やっぱり球磨川禊の青春ラブコメはちがっている。   作:灯篭

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前話を投稿した後にいただいた感想を見て、ゆきのんには無理だという共通認識が読者さんにあることに驚きました。


正直、スペックとか心の強さとかで更生させられるんならめだかちゃんが簡単に更生させられてそうだと思います。


まあ、こんなのは自分の考えなので『こういう風に考えながら書いてるんだな』程度に思っていただければと。


君臨する頂点は底辺の深さを知る。

 話を跨いだが場面転換は無く、僕が雪乃ちゃんに勝負を挑まれた直後。

 

 

 僕は解散する前に、先ほど聞いた平塚先生からの連絡事項を雪乃ちゃんにも伝えた。

 

 

「由比ヶ浜さんが……!?」

 

 

 バトルロワイヤルの件は完全に聞き流していたが、結衣ちゃんの退部の件で雪乃ちゃんの目の色が変わった。

 

 

「何か理由は聞いていないの?」

 

 

「『いや、僕は聞いてないし、平塚先生も聞いてないんじゃないかな。知ってるけど伏せたって感じはしなかったよ』」

 

 

「そう……。球磨川君、あなた由比ヶ浜さんと何かあった?」

 

 

「『皆して何でもかんでも僕のせいにすればいいと思ってない?』」

 

 

 失礼しちゃうぜ。

 

 

「あなたのせいかどうかなんて聞いてないわよ。思ってはいるけど」

 

 

「『思ってるならそういう意図の質問じゃないか』」

 

 

「気のせいよ。しかし人員補充ね……」

 

 

 そう、結衣ちゃんの退部よりもそれが今は重要だ。

 まあ人員の補充に失敗したところで廃部にされたりはしないだろうが、何らかのペナルティが(主に僕に)あるだろう。

 

 

「『やる気と意思を持った人員かー。そんなのいるのかな。自分の時間使って他人の手助けするなんて変わった人雪乃ちゃん以外にいるのかなー』」

 

 

「どういう意味かしら。まあ、人員に関してアテは無いでもないわ」

 

 

「『え、そんな馬鹿な!? 雪乃ちゃんにこの学校で部活に勧誘できるような友達がいるわけがない!! 僕の前だからって見栄張らなくていいんだよ? なんなら僕が友達になってあげようか?』」

 

 

「あなた、私が手を出さないと思ったら大間違いよ? ……由比ヶ浜さんを勧誘すればいいのよ」

 

 

「『え、でもやめるんでしょ?』」

 

 

「だったら何? もう一度入りなおせばいいじゃない。誰であれ人員は人員よ」

 

 

「『ふーん……。まあ嫌いじゃない考え方だね。でもどうするの? 実際奉仕部が嫌になって退部届出したんでしょ? 対人スキルE-の雪乃ちゃんに説得できる?』」

 

 

「できるかどうかなんて問題じゃないわ。やるのよ。まあ、何らかの策を講じる必要があるでしょうけど、そこはおいおい考えていくわ」

 

 

「『にしても雪乃ちゃん、えらくやる気だね』」

 

 

 正直驚いた。

 僕は雪乃ちゃんは去る者は追わず来る者は拒まずの姿勢だと思っていた。

 

 

 僕の問いに雪乃ちゃんは自嘲気味に笑い、答える。

 

 

「ええ。……最近気づいたのだけれど、私はこの二か月間を割と気に入ってるのよ。あなたがいたことも含めてね」

 

 

「『……そっか。そこまで言われちゃ僕も手を貸さないわけにはいかないな。僕と君は勝負の最中だけど、その前に同じ奉仕部の仲間だ。なにかあったら手伝うよ』」

 

 

 そんなやり取りもあり、僕たちは結衣ちゃんを説得する方法を宿題として、その場を解散した。

 

 

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 そんなこんなで金曜日。

 

 

 結衣ちゃんを説得するアイデアはろくに出ないまま今週の平日が終わろうとしている。

 

 

 この一週間、結衣ちゃんは僕のことをチラチラ見てくるわりには近づこうとするとどこかへ行ってしまう。

 メールを送ってみても全てスルーされている。

 

