やっぱり球磨川禊の青春ラブコメはちがっている。   作:灯篭

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この世界では比企谷八幡君の位置に球磨川先輩がいるため、比企谷八幡君は存在しないorどこか別の場所にいるということになります。

なので必然的に比企谷小町ちゃんも存在しないorどこか別の場所にいます。

小町ちゃんを裸エプロン先輩の毒牙にかけるとかありえないからね、仕方ないね。


もう雪ノ下雪乃は逃げられない。

 全ての授業をつつがなくこなし、最後のホームルームも何事もなく終わったので、さっさと帰ろうとジャンプ片手に教室を出る。出ようとした。

 しかし扉の前で仁王立ちをしている平塚先生に行く手を阻まれてしまった。

 

 

「球磨川、部活の時間だ」

 

 

 平塚先生は信じられないことをさらりと言ってのけた。部活だって? おいおい何かの冗談だろ。

 

 

「『先生、今日は何曜日だかわかっているんですか?』」

 

 

「何曜日って、水曜日だろう。中だるみの曜日だな。君がバックレそうなのでこうして迎えに来てやったわけだが、それがどうしたんだ?」

 

 

「『どうしたもこうしたもありませんよ! 水曜日なんですよ!? 月曜に買った週刊少年ジャンプをじっくりと熟読する日じゃないですか! 月曜に最新号を読んで、火曜に先週号を読んで、そして今日、今週号をまた読イタイイタイイタイ!!』」

 

 

 言い終わらないうちに関節を極められた。何この人、本当に教師? 裏でストリートファイターとかやってたりしない?

 

 

 僕は関節を極められたままズルズルと連行されていった。道行く生徒たちの視線が痛いぜ。

 

 

「『あの、1人で歩けるんで、離してもらっていいですか? 昨日と違って気絶できない分痛みが現在進行形ですごいんですけど』」

 

 

「それだと逃げられる可能性があるからな。君を逃がしてしまうくらいなら、無理やり連行してしまった方が私のストレスも軽減されるというものだ」

 

 

「『大丈夫ですって。僕の体育の成績ご存じないんですか? この前僕のカバンを持っていった小学生を追いかけたんですけど、普通に逃げられたんですから』」

 

 

「それはいろいろとマズいんじゃないのか?」

 

 

 なんて取るに足らないやり取りをしていると、いつの間にか特別棟だ。

 ちなみにカバンは近くのゴミ捨て場に放置されていた。大した物入ってなかったから別にいいけど。

 ここまで来ればさすがに逃げないだろうと思ったのか、先生が僕の腕を離す。しかし、チラチラとこっちを見ては「逃げたらどうなるかわかっているんだろうな」的な殺気が向けられる。超怖い。

 

 

「君は、雪ノ下雪乃をどう思う?」

 

 

 部室へ向かっている道中、ふいにそんなことを聞かれた。

 

 

「『雪乃ちゃんですか? とてもかわいい子だと思いますよ。昨日一晩かけて雪乃ちゃんに着せるのは裸エプロンか手ブラジーンズか迷っていたんですけど、僕は手ブラジーンズを推しますね。裸エプロンで後ろからお尻を眺めるのもいいんですけど、やはりあの手の気丈なタイプには羞恥心を煽るかのような手ブラジーンズが似合うんじゃないでしょうか。雪乃ちゃんはジーンズというイメージもあまり無いですから、そこから生まれそうなギャップもたまりませんね。裸エプロンは横から眺める横乳という楽しみがありますからね。いえ、勘違いしないで下さいよ? 胸が小さな人には裸エプロンが似合わないと言っているんじゃないんです。適材適所ですよ。みんな違ってみんないいんです』」

 

 

 早口でまくし立ててしまったが、ちゃんと聞いていてくれたらしく、言い終わるや否や僕の目の前を拳が横切った。

 

 

「次は当てるぞ」

 

 

