意図せず、ガハマちゃんの誕生日である6月18日に投稿できました。
......いや、狙ってたよ?
決して、逆転裁判6やってて書くのサボってたわけじゃないよ?
過負荷裁判のネタが頭を飛び交って集中できませんでした。
6月18日月曜日。
平塚先生に言われた人員補充の締め切り日であると同時に結衣ちゃんの誕生日、つまり僕たちの計画の決行日である。
だというのに僕何も聞かされてないんだけど。
もう放課後だよ?
結衣ちゃん教室から出てっちゃったよ?
もしかして僕が結衣ちゃんを奉仕部に連れていかなければならなかったんだろうか。
ま、いいや。
たとえそうだったとしても、何も聞かされてない僕は悪くない。
そうと決まれば手早く帰り支度を済ませ、荷物を持って奉仕部室へ向かう。
と。
部室の前には、中に入るでもなく、胸に手を当ててすーはーと深呼吸している結衣ちゃんがいた。
どうやら雪乃ちゃんは呼び出しに成功したみたいだ。
「『何してるのー?』」
「うっひゃあ!? ……あ、く、クマー。や、やーその、何? 空気がおいしかったから、というか……」
「『へえ、たしかにこの辺は都会とは言えないけど、それでも田舎とも言い難い。にもかかわらず空気がおいしいなんて、結衣ちゃんは違いがわかる子なんだね』」
部室の扉を開け、結衣ちゃんに中へ入るように促す。
中にはいつも通り定位置で読書している雪乃ちゃんがいた。
「『雪乃ちゃん。お客様だぜ』」
「ええ、わかってるわ。……いらっしゃい、由比ヶ浜さん。今日は突然呼び出してごめんなさいね」
僕が声をかけると、雪乃ちゃんは読んでいた文庫本を閉じてこちらに向き直る。
「え、えっと……。勝手に退部したことで話があるんだよね……?」
「ええ、それもあるわね」
……。
沈黙が部室内を包む。
雪乃ちゃんは今の会話の流れの中で言いたいことを言おうと思ったが、会話が途切れてしまったのでなかなか言い出せないようだ。
対して結衣ちゃんは雪乃ちゃんに黙って退部届を出したことからの罪悪感などから、これまた口を開けないでいる。
一種の膠着状態の中、突然扉から荒々しいノックが響いた。
「……どうぞ」
ノックに対して雪乃ちゃんは返答するが、扉は一向に開かれない。
代わりに扉の向こうからふしゅるるーといった感じの荒い息遣いが聞こえてくる。
雪乃ちゃんが僕を見る。
どうやら確かめに行けということらしい。
僕は席を立ち、扉へと向かう。
なんだろう、風船から空気が抜けていく音に似てる気がする。
扉を開けると、いきなり大きな影がバッとこちらに飛びかかってきた。
「うおーん! クマえもーん!!」
材木座君だった。
「『どうしたんだいふと太くん。ハム製造工場から命からがら逃げだしてきたハムみたいな見た目をして』」
「それただの悪口ではないか!?」
まあ、門前払いもかわいそうなのでとりあえず中に入れる。
材木座君はずんずんと進んでいき、空いてる席へと座る。
「さて諸君。今日は諸君に相談があってまかり越した」
「『今取り込み中だからラノベの原稿とかはメールでよこしてくれない? その方がサイトにも上げやすいし』」
「違うのだ禊よ。先日、我がゲームのシナリオライターを目指していることは言ったな?」
聞いてないけど。
「らの……なんとかじゃなかったっけ?」
「ぬ……。うむ。話せば長くなるのだが、ラノベ作家は収入が安定しないのでやめた。やはり正社員がいいと思ってな」
2行で終わった。
「『で、依頼内容は? さっきも言ったけど今取り込んでるから早く教えてね』」
「む、承知した。そのシナリオライターも関係してくることなのだが……」
材木座君からの依頼は、要約すると『シナリオライターの夢を笑ったやつと格ゲーで対決することになったけど、勝てそうにないから助けて』というものだった。
「つまりあなたをゲームで勝てるように手伝えばいいのね」
「否っ! 禊貴様っ、格ゲーばなめちょるのかっ!?そない一朝一夕でどないかなるほど甘いもんやない! あんさんに格ゲーの何がわかりますのんえ?」
僕何も言ってないんだけど。
「じゃけぇ、勝負そのものをなかったことにするか、我が確実に勝てるもので勝負したいんじゃ。だからそういう秘密道具を出してよ、クマえもん」
「『えー、無理』」
「げふうっ」
ズバッと拒否すると、材木座君はオーバーなリアクションでのけ反る。
