Fate/Zero フィオ・エクス・マキナ(完結)   作:ファルメール

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読み切りの短編です。

オリジナルサーヴァントが登場します。


Grand Order

 

「うーん……」

 

 飲食業を営むフィオの朝は早い。安眠の誘惑を振り切って布団からもぞもぞと這い出すと、手元の目覚まし時計のスイッチをオフに切り替える。時計の針は5時を差していた。

 

 夢見心地で身支度を調えていると、寝室のドアがノックされる。「入りなさい」と一声掛けると、褐色の肌をした少女がドアを破る勢いで入室してきた。

 

「て、店長!! 大変です!!」

 

「どうしたの? シャーレイ、そんなに泡食って……」

 

「いや……それがその……とても言葉では言えません……!! と、兎に角外を……」

 

「外?」

 

 まだ寝ぼけ眼のフィオは、ベッドサイドに置いてあったメガネを掛けるとカーテンを開ける。

 

 そこには当然、いつもの冬木市の町並みが……

 

「な……っ?!」

 

 無かった。代わりにあったものは。

 

 黒煙が空を覆い、町を覆う紅蓮の炎……そして遠くて良く見えないが、道には妙な者共がうろうろと蠢いている。

 

「…………」

 

 シャッ、とフィオはカーテンを閉じる。

 

 そしてシャーレイと顔を見合わせた。

 

「「…………」」

 

 手招きするフィオ。シャーレイはとことこと寄ってくる。

 

「……シャーレイ、もう一度、1、2の3で、今度は同時に開けるわよ」

 

「は、はい。店長……」

 

 シャッ!!

 

 二人でカーテンを開ける。そこから見える景色は、やはり炎上する焦土の如き都市であった。

 

 シャッ!!

 

 フィオはもう一度、カーテンを閉じた。

 

「……店長、これは……」

 

 フィオは額に手を当て、ふるふると首を振る。

 

「どうもこうもない……恐らく、またこの店がどこかの特異点に繋がったのね……」

 

 シャーレイは「はぁ」と溜息を吐いた。

 

「またですか……この前はギリシャの「テオフォニア」、その前はスペインの「トマト投げ」、そのまた前はコッツウォルズの「スネ蹴りチャンピオンシップ」、更にその前は中国の「端午節」……でしたっけ? しかし困りましたね。ネロさんやタマモさんを初め、サーヴァントの皆さんは殆ど例の特異点修復の為に出払ってしまってますし……」

 

「……本当に私は呪われてるわね。この前、イタリア旅行に行ったらエトナ山の下から何かデカブツが蘇りそうな現場に出くわすし……はぁ、どこまで不幸がついて回るのやら……」

 

「あれをボコボコにしてもう一度地の底に沈めてしまう店長の実力も大概だと思いますが……しかしどうしますか? この非常事態は……」

 

「どうもこうもないでしょ。私達でこの異常の原因を調査し、解決、定礎修復。みんなハッピー、いつもやってる事よ」

 

「そうですね、差し当たってはアサシンさんに連絡と、バーサーカーさんの起動準備を……」

 

 そんな風にイマイチ緊張感の無い会話を交わしていると、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。

 

「「…………」」

 

 再び、顔を見合わせる二人。

 

 こんな状況で店を訪ねてくるのが一般人とは思えない。つまり……

 

「シャーレイ、念の為に武器を取ってきなさい」

 

「はい、店長」

 

 そうしてすぐに、フィオは玄関へと移動する。シャーレイも後に続いてやって来た。彼女の手には、M61・20ミリ砲身機関砲が握られている。本来は戦闘機に搭載される重機関銃であり人間には到底扱う事など出来ないシロモノであるが、シャーレイは人ならざる死徒の身。故に、少々ホネではあるものの扱う事が出来ていた。

 

 フィオも、ドアを開けてその向こうに現れるのが悪意や害意ある者なら即座に対物ライフル並のガンドをぶっ放せる心構えをしつつ、ドアノブに手を掛けた。

 

 ガチャッ!!

 

「!! 先輩、下がってください!!」「……っ!!」「ひっ!!」「フォーウ!!」

 

 ドアの向こう側に居たのは、まず軽装の鎧を纏い巨大な盾を携えた桃色の髪の少女。次にどこかの制服だろうか? を、着た黒髪の少年。それにその肩に乗っているリスのような、猫のような小動物。最後に、この二人よりもいくらか年上らしい銀髪の女性。

 

「……」

 

 いきなり怪物が現れるような事態も想定していたフィオは、少し毒気を抜かれた。少なくとも悪意ある存在には見えない。

 

「あの……怪しい者ではありません。この町で、この店だけが何故か無事のようでしたので……何か情報が得られればと……」

 

 少年が、一同を代表する形で話し掛けてくる。

 

「ふーむ……良いわ。シャーレイ、武器を下ろしなさい」

 

「はい、店長」

 

 フィオの指示に従い、シャーレイは銃を下ろすと店内へと引っ込んだ。そしてフィオは、3名と1匹に対して恭しく一礼する。

 

「イタリアンレストラン『虹色の脚』へようこそ。店長の、フィオ・レンティーナ・グランベルと申します」

 

「!!」「?」「?」「フォ?」

 

 この名前を聞いた瞬間、反応は綺麗に二つに分かれた。ブーッ!! と吹き出したのが銀髪の女性。盾持ちの少女と少年と小動物は、狐につままれたように首を傾げるだけだ。

 

「あああ……あなたがあの、伝説の……ロード・レンティーナ!?」

 

 

 

 

 

 

 

「……人理継続保障機関カルデア……2017年を迎えられない……爆発……レイシフト……そっちでは随分と大変な事になっているのね……」

 

 虹色の脚の一席で、フィオは客人である3名。盾持ちの少女・デミサーヴァントであるマシュ・キリエライト。そのマスターである黒髪の少年・藤丸立香。カルデアの所長であるオルガマリー・アニムスフィアから話を聞いていた。小動物のフォウは、テーブルの下でシャーレイが用意したご飯を食べている。

 

「しかし、レイシフト先でロード・レンティーナにお会いできた事は不幸中の幸いです。あなた以上に頼もしい方は居られません……」

 

「あ、あの……」

 

 立香が挙手する。

 

「この人は……そんなに凄い人なんですか? 所長がそこまで畏まるなんて……」

 

「凄いなんてものじゃないわ!! このお方は時計塔で17代続く名門中の名門、グランベル家の初代当主にして現当主……封印指定の魔術師で……」

 

「まぁ、それは良いじゃないの」

 

