黒き悪徳を為す王として   作:望夢

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サブタイトルに捻りがなくなってきた。そして黒き王であることを辞めたバカの快進撃が始まるかもしれない。これで最後はちゃんと白き王に負ける未来に持っていけんのかなぁ。トンチキだもんなぁ。輝くトラペゾヘドロン耐えそうで恐い光の奴隷ってなんなんだろうなぁ。


煌めく星を視る児

 

 蠢く闇。果てしない殺戮。血臭を撒き散らして魔人は――邪神は進む。先ずは覇道邸の襲撃。シナリオを進めるために必要な措置。

 

 大十字九郎も覇道鋼造も不在の覇道邸を襲撃したところでメリットなどないのだが、破壊と殺戮を餌に釣られてやってくる存在を待っているのだ。

 

 見つけるだけの力はまだ回復していないが、回復を待っていては大事に障る。故に見つけてもらうことにしたのだ。その為には涙と悲鳴が必要だ。

 

 男を殺し、女を犯し、子を玩び、悪徳の坩堝を作り上げていく。

 

「何を考えているのかね? アウグストゥス君」

 

「決まっているとも。大導師殿に御登場頂くための下準備よ」

 

 邪悪な笑みを浮かべてウェスパシアヌスの問いに答えるアウグストゥス。否、アウグストゥスの皮を被った邪神。死したアンチクロスを甦らせた魔人に対して老紳士の魔人は不気味な物を覚えた。

 

「(まあ良い。良いな。いずれにせよ逆らえぬのならば与えられた役目は果たすとしよう)」

 

 只者ではなくなっているアウグストゥスの事を深く追求することもないと、ウェスパシアヌスは使い魔を操り殺戮を撒き散らす。

 

 自身が死人で如何様な手法で甦ったかはわからずとも、虎視眈々とアウグストゥスを蹴落とそうとしていた自らがこうして素直に彼に協力の姿勢を見せているのは無意識下に植えつけられたなにかによってアウグストゥスには逆らわない様に仕向けられているからだろうとウェスパシアヌスは思っていた。

 

 そして辿り着いたのはひとつのシェルターだ。入り口は強固な隔壁によって守られているが、魔人にとっては障子の紙を破る程度の労力で済む程の薄壁でしかない。

 

「カリグラ」

 

「グゥゥ、おおおおっ」

 

 カリグラの放つ丸太の様な腕が隔壁を吹き飛ばした。

 

 そして聞こえる悲鳴は吹き飛ばされた隔壁に巻き込まれて絶命した避難民の家族か或いは知り合いなのだろう。

 

 シェルターに足を踏み入れたアウグストゥスがなにかを探すようにして――なにかを見つけて止まった。

 

「っ、てて。大丈夫かコリン?」

 

「うーん、…なんとか」

 

 吹き飛ばされた隔壁が丁度折り重なった隙間から這い出てきたジョージとコリン。それをアウグストゥスは見つけ、人の良い人相を張り付けた笑みを浮かべて近づいていく。

 

「おやおや。大丈夫かな君たち」

 

「「ッ――」」

 

 そのおぞましくも通りの良い聲。魔術的にも伝播しそうな響く聲で語りかけたアウグストゥスの聲を聞いて二人の子供はその動きを止めた。

 

「どうしたのかな? 恐がる必要はない。私は神の御使いでね。君たちを迎えに来たんだよ」

 

 優しく、恐怖を和らげる様に子供に語り駆ける人の良い神父の様に、アウグストゥスは言葉を紡ぐ。

 

 だが子供たちも普段から教会に身を置く者として聖職者とはなんたるかを視てきた経験から、目の前の男が決してそうした神道の徒でないことは直感で確信していた。

 

「いや、やだよ…、ライカ姉ちゃん……」

 

「くっ…」

 

 そんな邪悪な神父の仮面を被る男の気に当てられたコリンは震えながら白き天使の名を呼んだ。居ないとわかっていても、多くの人を助けに行った白き天使は。正義の味方である前に彼らにとっては親同然の絶対的な保護者なのだ。

 

 そして教会では自分が歳上だからと心の隅にあるジョージはコリンの身体に覆い被さりながら、恐くてもいつでも逃げれる様に目の前の魔人を睨み付けていた。その目尻に涙を浮かべていても、いたずら小僧で時には女の子を泣かせてしまうことはあっても、それは子供特有の加減がわからないだけで。子供であっても彼は家族を守ろうと恐怖に立ち向かう男の子だった。

 

「どうかね? ウェスパシアヌス。彼等の素養はあると思うが」

 

「確かに。この場に居てそうも強く自我を保てることは評価に値する。するとでも。誇りたまえ、君たちは凄いのだよ」

 

