大洗女子学園の廃校を賭けた、大洗女子戦車道チーム対大学選抜チームの試合。この試合、俊作にとっては恋人のチーム対友人のチームという形の試合でもあった。
あの時、知り合いの中で最も戦車道に通じているという理由で会いに行った後輩のアズミが今、みほたちの願いを阻む存在となって立ち塞がっている。そのことに、運命の奇妙を感じずにはいられない俊作であった。
そのうえ、アズミたちを率いているのは島田愛里寿。俊作にとっては歳の離れた友人であり、接する際には妹のようにも思っていた子であった。
どちらとも関わりがあり、恋人であろうと友人であろうと大事な存在であることに変わりはない。であるから、俊作としては複雑に思うところがあるのも事実だった。
しかしそれでも、俊作はアズミや愛里寿に内心で謝ると、迷うことなくみほの応援に回っていた。
それはやはり、みほが俊作にとって何にも変えがたい一番の存在であったからだ。そのうえ、彼女は今理不尽な理由で居場所を奪われようとしている。そんな彼女を心から応援するのは彼氏として当たり前であった。
今回の件はどう考えても大洗女子学園側に非はない。であるのに、ここまで彼女たちが追い込まれていることそのものが俊作には許せないことだった。正義だ悪だとくさいことを言うつもりはないが、少なくとも教育局側のやり方に納得することは出来なかった。
きっと、多くの人がそう思っている。だからこそ、各学園艦は動いてくれたし、多くの戦車道に関わる生徒たちも彼女たちに声援を送っているのだろう。
観客席にいる俊作は、ちらりと視線を客席の一角に向ける。そこには、全国から集まった各校の代表の子たちが集まって、口々に画面のみほたちに声をかける姿があった。
腕を振り上げ、表情を厳しくして、「がんばれ!」「そこだ!」「危ない!」と彼女たちはまるで我が事のように声を張り上げていた。
カール自走臼砲などという兵器まで持ち出してきた時には、誰もが悲鳴のような声を漏らし、それを辛くも撃破した時には喝采をあげた。
廃園となった遊園地にみほたちが移動し、そこに大学選抜チームが乗り込んできた時には固唾を呑んで画面から目を離さず。
すり鉢状のホールに追い詰められれば辛そうに瞼を閉じ、観覧車を転がして乱入させることで生み出した混乱に乗じて脱出した時には大きな吐息と共に胸を撫で下ろす。
各校がそれぞれ活躍し、撃破し、撃破され。そのたびに彼女たちは拳を握り締めて大洗女子学園に負けるなと声をかけ続けた。
誰もが、みほたちの勝利を願っていた。
その理由を、俊作は彼女たちから聞いて知っていた。
俊作の行動はあくまできっかけに過ぎない。きっとみんな、今回のことに怒っていたとその子は言った。
「だって、大洗は今年の全国大会優勝校だから」
俊作が、どういうこと、と尋ねると、その子は笑った。
「みんなね、戦車道が大好きで自信があるの。大洗と戦って負けた人たちは、次は負けないと思ってるし、戦ってない人たちは自分たちだって強いって思ってる。大洗女子学園は、つまり全国の高校戦車道選手たちの倒すべき目標であり、努力を続ける目的なの」
いつか自分たちが大洗を破って、優勝を手にする。かつて黒森峰が九連覇を成し遂げていた時も、対象が黒森峰になっていただけで、みんな同じようにそう思って頑張ってきたという。
「なのに、その目標が勝手な思惑で、皆は全く悪くないのに奪われようとしている。頭ごなしに。そりゃあ、わたしたちだって怒っちゃうよ」
それを聞いて、俊作はなるほどと思った。彼女たちがこれだけ積極的にみほたちの応援をしてくれているのは、そういう理由もあったのかと。
感心して頷いていると、その少女は最後に一言付け足した。
「まぁ、要するに。今回の事は気に食わなかったってことだよ、皆」
理不尽な大洗女子学園への対処に、誰も納得などしていなかった。けれどそれに対して何か声を上げる切っ掛けもなかった。それを俊作が与えたことによって、これ幸いと全員が立ち上がったのだという。
そんな彼女たちだから、みほたちの勝利を心から願っているのだ。
これだけの大勢がみほたちのために声を張り上げてくれている。その光景を見ると、俊作は頼もしさと共に大きな希望を感じずにはいられなかった。
皆の願いと祈りと、みほたち自身の決意。負けるなという願いと、負けないという断固たる意志。