 フィオは興奮して捲し立てるオルガマリーを制すると「それよりまずはこの事態をどう収拾するかでしょ?」と、話題を切り替える。

 

「はい……ロード・レンティーナが……」

 

「フィオで良いわよ、マシュちゃん」

 

「は、はい……では……フィオさんが高名な魔術師である事は所長の反応から分かりました。ならば、ご推察出来るのではありませんか? 現在……この冬木市で何が起こっているのかを……」

 

 マシュの視線を受けて、フィオはまず一呼吸置く意味でシャーレイが煎れた紅茶を口に運んだ。

 

「……結論から言うと、確信は無いけど……でも、大凡のアタリを付ける事は出来るわ」

 

「……良く分からないです。どういう事なんですか?」

 

「……まず、この冬木市は私が知っている冬木市とは少し違う冬木市なの」

 

「……と、言うと?」

 

「私のこの店……『虹色の脚』は、どの並行世界・どの時間軸にも存在せず同時にあらゆる並行世界・あらゆる時間軸に繋がっている一種の結界魔術なの……通常時は私の力でとある世界の冬木市に基点を置いているけど、その性質上時々別の世界の特異点に繋がる事があるの。そして今回は、原因は不明だけどこの炎上した冬木市に繋がったようね」

 

「は、はぁ……」

 

 あまりにもスケールの大きい話に、マシュは圧倒されてあんぐり口を開けている。一流魔術師であり様々な魔術に精通するオルガマリーは、マシュよりも受けた衝撃がよほど大きいらしく言葉を失っていた。立香だけは話の内容がイマイチ呑み込めていないらしく、目をぱちくりさせている。

 

 食事を食べ終えたフォウはぴょんとフィオの膝に乗った。フィオはそんな小動物の背中を撫でつつ、話を続けていく。

 

「でも……この冬木市が私の知っているものとは違うとは言え、冬木市は冬木市……そして冬木市を特異点としてここまでの異常事態を発生させ得る原因となると……うん、考えられる可能性は一つね。円蔵山内部の大聖杯」

 

「それは一体……?」

 

「冬の聖女ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンの魔術回路を拡大・増幅し、六十年周期で地脈からマナを吸い上げ胎動し続ける大魔法陣。超抜級の魔術炉心……そこに何かしらの異常があると見て良いでしょう。調査すべきは、まずそこね」

 

「では……」

 

「そうね、行ってみましょう。勿論、私も同行するわ。そしてマシュちゃんと立香くん、あなた達二人はまだ圧倒的に経験が足りてないようだし……即席ながら、私が教師役を務めさせてもらうわね。シャーレイ、私が戻るまで、店番を頼むわ」

 

「はい、お気を付けて……店長」

 

「ロード・レンティーナの助けを得られるなんて、百万の味方を得た気分です!! よろしくお願いします!!」

 

「「お願いします!!」」

 

「フォーウ!!」

 

 オルガマリーが、起立して90度腰を曲げて礼の姿勢を取る。マシュと立香も一拍置いてそれに続いた。

 

 フィオは、にっこり笑って応じる。

 

「良いのよ。違う世界の話とは言え2017年が来ないなんて話を聞いて放ってはおけないし……それに……」

 

「それに?」

 

 フィオの視線がまずフォウに、次にはオルガマリーへと動いた。

 

「……この特異点だけじゃなくて、色々と大変な案件を抱えているみたいだしね……あなた達は」

 

 

 

 

 

 

 

 並行世界のものとは言え、冬木市はフィオにとっては勝手知ったるホームグラウンドである。途中、泥に汚染されたシャドウサーヴァントやスケルトンとの戦闘が幾度かあったが、フィオのサポートもあり、マシュと立香の実戦訓練を兼ねて楽勝とは言わぬまでも確実に切り抜ける事が出来た。

 

 シャドウサーヴァントは時間と共に復活するらしいが、流石にこれから大聖杯に辿り着くまでに復活する事はないであろうとのフィオの見立てだった。

 

「これまでに倒したシャドウサーヴァントは全部で4体」

 

 ランサー:武蔵坊弁慶。

 

 ライダー:メドゥーサ。

 

 アサシン:ハサン・サッバーハ。

 

 キャスター:クー・フーリン。

 

「この冬木市で行われていた聖杯戦争のルールが私の知っているものと同じ七騎のサーヴァントで争われるものだとすると……後はセイバー・アーチャー・バーサーカーが残っている筈ね……三騎士の内二騎と、肉弾戦に於いては最強クラスのバーサーカー。みんな、気を引き締めるように……」

 

「「はい!!」」「了解しました」「フォーウ、キュウ」

 

 と、話をしながら大聖杯に繋がる洞窟内を進んでいたが先頭のフィオが不意に足を止めた。そして「止まって!!」と片手を上げて一同を掣肘する。

 

「どうしたんですか? フィオさん」

 

「居るわよ……」

 

 彼女がそう言うのとほぼ同時に場に声が響く。

 

「ほう。面白いサーヴァントが居るな」

 

 不意に周囲を覆っていた闇が晴れ、姿を現したのは一騎のサーヴァント。

 

 体躯こそは華奢な女性のそれであるが、しかしそれでこの相手が容易い敵という考えはこの場の誰も頭の片隅にすら覚えなかった。

 

 血管のような紅い紋様が浮き出た黒い鎧を身に纏い、病人のように蒼白い肌、ぎらぎら光る黄色い瞳、周囲に漂う闇色の王気、手にするは一目で凄まじいまでの『格』を理解させる黒に染まった聖剣。

 

 このサーヴァントはただ立って目の前に居るだけで、超一級の英霊である事を全員に分からせる。

 

「あれは……」

 

「……皆、気を付けて。あれは黒く反転しているけど……真名はアーサー王。イギリス最強の英霊にしてセイバークラスとしては間違いなく最高位のサーヴァント。一瞬でも気を抜けば、その瞬間に真っ二つにされるわよ」

 

 フィオのこの言葉を受け、身構えるマシュ達。一方で漆黒のサーヴァント、セイバーは「ほう」と声を漏らして少しだけ感心した顔になった。

 

「一目見ただけで私の真名を看破するか。生前に出会った記憶は無いが……あぁ、どこかの聖杯戦争で召喚されたのか?」

 

「……まぁ、そんな所だと答えておくわ」

 

「ふむ。まぁ、何であろうが私がやるべき事には変わりはない……征け!! バーサーカー!!」

 

 セイバーがどん、と足を踏み鳴らすと同時、洞窟の壁が崩れ……否、吹き飛んでその向こう側から2メートル超はあろうかという巨人が姿を現した。

 

「……こ、こいつは!!」

 

