やっぱり球磨川禊の青春ラブコメはちがっている。   作:灯篭

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めちゃくちゃ間が空いて申し訳ありません!!


それもこれもダンガンロンパ3が面白すぎるのが悪いんです(責任転嫁)


千葉村編完結です!!


過程はどうあれ鶴見留美は救われる。

「『ふむふむ、いじめられてる女子ねえ。なるほどなるほど』」

 

 

 お土産に持ってきた生八つ橋をもむもむと食べながら、皆の話を聞く。

 

 

 それにしてもお父さんはいつもいつもどこから生八つ橋を持ってくるのだろう。

 帰ったら部屋1つが生八つ橋に占領されてるのを見た時にはさすがの僕も戦慄した。

 

 

 女子小学生、鶴見留美。

 その女子生徒がクラス全体から無視されているのだという。

 聞いた限りでは直接的な被害は無く、ただ無視されているだけらしい。

 

 

「『じゃ、明日僕もその子に話聞いてみようかな』」

 

 

 そう言って、僕は立ち上がった。

 

 

「待ちなさい、球磨川君。これから鶴見さんをどう助けるのかを話し合うのよ。あなたも参加するべきじゃないのかしら」

 

 

「『へ? なんで? 君たちは今日見聞きしてきたことを元に話すんだろ? なら僕いらなくない?』」

 

 

「あなたも情報を共有するべきよ」

 

 

「『いやいや、逆に変な先入観とか植えつけられかねないし、お断りしとくよ』」

 

 

「ちょっと、アンタさ。なんなの?」

 

 

 思わぬところから声が上がる。

 突っかかってきたのは三浦ちゃんだった。

 

 

「遅刻してきたアンタのために時間使って説明してやったのに、関係ないからとか勝手すぎじゃない? 皆参加してんだからアンタも入りなよ」

 

 

「『えー? 皆が参加してるとかそれこそ僕に関係ないじゃん。皆自分からすすんで参加してるんだろ? それともホントはめんどくせーから早く終わんねーかなーとか思ってたりするの? うわっ、やなやつー。いい子ぶりっ子に僕を巻き込むなよ。気持ちわりー』」

 

 

「は? 意味わかんないんですけど」

 

 

 三浦ちゃんがドスの効いた声で威圧してくるが、隣にいる葉山君になだめられる。

 

 

「『ま、別に解散してもいいと思うよ。僕が何とかしてあげるから! ほら、蛇の道は蛇って言うでしょ? 外れ者のことは外れ者に、日陰者のことは日陰者に、いじめられっ子のことはいじめられっ子に任せてよ。大丈夫。僕が鶴見ちゃんのクラス全員を幸せにしてあげるからさっ』」

 

 

 

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 それから数時間後。

 

 

 皆が話し合いをしているうちにお風呂を済ませ、男子が寝るという大部屋に戻る。

 

 

 知らないふりして女子の部屋に行こうとも思ったが、洒落にならなさそうなのでやめておいた。

 

 

 しばらくして、彩加ちゃんと葉山君と戸部君が戻ってくる。

 

 

 さりげなく話し合いの様子を聞くと、どうやらあまり建設的な案は出てこなかったらしい。

 

 

 それから戻ってきた三人が風呂に入り終わったところで、就寝。

 

 

 しかし、お調子者の戸部君が好きな人暴露をしよーと言い出す。

 あまり誰も乗り気ではなかったが。

 

 

 ちなみに戸部君の好きな人は海老名ちゃんらしい。

 葉山君はY、とイニシャルしか教えてくれなかった。

 

 

 そしてコイバナも終わり、皆が寝静まったころ。

 

 

「『さて、ちょっと散歩でもしてこようかな』」

 

 

 僕は皆を起こさないように部屋から出る。

 遅れてきたし、どこに何があるかくらい把握しておかないとね。

 

 

 け、決して女子の部屋を覗いてみようとか思ってないんだからねっ!