それらがすべて一つとなった今の姿を見ていると、俊作は彼女たちならやってくれるとより一層信じることが出来た。
視線の先、大きなモニターの向こうでは今、みほが乗るⅣ号とまほが乗るティーガーが愛里寿が乗るセンチュリオンと一進一退の攻防を繰り広げている。
テーマパークの中心、大広場。その中をみほとまほが連携しながら愛里寿を倒すべく戦車が縦横無尽に駆け回る。
残る車輌は、大洗女子学園側が二輌。大学選抜側が一輌。
つまりはこれが最終決戦。
会場中の誰もが固唾をのんで、三輌が織りなす戦いの行く末を見つめていた。
(みほちゃん……)
モニターに映し出される、険しい顔をしながらも凛として指示を出し続ける恋人の姿に、俊作は胸がいっぱいになった。
優秀な姉と比較するがゆえに自分に自信がなく、十連覇を逃した責任から暗く俯き、向けられる失望と中傷によって戦車道そのものから逃げ出した。そんな、かつてのみほ。
自らの全てでもあった西住流すら投げ打ち、ただの高校生として過ごしたいと願ったみほは、何の因果か再び戦車道に関わることになった。
その中で出会った仲間たち。越えてきた幾つもの試練、強敵。やがては決して敵わないと思っていた姉にも打ち勝ち、西住の名に囚われず、自分が貫きたいと思う戦車道を見つけ出した。
廃校という事態すら大会優勝によって退けて望んだ居場所を遂に勝ち取った少女は、大人の思惑によって理不尽に訪れた再びの危機にも今、こうして正面から立ち向かっている。
黒森峰で出会った時から、俊作はずっとみほの姿を見てきた。
この場所から逃げたいと泣いた時も。戦車道を止めると複雑な顔で告げた時も。大洗で初めて友人が出来たと喜んだ時も。もう一度戦車に乗ると不安そうに言った時も。大会に出ることになったと言った時も。
優勝をかけて憧れであり敵わないと思っている姉に挑むと震える声で言った時も。そして、優勝を決めて体全体で喜びを表して抱きついて来た時も。
そうして少しずつ自分に自信を持って、強くなっていくみほを、俊作はずっと見てきた。
あの時、泣いていた彼女が今、こうして力強く前を見て戦っている。
自分がようやく見つけた居場所を守るために。
戦車道を通じて得たチームメイトや友人、仲間たちの思いに応えるために。
あの頃、会ったばかりだった自分の前で一人で泣いた少女はもういない。
咽喉マイクに手を当て、間断なく変わる状況に合わせて声を張る姿は、みほが成長したという証だった。
(みほちゃん……!)
広場に設置されている富士山を模した高台。その上に陣取ったみほとまほ、そしてそれを直線状の地上から見上げる愛里寿。
一拍の間。僅かな音すら観客席から消えたその直後、二輌が勢いよく高台の斜面を駆け下りていく。
ティーガーの前をⅣ号が走り、センチュリオンへと迫っていく。その姿を見ながら、俊作は知らず力を込めて組んでいた両手に、更に力をぐっと込めた。
(――頑張れッ、みほちゃん!)
そう、一層力強く祈った俊作の目の前で。
Ⅳ号の後ろにつけていたティーガーが発砲。空砲であったそれの衝撃で押し出されたⅣ号は、急加速してセンチュリオンへと体当たり気味に向かっていく。そんな不測の事態にも関わらず、すぐさま愛里寿は対応する。
そして、急接近したⅣ号と迎え撃つセンチュリオンから同時に発砲された砲弾が両者を激しく打ち付けた。
立ち上る煙。その向こうからⅣ号の白旗が上がり、ほぼ同じタイミングでセンチュリオンからも白旗が上がる。つまりは両者撃破の相打ちだ。
これで大洗女子学園チームに残ったのは、まほが乗ったティーガーのみ。しかし、大学選抜チームにはもう戦える戦車は残っていなかった。
大洗女子学園、残存車輌一輌。大学選抜チーム、残存車輌ゼロ。
――つまりは、大洗女子学園の勝利だった。
瞬間、爆発を起こしたかのように観客席から歓声が上がる。
隣にいる者と抱き合い、涙を流す者もいた。それでなくても、両手を振り上げて喜びを表し、誰もが立ち上がって興奮を露わに叫び声をあげていた。
圧倒的不利な条件の中、彼女たちが為した偉業を皆理解していた。理不尽に晒されながらも、決して諦めずに戦い抜いた少女たちの姿に、何も感じない者などこの場にはいなかったのである。
それはもちろん、俊作だってそうだった。
