Fate/Zero フィオ・エクス・マキナ(完結)   作:ファルメール

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第11話 二騎の脱落

 こいつは、強い。今まで出会ったどんな敵よりも。

 

 経験と本能によってそれを悟ったフィオの決断は迅速であった。彼女の背中に、光り輝く剣と三対六枚の翼が浮かぶ。

 

「ライダー!! キャスター!! 『この戦い、汝らが持つ全力全能を以て勝利せよ!!』 互いに一画ずつ、令呪を以て命ずる!!」

 

 両翼は散り、下された絶対命令は二騎のサーヴァントの意志と符合しているが故に、令呪の魔力は彼女等の能力を高めるブーストとして使用される。

 

 そして「全力全能を以て」という一節。”サーヴァントとして持ち得る全ての能力を使え”という言葉。その、意味する所は。

 

「了解したぞ、奏者よ!! 我が才を見よ、万雷の喝采を聞け!! インペリウムの誉れをここに!! 咲き誇る花の如く!! 開け、黄金の劇場よ!!」

 

「承知しました、ご主人様!! 出雲に神在り、審美確かに魂に息吹を。山河水天に天照す。是自在にして禊の証、名を玉藻鎮石、神宝宇迦之鏡也!!」

 

 二騎が持つ宝具、その真名解放の許可。

 

 瞬間、フィオの心象によって塗り潰された世界が更にカタチを変える。

 

 出現したのは、目も眩むばかりの金色に装飾された劇場。ライダーの願望を実現させる絶対皇帝圏。生前の彼女がローマに建設した黄金の劇場が千年以上の時を経て、現在に蘇ったのだ。

 

 固有結界は(例外もあるが)術者個人が持つ「心の景色」による世界の「改変」。人の心は互いに不可侵であるが故に、他の固有結界で上塗りする事は出来ない。ライダーは世界を塗り替えるのではなく、大魔術にして彼女の宝具『招き蕩う黄金劇場』(アエストゥス・ドムス・アウレア)をフィオの世界に「書き加えた」のだ。

 

 彼女の為の一人舞台。それが完成すると、ほぼ同時に。

 

「”水天日光天照八野鎮石”(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)!!」

 

 キャスターも高らかに真名を唱え、自らの宝具たる鏡に秘められた力を解放する。溢れ出た魔力が一時、無数の社・鳥居を形作り、やがてその魔力はキャスター自身と、それにライダーとフィオへも注ぎ込まれる。

 

 キャスターの持つ鏡は、後の八咫鏡であり天照大神の神体。真の能力を完全に解放すれば死者さえも蘇らせる事の出来る、冥界の神宝である。

 

 彼女単独であればこの「鎮石」の力は、精々が短い時間だけ魔力消費に気兼ねする事無く呪術を使用する事が出来るようになる程度。だが、この宝具の本来の使い方は味方の大軍勢の支援・強化である。現状、キャスターの”軍勢”は彼女を含めて3名。完全とは言えないにせよ、本来の使い方に近いレベルでの運用が出来ている。

 

 しかも今回のケースでは、彼女にも予想出来なかった嬉しい誤算があった。

 

「おおっ!! こやつらまで随分と調子が良くなったようだぞ!!」

 

 戦車を牽引する四頭の神馬達が大きく嘶き、纏う炎の勢いが今まで見た事も無いほどに強くなる。

 

 それも当然。彼等はライダーが比肩すると信じて疑わなかった戦車御者ソル、つまり太陽神の眷属達。同じ太陽の属性を持つ「鎮石」は、神馬達に対しては通常以上の効果を発揮していたのだ。

 

 愛剣『原初の火』を抜き放ったライダーは、仕上げとばかりに自らのスキル「皇帝特権」を発動させる。

 

「今回は騎士王の力を借り受けるとしよう!!」

 

 今、彼女が取得したスキルはセイバーが持つ直感:A。未来予知にも近い第六感の能力。これで準備は万端整った。

 

「ようし!! では共に征こうぞ、奏者!! キャスター!!」

 

 ライダーは手綱を打ち、戦車を発進させる。

 

「はあっ!!」

 

 令呪「劇場」「鎮石」の三重ブーストが施された戦闘馬車はたった一歩で最高速に達すると、周囲を埋め尽くすほどの金色の中にあって、尚その輝きを示し続ける黄金の英霊、アーチャーへ向けて突進していく。

 

「ぬうっ……!!」

 

