黒き悪徳を為す王として   作:望夢

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とあるフォトジャーナリスト・リポート 終章

 

「スゥ……ハァァァァ………。さぁて、行くぞサイバスター!」

 

 月を背に、巨大化したロイガーを見下ろす風の魔装機神。

 

 そのコックピットの中でクロウリードは肺の中身が空っぽになるまで息を吐き、そして意気込む。

 

 晴れやかで、輝きに満ちている眼は真っ直ぐにロイガーに向けられていた。

 

「Kyraaaaaaaaaaaa――!!!!」

 

 それは怨嗟か、はたまた怒りか、もしくは復讐への歓喜か。

 

 何れにせよ、人のカタチを捨て、純粋な化け物となったロイガーの表情とその雄叫びを読み取ることは、人には出来ない。

 

 両翼を広げ、空へと羽撃くロイガー。そのスピードは流石は風の神格、流石はハスターの血を引くもの、並大抵の魔術師であれば知覚する暇さえなかっただろう。現に、羽撃く瞬間は目に出来た九郎であっても、次の瞬間には鬼械神級の巨体が掻き消えて、月夜を背にするサイバスターに迫っていた。距離にして1000m以上はあっただろう彼我の距離を一瞬にして肉迫した。

 

 デモンベインで同じ事をされた時に対処出来るのか、そう考えてしまう程の速さ。

 

 しかし風の魔装機神の(はや)さは更に上を行く。

 

「KyraaaaaaaGAAAAAAAaa――!!」

 

 空へと駆け昇るロイガーは、その鋭い手の爪で擦れ違い様に切り裂こうという魂胆だった。速さに重きを置く者故の本能、留まらず、止まらず、速さで相手を削る。

 

 一撃離脱。

 

 戦術とも呼べない、しかし生き残る、命を刈り取るという意味では生命が等しく持つ原初の術。本能に従ったが故の最適な方法。

 

「遅い…!」

 

 しかし人は智恵と理性で自然を相手に生き残ってきた。

 

 本能だけで攻めてくる相手を前にして遅れを取るわけがない。

 

 ロイガーの爪が引き裂く筈だったサイバスターの姿が霞の様に消える。

 

 通り過ぎたロイガーの背後に回って追随するサイバスター。その手の中には小さな魔方陣が展開している。

 

「熱素の矢を授けろ!」

 

 ロイガーの背に向かって突き出した右腕から放たれた蒼い光の矢。

 

 カロリックミサイル(熱素の矢)は、ロイガーに直撃し、バランスを崩す。

 

 しかし断片とはいえ風の神性。直ぐ様建て直したロイガーはサイバスターに向かって火球を放つ。

 

「っ、……ちぃ!」

 

 舌打ちしながらクロウリードは避けられる筈の攻撃を迎撃した。ディスカッターで斬り裂いた火球は内部に秘められた熱と破壊力を解き放ち、容赦なくサイバスターの装甲を焼いた。

 

 避けられる攻撃を敢えて受ける。それはそうせざる得ないからだった。

 

 ロイガーの背を追っていたサイバスターの背にはアーカムシティが広がっている。別段街を守るなどという正義感があるわけでもない。しかし、今、サイバスターの足下には術衣を纏えない大十字 九郎とリリィが居る。

 

 それに気付いた時、クロウリードはロイガーの攻撃を敢えて受ける選択しか出来なかったのだ。

 

 そしてロイガーはまるで弱点を見たりと言わんばかりに次々と火球を放ってくる。

 

 外道の知識の集大成のかけら故なのか、人が嫌がる事を平然としてくる。

 

 放たれ続ける火球を斬り裂き続けるサイバスター。

 

 その光景を、白き王は歯噛みをして見上げるしかなかった。

 

 敵に守られているという屈辱が、九郎に二の足を踏むのを躊躇わせた。

 

 自分に何が出来るわけでもない、リリィを安全な場所に避難させなくてはならない、しかしそれでマスターテリオンに背中を守らせて自分は退けるのか。

 

 否だ。

 

 わかっている。今の自分にはなにも出来ない。そしてそんな自分が居ることでマスターテリオンが自由に動けないことは百も承知だ。

 

 ならば何故動かないのか。それはある種の信頼があった。あのマスターテリオンがこの程度でどうにかなる等とは思っていないからだ。

 

 戦ったことがあるから。対峙した事があるから。それは一度だけの筈なのに、そう信じて疑えない強さを持っていると、揺るがない確信がある。

 