「『雪乃ちゃんとしてはこの依頼どう思う?』」
「問題外ね。原因は彼にあるし、肝心の依頼内容が他力本願。自らを高めようという気概が全く感じないわ。お引き取りください」
これまたズバッと一刀両断。
すると材木座君が雪乃ちゃんに対して効果バツグンの一言を放った。
「はむん、奉仕部などと片腹痛い。目の前の人間一人救えずに何が奉仕か! 本当は救うことなどできぬのだろう?綺麗事を並べ立てるだけでなく、行動で我に示してみろ!」
あちゃー。
雪乃ちゃんは筋金入りの負けず嫌いだ。
結衣ちゃんの稚拙な挑発にも引っかかってしまうほど。
それもプライドが高いことの裏返しなのだが、他人に向けてプライドを持っている人間ほど利用しやすいものは無い。
「……そう、では証明しましょう」
そう言って雪乃ちゃんは材木座君に絶対零度の視線を向けながら立ち上がる。
まずいな。
「『まあまあ、雪乃ちゃん。これはわざわざ部長が出るほどの依頼じゃない。ここは僕に任せて、君は結衣ちゃんとじっくりお話しててよ。侮辱されたのは君じゃなくて奉仕部なんだ。僕に汚名返上の機会を任せてくれよ。安心して! その場にいる奴全員泣いて土下座させてやるぜ』」
「え、全員って我も入ってるの?」
雪乃ちゃんを制して僕も立ち上がる。
「…………」
立ち上がったままの雪乃ちゃんは、少しの間考えるようなしぐさを取り、そのまま椅子に座った。
「では、球磨川君。この依頼はあなたに任せます。くれぐれもやり過ぎないように」
「『うん。そっちは任せたよ』」
短い返事をして、僕は材木座君と一緒に部室を出た。
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球磨川君がこの教室から出ていって数分。
私と由比ヶ浜さんの間には先ほどのような深い沈黙があった。
そもそも、友達に誕生日プレゼントを送るなどと言う経験が初めてだ。どうやって会話を切り出せばいいのかわからない。いっそ由比ヶ浜さんから口火を切ってくれたらと少し思うが、これから誕生日を祝おうという相手にそんな期待をするのはどうなのだろう。
もう覚悟を決めるしかない。
「ゆ、由比ヶ浜さん。き。今日呼び出したのは退部の件についてだけじゃないの。むしろこっちの用件の方が重要なのよ」
「へ?」
由比ヶ浜さんは私の言葉に呆気にとられている。
その間におととい購入したプレゼントを鞄からとりだす。
「その……誕生日おめでとう。由比ヶ浜さん」
「あ……」
私の差し出したプレゼントを由比ヶ浜さんは黙って受け取った。
「由比ヶ浜さんと一緒に過ごした2ヶ月は、とても楽しいものだったわ。だから、その、感謝のしるしとして、受け取ってもらえるかしら……?」
「ありがとう……。ごめんね、ゆきのん。何も言わないで部活やめちゃって……」
由比ヶ浜さんは目に涙を浮かべながら、私に謝罪と感謝をする。
それは全く見当違いだとは思いつつも、今の彼女を見て訂正することはできなかった。
「あなたは、無理に戻ってくることはないのよ。奉仕部にいるということは、球磨川君の近くにいるということ。それがどれほど過酷な選択か、私にも想像がつかないわ。彼を見て私は、立ち向かってはいけない問題もあるということを学んだ。だからあなたを危険な目に遭わせたくないの。友達として、ね」
これでいい。
先週からずっと考えていた。
球磨川君には由比ヶ浜さんを部に連れ戻すと言ったが、果たしてそれが由比ヶ浜さんのためになるのだろうかと。
いつか取り返しのつかないことになってしまうのではないか、そういう予感があった。
それに由比ヶ浜さんを巻き込みたくない。
私を友達と言ってくれた、彼女を守ってあげたい。
私はそう思った。
「心配してくれてありがとう、ゆきのん。でも、あたしはやっぱり奉仕部に戻りたいな」
「!? 由比ヶ浜さん……?」
「退部届を出してから、ずっと考えてたんだ。このままでいいのかなって。奉仕部をやめたのは、クマーが怖く思っちゃったから。でも、それはあたしがクマーのことをちゃんと知ろうとしなかったからなんじゃないかなって……。勝手に好きになって、サブレを助けてくれたっていうだけでいい人なんだって決めつけて。それで、ちょっと怖くなったからって勝手に離れて……。それじゃいけないと思うの。だから、あたしはクマーと向き合って、ちゃんと好きになりたい」
