やっぱり球磨川禊の青春ラブコメはちがっている。   作:灯篭

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感想かなんかで『近日中にあげます』とか言っておいてかなり間が空いてしまって申し訳ありません。

今回、分量がめちゃくちゃ多いうえに新学期が始まり執筆頻度がガクッと下がったことが原因です。

文字校正がおろそかになっている可能性があるので誤字脱字やおかしいところがあればご報告ください。

では、サキサキ編解決でございます。


無情にも川崎沙希は救われない。

 放課後、奉仕部室。

 今日から川崎沙希更生プログラムスタートだ。

 

 

「では始めましょう」

 

 

 奉仕部員が揃ったのを確認すると、雪乃ちゃんが読んでいた本から顔を上げる。

 

 

「『対症療法と根本治療を並行して行うって言ってたけど、具体的に何をするか考えはあるのかい?』」

 

 

「ええ。少し考えたのだけれど、一番いいのは川崎さん自身が自分の問題を解決することだと思うの。誰かが強制的に何かするよりもリスクが少ないし、リバウンドも無いでしょうから」

 

 

「『なるほど。それで、具体的には?』」

 

 

「アニマルセラピーって知ってる?」

 

 

 アニマルセラピーとは精神的治療法の一種で、動物と触れ合うことで患者のストレスを軽減させたり、情緒面での好作用を引き出す治療法のことだ。

 

 

「『そのアニマルはどうするの?』」

 

 

「それなのだけれど……、誰か猫を飼っていないかしら?」

 

 

「うち、犬ならいるけどダメ?」

 

 

「猫の方が好ましいわ」

 

 

「『何で? 川崎ちゃんが猫好きとか?』」

 

 

「いえ、そういうわけではないけれど……。とにかく犬はダメなのよ」

 

 

 へえ、ほお、ふうん。

 

 

「『雪乃ちゃん犬苦手なんでしょー』」

 

 

「そんなこと一言も言ってないでしょう。短絡的に決めつけるのはやめてちょうだい」

 

 

「えっ、うっそ。ゆきのん犬苦手なの? あんな可愛い生き物いないよ?」

 

 

「……由比ヶ浜さんは犬が好きだからそう思うのよ」

 

 

 雪乃ちゃんがいくらか声のトーンを落として言う。

 犬にトラウマでもあるのかな。

 

 

「『僕がたまに餌あげてる野良猫のたまり場があるけど、そこから一匹くらい連れて来ようか?』」

 

 

「すぐ案内してちょうだい」

 

 

 食い気味に反応された。

 犬嫌い+猫好きか……。

 

 

 そういうわけで僕の家の近くにある空き地に三人で向かった。

 学校からもそう遠くはないので、川崎ちゃんが遅刻常習者に対しての遅刻指導を受けている間には戻ってこれるだろう。

 

 

 一応大志ちゃんにも報告しておこうか。

 川崎ちゃんが猫よりも犬派だった場合、雪乃ちゃんには我慢してもらうしかない。

 

 

「『言っておくけど、野良猫だから今日もそこにいるとは限らないよ?』」

 

 

「ええ、構わないわ。今日でなくてはいけないというわけでもないのだし」

 

 

 何となく雪乃ちゃんが上機嫌だ。口角が少し上がっている。

 

 

 それとは反対に結衣ちゃんは少しテンションが低い。

 猫嫌いなのかな。

 

 

 ぴろーんと僕の携帯にメールが来る。

 大志ちゃんだろう。

 

 

「『あー……』」

 

 

 そのメールを見た時の僕の何とも言えない表情が気になったのか、隣を歩く結衣ちゃんが携帯を覗き込んできた。

 

 

「ありゃ……、ゆきのんあんなに嬉しそうだったのにね」

 

 

 前を上機嫌で歩く部長にどう報告したものか。

 

 

「『雪乃ちゃーん』」

 

 

「何かしら、猫が逃げないうちに空き地に向かうべきだと思うのだけれど」

 

 

「『大志ちゃんからメールがあったの。川崎ちゃん、猫アレルギーみたい』」

 

 

「………………そう、なら中止ね」

 

 

 雪乃ちゃんのテンションが目に見えて下がった。

 あんなに調子が上下する雪乃ちゃん初めて見たな。

 

 

「『あんまり動物好きじゃないみたいだから、犬もダメだね。アニマルセラピーの案はボツってことで』」

 

 