 

 ちょっと泣きそう。

 

 

 涙を堪えつつ、今日も雪乃ちゃんと相談をするために奉仕部室へ入ると、珍しく雪乃ちゃんが自分の携帯電話とにらめっこしていた。

 

 

「『何してるの?』」

 

 

 僕が話しかけると、雪乃ちゃんはびくっと肩を震わせて慌てて携帯の液晶画面から顔を上げる。

 前にもこんなことがあった気がする。

 

 

 急に話しかけられるの苦手なのかな。

 

 

「きゅ、急に声をかけないでほしいのだけれど」

 

 

「『無茶言わないでよ。で、何をそんなに熱心に見ていたんだい?』」

 

 

 雪乃ちゃんの携帯電話を覗くと、画面にはアドレス帳が表示されていた。

 

 

「『結衣ちゃんの連絡先? 今から呼び出すの?』」

 

 

「いいえ、違うわ。ここ、メールアドレスに『0618』って入っているでしょう? 多分これ、由比ヶ浜さんの誕生日よ」

 

 

「『0618ってことは6月18日? ちょうど来週の月曜日だね』」

 

 

「そうね。……だから、誕生日のお祝いをしてあげたいわ。由比ヶ浜さんが奉仕部に戻ってくるにしても、そうでないにしても。これまでの感謝はきちんと伝えておきたいの」

 

 

 気に入ったと雪乃ちゃんが言ったこの2ヶ月を過ごして、雪乃ちゃん自身も成長したのかな。

 

 

 君は文句のつけようがないくらいに強いけど、それでも笑っちゃうくらいに弱い。

 だからそんな君が僕を置いて成長していくのは寂しいけれど、過負荷(マイナス)としてその成長は喜んであげなければいけないかな。

 

 

「それで、その……。よければ……付き合ってくれないかしら?」

 

 

「『……はぇ?』」

 

 

 変な声出た。

 

 

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 まあ大方の予想通りアレは告白なんかじゃなかった。

 実際文脈もおかしいし、気付かない方がおかしいと僕も思うのだが、いざ言われるとパニックになるね。

 

 

 女の子からあんなこと言われたことないし。

 

 

 土曜日の駅前。

 入り口にある柱の一つに僕はもたれかかっている。

 

 

 今日は雪乃ちゃんとお出かけだ。

 

 

 『付き合って』というのは結衣ちゃんへの誕生日プレゼントの買い物のことだった。

 らしくもなくテンパってたら5秒後には雪乃ちゃんから残酷な真実が告げられていた。

 

 

「おまたせ」

 

 

 ぼーっと地面を見ていると声をかけられる。

 顔を上げるとそこには私服姿の雪乃ちゃんが立っていた。

 

 

「『やあ。大して待ってないよ。それにしても雪乃ちゃん休日だと雰囲気全然違うね? ツインテも似合うよ。全体的に可愛らしい感じだ』」

 

 

「何でかしら、あなたに褒められても寒気しか感じないわね」

 

 

 ひどい。

 

 

 しかし、本当に服装や髪形だけでここまで印象が変わるものか。

 それでも中身が平常運転なので外見を見事に裏切っている。外見が中身を裏切っているわけじゃないとこがミソかな。

 

 

 そこから僕たちは南船橋駅まで数分ほど電車で移動した。

 

 

 休日のわりにそこそこ空いていて難なく座ることができたが、隣に座った雪乃ちゃんはいつのまにか本を読みだしていて、話しかけるに話しかけられなかった。これが対人スキルE-か。

 

 

 そんなこんなで僕たちは目的地である東京BAYららぽーとに到着した。

 何で千葉の建物ってなんでもかんでも東京って付くのかな。

 そんな千葉の東京にコンプレックスマックスなところが好きだ。

 

 

「『何買うか決めたの?』」

 

 

「いえ……いろいろ調べてはみたのだけれど、ちょっとわからなくて……」

 

 

「『じゃ、見ながら決めよっか。えーっと、イマドキの女の子に人気っぽいとこは……』」

 

 

 あ、あったあった。

 案内板の一階奥にそれらしき店がかたまっているのを見つけた。

 