 全身が影に侵食されたその姿はやはりシャドウサーヴァントの特徴ではあるが、しかし肌をびりびりと叩く威圧感は本来の英雄としての霊格においてはセイバーに勝るとも劣らない超一級の英霊であると無言の内に教えてくる。

 

 フィオは、ある程度この状況は想定していたようだった。メンバーの中では唯一慌てた様子は無く、じっと現れたバーサーカーを観察している。

 

「……こいつは、ヘラクレスね」

 

<ヘ、ヘラクレスだって!?>

 

 素っ頓狂な声が響いてくる。

 

 これはカルデアから通信によってサポートを行っているドクター・ロマンことロマニ・アーキマンのものだ。

 

 彼の驚愕もしかし当然である。ヘラクレスと言えばギリシャ最強と言って良い破格の英霊だが、その知名度はギリシャに留まらない。聖杯戦争にあってはキャスター以外の全てのクラスに適性を持つとされる武芸百般を極めた益荒男であり、一流の上に「超」が3つか4つは付くであろうワールドクラスの大英雄である。その実力はあらゆる国・あらゆる時代のサーヴァントの中でも間違いなく五指に入るであろう。

 

「■■■■■■ーーーーーーーッ!!!!」

 

 物理的な圧力さえ生み出すような咆哮。

 

 狂戦士は巨体からは想像も出来ないような速さで、一行へ向けて突進してくる。

 

 その豪腕、その剛剣。人は勿論、サーヴァントであろうとまともに一撃を受ければ命は無い。

 

 だがそれほどの脅威を目の前にしてもフィオは少しも臆した素振りは見せず。

 

「征きなさい!! バーサーカー!!」

 

 彼女の命令と同時に霊体化を解き、ヘラクレスの岩のような体が小さく見えるほどの巨兵が実体化する。

 

 全身を鎧のような装甲で覆い、絶えず熱気を噴き上げる巨人。

 

 フィオのバーサーカーは、シャドウバーサーカーへ向かって突進。振り下ろしてきた斧剣を自分の腕を盾にして止めると、逆にシャドウバーサーカー腕を取り、投げ飛ばしてしまった。シャドウバーサーカーが吹っ飛んで現れたのとは反対側の壁にも、大穴が空いた。

 

「■■■■■■ーーーーーーーッ!!!!」

 

 しかしシャドウバーサーカーは少しも怯んだ様子は無く、自分を埋めていた瓦礫を吹き飛ばして向かってくる。

 

「…………」

 

 対照的にフィオのバーサーカーはこちらは一言も発せず、ロボットのようにヘラクレスへと向かう。

 

 ズガン!! ズガン!!

 

「ひっ!!」

 

 思わず、オルガマリーが悲鳴を上げた。

 

 始まったのはベアナックルによる殴り合い。

 

 しかしその迫力たるやどうだ。

 

 一撃一撃ごとに、直接当たっている訳でもないのに洞窟全体が揺れるような衝撃が伝わってくる。二騎のサーヴァントの拳の先端に爆薬が仕込まれていて、直撃する度にそれが爆ぜているかのようだった。

 

 人間なら余波だけで即死、サーヴァントであろうと並の者なら一発でミンチと化すであろう恐るべき威力を纏った攻撃が代わりばんこに繰り出され、対手の顔面を打っていく。

 

 ズガン!! ズガン!! ズガン!!

 

 だがそんな、まさしく現代に神話の戦いが具現したような攻防を繰り広げながら、二騎のバーサーカーはどちらも倒れず、それどころか打たれる力を自分のものへと変えているかのようにますます力強くなって次の攻撃を打っていく。

 

 果てしなく続くような世にも恐ろしい打撃戦だが、しかしほんの僅か、少しずつではあるが形勢は一方に傾きつつあった。

 

「先輩、これは……!!」

 

「あぁ、フィオさんのバーサーカーが押している!!」

 

 と、マシュと立香。そう、ほんの少しずつ、ちょっぴりだけではあるがフィオのバーサーカーが前に出て、反対にヘラクレスはじりじり後退っている。

 

「し、信じられない……まさか、ヘラクレスに正面切って対抗……どころか、優勢に立てるサーヴァントが居るなんて……!?」

 

 呆然と、オルガマリーが呟く。対照的にセイバーは「成る程」と得心が行ったという表情だった。

 

「成る程、かのクレタ島の守護巨神をバーサーカーとしていたのか。確かにそれならば、ヘラクレスに勝る膂力も頷ける」

 

<……クレタ島の守護巨神……そうか、タロス神像か!! ヘラクレスどころかアルゴー船に集ったギリシャの英雄達が束になっても歯が立たなかったという怪物だ!! こと肉弾戦に限ってなら、勝てる!! 勝てるぞ!!>

 

 興奮したロマンの声が洞窟に響く。

 

 立香やマシュの顔にも喜色が浮かぶが、フィオは「気を抜かないで」と一言戒める。

 

 そう、バーサーカーは押さえられた。しかし、まだこの場にはセイバーが残っている。

 

「では……参るぞ、構えよ。名も知らぬ盾の娘よ」

 

 宣告し、それを受けてマシュがぐっと腰を落として身構える。

 

 瞬間、セイバーの体がいきなり3倍は大きくなった。

 

 勿論、実際に巨大化した訳ではない。セイバー・アーサー王にそのような能力は備わっていない。

 

 それほどのスピードで肉迫してきたのだ。

 

 スキル・魔力放出。蓄積した魔力を高圧にて任意のベクトルへ放出、運動能力を爆発的に高める能力。ましてやこのセイバーは、意識せずとも黒い霧として周囲に漂うほどの濃密な魔力を帯びている。それを全て、推進力に回せばどうなるか。

 

 筋力ではなく、魔力によって巻き起こしたジェット噴射に体を乗せて、セイバーの体は一つの巨大な砲弾と化した。

 

 その速度に乗せて、鉄槌よりも固く重い大剣の一撃がマシュの盾に叩き付けられる。

 

「くっ……ぐぅっ!!」

 

 デミ・サーヴァントの両足が地面にめり込み、両腕の筋繊維が悲鳴を上げる。

 

 マシュは歯を食い縛って、何とかその攻撃を止める事には成功した。

 

「ふむ、反応は上々。まだ未熟だが筋は良いようだ」

 

 セイバーは認めた。が、すぐに「しかし」と続ける。

 

「この一撃を防ぐ事に精一杯で、サーヴァントの本分を忘れるようではまだまだだな」

 

「えっ?」

 

「アーチャー!!」

 