 アーチャーのマスターである時臣は、与えられた透視力によって向かってくる敵サーヴァントの状態を正確に読み取る事が出来ていた。

 

 これは、如何な英雄王とて生半な攻撃で倒せる相手ではない。

 

「王よ……!!」

 

 同じ事をギルガメッシュも感じていたのだろう。

 

「無粋な真似はするなよ? 時臣……」

 

 迎撃の為、普段であれば彼の背後に無数の宝具を出現させる「王の財宝」(ゲートオブバビロン)だが、今回は手元にたった一つの空間の歪みが出現しただけに留まる。

 

 つまりそれは、そこから取り出されるたった一つが、他の数千の宝具に比して尚勝る程に英雄王が信を置く切り札であるという事に他ならない。

 

 ”それ”が取り出されようとするのを見て時臣が自陣の勝利を確信した、その時だった。

 

「廻り、巡り、流れ、墜ちよ」

 

 ドオン!!

 

 突如として、轟音。劇場の天蓋が崩れる。

 

「何っ!?」

 

「何だと!?」

 

 これにはギルガメッシュと、同時にライダーも驚愕を見せた。この破壊は彼女の仕業ではない。元より、彼女にそのような能力は無い。

 

 ならば、何故? その答えはすぐに出た。

 

 崩落した瓦礫を押しのけるようにして、炎を纏った星がギルガメッシュと時臣めがけて落ちてくる。

 

「ぬうっ!!」

 

 咄嗟に、ギルガメッシュは王の蔵より宝剣を射出してその星を撃墜した。だが、それで終わりではない。

 

 天井が次々破られて、同じ星が無数にアーチャーとそのマスターへと飛んでくる。

 

「おのれっ!!」

 

 アーチャーの手元から空間の歪みが消失し、代わりに背後の空間から剣群が出現。矢継ぎ早に発射され、降り注ぐ星を撃ち落としていく。

 

「余の劇場が……」

 

「ご主人様……これが、ご主人様の固有結界の力ですか……!!」

 

「ごめんなさいね、ライダー。天井が開くのを待つ暇は無くてね……!!」

 

 自慢の黄金劇場が壊れたのと、それを行ったのが敵ではなく味方の攻撃であった事に二重の衝撃を受けた様子のライダーと、マスターの固有結界の能力に、驚きを隠し切れないキャスター。フィオはそんな二人に対して、苦笑して応じる。

 

 これが、かつて二十七祖に次ぐ程の死徒とその配下である死徒・死者合わせて千にも及ぶ軍勢を一夜にして殲滅した力。

 

 逃げ場も遮蔽物も無い平野へと敵群を引きずり込み、草花咲き乱れる桃源郷の如き景観が完全に消えて無くなり、荒涼たる世界へと姿を変えるまで続けられる流星群による広域空爆。それがフィオの固有結界「遍星丘」の力だった。

 

 降り注ぐ”星”は一発一発が並の死徒ならば一撃の下に屠り去るだけの威力を内包しているが、サーヴァント相手では流石に心許なくはある。だが今回、キャスターの宝具の効果はフィオにも及んでいた。よって結界の力も強化され、対魔力Cに加えて強固な鎧を持つアーチャーにもダメージを与える事が可能になっていた。

 

 倉庫街で見た時に比べて明らかに雰囲気を変えたアーチャーと、たった一つだけ取り出そうとした宝具。この二つから次に使用される物こそが奴の切り札だと、フィオはすぐに理解した。

 

 だがそれほどの宝具ならば恐らくはランサーが持つような常時発動型ではなく、真名解放により絶大な威力を発揮するタイプ。

 

 ならば、それを封じる為には?

 

 答えは簡単、その暇を与えなければ良い。

 

 彼女はそう考えて、無数の星をアーチャー陣営の頭上に降らせたのだ。

 

「成る程な」

 

 ゲートオブバビロンの弾幕によって星の弾幕を迎撃しながら、ギルガメッシュもその狙いを読み取っていた。彼の前上方では今、空から降る燃える星と宝物庫より流星の如く飛び出す宝物とがぶつかり合い、恐ろしくも美しい光景が広がっている。

 

 確かに、目の付け所は悪くない。彼の”切り札”は、真名解放中には風が吹き荒れて武器を散らしてしまい(元々それほど精度が高い訳でもないが)正確な射撃が出来なくなるので「射出」との併用は実質的に不可能。弾幕を張りながらでも”切り札”を抜き、真名を口にする所までは問題無く行える。だがこれほどの物量相手では、迎撃に撃ち出している武器が吹き散らかされて”切り札”が放たれるまでの数秒ほど時間で、頭上に星が落ちるだろう。

