やっぱり球磨川禊の青春ラブコメはちがっている。   作:灯篭

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文字数が少ないため比較的短い期間に書きあがりました。


これが読者の皆さんにとってよいことなのかどうかはわかりませんが。




いつだって雪ノ下雪乃の前には道がある。

 ある日の奉仕部室。

 

 

 室内にいるのは僕こと球磨川禊だけで、耳に入ってくるのは僕が週刊少年ジャンプのページをめくる音だけ。

 

 

 職場見学の日から土日を挟んで今日は月曜日。

 実は川崎ちゃんの依頼を解決してから今日が最初の部活動日だったりする。

 

 

 そもそも川崎ちゃんの依頼を受けた時点でテスト期間真っただ中であり、その後にテスト。それが終わった翌日には職場見学とここ最近はかなりハードスケジュールだった。

 

 

 しかし、やっと部活動が解禁されたっていうのに雪乃ちゃんも結衣ちゃんも一向に来る気配がない。

 

 

 結衣ちゃんは友達とかとの約束で何度か休んだことがあるからそれほど不思議ではないが、まさか雪乃ちゃんも来ないとは。

 

 

「『全く、サボりとは感心しないな』」

 

 

 もしかしたらあの日、その場のノリで言っちゃった退部宣告を本気にしてるのかな。

 盛り上がるかなと思っていったジョークだったんだけど。

 

 

「『ま、いっか。どうせ今日も依頼とかは無いんだし』」

 

 

 先日、唯一続けていた彩加ちゃんの特訓も基礎体力をつける段階は終わったので、僕たちはお役御免となってしまった。

 僕と結衣ちゃんはテニスのことなんて教えられないし、雪乃ちゃんは人に何かを教えるのは絶望的に下手だからね。

 ちなみに彩加ちゃんはこれから部活の他にテニススクールにも通うことにしたらしい。

 

 

 それから1時間くらいが経った。

 

 

 僕がセンターカラーの『落ち込め! ネガ倉くん』を読み始めようとしたら、部室の扉がガラッと開かれた。

 

 

「ん、なんだ。雪ノ下はまだ来ていないのか」

 

 

 入ってきたのは奉仕部顧問の平塚先生だった。

 平塚先生は部室内を見回し、僕の真正面にあった椅子に腰かける。

 

 

「『ええ、今日は休みみたいですね。連絡先聞いてないのでそういう連絡は受け取ってませんが』」

 

 

 そういえば奉仕部の活動以外で雪乃ちゃんに会ったことないなあ。

 国際教養科と普通科じゃ教室は離れてるし、購買とかも行かなそうだもんね。

 

 

「サボりか? 珍しいな。球磨川、お前何かしたのか?」

 

 

「『何かあったらまず僕疑うのやめません? 僕だって傷つくんですよ?』」

 

 

「す、すまん」

 

 

 ばつが悪そうに目を逸らす平塚先生。

 その手はポケットに入っていた煙草に伸びていたが、気まずくなったのか引っ込めた。

 

 

「『それで、何か御用ですか?』」

 

 

「あ、ああ。2点ほど連絡事項があってな。……しかし、雪ノ下がいないのなら日を改めるか……?」

 

 

「『雪乃ちゃんになら次来た時にでも僕から伝えておきましょうか? 心配なら先生が今夜にでも雪乃ちゃんに連絡すればいいですし』」

 

 

「…………」

 

 

 先生は少し考え込むと、そうだなと言って頷いた。

 

 

「まず、一つ目の連絡事項は前にも言った『勝負』の件だ」

 

 

「『ああ、あの仕様変更するとか何とかの奴ですか』」

 

 

「うむ、その仕様が決まったからその通達にな」

 

 

 そう言って平塚先生はなぜかおもむろに立ち上がり、僕の前で仁王立ちした。

 

 

 ……下から見るとなかなか……。

 

 

「君たちには殺し合いをしてもらいます」

 

 

 ………………。

 

 

 僕たちの間に変な空気が流れた。

 

 

「『…………えーと、さっさと仕様の説明をしてくれませんか、スベった平塚先生』」

 

 

「ん。んんっ。と、とにかく!簡単に言うとバトルロワイヤルルールを適用するということだ。三つ巴の戦いこそ長期化するバトル漫画の王道だ! わかりやすく言うと、Y∀IBAのかぐや編だな」

 

 

 先生は時々よくわからない例えを使うなあ。

 

 

「『つまりは連載の引き延ばしですね。1対1の対決がマンネリ化してきたからもう一人加えて誤魔化そうと、そういう魂胆ですね』」

 

 

「引き延ばしとか言うなっ! 三つ巴のバトルロワイヤルだから、もちろん共闘もありだ。君や雪ノ下は対立することだけじゃなく協力することも覚えた方がいい」

 

 

「『ふーん……。まあそれならどうせ雪乃ちゃんと結衣ちゃんが結託して僕を袋叩きにするでしょうね。目に見えてますよ』」

 

 

「ん……、そこが二つ目の連絡事項だ」

 

 

 そう言った平塚先生は若干テンションを落としつつ、煙草を咥えた。

 

 

「先ほど、由比ヶ浜が退部届を提出した」

 

 

「『へえ、そうなんですか』」

 

 

 まさか奉仕部をやめていたとは。

 先週、僕たちは友情を確かめ合った後なのに。

 

 

 ガストに着いたら後ろにはいなかったけど。

 

 

「一応、保留ということにしているが、来週の月曜までに取り下げに来ない場合は受理するつもりだ。まあ来ないのならそれでもいい。由比ヶ浜のおかげで部員が増えると活動が活発化することもわかった。よって、欠員補充として月曜までにやる気と意思を持った人員を確保してきたまえ」