なんかめちゃくちゃでごめんね、と少しはにかむ由比ヶ浜さん。
「また、奉仕部に入れてくれる?」
「……ええ。歓迎するわ」
由比ヶ浜さんが差し出してきた手を握り握手を交わす。
それは、今までしてきた握手の中で、一番温かいものだった。
「そうだ。ケーキを焼いてきたのだけれど……、球磨川君が帰ってきたら食べましょう?」
「うわっ、すごっ! ゆきのんケーキも作れるんだ!」
「慣れれば案外簡単よ。今度教えてあげるわね」
「ありがとーゆきのん!」
そう言って由比ヶ浜さんが抱き着いてくる。
これだけは慣れないわ……。
「『ただいまー!』」
由比ヶ浜さんと話していると、球磨川君が帰ってきた。
依頼人の彼はいないようだ。
「あら、早かったわね。ちゃんと依頼は達成できたのかしら?」
「『ああもちろんだぜ。勝負をうやむやにすることにかけて僕の右に出る者はいない。材木座君なんて泣いて感謝してたよ』」
それは十中八九感謝の涙ではないのだろうけど、面倒なので言わないでおいた。
「く、クマー……。あのさ……」
「『ん? なに?』」
帰ってきた球磨川君に由比ヶ浜さんが話しかけた。
先ほどの決意を打ち明けるのだろう。
「……この間は勝手に帰っちゃってごめんね」
「『ああ、職場見学の日のこと? あれには驚いたぜ。着いたら後ろにいないんだもんね。ということはずっと一人で話し続けてたってことか。どおりで店員さんに変な目で見られてたはずだ』」
「あ、あと……、ずっとメール無視してごめんね」
「『教室で携帯弄ってるのは見えてたのに、一向に返事が来ないから泣きそうだったよ』」
「勝手に奉仕部やめてごめんね」
「『おかげで平塚先生に人員補充しろとか言われちゃったよ』」
「あたし、また奉仕部に入ってもいい?」
「『勿論。君が入りたいなら止めないよ』」
「あたしと、まだ友達でいてくれる?」
「『当たり前だよ。僕と君の友情は不滅だ』」
「……ありがとう……」
……なんだろう。
言ってることは感動的だが、全く心に響いてこない。
空洞のような空しさを球磨川君の言葉からは感じる。
しかし、由比ヶ浜さんは球磨川君と仲直りできたことで頭がいっぱいなのか、気付いていないようだ。
止まっていた涙が由比ヶ浜さんの目からあふれ出してくる。
「あ、あたし……クマーのこともっと知りたいから……。いろいろ教えてね……」
「『お安い御用さ。僕のことでよかったらいくらでも』」
暖簾に腕押し、糠に釘。
そんな言葉を思い浮かべるが、この場面に水を差すのは気が引ける。
「『さて! せっかくの結衣ちゃんの誕生日だ。盛大にお祝いしようか』」
「あ、ゆきのんがケーキ作ってきてくれたんだって! クマーも食べよ!」
「『お、いいねえ。じゃあこの部室でパーティを開くとしようか! 雪乃ちゃん、ケーキ切り分けておいてくれる? その間に僕がコーヒー淹れるから!』」
「え、ええ。わかったわ」
いろいろ考え事をしているうちにパーティの準備へと話が変わっていた。
持ってきたケーキを机の上に置き、人数分×2の数に切り分けていく。
ケーキを由比ヶ浜さんの前に持っていくと、彼女の目が輝いていた。
「うわー、すっごー。お店で売ってるやつみたい……」
ケーキを全員分配り終えたのと同じころに、球磨川君もコーヒーをそれぞれに配り終えていた。
「『それじゃあ、改めて。結衣ちゃん、誕生日おめでとー!』」
「誕生日おめでとう、由比ヶ浜さん」
「えへへ、ふたりともありがと!!」
3人でいただきますと言った後、ケーキを口に運ぶ。
うん、我ながらなかなかよくできている。
「おいしー! これすっごくおいしいよゆきのん!」
「『うん、僕は普段ケーキなんて食べないんだけど、これはおいしいね! 甘すぎなくて食べやすいよ』」
「二人ともありがとう。ところで、球磨川君は由比ヶ浜さんへのプレゼントは渡さないのかしら」
彼が由比ヶ浜さんへのプレゼントとして何を用意してきたのか、気になるところだ。
結局土曜日に彼は何も買わなかったのだからなおさらだ。
「え、クマーもプレゼント用意してくれたの?」
「『うん、まあね。でも何あげればいいのかわからないから、このパーティを盛り上げるためにちょっとした余興をプレゼントとして贈らせてもらうよ』」
……?
