だって、預けられる…だ、ろ………?」
「……………………………父さん?」
――何故なら、八雲の身体の左半分が“無くなっている”のだから。
彼の周りは血で真っ赤に染まっており、見るだけで…もう手遅れだと理解してしまった。
それがわかるから、那智もその場で固まってしまっている。
……もう八雲という存在は二度と目覚めない、その口がもう動く事すらないのだ。
「…………なん、で」
「きゅう………」
「なんで、こんな………」
非情な現実、認めたくない結果がカズキに襲い掛かる。
守る事ができなかったと自分自身に責められ、何もできなかったと無力さを思い知らされる。
怒りが、憎しみが、悲しみが彼の身体を駆け巡っていき。
「―――ちょっと飛ばしすぎちゃったかな?」
この地獄を作り出したであろう存在が、姿を現した。
「っ、あなたは………!」
最後のアラガミを倒したアリサが、灰少女に気づき二年前の記憶を呼び起こした。
恐怖が彼女を襲うが、それを無視して神機を構え灰少女を睨む。
しかしソレはアリサには目もくれず、ゆっくりとカズキへと近づいていく。
「さあカズキ、ボクが…ワタシが…我が、君を食べてあげるよ」
「させない………!」
アリサが走る、灰少女に向かって間合いを詰め上段から神機を振り下ろして。
「はいはい、君はメインディッシュの後に食べてあげるから」
「なっ!? うぐ………!?」
呆気なく神機を掴み、カウンターの一撃を放ってアリサを壁に叩きつけた。
ズルズルと地面に落ちていくアリサ、そんな彼女には構わずソレはゆっくりとした足取りでカズキへと近づいていく。
「ずっと待ってたんだ。あの時よりもっと美味しそうになってるね……」
「……………」
カズキは答えない。
顔を俯かせ、何かを懸命に耐えているかのように不動であった。
灰少女がカズキに近づいていく、だが……彼を守るように獣娘が立ち塞がる。
「………………」
「きゅ、きゅうう………!」
怯えを隠す事もできず、虚勢を張りながら懸命にソレを睨む獣娘。
その姿のなんと滑稽な事か、灰少女は口元に嘲笑するような笑みを浮かべながらも…僅かに怒りの色を滲ませる。
とるに足らない、少し力を込めればすぐに殺せるような存在に抵抗される。
その事実は灰少女にとって屈辱であり、もはや獣娘に対し一片の情も抱く事はなかった。
「………雑魚とはいえ同類だから生かしておいたのに、邪魔するなら話は別だよ」
「っ」
「消えなよ。今すぐに……我の、ボクの、ワタシの前から………消えうせろ!!!」
激情が力となったかのように、灰少女の背後に………禍々しく巨大な漆黒の尻尾が生まれる。
見るだけで神経を削られそうな力を持った尻尾が怪しく光り、獣娘へと向かって幾重ものレーザーが降り注いだ。
防ぐ術などあるわけがない、その一撃はたとえどんなアラガミであろうと容易く貫通させる威力を持っているのだから。
しかし――そのレーザーが獣娘の命を奪う事はなく。
「―――んだ、お前は」
「――――――」
「何なんだお前はーーーーーーっ!!!!」
神機を握りしめ、普段は見せない憤怒に満ち溢れた表情を浮かべたカズキが、獣娘に迫るレーザーを全て切り裂いた。
その事実に、灰少女は驚愕を隠せない。
本気の一撃ではなかった、とはいえ……こうも呆気なく防がれるとも思っていなかった。
……ある仮説が灰少女の脳裏に浮かぶが、そんな事はありえないと即座に否定する。
「どうしてだ……どうしてこんな事を平然とやってのける!?」
「? こんな事って?」
「ただ平和に暮らしたいだけなんだ、ただそれだけなのに……なんでそのささやかな幸せすら奪おうとするんだ!!!」
「………そんなの、邪魔だからに決まってるよ? 変なカズキ、邪魔なものほど鬱陶しいものはないのに、みんなみんな消し去れば済む話でしょ?」
まるでこの世の真理を説いているかのように、灰少女は抑揚のない口調でそう言い放つ。
それを聞いた瞬間、カズキの中で生まれた憎しみがより一層強くなった。
絶対に許さない、許すわけにはいかない。
目の前の存在のせいで多くの罪なき人々の命が奪われた、無慈悲に、無意味に奪われたのだ。
「そんな事どうだっていいよ。だって……どうせ今からカズキは食べられちゃうんだからさ」
「……………」
「二年も待ったんだよ? カズキがより一層美味しくなるように、ずっと待ってたんだ。
だからもう我慢なんかしてやらない、邪魔するヤツは誰であろうとみんなみんな消し去ってやるだけ。
さあカズキ……ボクと、我と、ワタシと……一つになろうか?」
カズキの前に立ち、灰少女は手を伸ばす。
ようやく待ち望んだものがすぐそこまで迫っている、隠し切れない笑みを浮かべながら……何故か、灰少女は突如として動きを止めた。
もう自分を邪魔する者は居ない、獣娘やアリサが睨みつけているが何もしていないのと同じだ。
ならば止まる必要などない、だというのに何故。
――何故自分は、カズキに対して警戒心を抱いている?