 

 

 それにしても、高原の夜というのは不気味なものだ。

 主な光は月明りくらいなため、薄暗い。

 

 

 木が密集しているところなど、根元の地面も見えない。

 

 

 まあ、現在家の電気を止められてる僕は夜目が鍛えられているため、こんな暗闇はわけもない。

 

 

 とりあえずテキトーに道なりに進んでいると、木立の間に人が立っているのが見えた。

 

 

 近づいて見てみると、それは雪乃ちゃんだった。

 耳を澄まさないと聞こえないような小さな声で歌っている様は幻想的で、絵本の挿絵を切り取ったように感じられた。

 

 

 なんとなく、声をかけるのが躊躇われる。

 

 

「『やっほー! 雪乃ちゃんも眠れないのー?』」

 

 

「……球磨川君? どうしたのこんな時間に? 永眠はしっかりとった方がいいわよ」

 

 

「『心配には及ばないぜ。僕ほど永眠を取っている人間は世界中探しても片手の指で足りるだろう』」

 

 

「……いないのが普通なのだけれど」

 

 

 ぼそっと何かを呟いて、雪乃ちゃんは空を見上げる。

 

 

 見上げた先には、都市部では見られない満天の星空が広がっていた。

 

 

「『……この星空よりも、君の方が綺麗だよ』」

 

 

「死んでくれないかしら」

 

 

 球磨川禊言ってみたいセリフランキング第12位が一蹴されてしまった。

 ひどいや。

 

 

「あの子のこと、何とかしなければね」

 

 

「『いじめられてるっていう女子のこと? 別に知り合いってわけでもないのに、随分とやる気だね』」

 

 

「今までだって知らない人ばかりだったわ。私は知己だからって手を差し伸べるわけではないもの。それに……彼女、由比ヶ浜さんに似てるのよ」

 

 

「『結衣ちゃんに? 話を聞いてると、雪乃ちゃんに似た感じってイメージだったけど』」

 

 

「私は一人で何とか出来たもの。私と違って、あの子には助けが必要なのよ。……たぶん、由比ヶ浜さんにもああいう経験があるのじゃないかしら」

 

 

「『……ふーん』」

 

 

 たぶん、雪乃ちゃんが言っている『経験』とは、いじめられたことではなく、いじめに加担していたことだろう。

 

 

 もちろん、積極的に加担していたわけではないだろう。

 しかし、クラスの雰囲気に従って、流された。

 

 

 流れに逆らう勇気は無く、しかし仕方がないと割り切れるほどに非情ではない。

 彼女は罪悪感を抱えるだけだ。

 

 

「それに、葉山君も」

 

 

「『まあ、根っからのいい人だからねえ。光の当たるとこでしか生きてこなかったんじゃない? 陰の部分の問題に触れることなんて滅多になさそうだ』」

 

 

「……そんなこと、ないわよ」

 

 

 おや、雪乃ちゃんが他人を庇うとは。

 

 

「『葉山君とは前から知り合いだったりするの?』」

 

 

「小学校が同じだっただけよ。それと、親同士が知り合い。彼の父親がうちの会社の顧問弁護士なの。ちなみに母親は医者」

 

 

「『へえ、家族ぐるみの付き合いってやつか。大変そうだねえ』」

 

 

「外向きの場に出るのは姉の役割だから、私はよくわからないわ。あくまで、私は代役でしかないの」

 

 

 雪乃ちゃんは喋り終わると、僕に背を向けた。

 

 

「そろそろ戻るわ。あんまり夜更かしはしないように」

 

 

「『はーい。おやすみー』」

 

 

「おやすみなさい」

 

 

 歩き出していく雪乃ちゃんを見送り、僕は再び空を見上げる。

 

 

 星空を見ていると、自分の矮小さをつきつけられるような気がする。

 

 

 人間は無意味に生まれて、無関係に生きて、無価値に死ぬ。

 世界には目標なんて無くて、人生に目的なんて無い。

 

 

 いつか誰かに言った言葉が、僕の頭に浮かぶ。

 

 

 それは雪乃ちゃんも例外じゃなくて、結衣ちゃんも葉山君も当てはまる。

 

 

