やっぱり球磨川禊の青春ラブコメはちがっている。   作:灯篭

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林間学校編、開幕。


読者の皆様が期待されていたところまで来れました!


先の展開が予想できても、頭の中だけに留めてね!(震え声


必然的に球磨川禊は置いて行かれる。

 8月の中頃。

 

 

 僕は昨日電源を切っておいた携帯電話のことを思い出し、電源を入れなおす。

 

 

 起動させると平塚先生からのメールと着信履歴がすごいことになっていた。

 

 

 ……。

 

 

 見なかったことにした。

 

 

 携帯をスリープモードにして机に置こうとした瞬間、電話がかかってきた。

 

 

 相手は平塚先生。

 観念するしかないようだ。

 

 

「『もしもし、平塚先生ですか?』」

 

 

『ああ、そうだ。さて、今まで電話とメールを無視していた言い訳を聞こうか』

 

 

「『昨日から電源切ってまして。さっき思い出して入れたところに、平塚先生から着信があったんですよ』」

 

 

『なんだ、映画でも見に行ってたのか?』

 

 

「『いえいえ、飛行機では電源を切らなきゃ乗れないでしょう?』」

 

 

『飛行機、だと? 球磨川、君は今どこにいるんだ!?』

 

 

「『どこって……、京都ですけど?』」

 

 

 

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 千葉駅のバスロータリー。

 

 

 8月の中旬ということもあって、さすがに暑い。

 

 

 いつまでも来ない球磨川君を平塚先生が電話で呼び出しているのを私と由比ヶ浜さん、そして戸塚君は待っていた。

 

 

 全く、彼にも困ったものだ。

 何だかんだで部活に無断で遅れたり、休んだりはしなかったので、時間にルーズというわけではないと思っていたのだが、考えを改める必要がありそうだ。

 

 

「クマー遅いねー。まだ寝てるのかな?」

 

 

「どうかしらね。案外、今日のことを知らされてなかったのではないかしら」

 

 

「さすがにそれはないんじゃないかな……」

 

 

 戸塚君と話すのはテニスの練習の依頼が終わってからは初めてだ。

 練習中も、時間がもったいないからとほとんど雑談などはしたことがなかった。

 そんな、自分でも冷たいのではないかと思うくらいの私にも、彼は嫌な顔一つ見せずにこうして会話に付き合ってくれる。

 

 

 なんていい人なのだろう。

 

 

 そう思ったその時、平塚先生が大きな声をあげる。

 

 

「何ぃ!? 京都だとぉ!?」

 

 

 何かあったのだろうか。

 3人で平塚先生の傍により、聞き耳を立てる。

 

 

「き、昨日からか?」

 

 

『はい。両親が京都に住んでるんで、顔見せに。京都育ちではないので、帰省っていうのか怪しいですけどね』

 

 

 平塚先生は唖然としている。

 

 

 それは私達も同じだ。

 彼はなにをやってるのだろう。

 

 

『で、何のご用ですか? 奉仕部関連の連絡ですか?』

 

 

「……い、いや、その。じ、実はな? 今日、奉仕部で合宿の予定だったのだ」

 

 

『はあ、そうですか。それはタイミングが悪かったなあ。ま、僕一人除け者にしたところで別に支障はないでしょう。楽しんできてくださいね。僕のことはお気になさらず。仲間はずれは慣れてるんで!』

 

 

「…………で、できれば君にも参加してほしいのだが……」

 

 

『えー? 無理ですよお。帰省ラッシュで飛行機取れるかわかんないですしー』

 

 

「そこを何とか……」

 

 

『ふあ……ああ。……ん? 誰きみ?』

 

 

『あ、お父さん』

 

 

『お父さん? ……ああ、そうだ。禊君か。どうかしたの? なんか揉めてるみたいだけど』

 

 

『あ、平塚先生ちょっと待ってくださいね。それがさー、今日部活の合宿だったみたいなんだけど、僕知らされてなくてさー。どうしよう?』

 

 

『そっか。禊君部活に入ったんだっけ。んー……。行きたい?』

 

 

『ちょっと行ってみたいかな』

 

 

『そ。じゃ、ちょっと電話貸して』

 

 

『わかったー。平塚先生、ちょっとお父さんに替わりますねー』

 

 

「う、うむ。わかった」

 

 

『お電話替わりました。禊君の父です。まず、なぜ禊君に合宿の連絡がされてなかったのでしょう?』

 

