Fate/Zero フィオ・エクス・マキナ(完結)   作:ファルメール

2 / 22
第02話 コックな錬金術師

 「虹色の脚」の店先には「CLOSED」の看板が掛けられ、外から見られない位置の席では、一方にセイバーとアイリスフィールが、もう一方にはライダーが座って向き合っていた。

 

 両者の雰囲気は、ライダーの方は楽しそうに色々と話し掛けたりもするが、セイバーは警戒心を前面に出した面持ちのままで、アイリスフィールも緊張した表情を崩さない。その為どうにも会話が弾まず、ライダーが空回る格好となってしまっていた。

 

 するとそんな雰囲気を見かねたのか単純にタイミングが良かったのか、シャーレイが料理の載った皿を持ってやって来て、二人の前に手際良く並べていく。

 

「お待たせしました。本日のおすすめランチになります」

 

 メインディッシュはどうやら豚料理のようだ。それにサラダと、パンがそれぞれ二人の前に並べられる。

 

「ほれ、余の奢りだ。そなたらとは互いに聖杯を競いて相争う間柄だが……戦いならば夜にいくらでも出来るでな。昼間はこうして食事を共にして親交を深めるのも、悪くはあるまいて」

 

 ライダーはそう言うが、セイバーとアイリスフィールはどちらも難しい顔のままだ。

 

 それもその筈、本日未明に遠坂邸を襲撃したアサシンが黄金のサーヴァントによって撃破された時点で、第四次聖杯戦争の幕は既に上がっている。

 

 こんな状況で敵陣営が出してきた食事など……毒なり睡眠薬なりが入っていると疑うのも、無理は無い。

 

 ライダーの方も二人のそうした考えは分かっているらしく、困ったような笑みを浮かべる。

 

「まぁ……そなたらが疑うのも道理よな? 余とて散々覚えのある事だ。だが、奏者はマスターや魔術師である前に誇りある料理人だ。もし妙な物を自分の料理に入れるぐらいなら、きっと奏者は自分で首を括ってしまうであろうよ。だから安心して良いぞ? これは純粋にそなたら二人をもてなす為の食事でしかないとな」

 

「セイバー……」

 

 まだ不安げに隣に座るサーヴァントを見るアイリスフィールだが、セイバーは彼女を安心させるように頷く。彼女の直感スキルは、この状況に於いても何の危険も告げてはいない。

 

 間違いなくこの料理を食べても、自分達には何の危険も無い。

 

 そうして二人はある意味腹を括ると、ナイフとフォークを手に取り、皿の上の豚肉を切って口に運ぶ。

 

 そして、目を飛び出さんばかりに見開いた。

 

「こ……これは……!!」

 

「そんな……!!」

 

 二人のその様子を見て、ライダーはグラスの中の自分の衣装と同じ色のワインを転がしながら、にやにやと笑う。

 

 傍らに立つシャーレイは敵対する陣営の二人の反応を、少し怯えたように観察していた。

 

 そこに、厨房の片付けを終えたフィオも顔を見せる。

 

「いかがですか? 本日のメインディッシュ……豚肉の赤ワイン煮、名付けて”ポルコ=ロッソ”のお味は……」

 

「お……美味しい……」

 

「ええ……私も、こんな味は今まで口にした事が無い……!!」

 

 セイバーとアイリスフィールは互いに惜しみない賞賛の言葉を並べ、その間にも料理を食べる手が止まる事は無い。特にアイリスフィール。宮廷料理もかくやという程のアインツベルン家の料理を食べ慣れてきた彼女をも、フィオの料理は唸らせた。

 

「豚の肉汁とワインソースが喉を通る度に幸せを感じる……こんな味がこの世にあったとは……!! あ、おかわりください」

 

 既にこの時点で、一服盛っているのではないかとかそういう考えは、二人の中からは消し飛んでいた。むしろこれほどの美味ならば毒入りであろうと食べたいという欲求さえ湧いてくる。

 

 セイバーの追加分を用意すべく厨房へと引っ込んでいくフィオの背中を見送りつつ、ライダーはくいっとワインを煽る。

 

「美味であろう? 奏者ほどの料理は、生前の余もついぞ味わった事がない……初めて振る舞われた時など、余は感動の余り目玉がしぼむ程涙を流し、肩の肉はえぐれ、歯は生え替わり、内臓が飛び出てしまったほどだ。一種の概念武装かと思ったぞ」