 そう、今この場に現れたのはセイバーとバーサーカーのみ。ならば後一騎、どこかにサーヴァントが居る筈なのだ。

 

 セイバーの命令と共に、やはり影を纏った人影が飛び出してくる。手にするのは弓ではなく双剣なれど、スケルトンや竜牙兵の類では有り得ない。先程のセイバーの言葉もあり、これはこの聖杯戦争に喚ばれたサーヴァント最後の一騎、アーチャーが闇に呑まれた姿なのだろう。

 

 そしてアーチャーは、まっすぐ立香へと向かっていく。

 

「先輩……逃げ……!!」

 

 マシュはセイバーを押さえていて動けない。フィオのバーサーカーも、ヘラクレスの戦いで手一杯。フィオもオルガマリーも、咄嗟に立香を助けるには位置が悪かった。詰み。立香が殺される未来を、もう誰も変える事は叶わぬかと、そう思われた。

 

 だが。

 

「アサシン、頼むわ!!」

 

 フィオがそう叫び、そして予想もしない反撃が繰り出された。

 

 立香の腹部から腕が生えて、突き出された拳がシャドウアーチャーの胸を貫いていたのだ。

 

「ガハッ……!! 何だと……!?」

 

「こ、これは……」

 

 さしものシャドウアーチャーも、無防備な筈のマスターがしかも何の攻撃動作も見せずに反撃してくるのは予想外であったらしい。攻撃をもろに受けて霊核を破壊され、消えていく。

 

「な、何だこれは!?」「先輩の体から……先輩のじゃない、別の手が……?」「むうっ……?」

 

 驚いているのはアーチャーだけではない。マシュも、当事者である立香も、セイバーですら何が起こったのかは理解出来てはいなかった。

 

 理解出来ているのは、唯一人。

 

「……まだ、マシュちゃんも立香くんも未熟だからね。マスターを守りきれない状況も、私は想定していたわ。だから既に、アサシンには立香くんの体内に潜んでもらっていたのよ。いざという時、彼を守ってくれるようにね」

 

 フィオがそう語っている間にも、少しずつ立香の体内に潜んでいた者の全貌が明らかになってくる。

 

 それは全体像こそ人型であるが、明らかに人間ではなかった。ヘラクレスにも負けぬほど筋骨隆々とした体には腕が二対四本も付いていて、何より特徴的なのはその面貌である。人ではない。牙があり、鬣(たてがみ)がある。獅子だ。獅子面の獣人が、立香の体の中から重なった立体映像をすり抜けるようにして現れてきていた。

 

 この特徴的過ぎる容貌を目の当たりにして、セイバーはすぐにこのサーヴァントの真名に気付いたようだった。

 

「成る程……アヴァターラ第四の化身・ナラシンハか。柱の中から現れたという逸話から、物体に潜行する宝具ないしはスキルを持つという事か……タロス神像だけでなく、これほどの英霊までサーヴァントとしていたとは」

 

 どこか畏敬の念があるような声でそう呟くと、セイバーは後方に跳躍して距離を離した。

 

 態勢を立て直す為……では、ない。セイバーが放つ威圧感は、衰えるどころか今までに倍するほどに強くなっている。

 

「お前達を侮っていた訳ではないが……過小評価はしていたかも知れん。盾の娘よ、貴様の守りが本物かどうか……今こそ確かめてやろう!!」

 

 全身から放出され、周囲を黒い霧となって漂っていた魔力が全て、漆黒に染まりし聖剣へと収束される。これは明らかに、宝具を使う予備動作だ。防御に回していた力を、全て攻撃に注ぎ込む為の。次に繰り出されるものこそがこのセイバーにとって最高最強の、まさに乾坤一擲。

 

「来ます、マスター……!!」

 

「マシュ・キリエライトに令呪を以て命じる!! 宝具を展開し、俺達を守れ!!」

 

 立香の右手に刻まれた紋様、サーヴァントへの絶対命令権である三画の令呪の一つが消滅し、それを構成していた膨大な魔力がマシュへと流れ込んでいく。

 

 宝具の使い方と、令呪の使い方。どちらもここまで至る道すがら、フィオが二人へと教えていたものだ。

 

 宝具の使い方は、既に融合した英霊が識っている。後はマシュが本能に従い、その力を引き出す事。

 

 令呪はサーヴァントに自害さえ強要できる絶対命令権ではあるが、その最も適切にして有効な使い方はサーヴァントの力を限界を超えて高めるものである事。

 

 教え子の二人ともが自分の教えをしっかり守っている姿を、戦闘中であるにも関わらずフィオは眼を細めて見詰める。

 

「卑王鉄槌……極光は反転する……光を呑め……」「真名・偽装登録……宝具、展開します」

 

 ブリテン島に潜む原始の呪力。黒く染まった魔力が刀身に充填され、今か今かと解放の時を待つ。

 

 迎え撃つは大盾に込められた力。半人半英霊の少女が使う、未だ名も知らぬ英霊の借り物の、真名さえ明らかならざる守護の力。

 

「約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)!!!!」「疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)!!!!」

 

 黒い聖剣の一振りと共に、解き放たれる破壊の奔流。闇色の光が、視界の全てを埋め尽くし、触れる物全てを砕きながら迫ってくる。

 

 だが、その絶対の破壊の力を前にしてマシュはその足を逃げる為に使わず踏ん張って。

 

 その手を己を庇う為ではなく、己の背に守る人達を守る為、前に突き出し盾を支える為に力を込めて。

 

 今、マシュが持つものと令呪によって後押しされた力が強力な守護障壁となって形成・展開される。顕現する光の壁。

 

 そして、激突。

 

 振動、衝撃。

 

 洞窟全体が、局地地震にでも遭ったかのように揺れる。オルガマリーは思わず体を伏せた。

 

「う……ぐ……あああああああっ!!!!」

 

 裂帛の気合いを込めて、マシュが叫ぶ。一瞬でも気を抜けば、盾が弾き飛ばされそうになる。

 

 障壁と盾を貫通して伝わってくる衝撃で、腕が引き千切られそうだ。

 

 ズズ……と、黒い光の圧力に押されて足が地面を削る。

 

 まっすぐ突き伸ばしていた腕が、徐々に曲がっていく。

 

「ぐっ……!!」

 

 マシュの額に、汗が伝う。

 

 支えきれない。防ぎきれない。破られる。

 

 その時、盾を支えるマシュの手に二つの手が添えられた。

 

 一つは令呪が刻まれた男性のもの。一つはたおやかな女性のもの。

 

「先輩……フィオさん……!!」

 

「どうしたの、マシュちゃん? もう、限界かしら?」

 

