態度に難があるものの、カズキは彼女と仲良くなろうとしていた。
それが、妹と重ねている事を自覚しながら……。
「いやー、楽勝だったよな」
「よく言うよ……結構危なかったじゃないか……」
意気揚々といった様子のコウタとは対照的に、カズキは疲れたようにため息をついていた。
今回はコンゴウとシユウを一体ずつ、そしてオウガテイルにサイゴートを四体ずつ討伐してきた。
コウタと2人だけだったので、基本的に囮はカズキの役目であったため、コウタと比べ彼の疲労は言うまでもなく。
「悪い悪い、まあ生き残れたんならいいじゃん」
「…………」
軽い口調でそう言われ、さすがのカズキもジト目で睨む。
と。
「おいコラ、お前いい加減にしろよ!!」
「………?」
受付付近から、何やら怒声が聞こえてきた。
コウタと一度顔を見合わせた後、2人は声の聞こえた方へと足を運ぶ。
そこに居たのは……。
「……アリサちゃん?」
憮然とした態度のアリサと、そんな彼女を睨んでいる1人の少年。
黄緑色のパーカーにハーフパンツ、斜めにかぶった帽子が特徴的なこの少年は、防衛班の1人である小川シュン。
その彼とアリサが、どうやら揉めているようだ。
「なんだよ……またアリサ絡みか」
相手がアリサだとわかり、途端に興味を無くしたような呟きを漏らすコウタ。
だが仕方ない、アリサがこの極東支部に来て既に10日が経つが、こうして度々他の神機使いと言い争いになる光景を目にしてきたのだから。
新型故にプライドが高いアリサは、偉そうな言動が目立ち、他の神機使いと折り合いが悪い。
現に、居住区の防衛が主な任務の防衛班の面々とは、特にだ。
「オレを邪魔扱いしやがって……何様のつもりだ!!」
「邪魔だから邪魔だと言っただけです、実際あのまま先行してたらやられてましたよ。その自覚もないんですか?」
「何だと………!」
拳を握りしめるシュン、なにやら不穏そうな空気になってきたので、カズキは2人の間に割って入った。
「っ、何だよ新型。邪魔しようってのか?」
「シュンさん、一体どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもねえよ!! こいつがまた邪魔をしやがったんだ!!」
言いながら、アリサを指差すシュン。
「邪魔って?」
「オレが倒そうと思ってたアラガミを、「邪魔です」なんて言いながら遠距離から銃撃で倒しやがったんだ!!
しかも、オレが居るってわかってるのに撃ちやがって!!」
「邪魔だから邪魔だと言ったんですよって言いませんでしたか?
大体、動きに無駄があり過ぎるんです、何度か危なかった部分があるくせに、偉そうな事を言わないでください」
(………うわぁ)
ズケズケと、何の迷いもなくシュンを貶すアリサ。
これにはカズキも顔を引きつらせ、おもわずアリサへと視線を向けてしまった。
「こいつ………!」
拳を握りしめるシュン、そのままアリサへと振り上げようとして。
「何をしている!!」
おもわず萎縮してしまいそうな厳しい声を放つツバキによって、シュンは動きを止めた。
「チッ、おい新型!! テメェちゃんとこいつの手綱を引いとけ!! 迷惑するのはこっちなんだからな!!」
何故かカズキを責め、シュンはツバキが来る前にその場を離れてしまった。
「………アリサ、カズキ、何があった?」
「いえ、なんでもありません。失礼します」
そう言って、アリサも行ってしまい……残されたのはカズキとツバキのみ。
コウタは既に少し離れた場所に避難している、ツバキが苦手なのはわかるが……薄情な男である。
「………カズキ、説明しろ」
「あ、その……アリサちゃんとシュンさんが任務先での事で言い争いをしてたみたいでして……」
「………はぁ、またか」
カズキの言葉に、疲れたようなため息をつくツバキ。
無理もない、もうこんなやりとりは一度や二度ではないのだから。
「……カズキもすまんな、ワタシも注意はしているのだが……」
「いえ、僕はいいんですけど……」
防衛班の小川シュンとカレル・シュナイダー(どちらも性格に難がある人物であるが)と幾度となくいざこざを起こしてきたアリサ。
初めのうちは放っておいたが、そろそろさすがに大事になりそうだ。
なにより、「同じ新型だから」というよくわからない理由で、2人に文句を言われるのはたまったものではない。
「ちょっと、アリサちゃんと話してみます」
「頼む。……それにしても、お前は損な性格をしているな」
「……そうですか?」
「ああ。困っている人間を見るとつい手を差し伸ばしてしまう、お前はそういう類の人間だ。
それが悪いとは言わない、むしろ美徳ではあるが……あまりなんでもかんでも1人で抱え込むなよ?