 

 そして僕たちは一階奥を目指して歩き出した。

 

 

 こういうショッピングセンター的なところにはあまり来ないのでとても新鮮だ。

 ショーウインドウに飾られているものを見るだけでも何となく楽しい。

 

 

 雪乃ちゃんもそれは同じようで右を見たり左を見たりと忙しない。

 

 

「『それにしても広いねえ。似たような店ばかりだし。見つかるか心配になってきたね、雪乃ちゃん。……雪乃ちゃん?』」

 

 

 僕の言葉に返事が無かったので振り返ってみると、隣にいたはずの雪乃ちゃんがいない。

 来た道を引き返すと、途中の店の中でぬいぐるみを凝視していた。

 

 

 てか何あれ怖っ。

 

 

 雪乃ちゃんが持っているぬいぐるみは凶悪な目と研ぎ澄まされた爪、ギラリと光る牙を持ったパンダっぽいものだった。

 

 

 見るたび怖い。

 

 

「『なにしてるの?』」

 

 

 声をかけると雪乃ちゃんはびくっと肩を震わす。

 何かに夢中になっているときの集中力はすごい。

 というかこれ昨日もやったよね。

 

 

「『それ買うの?』」

 

 

「いえ、今日は由比ヶ浜さんへのプレゼントを買いに来たのだし……」

 

 

「『お金が足りるようならいいんじゃない? 失礼とかじゃないって。何なら僕、帰りにエロ本買って帰るつもりだし』」

 

 

「それは失礼よ。……でもまあ、球磨川君がそう言うのなら……」

 

 

 と言って雪乃ちゃんは抱えていたぬいぐるみをレジへと持っていく。

 

 

 戻ってきた彼女は少し口角が上がっていた。

 

 

「『で、何なのそのぬいぐるみ。怖……』」

 

 

 どすん。

 僕の鳩尾に雪乃ちゃんの拳がクリーンヒットした。

 

 

「手を出さないと思ったら大間違いだってこの間言ったわよね?」

 

 

 そ、そういえば言ってたような……。

 

 

 殴られた痛みを『大嘘憑き』でなかったことにして、再びぬいぐるみに目を向ける。

 

 

「『で、何なのそのぬいぐるみ。怖……』」

 

 

 がすん。

 今度は頭を殴られた。

 

 

「いい加減学習してほしいのだけれど」

 

 

 はあ、とため息をついて袋の中からぬいぐるみを出す雪乃ちゃん。

 

 

「パンダのパンさん。聞いたことないかしら? 割と有名だと思うわよ」

 

 

「『ああ、ディスティニーの? へえ、こんなのだったんだ。名前を知ってただけだから、見たことは無かったんだよね』」

 

 

 このビジュアルでは子供が泣くのではないだろうか。

 

 

「小さいころに原作を貰ったのよ。それで思い入れがあるのかもしれないわね」

 

 

「『へえ、ディスティニーのキャラに原作なんてあるんだ』」

 

 

 そう口をついて出てしまったが最後、雪乃ちゃんがトランス状態にでもなったかのように説明を始めた。

 

 

「パンダのパンさんの原題は『ハロー、ミスターパンダ』。改題前のタイトルは『パンダズガーデン』。アメリカの生物学者だったランド・マッキントッシュがパンダの研究のために家族総出で中国に渡った際、新しい環境に中々馴染めなかった息子のために書いたのが始まりだと言われているわ。ディスティニー版では笹が好きなのにのに食べると酔って酔拳を使ってしまう、という特徴が強調されているのだけれど、原作ではそういう箇所はごく一部なの。一度読んでみると分かるわ。翻訳も中々の出来栄えだけれど、やっぱり原書で読むのがお勧めね」

 

 

「『ストップ。ごめん、悪かったから。わかったから。今度読むから』」

 

 

 まくし立てて喋る雪乃ちゃんに僕は引いていた。

 まあ仕方ないよね。

 

 

「『ほら、結衣ちゃんへのプレゼント選びに行かなきゃ。パンさんのせいで買えませんでしたはさすがの僕でも笑えないよ』」

 

