Fate/Zero フィオ・エクス・マキナ(完結)   作:ファルメール

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第09話 束の間の静寂

 

「むう……」

 

 机の上に置かれた年代物のワインが注がれたグラスを睨みつつ、腕組みした遠坂時臣は唸り声を上げた。

 

 完全なるイレギュラーであったロード・レンティーナの参戦を皮切りとして、事態は当初の予想を大きく外れて進んでいる。

 

 空中を高速かつ自在に移動し、綺礼のアサシン諜報部隊ですら追従出来ないライダーの宝具。

 

 これが原因で彼女の拠点すら、未だ掴めてはいない。

 

 ……のだが、これは実際は、時臣も綺礼も目の付け所が全くズレている事に起因している。

 

 フィオ・レンティーナ・グランベルと言えば魔術師の世界では知らぬ者の居ないビッグネームだ。

 

 曰く、最高の人材。

 

 曰く、戦闘のエキスパート。

 

 曰く、永遠の17才。

 

 曰く、プロ中のプロ。

 

 彼女の評判と言えばそんなものばかりであり、時臣も嘘か真か「彼女の固有結界によって二十七祖に次ぐほどの死徒とその配下たる死徒・死者合わせて千にも及ぶ軍勢が、一夜にして殲滅された」などという噂さえ聞いた事がある。

 

 数年前に封印指定を受けたと聞き、それ以降は全く消息が知れなかった事から時臣も綺礼も、フィオは「隠者」に分類される封印指定の魔術師となったのであろうと考えていた。恐らくは絶海の孤島か人里離れた山奥にでも住処を構えたのだろう。

 

 そして今回、何の因果か聖杯戦争の参加者の証である令呪を宿し、万能の願望機によって自分の代では諦めて、子孫に託すつもりでいた根源への到達を一気に成し遂げようとしている。

 

 ……と、いうのが時臣と綺礼が考えるフィオが参戦した経緯についての共通見解であったのだが……

 

 実際にはその予想はカスリもしていない。

 

 が、しかし。それで二人が無能だと評するのは酷と言うものである。

 

 良くも悪くも遠坂時臣という男は現代に於いて最も魔術師らしい魔術師であり、綺礼もまた苛烈な修行に身を置いていた元代行者。当然、その考え方は魔術師として、代行者としてのそれである。

 

 まさか『現代最高の魔術師がこの冬木市でコックをしていて、聖杯などには毛程も興味が無く、さっさと優勝して平穏な日常へと回帰する事を目的に戦争に参加している』などという悪い冗談のような、もしくは三流芝居のようなシナリオを、思い描けと言う方が無理なのだ。「事実は小説よりも奇なり」とは、良く言ったものである。

 

 とは言え、時臣に全く責が無いかと尋ねられれば、そうではなく……

 

 ローカルテレビで午後7時55分から5分間程放送されるニュースや観光客向けのパンフレットには、時々フィオの経営する『虹色の脚』が紹介されている。だが彼は前者は魔術師にありがちな機械音痴から、後者は貴族然とした気質から取るに足りない市井の情報と軽視して手に取る事すらせず、結果としてどちらも見落としてしまっていた。

 

 舞弥がそうであったように彼がそうしたニュースや冊子のどちらかにでも目を通していればこの戦争の趨勢はまた別の方向へと流れていただろう。それならば別の手も打ちようがあったのだが……

 

 何という致命的なうっかり。

 

 それは置いておくとして、現在フィオは彼女本来のサーヴァントであるライダーに加え、キャスターをも従えている。

 

「ううむ……」

 

 アーチャー・英雄王ギルガメッシュは紛れもなく最強のサーヴァントであろう。一対一ではどんなサーヴァントでも彼に勝つ事は叶うまい。

 

 だがこれ以降、ロード・レンティーナは二騎のサーヴァントを同時に運用する。最強の魔術師が従える英霊が二人掛かりとあっては、さしもの英雄王とて万一があるかも知れない。

 

 ここは慎重の上にも慎重に事を運ばねば。綺礼のアサシン群によってライダーとキャスター、それぞれの切り札がどのようなものか明らかにすれば対策の立てようもあり、話は全く違ってくる。それまでは「待ち」の姿勢を崩さない方が良いだろう。