 健気に恐怖と戦う子供たちをウェスパシアヌスは素直に称賛した。

 

 普通なら恐怖に戦いて、或いは気を狂わせてもおかしくはないだろう。

 

 それが子供たち以外の周囲に乱雑する肉袋だった。発狂して狂った者から呪いを受けたかの様に身体を内側から破壊されて呪いに食い尽くされていく。

 

 だが二人の子供はその呪いに耐えていた。恐怖によって反応する呪いに。それはほんの少しの遊びだ。ただ、この手の遊びが好みなのを邪神は知っている。

 

「助けて……」

 

 白き天使も、白き王も。彼等が一番頼れる大人が。保護者が誰もいない。そんな絶望(げんじつ)の中でも精一杯呪いに抗いながらも、恐怖に砕けそうな心を必死に守り耐えながらも、どうにもできない現実を前にして。

 

 片方の弱気な少年が一言呟いた。

 

 小さな声だ。小さすぎて庇う少年ですら聞こえない声量の儚い願いだ。

 

 そんなものはないと言われてしまいそうな程にか細く呟かれた精一杯の一言。

 

 故にそれは当然の様にやって来た。

 

 血と屍を築き上げる災禍を生む魔人を滅するために。

 

 切実なる生命の叫びを聞き届け、どんな小さな祈りであっても聞き届けるもの。

 

「――そこまでだ」

 

 言葉と共に振るわれた閃光の一撃が、シェルターを覆う呪いを消し飛ばす。

 

 子供たちを背に現れたのは年端もいかない子供だ。黄金の輝きを放つ髪を靡かせ、その荘厳な碧眼に宿敵を映す。

 

 その背中は小さく頼りないだろう。だがそれを目前にしている子供たちは違った。

 

 嘆きも恐怖も、そして心を苛む絶望すら一瞬で消し飛ばし、あまねく負の因子を鎧袖一触せしめる絢爛たる煌めきを放つその背が、絶対守護者として存在するという気圧に、子供たちは魅せられた。

 

 覚悟と共に邪悪を射抜き、守護を誓うと宣誓するその姿を。

 

 故に悲劇は閉幕。少なくとも子供たちを襲う悲劇は幕を閉じた。

 

 希望を与える熱気に嘆きは消え、恐怖は蒸発した。

 

 恐怖と絶望が支配しようとしていた心に沸き上がってくるのは震えるほどの頼もしさ。もう大丈夫だと、万の言葉を尽くすより雄弁に魂が喝采を叫ぶのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()と――。

 

 あらゆる邪悪は一切滅びるのだと、その姿に確信を持てた。

 

 その顔を子供たちは覚えている。あの夕焼けに現れた魔人であることを子供たちは覚えている。

 

 自分たちの遊び仲間になった少し歳上の少女よりもまた少し歳上の少年。自分たちの保護者からすれば彼も庇護の対象になるだろう年頃の少年が、日常の延長で小バカにしたりじゃれたりする青年と戦ったことも覚えている。

 

 しかし今のその姿はその時がまるで夢の様に欠片もなく同じ人物とは思えないほどに頼もしく。そして味方であると確信出来たのだ。

 

 そして子供たちは光の煌めきをその目に焼きつけることになった。

 

創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星

 

 その手に握られた二振りの魔法剣と魔王剣に膨大な光熱が宿り始める。

 

巨神が担う覇者の王冠。太古の秩序が暴虐ならば、その圧政を我らは認めず是正しよう

 

 この覇道を止められはしない。悪がこの路を阻むのならば、それを降してみせよう。

 

勝利の光で天地を照らせ。清浄たる王位と共に、新たな希望が訪れる

 

 故にその身に許されるのは勝利のみ。邪悪を浄化し、この狂った因果を是正する。

 

百の腕持つ番人よ、汝の鎖を解き放とう。鍛冶司る独眼(ひとつめ)よ、我が手に炎を宿すがいい

 

 己の敵を、余さずすべて焼き払う絶死の焔を見るがいい。これが邪悪を滅ぼす死の光。

 

大地を、宇宙を、混沌を――偉大な雷火で焼き尽くさん

 

 万物すべてを滅亡させる天神の雷霆。生命を根絶する死の閃光である。

 

聖戦はここに在り。さあ人々よ、この足跡(そくせき)へと続くのだ。約束された繁栄を、新世界にて(もたら)そう

 

 故に人々よ。その責苦と共に怒りと嘆きを力に変えてぶつけてくれ。己の身はその代弁者。そして明日を拓く剣なり。

 

超新星(Metalnova)――天霆の轟く地平に(Gammaーray)闇はなく(Keraunos)

 

 二振りの魔剣に宿った黄金の輝き。児らはその光に希望を見た。そして邪悪に身を連ねる者は嫌悪と憎悪を抱いた。

 

