やっぱり球磨川禊の青春ラブコメはちがっている。   作:灯篭

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球磨川君が出てこない本編パート2。


前回の話に入れる予定だったけど長すぎるので分けた話です。
よってちょっと短めです。


流してもかまわないくらいのオリ設定が出てくるのでご注意を。


少しずつ雪ノ下雪乃は前進している。

 水槽学園。

 日本屈指の名門校で、その知名度は箱庭学園に並ぶ。

 

 

 箱庭学園が『天才を集める学校』であるのに対し、水槽学園は『秀才を育てる学校』と言われている。

 

 

 しかし箱庭学園に並ぶとは言うものの、それはあくまで知名度の話で、水槽学園は箱庭学園とは違い、ごく普通の名門私立校である。

 

 

 水槽学園の特徴は『秀才を育てること』に特化していることだと言える。

 

 

 一般に思い起こされる名門校は入試の段階で多くの生徒をふるいにかけ、優秀な者を生徒として入学させるが、水槽学園は違う。

 

 

 水槽学園の入試問題のレベルはあまり高くない。

 平均的な公立高校と同程度だろう。

 

 

 比較的難易度の低い入学試験で生徒を広く集め、より多くの優秀な人材を輩出することを目的としている。

 

 

 しかしそう上手くはいかないもので、脱落者が絶えることはない。

 学年が上がることに生徒数は減り、水槽学園に入学した者の中で卒業することができるのは全体の25%に満たない。

 

 

 入学するのが困難なのではない。

 卒業するのが困難なのだ。

 

 

 私、雪ノ下雪乃が持っている水槽学園に関する情報はこんなところだ。

 

 

 ある意味、箱庭学園よりも狭き門である水槽学園に関して、私が情報をまとめている理由は一つ。

 

 

 実際に水槽学園に来ているからだ。

 

 

 事の発端はもちろん、あの千葉村での集団行方不明事件だ。

 

 

 未だにニュースやワイドショーからこの話題が消えることはなく、警察や救助隊も懸命な捜索を続けている。

 

 

 この事件の真実を、私は知っている。

 

 

 球磨川禊。

 

 

 彼が自身の持つスキル『大嘘憑き(オールフィクション)』で、彼らをなかったことにした。

 

 

 もちろんこんなことを主張したところで私の頭がおかしくなったと思われるだけだ。

 しかしかと言って『仕方ない』と割り切れるほど私は大人ではなかった。

 

 

 それでも私にできることは少ない。

 

 

 さしあたって私は『スキル』というものを調べることにした。

 

 

 球磨川君の持つ『大嘘憑き(オールフィクション)』の弱点や欠陥などを見つけることはできないだろうが、『スキル』共通の特徴や欠点がわかれば対策も立てやすいだろう。

 

 

 まず私は先日知り合った箱庭学園の黒神真黒さんに話を聞くため、頂いた連絡先に連絡した。

 

 

 しかし、機密だからと話を聞くことはできなかった。

 

 

 いきなり頼みの綱を失った。

 

 

 町の図書館で知れるようなレベルの話ではないし、これ以上の心当たりが私にはない。

 

 

 私は藁にも縋る思いで、雪ノ下家のデータベースを調べた。

 

 

 雪ノ下家の娘ということもあり、私には一定のアクセス権限があった。

 

 

 流石にデータベースの全てを見れるほどの権限は父や母、姉の他に一部の重役しか持っておらず、閲覧することは叶わないが、もしかしたら『スキル』についての情報が記録されているかもしれない。

 

 

 正直、見つかるはずがないだろうと思っていた。

 

 

 だが私は当たりを引いたようだった。

 

 

 現在は凍結されているが、雪ノ下家では以前、『スキル』に関する研究を行う施設があったらしい。

 その施設の存在は公にはなっていないが、こうして記録に残しているところを見ると違法な研究施設ではなかったのだろうと推測できる。

 

 

 その研究は協力していたスキルホルダーがデータを全て抹消して逃亡したことで数年前に中断。以降、新たなスキルホルダーの協力者を見つけられなかったため、無期限凍結となったようだ。

 

 

 そのスキルホルダーは当時、水槽学園中等部に在籍していたらしい。

 

 

 そこで私はその人物に接触するため、水槽学園へと向かったのだ。

 

 

 しかし、その人物が現在も水槽学園に通っている可能性は低い。

 

 

 資料によるとその人物は私と同年齢らしいが、ここにいるのならばこの名門といわれる水槽学園に数年間在籍していなくてはならない。

 

 

 水槽学園の教育カリキュラムの過酷さは噂に名高い。

 