 

 敵は彼女達だけではない。

 

 四画目の令呪を得て、他の陣営よりも切り札を一枚多く持つロード・エルメロイ。

 

 手負いとは言え最優クラスであるセイバーと、魔術師殺しを擁するアインツベルン。

 

 急造の魔術師である間桐雁夜が使役するバーサーカーは魔力消費の問題からこちらが手を下すまでもなく自滅するであろうからこれは問題外としても、強敵が揃っている。

 

 ここへ来ると倉庫街の一件でギルガメッシュを撤退させる為に費やした一画の令呪がいかにも惜しくなってきた。キャスター討伐によって補填しようという目論見があっただけに、それが外れたのは痛い。

 

『せめて、ギルガメッシュがもう少しマスターである私を尊重してくれれば、話も違うのだが……』

 

 そんな風に考えていると、彼の悩みのおよそ半分を占めている相手が金色の光を纏って姿を現した。

 

「時臣、これから散策に出掛ける。供をせよ」

 

 

 

 

 

 

 

 間桐家の地下、一切の陽の光が差し込まず、じわりとした湿気が肌にまとわりつくようで、鼻を衝く腐臭を伴った空気が充満する「蟲蔵」と呼ばれる場所。

 

 間桐雁夜はその一角で手負いの獣のように殆ど身動ぎもせずに、その身を休めていた。

 

 否、「ように」という言葉は適切ではない。今は彼も彼のサーヴァントもまさに満身創痍。傷の治癒と体力の回復は、何にも優先される急務であった。

 

 昨日の倉庫街の一戦で、時臣のサーヴァントがバーサーカーに恐れをなして尻尾を巻いて逃げたのを見た時には溜飲が下がる思いだったが、そのすぐ後に事態は彼の思惑を越えた動きを見せた。

 

 バーサーカーはセイバーに向かって暴走し、その為に消費された魔力の量は甚大。それを賄う為に体内に植え付けられた刻印虫が励起し、彼の肉体を喰らい、破壊する事によって魔力を生成していく。その苦痛は筆舌に尽くしがたいものがあり、たった一戦を戦っただけで雁夜の肉体は限界近くまで消耗してしまった。

 

 これでセイバーでも倒せればまだ良かったが、バーサーカーは割って入ったランサーとライダーによって瀕死のダメージを負わされ、撤退を余儀なくされた。

 

 如何に刻印虫によって魔術回路を補助しようと所詮は急造の魔術師でしかない雁夜に治癒の魔術が使える訳もなく、今はマスターもサーヴァントもこうして自然治癒を待つ他は無いのだ。

 

 傷をおして無理に戦っても、結果は見えている。眠っていても襲ってくる苦痛によって肉体・精神共に摩耗し、消耗した彼でも、まだその程度の判断を行える理性は残っていた。

 

 幽鬼のようになった左半身を見れば一目瞭然だが、一年という短期間で無理矢理マスターとして選ばれるだけの資格を有する魔術師として”仕立て上げられた”彼の体は、既に限界を超えている。肉体の自然治癒力などはどうしようもなく衰えて、自らの”苗床”を守ろうとする虫達によって辛うじて命を繋ぎ止めているような状態だ。

 

 そんな半死人のような彼を動かすのは、偏に大切な人達への想いと、彼女達を不幸のどん底にたたき落とした男への妄執だった。その二つは決して相容れない矛盾である事に、気付かなくても。

 

「さ…………ら……ちゃ……………お……い……さ………………き……お……みぃぃ……」

 

 そんな雁夜の様子を枯れ木のような老人、間桐臓硯は下卑た笑みと共に見下ろしていた。

 

「雁夜め、中々粘るではないか」

 

 この老人は正直な所、あんな急拵えのマスターで、しかも使役するのが魔力消費の激しいバーサーカーとなれば第一戦で自滅すると見ていた。あっけなくはあるがそれならそれで、その道化振りを肴に酒でも飲もうかと思っていたのだが……

 