 

 

 やる気と意思を持った人員ねえ。

 そんな人この学校で雪乃ちゃん以外にいるのかな。

 

 

 僕は罰としてここに強制入部させられた身だし、結衣ちゃんにしたって雪乃ちゃんと仲良くなりたくて入っただけだろう。

 

 

 まあ、無理なら無理でいいか。

 どうせこの人が三つ巴やらせたいだけだろうし。

 

 

「『わかりました。雪乃ちゃんにも伝えておきますね』」

 

 

「よろしくな。それで、球磨川はもう帰るのか? まだ下校時間までは余裕があるが」

 

 

「『いえ、週刊少年ジャンプも読みかけですし、もう少しここにいます』」

 

 

「そうか。忘れずに鍵を返しに来るんだぞ」

 

 

 そう言って平塚先生は部室から出ていった。

 

 

 扉が閉まったのを確認してから、僕は週刊少年ジャンプを自分のカバンにしまう。

 

 

 さっき平塚先生に言った理由は嘘だった。

 ただ週刊少年ジャンプを読むだけだったら家に帰ってからでもいいしね。

 

 

 今僕がここにいる理由は一つ。

 もう一人の奉仕部員を待っているからだ。

 

 

 今朝夢の中にでた安心院さんも『今日の君は比較的運勢がいいね。待ち人来る、だよ』って言ってたし。

 

 

 ガラッと扉が開く音がする。

 ほら、来たみたいだ。

 

 

「『遅かったね。もう少しで下校時刻だぜ』」

 

 

 そこには、奉仕部部長、雪ノ下雪乃が立っていた。

 

 

「『よく平塚先生にノックしろって言ってるのに君だってノックしてないじゃないか』」

 

 

「あら、自分の部屋に入るのにノックが必要かしら」

 

 

 すました顔でそう言い、雪乃ちゃんは自分の指定席へと歩く。

 

 

「『で、今日はまたなんでこんなに遅れたんだい?』」

 

 

「来る必要はなかったんじゃないの? あなたが私に奉仕部をやめろと言ったのでしょう」

 

 

「『やだなあ、あれはその場のノリで言った冗談だぜ。僕の言葉をいちいち真に受けてたら身がもたないよ?』」

 

 

「ご忠告どうも。まあ私もあなたの言うことなんて聞く義理は無いのだけれど。……遅れたのは他の人間がなるべく介入してこない時間帯にあなたと二人になりたかったからよ」

 

 

 雪乃ちゃんは椅子の前まで来たにも関わらず座ろうとせず、腕を組みながらただ僕を見ていた。

 平塚先生とはまた違った威圧感がある。

 

 

「『へえ、雪乃ちゃんと二人きりなんて照れちゃうね』」

 

 

「心にも無いことを言わないでほしいわね。あなたに心なんて上等なものがあるのかはわからないけど」

 

 

 毒舌もいつも通り。

 いや、ちょっといつもよりは多いかな。

 

 

「『で? 二人きりになって何か用事でもあるのかい?』」

 

 

「ええ。球磨川君、私はあなたに勝負を申し込むわ」

 

 

 勝負?

 

 

「『それって平塚先生が言ってたあの勝負のことじゃなくて?』」

 

 

「……ああ、そんなのもあったわね。忘れてたわ」

 

 

 やっぱり覚えてなかったか。

 

 

「それとは違うわ。私があなたに対して挑む勝負よ。内容は平塚先生からの依頼を私が遂行できたら私の勝ち。できなかったらあなたの勝ちよ」

 

 

「『平塚先生からなんか依頼受けたの?』」

 

 

「あら、覚えてないの? そもそもあなたは奉仕部に持ち込まれた依頼の1つなのよ。『球磨川禊を更生させろ』。これが平塚先生の依頼。だから私は勝負と言う形をとってあなたを更生させるわ。改心させるわ。悔い改めさせるわ。あなたを『過負荷(マイナス)』なんてものから『普通(ノーマル)』に引き上げる。どこにでもいる普通の劣等生にしてあげる」

 

 

 そんだけされても劣等生なのかよ。

 

 

「『なるほど。その勝負受けようじゃないか。しかし、君にだけ達成すべき勝利条件があって僕には無いのは不公平と言わざるを得ない。だから僕も君と同じことをしよう。僕は勝負と言う形をとって君を僕みたい(ダメ)にしよう。最低(ダメ)劣悪(ダメ)害悪(ダメ)愚鈍(ダメ)卑怯(ダメ)目を逸らしたくなるような存在(ダメ)にしてあげよう。僕の右に出る『過負荷(マイナス)』にしてあげよう。それができたら僕の勝ち。できなかったら僕の負けだ』」

 

 

「やれるものならやってみなさい。私にはあなたのようになる気もなれるような才能も無いわ」

 

 

 いや、どうかな。

 実際、五分五分だと思うけど。

 

 

「……たった今、もう一つルールを思いついたのだけれど、追加してみてもいいかしら?」

 

 

「『奇遇だね、僕もさ』」

 

 

 別に何か合図があったわけでもなければ二人で示し合わせたというわけでもなく、僕たちは同時に口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「負けたと思った方が負け」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 負けず嫌いの彼女と勝ち知らずの僕との勝負にはこれ以上ないほどお似合いのルールだった。

 

 

 こうして、『球磨川禊』と『雪ノ下雪乃』のいかにもぐだぐだに終わりそうなとてつもなくどうでもいい消化試合は終わりを告げ、『過負荷』と『特別』によるこの学校の命運を左右する勝負の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 




はい、『奉仕部崩壊編』も折り返しです。


ちょっと展開急ぎすぎたかなって感じもありますが、気が向いたら修正します。


ではまた次回。

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