だからちょっと頑張ってみた。閑話を挟んでサクッと飛ばす方針でも構わないよね。
陽が沈み夜の摩天楼となったアーカムシティ。だがその一画では紅蓮に灼け、人々の悲しみと怨嗟が渦巻く地獄が生まれていた。
ビルは倒壊し、アパートや地面は抉れ、瓦礫の下には何人もの人々が下敷きとなっては苦しみに喘ぎ、呻き、あるいは絶命していく。
そんな地獄のアーカムシティの夜空を、漆黒の獄鳥が飛んでいた。
「っフふ、ふははははは、あっははははははははははははっ」
既に
それは眼下で今も死に逝く生命を嗤っているのではなく。人々の怨嗟を聴いて愉悦しているわけでもなく。
己の腕の痛みに笑っていた。
ズタズタになった右腕からは、今も興奮冴え止まない心臓の躍動に合わせて、全身に血が廻る勢いに合わせて血が流れだしていた。
デモンベインによって打ち砕かれたシュロウガの右腕。魔術回路で繋がっていた彼の腕もまた、ダメージを受け、魔術回路を逆流してきた大十字九郎の――デモンベインの破邪の魔力が腕を裂傷させていったのだった。
「あははははは、っっヒグッ、ゲホッゲホッ、エホッ、んぐっ……。っ、ヒィーッ、ヒィーッ、くくっ、っあはははははは、あはっ、見た? 見たよね? 見ていたよね? ねぇ、クロハ!!」
「――イエス、マイ・マスター……」
まるで狂っている様に笑い続けながら自身の名を呼んだ主に、悲痛な表情を浮かべてクロハは応えた。
それはもちろん、何よりも優先し、何よりも崇拝し、何よりも信仰し、何よりも敬愛する自らの主に傷を負わせてしまった負い目と、自らの慢心が招いてしまった事に対する自責の念。
そして――。心を病んでしまっている主に対する労しさもあった。
ようやくだ。ようやく、ようやく主の積年の労力が報われる刻がやって来たのかもしれない。
「あはははははっ。九郎のヤツ、俺たちのアカシック・バスターを耐えやがった! 数十年前のあの時、扉を越えてきたアイツ等には耐えられなかった一撃を薄皮一枚で耐えたんだよ!? 軍神ですらも打ち壊せる一撃に耐えたんだ!! これが笑わずにいられる? 祝福せずにいられる? これが嬉しさを隠して胸の内に留めておける? いいや! 無理だね、不可能だ、不毛だよ!!
息継ぎもせずに一息に言葉を並べ立てるその姿は、突き抜けるところまで突き抜けてしまった狂人であると誰もがそう言うだろう。
だが、従者たるクロハはそうは見えなかった。
赤子の力でも容易く折れてしまう枯れ木が最後に魅せる生命の息吹の様に、力強くも儚い姿に見えた。
「俺たちの役目も、もう
「イエス、マスター。私達はその為だけに、この悠久を戦って来ました」
彼の願いは、その生に白き王の手によってもたらされる魂の一片も遺さぬ消滅。
人の負の極限に立つ自身がまかり間違っても遺ってしまってはならない。それは人としての最後の切なる願い。
死後も邪神に利用される可能性を残さない為に。もうあの無貌に利用されるなんぞクソ喰らえだと、彼はそれを誓いに今まで待ち続けた。
白き王が完膚なきまでに自身を滅する領域に到れる刻を。
マスターテリオンとして
故にこんな序盤で、ここまでの手傷を負うということはまず今まであり得なかった。物語りのバックアップを受けていても、それを自力で上回れてしまっている事に他ならない。
大十字九郎の潜在能力は、人間として負の極限に立つ
もしかしたら今回でこの無限獄も終わりだろうという可能性に、ただひたすら笑いが込み上げて来るのだ。
「マスター、治療を」