「そっかー。じゃあとりあえず学校戻ろっか」

 

 

 踵を返して来た道を戻ろうとすると、袖を軽く引っ張られた。

 

 

「『なに?』」

 

 

「……あとで猫のたまり場を教えなさい」

 

 

 ほんとに猫好きなんだね。

 

 

___________________________________________

 

 

 

 学校への道中に結衣ちゃんが平塚先生に頼ってはどうか、という意見を出した。

 確かにこういう問題は親ではなく、先生に注意してもらった方がいい場合もある。

 

 

 そういうことで平塚先生に協力を依頼したところ。

 

 

「ぐっ……くう……」

 

 

 川崎ちゃんに泣かされて蹲っていた。

 生徒に泣かされるって教師としてどうなの?

 

 

 まあ妙齢の女性に『結婚してないくせに親の気持ちとかわかるわけないじゃん』とか『私の将来の心配より自分の将来の心配したら?』は禁句だろう。

 

 

 物陰で見守っていると、雪乃ちゃんに背中をポンと押された。

 慰めてこいとのことらしい。

 

 

 しょうがないなあ。

 

 

「『平塚先生ー』」

 

 

 しゃがみ込んでいる平塚先生に駆け寄ると、先生はゆらりと覇気を感じない動作で立ち上がった。

 

 

「ぐすっ……、今日はもう帰る……」

 

 

 目に溜まった涙を白衣の袖でごしごしと拭うと、ダッと走り去ってしまった。

 

 

 さすがの僕もあれだけ惨めな人間に追い打ちをかけようとは思えなかった。

 

 

 平塚先生に敬礼!

 

 

 で、それから一時間後、時刻は午後七時半。

 僕たちは千葉駅に来ていた。

 

 

「『千葉市内の飲食店で名前に『エンジェル』が入っていて、さらに朝方まで営業している店は二軒しかないみたい』」

 

 

「そのうちの一つがここなの?」

 

 

 雪乃ちゃんが目の前の店を胡散臭そうに見る。

 

 

 看板には『メイドカフェ・えんじぇるている』と書かれており、電飾がぺかぺかと光っている。

 妖精の尻尾じゃあるまいし、天使に尻尾は無いのではないだろうか。

 

 

 天使なんて見たことないけど。

 

 

「千葉にメイドカフェなんてあるんだ……」

 

 

「『クオリティが微妙すぎてあんまり繁盛してないみたいだけどね』」

 

 

 なんだろう、この残念な感じ。

 『アイドルグループ、ただし自称』みたいなっ。

 

 

「『じゃ、行こうか。ここで止まってても邪魔なだけだし』」

 

 

 僕が一歩踏み出すと、夕方の時と同じように袖を掴まれた。

 

 

 今度は結衣ちゃんみたいだ。

 むーっとふくれっ面だ。

 

 

「『どうかした?』」

 

 

「べっつにー……、クマーもこーゆーお店来るんだなーって」

 

 

「『僕、こういうとこに行くの初めてだよ?』」

 

 

「なーんか慣れてるじゃん」

 

 

「『ふっ、甘いね結衣ちゃん。僕は初めて行った場所でも我が物顔で居座ることができるんだぜ』」

 

 

「それ、自慢気に言うことではないわよ」

 

 

 それにしても、と雪乃ちゃんが首をかしげる。

 

 

「こういうところって、基本的に男性客向けなのではないの? 私と由比ヶ浜さんが入っても大丈夫なのかしら」

 

 

「『あ、大丈夫みたいだよ。ほら』」

 

 

 僕が指さした先には『女性も歓迎! メイド体験可能』の看板。

 

 

 雪乃ちゃんの表情が曇った。

 

 

「おーっ。面白そう!」

 

 

 反対に結衣ちゃんは乗り気だ。

 この前のテニスウェアと大して変わらないだろうというのは黙っておく。

 

 

 とりあえず男女三名で入店する。

 

 

「おかえりなさいませ! ご主人様! お嬢様!」

 

 

 お馴染みの挨拶を受けたところで席に通される。

 

 

 雪乃ちゃんと結衣ちゃんはメイド体験に行ってしまったので僕一人だ。

 

 

「ご主人様、何なりとお申し付けください」

 

 

 そう言ってメイドさんがメニューを手渡してくる。

 

 