「フィオさん……い、いえ……まだ、です。私は……まだ……頑張れます」

 

 すぐ背後に立って、背中を押してくれているフィオにマシュはそう応じる。フィオは彼女の言葉を受けて、微笑した。

 

「マシュちゃん……あなたはとても優秀な生徒だけど……でも……少しだけ間違えているわね」

 

 背中を押していた手が動いて、ポンとマシュの頭に乗せられる。

 

「防ぎきれるように頑張る、のは違う。必ず防げる筈だと信じる、のも違う」

 

 後者のそれはマスターの役割だと、フィオはすぐ隣に立つ立香へと告げた。

 

「絶対に防げるのだと、『知る』事。それが一番大切な事よ……!!」

 

「フィオさん……はい!!」

 

「そして立香くん」

 

「はい、フィオさん!!」

 

 にやっとフィオは不敵に口角を上げる。

 

「良い声ね。私が今言ったように、マシュちゃんが必ずこの一撃を防ぎきれると信じるのはマスターの役目。私が、貴方を守るマシュちゃんが無敵である事を信じるように。貴方も自分を守るマシュちゃんが無敵の力を持つと信じてあげて」

 

「フィオさん……分かりました!!」

 

 ぐっと、マシュの肩に置かれた左手と盾に添えられた右手、その両方に力が宿る。

 

「負けるな!! マシュ!!!!」

 

 雄叫びと共に二画の令呪、その双方が消滅する。

 

 令呪はその目的が短期間・具体的なものである程に強制力を強める。無論、一つの命令に画数を重ねれば強制力はより強固なものとなる。

 

 この場合、三画全てを使った事、攻撃を防ぐという具体的かつ瞬間的な命令であった事、そして何より、マシュというデミサーヴァントの意志に則りその背中を押す為に使われた事。およそ令呪の使い方としては最も適切且つ効果を発揮する使い方であったが故に。

 

 三つの聖痕を形作っていた魔力は、条理を覆し不可能すら可能に変える強大な力となって、マシュの総身に宿る。

 

「……!! はい、先輩!!」

 

 展開する守護障壁が輝きを増し、実体すら持ちかねない程に重厚なものへと移っていく。

 

「おおおおおおーーーっ!!!!」「ああああああああああーーーーーっ!!!!」

 

 何秒も経っていないのか、何時間も経ったのか。

 

 定かではないが、しかしこの破壊の力と守護の力の攻防にも終わりは訪れた。

 

 黒く染まった魔力が収束していき……

 

 しかし、魔力障壁は確かに、破られる事なく其処に在った。

 

 マシュが、勝った。

 

 その事実に誰もが安堵し、セイバーが僅かな驚愕を面貌に浮かべた瞬間。

 

 誰より先んじて、駆け出した者が居た。余人に非ず、フィオその人が。手には、投影魔術で生み出した剣が握られている。

 

 宝具を使った反動で素早く動けないセイバーであったが、しかし慌てはしなかった。見たところフィオが創り出した剣は只の剣。宝具としての格も持たない鋭いだけの武器。自身の鎧にそんな物は通らない。無論、フィオとてその程度は想定内であろう。だから何らかの手は打っている筈。

 

 一撃は許す。だが一撃だけだ。それに耐えさえすれば、技の反動から立ち直った自分の剣閃が彼女を真っ二つにする。

 

 全神経を集中し、防御の態勢を取るセイバー。しかし、これは悪手であった。

 

 『耐える』のではなく『かわす』べきだったのだ。尤も、宝具使用の反応で動きが鈍いのだからどちらにせよ不可能であった訳だが。

 

 フィオが振り下ろした一刀がセイバーの体を、さながらすり抜けるように抵抗感無く通っていって……

 

 それで、全ては決した。

 

「……直死の魔眼か」

 

「そういうこと。これでも根源に繋がっているのでね。死を見るぐらいは出来るのよ」

 

「ふ、知らず私も力が緩んでいたらしい。最後の最後で手を止めるとはな。聖杯を守り通す気でいたが、己が執着に傾いた挙句敗北してしまった。結局、何が変わろうと私一人では同じ結末を迎えるという事か……しかし、いずれ貴女達も知る……聖杯を巡る戦い……グランドオーダーは、まだ始まったばかりだという事を」

 

「セイバー……それは……」

 

「……まぁ、あなたなら大丈夫でしょうね。『フィオ・エクス・マキナ(色々あったが、最後にはフィオが出て来てみんな幸せになる)』のでしょう?」

 

 その言葉を最後に、セイバーは消滅した。後に残ったのは、膨大な魔力を内包した結晶体が一つだけ。

 

 これが、セイバーが守っていたものでありこの特異点発生の原因となった聖杯なのだろう。

 

 ズウウゥン……

 

 轟音。振り返ると、フィオのバーサーカーがシャドウバーサーカーを打ち倒した所だった。ヘラクレスもまた、その体を黒い塵へと変えて消えていく。

 

 これでこの冬木の聖杯戦争に召喚されていた七騎のサーヴァント、全てが消滅した事になる。

 

 つまりは、これで……

 

<藤丸君、マシュ、よくやってくれた!! これで僕達の勝利だ!!>

 

「やった、の?」

 

 ロマンとオルガマリーの声が聞こえるが……フィオは厳しい表情を崩していなかった。

 

「いや……まだもうちょっとだけ、この任務は続くみたいよ」

 

「え……フィオさん、それは一体……」

 

「そこの者!! 居るのは分かっているわ!! 出て来なさい!!」

 

 パン、パン、パン……

 

 フィオのその言葉を受けて、場に乾いた拍手の音が鳴った。

 

 どこからともなく響くその音に、フィオ以外の全員がキョロキョロと周囲を見渡す。

 

「流石と言うべきか……伝説のロード・レンティーナ、そして君達がここまでやるとは計画の想定外であり私の寛容さの許容外だ。48人目のマスター適性者。全く見込みのない子供だからと、善意で見逃してあげていた私の失態だよ」

 

 姿を現したのは、紳士服を着こなした壮年の男だった。

 

 カルデアの顧問たる魔術師、レフ・ライノール。

 

「レフ……ああ、レフ、レフ、生きていたのね……!!」

 

 感極まったように涙目になったオルガマリーが駆け出し、レフの傍まで走っていってしまう。

 

 フィオは最初、様子がおかしい事に気付かないのかとも考えたが、すぐ思い直した。オルガマリーとしても、状況から判断してレフが怪しいという事は気付いているのだろう。しかし「分かるけど信じたくない」と、感情が理屈を凌駕してしまっている状態にあるのだろう。

 