お前はまだ一人前とは言えないんだ、そんなお前があれこれ頑張ろうとしなくていい」
「はい、ありがとうございますツバキ教官」
ツバキの優しい言葉に、笑顔を返すカズキ。
彼女は確かに厳しい人物であるが、同時にこうして未熟な自分が先走らないように言葉をくれるのだ。
「うむ、では頼むぞ」
そう言って、ツバキはその場を後にする。
「……カズキ、もしかして代わりに怒られた?」
ツバキが去った後、そそくさとカズキに近づくコウタ。
「そんなわけないだろ、それよりコウタ……いくら教官が苦手だからって逃げる事ないでしょ?」
「うっ……だってさ」
顔を逸らし言い訳を口にするコウタ、よっぽどツバキが苦手なようだ。
まあコウタの事はどうでもいい、今はアリサだ。
いまだにぶつくさと言い訳をするコウタは放っておき、カズキはとりあえず新人区画へと足を運ぶ。
――すると、そこでは面白い光景が広がっていた。
「〜〜〜っく、しょ……」
「…………」
自販機の下にある小さな隙間に、懸命に手を伸ばしているお尻……ではなくアリサが居た。
おそらく小銭を落としたのだろう、しかし……短いスカートを履いているものだから、もう少しで見えそうだ。
……コウタ辺りが来たら大変な事になりそう、そう思ったカズキはアリサに声を掛けた。
「アリサちゃん、僕が取ろうか?」
「えっ―――痛っ!?」
声を掛けられ反射的に頭を上げてしまったせいで、自販機に頭をぶつけてしまうアリサ。
しかもかなり強く当たったのか、頭を押さえ悶絶している。
「………ごめん」
「き、急に話しかけないでくださいよ!!」
赤い顔でがーっ、と怒り出すアリサ。まああんな姿を診られれば恥ずかしいのは当然だ。
そんな彼女を苦笑しながら受け流しつつしゃがみ込み、自販機の下に手を伸ばす。
180という長身のカズキなので、すぐに落ちた小銭を拾い上げた。
「はい」
「………………ありがとう、ございます」
おもいっきり睨まれながらお礼を言われた。
でも、顔は赤いままだからカズキは逆に微笑ましくなった。
「な、なに笑ってるんですか!!」
「いや、アリサちゃんも結構可愛い所もあるんだなって」
「な、なななな……何を言ってるんですか!! ど、どん引きです!!」
ますます顔を真っ赤にするアリサ、いつもの高飛車な態度はどこにもなく、普通の女の子そのものだ。
わたわたと慌てるアリサをよそに、カズキは自販機に小銭を入れ飲み物を出す。
「アリサちゃん、飲み物買わないの?」
「っ、買います!!」
怒鳴るアリサ、しかしカズキはそれを軽く流しつつ、飲み物を口に含む。
「……それ、何ですか?」
「冷やしカレードリンクだよ」
「……美味しいんですか?」
美味しいよ、と返すカズキに、アリサはげんなりとした表情を浮かべる。
この冷やしカレードリンクという飲み物、サラサラしたカレーが入ってる代物なのだが……はっきり言ってかなり人を選ぶ物だ。
それを美味しいというなど……彼はちょっと変わった味覚の持ち主らしい。
「……アリサちゃん、極東支部には慣れた?」
「えっ、はあ……慣れたと思います。けどなんていうか……皆さん、どこか気が抜けてるといいますか……緊張感が欠けてます!!」
「余裕があるんだよ、こういう戦いの中に生きるんだから、余裕は必要だよ?」
「でも、第一部隊の隊長があんな調子じゃ……」
「そうだね、アリサちゃんは真面目だから、リンドウさんの性格はちょっと納得できないかもしれない。
けどあの人は凄いよ、色々なものを背負っているのに……自分を見失わずに戦ってる」
隊長として、部下を守らねばならないというプレッシャー。
いつアラガミによって殺されるかわからない恐怖。
明日の光も見えぬこの世界で、自分を見失わずに戦える者は……一体何人居るのだろう。
だからこそ、それができるリンドウをカズキは尊敬し……支えになりたいと思っている。
「だからさ、アリサちゃんも少しずつでいいから、ここに慣れてほしいんだ」
言いながら、優しくアリサの頭を撫でるカズキ。
「あっ――ごめん」
しかし、すぐに軽率な行動に出た事に気づき手を離す。
リンドウがアリサに触れた際、彼女は異常なまでに飛び退いた。
だから、彼女は他人に触れられる事が恐いのではないか、そう思ったのだが……。
「………いえ、別に不快感はありませんから。でもちょっと馴れ馴れしいですよ?」
「あ、うん……」
若干の違和感。
おかしい、アリサの表情や口調からも嫌がっているようには見えない。
嫌がってほしいわけではないが、だとするとリンドウの時は何故あそこまで強い拒絶反応を見せたのか。
(ミッションの前だから、緊張してた?)