 できないことを探し続けている安心院さんですら、そこから脱しえない。

 

 

 結局、明日人類が滅亡したって、世界には変わらず明後日が来るのだ。

 

 

「『やれやれ、僕も中二病が抜けないな。材木座君を笑えないぜ』」

 

 

 もうすこし散歩してから戻ろうと、僕は決めた。

 

 

 

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 翌日。

 僕たちの予定はキャンプファイヤーの準備、それから自由時間。

 そして夜の肝試しでのお化け役だった。

 

 

 さっそく男子でキャンプファイヤーの枠組みを組み立てる。

 

 

 といっても、非力な僕は何の役にも立たなかったが。

 やったことと言えば、葉山君が積んだ薪を螺子で固定してたくらいだ。

 

 

 組み立てが終わると、平塚先生から自由時間が言い渡され、各々散っていった。

 

 

「『さて、涼しい木陰で週刊少年ジャンプでも読もうっと!』」

 

 

 あらかじめ持ってきていた週刊少年ジャンプを小脇に抱え、いい感じの木陰を探す。

 

 

 結局、昨日は暗くて地理の把握などできなかったため、とりあえず広い道を進んでいると、河原を見つけた。

 

 

 ここなら涼しいだろう。ちょうどいい感じの木陰もある。

 

 

 よっこいしょっと木陰に腰を下ろし、週刊少年ジャンプを開く。

 

 

 そこで、なにやらきゃっきゃっと聞こえてくる。

 大きな岩の向こうから聞こえてくるようなので覗いてみると、水着女子たちが水遊びしていた。

 

 

 むむむ……。混ざりに行くべきか……。

 

 

 3分ほど悩んだが、未読の週刊少年ジャンプ最新号の誘惑には勝てない。

 大きな木に寄りかかり、僕は週刊少年ジャンプを読み始める。

 

 

 それからしばらくすると、脇にあった小道から足音が聞こえた。

 

 

 そちらを見ると、小学生らしからぬ大人びた少女が立っていた。

 

 

「『やあ』」

 

 

「……誰?」

 

 

「『僕の名前は球磨川禊! 遅れてきた8人目の高校生さ! 君は?』」

 

 

「……鶴見留美」

 

 

「『留美ちゃんだね!』」

 

 

「ちゃんづけしないで」

 

 

 なるほど。この子が件のいじめられてるっていう女子か。

 確かに愛想が悪そうだ。

 

 

「ねえ、あんた。何で一人なの?」

 

 

「『ん? そりゃこの大自然の中でゆったり週刊少年ジャンプの最新号を読むためだよ。留美ちゃんも一緒に読む?』」

 

 

「ちゃんづけしないでってば。いい、読まない。そういう子供っぽいの興味ないから」

 

 

「『それは残念。君はどうして一人なんだい?』」

 

 

「……私の方はね、今日自由行動なんだって。朝ごはん終わって部屋戻ったら誰もいなかった」

 

 

 僕に表情を見せないようにうつむく留美ちゃん。

 

 

 いじめられてるってのも本当みたいだな。

 軽い部類ではあるが、被害者がいじめられてると思えばそれはいじめだ。

 

 

「『留美ちゃんは今、辛いかい?』」

 

 

「辛いっていうより、惨めかな。シカトされてると、自分が一番下なんだって感じる」

 

 

「『惨めねぇ……』」

 

 

「嫌だけどさ、もうどうしようもないし」

 

 

「『なんで?』」

 

 

「私、見捨てちゃったし。もう仲良くできない。仲良くしてても、またいつこうなるかわからないし、同じことになるなら、もうこのままでもいいかなって。惨めなのは、嫌だけど……」

 

 

 見捨てたとは、どういう意味か。

 

 

 過去に同じ目にあった友人のことか。

 それとも、現在の全てか。

 

 

 他人の心が読めるわけではない僕には皆目見当もつかないが、彼女に言うべき言葉はわかってる。

 

 

「『留美ちゃん。君は確かに惨めだ。ここにいる誰よりも惨めだろう。だけど、君は悪くない。例え、過去の君が悪かったとしても、今の君が悪い理由にはならない』」

 