 

「い、いえ……。こちらの連絡ミスとしか……」

 

 

『なるほど。いやね、ぼくの職業が自営業でして、あまり家計にも余裕がないんですよ。ですから、禊君が行って帰ってくるだけの交通費をそちらでご用意していただけますか?』

 

 

「あ、はい。それはもう……」

 

 

『あ、それと禊君がこっちに帰ってくるときに、先生も一緒についてきていただけませんか? そちらでの禊君の様子も知りたいですし。出張家庭訪問ということで』

 

 

「え、あの、それはちょっと……」

 

 

『そうですか……。禊くーん。総武高校の電話番号って何番だっけー?』

 

 

「わわわかりました! ぜひお伺いさせていただきます!!」

 

 

『あと……そうだなあ。禊君、平塚先生って美人?』

 

 

『美人だよー。なんで彼氏できないのか不思議なくらい』

 

 

『なら、平塚先生にはうちに来たとき、着せ替え人形になってもらおうか。おーい! 友―! お前の制服のコレクションってまだあったっけー!?』

 

 

『うにー? あるけど僕様ちゃんサイズしかないよー? 静ちゃんに着せるにはちっちゃいんじゃないかなー』

 

 

『ならちょっと取り寄せてくれー!』

 

 

『りょーかーい!』

 

 

『お父さんお父さん。平塚先生には手ブラジーンズが似合うと思うんだけど!』

 

 

『禊君、君はまだまだ甘いよ。平塚先生が美人タイプなら、僕は断然セパレートメイド服を推すね』

 

 

『えー、それお父さんの趣味丸出しじゃーん』

 

 

『禊君だって変わらないだろ?』

 

 

『静ちゃんには全裸白衣だと僕様ちゃんは思うなー』

 

 

『『それだっ!!』』

 

 

 ブツン。

 

 

 平塚先生は無言で電話を切った。

 

 

「……平塚先生。同情はしますが、自業自得です」

 

 

 立ち尽くす先生をよそに、私はワンボックスカーの後部座席に乗り込んだ。

 

 

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 千葉村へと向かうバスの中では特筆すべきことは何もなかった。

 

 

 強いてあげるとするならば、平塚先生のテンションが異常に低かったことだろうか。

 由比ヶ浜さんが何度か話しかけてみたが、全て生返事だった。

 

 

 しばらくして、私たちの乗っている車は千葉村の駐車場に到着した。

 

 

「んーっ! 気持ちいいーっ!」

 

 

「……人の肩を枕にして寝ればそれは気持ちいいでしょうね」

 

 

「う……ご、ごめんってば!」

 

 

 おかげで肩が痛い。

 

 

「わあ……、本当に山だなあ……」

 

 

 最後に降りてきた戸塚君が感嘆の声を漏らす。

 

 

 確かに、これだけ目の前に自然が溢れていると感動すら覚える。

 中学の頃は帰国時期の問題で自然教室のイベントには参加できなかったので尚更だ。

 

 

「ここからは歩いて移動する。荷物を下してきたまえ」

 

 

 平塚先生が煙草の煙を吐きながらそう指示した。

 

 

 こちらに向かって吐かないよう気をつかってはくれているみたいだが、こちらが風下なのであまり意味がない。

 

 

 煙草の煙から逃げるように自分の荷物を取りに行くと、他にもワンボックスカーが駐車場に止まるのが見えた。

 

 

 一般の人も利用するのか。

 公共の施設だけあって利用料金が安いので、案外人気のレジャースポットなのかもしれない。

 

 

 車から降りてきたのは、若い男女の四人組だった。

 今時の若者と言う感じでギャアギャア騒いでいる。

 静かにしてくれないかしら。

 

 

 そう思い見てると、四人組のうちの一人がこちらに向かってやってきた。

 

 

 その人物は、私も良く知っている男子だった。

 

 

「やあ、雪ノ下さん」

 

 

「葉山君……。どうしてここに?」

 

 

「あれ、平塚先生から聞いてない?」

 

 

 葉山君が不思議そうな顔をしてそう答えると、平塚先生が手を叩いて全員の注目を集めた。

 

 

「全員揃ったようだな」

 

 

 先生は私たちを見渡して頷く。

 

 

「事前に通告した通り、君たちにはしばらくボランティア活動をしてもらう」

 

 

「球磨川君には通告されなかったみたいですけどね」

 