 

 勿論フィオがそれを知っている訳もないが、彼女の読みは全て当たっており、ギルガメッシュの切り札を封じる事に成功していた。

 

「確かに、良い読み、良い狙いだ」

 

 この時点までは。

 

「が」

 

 ギルガメッシュは戦法を変えた。宝剣宝槍の射出による迎撃ではなく。

 

 彼の前方の空間が波立ち、波紋の中から今度は7枚の花弁を持つ花が顔を出し、広がる。

 

 その”花”はまるで傘のように降り注ぐ”雨滴”を全て受け止め、防ぎ切り、アーチャーにはその余波さえも通さない。

 

 フィオは流星群を集中させて墜としてみるが、効果は薄い。花弁の一枚が散ったものの、”花”そのものはびくとも揺るがない。

 

「むうっ……金ぴかの奴め……空飛ぶ舟の次はあんな物まで!!」

 

「恐らくあれは、投擲や飛び道具に対して有利な概念を持つ宝具です。ライダー、もっと早く!! 相手はアーチャー、こっちは距離を詰めなきゃ話になりませんよ!!」

 

「分かっておる!! だが……!!」

 

 キャスターに言われるまでもなくライダーは戦車を全力で走らせている。だが、間に合うまい。それは彼女自身にも、フィオにも、文句を言っているキャスターにも分かっていた。

 

 フィオの攻撃によって僅かながら時間は稼げたが、肉迫して先手を取るには足りなかった。宝具の真名解放を許してしまう。

 

「……くっ……どうする!?」

 

 見れば障壁によってひとまずの安全を確保したアーチャーは再び出現させた空間の歪みの中に手を突っ込み、今度こそ”切り札”を掴んでいた。

 

 そうして彼が引き抜いたのは、異形の武器だった。「剣」という概念が生まれる前に造られた剣。

 

 柄があり、鍔があり、一見すれば剣に見える。だが、刀身に当たる部分に代わってそこあるのは、重なり積まれた三本の円柱。それがドリルのように回転して唸りを上げる。

 

「なっ……」

 

「あれは……」

 

「拙いぞ……!!」

 

 それを見た3人は、特に現在皇帝特権によって最高度の直感を得ているライダーは一目でその宝具の危険性を理解した。

 

 あれは、ヤバイ。

 

 円柱の回転は徐々に強くなり、紅色の魔力が渦を巻く。

 

『放たれる前に止めるのは……無理か……だが絶対に、ただ放たせる訳には行かぬ……!!』

 

 ならばどうやって? 方法は?

 

 自分達にとって最適な展開を感じ取るスキルが役に立たないほどに、状況は不利。絶望的。第六感はフルボリュームで警鐘を鳴らしまくっている。

 

『いや……まだ手はある』

 

 何千という悪い未来のヴィジョンが浮かぶ中で、ライダーはその中の唯一つ、最善の選択肢を感じ取る事に成功していた。

 

 僅かなミスで全てがオジャンになる、薄氷の道を全力疾走するような行為だが……しかし、それしかない。

 

「キャスター!!」

 

「え、私!?」

 

「任せるぞ!!」

 

 説明している時間が無い故、ライダーはそれだけしか言わなかった。フィオも、事ここに至っては口出ししない。こうなったら自分のサーヴァントをトコトン信じるだけだ。少しでもアーチャーを牽制しようと、更に落星を集中させる。

 

 丸投げされたキャスターは生前からの明晰な頭脳をフル回転させ、自分が選び得る選択肢の、その最適解を探す。

 

『呪層・黒天洞による防御?』

 

 否。まだ真名が解放されてはいないが、あの剣に宿る魔力は軽く対城宝具クラスを超えている。呪術による防壁など、焼け火箸の前のティッシュペーパー程度にしか役立つまい。

 

『呪相・炎天、氷天、密天いずれかによる相殺?』

 

 否。あれほどの魔力が変換された際の破壊力たるや、想像出来るが想像したくない。洪水に水鉄砲で立ち向かうようなものだ。10000の威力を9999にした所で意味は無い。

 

 ならば何だ!? 自分がやるべき事は!?

