黒き悪徳を為す王として   作:望夢

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ある程度端折って書きますので、原作知識が必須になりますのと、スパロボ成分増々なのと、キャラ崩壊もありますから賛否がわかれると思いますが、気軽に読んでいただければ幸いです。


窮極への鼓動

 

 アル・アジフの駆る鬼械神との戦闘を終えた後。アーカムシティに墜ちていく姿を見届けてから、自分もアーカムシティへと舞い降りる。

 

 アーカムシティは眠らない摩天楼だ。天高く聳え立つビルには煌々と明かりが点されていて、日が沈んだ漆黒の闇を暖かく照らしてくれる。

 

 路地裏に降り立ち、肩の力を抜く。

 

「お疲れ様です。マスター」

 

「ああ。お前もお疲れさま、クロハ」

 

「あっ……」

 

 労いも兼ねて、上質の絹すら霞む程に指通りの良い黒真珠の様な色彩の髪の毛に触れながら頭を優しく撫でる。

 

 クロハの母体はナコト写本の英語訳版である。モノホンのナコト写本より質は落ちても、拙い英語しかわからん俺からしたら大変有り難い魔導書だった。

 

 英和辞典片手に内容を熟読したのは良い思い出だ。アーカムシティは覇道財閥のお膝元でもあるからか、日本語が話せるだけでも取り敢えずは生きていける。まぁ、普段から翻訳魔術を使えば会話程度なら困らないだけれども。

 

 ともあれ、ダンウィッチの怪の後。ン・カイの森の焼け跡で彼の邪神に言われてブラックロッジの大導師として、俺はこのクラインの壷の中で生きることになった。

 

 目的は白き王の完成だ。つまり大十字九郎が輝くトラペゾヘドロンを手にするまで、マスターテリオンに代わってブラックロッジの大導師という役者を演じることになった。

 

 そもそも何故その様なことになったのかというと、俺がこの世界にやって来たひとつ前の戦いで、捨て身の一撃によってナコト写本が焼かれてしまったということだ。

 

 その戦いによって大十字九郎も命を落とし、結果アル・アジフとマスターテリオンが生き残るという、なにその装甲悪鬼的なシチュエーションが発生。

 

 ナコト写本修復の合間、俺が代役を勤めることになったのは、マスターテリオンの暇潰しと、邪神の暇潰しという思惑があったからだ。

 

 無論、ただの人間でしかない自分が魔人や邪神にどうこう言える立場にはないため、俺はブラックロッジの大導師として役柄を演じることになった。

 

 もう思い出すのも億劫な程の遥か彼方の大昔の出来事だけれども。

 

 不死ではないが、不老となった我が身はそんな悠久を今も生き続けている。理由はいくつかあるけれども、ひとつは死にたくないという理由がある。

 

 そして死ぬのなら、せめて白き王の手に懸かって死ぬ。でなければ死後どの様な扱いを受けるかわかったものじゃないのがこの世界だからだ。

 

 人間として真っ当な最後を迎えられるのが、敵の手によって死ぬという選択肢しかないのがこの世界だ。

 

 でもタダで死んでも利用されかねないから、邪神ですら十分ですよって思うくらいに頑張っていたら、死ぬタイミングを逸したっていうくらいだろうか。

 

 そんなことを思い出しながら懐中時計で時間を確認すれば、世間一般的な夕食に丁度良い夜の8時だ。少し急がないと不貞腐れられてしまう。

 

「さて。行くぞ、クロハ」

 

「あっ……。はい…」

 

 頭を撫でていた手を離すと、とても寂しそうに名残惜しむ声を出すクロハ。

 

 ナコト写本の精霊というものは忠犬属性の塊でもあるのか。このクロハもエセルドレーダと同じ様にとてつもなく献身的に俺を支えてくれる。

 

 今もこうして生きているのも、クロハが居てくれるからという理由も大きい。クロハの為に生き続けているところもあるくらいだ。

 

「あっ…。マスター……?」

 

 小さくてほっそりした手を取って握る。

 

「行こうクロハ。また終わりを始める為に」

 

「イエス、マイ・マスター。何時までも、何処までも。お供致します」

 

 肩を寄せてくるクロハの歩幅に合わせて歩き始める。俺なんかには勿体無い娘だけど、誰かに渡す気はない。こんな役割だ。世界最古の魔導書であるクロハを狙う輩も居る。クロハの存在を守る為にも、俺は誰にも負けていられない。それが例え白き王が相手でもだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 路地裏を抜けて暫く足を進めると、道端のカフェのドアを潜る。

 

「あっ、遅いよークロウ! もう食べ始めちゃったんだからね!」

 