「いいよクロハ。しばらくこのままで良い。このままが良い。このままでいさせて」
ズタズタになった腕から流れる血を、丁寧に舐めとっては恍惚とした表情を浮かべるクロウリード。
「あぁ、この味。血の、戦いの、生命の、終わりの味だ……」
大導師である彼は、滅多な事では血を流さない。人類でありながら神の血を引く落とし仔。
元々は邪神の戯れで大導師という役目をやらされているただの人間に過ぎないだけなのだ。
黒き王がその従者の復活を果たしても代役に主演をやらせているのも戯れだ。
そう、これはただの戯れ。邪悪の気紛れ。
死ねばそれまでの代役に過ぎない。それは逆説的に死ぬまでは黒き王の代役として生命だけは保証されているということだ。
故にクロウリードは死なぬ様に己を高め続けてきた。魔術で、錬金術で、科学で。
ただの
すべては己の目指す幕引きの為に。
「もう少し、あと一息……。付き合って、クロハ」
「……何時までも、何処までも。たとえ死が私達を別とうとも、御側に居ます。私は、あなた様の
傅き、頭を垂れる漆黒の少女に、黒き少年はその忠義と愛に酬いる為にその腰を抱いて引き寄せた。
「あっ、ま、ますたー?」
「クロハ。愛しき従者。運命の同胞。魂の半身。俺はお前が居るから……」
頬に手を添え、唇を重ねる。
舌を絡め、舐り、犯し、身体を押し付け合い、胸を嬲り、脚を股座に擦り付け合い、首筋を舐めあげられ、互いに互いを愛撫して心を高め合う。
「っ、はぁぁぁぁ……ます、たぁ……」
「……クロハ。大好きだよ」
愛しているとは言わない。そんな飾る言葉ではなく、ストレートに、初めて好意を口にする無邪気さの様に言葉を贈る。
「っっっ、わた、私もっ。私もです、マイ・マスター……」
唇を重ねる度に身体の魔力を循環しあい、交換しあい、分かち合い、傷を癒した手で腕の中の少女の服に手を掛ける頃には、もう黒き獄鳥も姿はなく。打ち捨てられた廃墟の建物からは一晩中少女の喘ぐ声が響いていた事を知るのは、それを肴に乱痴気騒ぎをするとある主従と混沌だけだった。
ちなみに声に釣られて光に集る羽虫の様に集まって来た、女に餓えるホームレスやチンピラの男性方々はもれなくティンダロスの猟犬に追いかけまわされる事になったとか。
◇◇◇◇◇
翌日。まだまだ足りないというか、もう興奮しまくりでハッスル状態から降りてこない思考を、予備の分割思考に切り替えて第13封鎖区画の土を踏む。
レムリア・インパクトによってガラス化した地面を踏み締め、邪神の怨嗟という呪いの中を掻き分けながら夢幻心母の入り口を潜る。
早朝だけあって、さすがの夢幻心母内も物静かだった。邪悪の根拠地とあって、ガチホラーが苦手な自分の心に毒な程の不気味さ満点の真っ暗な通路を歩いていく。
ちなみにクロハは足腰立たないどころか、色んな体液ででろでろで、あへあへになっている為、魔導書形態で持ち歩いている。頁の隙間から半透明の液体が絶え間無く漏れだしているのは武士の情けで見逃して知らないフリをしてあげとこう。
あとでそれを教えてあげれば、「マスタぁーのばかぁぁ!」って、顔を真っ赤にして涙目になって拗ねる姿はお持ち帰りしたいくらいかぁいいんだよ。
ちなみにそのまま頂くのもあり、むしろ羞恥心全開で悶える彼女の姿に熱いパトスが爆発する。
ドMだからね、Sっけはこれっぽっちもないのについ虐めたくなるんだよ。さすがはナコト写本の系譜。
さぁ、目の前の君も今すぐナコト写本を見つけ出して契約してくるといい。新しい世界が開けるよ?
