夢幻心母の中枢。心臓の間。
シュロウガの必殺の一撃を受け、崩れ落ちるデモンベイン。
「足りぬ……」
呟きは、自然と零れ落ちた。
血の海にゆっくりと沈んでゆくデモンベイン。機体は半壊していた。その姿をただシュロウガの中で見守る獣には今だ何ら感慨はなく。いや、或いは魔を断つ剣の不甲斐なさに呆れているのだろうか。
足りない。致命的に。これが魔を断つ剣だというのならば何もかもが足りない。
邪神の血を色濃く引き、己もまた限り無く神に近い魔人である最強最悪の『獣』として、魔人は識る。
この程度の相手でしかなかったのか。この程度で黒き魔王に挑もうというのか。
其処に沸き上がるのは怒りだった。
この程度の力で世界が救えると本気で思っているというのならば身の程知らずも甚だしい。
この程度で、兄を超えられる気でいるのかと思われたら腸が煮え繰り返りそうだ。
シュロウガを通して溢れ出す怒気が、血の海を蒸発させ紅い霧を生み出す。
しかしその怒りを胸に納めただ次の獲物を待ち侘びた。
「魔力反応接近。来ます、マスター」
「さて。覇道が鍛えし魔を断つ剣。その破壊を以てこの物語の終演としよう」
「イエス、マスター」
そう、まだ早いのだ。この怒りを込めてぶつけてやろう。
現れたのはデモンベインと同じくシャンタクを広げた機械神。覇道のデモンベイン。
『遅かったか…!』
『デモンベインの反応
『シュロウガ……マスターテリオン、ではないな』
魔力の気配から覇道鋼造はシュロウガのパイロットがクロウではないことを見抜く。
「ようこそ、我が城へ。勇猛果敢たる勇者よ」
兄に則り、覇道鋼造を勇者として迎える。霊気を伝導し、獣の声は幾重にも木霊して響き渡った。耳で聞く音ではない。精神に直接語りかけてくるような聲だ。
それだけでこの空間の主は誰なのかと理解するのには充分な効力はある。
「我が名はペルデュラボー。この夢幻心母の主にして、真のマスターテリオン。以後お見知り置きを」
『大導師マスターテリオンというわけか…』
「如何にも」
永劫回帰の那由多の果て。無限螺旋の終点にてまさか原初の宿敵とこうして2度も相まみえる事になるとはペルデュラボー自身も思いもしなかったが、それでも白き王は歯応えがなかった。
物語から外れ、覚醒しているのはなにも覇道鋼造や覇道兼定、クロウリードだけではないのだ。
その立ち位置こそ今はマスターテリオンとしているが、その目的は既に物語から外れている。そもそも暗黒神話の
白き王以外の何者にもなれない大十字九郎だけが世界の補正力を受けているだけ以外に最早クラインの壷はなんら効果を及ぼすことはない。
覚醒した覇道鋼造に対し、覚醒したクロウ。そのクロウにとって絶対的な背徳の獣としての強さを信じられているペルデュラボーが弱い筈がない。ある意味軍勢変生に近いものだが、それでもペルデュラボーは自力で最愛の兄の信じる絶対強者の背徳の獣として君臨している。
だから今だ物語から解脱仕切れていない白き王には負けない。そして覚醒したとしてもかつての宿敵に負けるわけにはいかないのだ。
「さぁ。余に魅せてみよ! 鍛え上げた魔を断つ剣の切れ味。この背徳の獣が吟味してやろう!!」
魔王剣を抜き、構えるシュロウガの気配が変わる。冷たく、鋭く突き刺さる威圧感になまくらを宛がわれた怒りを込めて、駆ける。それこそ大十字九郎に放った一撃とは比べ物にならない疾風迅雷の如き速さで駆け抜ける。
『バルザイの偃月刀!』
しかしその一撃を覇道鋼造は受け止めた。
『術式開放』
『アトランティス・ストライク!!』
そして紫電を纏った蹴りをシュロウガに放つ。
しかしシュロウガの姿が掻き消える。
『後ろか!』
「疾ィィィィああああ!!!!」
そのまま紫電を宿した蹴りを後ろ回し蹴りに切り替え、シュロウガの持つ魔王剣と衝突する。刹那でも反応が遅れていれば切り裂かれていた。
覇道鋼造の背筋を冷たい戦慄が灼く。
物語からの補正力がないとはいえ、覇道鋼造は門を超えてマスターテリオンであるクロウに挑んだ大十字九郎だ。未だ門を越える前の白き王よりも地力は勝っていても不思議ではない。経験の差が、覇道鋼造をシュロウガの死の旋風を越えさせたのだ。
「ABRAHADABRA」
魔王剣を砕かれながらも両手に宿した雷光が紫電を灼き、
発狂する回路。損傷する機体。雷光に焼かれたDレプリカントの右足はズタズタになった。爆裂して吹き飛ばなかっただけマシだろう。
『捕縛結界』
「小癪な!!」
しかしシュロウガが雷光を放ち、ダメージを与えている隙にDレプリカントもまた反撃していた。
リトル・エイダにより発動された捕縛結界の赤い糸がシュロウガの躯体を縛り上げ、直ぐ様