 店の中に入ると、端のボックス席から声が上がる。苦笑いを浮かべながら人差し指を唇に添えて静かにする様にジェスチャーを送る。

 

 案内をしようとした店員に一言断って店の奥に向かう。

 

「やあ、お疲れさま」

 

「一時間の遅刻だよ! 罰として今日はクロウの支払いだからねっ」

 

 一度も払ったことない癖に良くも言うと思いながら、俺もクロハを伴って席に腰掛ける。

 

 先約は先程から煩い赤髪のロリっ娘と、眼鏡を掛けた金髪美少年に、クロハと双子並みに瓜二つの女の子だ。

 

「ねぇ、ねぇ、クロウ。これ頼んでも良い?」

 

 メニューの写真を指差しながら身体を寄せてくるのは赤髪のロリっ娘――エンネア。またの名を暴君ネロ。

 

 ブラックロッジでも位階の高い魔術師達、アンチクロスの一人にして、俺よりも強い魔術師の少女だ。というか俺の魔術の先生でもある。

 

 どこかネコっぽくて掴みきれない雰囲気を持っているが、共に邪神の被害者の会に属している。

 

 なにしろ前回のマスターテリオンが死ぬと問答無用で死ぬ運命にある少女なのだ。こんな幼気ない少女がそんな理由で死んでしまうなんてお兄さんの目が黒い内はさせませんからね!

 

「聞いてくれるかい兄さん? 今回はジャパンに行ってきたんだ。やはりあの国は何時訪れても良い。サブカルチャーの進化には、毎度僕も驚かされてばかりだ」

 

 そして旅行して来た感想を喋る眼鏡の似合う金髪美少年の名はペルデュラボー。言わずと知れるマスターテリオンの名だ。

 

 暇潰しと言う名の自由時間を満喫する背徳の獣殿にして、真の黒き王である。ちなみに俺が死ぬまで出番はありません。つまり死ぬ気がない俺が生きている限り、マスターテリオンとして白き王と事を交える事はない。出来れば一生そうしていてくれ。その為に偽名義とかダミー会社に分身まで使って日本を21世紀並みのサブカルチャー大国にしているんだから。ちなみに今は1930年代と言えばその異常さ(努力)がわかって貰えるだろうか。

 

 そのお陰で無類のテレビゲーム好きになってしまって、構ってくれる事が減ったと相談されもするが、それは仕方がない。それは魂に刻まれた属性なのだ。諦めてくれ。ちなみに最近のブームは超機人大戦での無改造縛りだとか。その内自身の鬼械神をゲームに登場させるのが密かな野望だとか。

 

 その金髪美少年の隣でミルクをジョッキで飲んでいるクロハと瓜二つの女の子は言わずともわかるだろうが、ナコト写本の精霊にしてペルデュラボーのパートナーであるエセルドレーダである。

 

 この狭い場末のボックス席に宇宙を破壊しても足りない存在が揃っていると誰が思うだろうか?

 

 思わないだろうなぁ。俺たちの顔を知っているのは覇道鋼造くらいしか居ないからな。

 

 ちなみに俺の名はクロウリードと言うのだが、この名を知るのはこの場に居る面子の他には邪神のみであり、その他には大導師だとかマスターテリオンと役者の名前で呼ばれている。

 

 それはさて置き、この面子が揃っていると言う事は、今日からが舞台の開幕である事を物語るものであり、気の抜けない日々の始まりだとも言える。

 

「あ、チョコパフェ追加で!」

 

「あなたはもう少し遠慮と言うものを覚えた方が良いかと」

 

 さっきからデザートを片っ端から注文しているエンネアに、クロハが睨みながら静止する。

 

 ペルデュラボーもエセルドレーダもそこそこ遠慮がないが、エンネアの方がかなり無遠慮だからだろう。ちなみに大抵アル・アジフと戦ってからこの店に来る俺は毎回遅刻して会計を払わされる事になるのはもう諦めている。

 

「クロウはお金持ちだから別に減るもんじゃないでしょ?」

 

「減ります! マスターの貯蓄が減ります!」

 

「飽きないわね、あなた達」

 

「あなたもあなたです。なにちゃっかり自分は関係ない体を装って居るのですか! マスターのお金で飲食をしているのですから、少しは私の味方をしなさい!」

 

「嫌よ。面倒だもの」

 

 女性陣がぎゃーすかと騒ぎ始めてしまったので、遮音魔術を使うと、俺は運ばれて来たコーヒーに口を付けながらペルデュラボーと携帯ゲーム機で協力してヘタレ○スのヘタレっぷりにイライラしながら閃光ハメで狩りをしていた。物欲センサーの所為か中々紅玉が出ないんだよ。