 

『落ち着け、落ち着くんですタマモ!! 兎に角、私達にはアレを撃たせない事は無理!! だから何とか撃たせた後に防ぎ切るか、威力を弱めるしかない!! でもどうやって!? あれほどの魔力を!? ……魔力?』

 

 はっ、と気付く。そうだ、一つだけある。自分にしか出来なくて、最も効率良くアレの威力を弱める手が、一つだけ。

 

 魔術師の表情から迷いが消える。背中越しにそれを感じ取って、ライダーはニヤリと口角を上げた。

 

「良いか、チャンスは一瞬だぞ!!」

 

「ええ!! あなたこそ戦車の操作をミスらないで下さいよ!!」

 

 二人がその僅かな道筋を見出すのと、アーチャーが攻撃態勢を整えるのはほぼ同時だった。

 

「いざ仰げ……!!」

 

 前方の空間に固定されていた”花”の防壁は傘に例えられたが成る程、台風の日の傘のように頼りなく、今やギルガメッシュが手にする剣が巻き起こす風に煽られて、次の瞬間にも飛んでいきそうなほど震えている。

 

 だが構わない。ここまで保てば、後は一瞬でカタが付く。

 

「”天地乖離す開闢の星”(エヌマ・エリシュ)を!!」

 

「その魔力、分けて貰いますよ!!!!」

 

 極限まで高められた魔力が恐るべき破壊力へと姿を変える直前、キャスターが呪術を発動させた。

 

 呪法・吸精。

 

 対象の魔力を吸収して己の物と変える呪術。今回キャスターが対象として選んだのはアーチャー自身ではなく、彼の手にする唯一無二の宝具”乖離剣エア”。

 

 充填していた魔力を吸い取られ、円柱の回転が鈍くなっていく。

 

「悪足掻きを!!」

 

 それにも構わずギルガメッシュは宝具の力を解き放ち、同時にライダーは戦車を急上昇させて回避行動を取る。

 

 吹き荒れる滅びの風。迫っていた星はアーチャーの展開した防壁宝具ごと一瞬で消し飛び、黄金の劇場が粉微塵になって吹っ飛び、クレーターだらけの平原にも地割れが生じて引き裂かれていく。

 

「これは……!!」

 

 上空より自分の世界が切り裂かれていくのを目の当たりにしながら、フィオは思わず御者台から身を乗り出してギルガメッシュの剣を睨んだ。

 

「あの剣は、対軍宝具でも対城宝具でもない。空間を切り裂くこの力。森羅万象を崩壊させる対界宝具……!!」

 

「余の劇場が一発で吹き飛ぶとは……!! パワーダウンしてこれなら、本来の威力たるやどれほどのものか……!!」

 

「とんでもないですね……!!」

 

 だがさしもの対界宝具も、今回はその威力を十全に出し切れていなかった。固有結界は一部に亀裂が入れられて綻びが生じたものの、まだ何とか形を保っている。

 

 エヌマ・エリシュはバビロニア神話に語られる世界最古の創世記。まだ世界に天と地が存在しなかった時代に、それが分かたれた時の物語。

 

 その逸話の具現たる剣ならばまさに天地、即ち世界を分かつ力を持ち、まともに放たれたならライダーの劇場もフィオの世界もまとめて、ひとたまりもなく崩壊していただろう。

 

 しかし今回は、乖離剣が全能力を発揮出来ない二つの要因があった。

 

 一つはライダーの劇場。これが展開している間、そこは彼女の独壇場であり、敵は望む望まざるに関係無く全て脇役・やられ役を押し付けられる。故に”ギルガメッシュが持つ力”はその時点で幾分削られていた。

 

 そして破壊力が解放される直前で行われたキャスターによる呪法・吸精。魔力を奪われたエアは、これまた威力を削がれていたのだ。

 

 如何に乖離剣エアの真名解放「天地乖離す開闢の星」に世界を引き裂く力があろうとも、それは最大出力を発揮する事が出来てこそ。どちらか一方ならば兎も角、二重のパワーダウンを受けては本来の力など、望むべくもなかった。

 

 ……とは言えそれでも尚対城宝具に比する威力を発揮、ライダーの劇場を一撃で崩壊させ、フィオの世界に巨大な亀裂を走らせる辺りに対界宝具の恐ろしさが垣間見れる。

 

 フィオ達がこの程度の被害で済ませられたのは、いくつもの要素が重なったからである。

 

 まずライダーが、直感スキルによってこの可能性を感じ取れた事。

 

 キャスターが僅かな時間で、そのたった一つの活路に気付けた事。

 