 

「思い出させるんじゃない……。具体的には小学校の林間学校サポートスタッフとして働いてもらう。千葉村の職員、教師陣、及び生徒のサポート。簡単に言うと雑用、端的に言うと奴隷だな」

 

 

 端的に言う必要があったのだろうか。

 

 

「奉仕部の合宿も兼ねているし、働き如何によっては内申点に加点するのもやぶさかではない。自由時間も用意してあるので、その間は好きに遊ぶといい」

 

 

 なるほど、葉山君が内申点に釣られて参加し、あとの3人も金魚のフンのように葉山君についてきたということか。

 

 

「では早速行こうか。荷物を本館に置き次第仕事だ」

 

 

 平塚先生が先導し、私達もそれに続く。

 

 

 由比ヶ浜さんが後ろの方にいて話し相手がいないので、黙々と歩いていると先を行く先生に声をかけられた。

 

 

「球磨川がいなくて寂しいかね?」

 

 

「物足りない、という感じですね。いたらいたで面倒ですし最悪なのですが、いないと落差が酷くて落ち着きません」

 

 

「はっはっは。なんとなくわかるよ。ま、この機会に別のコミュニティとうまくやる術を身に付けるといい。敵対するでもなく、無視するでもなく、さらっとビジネスライクに無難にやり過ごせばいい。なに、そんなに難しいことじゃないさ」

 

 

「周りに合わせろということでしょうか」

 

 

「それは違う。君はどうも議論と討論をはき違えているところがあるな。議論は相手を論破するのではなく、協力してより良いものを生み出すためのものだ。君自身を抑えるのではなく、自分と周りの違いを容認したまえ」

 

 

「……」

 

 

 それは結局、周りの弱さや愚かさを見てみぬふりしろということだろう。

 個性と言う大義名分で自らの弱さを誤魔化し、集団と言う要塞で身を守り、総意という暴力で優秀な者を引きずり下ろす。

 

 

 そんなことが容認できるわけがない。

 

 

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 荷物を本館に置いた後、『集いの間』という大部屋に私たちは向かった。

 

 

 そこにいたのは100人超の小学生の集団。

 

 

 あちこちでほぼ全員が喋っているうえ、服がそれぞれカラフルすぎて視覚と聴覚のそれぞれへのダメージが尋常じゃない。

 

 

 隣にいた由比ヶ浜さんですらドン引きしている。

 

 

 しばらくして、小学校の教師による静かにならなかったことへのお説教が長々と続いた後、本日の予定が発表された。

 

 

 1日目最初の行事はオリエンテーリング、ウォークラリーらしい。

 

 

 その説明が終わった後に、教師が生徒たちを私たちに注目させ、紹介をした。

 

 

「では最後に、みなさんのお手伝いをしてくれるお兄さんお姉さんたちを紹介します。まずは挨拶をしましょう。よろしくお願いします」

 

 

『よろしくおねがいします』

 

 

 生徒たちが声を合わせてあいさつした後、葉山君がすっと前に出る。

 

 

「これから3日間、みんなのお手伝いをします。何かあったら僕たちに言ってください。この林間学校で素敵な思い出をたくさん作っていってくださいね。よろしくお願いします」

 

 

 葉山君がそう言って礼をすると、拍手が巻き起こった。

 女子生徒などキャーキャーと黄色い声援を送っている。

 

 

 生徒たちの拍手がやむと、再び教師が前に出て自分へ注目を集める。

 

 

「では、オリエンテーリング、スタート!」

 

 

 教師の掛け声と共に、生徒たちは5,6人のグループになりそれぞれ行動を開始した。

 

 

「いやー、小学生とかマジ若いわー。俺ら高校生とかもうオッサンじゃね?」

 

 

「ちょっと、戸部やめてくんない? あーしがババァみたいじゃん」

 

 

「いや、マジ言ってねーから! ちげーから!」

 

 

 それと同時に横にいる葉山君の取り巻きたちが騒ぎ始める。

 

 

 まだ何をすればいいのか指示を受けていないため手持無沙汰になっていると、葉山君が平塚先生を呼んできた。

 

 

「このオリエンテーリングでの仕事だが、君たちにはゴール地点で生徒たちの昼食の準備をしてもらう。私はそれらを先に車で運んでおくから」

 

 

「あたしたちもその車に乗ってくんですか?」

 

 