「―――命は、命に代わりなんかないんだ」
「…………?」
「この世にたった一つしかない大切なものなんだ、それを……こうも簡単に奪う事は許されない事なんだ」
「だから?」
「お前は……許されない事をしてる、そしてこれからも無慈悲に人の命を奪っていく。
そんな事はさせられない、だからたとえ何があったとしても――お前はここで必ず倒す!!!」
立ち上がり、キッと灰少女を睨むカズキ。
何も変わっていない、目の前の彼は先程と変わらないとわかっているのに……灰少女から先程の余裕は消え去っていた。
否、変わっていないわけではない。
(………まさか、まさか!?)
先程の仮説が現実味を帯びていく。
そんな馬鹿な、ありえないと思っても即座に自分自身に否定される。
(そんな……この状況で、もう限界だと思ってたのに……“まだ進化してる”!?)
もうカズキはあれ以上強くなる事などありえない。
だから喰らおうとした、極上にまで旨みが増した彼を自分のモノにしようとしたのだ。
だが灰少女の予想を裏切り、カズキは更なる進化を果たしていく。
「お前は絶対に許さない……許さないぞ!!」
「…………ふふ、あははははっ!! いいよカズキ……もっと強くなって美味しく成長して!!」
「黙れ!!」
地を蹴り、灰少女に向けて上段から神機を振り下ろすカズキ。
それを受け止め…る事はできず、灰少女は横に跳んで回避した。
今の彼の攻撃はまともに受ける事はできない、進化を果たしまた強くなったからだ。
だがそれでも自分には勝てない、自分の勝利は揺るがないと思う灰少女であったが。
――カズキの進化は、想像以上のものだったと思い知ることになる
「おおおおおおあああああああああ………!」
「…………?」
雄叫びを上げるカズキに、灰少女は怪訝な表情を浮かべる。
それと同時に気づいた、彼の体内のオラクル細胞の一部が……神機の刀身に集まっている事に。
「消えろ、今ここで!!」
「――――っ」
ここで初めて、灰少女の表情に焦りの色が浮かぶ。
拙い、ここで確実にカズキの命を奪わないとならないと当たり前のように理解して、灰少女は全力で彼へと向かっていった。
……今のカズキの進化を止めなくては、いつか必ず自分の命を奪い尽くす領域まで辿り着いてしまうと確信し。
――刹那、灰少女の右腕が文字通り“消え去ってしまった”
「――――――」
一体何が起きたのか。
カズキの命を奪おうと迫った時には、彼の神機の刀身が光り輝き始めていた。
それにも構わず灰少女はカズキに向かっていき、彼女が攻撃する前にカズキは神機を振り下ろす。
しかし当たらない、巨大な刀身を持つ神機だとしてもまだ互いの距離は数メートル離れていたのだから。
そう、当たる筈がなかったというのに……その瞬間、刀身が伸びたのだ。
いや、伸びたという表現は適切ではない。
刀身に宿った光が剣に変わり、光の剣となって灰少女の右腕を消し飛ばした。
更にその余波は灰少女の背後の壁を縦一文字に切り裂き、それだけに留まらず十数メートル下の地面に亀裂を走らせる程。
凄まじい異常というより異端と呼べる破壊力、まさしく全てを無に還す光の剣であった。
「くっ――――!?」
もはや灰少女に残された道は、無様に逃げる事のみ。
彼を喰らう事もできず、逆に追い詰められ激しく自尊心を傷つけられながらも、死にたくない一心で塔から飛び降り逃走を図る。
「待て――――っ!?」
無論逃がさないとカズキもその後を追おうとして――そのまま地面に倒れこんでしまった。
ふがいない自分を叱咤しながらも立ち上がろうとするが、まるで神経が通っていないかのように身体が動いてくれない。
そればかりか、急速に意識も薄れていっている。
「く、そ……逃がす、わけ…に、は……」
必死に手を伸ばすが、既に彼の意識は殆ど残っておらず。
そのまま彼は、死んだように眠りに就いてしまった………。
To.Be.Continued...
次回でネモス・ディアナ編は終了です、なのでおそらく次回は今回の半分ぐらいの短いお話になるかと。