 

「え、ええ、そうね。行きましょう」

 

 

 雪乃ちゃんのトランスが解けたところで、僕たちはまた歩き出す。

 

 

「『そういえば、何か買うものにあたりはつけてたりするの?』」

 

 

「そうね......。普段から使えてかつ長期間使用できる耐久性を兼ね備えた物かしら」

 

 

「『事務用品かな?』」

 

 

「それも考えたのだけれど......」

 

 

 考えたのかよ。

 

 

「由比ヶ浜さんが事務用品を貰って喜ぶとは思えなくて……」

 

 

「『まあ、そうだね。それで喜ぶなら僕のプレゼントは螺子にするよ』」

 

 

「せっかくなら由比ヶ浜さんにも喜んでもらいたいもの」

 

 

「『じゃ、手堅く服とかアクセサリー見に行ってみようか』」

 

 

 そうこうしているうちに目指していたエリアへ到着。

 

 

 並んでいる服屋の違いなど僕たちにはわからなかったのでまずは手近にある店に入る。

 

 

 雪乃ちゃんは店に入るなり真剣な表情で並べられている服を見る。

 その目は真剣そのもので、迷っている客に声をかけるのが仕事の店員さんでさえそれをためらうほどの迫力だ。

 勇気を出して話しかけにいった店員さんもいたが、『結構です』の一言であっさりと追い返してしまった。

 

 

 僕はと言うと、とりあえず暇だったので店内を物色。

 

 

 店員さんや他の客から警戒のこもった視線を浴びるが、そんなのは日常茶飯事なので無視した。

 

 

 一通り見たところで戻ってみると、雪乃ちゃんは並べられている服を縦横にぐいぐい引っ張っては戻し引っ張っては戻しを繰り返していた。

 

 

「『雪乃ちゃん。防御力が高い装備を買いたいなら防具屋に行くことをお勧めするよ。結衣ちゃんへのプレゼントを買いたいならまず服の耐久度を計るのをやめよう』」

 

 

 そう言うと、雪乃ちゃんは持っていた服を棚に戻し、俯いてしまった。

 

 

「……仕方ないじゃない。材質や縫製でしか判断がつかないのよ。……私、由比ヶ浜さんがどんなものが好きだとか、どんな趣味があるのかとか、何も知らなかったのね」

 

 

 表情は僕には見えないけれど、雪乃ちゃんの声には後悔が宿っていた。

 それが何に対しての後悔なのかは僕にはわからないが、今その後悔が必要のないものだということはわかっている。

 

 

「『なら別の角度から攻めてみよう。半端な知識で相手の得意分野の物をプレゼントするのはリスクが高い。よくわからないが故に的外れなものを選んでしまったり、無難なものでも相手がすでに持っているという可能性がある。ならどうするか。簡単だ。弱点を突く。贈り物には案外これが効く』」

 

 

「なるほど……、つまり弱点を補うような贈り物を選ぶというわけね」

 

 

 これが過負荷(マイナス)流贈り物だ。

 プラスの絶対値を上げるのではなく、マイナスの絶対値を下げる。

 

 

 ま、誰かにプレゼントしたことなんてないんだけど。

 

 

「『何か目星はついたかい?』」

 

 

「ええ。あなたに感謝する日が来るとは思わなかったけど。ありがとう、球磨川君」

 

 

 雪乃ちゃんはそう言って店を出た。

 そして迷わず一直線にどこかへ向かう。

 

 

 慌てて追うと、彼女が入っていったのはキッチン雑貨の店だった。

 

 

 なるほど、これは確かに結衣ちゃんの弱点だ。

 成績が悪いのを弱点として参考書を買いに走ったらどうしようかと思ってた。

 

 

 僕が店に入ると、雪乃ちゃんはすでにいなかった。

 仕方がないから適当に見て回ろう。

 

 

 普段料理をしない僕だが、便利グッズを見てるとなんだかできるような気がしてくる。

 やらないけどね。

 

 

「球磨川君、こっち」

 

 

 呼びかけられて振り返ると、そこにはエプロン姿の雪乃ちゃんがいた。

 薄手の黒いエプロンで、胸のところに猫の手のマークがあしらわれている。

 