『まぁ、そうなる事を見越して、敢えて召喚の呪文に狂化の一節を挟ませたのだがな』

 

 元々臓硯は優秀な魔術師が手元に居ない事から今回の第四次聖杯戦争は見送るつもりであった。狙うのは、現在”調整”を行っている至高の胎盤である桜が産み落とした子か、その孫。いずれにしても優秀な素質を備えているであろうその者達の代に行われるだろう第五次聖杯戦争。

 

 雁夜は、一年前に帰ってくる事すら想定外だったのだ。

 

 故に、万に一つ雁夜が聖杯を間桐に持ち帰るのであればそれで良し。出来なくとも何の問題も生じない。

 

 ならば一興とばかり、臓硯はサーヴァントの召喚に当たってバーサーカーのクラス指定を行わせたのだ。

 

 本人には如何に令呪を宿すレベルになったとは言え他の参加者に比べれば雁夜の魔術師としての力量は些か以上に劣る。ならば狂化によるステータスの底上げを……と説明した。

 

 勿論それも間違いではないが……真の目的は、魔力消費の激しいバーサーカーの使役に雁夜が振り回され、苦しむ様を見て臓硯自身が愉しむ事だった。間桐の人間には似つかわしくない青臭い正義感などでこの戦争に参加した者にはお似合いだ。

 

 だが、臓硯は雁夜に対して本当の事を言わないだけで嘘は吐いていない。この戦争に参加するに当たっての条件にしてもそうだ。

 

 比喩ではなく本当に万に一つの可能性だが雁夜が勝ち残って聖杯をこの家に持ち帰ったのなら、その時は桜に用は無い。調整はその時点で切り上げ、解放してやるつもりだった。元より”調整”は次回の聖杯戦争で優勝する為のもの。聖杯が今手に入るのなら、そんな時間と手間を掛ける必要などどこにも無いのだ。

 

『じゃが……まさかあのフィオ・レンティーナ・グランベルが参戦しておるとはのう……これではその万に一つの望みも、完全に摘み取られたな……』

 

 かっかっ、と臓硯は嗤う。

 

 まぁ、それならそれで良い。ならば雁夜があの最強の魔術師に打ちのめされて、無様に地に這い蹲って、誰も。桜も。自分の身すら救えずに死んでいく様を、存分に愉しませてもらうとするか。

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……起源弾、か……魔術師殺しめ、恐ろしい礼装を使うな」

 

 冬木市郊外の廃工場。その地下には本来有り得ない筈の空間が広がっていた。

 

 ここはケイネスの第二工房であり、ホテル最上階という目立つ所に構えられた第一工房の予備として、人目の付きにくさを重視して用意していたものだ。結界の数や防衛システムの優秀さでは力作である第一工房には一歩譲るが、ここならば足下を爆破される心配も無く、仮に上の建物を崩されたとしても入り口とは別に脱出用の経路が用意されている。

 

 結界にも反応は無いし、今の所この拠点の存在は他の陣営には知られていないだろう。取り敢えずは一安心。

 

 これでじっくり作戦が練れる。と、椅子に腰掛けたケイネスはフィオから渡された一発の弾丸を眺めながら、思わずごくりと唾を呑んだ。

 

 下水道から引き上げる際に御者台の上で、フィオが自分のサーヴァントになったキャスターへの初仕事として命じたのがこの弾丸の解析だった。

 

 他人の礼装の解析など本来ならばフィオやケイネス級の魔術師でも設備の整った研究室にて何時間かを掛けて行う必要があるが、そこは魔術師クラスの面目躍如。キャスターはほんの少し見ただけで、この弾丸の性質を看破してしまった。

 

 弾丸に付与された属性は切断と結合。切って、繋ぐ。説明はそれだけだったが、フィオとケイネスにはそれだけで十分だった。

 

「主よ、その弾丸はどのような物なのでしょうか?」

 

 魔術全盛の神代を駆け抜けたランサーだが、彼自身は魔術の専門家ではない。ケイネスは立ち向かう敵の恐ろしさを知っておいてもらう為にも、噛み含めるように説明していく。

 