 その輝きは黄金の輝きを放つ鋼の英雄。或いは総てを愛する黄昏の破壊公と同じ、すべてをその煌めきで照らしているが。

 

 甘粕黒羽――クロウリードは善性の属性を持っていようともその本質は魔王だ。

 

 秩序・悪の様などうしようもなく質の悪い存在である。

 

 故に英雄本人ではないクロウが放つ光は夢の産物でしかなく、あくまでフェイク――偽物だ。そこには本物には迫れないリアリティが欠けてしまう欠点がある。贋物であるが故の劣化だ。

 

 だがそれを補完するのがその光を見た相手の実感なのだ。この光をただの光と思えば、究極な話だが核分裂光でさえただの電気の明かりの様に感じるだろう。

 

 しかし今この場に居る魔人たちと子供たちにとっては、黄金の輝きを放つ煌めきは真実夢ではなく現実なのだ。

 

 その実感がより強い破邪の光となって魔剣を英雄の煌めきに迫る光で輝かせるのだ。

 

 邯鄲法に依って再現される力なのだ。その法則は邯鄲法に影響されて然るものでもあった。

 

 夢を持たなかったからこそ手に入れた力は。(イメージ)を自らの物にすること。

 

 悪徳を成す黒き王も、邪悪を滅ぼす光の英雄となったのも、この邯鄲(ユメ)があればこそ別人の様に振る舞えるのだ。

 

 今のクロウは黄金の英雄の夢を自らのものにしている。即ち悪の敵として立ちはだかる英雄なのだ。

 

「お待ちしておりました、大導師(グランドマスター)。貴方様に復讐する為、黄泉の国から舞い戻って参りました」

 

「邪神に呑み込まれたか。隠さずともわかっているぞ、アウグストゥス。如何様に力を付けようと邪悪はただ断つのみ」

 

 悪神断つべしと、クロウはその煌めく光の剣を構えた。

 

 光の英雄であるから悪を赦してはおけない。何故なら今の彼は正義の光の徒だからだ。英雄の様に英雄たれと自らに課しているからだ。

 

 無辜なる児に涙を流させる不条理に断罪の刃を降り下ろさんが為に。

 

 そしてアウグストゥスは心優しそうな神父の仮面を剥がし、忌々しげに顔を歪めてその聲には憎悪すら含んだ聲で言葉を紡いだ。

 

「度が過ぎたのだよ、人間。いと愛おしき者よ。君は実によくやってくれたが、我々(わたし)のシナリオを外れるというのならば是非もなし。用済みの役者にはご退場願おう」

 

 その影が蠢き、アウグストゥスの仮面すら剥がして邪神その本性を光の英雄へ向ける。

 

 その吐き気を催す悪意は質量すらも持ち、光の英雄を襲うが。その悪意を真正面から受け止める。何故なら今の彼には背に背負う生命があるからだ。故に何があろうと引きはしない。退きはしない。

 

「黙れ、邪神。貴様にくれてやるものなど欠片のひとつもありはしない」

 

 その悪意を吹き飛ばして紡がれたのは誓いだ。言葉少なくとも明確に込められた守護の意志だ。

 

「それでもなお()ると言うのならば加減はしない。全力で相手をしよう。そして滅ぶがいい。おれからお前に告げるのはそれだけだ」

 

 たとえ人類の宇宙が滅びるのだとしても、アザトースの庭を解放する為に途方もない時を幾度も繰り返すその諦めの悪さ。執念。必ずその悲願成就の為に成し遂げるのだという真摯な姿勢には、ある意味敬意さえ持っている節もある。その点には共感出来るのは自らも幾星霜の那由多の果てに永劫回帰を乗り越えてきたからだろう。

 

 ()()()()()()

 

 目の前の邪神は許されざる悪だ。その一点だけで、悪の敵となった光の英雄に容赦はない。ただ成敗する“悪”として認めるが故に破邪の光となって闇を切り裂くのだ。

 

 光の英雄が閉口すると、場は沈黙に包まれた。誰もが身動きせず、次の一手を読む為に闘志を滾らせて集中しているのだ。迂闊な真似は即刻死を意味する。それは全員の共通認識であるが故に、戦場に居ながら観客席に座った二人の子供だけはその場を離れることも出来た。

 

 仮に彼等が動き、魔人たちがその生命を狩ろうとするのならば光の英雄が全力でその魔手を切り落とすだろう。守られているという自覚があるからこそ、二人は動かない。動けないのではない。動かないのだ。

 

 英雄の背に魅せられ、その姿を今からも視る為に。

 

 そして、英雄の武勇譚が始まった――。

 

 

 

 

to be continued…


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