「そんなスペースは無いよ。キリキリ歩きたまえ。小学生たちよりも早く着くように」

 

 

 それならば少し急いだほうがいいだろう。

 

 

 オリエンテーリングのゴール地点を目指して出発する私達。

 

 

 小学生たちとは違ってチェックポイントを通る必要が無いため、ゴールへとまっすぐ進む。

 

 

 途中、小学生たちと何度か遭遇したのだが、葉山君や三浦さんがよく慕われているようだった。

 

 

 由比ヶ浜さんや戸塚君も、すれ違う小学生に声をかけたりしていた。

 

 

 なぜか私には近づいてこない。

 

 

 しばらく歩いていると、再び小学生の女子グループが見えてきた。

 

 

 その小学生のグループは私達(というか葉山君)に積極的に話しかけてきた。

 

 

 一通り話した後、流れで一緒にこの辺りにあるチェックポイントを探すこととなる。

 

 

 しかしこのグループ、一つ気になる点がある。

 

 

 葉山君にひょこひょこついて行ってる四人と、その後ろを歩いている一人に明確な溝を感じるのだ。

 

 

 しかも、葉山君について行ってる四人は時折、後ろの子を見てクスクス笑っている。

 

 

 自分の小学校時代を少し思い出しそうになって、思考を遮る。

 どこの小学校も変わらないものだ。

 

 

 そう考えていると、その女の子に葉山君が声をかけていた。

 

 

「チェックポイント、見つかった?」

 

 

「……いいえ」

 

 

 話しかけられた女の子は困ったように返事をする。

 

 

「そっか。じゃあみんなと探してみよう。君、名前は?」

 

 

「鶴見、留美……」

 

 

「俺は葉山隼人。よろしくね。ほら、あっちの方とかに隠れてそうじゃない?」

 

 

 葉山君はそう言って女の子の背中を押し、自然に誘導する。

 

 

 一見、居場所のない女の子を救った行為に見える。

 だが、それは悪手だ。

 

 

 葉山君が女の子をグループの真ん中へと連れていったとき、他のグループの子たちの間に流れる空気が一瞬凍ったのが、私には感じ取れた。

 

 

 決して表には出さない。

 

 

 しかし明瞭に伝わる、弾劾の意思。

 

 

 コミュニケーションには非言語的、非肉体的なものがあるのと同じように、拒絶にも非言語的、非肉体的なものがある。

 

 

 鶴見という女の子は結局、時間が経つに連れて輪からはじき出される。

 

 

 それは、私たちと小学生のグループが別れるまで変わることは無かった。

 

 

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 その後も何事も無く予定通りの行事が進行されていく。

 

 

 昼食を取った後は自由時間。その後に野外調理として夕食のカレーを作った。

 

 

 トラブルと言えば、葉山君が先ほどの子、鶴見さんに話しかけて彼女がグループ内に余計いづらくなったことくらいだろう。

 

 

 その際に私近くへと逃げてきた鶴見さんと少し話をすることができた。

 

 

 彼女によると、誰かをハブるのはブームのようなもの。しばらくすれば終わるのだという。

 

 

 私の時は、終始周りが敵だった。

 やってることは同じでも、やはり人や集団によって違ってくるものなのだろう。

 

 

 そして時刻は午後九時。

 小学生たちはそろそろ就寝時刻を迎えていることだろう。

 

 

 私たちは本館のロビーに集まっていた。

 特にあつまる予定があったわけではない。

 ただ暇を持て余しているだけだ。

 

 

「大丈夫、かな……」

 

 

 由比ヶ浜さんがそう呟く。

 

 

 何が、と聞くまでもない。

 鶴見留美のことだろう。

 心優しい由比ヶ浜さんが彼女のことを心配するのは至極当然だった。

 

 

「ふむ、何か心配事かね?」

 

 

「まあ……。ちょっと孤立しちゃってた子がいたので……」

 

 

「ねー、可哀想だよねー」

 

 

 平塚先生の問いに葉山君が答える。

 

 

「それで、君たちはどうしたいんだ?」

 

 

 再び平塚先生問うと、今度はそれに誰も答えない。

 

 

 私には彼らが考えていることはだいたいわかる。

『可哀想だけど、関わりたくない』だろう。

 

 

 要するに、紛争地帯のドキュメンタリーを見ているようなものなのだ。

 

 

 解決したところで報酬があるわけでもない。

 放っておいたところで自分に被害があるわけでもない。

 