 

 自分の事のように、喜色満面で語るライダー。「美味さの余り、生前からの悩みであった頭痛も吹っ飛んだわ」と付け加えた。

 

 

 

 

 

 

 

 4人前も平らげて漸く満足した様子のセイバーと、そんなサーヴァントを苦笑しつつ見るアイリスフィールにシャーレイの煎れた紅茶を振るまいつつ、フィオは自分のサーヴァントの隣に腰掛けて二人と向かい合っていた。

 

 アイリスフィールは紅茶を一口飲むと、眼前で余裕に満ち宛然とした笑みを浮かべる妙齢の女性へと話し掛けた。

 

「しかし……まさかあなた程の方が、この聖杯戦争に参加しているとは思いませんでしたわ……ロード・レンティーナ」

 

「元、ロードね。今の私はただのコックよ」

 

「アイリスフィール、彼女は……」

 

 傍らの騎士の言葉に、白の女性は頷き、説明を始める。

 

「グランベル家と言えば、時計塔でも知らない者が居ない程の名家……特に錬金術に掛けてはエキスパート中のエキスパートだとされているわ……確か、17代目の現当主は数年前に封印指定を受けて時計塔を脱退、行方不明だと聞いていたけど……」

 

 それが今、ここに居た。しかも聖杯に選ばれたマスターとして、ライダーのサーヴァントを従えて。

 

「しかし何故、魔術師が料理人に……?」

 

 当然と言えば当然のセイバーのその質問には、フィオが笑いながら答える。

 

「別におかしな話じゃあないでしょ? そもそも錬金術とは台所で発展したもの。ならば錬金術の大家であるグランベル家当主である私が、料理に精通しているのも当然でしょ? 最近は埋葬機関の代行者が岐阜県の山村で教鞭を執ったりするそうだし、それに比べれば……」

 

 彼女はそう言うが、それを受けたセイバーがアイリスフィールにちらりと視線を向けると……彼女は苦笑しつつ二三度、首を振った。やはり、同じ錬金術師であっても家が違えば色々違うらしい。

 

「それにしても、今回のアインツベルンは本気のようね……」

 

 ちらり、とセイバーに視線を送るフィオ。彼女は聖杯戦争のマスターに与えられた透視力により、セイバーのパラメーターを見る事が出来る。幸運を除いたステータスは軒並み最高水準。単純なステータスのみで比較するならばライダーでは勝負にならない。最高の魔術師をマスターとして、魔力供給も申し分無し、持てる力を生前とほぼ同等・完全に引き出しているのに、だ。

 

 恐らくは大英雄クラス。実力的には歴代サーヴァント全体で見ても最強の部類に入るだろう。

 

「セイバー……貴女は最優とされるセイバークラスの中でも更にトップクラスの英霊のようね……」

 

「奏者よ!! 確かに席が埋まっていたからセイバークラスでは現界出来なかったが、余とてセイバー適性はあるのだぞ!! こんな地味なサーヴァント相手に負けはせぬ!!」

 

 フィオのコメントに、傍らのライダーはぷんぷんと不満を漏らす。それを見てシャーレイとアイリスフィールはまるで姉妹のようだとくすくす笑い、一方でセイバーは、

 

「……ならばライダーよ、聖杯戦争の第二戦は、貴女と私の尋常の決闘と行くか?」

 

 「負けない」と言われてプライドを刺激されたらしい。不敵な笑みと共に挑戦状を叩き付ける。だがそれを受けて、ライダーとそのマスターは難しい顔になった。

 

 これにはセイバーとアイリスフィールも当惑したような顔になる。こんな陣営では、てっきり二つ返事で決闘に応じると思っていたが……

 

「本来ならオリンピアの聖火にかけて、その挑戦受けて立つ!! と、言いたい所なのだがな……残念だがセイバーよ。奏者の方針でな? 既に余らが最初に陥落させる陣営は決まっておるのだ」

 

「……それは、どのサーヴァントですか?」

 

 アイリスフィールのその問いに、しかしこれは自陣の戦略に関わる事なのでフィオは答えなかった。元より、アイリとて答えが返ってくる事を期待してなどいない。

 