 だからどこのストリートファイターなんですかね。

 

 

「『まだあまり話してはいないのでよくわかりませんけど、僕の嫌いなエリート、って感じでしたね。自分は絶対に間違ってなくて、自分に逆らうやつはみんな悪だって思っているような気がします』」

 

 

「そうか。まあ君みたいなやつにはそう見えるんだろうな」

 

 

 平塚先生は苦笑した。先生が何を指して僕みたいなやつと言ったのかはわからないが、たぶん僕の言いたいことは伝わってないんだろうな。

 

 

「非常に優秀な生徒ではあるんだが……。まあ、持つ者には持つ者でそれなりの苦労があるんだよ」

 

 

「『それはただの甘えですよ、平塚先生』」

 

 

 後に続けて何か言いそうだったが、聞き捨てならない言葉を聞いてしまったので遮らせてもらおう。うん、僕は悪くない。

 

 

「『持つ者の苦悩。それは贅沢な悩みってやつですよ。持たざる者が喉から手が出るほど欲しいモノを当たり前のように持っていながら、持ってたら持ってたで苦労するんだだの、望んで持っているわけじゃないだの。で、いざそれを失えば取り乱し、必死に取り戻そうとして、自滅する。こんなもんですよ、エリートってのは』」

 

 

 先生は黙って聞いていた。僕を見るその目に同情の色はなく、ただただ悲しそうだった。

 

 

「きっと彼女も、どこか病気なんだろうな。優しくて往々にして正しい。だが世の中が優しくなくて正しくないからな。さぞ生きづらかろう」

 

 

「『世の中が優しくて正しかったら、きっと僕みたいなやつは生まれてませんよ』」

 

 

「やはり君と彼女は似ているな。頂点と底辺。それも案外紙一重なのかもしれない」

 

 

「『僕に似ているなんて、雪乃ちゃんに失礼ですって』」

 

 

 僕はいつものように笑っていた。

 

 

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 部室が近くなると、先生が「ここからはお前ひとりで行け」なんてちょっと大げさなことを言って立ち止まった。

 言う通り部室に向かうが、平塚先生は戻る気配がない。ただこちらを睨み付けている。どうやら僕が部室に入ったことを確認するまで帰る気はないようだ。

 

 

 別にここまで来て逃げる気はないので、扉を開けて部室に入る。

 雪乃ちゃんはもうすでに来ていて、昨日と同じ位置で本を読んでいた。

 

 

「『こんにちは、雪乃ちゃん。今日もいい天気だね』」

 

 

「……こんにちは。外は曇っているからわざわざ言うほどいい天気というわけでもないと思うのだけれど」

 

 

 そうかな? 曇りって僕は好きなんだけど。晴れてると太陽が鬱陶しいし、雨だと雨が鬱陶しいし。

 

 

「『雪乃ちゃんは随分と早いね。僕は寄り道する間もなく平塚先生に連行されてきたからそれなりに早いと思ったのに』」

 

 

「することが無かったから来ただけよ。ホームルームも長引かなかったし、遅れる理由もないもの」

 

 

「『へぇ、友達いない僕とは違って雪乃ちゃんはクラスの人とおしゃべりとかしたりすると思ってたよ。随分良好なコミュニティを作れているんだね』」

 

 

 僕の言葉に雪乃ちゃんはぴくっと反応した。

 

 

「え、ええ、そうね。過不足のない実に平穏な学園生活を送ってきたわ」

 

 

 そんなセリフとは対照的に雪乃ちゃんは明後日の方向を見ている。明後日の方向ってどういう方向なんだろう。明日の方向とか昨日の方向とかもあるのかな。

 

 

 まぁ、なんとなく察した。

 

 

「『雪乃ちゃんって友達いる?』」

 

 

「……そうね、まずどこからどこまでが友達なのか定義してもらっていいかしら」

 

 

「『あ、うん、ごめんね。もういいや』」

 

