Fate/Zero フィオ・エクス・マキナ(完結)   作:ファルメール

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第07話 ケイネスとフィオ

 

 一週間程前の話だ。

 

「駄目だな、この論文は机上の空論でしかない」

 

 時計塔の執務室。

 

 真っ赤になった電話帳程もある論文を、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはどんと机に叩き付ける。

 

「そんな……先生……!!」

 

 呼び出された学生、ウェイバー・ベルベットは思わず抗議の声を上げた。本人としては構想に3年、執筆に1年。未だ3代しか続いていない血の浅い家系と二十歳にもならない若輩ながら魔術師人生の集大成として絶対の自信と共に提出した論文であった為、その辛辣な評価には異の一つも唱えたくなるというものであった。

 

「術式に対する理解と、手際の良い魔力の運用。確かに目の付け所としては悪くはないが……」

 

 実際、論文の趣旨自体はさほど的外れなものではない。術式に対する理解を深める事。魔力を無駄なく使う事。どちらも優秀な魔術師となる為には欠くべからざるものだ。

 

 ウェイバーはその理論を以て新興の家の出である自分が、代を重ねた家系の者にも負けない魔術師として大成する事が目的だったらしいが……

 

 だが、それでもやはりある程度の素地というものは必要となる。

 

 スポーツでも同じだ。如何に優秀なコーチが同じように教えたとしても、基礎体力など生まれ持ったものが原因で完成する選手にはどうしても差が生じる。

 

 いくら理論自体は正しくても、それがウェイバー自身に適用出来るかというのは全く別の話なのだ。彼の論文には、その点に関する考証がすっぽりと欠けて抜けていた。

 

 ぐっ、と握り締めて震わせている教え子の拳をケイネスは一瞥すると、一言。

 

「採点するならば、30点といった所か」

 

「なっ……!!」

 

 紛れもない赤点の烙印を押され、ウェイバーの顔が怒りと屈辱と羞恥で真っ赤に染まる。だが続くケイネスの言葉で、そこからは驚愕が取って代わった。

 

「ただし私の生徒がこれまで出してきた論文の中では、君の30点が最も高い点数だがね」

 

「えっ……」

 

「付いて来たまえ、ウェイバー君」

 

 そうしてケイネスに連れられて、図書室へとやって来たウェイバー。彼の両手は既にケイネスが選んだ本が積まれて一杯になっていて、やっと一番上の本の上に顔が出ているような状態である。

 

「ウェイバー君、君は私が今度、極東の地で行われる魔術師達の儀式に参加する事は知っているね?」

 

「あ、はい……うわっ」

 

 返事をすると同時にケイネスはもう一冊の本をウェイバーに渡し、とうとう彼の上半身が完全に見えなくなった。重みによって足がぷるぷると震えている。

 

 そんな不肖の弟子にケイネスはやれやれと一息吐いて、重量軽減の魔術を掛けてやる。

 

「では私が戻るまでにそれらの本の要点を整理し、レポートとしてまとめておくように」

 

「は、はい……」

 

 課題を出したケイネスは弟子の横を通り過ぎて行くが、その時、ウェイバーの肩にぽんと手が置かれた。

 

「正直な所、君は魔術師として才能豊かとは言えないが、要点の整理や内容の把握、着眼点は素晴らしい。期待しているよ、頑張りたまえ」

 

「えっ……!!」

 

 その言葉を受けて、ウェイバーは弾かれたように振り返り、去っていく師の背中を見詰める。

 

 思い返せば、自信作を真っ赤にして返された時には思わず屈辱を覚え、取り乱してケイネスに怒りを向けたものだが、しかしそれは彼が自分の作品を隅々まで読み込んだという証拠に他ならない。

 

 その上で耳に痛い言葉も受けはしたが、ケイネス先生は自分の事を評価してくれた。

 

 なら、こうしてはいられない。次こそは、先生の度肝を抜くような完成度の高いレポートを仕上げなくては。

 

「……よしっ!!」

 

 ウェイバーはぱんと顔を叩いて気合いを入れ直すと、眼前の山積する専門書に向き直った。

 

 と、このような一幕を経てケイネスは聖杯戦争に参加する為、冬木市にやって来たのだ。

 