 

 読みかけの週刊少年ジャンプを閉じて、僕は立ち上がる。

 

 

「『安心して! 僕は君の味方だ。必ず君を幸せにしてあげるよ!』」

 

 

 なんか少し前に聞いたようなセリフを言って、僕は河原を後にした。

 

 

 

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 林間学校最後のイベント、肝試し。

 

 

 小学生たちが指定されたコースを歩き、先生方や僕たち高校生が小学生たちを驚かせる。

 そのコースの下見に僕たちは来ていた。

 

 

 と言っても、皆肝試しのことなんか話しちゃいないけどね。

 

 

 話題、というか議題は昨日に引き続き留美ちゃんのことのようだ。

 

 

 当然僕は参加していない。

 雪乃ちゃんと三浦ちゃんというダブル女王様の氷の視線は怖かったが、僕は屈しないよ。

 

 

 だって幸せ者(プラス)と協力したって、不幸者(マイナス)を救えやしない。

 

 

「留美ちゃんがみんなと話すしかない、のかもな。そういう場所を設けてさ」

 

 

「でも、それだと、たぶん留美ちゃんが皆に責められちゃうよ……」

 

 

「じゃあ、1人ずつ話し合えば……」

 

 

「同じだよ。その場ではいい顔してても、裏でまた始まる。女の子って、隼人君が思ってるよりずっと怖いよ?」

 

 

 食い下がって性善説を通そうとする葉山君を、海老名ちゃんの含蓄のある言葉が遮る。

 

 

 苦労したんだろうなー。

 

 

「んだよ、マッジかよ! 超こえー」

 

 

 なぜか三浦ちゃんがビビっていた。

 ……いや、君より怖い女子ってのもそうそういないからね?

 

 

 なおそれが僕の上司な模様。

 

 

 その後もあーでもないこーでもないと議論が続き、結局妙案が出ることなく肝試しの下見は終わった。

 

 

 肝試しコースから戻ってきた後は、そのまま肝試しの準備だ。

 基本的にはそれぞれがお化けや妖怪の衣装を着るだけだ。

 

 

「魔法使いってお化けなのかなぁ……」

 

 

 平塚先生が独断で誰が着るかを選んだ衣装を着た彩加ちゃんが呟く。

 

 

「『まあ、お化けっていうより妖怪寄りかな? どっちにしたって怖いさ』」

 

 

 何が怖いって、彩加ちゃんが着ると見習い魔女にしか見えないところだ。

 日曜8時半に出演しててもおかしくなさそうである。

 

 

「本当かなあ……」

 

 

「『それなら魔法使いっぽく、変な鍋かき混ぜながら含み笑いしてればいいんじゃない?』」

 

 

「あ、それいいね。鍋じゃなくても、コップに怪しい色のジュースでも入れれば雰囲気出るかも! ちょっと平塚先生に相談してくるね!」

 

 

 ぱあっと笑顔を浮かべ、先生のもとへ駆けていく彩加ちゃん。

 

 

 あ、もう少しでローブの下見えそう!

 

 

「球磨川君は変態の仮装かしら。よく似合っているわよ。街で見かけたら通報していたわ」

 

 

 懸命にかがんでいると、白い着物を着た雪乃ちゃんが冷ややかな目で僕を見下していた。二つの意味で。

 

 

「『雪乃ちゃんは雪女? とてもよく似合っているね。視線だけで人を殺せそうだよ』」

 

 

 しかし、真夏の肝試しに雪女ってどうなんだろう。

 夏の山にいる雪女なんて僕でも倒せそうだ。

 

 

 とんだアイデンティティクライシスだよ。僕にとっても、雪女にとっても。

 

 

「冗談はさておき、球磨川君は仮装しないの? 確かあなたの配置は最後の方だった気がするのだけど」

 

 

「『大丈夫大丈夫。仮装だけがお化けじゃないさ。参加者全員に『二度と肝試しなんてしたくない』って言わせる自信はあるよ』」

 

 