 フィオの「流星」によって最初にギルガメッシュに迎撃行動を取らせた分、僅かながら近付く時間が稼げて、更に宝具同士の相性の良さからライダーが操る神馬達が「鎮石」によって大きく強化されて疾走速度が向上、エアが撃たれる前にキャスターの射程距離にまで近付けた事。

 

 そしてアーチャーが既に真名解放を行い後は放つだけとなって、宝具が発動する数瞬前。吸収された分の魔力を新たに補充出来ない、あるか無いかの瞬間に呪法・吸精を決められた事。

 

 これらはサーヴァントのみの能力では為し得ない、あるいは一つ一つが成功する可能性が恐ろしく低い綱渡りの連続だったが、最初にフィオが使った令呪「全力全能を以てこの戦いに勝利せよ」という命令は間違い無く実行されていた。二騎のサーヴァントは勝利する為に最良の選択を選び続け、全くミスをせずにこの結果を手繰り寄せたのだ。

 

 そして、ピンチの後にこそチャンスあり。どんな強力なサーヴァントも、あれほどの威力を間断無く連射する事など絶対に不可能。最強の英霊である英雄王ギルガメッシュとて、例外ではない。

 

「征くぞ!! 今こそが勝機!!」

 

 右手の『原初の火』を振りかざし、左手で手綱を打って戦車をアーチャーめがけて急降下させるライダー。彼女の言う通りアーチャーは大技を放った疲労でまだ素早く動けない。攻めるのならここしかない。

 

 しかし5メートルの距離にまで迫った瞬間、

 

「!!」

 

 走る、悪寒。

 

 借り物の直感が、危険を叫ぶ。

 

「奏者!! 逃げろ!! キャスター、奏者を守れ!!」

 

 無根拠の警告に従い、ライダーはフィオの胸ぐらを掴むと思い切り投げ飛ばした。キャスターも一瞬遅れたもののその後を追って、御者台から飛び出す。

 

 次の瞬間。

 

「天の鎖よ!!」

 

 戦車の周囲に出現した空間の揺らぎから鎖が伸びて、神馬ごと戦車が絡め取られてしまう。

 

 これぞ英雄王ギルガメッシュが唯一の友の名を冠し、エアに劣らぬ信を置く対神兵装「天の鎖」(エルキドゥ)。天の牡牛を仕留めた逸話を持ち、神性の高さに応じて強度を増す鎖。太陽神の眷属たる神馬達は、その格好の獲物だった。炎を吹き上げて逃れようとするも、巻き付いた鎖は小揺るぎもせず軋み一つ上げない。

 

 フィオはギルガメッシュからやや離れた位置に着地する、一拍遅れてキャスターも。更に一拍の間を置いて、ライダーもまたアーチャーの眼前に降り立った。彼女もフィオを投げ飛ばした後、すぐに戦車から飛び出していたのだ。

 

「アーチャー、覚悟!!」

 

 突進するライダー。迎え撃つギルガメッシュ。『原初の火』とエアが衝突する。

 

 響く、金属音。

 

「あ……」

 

 弾かれて宙に舞ったのは、曲がりくねった刀身を持つ赤い剣。

 

 乖離剣は騎士王の聖剣と同じ神造兵装にカテゴライズされる中でも、頂点の一振り。ただの剣として使ったとしても、どんな英霊のいかなる武器にも引けを取らない。

 

 そして、繰り出された突きがライダーの胸を貫き、彼女の衣装と同じ赤い花を咲かせた。

 

「ごほっ……!!」

 

 咳き込み、血の塊を吐き出すライダー。

 

「惜しかったな、バビロンの妖婦」

 

 返り血を浴びながら、ギルガメッシュは唇を歪める。

 

 だが。

 

「……捕らえたぞ、アーチャー」

 

 胸を貫かれ、口元には凄絶な血化粧を施しながら、ライダーの両手がギルガメッシュを掴む。

 

「貴様っ!!」

 

 振り解こうとするアーチャーだが、致命傷を受けながらもライダーの力は強く、彼の動きを封じて放さない。今の彼女は確かに心臓を貫かれて霊核を破壊され、保って後数十秒の命。だがそんな今際の際にあっても、彼女の力は衰えない。

 

 「劇場」が崩壊しても、令呪と「鎮石」による二重のブーストは未だ彼女の能力を高めており、一時的ながらその細腕にAクラス相当の筋力を宿らせていた。筋力Bのギルガメッシュでは抗えない。

 

「往生際の悪い……!!」

 