 サーヴァントの召喚を行うに当たって、残念ながら本命と目していたマケドニアの大英雄の聖遺物は見付からなかったが、しかしながらその代わりとして英雄としての格では一歩劣ろうが、神代の時代を駆けた英霊の聖遺物が手に入った。

 

 かくしてケイネスはその聖遺物、ベガルタの欠片によってランサーを召喚し、現在に至るのである。

 

 

 

 

 

 

 

 時は今に戻り、冬木ハイアットホテルの一階。受付に立ったフィオはフロントクラークに、尋ねる。

 

「ここの最上階に泊まっている人の名前が知りたいのだけど……」

 

「申し訳ありません。お客様の個人情報についてはお教えする事が……」

 

 まぁ当然と言えば当然の反応である。尋ねたフィオの方もこの反応は予想通りであった。だから困った顔のフロントクラークが言い終わる前に、もう一度言った。

 

「”ここの最上階に泊まっている人の名前が知りたいのだけど?”」

 

 ただし、今度は酷く奇妙な声で。暗示の魔術だ。

 

 無論、魔術に対する耐性などある訳もない一介のホテルマンでは超一流魔術師の暗示に抗う術など無い。手元の端末を操作すると、画面に表示された名前をほとんど棒の口調で読み上げる。

 

「イギリスからお越しの、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト様です」

 

「!!」

 

 その名前を聞いて、フィオの表情に軽い驚きが走った。

 

『どうしたのだ?』

 

 傍らに控える霊体化したままのライダーが尋ねてくるが、

 

「いえ……何でもないわ。それじゃあ、行くとしましょうか」

 

 そう言ってエレベーターに乗ろうとした所で、ホテル全体にけたたましく警報が鳴り響いた。同時に、3階で小規模ながら火事があったので、一応の安全の為、宿泊客は指定の場所に避難するようにとの内容で館内放送が行われる。

 

『奏者、これは……』

 

 こんなタイミングでの出火。偶然ではあるまい。

 

 自分達以外の陣営が攻め入ってきているのだろう。この放火騒ぎは、魔術を秘匿する為の人払いという訳だ。

 

 しかし、こうなるとこのままケイネスの工房に殴り込むのは考え物だ。自分達が真っ向から彼とそのサーヴァントと戦っている間に、どんな横槍が入るか分からない。あるいは、魔術工房の中で攻め込んできている者同士で戦うという羽目にさえ陥りかねない。

 

 こちらから攻め入る戦いである以上、敵のホームでの戦いという不利は元より承知の上。しかしその上で更に、第三者がいつ仕掛けてくるか分からないという二重の不利までは負いたくはない。

 

「ライダー、予定を変更。私達もホテルから出るわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 数分程時を前後してホテルの最上階、魔術工房の最奥に位置するスイートルームでは。

 

「今夜はご苦労だった、ランサー。誉れも高きディルムッド・オディナの双槍、見事であった」

 

「恐縮であります、我が主よ」

 

 白ワインを傾けたケイネスは、傍らで膝を付く従者に労いの言葉を掛ける。

 

「うむ……正直、サーヴァント同士の戦いがまさかあれほどのものとは思わなかった……実の所、私はこれまでお前達英霊という存在を侮っていた。それが誤りであったと、先の戦いで思い知らされた」

 

 ケイネスは内心では安堵していた。ソラウを本国に残してきた自分の判断は、どうやら間違ってはいなかったようだ。

 

 時計塔・降霊科(ユリフィス)随一の神童と謳われた彼の手腕を以てすればサーヴァントとマスターの契約システムに介入し、魔力供給を行う者と令呪を宿す者を分割する変則契約によって、自身が十全の魔術を行使出来る状態にする事も出来たのだが……止めておいた。それをすれば当然、魔力供給を担う役の彼女を第一線でないとは言え、この戦争の渦中に巻き込む事になる。

 

 研究畑の出身とは言え数多の礼装を持ち魔術師としての腕前も自他共に認める最高水準である自分とは違って彼女は戦う術を持たず、また純粋な魔術師としての力量・位階に於いても大きく劣る。そんなソラウが魔術師同士の戦いに参加するなど……ケイネスは断じて認める事が出来なかった。