すべて皆殺しにしてやる。勝てば官軍。俺が法だ、黙して従え。
「ダメだ。まだ帰ってこれてない……」
余程大十字九郎に傷つけられた事が嬉しすぎたらしい。
そんなマゾっけはないはずなんだけど、これはもう黒き王としての性かもしれない。それほどまでに待ち望んだ相手からの必死の抵抗だ。
思い出すだけでも身体が熱を帯びて、歓喜にうち震え、恍惚と幸福感に絶頂すら覚えそうだった。
「やぁ、兄さん。朝帰りなんて、昨日はお楽しみだったみたいだね」
「るさいよ、ペル坊。出歯亀して乱痴気騒ぎしてたの知ってるんだからね」
いつの間にか現れたペルデュラボーことペル坊を伴って廊下を歩く。
「それにしても、随分と手酷くやられたみたいだね」
「手だけにってか?」
右手をにぎにぎと閉じたり開いたりはするが、十全とは程遠い。魔術回路をズタズタにされてしまっているのだから当たり前か。
「見てたよな?」
「はっきりとね。この僕も、些か興奮を禁じ得なかったよ」
クククククと、笑いを噛み殺し、口許を押さえながらも堪えきれない笑いが口許に弧を描く様は、まだまだあどけない子供の容姿と相まってとてつもなく絵になっている。
それを横目に、懐から取り出した懐中時計のスイッチを押す。チクタクチクと針が音を立てて反時計回りに時を刻み、右腕に力が戻り、漲っていった。
ド・マリニーの時計。あらゆる時空間に干渉出来るアーティファクト。その気になれば時間旅行すら可能である魔法の領域にあるアイテムだ。
しかし成る程。いつも隣に居るはずのエセルの気配がない理由がわかった。
「盛りすぎだバーカ」
「それはお互い様じゃないかな? 兄さん」
クロハの香りに混じって、似ているけれど別の甘い香りもしてくるくらいには、今日はエセルもクロハ使い物になりそうにないだろう。
差し迫ってなにかが起こるわけでもないため、たまにはそういう日もあって良いだろう。
月に1度程はブッキングしてそういう日があるのだが、構うまい。魔導書の精霊だって休みは必要だ。
「くぅ~ろう!」
「グエッ!」
真正面から頭突きをかましてきた赤毛ネコ娘を避けきれずに、モロに鳩尾に衝撃を喰らう。
「もぉーっ、ネロを仲間外れに朝帰りなんていけないんだぁ~! 腹いせに軽く世界滅ぼしてきて良い?」
「……大丈夫かい? 兄さん」
「おっ、ごぅ……うっ…」
なにも身構えていなかった無防備の状態での一撃。しかも今は大導師プレイをしているわけでもなく耐久力も人間のソレ。
そんな身体に小柄の女の子とはいえ魔人が手加減抜きに頭突きしてきたのだ。
衝撃で破裂したり背骨が折れて皮膚を喰い破って臓物をブチ蒔けるスプラッタな光景にならず呻く程度だけで済む辺り、人間としてはかなり頑丈ではあったりする。
それでも魂が口から出そうな勢いで弱々しく呻くクロウリードの様子に、さすがのペルデュラボーもガチで心配する顔で問う。
「うぐぅっ、……こぉぉ、らああぁっ。エンネアぁぁあ……」
「きゃーっ! クロウが怒ったぁ♪ 逃げろ逃げろー!」
まるで地獄から這い上がる亡者の様に呻きつつ怨嗟を乗せてネロの頭を掴もうとするが、その時既にネロはクロウリードから離れて走り出していた。
「まぁぁぁてぇ、こらああああーっ」
割りとマジで怒気を孕んだ怒声をあげながらクロウリードは逃げるネロを追い掛ける。
「大導師プレイ中ならともかく、素の耐久力知っててわざとやって来る赤ネコ娘にはもう我慢ならねぇ!! 今日という今日はお尻叩き千回の刑じゃオラァ!!」
「わー、ころされるー、たべられるー、いやー、やめてやめておねがい、おいかけてこないで、きゃー、おかされるー、ろりこんだいどうしさまがはぁはぁいいながらせまってくるー」
それは俺だけじゃなくペル坊にも地味にダメージ行くから止めない?