「今すぐ辞退なさい」

 

 

 雪乃ちゃんと他愛のない会話を楽しんでいると、鏡の前で衣装チェックをしている結衣ちゃんを見つけた。

 

 

 笑顔を浮かべたり、ため息をついて項垂れたり、ノリノリでポーズをとったりと随分忙しそうだ。

 

 

 しかし、あれだな。

 

 

「『これを小学生に見せるのか……』」

 

 

 結衣ちゃんの衣装は、悪魔は悪魔でも小悪魔といった感じで、露出が非常に多い。

 胸には大きな穴が開いてるし、お腹は出してるし、足も出してるしで、少なくともスクール水着よりは確実に肌色面積が多い。

 

 

 男性教員の趣味だろうか。

 

 

「あ、クマー! あのさ……。ど、どう……」

 

 

 こちらに気付くと、晒している肌を両腕で隠しつつ顔を真っ赤にして聞いてきた。

 

 

「『似合いすぎてちょっと引いてるよ。風営法とかにひっかからないのかしらん』」

 

 

「なにそれ! クマーひどっ!!」

 

 

 ぷんぷんと怒る結衣ちゃん。

 顔は変わらず真っ赤。自覚はあるみたいだ。

 

 

 準備が終わり、遂に始まった肝試し。

 

 

 僕の任された場所はゴールである祠へ行くための最後の分かれ道だ。

 ここで驚かしつつ、祠への道を教えるのが僕の仕事になっている。

 

 

 やることも無くしばらくぼーっとしてると、トランシーバーで僕の一つ前の位置にいる海老名ちゃんからそろそろ最初のグループが僕のところに来ると連絡があった。

 

 

 確かに遠くから小学生が談笑している声が聞こえてきた。

 全体的にあまり怖くなかったみたいだな。

 

 

「やっぱしょぼいよなー」

 

 

「素人なんだからこんなもんでしょ」

 

 

「雪女が地味に怖かったかも」

 

 

 もうこの肝試しの平均レベルを理解したのか、完全に油断している。

 その油断をさらに大きくさせよう。

 

 

「『やあ、君たちが最初のグループかな?』」

 

 

 僕は特別仮装もせず、普段通りに話しかける。

 突然話しかけられてびくっとしていたが、顔見知りであることに安堵し、また油断する。

 

 

「あ、今日から来たお兄さんだ」

 

 

「んだよー、仮装もしてないのー?」

 

 

「もっとやる気出してよー!」

 

 

「『あはは、僕は道に迷わないように君たちを案内する役目だからね。怖がらせたんじゃ、案内できないだろう?』」

 

 

 フレンドリーで話しやすいお兄さんに会ったことで、ただでさえ大きくなかった緊張感が完全になくなる。

 

 

「『祠はこっち。君たちから見て左側の道だ。あともうちょっとだから頑張ってね』」

 

 

 はーいと返事をする小学生。

 元気があってよろしい。

 

 

「『それじゃあ、さようなら』」

 

 

 僕は自分の頭に巨大な螺子を螺子込んだ。

 

 

 当然僕はその場に倒れ、小学生たちは悲鳴を上げて逃げ出していく。

 

 

 僕はそれを全グループに対して行った。

 

 

 

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 林間学校最終日。

 

 

 目が覚めたら、同室の子たちは誰もいなかった。

 きっと朝食に行ったのだろう。

 

 

 私たちは集合時間にさえ間に合えば、朝食はいつ食べてもいいことになっていた。

 

 

 そんなのにももう慣れた。

 

 

 今日でやっと林間学校なんていう居心地の悪いイベントが終わる。

 

 

 しかし、家に帰ってお母さんに何て言おう……。

 結局、この三日間に渡されたカメラでシャッターを切ることは無かった。

 

 

 最大の嫌なことが終わると、また次の心配事が浮かんでくる。

 

 

「はあ……」

 

 

 ため息は飲み込めずに口から出ていく。

 ため息を吐くと幸せが逃げるとよく言うが、幸せが残っていればため息など吐かない。

 

 