「全く……予想外の事ばかりが起きる。その中でロード・レンティーナの存在に次ぐ予想外は、君だよオルガ。爆弾は足下に仕掛けた筈なのに、まさか生きているなんて……いや、生きているというのは違うな。君はとっくに死んでいる。君は死ぬ事でやっと、望んでいたレイシフト適性を手に入れたんだ」

 

「え……な、何を……」

 

 怯えた表情でオルガマリーが振り返るが、フィオは沈黙を保ったまま。それがレフの言葉を何より肯定していた。

 

 今のオルガマリーは肉体を持たない、魂と精神だけの存在なのだと。

 

 そしてレフがさっと手をかざすと、空間が歪んで全く別の景色がそこに浮かんだ。

 

 何かの実験室なのだろうか、用途は分からないが多数の機械が組み込まれた部屋で、中央には紅く燃え盛る疑似天体が輝いている。フィオはすぐに察した。レフは今、聖杯の力で時空を繋げたのだ。繋げた先は人理継続保障機関カルデアで、紅い疑似天体が話に聞いた地球環境モデル・カルデアスなのだと。

 

「このまま殺すのは簡単だがそれでは芸が無い。最後に君の望みを叶えてあげよう。君の宝物とやらに触れるがいい。なに、私からの慈悲だと思ってくれたまえ」

 

 レフがそう言った瞬間、オルガマリーを中心として猛烈な圧力が発生し、彼女の体を吸い込み始めた。その先にあるのは、カルデアス。

 

「や、止めて!! お願い!! だってカルデアスよ? 高密度の情報体よ? 次元が異なる領域なのよ?」

 

 オルガマリーの懇願、いや哀願にも、レフは笑って返すだけだ。

 

「ああ、ブラックホールと何も変わらない。それとも太陽かな? まぁどちらにせよ、人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮無く、生きたまま無限の死を味わいたまえ」

 

 死刑宣告。残酷なまでの。

 

 カルデア所長の顔が、絶望に歪む。

 

「いや、いや、いや、助けて、誰か助けてよ!! 私、こんな所で死にたくない!! だってまだ褒められてない……!! 誰も、誰も私を認めてくれていないじゃない……!! どうして!? どうしてこんな事ばっかりなの!? 誰も私を評価してくれなかった!! 皆私を嫌っていた!! やだ、いやいやいやいやいやいやいやいや……!! 死にたくない!! 生まれてからずっと、唯の一度も……!!」

 

 最後の言葉を言い終える前に、オルガマリーの体はカルデアスへと吸い込まれ……消えていった。

 

「所長……!!」「酷い……!!」

 

 マシュと立香は戦慄すると共に怒りを燃やし……そしてフィオは、

 

「そうはイカの金時計!!」

 

 手をかざすと、レフが開いた空間の裂け目を自分の手元に引き寄せる。そして腕まくりすると……

 

「ふん!!」

 

 未だに繋がったままの時空を超えて、カルデアスに手を突っ込んだ。

 

「な!?」

 

「フィオさん!?」

 

「ん……こう、かな? えっと……よし、見付けた」

 

 これにはレフも含め全員が言葉を失い、反応に戸惑ってしまう。

 

 数秒ばかりぶつぶつ言っていたフィオであったが、やがて何か手応えを掴んだらしい。

 

 カルデアスに突っ込んでいた手を、思い切り引き抜く。

 

 そこには、やはりと言うべきかまさかと言うべきか。今さっきカルデアスに吸い込まれて死んだ筈のオルガマリーが頭を引っ掴まれて出て来ていた。

 

「なっ……!?」

 

「サルベージ成功ね」

 

 レフも絶句。

 

 朝の軽いジョギングを終えたような顔で、フィオは腕まくりしていた袖を戻した。

 

「あ……えっと……私……」

 

 サルベージされたオルガマリーは虚脱した様子でぼんやりとしていたが……しかし直前の記憶はあるようでレフからは距離を置く。そこに、マシュと立香も駆け寄ってきて彼女を庇うように前に立った。

 

「……大したものだ」

 

 これは、レフの言葉だった。

 

「……今し方言ったように、カルデアスは人間にとってはブラックホールや太陽と同じ意味を持つ。それに手を突っ込んで平然としているだけでなく……オルガを救ってみせるとは。彼女は確かに分子レベルで分解された筈だが。どうやって助けられたのかな?」

 

「別に大した事じゃないわ。分解されただけって事は、魂も精神もどこかへ飛んでいってしまった訳ではなく、カルデアスの中に全て存在するって事でしょう? なら話は簡単。分子レベルで分解されたものを総浚いして、選り分け……分子レベルで所長を再構築してしまえば良いだけの事よ」

 

 他の誰にも真似出来ない、超人的な技を超えた業を、フィオは何でもないかのようにあっさりと言ってのける。

 

 しかし、問題はまだ残っていた。今のオルガマリーは霊体。カルデアには戻れない。戻った瞬間、死が待っているのだから。

 

「……人形を製造するにしても時間が足りないし……じゃあ、差し当たってはこれね」

 

 フィオはそう言って、懐から茶筒に手足を付けたような、全高20センチほどのロボット人形を取り出した。

 

 それを見た瞬間、オルガマリーの顔が先程カルデアスに消える直前よりも蒼く、白くなった。

 

「あ、あの……ロード・レンティーナ……?」

 

「ん? どうしたのかしらオルガマリー所長」

 

「わ、私物凄く嫌な予感がしてきたんですが……その人形は……? まさか……」

 

「ひとまずはこのロボットボディを、新しい肉体として生まれ変わってもらうわ。その後でじっくりゆっくり、代わりの人形を作る事にしましょう」

 

「な!?」

 

「フィオさん、何でそんなもの持ってるんですか!?」

 

「先輩、突っ込む所はそこじゃありません!!」

 

「あぁ、マシュちゃん。あなたの言いたい事は分かるわ。それなら心配はご無用。それっ」

 

 フィオは頷くと、ロボットの頭に付いたボタンを押した。

 

 すると、ロボットの胸の部分がプクーッと膨らんで女性の乳房のようになった。

 

「やはり女性には、やわらかマシュマロがなくてはね」

 

<おお……こ、これは凄い。現代医学はここまで進歩していたのか!! 一日見ていても飽きなさそうだ>

 

「いや、ドクター!! これは医学とかそういう問題じゃないですから!! と言うか、突っ込む所はそこでもなくて!!」

 

「……一応、所長が気に入らないならロボットボディの他に、魂をコインに変換して私にコレクションされるというプランもあるけど……」

 

「……っ!!」

 