「……それは、教えられないけど……でも、ちょっと面倒な事をしている連中とだけ、言っておくわ。そいつらを放置したままでは、私達は安心して優勝も出来ないのよ」

 

「「……!!」」

 

 大胆不敵なまでの優勝宣言。自信に満ちた声と態度でそう言われて、セイバーもアイリも表情を厳しくした。

 

 御三家の一角であり最優とされるセイバーを擁するアインツベルンにこうまで言ってみせるなど……

 

 過信でも慢心でもない。フィオはただの確定事項を語っているようですらある。二人は、全くのノーマークだったこの7組目が、他のどの陣営にも負けない強敵であり難敵だという認識を強くする。

 

「それでも、どーしてもやると言うならお相手するけど……?」

 

「まぁ、奏者もセイバーも、焦る事はあるまい」

 

 フィオとセイバーの間に入るように取りなしたのは、意外と言えば意外な人物、ライダーであった。

 

「セイバーが最優クラスという触れ込みに偽りが無ければ、いずれ最後まで残るであろう。余と戦うのは、その時でも遅くはあるまい?」

 

 と、彼女のその提案もあって今回はフィオの料理だけご馳走になってセイバーとアイリは店を後にする事となった。

 

 シャーレイを店に残して、表の駐車場まで、見送りに行くフィオとライダー。

 

 そう広くもない駐車場に止めてある二人の乗り物は……

 

「…………!!」

 

 それを見て、フィオは絶句する。

 

「おおっ!! 獅子を模した乗り物とは……何とも趣深いのう。余も生前はかの大英雄の試練にちなみ、ライオンへのサブミッションに挑戦したものだ……残念ながら首をヘシ折る事は出来なんだが……絞め落とす事には成功したのだぞ」

 

 対照的にライダーは感心した表情を浮かべ、好奇心一杯にその乗り物をぺたぺたと触る。

 

 その”乗り物”の操縦席にセイバーが跨り、アイリは後ろにお姫様座りで乗る。

 

 それはライダーの言葉通りライオンの形を模した……つまり、デパートの屋上とかでよく見られる”アレ”であった。

 

「ライオン号です」

 

「これしか用意出来なかったらしくて……」

 

「嘘吐け!! あなた騙されてるわよ、アインツベルン!! て言うか、バイクなり車なり用意する方が簡単でしょう!!」

 

 今度はフィオのツッコミが入った。

 

 この、例えるならマフィア同士の抗争で「武器を用意しろ」と言われて戦車を持ってくるような行為。用意した奴はわざとやってるんじゃないかと思ったが……フィオは少し冷静に考えて、これはセイバー陣営の作戦だと見抜いた。

 

 こんな美人二人がこんな乗り物に乗っていれば嫌でも目立つ。こうして、町中を巡りつつ他の陣営を挑発する策という訳か。

 

「では……アインツベルン……次は戦場で……」

 

「セイバーよ。貴様との戦い、余は楽しみにしておるぞ」

 

「今日はご馳走様でした、ロード」

 

「互いに、誇りある戦いを」

 

 こうして、セイバー陣営とライダー陣営との思わぬ接触は、互いの健闘を誓って二つの陣営が別れる形となった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、数時間後。

 

 日は沈み、夜も更けて、戦争の時間がやってくる。

 

 店を閉めて自宅に戻り数十分、戦準備を整えたフィオはライダーを伴って、再び入り口に立つ。シャーレイは玄関までそんな二人を見送る形になった。

 

「では、シャーレイ。私達が戻るまでに例の調査は、お願いするわね」

 

「はい、店長もお気を付けて……」

 

「奏者の事は心配するな、余が付いておる。大船に乗った気分でいるがよい」

 

 ドン、と胸を叩いてライダーが笑う。そんな自分のサーヴァントに苦笑しつつ、フィオは表情を引き締める。同時に、彼女の雰囲気も一変していた。

 

 気の良い店長兼コックのそれから、戦士のそれに。

 

 彼女の周りの空気がぴりぴりと肌を叩くような感覚を楽しみつつ、ライダーは自分のマスターの体を抱え、

 

「では征くぞ!! 我が奏者よ!!」

 

 一人の少女に見送られ、二人は夜の町へと飛び出していた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。