 

 友達がいる人はこんなこと言わない。なぜなら相手が出した定義によっては、自分が友達のいない寂しい人間になってしまう可能性があるからだ。

 ていうかこの僕がナチュラルに同情してしまったぜ……

 僕も友達なんていないのだから、同情なんてできるはずもないんだけど。

 

 

「その憐れむような表情やめてもらえない? あなた程度に同情されたくないのだけれど。それに友達がいないことで何か不利益が生じるの?」

 

 

 まるで言い慣れてきたかのような言い訳だった。実際言い慣れたんだろうな。雪乃ちゃんプライド高いし、自分にバッドステータスが付くのが我慢ならないのだろう。

 

 

「『でも不思議だなぁ。雪乃ちゃんは僕とは違って優秀らしいし、優秀な人間の周りには人が集まるものだと思ってたよ。僕のクラスにもそういうグループみたいなのあるし』」

 

 

「……あなたにはわからないわよ、きっと」

 

 

 雪乃ちゃんはぼそっと呟いてそっぽを向いてしまった。

 普通のラブコメ主人公ならここで難聴スキルが発動して「え、なんだって?」と聞き返すところだが、生憎僕にそんなスキルは備わっていなかった。というか、僕に聞かれて都合の悪いことを口走るなんていう命知らずはあまりいなかったのだ。雪乃ちゃんはまだ付き合いも短いし、僕のことをただのおちこぼれとしか思ってないんだろう。

 

 

「『確かにわからないなぁ。良ければ教えてくれないかい?』」

 

 

「人に好かれたことがないあなたには少し嫌な話になるかもしれないけど」

 

 

「『わぁ、雪乃ちゃんは僕のことを気遣ってくれているんだね! 心配いらないよ! 自慢話を誰かにされるのは慣れてるから!』」

 

 

 まさか僕が人に気を遣われる日が来ようとは。やばい泣きそう。

 僕が涙を堪えていると、雪乃ちゃんは本に栞を挟んで読書を中断した。本当に話してくれるつもりらしい。

 

 

「私って昔からかわいかったから、近づいてくる男子はたいてい私に好意を寄せてきたわ」

 

 

 まさか本当に自慢から入るとは思わなかった。雰囲気と話の流れ的に暗い話かと思っていた。僕の予想は本当に当たらないなぁ。

 

 

「小学校の高学年くらいからかしら」

 

 

「『まぁ、そのくらいからだよね。男子が性に目覚め始めるのは。初恋がそれくらいだって言う人も多いんじゃないかな』

 

 

 僕の初恋はもうちょっと早いけどね。人吉先生元気かな。

 

 

「『じゃあ、足掛け5,6年モテモテだったわけだ。ひゅーぅ』」

 

 

「茶化さないでもらえない? それに別に好かれたくもなかったわ。本当に誰からも好かれるなら、それも良かったかもしれないけど」

 

 

 最後の方は、小さな声で付け足すように雪乃ちゃんは言った。

 

 

「小学生のころ、60回上履きが盗まれたわ。そのうち50回は同級生の女子の仕業だったの。おかげで毎日上履きとリコーダーを持って帰るハメになったわ」

 

 

 なるほど、いわゆる同性から嫌われるタイプというやつらしい。一般的なイメージはぶりっ子というか異性に媚びる仕草の女子だが、雪乃ちゃんは単に女子の妬みをまとめ買いしてしまったのだろう。さらに、好意を持って近づいた男子は雪乃ちゃんに袖にされ、結果周りに人が寄り付かなくなったのだろう。

 リコーダーに関しては、男子あるあるですね、ハイ。

 

 

「でも、それも仕方がないと思うわ。人は皆、完璧ではないから。弱くて、心が醜くて、すぐに嫉妬し蹴落とそうとする。不思議なことに優秀な人間ほど生きづらいのよ、この世界は。そんなのおかしいじゃない。だから変えるのよ、人ごと、この世界を」