 なんというか、女の子に傅かれるというのは悪い気分ではない。

 裸エプロンなら最高だった。

 裸エプロン喫茶とか法に引っかかるかな。いや、中に水着を着て『水着エプロン』なんてどうだろう。前から見れば裸エプロンに見えないこともないし、これなら違法ではないのではないだろうか。プールや海で営業すればエロさをそのままに合法性がさらに増すのではないか。これは流行る。むしろ僕が流行らせてみせる。

 

 

 それにしても、コーヒーもオムライスも値段高いな。何か恥ずかしい名前だし。

 じゃんけんするだけでお金かかるんだ。勝って何かもらえるわけじゃないのに。

 

 

 とりあえずカプチーノを頼んだ。

 

 

 オプションの猫ちゃんもせっかくだから入れてもらおう。

 メイドカフェに来たのだから楽しまなくちゃ。

 

 

 しばらく待っていると、カプチーノが運ばれてきた。

 しかし、トレイはぷるぷる震えているし足元もおぼつかないし、見てて危なっかしいメイドさんがそれを運んでいた。

 

 

 新人さんかな? と思ったら結衣ちゃんだった。

 

 

「お、お待たせしました……。ご、ご主人様……」

 

 

 メイド体験に向かった時は雪乃ちゃんを引っ張って行くくらいノリノリだったのに、今はしおらしい。やはり恥ずかしかったようだ。

 

 

「に、似合うかな?」

 

 

「『うん、可愛いね。似合ってるよ』」

 

 

 これはお世辞ではない。

 パッと辺りを見渡していても一、二を争うレベルだろう。

 

 

「そか……よかった。えへへ、ありがと」

 

 

 結衣ちゃんはしおらしくしていると二割増しで可愛いと思う。

 普段も十分可愛いんだけどね? なんていうか、嗜虐心をそそられる。

 

 

「『雪乃ちゃんは?』」

 

 

「もう少しで来ると思うよー。あ、来た来た」

 

 

 結衣ちゃんが向いた方を僕も見ると、雪乃ちゃんが歩きづらそうにこちらへ来た。

 

 

「ゆきのん超似合ってるよねー」

 

 

「『そうだねー。やり手のメイド長さんって感じ』」

 

 

 結衣ちゃんはある意味見た目重視なメイド服だったのに対して、雪乃ちゃんはメイドの正しい姿、といった風だった。メイドの正しい姿を知っているわけじゃないけど。

 

 

「このお店に川崎さんはいないみたいね」

 

 

「『今日はお休みとかじゃなくて?』」

 

 

「シフト表に名前が無かったわ。自宅に電話がかかってきてたことから、偽名を使ってるということは考えられないし」

 

 

「『じゃあ、ここはハズレだね。明日もう一軒の店に行ってみようか』」

 

 

 ずずーっとカプチーノをすする。

 うん、おいしっ。

 

 

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 さらに翌日、昼のターン。

 

 

 今回も結衣ちゃんの提案により、川崎ちゃんの対症療法が行われた。

 その名も『ジゴロ葉山のっ、ラブコメきゅんきゅん胸きゅん作戦!』だ。

 

 

 ……僕が考えたんじゃないよ?

 

 

 まあ内容は作戦名からわかる通り、葉山君に川崎ちゃんを口説き落としてもらって改心させようというものだ。

 

 

 結衣ちゃん曰く『女の子が変わる理由は恋』なのだそうだ。

 

 

 結果は平塚先生のときと同じく失敗。

 葉山君の誘いも川崎ちゃんはつれなく断った。

 

 

 よく知らないクラスメイトを口説けと言われ、さらに断られるとは葉山君も災難だね。

 

 

 そして同日夜8時。

 

 

 僕たちは川崎ちゃんのバイト先候補である最後の一件、ホテルロイヤルオークラの最上階に位置するバー、『エンジェル・ラダー 天使の階』へと行くこととなった。

 

 

 このイベントに比べれば、ジゴロ葉山君作戦など時間つぶしの前座である。

 

 

 雪乃ちゃんも賛同はしてなかったし。

 

 

 で、今はそのバーに行くための待ち合わせ中である。

 

 

 なんでもエンジェル・ラダーなる店には軽いドレスコードのようなものがあるため、正装をしていかなくてならないらしい。

 

 

 ということで、学校からそのまま向かうのではなく、いったんそれぞれの家に帰って着替えてきてから集合ということになった。

 

 

「あ、おーい! クマー!」

 

 

 僕が待ち合わせ場所の海浜幕張駅にある変なとがった像をまじまじと見ていると後ろから声をかけられた。

 

 

 振り向くと、結衣ちゃんと雪乃ちゃんがこちらへと歩いてくる。

 どうやら途中で合流したらしい。

 

 

 服装については各自原作かなんかで確認するように。

 

 

「『うん、5分前だね。感心感心』」

 

 

「それよりあなた、その恰好……」

 

 

「クマーなんで制服なの!?」

 

 

 え、制服って正装として扱われるんじゃないの?