 時間を確認し、まだ集合時間までは余裕があることを知る。

 

 

 まあやることもないし、早めに行っても損は無いので、私は朝食を食べに食堂へ向かった。

 

 

 鏡を見て、最低限の身だしなみを確認し、部屋を出る。

 

 

 なぜか、廊下には誰もいなかった。

 

 

 おかしいとは思ったが、まあこんな時もあるだろう。

 もしかしたら、食堂は生徒でごった返してるかもしれない。

 

 

 食堂の扉を開けると、私の疑問は不安へと変わった。

 

 

 そこには、誰もいなかった。

 

 

 私は建物内を走り回って私の同級生を探した。

 

 

 誰もいない。

 

 

 誰もいない。

 

 

 だれもいない。

 

 

 ダレモイナイ。

 

 

 やがて建物内で私が行けるところは全て探し終える。

 しかし、どこにも私の同級生は見つからなかった。

 

 

「もしかして……置いて行かれた?」

 

 

 だが、いくらいじめられているからと言って置き去りになんてされるわけがない。

 

 

 頭ではそう考えているが、不安は大きくなり続ける。

 

 

 私は外に出て、バスが駐車してあるはずの場所に向かった。

 

 

 そこには確かに、2クラス分のバス2台が停まっていた。

 

 

 これで置いて行かれたという可能性は無くなった。

 ならどうして皆がいないの?

 

 

 私は本館には戻らず、その周辺を探し始めた。

 

 

 少し離れた河原に着くと、そこには昨日と同じ人物がいた。

 

 

「……禊?」

 

 

 昨日からこの林間学校に参加した、球磨川禊が昨日と同じように木陰で漫画雑誌を読んでいた。

 

 

「『ん、留美ちゃんじゃないか。朝の散歩かい?』」

 

 

 漫画雑誌を開いたまま、彼は私に問いかける。

 

 

「ほ、他の子が……いなく、て……」

 

 

 思ってることを上手く言葉にできない。

 頭の中がぐちゃぐちゃになってるのを感じる。

 

 

「『落ち着いて。ゆっくりでいいから、話してごらん』」

 

 

 持っていた漫画雑誌を脇に置いて、禊は私の背中をさすってくれた。

 そのおかげか、少し気持ちが落ち着いてきた。

 

 

「食堂にも……廊下にも、どこにも……他の子がいないの! バスもまだあるし……。まるで本当に消えちゃったみたいで……」

 

 

「『ああ、僕が消した』」

 

 

 …………え?

 

 

「じょ、冗談を聞いてる、余裕はないんだけど……」

 

 

 こうは言ったものの、禊の言葉には私を無理やり納得させるような変な説得力があった。

 その突拍子のない発言を、強制的に信じさせられるような。

 

 

「『冗談じゃないさ。君をいじめてるクラスメート。見てみぬ振りした教師。何も知らずに幸せに過ごしていた他クラスの生徒。全てをなかったことにした。言っただろう? 『君を必ず幸せにしてあげる』って! もちろん君は悪くない。僕も悪くない。でも、ある種これは『君のせい』と言えるかもしれないね』」

 

 

「私の……せい……?」

 

 

 頭の中で『わたしのせい』という言葉が渦巻く。

 

 

 なら、私さえいなければ皆が消えることはなかったというのか。

 

 

「『これで君の不幸のタネは取り除いた。だけどそれだけじゃ幸せになれないよね、そのままだと既に芽を出した不幸は取り除けてない。だから、君が僕の手を取ってくれたら、僕は君を世界一幸せにしてあげるよ。今度こそ、ね!』」

 

 

 そう言って、いつの間にかへたり込んでしまっている私に、禊は手を差し伸べてきた。

 

 

 この手を取ったら、私はどうなってしまうのだろう。

 本当に幸せになれるのかな。

 それとも、私も消されちゃうのかな。

 

 

 私は、差し伸べられたその手を……。

 

 

 

 

 

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 朝、私が起きた時にはもう既に大問題が発生していた。

 

 