 

 完璧とも言える自分の経歴に武功という”箔”を加える為に参加した聖杯戦争であったが、しかしその為に最愛の許嫁を危険に晒すなど本末転倒、論外である。ケイネスはそれほどにソラウを想っていたのだ。例えそうする事で勝率が下がるのだとしても、それは彼にとっては絶対に譲る事の出来ぬ一線だった。

 

「しかし……中でもあの黄金のアーチャーは、アサシンを一瞬で葬った時から感じていたが、まったく……底が知れん……ランサーよ、お前は奴と一対一で戦って勝てると思うか?」

 

「は……」

 

 これまでいかなる時でも鋼のように、打てば響く早さで主が望む答えを返してきた槍使いのサーヴァントは、この時ばかりは言葉を濁した。

 

 その感情の動きを、ケイネスは敏感に読み取っていた。

 

 ランサーも、残念ながら自分ではあの黄金の王には勝てないと客観的な戦力評価では認めているのだろう。しかし、彼はケイネスと主従の誓いを交わした生粋の騎士。主に対して嘘偽りを口にする事など考えもしないが、同時に「勝てない」などとは、口が裂けても言いたくはあるまい。

 

「……フィアナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナの実力は十分に認めた上で、尚かつあのサーヴァントは恐るべしと言わねばなるまい」

 

「……!! 異論はありません、我が主よ」

 

 ランサーのプライドにも配慮した形で選ばれたその言葉に、槍兵は感謝するように頭を下げて頷いた。

 

「我々だけではない。恐らくこの聖杯戦争に参加しているサーヴァントで……最優とされるセイバーが十全の状態であろうと、あのロード・レンティーナのライダーであろうと、単独であのアーチャーを撃破出来る者は一騎もいまい」

 

「では……いずれかの陣営との同盟を?」

 

「うむ……」

 

 ランサーの意見に、ケイネスは頷く。対アーチャーの同盟相手としてすぐに思い付くのはバーサーカーの陣営だ。

 

 触れた物を何であれ己が宝具と化す事が出来るあの狂戦士の能力は、宝具を射出する事を主戦術としているアーチャー相手には優位に立ち回る事が出来る。更に、ランサーの宝具はそのバーサーカー相手に優位に立てると来ている。おあつらえ向きにも程があるというものだ。

 

 狡兎死して走狗煮らると言うが、ランサーは簡単に煮られはすまい。どころか、共通の邪魔者であるアーチャーを倒した後に敵対する事となっても、バーサーカーを問題無く倒す事が出来るだろう。

 

 しかし、それはバーサーカーのマスターとて承知の筈。庭から虎を追い出す事は出来ても、代わりに狼が入ってきたのでは同じ事だ。そう上手く行くとは思えない。

 

 となると他の陣営だが、セイバー陣営は論外。同盟の話を持ち掛けたとしても、対価として左手の呪いの解除を要求されるのは目に見えている。ならば……と、ケイネスが意識を思考の海に沈めようとした時、警報が鳴り響いた。

 

「主よ、これは……」

 

 立ち上がって周囲を警戒するサーヴァントを控えさせると、ケイネスは鳴り出した電話を取った。フロントから「3階から小火程度ではあるが出火したので、万一を考えて指定の場所に避難して欲しい」と言ってくる。

 

「放火ですと? このような時に……」

 

「恐らく、人払いの計らいだろう。相手も魔術師だ。神秘の秘匿の為には、当然の処置だ」

 

 さて、どうするか……

 

 本来ならばかねてよりの打ち合わせ通り、ランサーに乗り込んできた敵を魔術工房へと追い込むように命ずる所だが……

 

 今回のケースでは攻めてきた相手の正体が大方予想出来る。セイバー陣営、アインツベルンだ。

 

 倉庫街での戦いに於いて、ランサーは奇策によって地力では一枚上手のセイバーに一矢報い、治癒不能の手傷を負わせる事に成功した。セイバーのマスターとしては半減した戦力を立て直す為、可能な限り早急に「必滅の黄薔薇」(ゲイ・ボウ)の呪いを解消したい所だろう。

 