 

 

 結婚式とか葬式とか制服で行っても大丈夫じゃん。

 

 

「時間を考えなさい。夜遅くに制服姿でいたら補導されるわよ」

 

 

「『あ、そっか』」

 

 

 ポンと手を打つ。

 そこまで考えが至らなかった。

 

 

「由比ヶ浜さんの服装も合ってるとは言い難いし……。ここは一度解散にしましょう。球磨川君はすぐに着替えてきて。襟付きのシャツとジャケットの着用が必須よ。無かったら買いなさい。由比ヶ浜さんは私の家に来てちょうだい。服を貸してあげるから」

 

 

 ということで再度解散になる僕たち。

 

 

 幸い、箱舟中学時代に安心院さんが見繕ってくれたスーツがあるからそれを着て来よう。

 

 

 で、数時間後。

 ドレスコードに引っかからないように正装して僕たちは再び集合した。

 

 

 雪乃ちゃんも結衣ちゃんもお金持ちがパーティーにでもいくかのようなドレスを着ている。

 結衣ちゃんはかなり落ち着かなさそうだ。

 

 

「な、なんか、ピアノの発表会みたいになってるんだけど……」

 

 

「せめて結婚式くらいのこと言えないの? そのレベルの服をピアノの発表会と言われると少し複雑なのだけれど……」

 

 

 こちらも詳しい服装はアニメとかを参照。

 ここで書いても原作のコピペにしかならないからね。

 

 

 ちらりとこちらを見た雪乃ちゃんは『初めからそれを着てこいよ』みたいな目をしてたけど無視した。

 

 

「クマーそのカバン何?」

 

 

「『ん? 何でもないよ。もしかしたら必要かなって思って持ってきただけ』」

 

 

 僕は手に持ったアタッシュケースを掲げて説明する。

 大したものが入ってないのは本当だ。

 

 

「では行きましょう。川崎さんが帰ってる可能性は低いけど、早い方がいいわ」

 

 

 ホテルへと入っていった雪乃ちゃんに続いて、僕と結衣ちゃんも中へと足を踏み入れた。

 

 

 入ってみると、ただただ圧倒されるばかりの内装だ。さすが高級ホテル。

 ソファが僕んちの布団よりも大きいんだけど。

 

 

 エレベーターに乗り最上階を目指す。

 

 

 ガラス張りになっている壁から見える東京湾を眺めていると、ポーンと低い音が鳴る。

 どうやら最上階に着いたらしい。

 

 

 扉が開いた先にはろうそくのかすかな光が照らしているバーラウンジだった。

 薄暗くもあり、しかしそう表現するにはあまりに煌びやかな空間に、僕は言葉も出なかった。

 

 

 こんなことなら真黒ちゃんのパーティーのお誘いを受けとくんだったかな。

 ちょっと場違いすぎる。

 

 

 ちらりと結衣ちゃんの方を見ると、完全に萎縮しちゃってた。

 一方雪乃ちゃんはいつもと変わらずに平然としている。

 

 

 変な三人組に見えるんだろうなあ。

 

 

「背筋を伸ばして胸を張りなさい。顎は引く」

 

 

 そう耳打ちをしつつ、雪乃ちゃんは僕の右ひじをそっと掴む。

 

 

「由比ヶ浜さん、私と同じようにしてちょうだい」

 

 

「う、うえ?」

 

 

 わけがわからないといったふうな顔をしながらも、結衣ちゃんは雪乃ちゃんからの指示通りに僕の左ひじを掴む。

 

 

 両手に花とはまさにこのことだね。

 

 

「『両手に花とはまさにこのことだね!』」

 

 

「思ってることを外に出さないでくれる?」

 

 

 睨まれた。

 怖かった。

 

 

 そうして二人をエスコートしている振りをしつつ、雪乃ちゃんに導かれて開け放しのドアをくぐると、すぐさまギャルソンの男性がやってきて、頭を下げる。

 

 