勝利が決まった瞬間、俊作は一瞬呆然とし、その結果が間違いないと理解すると、周囲と同じように両拳を天に突き出して大声で叫んだ。
何と叫んだのか、俊作は自分でも覚えていなかった。ただ、喜びのままに口をついて歓声を上げてしまったのだ。それほどまでに、我が事のように嬉しかった。
モニターの向こうでは、Ⅳ号から顔を出した各メンバーにみほが抱きつかれている姿が映っていた。
その顔はみんな太陽のように明るく、目尻に光るものを見せながら笑っていた。
それはみほも同じで、その心からの笑顔は何よりも俊作の心に響くものだった。
「おめでとう……みほちゃん」
早く直接この言葉を届けたい。
みんなで笑い合うみほの姿を見ながら、俊作はそう強く思うのだった。
今回の戦いの場所として選ばれた北海道。俊作の実家は本州なので、彼はもちろんホテルに部屋を取ってこの地へと訪れていた。
それはみほたちも同じであり、彼は早速みほから聞いていたホテルへと足を向けた。もちろん、お祝いの言葉を贈るためだ。
しかし、いざホテルの前まで辿り着いた時。俊作はその玄関口とロビーを見つめて「うわっ」と声を漏らした。
「なんだ、あの人の数……」
入口の付近には静謐なホテルの雰囲気とは正反対に、人でごった返してざわついていた。
彼らの手にあるのは大きなカメラ。それはよくテレビなどで報道関係者が使っているような仰々しい物で、一般のファンなどではないのは明らかだった。
これは、それだけ今回の試合が世間から注目されていたということの証左だった。
幾つかの学園艦による連名での抗議、政府の理不尽な対応、全国の戦車道チームから応援に駆けつける者が続出した事や、海外にも情報が飛び出して注目を集めている事。
今朝に抗議と政府の対応がニュースとなり、昼ごろに全国の関係高校が現地まで足を運んだ事が流れたことで、すっかり大洗女子学園に起こった一連の出来事は多くの人間が知るところとなっていたのだ。
そんな中で、試合に勝ち、廃校の撤回を勝ち取ったのだ。政府の手酷い対応に遭いながらも、諦めずに立ち向かって学校を守った少女たち。
こんなセンセーショナルなニュースにマスコミが飛びつかないはずがない。
そのため、報道陣が彼女たちの泊まるホテルにまで駆けつけ、少しでも話を聞けないかとこうして陣取っているわけなのだった。
俊作にはそのつもりはなくとも、実のところ彼はその流れを作った原因である。しかし、当然ながらこのような事態になっているとまでは把握していないため、この状況を見ても「さすがに今回の事は注目されてたんだなぁ」と思う程度であった。
入口を囲んでいるというわけではないが、それでも沢山の人が集まっているホテルを遠目に見ていた俊作は、やがて溜め息と共に踵を返した。
「……ま、僕はここ以外でも会えるしね」
そう呟いてホテルに背を向けたところで、ポケットにしまってあった携帯電話が震え始める。
なんだろうかと取り出してみると、着信を知らせるランプがついていた。ぱかっと開いてみれば、画面に出ている名前は上司のもの。
これまで休日に掛けてくることはほとんどなかったので、どうしたんだろうと疑問に思うものの、出ないわけにもいかず俊作は通話ボタンを押して耳に電話を移動させた。
「もしもし、久東ですが」
定型句で電話に出た俊作は、電話口の向こうから話しかけられるたびに「はい」とか「ええ」と相槌を打って先を促す。
その途中、唐突に「えっ!」と大きな声を出すと、今度は「ほ、本当ですか!?」と心なしか前のめりになって確認を取った。
その後も暫く、相槌を続けた俊作は、最後に「ありがとうございます!」と感謝の言葉を電話越しに伝えて、頭を下げた。もちろん相手からは見えない。それでもそうしたのは、それだけ彼にとってありがたい内容だったからだ。
そうして電話を切ると、俊作はふぅと息をつく。その表情は、どこか嬉しそうに笑っていた。
「こうしちゃいられない。早く僕も合流しなきゃ……」
隠しきれぬ興奮を滲ませながらそうこぼす。よほどのことなのだろう、歩き出した足はどこか急いでいた。
ふと、ホテルをもう一度振り返る。そこから見えるのは、やはり詰めかけた報道陣と、幾人かの客の姿だけで、知った人を見かけることはできない。
それでも良かったのか、俊作は何も言わずにホテルから視線を外す。そして今度こそ振り返ることもなく歩き出すのだった。