 だが、ここで気に掛かるのはこの戦争に参加する際に集めた各陣営の情報だ。その中に「9年前、アインツベルンに魔術師殺しと呼ばれた男が婿入りした」という一文があったのを、ケイネスは覚えていた。

 

 魔術師殺しの”衛宮”。一時は協会でもかなりの悪名を轟かせていた男だ。

 

 目的達成の為には手段を選ばず、狙撃、毒殺、爆破、その魔術師が乗り合わせた旅客機の撃墜、エトセトラエトセトラ……悪辣な手口は枚挙に暇が無い。

 

 いくら戦闘が専門外とは言え魔術師同士の決闘なら、自分は一人を除いて誰が相手だろうと負けるつもりはないが……相手は自分のような存在を殺す事に特化した暗殺者。こちらの想像の枠外、思いも寄らない搦め手から攻めてくるかも知れない。そんな相手と、しかも向こうの手の内が何一つ分からないのに戦うなど馬鹿げている。

 

「これほどの魔術工房を捨てるのは些か惜しいが……止むを得まい」

 

 工房一つと引き替えに敵の戦術傾向を看破出来るのならば、悪い取引ではない。

 

「撤退するぞ、ランサー。避難する宿泊客と共に、正面玄関から、堂々とな。私の周囲を警護せよ」

 

「承知いたしました、我が主よ」

 

 

 

 

 

 

 

 ぞろぞろと避難してくる客達の中にケイネスの姿を人混みの中から認めた時、切嗣は思わず舌を打ち鳴らした。

 

 魔術師としては遥かに格上であるケイネスの要塞じみた魔術工房を攻略する事は彼にはまず不可能。よってその工房が築かれていている地盤、ホテルそのものを爆破解体するという手段を選択した。

 

 放火騒ぎを起こしたのは無用な犠牲を避けると同時に、こうして敵陣営の襲撃を装えばケイネスは魔術工房を使っての籠城戦を選択すると読み、あわよくば彼自身も工房ごと亡き者にしてやろうという狙いがあったからだが、流石に物事は、何から何まで自分の望んだ通りには進まない。

 

 狙撃するという手も考えないではないが……これだけ人目のある所に立つ自分がそれを行うのは不可能であろうし、最上階の窓からケイネスが脱出する可能性を考慮して配置した舞弥のポジションからは正面玄関は死角となっている。更に奴は霊体化したランサーを傍らに従えているだろう。無理に狙撃した所で、銃弾を止められる可能性も高い。

 

 だがまぁ……良い。

 

 ケイネス自身を殺す事は出来なくても、奴の拠点の一つを破壊する事は出来る。次善の結果だが、今はそれで良しとすべきだろう。

 

 そう結論すると彼は手にしていたリモコン、ハイアットホテルに仕掛けられた爆薬の起爆スイッチを、押した。

 

 

 

 

 

 

 

「……これが、魔術師殺しの手口か……」

 

 自重によってその巨体を内側に飲み込むように、地面に吸い込まれるようにして倒壊していくホテルを見上げながら、ケイネスは怒りよりも驚きよりも、感心を強く押し出した表情で呟いた。

 

 もしあのまま避難せずに魔術工房の中に立て籠もっていたら、自分も最上階から地面へ瓦礫ごと自由落下していたという訳か。

 

 その発想には敵ながら、そして下郎ながら敬服する他は無い。ケイネスにはこんな手はこうしてホテルが崩れていく様を目の当たりにするまで、実行するしない以前に可能性として思い浮かべる事すら出来なかった。

 

 自分の礼装を使用すればそれでも生存する事は可能だったろうが……やはり早急に撤退して良かったと、ケイネスはもう一度、胸中で安堵の溜息を吐く。

 

「お互い、命拾いしたわね?」

 

 と、不意に背後から声が掛けられる。

 

 振り向くと、そこにはフィオが立っていた。主を守るべく咄嗟に実体化しようとするランサーを制し、ケイネスは一歩前に出て、恭しく一礼した。

 

「ご無沙汰しております……ロード・レンティーナ」

 

「私こそこの数年、手紙の一つも寄越さないでごめんなさいね、ケイネス……いえ、ロード・エルメロイ。でも今の私は封印指定……そこは、理解してくれると嬉しいわ」

 