 そして無言で僕たちを端の方のバーカウンターへと導く。

 

 

 そこには、バーテンダー姿の川崎ちゃんがいた。

 学校で会った時のような気だるさは無く、その立ち振る舞いからは優雅さすら覚えた。

 

 

「『やあ、川崎ちゃん』」

 

 

「……球磨川、あんた何で......」

 

 

 僕が声をかけると、川崎ちゃんが動きを止める。

 それから僕たちの顔を見回し、小さくため息をついた。

 

 

「そっか、ばれちゃったか」

 

 

 肩をすくめてみせる川崎ちゃん。

 先ほどとは違い、気だるさを隠さずに壁にもたれ掛かった。

 

 

「何か飲む?」

 

 

「私はペリエを」

 

 

「あ、あたしも同じのっ」

 

 

 雪乃ちゃんの注文に結衣ちゃんが乗っかる。

 さて、僕はどうしようかな。近くにメニュー表など見当たらない。

 

 

「『じゃあ、カミュ。ロックでね!』」

 

 

「彼には辛口のジンジャーエールを」

 

 

 雪乃ちゃんにあっさり流される。

 

 

「それで、何しに来たの? まさかそんなのとデートってわけじゃないんでしょ?」

 

 

「まさかね。横のコレを見て言ってるなら冗談にしたって趣味も質も悪いわ」

 

 

「『あのさあ、君たち。僕相手になら何を言ってもいいってわけじゃないんだぜ?』」

 

 

 僕だって人並みに傷つくのだ。

 

 

「あなた、最近家に帰るのが遅いそうじゃない。弟さんが心配してたわよ」

 

 

「そんなこと言いにわざわざ来たの? ごくろーさま。あのさ、見ず知らずのあんたにそんなこと言われたくらいでやめるとでも思ってんの? そういえば、最近やけに周りがうるさいと思ってたら、あんたたちのせいか。どういう繋がりか知らないけどあたしから大志に言っとくから気にしないでいいよ。だからもう大志には関わらないでね」

 

 

 要約すると、『関係ない奴はすっこんでろ』ってことか。

 だけどそれで引き下がるような雪乃ちゃんではない。

 

 

「止める理由ならあるわ」

 

 

 雪乃ちゃんは視線を川崎ちゃんから左手の腕時計に向けて、時間を確認する。

 

 

「十時四十分。シンデレラならあと一時間ちょっと猶予があるけれど、あなたの魔法はここで解けたみたいね」

 

 

「魔法が解けたならあとはハッピーエンドが待ってるだけなんじゃないの?」

 

 

「それはどうかしら、人魚姫さん。あなたに待っているのはバッドエンドだと思うけど」

 

 

 なにやらオシャレな口喧嘩が始まった。

 こういうとこって言い争いにもオシャレさが必要とされるのか。

 

 

 ていうかこの二人初対面だよね?

 なんか仲悪くない?

 

 

 なんて思ってると左肩をちょんちょんと叩かれる。

 

 

「ねえ、クマー。あの二人何言ってんの?」

 

 

「『えっとねえ。『とっとと帰れ』『帰るのはお前だ』って感じかな』」

 

 

「へぇー……」

 

 

 適当だけどね。

 

 

 真面目に解説しとくと、十八歳未満が夜十時以降に働くのは労働基準法で禁止されている。つまりここでいう『魔法』とは年齢詐称のことだ。

 それが雪乃ちゃんによって解かれてしまった。

 

 

「やめる気はないの?」

 

 

「ん? ないよ。まあ、ここやめるにしても別のところで働けばいいし」

 

 

 雪乃ちゃんの問いにしれっと答える川崎ちゃん。

 その態度にイラッと来たのか、雪乃ちゃんはペリエを軽く煽る。

 

 

 そんな険悪な雰囲気の中、恐る恐る結衣ちゃんが口を開いた。

 

 

「あ、あのさ……川崎さん、なんでここでバイトしてんの? あ、やー、あたしもほら、お金ないときとかバイトはするけど、歳誤魔化してまで夜働かないし」

 

 

「別に。お金が必要なだけだけど」

 

 

 雪乃ちゃんの質問と同じように素っ気なく答える川崎ちゃん。

 しかし、結衣ちゃんも食い下がる。

 

 

「や、それはわかるんだけどさ……」

 

 