 いずれは決着をつけなければならない相手の動きを一つでも脳裏に焼きつけようと九郎は白銀の騎士の一挙一動を逃さないように神経を集中させていた。

 

「しゃらくさい!」

 

 ロイガーの火球を受け続けるクロウリードは埒が空かないと、サイバスターに別の剣を握らせる。

 

「バニティリッパー!!」

 

 ディスカッターとはまた異なる二本の剣を構えながらサイバスターはロイガーへ向けて駆け上がる。

 

 一刀から二刀、単純に倍の攻撃速度。次々と撃ち出される火球を斬り裂いてサイバスターは進む。

 

「お前の憎悪(ユメ)は世界を穢す物語(ユメ)だ……」

 

 サイバスターの機体に風が纏う。魔術師であり、黒き王、世界に仇為す大敵であるはずのマスターテリオンが駆る白銀の騎士は、その操者とは正反対の清らかな気を纏う剣を振りかざす。

 

「人が紡ぐ明日(ユメ)に、お前の居場所(ユメ)はない!」

 

「Gyraaaaaaaaaaaaaa――――!!!!」

 

 最早火球では勢いは止まらないと悟ったロイガーが、その巨腕の爪を振り上げ、今まさに懐に入らんとするサイバスターへ向けて降り下ろした。

 

 しかし降り下ろした瞬間、サイバスターの姿はそこにはない。確かに今そこに居たはずだった。懐に飛び込む勢いを持った機神は何処へ。

 

「秘剣! バニティリッパー、霞斬り!!」

 

 気付いた時、ロイガーの目の前にはサイバスターの煌めく翠色の光を放つ背中が見えていた。

 

 好機――!

 

 自分を目の前にして背中を向けた怨敵へ向けてロイガーは火球を放とうとした。

 

 ガクンッ、と身体が落ちる。血飛沫が舞う。崩れたバランスを立て直そうとする。翼が動かない…………いや、翼がなかった。

 

 あの一瞬でサイバスターは真正面からロイガーの懐を斬り裂きながら駆け抜け様に片翼を斬り裂き、そしてロイガーの周囲を旋回しつつ連続切りを浴びせ、最後に背後から残った片翼を斬り落としたのだ。

 

 墜ち行くロイガー。翼を失った竜は重力という枷に捕まり、この地球という星の大半の生命と同じく地に伏した。

 

「きゃっ」

 

「ぐっ」

 

 その巨体が地に墜ちた衝撃と、舞い上がった砂煙は地上で戦いを見守っていた九郎とリリィを容赦なく襲った。

 

「大丈夫か、リリィ?」

 

「ええ、なんとか。でも……」

 

 砂煙の中で蠢く影。瓦礫と土を巻き上げながら立ち上がるロイガー。未だその巨体のままに、その腕を九郎とリリィに向かって伸ばしていく。

 

「くそっ、逃げるぞ!」

 

「あわわわ、ちょっと!?」

 

 今度こそ身に危機が迫ったところで九郎はリリィの腕を引いて駆け出した。

 

 クロウリードとサイバスターによって痛めつけられたロイガーは更なる力を求めた。自身の存在を安定させる為に、九郎の魔力とリリィの命を欲した。

 

 だが人の脚で鬼械神級の巨腕から逃げる事は難しい。

 

 いくら傷を負って動きが鈍くなろうとも、人よりも遥かに巨体の巨腕は二人が駆けるよりも速く迫ってくる。

 

 それでも前を見て駆ける九郎と擦れ違った影があった。

 

 白いドレスに身を包んだ小柄な少女。その姿を追った視線の先で、防禦陣が巨腕を塞き止める。

 

「アル!」

 

「なにをしておる! そう長くは保たんぞ!」

 

 自身の相棒の名を呼べば、急かすように叱りつけるアル・アジフ。

 

 今までどこぞをほっつき歩いていたクセにと言いたかったが、文句を言う前にやるべき事がある。

 

「リリィは早くこのまま逃げろ。しばらく行けば地下への避難口があったはずだ」

 

「え? でも九郎は」

 

 リリィに逃げるように言いながら、九郎は懐からリボルバーを取り出し、魔術でバルザイの偃月刀を鍛造する。

 

「俺は大丈夫だ。心強い助っ人が来てくれたからな」

 

 アル・アジフに魔力を供給しながら九郎もロイガーと相対する。

 

「巻き込まれない内に早く行くんだ。良いな?」

 

 背中を向けて念を押しつつ、九郎は今まで逃げて来た道に駆け出す。

 