 

 

 ……ふぅん。

 世界を変えるときたか。さすが雪乃ちゃん、立派な器を持っている。さぞ美術的価値も高いんだろう。

 だけど、少し押せば、簡単に壊れる。

 

 

「何がそんなに可笑しいのかしら。ただでさえ気持ち悪い笑顔がさらに気持ち悪くなっているわよ」

 

 

 おっと、顔に出ちゃってたか。失敗失敗。

 

 

「『いやいや、ごめんね。それで、雪乃ちゃんはこの世界をどんな世界にしたいんだい?』」

 

 

「そうね……。皆が自己を高め合い、その実力が正当に評価されるような世界、かしら」

 

 

「『つまり天才が負け犬を支配する世界だね』」

 

 

「そんなことは言ってないわ。才能に胡坐をかいている人よりも努力を惜しまず実力を磨いた人が成功する世の中よ」

 

 

「『同じだよ。それって、努力をしなかった人も努力を惜しまず実力を磨いたけど成功できなかった人もまとめてクズとして扱われる世界でしょ? 皆が自己を高め合う。素晴らしいね、涙が出そうだ。で、結局才能のない人は才能あふれる人に踏みにじられる。そりゃそうだよ。同じように努力なんてしたら才能のある方が勝つに決まってるじゃないか』」

 

 

 雪乃ちゃんが息を呑むのがわかる。

 そうだよね。わからないよね。君みたいな強者(プラス)には僕みたいな弱者(マイナス)の気持ちなんて。

 いくら必死に努力したって報われない。結局最後に勝つのは才能に恵まれた人間なんだという現実。

 それが才能に恵まれた人間である雪ノ下雪乃に理解できるはずがない。

 彼女だってその恩恵を受けているのだから。

 

 

「『安心しなよ、雪乃ちゃん。君が望む世界がそんなのなら、君は何もする必要はない。だって、もう世界はとっくにそうなっているのだから』」

 

 

「『君だって、そんな世界で才能に胡坐をかく天才の1人なのだから』」

 

 

「『心配しないで! 君のせいじゃない。君は悪くない。世界が悪いんだ』」

 

 

 うん、女の子を責めてばかりではいけない。

 最後にフォローを忘れない僕はきっと紳士の鑑なのだろう。

 

 

 雪乃ちゃんを見ると、彼女の指定席となっている椅子に力なく座り込んでいた。

 

 

「『最後に1つ教えてあげるね。優秀な君に、劣悪な僕からのささやかなお近づきのしるしってやつだ』」

 

 

 僕は置いておいた週刊少年ジャンプを手に取り、雪乃ちゃんに背を向けた。

 

 

「『人は無意味に生まれて、無関係に生きて、無価値に死ぬんだ。人生に目的なんか無くって、世界には目標なんてないんだ』」

 

 

 だから、世界なんて変えようが変えなかろうが、どっちでも同じことなんだよ。

 

 

 そう言い残して球磨川禊はクールに去るぜ。

 

 

 さっさと帰って週刊少年ジャンプの続きを読もうと、扉に手をかけたところで後ろから呼び止められた。

 

 

「……なら、あなたが望む世界というのは、一体どんな理想郷だというのかしら」

 

 

 その声は今にも消え入りそうで、それでいて張りつめていた。

 まるで薄氷の上に立っているかのように、ひどく危なげな声だった。

 

 

「『さあね。僕はきっとどんな世界でもつまはじき者にされるだろうし、どうでもいいから変わらない今のままでも構わないよ』」

 

 

 それが過負荷(マイナス)というものだ。

 あらゆる世界の最底辺。底のない不幸に落ち続けている者たち。

 

 

 それでも僕は笑ってる。

 

 

 




球磨川先輩の真骨頂のお披露目ですね。

心を折る球磨川節が難しいのなんの......


ご容赦を。

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