 

 多くの秀才たちがカリキュラムについていけず、転校という形で脱落する。

 そんな中、目当ての人物が未だ残っているという方が信じられない。

 

 

「……分の悪い賭け、ね」

 

 

 しかし、私には行動を起こさないという選択肢はなかった。

 

 

 ただ無駄に時間を浪費するくらいなら、わずかな可能性でも試してみたい。

 

 

 それぐらいしないと、球磨川君には敵わない。

 

 

 現在、午後3時。

 総武高校は今も夏休みの最中だが、水槽学園はそういった長期休暇は他と比べて短く、既に新学期が始まっている。

 

 

 そろそろ放課後になり、部活や特別な用事が無い生徒は帰宅し始める頃合いだ。

 

 

 私は校門の前で目的の人物が出てこないか見張っている。

 

 

 そう長くない時間が経ったその時、私は1人の女子生徒が出てくるのを見た。

 

 

 間違いない。彼女だ。

 顔をマスクで隠してはいるが、データベースの資料にはマスク姿の写真も残されていたのですぐにわかった。

 

 

 声をかけようと近寄ると、彼女も私に気付いたようだ。

 

 

 彼女も私に歩み寄り、あちらから声をかけてきた。

 

 

「私に話があるんでしょう? こんなところで立ち話もなんだから、ちょっと場所を移動しようか。本当、ちょっとだけなんだけど」

 

 

 彼女の提案を私は承諾する。

 

 

 この近くに行きつけの喫茶店があるらしいので、彼女の案内についていくこととなった

 

 

 喫茶店までの道中は二人とも口を開かず、黙って歩いていた。

 

 

 目的の喫茶店に到着し、席について注文した後、彼女はやっと口を開く。

 マスクの下の狂暴そうな印象を与える口を晒して。

 

 

「で、今更雪ノ下が俺様に何の用だ?」

 

 

「あら、私のことを知っているのかしら。須木奈佐木咲さん」

 

 

「はっ。てめーのことなんざこれっぽっちも知らねーよ。ただ俺様が知ってる雪ノ下の人間とてめーが瓜二つだっただけさ。その他人を見下したような顔や雰囲気がな」

 

 

「そう。まあ誰のことを言ってるのかは大体察しが付くけれど」

 

 

 私に似ている人物、と聞いて真っ先に思い浮かぶのは姉である雪ノ下陽乃だが、研究がまだ行われていた時期というと、姉さんはまだ高校を卒業していない。

 姉さんがいくら人材として優秀だったとしても、高校生を社外秘の研究に携わらせるということはないだろう。

 

 

 ということは彼女の言っている人物はきっと、私の母なのだろう。

 

 

「ついに俺様を連れ戻すのに実の娘まで使うようになったのか? 今まで来た奴は丁重に送り返したはずだがね」

 

 

 運ばれてきたコーヒーを飲みつつ、須木奈佐木さんは笑みを浮かべ続ける。

 

 

「いいえ、私があなたを訪ねたのは私個人の理由よ。母は関係ないわ」

 

 

「そうなのか。ま、いいぜ。これでも雪ノ下には感謝してないでもねえからな。さっさと用件を話せ。気に入ったら協力してやるよ」

 

 

「あら、優しいのね。ではお言葉に甘えて。私があなたを探してたのは、スキルホルダーに会って話を聞きたかったから。そこであなたの情報を雪ノ下家のデータベースから見つけた。異常(アブノーマル)過負荷(マイナス)かはわからなかったけど」

 

 

「へえ、おっかしいな。研究所潰すときに俺様に関する資料はあらかた消させたはずなんだが」

 

 

「私が見たのは研究凍結後の資料。つまりあなたが出ていった後に書かれたものよ」

 

 

「はー、なるほどね。そりゃいくら俺様でも手出しできねえわ」

 

 

 くっくっく、とおかしそうに須木奈佐木さんは笑う。

 

 

「で? 結局てめーは俺様に何の話を聞きたいんだよ?」

 

 

「……過負荷(マイナス)について」

 

 

 私は口の渇きを潤すため、紅茶を一口飲む。

 ここからが正念場。下手をしたら私も千葉村での事件の二の舞になりかねない。

 

 

「正確には、過負荷(マイナス)の対策や対処法。対抗するための方法」

 

 

「ふーん……。過負荷(マイナス)に対抗、ねえ……」

 

 

 須木奈佐木さんが浮かべていた笑みがふっと消えた。

 

 

「それはスキルの話か? それとも人物の話か?」

 

 

「……両方よ」

 