「……つまり、この弾丸に撃たれた場合には、糸を切ってそれを繋ぎ直すようにその傷は即座に塞がるのだよ。”治癒”ではなく、あくまで……そうだな、古傷のように変化すると言えば分かり易いか」

 

 肉体に着弾した場合にはそれだけで済もうが、真に問題なのは魔術によってこの銃弾に干渉しようとした場合である。その場合は魔術回路がメチャクチャに切断され、デタラメに繋がれ、暴走した魔力は術者を容易く死に追い込むだろう。その傾向は干渉する魔力量に比例する。強い魔力を行使出来る優秀な魔術師ほど、この弾丸の前には格好のカモと化すのだ。

 

「では……!!」

 

 思わず息を呑んだランサーに、ケイネスは緊張した表情で頷いた。

 

「アインツベルンの魔術師殺しは、私の天敵という事だ。真っ向勝負では、私にはまず勝ち目があるまい」

 

「……!!」

 

 敵の正体が知れたのは僥倖だが、同時に問題点も浮上した。

 

 目下の強敵は、やはりあの黄金のアーチャーとアインツベルンの魔術師殺し。

 

 フィオの陣営も脅威だが、だがこちらは上手く分断して一対一に持ち込めれば勝ち目は見えてくる。彼女が擁する二騎のサーヴァントは、どちらもピーキーな特性を持つクラスだ。

 

 強力な騎乗宝具を持つライダーは思うようにそれを乗り回せない室内で、後衛向きのキャスターには距離を詰めて戦えば、三騎士の一角にして白兵戦では7騎中一、二を争うランサーが圧倒的に有利だ。無論、フィオもそれぐらいは承知だからそう容易くこちらの思い通りには決まらないだろうが……少なくとも勝ち筋は見える。

 

 だがアーチャーと魔術師殺しについてはその勝ち筋が見えない。特に前者は規格外にも程がある。

 

 一方で魔術師殺しに関してはランサーをぶつける事も検討したが、奴とてサーヴァント相手に勝てはしないまでも易々とは倒されまい。そうしてモタモタしている間に、セイバーが自分に向かってくる可能性を考慮すると、ケイネスはその戦法は却下せざるを得なかった。

 

『アーチャーには同盟を組んで対抗するとして、魔術師殺しにはぶつからないのが正解か……』

 

 結論。落とし所としては妥当な所に収まったという印象だ。

 

 とは言えこの聖杯戦争はまだ序盤。昨日は激動の一日であったし、それにあのアサシン達の存在も気に掛かる。追求しようにもマスターは中立不可侵地帯である教会の中だ。この工房のように抜け道が用意されていないとも限らないし、無理に押し入って言峰綺礼と言ったか。アサシンのマスターの姿が見えなかった日には、どんなペナルティが下されるか分からない。

 

 すぐに動いては、この第二工房とて発見される恐れがある。今日一日は使い魔を放っての情報収集に終始するべきか。

 

 恐らく今日の所はまだ大きな動きも無いだろうが……

 

 

 

 

 

 

 

 教会の一室で、言峰綺礼は腕組みしつつ「むう……」と、唸っていた。

 

 彼の前には、このアサシン達と父・璃正のコネクションを駆使して集めたこの聖杯戦争のマスター達の資料が集められている。人数合わせで選ばれたフィオとキャスターのマスターの物は殆ど無いが、机上の地図には各陣営の拠点や、今後戦闘場所として想定される場所などがびっしり書き込まれている。

 

 フィオについてはアサシン群の中で人数を多めに振り分けて捜索に当たらせているが、未だにその拠点すら掴めてはいない。

 

 ホテルや民宿など宿泊施設は勿論、廃ビルなど拠点として使えそうな所は洗いざらい探させているのだが……流石はプロ中のプロ。よほどこちらの盲点を衝くような場所に拠点を構えているのだろう。

 

 彼女の拠点の捜索は引き続き継続するように命令すると、綺礼の視線は集められた資料の一部。衛宮切嗣のものへと動いた。

 

「……衛宮、切嗣」

 

 悪名高い魔術師殺しとして名を馳せた男。

 