 

 そんな舞台の開演を祝する夜を過ごした後は徒歩で13番封鎖区画の地下に眠る夢幻心母へと戻った。

 

 気づけば日にちを跨いでいたが、初日は特に何という事もないから留守に出来るのだ。

 

「お帰りなさいませ、大導師(グランドマスター)

 

「ああ。留守を御苦労だった。アウグストゥス」

 

 夢幻心母の扉を潜れば、役者として演者を演じなければならない。

 

 頭を垂れるアウグストゥスに、俺は労いの一言を添える。

 

 無自覚の邪神の下僕というか化身か。こいつは少しでも油断すると直ぐ裏切る野心家だからあまり好きじゃない。あと弱いのに態度デカいのもマイナスポイントだ。

 

 ちなみに裏切った場合は問答無用でブチ殺すだけだから良いんだけどね。クトゥルーの力を手に入れても持て余して呑まれちゃう身の程知らずだから仕方がないんだけど。まぁ、邪神の遣わせた監視者だから突っぱねる事も出来ないから裏切らない限りは我慢してるよ。だってあまりコロッと殺っちゃうと邪神に怪しまれるからね。だから大義名分が生まれるときには徹底的にブチ殺してます。邪神には嫌がらせにもならないんだろうけどね。

 

「アル・アジフは現在、ドクター・ウェストが追跡中との事です」

 

「結構。だが相手はあの最高位の魔導書だ。ウェストには無理はしないよう伝えておけ。下がって良いぞ」

 

「はっ。では失礼致します」

 

 アウグストゥスを下げさせ、玉座に腰掛けると、トテトテと軽やかな足取りでエンネアが近づいてくる。

 

「それで? アル・アジフは今回どのくらい虐めてきたの?」

 

 物凄い加虐的な厭らしい笑みを浮かべながら、エンネアが膝の上に登ってくる。

 

「さてな。機体は半壊しているだろうが。あとは知らん」

 

 なにしろこっちももう少しで重力圏に引かれる所だったから、とにかく安全高度まで上昇することしか頭に無かった。取り敢えずはアーカムシティにアル・アジフが墜ちたのを見届ける事しかしていないのである。

 

「近いです退いてください」

 

 膝の上に登ってくるエンネアをクロハが退かそうとする。

 

「ふふーん? 嫉妬ですかにゃぁ? 見苦しいにゃぁ。この程度でそんなムキになってちゃ、マスターに呆れられちゃうかもよ~?」

 

 頼むからうちのクロハをおちょくるの止めてくださいませんかね?

 

「上等です。表に出なさい。無限光の中で、虚空の彼方に消し去ってやる…!」

 

 沸々と沸き上がってきてる魔力の所為か、バチバチと物理的に放電してるクロハ。我がパートナーながらさながらヤンデレ属性並みに俺に関することに容赦がないこの娘は、からかわれてるのをマジで受け答えるのである。つか頼むからエンネアさん離れてください。

 

「ふふっ…」

 

 ピタッとエンネアが俺の胸に寄り掛かってくる。丁度鼻にエンネアの髪の毛が当たって、甘くて柔らかい香りが漂ってくる。

 

「なに引っ付いていやがりますかキサマ。超重獄の井戸の底に沈めるぞ…」

 

 魂の底から底冷えしそうなクロハの声。見た目だけでなく声もエセルドレーダと同じであるからか、ドスの利いた声がマジ恐いです。ちなみにエセルドレーダがぶちギレすると俺でも死を覚悟するくらい強いです。

 

 そんなぶちギレ寸前のクロハ。クロハの場合は鬼械神の駆動機関と武装の為に、本気になると存在そのものを抹消する事が出来る。

 

 エンネアは俺とクロハの両方を交互に見た後に、にぃぃぃぃぃ~~~~っ――と、意地の悪い笑みを浮かべた。しかもこれ見よがしに俺の胸に顔を埋めて擦り付けてくる。

 

 あ、こりゃアカンやつだ。

 

「自分が一番クロウに近いって油断してると、こぉんなふうに他の女の子に盗られちゃうかもよぉ~?」

 

「――――――っ」

 

 もう泣きそうになりながらさらに放電するクロハ。如何にクロハでも、俺と密着してるエンネアをどうにかするのは無理だ。と言うより、それが最後のストッパーになっている。

 

「さて。僕らももう寝ようか」

 

「イエス、マスター」

 

 そしてこの状況に助けを求めたかったペルデュラボーも我関せずと言う様に去ってしまう。いや待てマスターテリオン! このロリっ娘お前のカーチャンだろ、どうにかしてくれ!