 

「どうかしら?」

 

 

「『雪乃ちゃんには似合ってるけど、結衣ちゃんにはこっちの方がいいんじゃないかな』」

 

 

 僕はそう言って近くに掛けられていたフリル多めのエプロンを手に取り、着てみせる。

 

 

「『どう?』」

 

 

「似合ってるのが少し腹立たしいわね。まあ、それなら由比ヶ浜さんにも合っていそうだし、それにするわ」

 

 

 雪乃ちゃんは僕が着ていたのと同じものを取り、そのままレジに向かった。

 僕が着てるの持っていけばよかったのに。

 

 

「『雪乃ちゃーん。ちょっとトイレ行ってくるからこの店の前で待っててー』」

 

 

 雪乃ちゃんが手を振って応えてくれたのを確認して、僕はトイレを探す。

 

 

 トイレはキッチン雑貨の店からそう遠くないところにあった。

 

 

 こういうとこの公共トイレには必ずと言っていいほど和式便器があるが、あれを好んで使っている人がいるのだろうかといつも疑問に思う。

 トイレが混んでいてやむを得ない場合は僕も使うが、洋式に比べて面倒で仕方がない。

 

 

 こんなことを考えてはいるが大きい方ではないのでさっさと用を足してトイレを出る。

 

 

「ねえ、君ぃー」

 

 

 雪乃ちゃんの待つ店へ戻ろうとすると、後ろから肩を叩かれる。

 

 

「球磨川禊君だよね?」

 

 

 声をかけてきたのは僕よりも少し年上っぽい女性だった。

 なんだろ、見覚えがあるような気がするけど、致命的に何かが記憶と噛みあわない。

 

 

 とりあえずとぼけておこう。

 

 

「『は? 球磨川禊? なんですその意気揚々と主人公たちに喧嘩吹っかけた後にやられて、その後のこのこと仲間になってるみたいな名前? 僕の名前は人吉善吉ですよ。ほら、主人公っぽい』」

 

 

「誤魔化さなくていいよ。君のことは真黒君から聞いてるから。箱舟中学の球磨川禊君」

 

 

 真黒ちゃんの知り合い?

 いくら真黒ちゃんが既に社会に出ているとはいえ、千葉に同年代の知り合いがいるものなのだろうか。

 

 

「『で、真黒ちゃんの知り合いの方が球磨川禊に何の用です? ああいえ、僕は人吉善吉ですけどね』」

 

 

「だから誤魔化さなくていいって言ってるのにぃ。私は雪ノ下陽乃。雪ノ下雪乃ちゃんのお姉ちゃんだよ」

 

 

 あ、そうか。雪乃ちゃんに似てるのか。

 確かに姉妹だけあって顔のパーツや雰囲気は雪乃ちゃんとよく似てる。

 

 

 だとしたら僕が感じた違和感は明るさとおっぱいだな。

 

 

「『いやー、すみません。こんな美人なお姉さんに声かけられたことなんてないんでつい嘘憑いちゃいました。雪乃ちゃんのお姉さんだったんですね。いつも雪乃ちゃんにはお世話になってます!』」

 

 

 雪乃ちゃんのお姉さんだということがわかればもう惚ける必要はない。

 全力で媚びを売るぞ!

 

 

「『で、結局何の用なんです? 雪乃ちゃんとのデート中なんであまり待たせたくないんですけど』」

 

 

 陽乃さんは笑顔を崩さない。

 が、さすがに青筋までは隠せないみたいだ。

 

 

「いやいや、別に大した用はないんだけどね。ちょーっと君にお願いがあってさ」

 

 

「『お願いですか。僕にできることならいいですよ』」

 

 

「じゃあ、もう雪乃ちゃんとは関わらないで」

 

 

 先ほどまで浮かべていた笑顔はふっと消え、そこにあるのは冷たい表情。

 まるで笑顔の仮面を外したかのような変わり具合だった。

 

 