 確かに一人じゃ何も出来ない。だが、魔術師が魔導書と共に在るなら、邪悪に立ち向かう事だって出来る。

 

「イア! クトゥグァ!!」

 

 リボルバーから吐き出される弾丸。それはクトゥグァの力に指向性を持たせて操る魔導具だ。

 

 洗礼を施された弾頭と、火薬に混ぜ込まれたイブン=ガズイの粉薬が魔力に反応して強力な炸裂弾となる。

 

 有効打は期待出来なくとも、注意を引き付ける事は出来る。

 

「全く、面倒な」

 

「仕方ねぇだろ。俺としても立場が微妙なんだし」

 

 デモンベインの事を知りたがるリリィ。そして九郎はデモンベインに対する当事者の一人だ。実際にコックピットで戦っている。

 

 それを自慢する気はないし、言い触らす気もない。魔術の恐さを、闇の世界の怖さを知るからこそ。まだ引き返せる彼女には踏み入って欲しくないという九郎の個人的なお節介だった。

 

 術衣を纏い、九郎は詠い上げる。どういう風の吹き回しか、しかし倒すべき敵に守られっぱなしは寝付けが悪そうだし後味も悪い。

 

 これから先は自分達の戦いだという意思を込めて世界に唱う。

 

 憎悪の空より来たりて――

 

 正しき怒りを胸に――

 

 我等は魔を断つ剣を執る――

 

「汝、無垢なる刃――デモンベイン!!」

 

 過去、数え切れぬ程に詠われた祝詞。邪悪を討ち倒す聖なる詩。

 

 空間が弾け、押し退けられた空気が突風となって吹き荒れる。

 

 天に描かれた魔方陣の中から顕れた影は、地面を破砕し、大地を揺るがしながら、片膝を着いて着地する。

 

 ゆっくりとその偉容を示す様に立ち上がる鋼鉄の巨人。邪悪を滅ぼす刃金。理不尽を更なる理不尽で覆す人のための機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)

 

 機械神――デモンベイン。

 

「うおおおおお!!!!」

 

「Gyraaaaaaaaaaaa――!?!?」

 

 デモンベインの拳が、ロイガーを打ち据える。

 

 鋼鉄の拳の勢いに堪らずたたらを踏み、後退するロイガー。デモンベインは攻撃の手を緩めない。即座に追撃する。

 

「もういっぱぁぁぁ!!」

 

 再び拳を握り締め、ロイガーに向かって振り被る。

 

 しかしロイガーはデモンベインを近づけまいと口から火球を放ち、攻撃の最中だったデモンベインはそのまま直撃を受けてしまう。

 

「くぅっ、調子に乗るからだうつけ!」

 

「ちぃ、油断したぜ……っ」

 

 続けざまにロイガーは自身の身体を回転させ、力強さが見て取れる尻尾をデモンベインに叩きつけようとする。

 

「アトランティス・ストラァァァイクッ!!」

 

 ロイガーの迫る尻尾に対し、時空間歪曲エネルギーを纏った回し蹴りを放つデモンベイン。

 

 ただの質量と慣性での打撃。しかしデモンベインにはさらに時空間歪曲エネルギーの破壊力が上乗せされている。

 

 ロイガーの尻尾を粉砕し、デモンベインは一息吐く余裕さえあった。

 

「此方デモンベイン。姫さん、レムリア・インパクト頼むぜ! ヒラニプラ・システム、アクセス!!」

 

 デモンベインのコックピット。そこで鋼鉄の巨人を操る魔導師大十字 九郎は、この戦いに幕を降ろす第一近接昇華呪法の解凍を要請する。

 

「うおおおおおおおお!!!!」 

 

 九郎が吼える。デモンベインが咆える。

 

 高純度の魔力を獅子の心臓が吐き出し、それが両手に宿る。

 

 魔力を宿した両手を掲げ、旧き印(エルダー・サイン)を背負いながら掲げた両手を扇状に開く。

 

 結界が展開し、デモンベインとロイガーを包む。 

 

「光射す世界に、汝ら暗黒、棲まう場所なし!」

 

 高密度の術式と魔力が駆け抜け、必滅の威力を封じ込めた術式が覚醒する。

 

「渇かず、飢えず、無に還れ!」

 

 デモンベインが地を蹴り、疾駆する。掌から溢れ出す閃光がデモンベインを、アーカムシティの闇夜を、白い闇で染め上げる。

 

「レムリアァァァ・インパクト!!」

 