 恐ろしい二択を突き付けられ、オルガマリーは絶句、茫然自失。しかし、彼女の中で結論は既に出ている。

 

 死にたくない。誰にも評価されず、褒めてもらえず、認めてもらえない。そんなまま死んで消えて、忘れ去られるのだけは嫌だ。

 

 ならば。

 

「ううっ……背に腹は代えられないわ……し、仕方ありません。あくまでも一時的な措置として……お願いします、ロード・レンティーナ」

 

「了解したわ。それでは」

 

 オルガマリーの同意も得られた事で、フィオはロボットボディの別のスイッチを押す。すると、先程のカルデアスの時と同じようにオルガマリーの体が今度はロボットボディに吸い込まれていき……完全に吸い込まれた後、ロボットはピョコンと動き出した。

 

「しょ、所長……?」

 

『こ、これが私の新しい体か……お、思っていたより悪くないかも……し、しかし流石はロード・レンティーナ、まさか第三魔法を修められているなんて……』

 

「別に驚く事ではないわ。五つの魔法はそもそも根源に至った結果生まれたものか、根源に至る為の手段として開発されたもの。その点、私は生まれながら根源に繋がっているからね。私に使えない魔法は、一つも無いの」

 

 フィオはそう言って、レフに向き直る。

 

「さて……楽しんでもらえたかしら、レフ教授?」

 

「ああ、楽しませてもらった。実に……実に……」

 

 レフは、シルクハットを外す。

 

「貴様ほど危険な人間は見た事がない……!!」

 

 戦慄し、顔中を汗だくにしたレフであるが、しかし全身からは先程のセイバーやシャドウバーサーカーのものとはまた別質の、おぞましさを孕んだ魔力が迸る。

 

「我が王の為……貴様は今、ここで!! 確実に消しておかねばならん!!」

 

 レフの全身の肉が異様に隆起し、皮膚を突き破り、衣服を引き裂き、最早人の原形を留めない姿へと変貌していく。

 

 無数の目、目、目。

 

 それら全てが、フィオ達を凝視していた。

 

 醜い。想像上のどんな怪物よりも、ずっと。生理的・本能的に嫌悪感を覚えるその姿。地に突き立ち、天に迄届こうかという肉の柱。

 

「こ……こいつは……!!」

 

「ドクター、これは……!!」

 

『ああ、こちらでも感知している。この魔力反応は……サーヴァントでもない、幻想種でもない!! これは伝説上の、本当の”悪魔”の反応か……!?』

 

「その通り、改めて自己紹介しよう!! 私はレフ・ライノール・フラウロス!! 七十二柱の魔神が一柱!! 魔神フラウロス!! これが、我が王の寵愛そのもの!! この醜さこそが貴様等を滅ぼすのだ!!」

 

 レフが変じた肉の柱、魔神柱が身の毛もよだつような金切り声を上げ、無数の目の全てが異様な輝きを発する。

 

 と、ほぼ同時に爆発の如き衝撃波が縦横無尽に走ってフィオ達全員を呑み込んで消していった。

 

「……跡形も無く消し飛んだか……」

 

「いや、まだのようだよ? 残念だけど」

 

「!?」

 

 場に響くのは、今まで聞いた誰のものとも違う涼やかで柔らかい声。

 

 僅かに爆煙が晴れた時、そこに立っていたのは長い緑色の髪を風に流し、質素な貫頭衣に身を包んだ男のようにも女のようにも見える人物だった。

 

 彼、あるいは彼女だろうか? それが内包する圧倒的な魔力量から英霊である事は明らかである。

 

「迎えに来たよ、マスター」

 

 時間が経って爆煙が完全に消え去ったそこには、マシュも立香もフィオもオルガマリーもフォウも、全員がケガ一つ無く健在だった。

 

 大地から光を纏う無数の鎖が伸びて、それが折り重なりドームのようになって全員を守っていた。

 

「貴様は……」

 

「キャンサー、来てくれたのね」

 

 フィオは、この闖入者に心当たりがあるようだった。キャンサーと呼ばれたこのサーヴァントは、頷いて返した。

 

「あの、フィオさん……この方は……」

 

<な、何だ!? そのサーヴァントの霊基数値は!? 英霊の域を遥かに逸脱している!! 神霊クラスにすら手が届きかねないぞ!!>

 

 物凄く早口なロマンの声が聞こえてくる。いきなり現れたこのサーヴァントに、驚いているのはカルデアで情報を処理している彼だけではない。キャンサーと呼ばれたこのサーヴァントを目の前にしているマシュや立香達には、その圧倒的な威圧感が肌で感じられた。

 

 すぐ背後の、恐ろしい魔神柱ですら天秤の対として軽すぎるほどのビッグで、グレートな……否、そんな測りを全て振り切ったような超越的な力を、このサーヴァントは持っている。

 

「彼はキャンサー。私が、別の特異点修復の為に喚んでいたサーヴァントよ」

 

 と、フィオ。しかしその言葉に異議を唱えるように魔神柱が吼えた。

 

「バカな、バカな!! バカな……!! そんな力を持った英霊など……召喚出来る筈も無い!! 型落ちしたサーヴァント召喚の術式では……!! そ、それにキャンサーというクラスなど、エクストラクラスにすら存在しない筈……!!」

 

「別に難しい事じゃないわ。人間の体を触媒として英霊を憑依させる疑似サーヴァント召喚は、既に理論として確立されている……これはその、ちょっとした応用よ。まずはキャスターのサーヴァントを召喚し、そしてそのキャスターにランサーのサーヴァントを憑依させる形で召喚する。要するに、疑似サーヴァント召喚の人間を、サーヴァントに置き換えただけよ。キャスタープラスランサーだから、キャンサー。尤もこれは、キャスターとランサーの間に、極めて強い繋がりがあったからこそ出来た裏技だけどね」

 

「強い、繋がり……だと?」

 

「そう。ランサーの姿はキャスターの姿を模したもの。そしてキャスターの中には、ランサーから奪った力が存在している。そうした共通点があったから、二体のサーヴァントを『重ねる』事が出来たの」

 

「……それって……まさか、まさかその英霊は……っ!!」

 

「ランサーとしての僕の真名はエルキドゥ。そして僕の触媒となっているキャスターの真名は、ウルクの聖娼シャムハト。マスターの説明にあったように今の僕のこの姿は、彼女を模したものだよ」

 

「エルキドゥと、シャムハトの組み合わせ……!? まさか、それは……!!」

 

「ど、どういう事なんですか、所長!?」

 

<それは僕から説明しよう!!>

 

 ロマンから、通信が入る。

 