*
大学選抜チームとの試合が終わり、辛くも勝利を収めて大洗女子学園の廃校撤回を勝ち取った戦車道チーム一行。
今日は彼女たちが北海道から大洗へと帰る日だった。
苫小牧と大洗町を結ぶ直通船であるフェリー《さんふらわあ》。その船上にて仲間と一緒に過ごしながら、どこかみほの表情には浮かないものがあった。
「西住殿、どうしたのでありますか?」
「みぽりん、昨日もちょっとぼーっとしてたよね?」
それに気づいた優花里と沙織が両隣からみほの顔を覗き込む。
はっとしたみほが手を振って「なんでもない」と示すも、二人の視線はみほを捕らえて離さなかった。
みほが思わず困った顔をすると、華がくすくすと口元を手で隠して笑った。
「ふふ。お二人とも、それぐらいにしましょう。みほさんの気持ちも考えなければ」
「むむ、じゃあ華はみぽりんの気持ちがわかるっていうの?」
沙織が唇を尖らせてそう問いかければ、華は「たぶんですが」と答えた。そしてその隣にいた麻子もまた「私もわかった」と続く。
「冷泉殿。一体どういうことなのでありましょう?」
優花里が首を傾げながら聞くと、麻子が一つ頷く。
慌ててみほが止めようとするが、その行動はすんでのところで間に合わなかった。
「あっちで久東さんの姿を見なかったから、きっとそれを気にしているんじゃないか」
みほの頬に朱が走る。その通りだったからだ。
試合が終われば、きっとすぐに会えるとみほは思い込んでいた。だから、結局試合後に俊作の姿を見ることが出来なかったことに、落ち込んでいるのだ。
俊作にも仕事などで都合があることをすっかり忘れ、会える気でいたのだから、悪いのは勝手に期待していた自分のほうだ。そう思うから、みほは一人で地味に落ち込んでいたのであった。
そんな図星を指されて赤くなったみほ。それを目敏く見てとった沙織が、目を細めて口元に笑みを乗せた。
「ははーん。なーるほどねぇ……」
「さ、沙織さん……?」
怪しい目つきで自分を見る沙織の姿に、みほが僅かに身を引いた。
その直後、沙織はその手をみほに伸ばすと、その首に腕を回してみほの体を大きく揺らし始める。
「わわっ、さ、沙織さんっ?」
「彼氏の姿が見えなくてアンニュイになっちゃうなんて、みぽりんは可愛いなーもー! やっぱり彼氏はすぐ傍にいてくれないと、寂しくなっちゃうものね!」
「お前は彼氏いないだろ……」
何をわかったようなことを、と呆れた目で麻子が言えば、沙織はびしっと指を突きつけて「うるさいっ」とちょっと物寂しげな声で突っ込みを入れた。
そんないつものやり取りを見て、沙織に組みつかれたままみほは笑みを漏らす。優花里もまたその光景に笑いつつ、みほに笑みを向けた。
「大丈夫ですよ、西住殿。久東殿も何か用事があったのでしょう。西住殿の事を見ていないはずがありません!」
「そうですね。お忙しいお仕事をされているのですし、たまたま顔を出す時間がなかったのではないでしょうか?」
「うん……うん、そうだね。ありがとう、優花里さん、華さん」
二人がそう言って微笑み、みほはそんな二人の言葉に頷いた。
二人はきっとみほの気持ちを汲んでそう言ってくれたのだろうが、みほもまた二人の推測は当たらずとも遠からずだろうと思っていた。
俊作の事を、みほはよく知っている。だからこそ、本当にどうしようもない理由があったから顔を見せに来れなかったのだと思っていた。
それでも、やはり寂しいものは寂しい。その気持ちがつい態度に出てしまっていたが……皆に心配をかけるようではいけないと、二人の励ましを受けて強く思う。
気持ちをいったん切り替えていこう。そう思い直して優花里と華に笑みを見せたところで。
「あっ! みんな、あれ見てっ!」
響いた風紀委員であるそど子の声に、船上に散らばって思い思いに過ごしていた面々が「なんだなんだ」と集まってくる。
みほたちもその例に漏れず、そど子がいる方へと足を向ける。そして、彼女が指を指している方向へと視線を飛ばして――その次の瞬間には、デッキの欄干を引っ掴む勢いで駆け出していた。
それはなにもみほたちだけではない。大洗の戦車道チームの全員がそうだった。
全員が全員、デッキの端に集まる。そして、その視線は海の向こうの一点を捉えて離さない。
誰かの口から、ああ、と声が漏れた。万感の思いが籠もった声だった。