「はて? 今の僕はペルデュラボーだよ兄さん。ブラックロッジの大導師、マスターテリオンは兄さんのことじゃないか」
俺の周囲に味方がクロハしか居ない件について。
そんな邪悪の住み処。邪悪たちは笑って一日を始めた。
邪悪の微笑む時、聖者は嘆き苦しみ涙を流す。
誰かが幸福であるのなら、それは誰かが不幸であるという話の様に。
◇◇◇◇◇
アーカムシティは広い。とにかく広い。東京23区よりもデカいのではないかと思うほどに広大だ。
小さな片田舎の町が、世界最大の大都市へと変貌する様は、文明の力と発展を日々目にするかの様なある種の感動。または植物観察日記を付ける幼少の頃のワクワク感さえ覚える。
ひとつふたつの区画が吹き飛ぼうと、それに恐怖するだけで、被害のない区画の人間たちは今日も変わらぬ日々を過ごす。
1930年代の地球文化を吹き飛ばす勢いで数世代先の文明技術に溢れるアーカムシティ。
破壊ロボが暴れようと、白と黒の天使が時折争おうと、ブラックロッジによる事件が起ころうとも。
人の足が絶えないのは、それだけアーカムシティが魅力に溢れているからだ。
それは邪悪と戦う最前線であり、世界経済の中心であり、覇道鋼造が来るべき日に備えてアーカムシティを発展させた結果である。
そう、この街は邪悪と戦う為の血戦場。人類最後の砦。
そして、21世紀からやって来た未来人型大導師が闇を取り仕切る街。
駅に行けばもぎりが居る切符売り場。ラッシュ時間帯の行列の素。そんな行列に並べるかと、切符販売機と自動改札口を作った。
テレビがあってもゲームがない。西博士にオーダーして作らせて世に解き放つ。ブラックロッジの資金はガッポガッポ。
インターネットやりてぇ。パソコンを現代から持ってきて西博士に複製を作らせて量産後商品として世界に流通とインターネットの整備に従事。懐がほっこり。
株式市場は覇道財閥と一進一退。そうするように出す技術を選んで世に解き放つ。
すべてはこの無限螺旋での退屈な余暇を、快適に過ごすための処置。
そのせいで色々文化が尖って進化している国もある。
第二次世界大戦前の世界だというのに、既にジェット戦闘機やアングルドデッキの原子力空母を人類は保有していたり、核ミサイルも然り。
インターネットの普及の為に人工衛星をばかすか打ち上げたり、電話回線どころか光ファイバーを使用した光回線も大都市には整備されていたり。
日本ではサブカルチャーの進化が80年近く先を行っていたりと。
そこはかとなく文化介入をして資金稼ぎをしつつ暇を潤す。
なにしろ大十字九郎に勝利した後。クロウリードは再び白き王が無限螺旋に挑むまで暇しかないのだ。
マスターテリオンことペルデュラボーがどの様にその時間の暇を潰していたかは知らないが。
クロウリードは内政、又は外交プレイで暇を潰すのが通例だった。その結果が、20世紀前半であれど21世紀と変わらぬ生活環境が整備されたアーカムシティである。
なお鉄道産業と車産業、不動産周りは覇道に任せているため、利便さや娯楽文化は21世紀相当だが。街並みの風景や、鉄道、街を走る車はどこか古めかしくあったりする。
そんな混沌と進化した街を、クロウリードは自転車で走っていた。ありふれたママチャリの荷台に赤ネコ娘を乗せながら。
「はぁぁ、ツイてないなぁ。まさか適当にブッパした重力弾が産業道路直撃してたなんて」
昨夜、大十字九郎を煽る為に使った重力散弾の雨は、アーカムシティの複数の区画に大損害を被らせた。
その内の一発が、アーカムシティの動脈のひとつである産業道路を直撃。地下鉄の被害は軽微だったこともあり人の流れはまだ無事な交通経路へと移り、各地で渋滞や地下鉄は定員オーバーの寿司積め状態だった。
大導師や逆十字とバレない様に一般人に紛れているクロウリードとネロも魔術を使わずに移動し、かつ快適な機動力として自転車を選んだのがそもそもの始まりだった。
まだじくじくズキズキと痛む腹部を気にしつつも向かう先は、アーカムシティのシンボルタワーとも言える建物がある場所。
ミスカトニック大学だった。
「でもさぁ、クロウ。今さらミスカトニック大学に行ってなにするのー?」