<エルキドゥは神々によって創り出された兵器であり、本来は野の獣と変わらない存在だったんだ。それが一人の聖娼と出会う事で力の大半を失う代わりに、多くの認識・人間性を得たとされる。その聖娼が、シャムハト……つまり今のエルキドゥには彼が本来持っていた十全な力と、力を手放した代わりに得た知性の双方が備わっている事になる!!>

 

「つまり、それは……」

 

「う、お、ああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」

 

 立香が何か言おうとしたのを遮って、魔神柱が攻撃に移った。

 

 どこか焦ったような叫びと共に全ての目が先程よりもずっと強く輝き、暴風の如き衝撃波が迫ってくる。

 

 しかし。

 

 キャンサーが、軽く手を一振りする。

 

 それだけで、全ては済んだ。

 

 一振り、只の一振り。それだけの動作で生じた威力は衝撃波を完全に消滅させ。

 

「こ……こんな……バカナァァァアアァアァァァァッァアッ!!!!」

 

 更にはその先に居た魔神柱フラウロスですら、その肉の一片・血一滴すら残さずに消し飛ばした。ほんの、戯れの如き一撃で。その威力はそれでも尚衰えを知らず、大聖杯の一部を削り取って円蔵山に風穴を開けてしまった。

 

「……凄い……」

 

 あまりにも衝撃的で、あまりにもあっけない結末。

 

 マシュは、そう呟くのが精一杯だった。

 

 しかし、どうやら驚いてばかりもいられないようだった。

 

 彼女と、立香。それに二人に抱えられたオルガマリー入りロボとフォウの体を、光が包んでいく。

 

「これは……」

 

「……退去現象ね。この特異点の修復は為されたから……本来はこの時代の異物であるあなた達の、強制退去が始まっているのよ」

 

 それは、別れの時が来たという事でもあった。

 

 短い間ではあったが、多くの事を教えてくれた大切な師との。

 

 こうしてこの時代に留まれる時間は、もう一分とはあるまい。ならばその前に、伝えておかねばならない事があった。

 

「あの、フィオさん……!!」

 

「ん?」

 

「本当に、ありがとうございました!!」

 

「お世話になりました!! お元気で!!」

 

 頭を下げるデミサーヴァントとマスターに、フィオは会心の笑みを見せる。

 

「……マシュちゃん、そして立香くん……これから、あなた達の行く手には沢山の困難が待ち受けているだろうけど……どうか、私の教えた事を忘れないで。どんな時も、私はあなた達と一緒に居るから。そして……この言葉を、あなた達に。人類はどんな逆境にも立ち向かう力がある。未来を勝ち取れ!!」

 

 それが、最後だった。

 

 二人の視界を光が満たして、世界が移り変わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

「……ほら、立香くん。マシュちゃん。いい加減起きなさい!!」

 

「う、うう……」

 

 レイシフト用の霊子筐体・コフィンが開き、立香が体を起こして……そして目に入ったのはカルデアの天井、壁、カルデアス……それに隣のコフィンから起き上がっているマシュと、その腕に抱えられたフォウとオルガマリーの魂が入ったロボット……そして、フィオだった。

 

「え?」

 

 そう、フィオが、そこに居た。

 

「な!? 何でフィオさんがカルデアに!?」

 

「ゆ、夢……? い、いえ、先輩と二人で同じ夢を見るのはおかしいですし……」

 

「あぁ、それがね……僕も最初に事情を聞いた時、耳を疑ったんだけど……」

 

 フィオのすぐ後ろに居たロマンが、後頭部を掻きながら話し掛けてきた。彼はフィオと目線を合わせて、頷き合う。ここからは説明をフィオに引き継ぐという合図だ。

 

「立香くん、あなたが冬木市から退去する瞬間、私はあなたの魔術回路を間借りして……私自身を触媒として私をキャスターのサーヴァントとして召喚させたの。それで、レイシフトにくっついてきた、というカラクリよ。言ったでしょう? 私は、どんな時もあなた達と一緒に居るからって」

 

「は、はぁ……」

 

 二度と会えないと思っていたのに、何だか騙された気分だ。しかし、不快ではない。

 

 加えて、こうなってはもう笑うしかない。立香とマシュの感想は一致していた。何から何まで、この人は規格外だと。

 

「まだまだ教えたい事は沢山あるし……それに所長にも、ちゃんとした人形を用意しなくてはならないからね。勿論、今後のグランドオーダーについても、協力させてもらうわ。このカルデアに来て分かったけど……本当、色々と事情が込み入っているようだし……ねぇ? ドクターロマン?」

 

 キャスターのサーヴァントはすぐ隣に立つロマンを見て、ふっと笑みを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 立香達が退去した後の冬木市。

 

 急速に修復が進んでいく特異点の中を、フィオとキャンサー、アサシン、バーサーカーは歩いていた。

 

「……良かったのかい? マスター。君なら肉体ごと彼等に付いて行く事も難しくはなかった筈だけど」

 

 キャンサーの問いに、フィオは「まぁ……ね」と少しだけ言葉を濁した。

 

「人類史が2016年で終結するという案件を軽く見ている訳じゃないけど……でも、例の特異点での戦いも同じように重要よ。キャンサー、あなたが私を迎えに来たのもそれが理由でしょう? 戦況はどうなっているの?」

 

「……今は、五分五分だね。ギルとオジマンディアスとセミラミスの宝具を同時展開した複合城塞に全員が搭乗し、レオニダスとヘクトールが指揮を執って応戦しているけど決定打に欠ける状態……そして恐らくは次が最後の戦いになる。だから、君に戻ってもらう為に僕が迎えに来たんだ。マスターが居ると居ないとでは士気は勿論、魔力供給の効率にも大きな差が生じるからね」

 

「うん……分かっているわ。私の方こそ、事情があるとは言え一時離脱を承諾してくれたみんなには感謝してるわ……じゃあ……!!」

 

 フィオは懐からフラスコを3つ取りだし、地面に放る。

 

 ガラス製のそれはあっけなく割れて、中に入っていた水銀が地面に零れ、それらは意志を持っているかのように動いて精緻な魔法陣を描き出していく。

 

 膨大な機器と人員による計算によってカルデアで行われているレイシフト。遥かなる時の旅。それをたった一人、フィオの力によって為す為の。

 

 魔法陣全体が光を発し。その中に足を踏み入れた4人を包んでいく。

 

 この光は異なる時代を繋ぐ門。

 

 カルデアでも感知していない、未知の特異点への道標。

 

「征きましょう、7月4日のアメリカ……人類の独立記念日へ!!!!」

 


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