「わかるはずないじゃん。由比ヶ浜にも雪ノ下にも……球磨川にもわからないよ。遊ぶ金欲しさに働いてるわけじゃない。そこらの馬鹿と一緒にしないで」

 

 

 キッと川崎ちゃんは僕たちを睨み付ける。

 その目は邪魔をするなと僕たちを明確に拒絶している。

 

 

 その一方で、力強さに隠された弱さもまた、僕には明確に感じることができた。

 

 

 この学校は偏差値高いくせになんでこう弱い子ばっかり集まってるのかなあ。

 

 

 例えば、雪ノ下雪乃。

 日本刀のように鋭く、冷たく、強いのに突くところを突けば脆くも崩れ去る。自身の強さを自覚していながらも、弱さは全く自覚できていない。

 

 

 例えば、由比ヶ浜結衣。

 誰とでも繋がりを作れるが、それは浅く、表面的でしかない。何か意見の相違があればすぐに壊れる関係。それを彼女は必死になって守りたがる。

 

 

 全く、僕の敵はどこにいるのやら。

 

 

「やー、でもさ、話してみないとわからないことってあるじゃない? もしかしたら力になれるかもしれないし……。話したら楽になる、かも……」

 

 

 結衣ちゃんの言葉は後半に進むにつれて、小さく途切れ途切れになっていった。

 まあ、川崎ちゃんにあんな眼して睨まれたら無理もない。

 

 

「言ったところであんたらにはわかんないでしょ。力になる? 話せば楽になる? そう、それじゃあんた、あたしのためにお金用意できるんだ。うちの親でも用意できなかったものをあんたが肩代わりしてくれるんだ」

 

 

「そ、それは……」

 

 

 困ったようにうつむく結衣ちゃん。

 

 

「そのあたりでやめなさい。これ以上吠えるなら……」

 

 

 見かねた雪乃ちゃんが制止に入る。

 制止と言うよりも脅しだ。

 

 

 川崎ちゃんは雪乃ちゃんの迫力に一瞬たじろいだが、小さく舌打ちすると、雪乃ちゃんを睨み返す。

 

 

「ねえ、あんたの父親さ、県議会議員なんでしょ。そんな余裕のある奴にあたしのこと、わかるはず、ないじゃん……」

 

 

 小さく囁くような声。

 

 

 その時、横からカランと言う音が聞こえた。

 見ると、雪乃ちゃんが持っていたグラスが横倒しになっていて中のペリエがカウンターに広がっている。

 雪乃ちゃんはと言うと、唇を噛みしめてカウンターに視線を落としている。

 

 

 こんな雪乃ちゃんは見た事がないな。

 

 

「『雪乃ちゃん?』」

 

 

「……え? あ、ああ、ごめんなさい」

 

 

 はっと気づいたようにそう言うと、いつもと同じような雰囲気に戻って、おしぼりでカウンターを拭く。しかし、いつも通りと言うにはややぎこちない表情だった。

 

 

 おそらく雪乃ちゃんに家族の話題はタブーなのだろう。

 

 

 そういえば、大志君の話を聞いているときも口数が少なかったような気がしなくもない。

 覚えてないけど。

 

 

 そんなことを考えていると、逆隣りからダンッと机を叩く音がした。

 

 

「ちょっと! ゆきのんの家のことなんて今は関係ないじゃん!」

 

 

 そこにはこれまた珍しく、本気で怒る結衣ちゃんがいた。

 いつもヘラヘラとして、あまり波風を立てないようにする彼女が怒る姿も、僕はこれまで一度も見た事がない。

 

 

「……なら、あたしの家のことも、関係ないでしょ……」

 

 

 まあ、そう返すよね。

 

 

 現時点で奉仕部にできることは無いと言ってもいいだろう。

 行動を咎めるのは教師や親で、裁くのは法だ。

 

 

 先日まで知り合いですらなかった僕らにしてやれることは何もない。

 

 

「そうかもしれないけどそうじゃなくて! ゆきのんに」

 

 

「『ストップだぜ結衣ちゃん。そこから先はただの言いがかりだ。僕らにとって川崎ちゃんは敵なんかじゃないけど、川崎ちゃんにとって僕らは敵なんだ。事情も知らないくせに目的を妨害する敵。しかも理由が『良くないことだから』ってだけ。そりゃ暴言吐かれても仕方ないぜ』」

 

 

 食ってかかる結衣ちゃんを制止する。

 

 

 静観していたがそろそろ頃合いだろう。

 眠いからそろそろ帰りたいし。

 