 

「ではおやすみ、兄さん。明日に響かないようにね」

 

 爽やかスマイルを残してエセルドレーダを連れて去っていくペルデュラボー。こ、この裏切り者! あとで覚えてやがれよ! 頼まれてた超機人大戦の最新作の予約をキャンセルしてやるんだから!

 

 頼みの綱も居なくなった俺をさて置き、エンネアとクロハはヒートアップしていた。

 

「あっ……でも、そもそもその貧弱な身体つきじゃあ、最初から相手されないかもねー。あははははは」

 

「こ、こ、こ、こ、このぉ! キサマとて変わらない身体つきでしょうが!!」

 

 ちなみに言うと、身長はどっこい。身体の細さはクロハに軍配が上がるが、適度な肉付きと言うか健康的な身体つきはエンネアに軍配が上がる。なお胸はクロハが一歩リードしてる。だってエンネアのは手の平に収まるけど、クロハのは少し余るんだもの。

 

 え? 何でそんなことを知っているのかって? 野暮なこと聞くなよ。

 

「うにゃあああっ、な、何するのさクロウ!」

 

「そこまでにしろお転婆娘。ほら、おいでクロハ」

 

「っ、ひぐっ、まずっっ、まずだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――――っ!!」

 

 エンネアを膝の上から退かして、玉座の腕置きに座らせながらクロハに声を掛けると、ぶわっと涙を噴水の様に流しながら抱き着いてきた。

 

「ちぇー、つまんないのぉ~」

 

「お前もあまりイジメてやるな」

 

 ぐずぐずに泣き崩れているクロハを撫でながら、エンネアを諌める。直ぐノリとかそんな感じてクロハをおちょくったりするエンネア。その度にクロハを慰めるの大変なんだで?

 

「別に良いじゃん。クロウは気持ちの良い思いが出来るんだし」

 

「次の日の昼過ぎまで搾取される男の快楽が苦痛に転化するあの感覚がお前にわかるか…?」

 

 開演初日にも関わらずに、緊張感のない初夜を過ごすものの。事が動くのは明日の夜からだ。そういう予定調和があるからだろうか。気づけばもう翌日の夕方になっていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 と言うわけで、運命の夜が訪れた。

 

 アル・アジフを追っていたドクター・ウェストが、契約を果たした大十字九郎に返り討ちにあったという報告を受けた。

 

 それをなじるアウグストゥスと、言い返すドクター・ウェストとの間で口論になりそうな所に割って入る。

 

「ドクター。俺は別にお前を咎めるつもりはない。お前の技術力は俺も頼りにしている。その信に違わぬよう、より高度な技術革新を望む」

 

「グ……大導師(グランドマスター)!」

 

「失敗を糧にするのが大人の特権だ。下がって良いぞ、ドクター。そして新たな作品を、科学で魔術を打倒するという作品を俺に見せてくれ」

 

「い、イエス、マイ・ロード!!」

 

 感極まれりと言った風にルンルン気分で駆け出して玉座の間を出ていくドクター・ウェスト。

 

 その様子を見送った俺に、アウグストゥスが面白く無さそうな視線を向けてきた。本人は隠しているつもりだろうけど、隠しきれていない。

 

「大導師。あの様な物言いではドクターが調子づき、他の者にも示しが着きません。ドクターに対して処罰を下しませんと」

 

「人が身で魔術師に挑む時点で相当な処罰足り得ると思うのだがな。お前が俺に対して挑めと命令されているのも同義だと考えているが?」

 

「お戯れを。私は貴方様に忠誠を誓う身。その様な事は致しませんよ」

 

 そう言って傅くアウグストゥスだが、そう言って裏切った数はもう全身の毛の本数を足しても足りんわ。

 

 そんな裏切り者よりも、正当な成果を示すドクターに肩入れするのも至極当たり前だ。

 

 あのマスターテリオンが直々に、しかも毎回自らスカウトに行くだけあって、ドクターの技術力は正しく世界一だと思っている。毎回突拍子もない事を仕出かすから飽きが来ないしな、ドクターは。

 

 それに俺が今もこうして生きているのも、ドクターの技術力があるからこそでもある。

 

 なにしろ俺の鬼械神の何割かはドクターの造ったパーツも使われているのだから。

 

 さらには数度しか戦っていないアイオーンやデモンベインのパチモンを造り上げてしまうのだから、あれで天才でなければ世の中の人間は皆天才など名乗れないさ。……空気も読まずに自重しない人格面は目を瞑っておく。