 トドメを刺さんと、ライダーの背後の空間にゲートオブバビロンを出現させるギルガメッシュ。ここから更に宝具の攻撃を受けては、強化されたライダーとて倒れる他は無いだろう。故にその前に、次の手を打つ。

 

「キャ……ス、ター!!」

 

「「!!」」

 

 血を吐きながら、ライダーが叫ぶ。魔術師のサーヴァントはその意図を読み取り、そして僅かの時間も躊躇わずに”次の手”を実行に移していく。

 

「いざや散れ、常世咲き裂く怨天の花……」

 

 詠唱が始まる。二人に対して用いられた令呪の効果は未だ続いている。全ての能力を以て勝利せよ。そう命じられたライダーとキャスターは、眼前の敵に勝利する為の最短の行動を取る。

 

 例え、自らの身を犠牲にしようとも。

 

 例え、仲間をその手に掛けようとも。

 

「ごめんなさい、ライダー……!! ”常世咲き裂く大殺界”(ヒガンバナセッショウセキ)!!」

 

 ライダーとギルガメッシュを中心として発生する障気。魔力を持たぬ者ならば触れただけでその肉が腐れ落ちるほどに極濃のもの。

 

 それは九尾の妖狐が討たれた後、姿を変じたという殺生石。毒気を撒き散らし周囲の命を見境無く殺めたという逸話の具現。キャスターが操る呪術の中で、最高の破壊力を持つ大呪術。

 

「王よ……!!」

 

 もうもうと立ち込める毒気に触れないよう遠巻きに構えながら、時臣が叫ぶ。障気の中から、返事は返ってこない。流石の彼も動揺のあまり、手元の令呪を確認する事を忘れていた。

 

「キャスター……ライダーは……」

 

 主の問いに半獣のサーヴァントは答えず、ただ首を横に振るだけだった。代わりに、

 

「これで倒せてないと……私達的に詰むんですが……」

 

 引き攣った笑みを浮かべ、もうもうと立ち込める障気を睨みながらそう言う。魔術とは体系を異にするが故に対魔力を突破出来るキャスターの呪術であるが、高い威力を発揮する為には相応の長さの詠唱が必要な点では共通している。

 

 これで倒せていなければ、あの乖離剣にも乱射される宝具群にもキャスターは為す術がなくなる。アーチャーはフィオの固有結界も防御できる手段を持つ事が証明された訳だし、事実上今の一撃で、この戦いの勝者が決定したと言って良いだろう。

 

 果たして賽の目は丁半、いずれに出たのか……

 

 障気が徐々に薄れ、中の様子が見えるようになってくる。毒霧に、ゆらりと人影が映る。

 

 がしゃり、と鎧の音が聞こえる。

 

「!!」

 

「ま……まさか……」

 

 毒気を払うようにして現れたのはアーチャー、英雄王ギルガメッシュ。キャスターの呪術は纏っていた黄金の鎧が破損して上半身裸になり、肌の数カ所が毒によって変色している事からダメージは確かに与えていたが後一歩、その命には届いていなかった。

 

 英雄王は地に倒れ伏すライダーを踏み越えて、フィオとキャスターへと向かってくる。

 

「見事、と褒めておくぞ……業腹だが……鎧が無ければ今の一撃で、我の命は奪われていたろう」

 

 英雄王の蔵に収められているのは剣も、酒も、道具も、全て至高の逸品。その中から彼が選び出して常にその身に纏うほどの鎧である。これは本人の対魔力とは無関係に高い防御力を発揮し、担い手の命を救ったのだ。

 

「褒美だ……今度こそ、このエアの真の力を見せてやろう」

 

 三本の円柱が再び回転を開始し、対界宝具に魔力が収束していく。先程の手は二度と通用しないだろう。仮に成功したとしても、ライダーの戦車が無い以上減衰した威力でも対城宝具クラスはあるのだ。二人にはかわす手段も防ぐ術も無い。

 

「ご主人様、逃げ……!?」

 

 ならばせめて我が身を盾とすべくキャスターが前に出て、そして表情を凍り付かせた。

 

「なっ!?」

 

「バカな!?」

 

 僅かに遅れて、フィオと時臣の顔も同じように固まる。

 

「がっ……!?」

 

 何が起きたのか? 最も理解に苦しんでいるのは、ギルガメッシュであっただろう。焼けるような痛みと共に、自分の胸から剣の切っ先が突き出てきたのだから。

 

「バ……カな……貴様は……!!」

 

 振り返るギルガメッシュ。背後から『原初の火』で以て彼を貫いたのは、やはりと言うべきか、その担い手であるライダーだった。

 

 しかし、有り得ない。先程のエアは確かに彼女の心臓を刺し貫いて霊核を破壊した筈なのだ。戦闘続行のスキルを持たない彼女にここまでの行動が出来る筈がない。ならば、何故?