荷台に座るネロがその荷台の上に立ち、クロウの首に腕を回し、その背中に身体をのし掛からせながら目的を問う。
首筋の方から伝わる、クロハとはまた違う甘い香りと背中から感じる軟らかさと熱にも動じずに自転車を漕ぐクロウリードはその質問に対して田んぼを見てくる感覚で答えた。
「別に。ただ大十字九郎はどうしているか見に行くだけだよ」
昨日もミスカトニック大学の時計塔で特訓をしていたのだ。そして、理不尽な邪悪を目の当たりにして、安穏と暮らしていられるほど図太い人間じゃないのは俺も知っている。
ミスカトニック大学の学生でも、陰秘学科の学生でも、特殊資料室の見習いでも、秘密図書館のお手伝いさんでも。
アイツは邪悪を目の当たりにして立ち向かって来た男だ。
赤貧私立探偵になろうとも、それは変わらない。変わるはずがない。それが大十字九郎という人間なのだから。
まだ遠くに聳え立つミスカトニック大学の時計塔の上で、米粒よりも小さい影がなにかやっているのが見える。
確認するまでもなく大十字九郎とアル・アジフと、
あっ、落ちた。
「にゃはははははははははっ!! ナニあれぇ! あーんな高さから落ちたら、いくら大十字九郎でも死んじゃうってば♪ あははははは、っはははははは、にゃははははははは♪♪♪♪」
大爆笑しながら後頭部をバシバシと叩いてくるエンネア。地味に痛い。
「つーかマジで痛てぇよ!! 自転車運転してるんだからやめーや! しまいにゃ歩かせるぞコラッ」
「きゃーっ、ゆらさないでぇ、おちるおちるおちちゃうーっ、ろりこんがロリっこをいじめるよぉ。いじめぼくめつー! ぼうりょくはんたーぁい♪」
この似非赤ネコロリっ子め。いつか泣かす。
といっても本気で振り払わないのは、クロウリードなりの優しさだった。
同じ無限螺旋に囚われた同胞である魔人の少女。
そんな少女にクロウリードは借りがある。無限螺旋に挑むための術を教えてくれた。
だから少女がじゃれて来ても好きにさせるし、構ってもやる。
この無限螺旋、幾度となく繰り返す始まりと終わりの輪廻を越えてすべてを共有出来る相手は非常に少ない。
たとえそれが魔人であっても、共に存在する者を邪険に扱う必要は何処にもないのだから。
「さて、パンとコーヒーでも買って帰るか」
「ネロはねぇ。イチゴミルクとイチゴアイス!」
「どっちかにしなさい。腹壊すよソレ」
ミスカトニック大学の敷地に入り、駐輪場に自転車を停め、背中にネロをぶら下げながらクロウリードは敷地内のカフェテリアを目指す。そこの蒸しパンとコーヒーは中々の美味であり、無限螺旋の最中での数少ない癒しの味でもあった。学生向け料金でもあるため良心的な価格なのも魅力的だった。
時計塔を見上げれば、大十字九郎が術衣を纏い、翼を広げて夜鬼に追いかけ回されながらオフィス街の方へ消えていくのを見送った。
「追いかけなくていいの?」
「あの姿を見れれば、それは必要ないよ。それより朝メシだ。メシ」
遠くで戦っている気配を感じつつ、注文した品を受け取り、朝食を摂る学生に混じって腰を落ち着ける漆黒の少年と赤毛の少女が魔人の類であると、言われても誰も信じられないだろう。
口の中で蕩ける蒸しパンの甘さが、コーヒーの苦味とマッチして程好い苦味になる。
昨日の今日で少しは気が滅入っているかと思ったが、それは杞憂だったらしい。
それでこそ白き王、魔を断つ剣、我が愛しの怨敵。
「フフフ、そうさ。こんなことで折れるやつじゃない。頑張ってよ、大十字九郎。神器を手にする瞬間を見届けるまで、俺はお前を負かし続ける。自力で超えてきたからなんだって? だったら抜き返せば良い。叩き落とせば良い、蹴落とせば良い。そしていつも通り這い上がって来いよ。因果の果つる刻、俺はその領域で待ち続けるさ」
「愉しそうだね。クロウ」
「ああ。愉しいよ。楽しいともさ。ようやくここまで来たんだから。永い長い
ネロの言葉に、口許に弧を描いて噛み締める黒き役者は紡ぐ。感無量を言葉に乗せて、枯れ木の様に渇れきった小さく掠れそうな声で。
「■■■■■■・■■■■■■■■をその手に掴んだ刻、この世界もようやく終われる」
to be continued…