 

 そんなところだろう。

 

 

「俺は……」

 

 

 重苦しい沈黙を葉山君が破る。

 

 

「できれば、可能な範囲でなんとかしてあげたいと思います」

 

 

 ……それは、保身の言葉だ。

 

 

 自分の評価を下げず、なおかつ何もしなくても良くなる言葉だ。

 そんなのは許さない。

 

 

「あなたでは無理よ。そうだったでしょう?」

 

 

「そう、だったかもな。でも、今は違う」

 

 

「どうかしらね」

 

 

 昼間のやりとりを見ている限り、とてもそうは思えない。

 

 

「先生、一つ確認があります」

 

 

「なんだ?」

 

 

「これは奉仕部の活動も兼ねていると先生はおっしゃいましたが、彼女の案件についても活動内容に含まれますか?」

 

 

 私の質問に、平塚先生しばし考えてから、静かに頷く。

 

 

「そうだな。林間学校のサポートをボランティア活動と位置付けた上で、それを部活動の一環としたわけだ。原理原則から言えば、その範疇に入れても良かろう」

 

 

「そうですか……」

 

 

 答えを聞き、私は目を閉じる。

 

 

 鶴見さんは、過去の私に似ている。

 だから、彼女を見捨てるなどあってはならない。

 

 

 それは、雪ノ下雪乃という存在の否定と同じだ。

 

 

「私は……、彼女が助けを求めるなら、あらゆる手段をもって解決に努めます」

 

 

 私は、平塚先生の目を見て、はっきりとそう言った。

 

 

 うむ、と平塚先生は満足そうに頷く。

 

 

「で、助けは求められているのかね?」

 

 

「それは……わかりません」

 

 

 そうなのだ。

 私たちは明確に彼女から助けを求められたわけではない。

 ただ勝手に、彼女の境遇を憐れんでいるだけだ。

 

 

 彼女自身、諦めてしまっているようにも見える。

 

 

 その時、由比ヶ浜さんが私の袖をくいくいと引っ張った。

 

 

「ゆきのん、あの子さ、言いたくても言えないんじゃないかな?」

 

 

「どういうこと?」

 

 

「留美ちゃん、言ってたじゃん。ハブるの、結構あったって。自分もその時距離置いたって。だから、自分だけ誰かに助けてもらうの、許せないんじゃないかな。話しかけたくても仲良くしたくても、そうできない環境ってあるんだよ。それでも、罪悪感は残るから……」

 

 

 由比ヶ浜さんは言う。

 周りの人が話しかけない状況では、自分も話しかけづらいと。

 話しかけることで、今度は自分が標的にされるのではないかと思ってしまうと。

 

 

 それは、きっと正しいのだろう。

 私とは違って、由比ヶ浜さんは人の輪に中に長く身を置いてきた。

 

 

 きっと、それは楽しいことばかりではなかったのだろう。

 

 

 孤独の苦しみがあるなら、集団でいることの苦しみだってあるはずだ。

 それは由比ヶ浜さんが一番よく知っているのだろう。

 

 

「って、わーっ! あたし、今すっごく性格悪いこと言ってない!? 大丈夫かな!?」

 

 

 言い終わって、由比ヶ浜さんがわたわたするが、この中に由比ヶ浜さんに悪感情を持っている人など一人もいない。

 

 

「大丈夫よ。とてもあなたらしいと思うわ」

 

 

 そう言うと、由比ヶ浜さんは赤くなって黙り込んでしまった。

 

 

「では、雪ノ下の結論に反対の者はいるかね?」

 

 

 平塚先生はゆっくりと私たちを見渡し、それぞれの反応をうかがう。

 

 

 内心はともかく、表立って反対する人はいないようだ。

 

 

「よろしい。では……」

 

 

 ギィィィ……。

 

 

 平塚先生の言葉を遮って、入り口の扉が音を立てて開いた。

 

 

 そこには……。

 

 

「『やあみんな! 僕だよ!!』」

 

 

 遅れてきた最後の奉仕部員が立っていた。

 

 

 

 




以上、珍しく球磨川先輩がいない回でした。

球磨川先輩いないので大幅に端折りました。


あと、球磨川先輩の両親に関しては完全に一発ネタですのでご容赦を。


本編に関わってくるようなら戯言タグを追加しますが、今のところその予定はありません。
ごめんちゃい。

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