 何でも私たちが手伝っていた林間学校に参加していた小学生ならびに小学校教師が全員いなくなっていたのである。

 しかも、荷物や靴まで綺麗さっぱりと無くなっている。

 まるで、最初からいなかったかのように。

 

 

 平塚先生にも確認したが、こちらに何の断りも無く帰るなどやはりありえないらしい。

 小学生が乗ってきたバスも駐車場に止められたままのため、ここから離れたというわけではないようだ。

 

 

 しかし、それはそれでおかしい。

 

 

 事態が発覚してから、私たちは寝ている人員も叩き起こして千葉村全域を捜索しているのだ。

 球磨川君は朝っぱらからどこかをほっつき歩いているのか見つからなかったが、その他の総武高校ボランティア、さらに千葉村の職員も必死になって捜索している。

 

 

 にもかかわらず、60人超の行方不明者を見つけられない。

 これは『もうここにはいない』と考えた方がいいレベルである。

 

 

 そうなると、『教師が児童を連れて、バスを使わずに下山した』という明らかに不自然な結論にしか行き付かない。

 

 

 そんなことをする理由が無い。

 

 

 捜索を続ける中で、ある情報が入ってきた。

 

 

 『児童一人分の荷物が残されている』

 

 

 しかも、その荷物は鶴見留美のものなのだという。

 

 

 後から思えば、私にはこの瞬間から『最悪の事実』が予想出来ていたのかもしれない。

 

 

 その時には気付かなかった……いや、目を背けていたのかもしれないが。

 

 

 昨日、私たちが水遊びをした川の近くまで来ると、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 

 

「ほら、早く次のページいって」

 

 

「『おいおい留美ちゃん。バトル漫画のバトルシーンだからって流し読みするのはよくないぜ。テキトーに読んでると後からよくわかんなくなって結局戻るんだから』」

 

 

 そこには木陰で漫画雑誌を開いている球磨川君と、後ろから抱き着いてそれを一緒に読んでいる鶴見さんがいた。

 球磨川君と一緒にいる鶴見さんは、この林間学校では見た事がないくらいに楽しそうで、年相応に見えた。

 

 

「球磨川君!」

 

 

「『あ、雪乃ちゃん。君も朝の散歩かい? やっぱりいいよね、大自然の中は。ここで読む週刊少年ジャンプは格別だね』」

 

 

 球磨川君は持っていた漫画雑誌を鶴見さんに預けて、こちらを見る。

 

 

「鶴見さんは無事だったようね。球磨川君、あなたも手伝いなさい。緊急事態よ」

 

 

「『緊急事態とは穏やかじゃないね。何かあったのかい?』」

 

 

 そういう球磨川君は、いつもの貼り付けたような笑みを崩すことはない。

 事情を知らないのだろうが、いつにもまして不謹慎に見えてしまう。

 

 

「林間学校に参加していた小学生、そして平塚先生を除いた教師が行方不明なのよ。今、私達ボランティアと千葉村の職員総出で捜索しているわ」

 

 

「『へえ……。で、それだけ?』」

 

 

「え……?」

 

 

 それだけ?

 この異常事態を『それだけ』という言葉で表すのか?

 

 

「球磨川君、あなた……!」

 

 

「『だって、それやったの僕だし。覚えてない?大嘘憑き(オールフィクション)』」

 

 

 大嘘憑き(オールフィクション)

 球磨川君が持つ異常な個性。

 

 

 現実(すべて)虚構(なかったこと)にするスキル。

 

 

「……まさか!?」

 

 

「『その通り。この林間学校に来ている留美ちゃんの同級生と小学校教師、それらすべてを最初からなかったことにした。探してもいるわけないよね。だってそんな人たち、初めから存在していないんだから』」

 

 

「そんなこと……、できるわけが……」

 

 

「『そう思う? けどどうだろう。ボランティアと職員十数名が、決して広くはない千葉村内を捜索して、行方不明になった60人強のうちの誰か一人、いや、何らかの痕跡を発見できたかい?』」

 

 

 それは、そうだ。

 行方不明になった彼らの荷物や靴はおろか、足跡さえ見つかってはいない。

 