 明らかに得られる報酬のメリットを越えた危険の中に常に身を置き続け、資料から見るだけでは死に急ぐような戦いを繰り返してきた男。

 

 それが9年前、アインツベルンに招かれてからはきっぱりと活動を止めてしまった。

 

 その時、衛宮切嗣が何を見て、何を思い、何を決断したのか……

 

「問わねばなるまい……!!」

 

 それを知ればあるいは、自分の胸の中のこの空虚も、埋まるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「辛っ!?」

 

 フィオの自宅では、仲間になったキャスターの歓迎と、今後の方針についての作戦会議を兼ねた食事会が開かれていた。

 

 が、出された料理を一口含んだ途端、半獣の魔術師は悲鳴を上げる。

 

 今回出された料理は娼婦風スパゲッティー。ニンニクや赤唐辛子のソースを使った辛さがウリの「虹色の脚」でも人気メニューの一つであった。

 

「キャスター、辛いのが苦手なら、無理して食べなくても良いのよ?」

 

 心配そうな表情でフィオが彼女の顔を覗き込むようにしてそう言うが、

 

「い、いえ!! 折角ご主人様が初めて私の為に作ってくださった料理なのに……残すなんて良妻狐の名折れ!! 何が何でも完食させて頂きます!! ……あっ、やっぱり駄目!! これ辛い!!」

 

 もう一口を口に入れて、キャスターは涙目になるが、そこでちらりと視線を隣に動かす。

 

 ライダーは大して堪えた様子も無く、平然と同じスパゲッティーを食している。これは、やはり出身地の違いだろうか。イタリア料理と言えば、ローマ帝国皇帝だった彼女にとっては地元の味。馴染みも深いのだろう。

 

 だが目が合ったライダーが勝ち誇ったようににやりと笑ったのを見て、キャスターの闘志にも火が付いた。

 

『負けてたまりますか……!! ご主人様の一番は、譲りませんよ……!!』

 

 そんな決意と共にキャスターは三度麺を口に入れるが、やはり辛い。「駄目っ」と叫んで置かれていた水に手を伸ばす。

 

「キャスター、無理しなくて良いのよ? 食べられないなら別なのに作り直すから……」

 

「い、いえ……私もこんな辛いの食べられるワケないんですが……でも何故か、舐めたくなってしまうんです、このスパゲッティーソース……」

 

 癖になる味と言うか、引き込まれる辛さと言うか。例えるなら、節分に年の数だけ豆を食べようとしたら、大して好きでもない豆を、気が付いたら一袋食べていたような……そんな感じが近いだろうか。

 

 ズル、ズバ、スバ!!

 

 今度は一気に麺を吸い込む。それでもキャスターの手は止まらない。

 

「う、うううっ……!! お、お腹が空いていきます……!! 食べれば食べるほど、もっと食べたくなります……!! 美味しい……!! 味に目覚めました……!!」

 

 顔を汗だらけにして、目と口からビームでも出すような勢いでキャスターが叫ぶ。

 

 そんな”同僚”の様子を、騎乗兵は苦笑と共に見守っていた。

 

「さもありなん。余とて召喚されたその日に料理を振る舞われた時は、今のそなたと同じようであったわ。奏者ほどの料理人は、余の宮殿にもおらなんだ」

 

 そう言う彼女も、既に目の前の皿は空になっており……たった今平らげたキャスターのものと合わせて二組の視線がフィオの皿へと動き……

 

「「…………」」

 

 だが、ここで自分の分をどちらか一方に渡すのはどうにも良くないと、繋がっている『』が彼女に告げてくる。ここは……

 

「シャーレイ、二人におかわりを持ってきてあげて」

 

「はい、店長」

 

 キッチンにいるシャーレイに、そう指示を出した。見てはいなかったが自分の背後で溜息が重なった気がしたのは……うん、気のせいだろう。気のせいだ。

 

 そうして食事も終わり、作戦会議が始まる。シャーレイはキッチンで洗い物など後片付けの担当だ。

 

「それで、今後の方針だけど……残念ながらキャスター、あなたはあまり陣地作成は得意ではないわね」

 