 掌の無限熱量を放つ爆発的な光が、導かれる様にロイガーへと吸い込まれていく。同時に、必滅の術式がその内部へと浸透していく。

 

「昇華!」

 

 アル・アジフの声が世界に響き渡る。それは邪悪が滅する時を世界に告げる勝鬨の声だ。

 

 デモンベインの掌から発せられた無限熱量は、眩い光で闇夜を照らす。離脱したデモンベインを照らす。朝焼けと共に、世界に夜の終わりを告げる。

 

「マスターテリオン……」

 

 デモンベインが、大十字九郎が見つめる。白銀の騎士を、世界の怨敵にして邪悪なる大導師を。

 

「フッ……」

 

「あ、コラっ、待ちやがれ!!」

 

 しかし踵を返す様に振り向いたサイバスターは九郎の制止も聞かずに飛び去った。

 

「今宵は楽しかったぞ、大十字九郎。そう遠くない未来(あす)に再び見える時を楽しみにしているぞ」

 

 そんな言葉を添えて。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 結局、デモンベインの正体に迫る事は出来なかった。

 

 ただ、その代わりにわかった事はある。

 

 世界は穏やかに見えていて、その実、闇はいつでも私たちの陰に居る事を。

 

 それから程なくして、ブラックロッジよってアーカムシティは滅茶苦茶になって、それでもデモンベインは戦って、勝利したらしいのを風の噂に聞いた。

 

 私はアーカムシティを離れて、変わらずフリーのジャーナリストを続けながら世界各地を巡り歩いた。その最中、私が関わった事件の中には闇の世界が関わったものもあった。

 

 私もジャーナリストという仕事柄、さらには写真を撮るフォトジャーナリストとあって、そういった闇の世界の住人に命を狙われる事はいくつもあった。

 

 それでも私が今も生きているのは、彼の遺してくれたお守りのお陰だった。

 

 旧き印が刻印された石灰石。この石には邪を退け清める印が刻まれている。

 

 そして旧き印の裏には風の刻印が施されていて、命が危ない時はこの風の刻印を目印にして、神様が助けに現れてくれる。

 

 鬼械神(デウス・エクス・マキナ)。機械仕掛けの神様。収拾がつかなくなった物語に介入して終わらせる理不尽な神様。

 

 悪夢を、邪悪を、討ち滅ぼす人のための理不尽装置。

 

「風が呼ぶ、我は旋風。烈風よ、暗雲を切り裂け――」

 

 聖なる風が舞い、思い浮かべるのは二つの神様。魔を断つ剣、そして風を纏う白銀の騎士。

 

「我が声を聞き届け給え! 我が願いに応えよ!」

 

 汚液を口から撒き散らす化け物が私を襲おうとする。でも向こうは私を傷つけられず、風の壁に阻まれる。

 

「招来! 隼の騎士――ジャオーム!!」

 

 風を切り裂いて顕れる機械仕掛けの神様。大きさはデモンベインには遠く及ばず。それでもその機体は私を幾度も危機から救ってくれる、彼の遺してくれたもの。

 

「行って、ジャオーム!!」

 

 その無手に風が集い、一振りの剣が実体化する。身体から僅かに力が抜ける。けれでも問題ない。

 

「ディスカッター、霞斬り!」

 

 思い描く白銀の騎士には遠く及ばない鈍足。それでも隼の騎士はその剣で邪悪を切り刻んだ。

 

「情報屋! 無事か!?」

 

 邪悪を切り捨てたジャオームの背中を見守る私に声を掛けてくるのは、彼の様に幼い男の子。彼の様に肩から掛けたマントがジャオームの纏う風によって靡く。

 

「ええ、私は大丈夫よ。彼が守ってくれるから」

 

 アーカムシティを離れた私は、風の噂を聞いて再びこの街に戻ってきた。

 

 もしかしたら彼に会えるのではないかと思って。

 

 今さら会ってもなにを話せば良いのかわかりはしないけども、せめて一言だけ、お礼は言いたかった。

 

 助けてくれたことを、そしてこのお守りのことを。

 

 世界を滅ぼそうとした大罪人。闇の帝王。血も涙もない魔人。彼の事を人はそういう。でも構わない。確かにそうだとしても、彼はそれだけじゃない人間であることを私は知っているから。

 

 ひゅぅと、風が吹く。その風を肌に感じながら空を見上げる。朝焼けに照らされる空に、隼の騎士は飛び立ち去っていく。その姿は、まるで白銀の騎士そのものだった。

 

 

 

 

to be continued


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