 

 そんなの、「『普通ならありえないよね』」

 

 

「!」

 

 

 まるで、私の思考を読んでいるかのように、合わせてきた。

 

 

「な、何のために、こんな酷いことを……」

 

 

 できたとしても、普通はやらない。

 

 

 だが、私の目の前にいる男は、普通ではない。

 過負荷なのだ。

 

 

「『ん? もちろん、留美ちゃんを助けるためさ』」

 

 

「それなら……他にも方法が……」

 

 

「『うん、あるかもしれないね。でもそれは多かれ少なかれ留美ちゃんに我慢を強いるものだ。だから僕は、今すぐに留美ちゃんを助けられる方法を取った』」

 

 

「そんなのは間違ってるわ!」

 

 

「『わかってるさ。でも、正しい方法じゃ留美ちゃんは助けられなかった。もちろん僕だって小学生を消したかったわけじゃないから、誰も犠牲にせずに留美ちゃんを今すぐ助け出せる、そんなウルトラCな解決法があればそれでよかった。でも、それは君たちからは生まれなかった。皆を助けてくれるヒーローは現れなかった』」

 

 

「……」

 

 

「『簡単な話だよ。君は自分が正しくあるために留美ちゃんを切り捨てたけど、僕は留美ちゃんを助けるためにそのほかを切り捨てた。君は悪くないし、僕も悪くない』」

 

 

 球磨川君を侮っていたわけではない。

 彼は常識では計れない、危険な人物だと思っていた。

 

 

 だが、それすらも甘かった。

 

 

 私が警戒していた最悪の事態など、今の事態に比べれば些事だ。

 

 

 私の最悪すら、彼の前では最善だ。

 

 

「『僕がなかったことにしたものは3つ。『千葉村に来ている留美ちゃんの同級生』、『千葉村に来ている小学校教師』、そして『留美ちゃんの罪悪感』。これで今の状況が出来上がったわけだね』」

 

 

「罪悪感を……消した?」

 

 

「『留美ちゃんに同級生と教師をなかったことにしたことを伝えたらさ、ひどく狼狽してね。自分を責め始めちゃったものだから。それじゃあ助かったとは言えないでしょ? だから罪悪感をなかったことにしてあげたんだ。これが一時のことなのか、生涯罪悪感を感じなくなったのかはよくわかんないけれど、まあ将来よりも今の方が大事だからどうでもいいよね』」

 

 

 それは、人が超えてはいけない一線だ。

 失ってはならないストッパーを、球磨川君は彼女から消した。

 

 

 球磨川君が座って漫画雑誌を読みふけっている鶴見さんに立つように促しながら、口を開く。

 

 

「『川崎ちゃんの依頼の時に僕が言ったこと、覚えてる? 僕は改めて痛感したよ。君は根っからの被奉仕者だ。初めて会った時に君はノブレスオブリージュとか言ってたけど、それすら合っていない。君は問題を解決することにかけてはずば抜けているけど』」

 

 

 球磨川君が立ち上がり、私に背を向ける。

 鶴見さんも球磨川君の後に続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『人を助けることに関して、君は致命的に向いていない』」

 

 

 そう言い残して、彼は林の中へ消えていった。

 

 

 

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 結局、行方不明者60人超、その内の誰一人として見つかることなく総武高校ボランティアの面々は帰ることとなる。

 行方不明者の捜索は、千葉村職員の通報を受けた警察に引き継がれるだろう。

 

 

 千葉村から解散地点の総武高校へと向かうバスの中、誰一人として口を開くものはおらず、ただ球磨川禊が知恵の輪で遊ぶ音が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 後に児童の転校や教師の辞職が相次ぎ、ある小学校が廃校になるが、それはこの物語とは何の関係も無い。

 

 




真のサブタイは『結果はどうあれ鶴見留美は救われる。』です。


千葉村編は多く期待され、読者の皆様がそれぞれ展開を予想していたと思うのですが、その予想を少しでも上回っていれば、幸いです。


ではまた次回。

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