 

「そうかそうか。スキルに関しては簡単だ。諦めろ。最低でもスキルホルダーじゃないと話にならない。次に人物に関してだが、これも簡単だ。関わるな。過負荷(マイナス)なんてのは総じて不発弾みたいな連中だからな。もちろん、俺様も含めて」

 

 

 ひゃっはっは、と突然須木奈佐木さんは大笑いする。

 

 

「なんだ、俺様らしくもなくテンションが上がり過ぎてて自分でもびっくりだな。いやでもしょうがねえ。こんなに愉快なのはお前の母親に()()を刺した時以来だ」

 

 

 いつの間にか須木奈佐木さんの手にはプレートのようなものが握られていた。

 それを手の中で弄びながら、須木奈佐木さんは私に言う。

 

 

過負荷(マイナス)の対策なんざねえから教えられねえが、一ついい話をしてやろう。俺様も過負荷(マイナス)の端くれだからな。過負荷(マイナス)側からのアドバイスをしてやるよ」

 

 

「……先ほどから思ってたけど、やけに協力的なのね」

 

 

「言ったろ? 雪ノ下には感謝してないでもねえってな。あの時の俺様はスキルを持て余し気味だったからな。お前んとこの研究所のおかげでできることは一通りわかった。だから俺様はお前の母親に受けた恩をお前に返してやろうって気分なのさ」

 

 

 彼女は腕時計を見て、おっとと声をあげる。

 

 

「今日は幼馴染と買い物に行く約束してるんで、こっからは手短に話すぜ。まず、過負荷(マイナス)に対抗しようなんて思ってるお前はかなりのレアケースだってのは自覚してるか?」

 

 

 ……そうなのか。

 彼なら方々に敵を作りそうなものだが。

 

 

 素直に私は首を横に振る。

 

 

「じゃあ自覚しろ。一般人が過負荷(マイナス)に持つ感情ってのは『敵対すると言う形ですら関わりたくない』だ。でもまあ、全くいないってほどでもねぇ。なら次に出てくる疑問はこれだな? 『一般人とお前らは一体何が違うのか』。端的に言えば、お前らは弱さを悪だと決めつけてる。弱者は劣ってて、強くなろうとしない者は怠惰だと思ってる」

 

 

 それは当たり前だ。

 そうでないとしたら努力に意味が無くなり、価値が無くなってしまう。

 

 

「まあ俺様もこれが間違ってるなんて思っちゃいねえが、だからこそ『自分よりも弱い相手に太刀打ちできない』っていう状況が受け入れられねえ。というか許せねえ。まあ当然だわな。そんな考え方してる奴にとっちゃ存在価値を否定されてるようなもんだ」

 

 

 彼女の目を見ることができない。

 なら、どうすればいい?

 

 

「考えろ。本当に強さにはメリットしかなくて、弱さにはデメリットしかないのか? 強者が上で、弱者が下だと言い切れるのか? 明確に敗者は勝者に劣ってるのか? 」

 

 

 ばん!

 須木奈佐木さんが右手でテーブルを叩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の人生を、否定しろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 沈黙が長く続く。

 

 

 私は口を開けないまま、ただ時間が流れていく。

 

 

「ま、俺様から言えるのはこんぐらいだな。所詮、過負荷(マイナス)の戯言だ。聞き流すもよし、真に受けて痛い目見るのもまたよしだ。じゃあな」

 

 

 須木奈佐木さんは外していたマスクを再び付け、席を立つ。

 

 

「がんばってくださいね、雪ノ下さん! 応援してますから!」

 

 

 マスク越しににっこりと私に笑顔を向け、須木奈佐木さんは立ち去っていく。

 

 

 ……初めて見た球磨川君以外の過負荷(マイナス)

 須木奈佐木咲は、球磨川君ほどの異常者には見えなかった。

 

 

 しかし、きっと私が彼女の本質を見抜けなかっただけだろう。

 

 

 連絡先も交換していない、自宅から遠く離れた地に住む彼女。

 

 

 もう会うこともないだろうし、彼女について考えるのはよそう。

 

 

「私の人生を……否定しろ」

 

 

 もう一人の過負荷(マイナス)の最後の言葉。

 すっかり冷めてしまった紅茶を飲み、私は自分の歩んできた人生を振り返っていた。

 




水槽学園ってwikiとかに情報乗ってないんですね。

おかげで設定ねつ造する羽目になりました。


どこかに公式の情報が乗っている場合は目をつぶってください。
今後水槽学園の教育カリキュラムが話の本筋に関わってくることは一切ないんで。

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