 

「残念だがアーチャーよ。此度はまだ、余が落日を迎えるには早かったようだ」

 

「ライダー……あなたは……」

 

「蘇生(レイズ)、だと……!?」

 

 フィオと時臣。二人のマスターに、更新されたライダーのステータス情報が流れ込んでくる。

 

 『三度、落陽を迎えても』(インウィクトゥス・スピリートゥス)。フィオですら知らなかった、「戦車」「劇場」に続くライダー第三の宝具。その正体は蘇生能力。

 

 国を追われたネロが自害した三日後、一人の兵士が亡骸へと外套をかけた際、彼女は「忠義、大儀である」と最後の言葉を遺したという逸話がある。それに因むこの宝具はライダーが死を迎えた瞬間に発動、彼女を一度のみ蘇生させるのだ。

 

 発動のタイミング、つまりライダーの死因となったのはキャスターが放った「常世咲き裂く大殺界」であった。もし、エアが彼女の胸を貫いた時、僅かでもキャスターが呪術の発動を躊躇っていたなら、ライダーは蘇った瞬間に再び呪術に巻き込まれて死に、今の一撃は無かったであろう。

 

 キャスターがタイムラグを挟まずに呪術の行使を行えたのは、令呪の命令があってこそだった。結果的にだがフィオの命令はライダーと、それにキャスターと彼女自身をも救っていたのだ。

 

 心臓を貫き、確かにアーチャーの霊核を破壊出来たのを確認するとライダーは『原初の火』を引き抜く。だがその佇まいに油断は無い。

 

 自分がそうだったのだ。この金ぴかもまた、いかなるスキルか宝具によって復活するか分からない。

 

 しかし、今回はその警戒は杞憂のようだった。ギルガメッシュの体は、少しずつ光の砂のように変わり、崩れていく。

 

「2……いや、3対1とは言え、この我が倒されるとはな……これほど心躍る戦いは……久方振りであった……」

 

 消滅を間近に控え、しかし原初の英雄王は衰えぬ威光と共に言葉を紡いでいく。

 

 その視線が、彼の臣下でありマスターたる者へと向いた。

 

「……時臣」

 

「……は」

 

「褒めてつかわすぞ。お前によって現世に招かれたが故に、これほどの者達と出会えたのだからな……」

 

 消えていく王を悼むように、時臣は胸に手を当て深く礼をする。目の前に立つ男は真の英雄王ギルガメッシュではなくその写し身、コピーのようなものだと御三家の一角たる彼は承知している。

 

 ……それでも、この最期の時ぐらいには心よりの敬意を持って接し、見送ろう。それがこの聖杯戦争の敗者としての、自分の最後の役目。そういう想いからの最敬礼であった。

 

「ではな……バビロンの妖婦、傾国の女、そしてそのマスターよ……この我を破ったのだ……我が許す。聖杯は、しばらく貴様らに預けておこう……いつの日か我が手に返す時まで、他の何者にも渡すなよ……!!」

 

 その言葉が最後だった。英雄王の肉体は金色の魔力粒子となって崩れ、散り、消えていった。

 

「王よ……」

 

 右手から最後に一つ残った令呪が消えていくのを確かめて、時臣は静かに目を閉じた。

 

『私の戦いは、ここまでか……』

 

 だが、遠坂の悲願が終わった訳ではない。私には出来なかったが凛が、凛で届かなくても桜が、いつか必ず……!!

 

「苦しい戦いだったな、奏者、それにキャスターよ……」

 

「あの、ライダー……」

 

 力を使い果たしたライダーがふらふらと歩み寄って来るのを見て、思わずキャスターは視線を逸らしてしまう。

 

 結果的にはこうして生きているとは言え、彼女の命を奪ったのは間違いなくキャスターの呪術だ。それを思うと、どんな顔して向かい合えば良いのか……彼女には分からなかった。

 

「気にする事ではない、キャスター。余が奏者を守ろうとしたように、そなたも奏者を守ろうとしたのだろう?」

 

「…………」

 

「そして奏者も余らを守ってくれたのだ。この3人の誰一人が欠けても、こうして言葉を交わす事は叶わなかったろうよ」

 