「はい……」

 

 しょぼんと、狐耳をしおれさせてキャスターが俯く。

 

 彼女の陣地作成スキルはC。どうにも性格的に向いていないらしく、工房を作る事さえ難しいと来ている。

 

「よって、今後も基本的な作戦はライダーの宝具での高速移動によって足取りを掴ませずに、偵察を行いつつ町中で遭遇したサーヴァントを倒していく、というものにしようと思っているわ」

 

「うむ、余に異存は無いぞ」

 

「ライダーが作戦の主体になるのはちょっと悔しいですが……私も同意見です」

 

 元々、機動力重視のライダーと拠点防御重視のキャスターは同時運用にあまり相性が良いとは言えない。かと言ってバラバラに行動させるのでは各個撃破の的となり、折角の二体同時使役のメリットが消滅してしまう。

 

 そこへ行くとタマモは陣地作成が不得手である代わりに、彼女の使う呪術は魔術とは体系を異にする技術であり、三騎士が持つ対魔力を突破する事が可能である。

 

 ならば陣地作成は最初から捨ててかかって、ライダーの機動力と合わせてそちらを活かす方向での運用が正解であろう。二騎をセットで動かせれば、マスターを伴ったサーヴァントと遭遇した場合には一方が敵サーヴァントを牽制して、もう一方がサーヴァントと人間の圧倒的な戦力差を活かしてマスターを制圧するといった作戦も実行可能である。

 

 方針は決まった。マスターであるフィオが立ち上がるのを見て、二騎のサーヴァントも同じく立ち上がる。

 

「ライダー、キャスター!! この聖杯戦争、私達が必ず勝ち残るわよ!!」

 

「うむ、任せておけ奏者よ!! 共に聖杯へ!!」

 

「ご主人様。このタマモの全知全能を以てお守りいたします」

 

 

 

 

 

 

 

 冬木市街から離れること直線距離にして約30キロ。人里離れた森の中にそびえ立つアインツベルン城の食堂では、今は切嗣とアイリスフィール、それにセイバーが顔を並べていた。彼等もまた、作戦会議の真っ最中であった。舞弥は市内に偵察へ出ている。

 

「じゃあ切嗣、しばらくは他の陣営の動きを見てチャンスを待つのね」

 

「そうだ。今の状況でこちらから動くのは得策じゃない」

 

 御三家の一角であり最優のセイバーを擁するこの陣営だが、今の所あまり強い立ち位置に居るとは言えない。

 

 現状は、規格外のアーチャーを擁する遠坂と、最強の魔術師が二騎のサーヴァントを同時使役するフィオの二強状態。それに続くようにして、四画の令呪を持つケイネスが隠然たる勢力として存在している構図だ。

 

 バーサーカーも、確かにあのサーヴァントの戦闘力は凄まじいが、過去の聖杯戦争を見てもバーサーカーのマスターはことごとく魔力切れで自滅している。脅威にはなり得ないだろう。

 

 セイバーはランサーによって治癒不能の手傷を負っている為、戦闘力が半減してしまっている。もしランサー陣営がこのアインツベルン城に攻め込んでくるようなら、地の利を活かしてセイバーを逃げ回らせ、側面からケイネスを襲って叩く、魔術師殺しの定石のような戦法を切嗣は選択するつもりであったが……

 

 しかし、ホテルでのあのケイネスの見事な引き際を見ると、あれでは予備の拠点の一つや二つぐらいは用意しているかも知れない。そんな彼がアウェーでの戦いを選択するだろうか。どちらにせよ、行動パターンの把握の為にもここは様子見に回るべきだろう。

 

 フィオの方は、舞弥の掴んできた情報から自宅はすぐに割り出せた。割り出せたのだが……魔術師としての純粋な技量では高いとは言えない切嗣ですらはっきり分かるほどの凄まじい魔力をあの家からは感じた。恐らくあの家は、ケイネスがホテル最上階に築いていた工房と同等あるいはそれ以上の鉄壁の魔術要塞と化しているだろう。

 