 

「『川崎ちゃん、何回も聞いて悪いけど、本当にバイトをやめる気はないんだね?』」

 

 

「無いって言ってるでしょ。何、由比ヶ浜は用意できなかったけど球磨川なら用意してくれるわけ?」

 

 

 言葉だけ聞くと川崎ちゃんが催促しているようだが、その目には僅かにも期待は混ざっていない。

 どうせ払えるわけないだろうと思っているのだ。

 

 

「『わかった。はいこれ』」

 

 

 僕は席を立ち、持ってきていたアタッシュケースをドンとカウンターに乗せる。

 

 

「……なに、それ」

 

 

「『もちろん、君が欲しがっているものだ。僕の生活費数年分。詳しい額は言わないから帰って確認してくれ。まあ、君が必要な金額がわかってるわけじゃないからもしかしたら足りないかもしれないけど、少なくとも年齢詐称をしてまで働く必要は無くなるよね?』」

 

 

 アタッシュケースを開け、中を見せる。

 それを見た川崎ちゃんは絶句していた。

 僕とアタッシュケースを交互に見て、パクパクと口を開けていた。

 

 

「球磨川君、あなた……!」

 

 

「『雪乃ちゃんは黙っててよ。正直、今君は役立たずでしかないぜ』」

 

 

 反論してくると思ったが、雪乃ちゃんは素直に黙った。

 まだ先ほどの川崎ちゃんの言葉から立ち直れていないのだろうか。

 

 

「こ、こんな大金、受け取れるわけ……」

 

 

「『君が受け取るか受け取らないかは問題じゃない。今君は『バイトをする必要性』を失ったんだ。君は大義を失った。これ以上ここで働くというならそれは君の趣味嗜好だ。それは止められない。その時は僕たちは依頼解決のため、仕方なく君の両親と学校とここのオーナーに真実を話すしかなくなる。その結果、内申に響いて大学に行けなくなろうが、店から訴えられて多額の借金を請求されようがそんなのは僕らの知ったこっちゃない。選ぶのは、君だ。僕は悪くない』」

 

 

 川崎ちゃんは黙る。

 

 

 この申し出は川崎ちゃんにとって百利あって一害なしなのだが、人間と言うのは疑い深いもので目先に転がってるウマい話をそう簡単に鵜呑みにはできない。

 

 

 川崎ちゃんは悩む。

 

 

 本当に僕なんかからお金を貰ってもいいのか、あとでとんでもない目に合わないか。答えの出るはずのない自問を繰り返す。

 

 

 そして数分が経ち、ついに川崎ちゃんが口を開いた。

 

 

「……少し、時間をちょうだい」

 

 

「『いいよ、明日の朝まで待ってあげよう』」

 

 

 ぼくはそう答えて、アタッシュケースから一万円札を一枚取り出す。

 

 

「『お釣りはいらないよ』」

 

 

 行こう、と隣の二人に言い、僕たちはバーを後にした。

 

 

 エレベーター内では誰も口を開かなかった。

 雪乃ちゃんは僕を睨み付け、結衣ちゃんは何か話そうにも雰囲気に呑まれて口を開けないようだった。

 

 

 エレベーターを降り、ロビーに入ると、先行していた雪乃ちゃんがこちらを振り返る。

 

 

「球磨川君、悪いけど少しここで待っていてもらえないかしら」

 

 

「『ん? どうかしたの?』」

 

 

「ちょっとね。由比ヶ浜さん、ついてきてちょうだい」

 

 

 そう言って雪乃ちゃんは結衣ちゃんの手を引いて、ロビーの隅に行ってしまった。

 

 

 待つこと数分。

 雪乃ちゃんと結衣ちゃんの内緒話は終わったようだ。

 

 

 しかし、雪乃ちゃんはそのまま僕の方へ戻ってくるのに対し、結衣ちゃんはホテルの外へと出ていってしまった。

 

 

「待たせたわね、球磨川君」

 

 

「『いや、それは構わないけど。結衣ちゃんはどうしちゃったの?』」

 

 

「帰ってもらったのよ。これからあなたと話すことを、彼女に聞かせるわけにはいかないもの」

 

 

「『ふーん。じゃあ外で話そっか。ここじゃ人多すぎるでしょ』」

 

 

 僕にしては珍しく、茶化すことなく雪乃ちゃんの挑戦に乗る。

 理由は別に大したことじゃない。

 