何か芸でもするのだろうか。
「『じゃじゃーん。トランプー。これでマジックショーをやらせていただきまーっす!』」
「おぉ、クマーってマジックできるの!?」
「本当はお金を使いたくなかっただけではなくて?」
「『ふっふっふ。そんな減らず口を叩けるのも今のうちだぜ雪乃ちゃん。さ、球磨川禊のマジックショー。『It`s All Fiction』の開演だー!』」
そう言って球磨川君は私たちの前に移動してトランプをシャッフルする。
「『さ、まずは簡単なのからいこうか。結衣ちゃん。この山札の上から1枚引いてくれる?』」
「あ、うん。こう?」
「『そう。で、そのカードを雪乃ちゃんと一緒に確認してね』」
由比ヶ浜さんの引いたカードを横から覗いて確認する。
そのカードはハートの6だった。
「『確認した? 覚えた? ならスカートのポケットに入れてね。……スカートにポケットってあるの?』」
「あるよっ。……はい。入れたよ」
「『じゃ、おまじないをかけるね。『
球磨川君がどこかで聞いたことがあるような呪文を唱える。
「『はい、これで魔法がかかりました。では、結衣ちゃん。この山札の上から1枚目をめくってみて』」
「? うん、わかった」
由比ヶ浜さんが置かれた山札から1枚めくると、そこには先ほど由比ヶ浜さんがポケットに入れたはずのハートの6があった。
「ええ!? 嘘っ!? あ、ポケットの中のカードが無い!!」
驚いたわ……。どんなタネなのかしら。
「『It`s All Fiction!!』」
掛け声とドヤ顔がむかつくわね。
その後も球磨川君は次々とマジックを披露していく。
それはどれも不思議で、まるで本当に魔法でも見ているかのようだった。
「『どうだった?』」
「すごかったよ! クマーマジック得意なんだね!!」
「ええ、本当に驚かされたわ。マジシャンになったらいいんじゃないかしら」
「『ありがとー。でもダメかなー。消したりはできるけど、戻したりはできないし』」
「? 変わったマジックね。よかったらどんなタネか教えてほしいのだけれど」
「『ダメダメ。マジシャンは種明かししないの!』」
「でもあなた、マジシャンにならないのでしょう?」
「『あ、そうか。じゃいいや』」
「いいんだっ!?」
あっさりマジックのタネを教えてくれることになった。
「『ま、タネはあるけど仕掛けはないんだよ。雪乃ちゃん、君のことだからもうすでにスキルのことは知っているだろう?』」
「え、ええ……」
「すきる?」
話が分かっていない由比ヶ浜さんにスキルについて説明した。
当然、その上で欠かせない才能の話もする。
「へぇー。ゆきのんってめっちゃ頭いいのに、もっとすごい人がいるんだねー」
「『で、
「やっぱり球磨川君も持ってたのね」
以前からそんな気はしていた。
部室の窓から飛び降りた際に無傷だったのも、そのスキルのおかげだったのか。
「『で、そのスキルってのがこれ』」
球磨川君が先ほどマジックで使っていたトランプを手で覆う。
そしてすぐに開くと、トランプは跡形も無く消えてしまった。
「え!? トランプどこいっちゃったの!?」
「……」
頭ではあるとわかっていた現象も、目の当たりにするとやはり自分の目が信じられない。
本当は球磨川君が手品で隠したのではないかと思ってしまう。
「『これが僕の
「おーるふぃくしょん……」
由比ヶ浜さんは完全にキャパシティーをオーバーしてしまったようだ。
かくいう私も、頭の中は真っ白だ。
「『ま、いきなりこんな話しても信じきれないだろうね。でもほんとのこと。あまり気にしなくてもいいよ。日常生活じゃ滅多に使わないし』」
ノリノリでマジックに使ってた人間のセリフではなかった。
「『はいはい、結衣ちゃんへのプレゼントと雪乃ちゃんへのヒントはこれでお終い。二次会にカラオケでも行こっか』」
「カラオケ行くー!!」
容量オーバーを迎えてた由比ヶ浜さんが突然立ち上がる。
この切り替えの早さは見直したいところだ。
「ゆきのんも行くよね?」
……正直、人前で歌うのは遠慮したいのだが、今日の主役は由比ヶ浜さんだ。
彼女の希望を叶えるべきであろう。
「ええ、ご一緒させてもらうわ」
「やったー!!」
私は、球磨川君のスキル『
それが後に、途方もない悲劇をもたらすものだとは、まだ想像もできなかった。
はい、何かいい話にしようとして失敗した感がありますね。
次回はお待ちかね林間学校編です。
まだ4巻買ってな((殴
買うまでの間に過負荷裁判を書き始めるかもしれないのでよかったら是非。