「『何故でしょう? 僕は彼女がいる今の部活を気に入ってますし、雪乃ちゃんともこうして休日に部活仲間の誕生日プレゼントを一緒に買いに来る程度には仲がいい。どこにもやめる理由はありませんよ。あ、もしかして妹は渡さんぞ的なあれですか? だとしたら心配はご無用です。僕は雪乃ちゃんの好みではないようですから』」

 

 

「そんな理由じゃないよ。そんなのは理由じゃない。私は雪乃ちゃんに危険がせまるのを看過できないだけ。わかっているんでしょ? 球磨川君。箱舟中学を追い出された球磨川君」

 

 

「『あれ、もしかしてあのこと知ってるんですか? おかしいな、黒神グループが隠ぺいしたって聞いたけど』」

 

 

 それだけではない。『大嘘憑き』で安心院さんが箱舟中学に在籍したという事実をなかったことにしたことで、事件の関係者も含めた箱舟中学に関わるほとんどの人が被害者が誰かわからなくなり、本当にそんな事件があったと覚えているのは当事者ぐらいのはずなのだが。

 

 

「『ま、それをどこで知ったのかはわかりませんが、どちらにしろ雪乃ちゃんのもとから離れるというのはできない相談ですね。今、僕と雪乃ちゃんは真剣勝負の真っ最中なんですよ。そこから逃げるなんて球磨川禊としてあってはならない』」

 

 

「そんなのは知ったことではないんだよ。大人しく言うことを聞いた方が身のためだよ? 君を潰す方法なんていくらでもあるんだから」

 

 

 潰すねえ……。

 

 

 脅しではあるがハッタリではないのだろう。

 陽乃さんの目を見ればそれが容易に読み取れる。

 

 

 しかし、姉妹だけあって本当に似てる。

 僕を見る目が初対面の時の雪乃ちゃんにそっくりだ。

 目の前にいる草食動物を見下ろす肉食動物の目。

 

 

 しかし、雪乃ちゃんと違ってこの人は明確だ。

 

 

 明確にエリートだとわかる。

 

 

 

 

 

 

 

 だから()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ……がっ……!!」

 

 

「『雪乃ちゃんのお姉さんなら攻撃されないと思った?』」

 

 

 二本。

 

 

「『おしゃべりの最中だから死なないと思った?』」

 

 

 三本。

 

 

「『僕が可愛らしい顔をしているから安全だと思った?』」

 

 

 四本。

 

 

「『バトル漫画なんかじゃなくて、これはラブコメだから殺されないって思った?』」

 

 

 五本。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『甘えよ』」

 

 

 

 

 

 

 

 最後に僕よりも高い位置にある頭にハイキックで螺子を螺子込む。

 

 

「『が』」

 

 

「はっ……!」

 

 

 陽乃さんに螺子込まれていた螺子が消え、陽乃さんが意識を取り戻す。

 

 

「『その甘さ、嫌いじゃないぜ』」

 

 

 びしっと、週刊少年ジャンプで見開きに掲載されるがごとく決めポーズ。

 

 

「『あなたは僕が大嫌いなエリートだけど、雪乃ちゃんのお姉さんであることと、あの件を知っておきながら何の対策もせず一人で過負荷(ぼく)に会いに来たその愚かさに免じて、今回は特別に見逃しましょう。僕は弱い者と愚か者の味方です』」

 

 

 何が起こったのか分かってないのか、陽乃さんの視線は泳ぎに泳いでいる。

 

 

「『ただし、もし僕と雪乃ちゃんとの勝負を邪魔するのであれば……、そうだなあ。雪乃ちゃんと一緒に僕のランチに招待します』」

 

 

 さて、雪乃ちゃんのところへと戻らないと。

 そういえば、ここトイレの前だったな。

 奥まった場所とはいえ、誰も来なかったのは都合が良かった。

 

 

「『では、さようなら。劣化安心院さん』」

 

 

 ひらひらと手を振り、僕は雪乃ちゃんの待つキッチン雑貨の店へと歩き出した。

 

 

 

 

 




以上、感想などでとても期待されていた球磨川先輩とはるのんさんの邂逅でしたが、どうだったでしょうか。


劣化というか、下位互換ですね。


ではでは。

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