 

 今の雪乃ちゃんの表情が、僕と初めて会った時のめだかちゃんにちょっとだけ似ていたからだ。

 

 

 移動した先は、ホテルに近いが人通りの少ない建物と建物の間にできたデッドスペースのようなところだ。

 見ようとすればそのホテルだって目の前に見える。

 

 

「今日の行動は何なの?」

 

 

「『何がだい?』

 

 

 人目につかないことを確認すると、雪乃ちゃんは前置きも入れずに聞いてくる。

 まあ普通に何のことはわかっているが、ここは惚けておこう。

 

 

「惚けないで。川崎さんにお金を渡したことよ。あの解決方法は奉仕部の理念に反するわ」

 

 

「『あの、飢えてる人に~ってやつ? 別に反してなんかいないよ。だって僕らが受けた依頼は『川崎ちゃんを更生させること』だ。これがもし『手っ取り早くお金が欲しい』っていうのなら確かに理念違反と言えるけど、今回はそれに当てはまらないよ。解決のためには川崎ちゃんが抱えている問題を解消するのは必須条件だった。だから解消してあげた。つまるところ、それだけだよ』」

 

 

「だとしてもよ。一度でも楽に大金を手に入れてしまったら彼女は自立できなくなってしまう。彼女の問題は、彼女とご家族で解決するべき問題なのよ。他人が解消するべきじゃないわ」

 

 

「『だからそれを解決するために川崎ちゃんは深夜のバイトをしていたんだろう? それを妨げるんだから、その問題の打開策をこちらが用意するのは当然のことだ。君はまさか彼女にバイトをやめさせるだけやめさせて、あとはほったらかすつもりだったのかい?』」

 

 

 雪乃ちゃんからの返答はない。

 ここは表の通りの光があまり入ってこないから、俯いた雪乃ちゃんの表情は僕には見えなかった。

 

 

 ちょうどいいし、前から聞きたかったこと聞いてみようかな。

 

 

「『ねえ、雪乃ちゃんはなんで奉仕部に入ったの?』」

 

 

「……前にも言ったかもしれないけど、この世界を、人ごと変えるためよ」

 

 

「『いや、そういう目的と言うかゴールみたいなのじゃなくて、行動理由? 世界を変えるために必ずしも奉仕部に入らなきゃいけないってわけじゃないでしょ。数ある選択肢から奉仕部を選んで、実際にこなしてる理由が知りたいんだよ』」

 

 

「……別に、大した理由じゃないわよ。平塚先生に誘われて、私の目標にも合致するから奉仕部に入部した。それだけ」

 

 

「『んー、なんか伝わらないなあ。君自身も気づいてないだけなのかな。それじゃあ親切心十割で僕が教えてあげよう!!』」

 

 

「……あなたが私の何を知っているというの?」

 

 

「『知ってるんじゃなくて、わかるんだよ。僕は君に勝つために、君を分析していたからね。ほら、データは嘘つかないって言うじゃん』」

 

 

 スポーツ漫画のデータキャラは大抵主人公の成長の糧にしかならないけどね。

 

 

「『まあ結局のところ、君は他人に向かって自分の強さとか優秀さをアピールしたいだけなんだよね。だから依頼の達成や問題の解決よりも、その方法の正しさを重視する。極論、正しい方法が通用しない問題が立ちふさがったら、君はその問題がおかしいと切り捨てるだろうね』」

 

 

「そんな……」

 

 

「『ことはないって? ならさっきの川崎ちゃんの件だって、生活費を失った僕の心配ならともかく、それを咎めるような言動はしないはずだ』」

 

 

「っ…………」

 

 

 返答は返ってこない。

 

 

「『うん、やっぱりかねてより思ってたことを言っちゃおうかな。うん、うん。ちょうどいいタイミングと言えなくもないよね』」

 

 

 僕はそう言って雪乃ちゃんとの距離を詰める。

 この薄暗い路地でもはっきりと互いの表情が認識できる距離まで。

 

 

 そして少し深呼吸をして、彼女を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『奉仕部部長、雪ノ下雪乃さん。君には奉仕部をやめてもらおう』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




文字数なんと全体の10分の1でございます。


長かった......
執筆のスタートとゴールに1か月くらい空きがありました。


今回ゆきのんと仲違い(日常茶飯事)した球磨川先輩。
次回、ガハマちゃんと仲違い! お楽しみに!

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