シュロウガの額から放たれる閃光とDレプリカントのこめかみから放たれる砲弾が激突して爆裂する。
「おおおおおおおおお!!!!」
『覇ァァァァァァァァ!!!!』
砕けた魔王剣に代わる剣。魔王の大剣を担いで降り下ろすシュロウガにDレプリカントは二刀流のバルザイの偃月刀で迎え撃つ。
一撃でバルザイの偃月刀を破壊する。しかし降り下ろした技後の一瞬で残ったバルザイの偃月刀でシュロウガは両腕を切り裂かれてしまう。
そしてシュロウガはDレプリカントに蹴りを入れ、変形して真上に翔び間合いから離脱し、再び人型に変形。
既に修復を終えた両腕に魔王剣と魔王大剣を手に、急降下する。
両手に銀のリボルバーを錬成し、絶えまぬ銃撃で迎撃するDレプリカント。しかしその銃撃の嵐をすべて切り落とす。
降り下ろされる二刀に合わせてDレプリカントは修復した右足に再び紫電を纏わせて迎え撃つ。
拮抗した力が破裂し、互いの機体を後退させる。
力も技も互角。防御力ならばDレプリカント、機動性ならシュロウガが上回っている。
しかし互いに致命打を与えられない。
致命傷を与えるにはそれ相応の
しかし距離を離せばその瞬間切り刻まれる事を予測できる覇道鋼造はシュロウガに対して接近戦を挑むしかない。初手でシュロウガが近接戦闘を仕掛けて来なければ今頃は地に伏していただろう。
しかし間合いを開いた今。叩き込む隙は今しかない。
『神獣形態』
「アキシオン・キャノン!!」
互いの魔導書の声が響く。
焔の獅子と氷の竜が黒い太陽と激突する。
超高温と超低温、そして超重獄が空間を歪ませて爆ぜる。
しかしその空間の歪みを越えて征くのは漆黒の天使の心臓を持ち、歪んだ空間ですらものともしないシュロウガであった。
『レムリア――』
しかしそれを予測していたDレプリカントは右手の必殺の無限熱量を解き放たんとしていた。
「ハイパーボリア――」
だがそれすらも予測していたシュロウガもまた無限熱量を解き放つ準備を整えていた。
『インパクト!!』
「ゼロドライブ!!」
互いの無限熱量が衝突し、正と不の無限熱量は互いの熱量により融合し相転移を引き起こし対消滅する。
『「マスター!!」』
互いのマスターを気遣う魔導書。しかしそのマスターは退く事をしない。
右腕を失ったDレプリカント、左腕を失ったシュロウガ。
先に動いたのはシュロウガだった。その背中から大量のエーテルを吐き出し、エーテルの羽を弾丸に変え、爆撃を行う。
『
その爆撃をDレプリカントは結界で凌ぐ。
「重力結界――アトラクターシャワー!!」
『くっ、抜かった…!』
右手を掲げ、光の束を打ち上げるシュロウガ。
足を止めた所に重力結界に捕まってしまうDレプリカント。このままでは重力結界弾に機体を抉られてしまうだろう。
「滅せよ!
光の束は広がりながら、しかし様々な方向から意思を持ちDレプリカントただ一点に降り注ぐ。
一撃だけでも行動不能に陥るだろう攻撃が数えるほどバカらしい数で迫っている。
『まだだ!!』
シャンタクから膨大なエーテルを吐き出し、重力結界に縛られた機体を無理矢理飛び立たせる。
着弾寸前で目標を失った光の束は無数の重力球を生み出して不発に終わる。
そのまま真下からシュロウガを強襲するDレプリカント。
バルザイの偃月刀を手に駆け上がって来る。
シャンタクの性質。望めば望む程にその機動力は天上知らずに上がる。
目指したのはシュロウガの懐だ。
知覚の領域外の迅さをもってDレプリカントはシュロウガの体躯を切り裂いた。
「ぐあっ」
「くぅぅぅっ」
揺さぶられ、弾け、落ちるシュロウガ。
『神獣形態!!』
Dレプリカントのから放たれる二柱の神獣が漆黒の機神を灼き尽くし凍て尽かせる。
両手と両足が燃え崩れ、砕け散る。
燃え残り、散り残ったズタズタの翼でどうにかバランスを取り戻したシュロウガ。しかしその身は既に戦闘を継続出来る様子出はない。
「いいえ。まだよ……」
「ああ。まだだ……」
シュロウガのコックピットで主従は叫ぶ。
怨嗟、殺意、怒り。世界の理不尽に向かって。
「「まだ。終われるものか!!」」
シュロウガの瞳が輝き、その身を瞬時に修復した。そしてその機体を走る魔術回路が禍々しく赤い光を放ち、その姿を変異させる。
『なんだ……これは…』
その変異を覇道鋼造はただ見守るしかなかった。
黒い体躯がまるで黄金のような輝きに包まれていく。
足元に魔方陣が広がり、黄金の魔術文字がその魔方陣から昇り、シュロウガの頭上に集まっていく。
顕現するのは神の器。捻れた神剣が顕れた。
「
「そんな……なぜ…」
その力を使うには場が整っていないにも関わらず、この神剣が抜ける筈がないのに。
今その手に神剣が抜かれた。
to be continued…