「ライダー……!!」

 

「二人とも、ご苦労様」

 

 フィオは自分のサーヴァント達を労うように肩に手を置くと「そろそろ帰りましょうか」と言いつつ「遍星丘」へと視線を動かした。

 

 即時の崩壊は免れたとは言え、エアの解放によって世界そのものに亀裂が走っており、維持にも限界が近付いてきている。

 

 ライダーは「あいわかった」と頷くとギルガメッシュの消滅に伴い「天の鎖」より解き放たれた戦車を呼び寄せて御者台に飛び乗る。それに続いて、フィオとキャスターもそこに上がる。

 

「遠坂時臣、あなたも乗ると良いわ。教会まで、送っていくから……」

 

「いや、私は……」

 

 プライドからかフィオの申し出を辞退しようとする時臣だったが……

 

「悪い事は言わん、奏者の好意に与っておいた方が良いぞ? そなた、忘れてはおらぬか? ここは高度数千メートルの上空だと」

 

「ご主人様が結界を解いたら、瞬間あなたは真っ逆さまですよ。いくら気流制御と質量制御の魔術を使ってもこの高度、地面に付く前に凍死しちゃいますよ?」

 

 サーヴァント達に脅すように言われて、受ける事にした。御者台へと上る。ライダーの戦車は流石に4人が乗るには狭く、かなりぎゅうぎゅうに詰める事になった。

 

 時臣とフィオの体は満員電車の中のように近付き、悪意があれば彼女を害する事も出来る間合いだが……止めておいた。

 

 例えサーヴァントであろうと、この戦いは英雄王ギルガメッシュによる尋常の決闘であった。これは遠坂時臣が示す事が出来る、彼の王への最初で最後の、真の敬意。王はフィオ達こそが聖杯を手にするに相応しいと認めたのだ。仮初めであろうと臣であった自分がその決定を覆すような不敬が許される訳がない。

 

「では、行くか!!」

 

 3人の乗客がしっかり乗り込んだのを確認すると、ライダーは手綱を持って「良いぞ、奏者」と、フィオに合図する。フィオもそれに頷き、そして固有結界を解除する。

 

 星空と月面のようになった平原が消えていき、代わりに夜の雲海が姿を見せる。その中を、炎を纏った戦車は悠然と進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「……遅いな……」

 

 ビルの屋上からワルサーに取り付けられたスコープ越しにフィオの自宅・玄関付近を監視していた切嗣は、焦れたように呟く。

 

 時間から言えば二つの陣営の決着は既に付いていてもおかしくないのだが……

 

 フィオが帰ってこない理由としては、いくつか考えられる。

 

 一つにはアーチャーと遠坂時臣が勝利した場合。この場合は彼女はサーヴァント共々殺されているだろうから、戻ってこないのは当然だ。だが、遠坂邸を見張っている舞弥から時臣が戻ったという報告が無い事を考えると……

 

『相打ちになったのか……?』

 

 それならフィオと時臣のどちらも家に戻ってこない理由にも、説明が付く。

 

 しかしそれ以外の可能性についても、切嗣は思い至っていた。

 

『ランサー陣営かバーサーカー陣営が、勝った方に仕掛けた……?』

 

 この聖杯戦争の二強同士がぶつかり合うのなら、どちらかは脱落して勝利した方も疲弊しているだろう。切嗣は他の二陣営のどちらかあるいは両方がそこを狙おうとして動くと、そう読んでいた。

 

 ただ、アーチャーとライダーはどちらも行動の自由度を圧倒的に広げる飛行宝具を持つので簡単には捕捉出来ないだろうとも考えていたが……

 

『いずれにせよ、もう少し待ってみるか……』

 

 そう考えた、その時だった。

 

「っ!?」

 

 右手に、走る違和感。思わずスコープから目を外して見ると、

 

「令呪が……!?」

 

 消えていく。聖杯戦争を戦うマスターの証であり、サーヴァントに対する絶対命令権を示す聖痕が。

 

 これが意味する所は、一つだけ。切嗣には”もうサーヴァントに命令を下す事は出来ない、その必要も無い”という事なのだ。

 

 つまり……

 

「くっ……舞弥、城に戻れ!! 急いで!!」

 

 インカムにそう怒鳴ると、自分もまたアインツベルン城へ向かうべく屋上を離れ、階段を下りていく。

 

 その時ちょうどフィオ宅の玄関の扉が開き、帰りの遅い家主を心配するような様子のシャーレイが姿を見せた。

 


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