 

「お前はどう見る? サンダルフォン」

 

 ドクターが去り、俺はどことも知れない闇に語りかけた。

 

 広間の隅。わだかまる闇の中に黒い天使は立っていた。

 

 黒い天使の姿は闇に融け、ただその機械の眸だけが爛々と輝いている。

 

(オレ)は機械や魔術の事など何一つ解らんが、――あの破壊力。鬼械神としか思えなかった」

 

「ふむ……」

 

 サンダルフォンが言うなら、8割方今回の大十字九郎の機体が何なのかは確定してきた。なにしろドクターが帰ってくる少し前まで鬼械神の整備に掛かり付けだったから、大十字九郎とドクターの戦いの見物には行っていないのである。

 

「おそらくはあのロボットが、覇道財閥が極秘裏に進めていたという計画の産物かと」

 

「……その通り。あれが覇道が造ったデモンベイン――人の造りし鬼械神さ」

 

「――――!?」

 

「何!?」

 

 アウグストゥスの声に答えるように、女の声が響いた。突然生じた気配に、サンダルフォンは身構え、アウグストゥスも辺りを見回す。

 

 広間の中央にいつの間にか立っていた女。黒い髪に魔性の紅い瞳。スレンダーでありながら女としての肉付きを強調するピッチリとした黒いスーツを纏い、収まりきらない胸を晒す姿は蠱惑的だ。

 

 だがコレを女と見ることなかれ。コイツは立派な邪神。千の無貌を持つその姿のひとつでしかない。

 

「貴様、何処から……ッ!?」

 

 アウグストゥスが魔力を練り上げるのを制する。

 

「良い、アウグストゥス。古い知人だ」

 

「元気そうで何よりだね。大導師殿」

 

「暫くだな。ナイア」

 

 最後に会ったのは20年と少し程前か。いきなり火星に眷族を創れなんて言う無茶な事をやらされたのは記憶に新しい。

 

「して、今日は何の用だ」

 

「うん。デモンベインの操縦者……アル・アジフの主人(マスター)についての情報を提供しようと思ってね」

 

「………………!」

 

「……………………」

 

 話題の火中のロボットの操縦者とあってか、アウグストゥスもサンダルフォンも、ナイアの放つ雰囲気に気圧されながらも耳を傾けてくる。

 

 わかりきっていることでも、やはり気にはなる。大十字九郎についてはそれなりにバリエーションが利く様に環境を整えているからだ。

 

 一番多いのはミスカトニックの魔術師見習いとして。時には特殊資料室の一員として早熟する時もあれば、覇道財閥お抱えの魔術師として覇道鋼造がスカウトしている事もある。

 

 ナイアが手渡してきた資料に目を通す。

 

 それにはやはり大十字九郎の詳細な経歴が載っていた。

 

「私立探偵? ミスカトニックの魔術師でなく?」

 

 思わず素で疑問を口にしてしまった。

 

 それほど衝撃的だったのだ。何せ今までこんなことは無かったのだから。

 

 ダンウィッチの怪事件後、ミスカトニック大学を中退と記載されている。

 

「どうだい? 面白そうだろう?」

 

 耳元に口を寄せながら囁いてくるナイア。甘ったるい、底無し沼に呑み込まれてしまいそうな甘美な声が鼓膜を舐る。

 

「確かに。面白くなりそうだ……」

 

 資料から目を上げて、俺は玉座から立ち上がった。

 

「アウグストゥス、留守を頼む」

 

「……はっ?」

 

「おやおや……大導師殿、御自ら御出陣かい?」

 

 いきなりの言葉に呆けるアウグストゥスと、茶化すように言うナイアを無視して歩き出す。

 

「顔見せはしないとならないだろう? それに……」

 

 一度言葉を切って、振り返って続きの言葉を紡ぐ。

 

 ミスカトニックでも覇道でもなく、待ち侘びた魔導探偵大十字九郎の誕生だ。もしかしたらもしかするのかも知れないのだから――

 

「待ち侘びた者と遊びに興じるのも、悪くはないだろうさ」

 

 漸くだ。漸くやって来た。巡りに廻る無限螺旋を踏破できるかもしれない時がやって来たのかも知れない悦びを噛み締めながら、俺は玉座の間を出ていく。

 

 あぁ、楽しみだ大十字九郎。我が愛しの宿敵よ。魔導探偵となったお前は、俺に何を魅せてくれるのだろうか……。それを考えるだけで震えが止まらないじゃないか。

 

「輝くトラペゾヘドロンへ到れるか。魅せてくれ、大十字九郎!!」

 

 

 

 

to be continued… 


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