「私たちの学校っ、……大洗女子学園の学園艦だ……!」
フェリーの目的地である大洗町の港。そこに浮かぶ大きな学園艦。
取り上げられ、泣きながら解体されるために出航する姿を見送った、自分たちの居場所。
もう二度と見ることはない。そう思っていた姿が、今目の前にある。
沢山のことを思って、いっぱい考えて、苦しんで、悲しんで、けれど諦めずに、全員が一丸となって掴んだ勝利。
その結果がもたらした成果を目の当たりにして、ようやくこれまでのことが報われたような気がして、みほは目尻に浮かんだ雫をそっと指先で拭うのだった。
フェリーから降りた大洗女子一同は、荷物を引っ掴むと我先にと走り出した。それを制止する者はいない。本来その役目にあるべき風紀委員も生徒会員も、むしろ率先して走り出していた。
早く早く。全員の気持ちにあるのはそれだけだった。一刻も早く、あの学園艦へ。自分たちが帰るべき場所へ。
その一心で足を動かす。細かく切れる息を弾ませて、誰も彼もが笑顔で、フェリーの発着場から学園艦までの一本道を無我夢中で駆けていく。
そうして、遂に辿り着いた艦内へと繋がるタラップの前。そのまま乗り込む前に自然と彼女たちはそこで立ち止まって、大きなその姿を見上げた。
日の光を遮るほどの鉄の巨体。学校と町をその背に乗せて海を往く、自分たちの大きな家。
それを間近でこうして見上げることが出来ている事実に、涙ぐむ者までいるほどだった。
みほも同じだった。様々な思いを胸に、大洗女子の学園艦を見上げる。
もう駄目だと思ったことは、何度もあった。けれど今、諦めずに頑張ったことで得られたものがこうして目の前にある。
なくしたくないと思った、自分の居場所。大切なことを教えてくれた、自分の母校。
これからはちゃんと、この学校に通えるんだ。そのことをようやく実感する。
たまらない嬉しさがこみあげてくる。守ることが出来て良かった。
その喜びを胸いっぱいに抱えて学園艦を見上げるみほは、ふとタラップの上で立っている人物がいることに気がついた。
整備服に身を包んだその姿から、メカニックなのだろうということがわかる。向けた視線を徐々に上向け、それが顔に到達したところで、みほの目が大きく見開かれた。
一歩、気がつけばみほの足は前に進んでいた。次の瞬間には、もう一歩。またすぐに、もう一歩。そうして歩き出したみほは、ついにタラップに足をかけた。
「西住殿?」
気がつけばタラップを昇っていたみほに気付き、優花里が思わずその名前を呼ぶ。けれど、みほは振り返ることなくただ上へと足を進めた。
他の面々もみほが艦内に向かっていることに気付く。そしてみほが行く先を視線で追って、誰もが微笑んで成程と納得の顔になった。
杏が脇に抱えた干し芋袋から干し芋を取り出し、ぷらぷらとそれを振る。いつも通りの仕草だが、その表情はこれ以上ないほどの優しさで満ちていた。
「西住ちゃんには本当に苦労ばっかりかけちゃったからね。私らはもう少しここで待ってようか」
「ふっ、そうですね」
杏の言葉に、桃が頷く。彼女の表情もまた、柔らかく微笑んでいた。
彼女たちが見つめるその先。そこには、重なり合った一組の男女の姿があった。
喜びと安心で満ちた顔を胸元に押し付けて微笑む少女と、それを受け入れて力強く腰に回した手で腕の中の体を引き寄せる男。
男が少女の耳元で何かを囁く。すると、腕の中で少女の体が身じろぎして、顔が上を向いた。
少女の足がつま先を残して地面から離れる。男の頭がゆっくりと下がる。
数秒。顔の一点で繋がった二人の姿が再び離れ、少女が下から男を見上げる。
そこに浮かぶのは、様々な困難を乗り越えたからこその表情。
空に浮かぶ太陽よりも眩しい、少し照れたような満面の笑みだった。
劇場版編完結です。
いやー、なんとかここまでこぎつけられて良かったです。
みほたちの戦いの詳細を描きながらの進行も考えましたが、そうなるとどう考えても俊作が出てこない。
出すと絶対に冗長になってテンポが悪い。
出さなければいいか、と思ったがそうなると劇場版の展開をなぞるだけになる。
というわけで、今話のような形となりました。
大洗の学園艦に俊作がいたのは、あのかかってきた電話が原因です。
そのあたり、どこかで補完できたらいいなと思います。
それでは、これにて。
ガルパンはいいぞ。