その可能性もあり得るが、それでも違和感は拭えない。
「? あの、どうかしましたか?」
「いや、別に……」
気にする事はないと思う、だが……どうにも気になった。
「アリサ」
そう思っていたら、中年の男性がアリサに話しかけてきた声を耳で拾う。
シャツの上に白衣を着て、頭にはバンダナをかぶりメガネを掛け、顔には無精ひげ。
お世辞にも清潔とは言えない男だが、アリサはその男に周りには見せない無防備な表情を見せた。
「オオグルマ先生」
(オオグルマ……?)
たしか、アリサのメンタルケアをしている主治医だったと、カズキはリンドウから聞いた話を思い出す。
「そろそろ時間だ、先に医務室に行っていなさい」
「あ、はい。……あの、抗神さん」
「ん?」
「………私、やっぱり緊張感が足りないこの支部はおかしいと思います。
でも、少しは妥協してみる事も考えてみます」
そう言って、この場を後にするアリサ。
……少しは、カズキの言葉が届いてくれたようだ。それがわかり、おもわず笑みを浮かべた。
「ははっ、気が強い娘だろう?」
苦笑しながら、オオグルマがカズキに話しかける。
「でも、悪い子じゃないと思います」
「ああ、根は良い子だよ。本当に……良い子だ」
「…………」
何故だろう、オオグルマの言動におかしな所は見受けられないというのに。
どうしてか、カズキは今の言葉に違和感を感じた。
「まあそういうわけだから、あの子とは仲良くしてやってくれ」
「…………はい」
とりあえず、オオグルマの言葉には頷きを返すカズキだが……。
なんとなく、本当になんとなくで失礼極まりないのだが、彼はあまり好かない人間と認識してしまった。
「それでは、わたしはこれで失礼するよ」
そう言うと、オオグルマはその場から離れエレベーターへ。
おそらくアリサのメンタルケアを行うのだろう。
「………大丈夫かな」
ふと、そんな言葉が口から飛び出す。
何を言っているんだ、相手はずっと彼女の主治医をやってきたのだ、大丈夫に決まっているだろう。
……だが、どうしても一度生まれた不安が消えない。
「………何考えてるんだか」
頭を振って考えを消し、カズキは自分の部屋へと向かったのだった。
「――アリサちゃん、そんなに怒ると血圧が上がるよ?」
「まだそんな歳じゃないですよ!!」
「………何してんだ、あいつら」
言い争いをしているカズキとアリサを眺めつつ、コウタは呟く。
「ふふっ、喧嘩じゃないわよ」
ほら、と2人を指差すサクヤ。
「ですから、もっと新型らしく銃撃を重点に戦った方がいいですよ。
それなのに、抗神さんは剣での攻撃が多すぎです!!」
「でも、どうも銃撃は苦手だからさ」
「なんですかその子供みたいな言い訳は!! 苦手なら訓練してくださいよ、私も手伝ってあげますから!!」
「ありがとう、アリサちゃんは優しいね」
「っ、頭を撫でないでくださいよ! 子供じゃないんですから!!」
「…………」
言い争い……ではなく、アリサが一方的に怒りカズキが笑って受け流しているだけ。
しかし、端から見るとじゃれ合っているようにしか見えず、身長差や歳を考えると兄妹のように見える。
「おーおー、なんだよアイツ、随分仲良くやってくれてるみたいじゃねえか」
これなら安心だ、リンドウも会話に参加しつつ微笑ましい光景を眺めている。
「……くそー、アイツばっかり女の子と仲良くなってるじゃねえか……」
悔しそうな表情で呟きを漏らすコウタ、そんな彼にサクヤは苦笑を浮かべる。
――和やかな空気
微笑ましい雰囲気が、あの2人には存在していた。
To.Be.Continued...