 加えて「魔術師殺し殺し」と呼ばれる点や倉庫街で銃器を使っていた事からも推測出来るが、生粋の魔術師であるケイネスと違って、彼女は同じロードでありながら科学を用いる事を躊躇しない、使える物は何でも全て使うタイプの魔術師だ。監視カメラやセンサーなど、近代機器までその工房には組み込まれているかも知れない。

 

『……しかも、ホテル爆破によって僕の手口はもう知れてしまっている。今から爆薬を設置しに行ったとしても行動を先読みされて待ち伏せされている可能性すらある』

 

 フィオは人数合わせで選ばれたマスターであり、事前準備が出来なかった事や情報面で他のマスターに後れを取っているのが彼女の弱点であったが、逆にそれは他のマスターも彼女の参戦を予想出来なかったという事でもある。この冬木市で事前に宿泊施設・拠点として使えそうな場所に余さず爆薬を仕掛けておいた切嗣も、一介のコックの家まではノーマークだった。

 

 あれほど厳重な警戒態勢では切り札の一枚、即席のミサイルとして用意しておいた遠隔操作のタンクローリーでさえ、接近を察知されて”着弾”より早く脱出されるだろう。何らかの手段で軌道を逸らされるか、不発にさせる事さえ、彼女はやってのけかねない。

 

「今は態勢を整え、他の陣営が衝突して消耗するのを待つんだ。相打ち共倒れが理想的だが……現在の状況では勝利した方も、無事には済まないだろう。アイリ、そこを君がセイバーで叩いてくれ。僕も舞弥と援護する」

 

「ええ……」

 

「…………」

 

 セイバーが何か言いたげに視線を向ける。切嗣はそれに気付いていたが、敢えて無視した。

 

 一方でセイバーも、漁夫の利を狙うような作戦に不満が無いと言えば嘘になったが、こうしたバトルロイヤルではそれが常套手段であると理解しているのが一つ。そしてそうした作戦を採らざるを得ないのは、自分がランサーに不覚を取ったからである事を思うと、文句も言えなかった。

 

『後は、上手く奴等の戦う場所に急行出来れば良いんだが……』

 

 切嗣が他の陣営、特にフィオ相手に考えている基本的な戦法は、倉庫街の時と同じくマスターの狙撃である。

 

 残念ながら真っ向勝負で自分が、元代行者である言峰綺礼や、もっと恐ろしいフィオを相手に勝利出来る可能性はほぼゼロだと切嗣は見ている。特にフィオには倉庫街で起源弾を回収されてしまったのが痛い。あれでこちらの手口が露呈してしまったから、もうフィオに起源弾は通用しないと考えてかかるべきだろう。

 

 ならばこその狙撃なのだが、魔術師殺しの戦い方を知り尽くしている彼女だ。それも簡単に行くとは思えない。

 

 その為に切嗣が見出した可能性が、他の陣営との交戦中だった。

 

 セイバーとの交戦中ならば「魔術師殺しがいる陣営だ」とフィオも警戒心を強くするだろうが、それ以外の陣営ならば、勿論完全に無警戒にはならないだろうが、狙撃に対する注意も疎かにはなるだろう。少なくともその可能性はある。特にそれが戦闘中であれば尚更だ。意識は眼前の敵へと集中するだろう。そのワンチャンスを、ものにする。

 

『理想としては、あのアーチャーとライダー・キャスターが潰し合ってくれる展開だが……』

 

 しかしケイネスの時もそうだったが、現実はそうそう自分の思った通りには行かないだろう。

 

 一息入れるつもりですっかり冷めてしまったコーヒーを口に含んだ、その時だった。懐から携帯電話の呼び出し音が鳴る。

 

 相手は?

 

 考えるまでもない。この番号を知っているのは、アイリと舞弥だけ。アイリは目の前にいるし、それに機械音痴な彼女は携帯を使えない。ならば残るのは舞弥だけだ。

 

 切嗣は、ほぼワンコールで通話に出た。

 

「舞弥、どうした?」

 

<切嗣、冬木市内で動きがありました。アーチャー陣営と、ライダー・キャスター陣営が遭遇、交戦に入りました>

 


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