「無論ですとも」

 

 互いにこの聖杯戦争で殺し合うマスター同士とは思えぬ程に気安く、挨拶を交わし合う魔術師二人。

 

 この二人の馴れ初めは、まだケイネスの背丈がフィオの腰ぐらいだった頃に遡る。

 

 アーチボルト家とグランベル家。共に時計塔では知らぬ者の居ない名門中の名門であり、幼かったケイネスが親と共に賓客として招かれた屋敷で出会ったのが、フィオだった。

 

 当時既に神童として誉れも高かったケイネスに対して、フィオもその頃には錬金術を筆頭とした様々な魔術のエキスパートして名を馳せており、家を訪れた弟ぐらいの年頃の才気溢れる少年に対して、手ほどきの一つでもしてやろうというのはごく自然な成り行きであった。

 

 そして、その出会いは互いに喜ばしいものとなる。

 

 それまで天に愛された才能によって努力知らずで全てを掴んできたケイネスにとって、フィオの卓越した技量は初めてぶつかる壁であり、乗り越える為に努力する必要と、その果てに成果を得た時の喜びを知った。

 

 一方でフィオも自分には劣るとは言えそれでもケイネス程の才には滅多に出会えるものではなく、彼女はそれを伸ばす喜びに我と時間を忘れる事が多々あった。

 

 結果としてケイネスは史上最年少にて時計塔の花形講師の座を勝ち取り、更に降霊科学部長の座を歴任してきた名門、ソフィアリ家の長女とも婚約が決まる。紛れもなく政略結婚ではあったがケイネスはそんな事は関係無く、婚約の締結に狂喜した。彼はその話が持ち上がる以前より、ソラウの事を強く想っていたのだ。つまりは一目惚れである。

 

 フィオもそんな二人を祝福していたが……それからしばらく経って、彼女は封印指定に認定され、時計塔を去る事になった。

 

「それが、まさかこんな極東の地で再会出来るとは……」

 

「私も、ホテルの人からあなたの名前を聞かされた時は驚いたわ」

 

『ふうん、やはり奏者の17才という年齢は嘘だったのか』

 

『黙りなさい、ライダー』

 

『ははっ、そなたと同じ戯れよ。許せ』

 

 霊体化したまま軽口を叩く自分のサーヴァントとのやり取りを経て、フィオは先程まではホテルのあった空間へと目をやった。それに釣られて、ケイネスも同じように目を向ける。彼の目は、今は感心が引っ込んで代わりに顔を出してきた二つの怒りに燃えていた。

 

 一つには彼自身情報の代わりに捨てるつもりであったとは言え、手間暇掛けて拵えた魔術工房を木っ端微塵にされた事への怒り。もう一つは、

 

「仮にも魔術の薫陶を得ておきながら、こんな下衆な手口を使うとは……同じ魔術師として、許してはおけませんな」

 

『……なぁ、奏者よ……』

 

『アー、アー、キコエナーイ』

 

 怒りを声に滲ませるケイネスのすぐ側に立つフィオ自身、拳銃や対物ライフルなど魔術師の嫌悪するカラクリ仕掛けを使う輩に他ならないのだが……

 

 心に棚を作る事に長けたフィオはそれを突っ込んでくるサーヴァントのコメントには好い加減な念話で返すと、肉声で以てケイネスへと言った。

 

「ロード・エルメロイ、少し付き合っていただけるかしら?」

 

「……ふむ? つまり、今宵の内に第三戦の幕を開けるという事ですかな?」

 

 私のランサーと、貴女のライダーで。

 

 ケイネスの言葉を受けて、二人の傍らに控える二騎のサーヴァントが警戒心を一気に引き上げ、いつでも瞬時に実体化出来るように戦闘準備を整える。

 

 だが両陣営の間に立ち込めるその威圧感は、続くフィオの言葉で幾分和らぐ事になる。

 

「いえ、今日はお誘いに来たのよ。貴族の嗜みに、ね」

 

「……と、仰いますと……?」

 

 古来より、貴族の嗜みと言えば決まっている。

 

「狐狩りよ。私達二人と、貴方のランサーと、私のライダーで」

 


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