やっぱり球磨川禊の青春ラブコメはちがっている。   作:灯篭

12 / 31
お待たせしました。

時間がかかりましたが、時間をかけたわけではないので、そこらへんご容赦を。


葉山君に対しての仕打ちが『あれ、ぬるくない?』と思えてきた僕の球磨川化を誰か止めてください。


追記:球磨川先輩の『あのセリフ』を入れ忘れるという失態を犯してしまったので、加筆させていただきました。


結局勝者は誰でもない。

 彩加ちゃんの練習開始から数日が経った。

 

 

 あれから彩加ちゃんは鬼教官、もとい雪乃ちゃんによる猛特訓を受けている。

 

 

 ちなみにこのテニスコートには今、5人の人間がいた。

 

 

 地獄のごとき練習を重ねている戸塚彩加ちゃん。

 

 

 その特訓の指示と檄を飛ばしている雪ノ下雪乃ちゃん。

 

 

 雪乃ちゃんの指示通りの場所にボールを放っている由比ヶ浜結衣ちゃん。

 

 

 コートの片隅で必殺サーブの開発に余念がない材木座義輝君。

 

 

 そして、同じくコートの片隅でアリの巣を観察している僕、球磨川禊だ。

 

 

 アリはほんと、見ていて飽きない。

 僕と同じか弱い生き物だと思いきや、自分の体重よりも遥かに重いものを軽々と持てるのだ。しかし、そんな怪力も人間の前には無力。

 そんな世界の理不尽さを背負って生きている姿に僕は心打たれる。

 

 

 がんばれ、負けるな。

 

 

 ザシュッ!

 

 

 僕の目の前にいたはずのアリがボールに撃たれた。

 

 

「ふむ、土煙を巻き上げて相手を幻惑し、その隙に球を叩き込む。どうやら魔球が完成してしまったようだな。豊穣なる幻の大地『岩沙閃波(ブラスティー・サンドロック)』が!」

 

 

「『おいおいおいおい、何をしてくれてるんだい君は。弱い者いじめを僕たち弱い者がしたらお終いだろう?』」

 

 

 僕は地面にガンッと螺子を打ち込み、その上に足を置く。

 螺子は僕の足の下でぎゅるぎゅると高速回転をしていた。

 

 

「み、禊よ。そこはたしか貴様が眺めていたアリの巣があったはずだが……」

 

 

 あれ、そうだったかな。

 まぁ、いいか。自然の厳しさをアリさんたちにも教えてあげないとね。

 

 

 久しぶりに螺子を使ったところで、手持無沙汰になってしまったので彩加ちゃんの特訓の様子を見てみる。

 

 

 彩加ちゃんは雪乃ちゃんの指示のもと、結衣ちゃんが投げる悪球に食らいついていた。

 

 

 僕が見始めて20球くらいのところで、ずざーっと転んでしまった。

 

 

「さいちゃん大丈夫!?」

 

 

 結衣ちゃんが手を止め、転んだ彩加ちゃんに駆け寄って手を貸す。

 それに彩加ちゃんはにこっと微笑み、立ち上がった。

 

 

「大丈夫だから、続けて」

 

 

「まだ、やるつもりなの?」

 

 

 歩み寄ってくる雪乃ちゃんはそう彩加ちゃんに聞いた。

 

 

「うん。みんなが付き合ってくれるから。もうちょっとがんばりたい」

 

 

「……そう。じゃあ由比ヶ浜さん、あとは頼むわね」

 

 

 それだけ言い残して、雪乃ちゃんは校舎のほうへ行ってしまった。

 

 

「な、なんか怒らせるようなこと、言っちゃった、かな……」

 

 

「『いや、彩加ちゃんは何もマズいことは言ってないよ。仮にそれで怒る人がいるなら、その人が悪い』」

 

 

「もしかしたら、呆れられちゃったのかな……。いつまでたってもうまくならないし、腕立て伏せも5回しかできないし……」

 

 

 あー、まあそういう風に見えなくもないかなぁ。

 でも、大丈夫だろ。

 

 

「それは無いと思うよー。ゆきのん、頼ってくれる人を見捨てたりしないと思うし」

 

 

「『きっと、彩加ちゃんのことが珍しいんじゃないかな。雪乃ちゃんの周りには、努力を重ねる人ってあまりいなかったみたいだし』」

 

 

 『がんばろー』『おー』という微笑ましい掛け声を出す2人。

 

 

 しかしここで微笑ましくない事態が起こる。

 

 

「あ、テニスしてんじゃん、テニス!」

 

 

 いつか雪乃ちゃんと口汚い口喧嘩を繰り広げたあーしさんとその愉快な仲間たちだった。

 

 

 あーしさんこと三浦ちゃんは僕と結衣ちゃんのことを一瞥しただけで、ずんずんと彩加ちゃんの下へと進撃を開始している。

 

 

「ね、戸塚ー。あーしらもここで遊んでいい?」

 

 

「三浦さん、僕は別に、遊んでるわけじゃ、なくて、練習を……」

 

 

「は? なに? 聞こえないんだけど」

 

 

 確実に聞こえてないんじゃなくて、聞く気がないんだろうな。

 あの手のタイプは自分の望む回答以外は耳に入らないし、理解しない。

 

 

「れ、練習だから……」

 

 

 彩加ちゃんの勇気を振り絞った発言も、受ける気が無い。

 

 

「へー、でも部外者もいんじゃん。ってことは男テニで使ってるわけじゃないんしょ? だったらあーしらも使ってよくない?」

 

 

「……だけど」

 

 

 ここで彩加ちゃんが困った風に僕を見る。

 うん、まあここで彩加ちゃん1人に任せるというのは酷というものだ。

 

 

「『何言ってるんだい。ここは彩加ちゃんが使用許可を取ったコートだぜ。なら誰が使って誰が使わないかは彩加ちゃんが決めるに決まってるじゃないか』」

 

 

「は? だから? あんたらは部外者なのに使ってんじゃん」

 

 

「『わかんない人だね。僕たちは彩加ちゃんから使用を許可されたんだよ。彩加ちゃんの練習に付き合うっていう条件でね。君たちはただ遊びたいだけだろ? それなら頭が140㎝くらい高いんじゃないのかい? ほら、彩加ちゃんの靴を舐めながら乞えよ』」

 

 

「はぁ? 何意味わかんないこと言ってんの? キモいんだけど」

 

 

 くっ、これがモノホンのギャルってやつか!

 想像以上に話が通じない!!

 

 

「まあまあ、あまり喧嘩腰になるなって」

 

 

 そこで、三浦さんグループの金髪イケメンが止めに入る。

 

 

「ほら、みんなでやった方が楽しいしさ。そういうことでいいんじゃないの?」

 

 

 うわ、しかもこいつ上っ面性善説者だ。

 

 

「『練習に楽しさなんていらないんだよ。必要なのは効率。君たちが『うわー楽しいー』ってそこで遊んでる時間を彩加ちゃんの練習に当てたいんだよ。だいたい皆って、君と後ろの仲間たちのことだろ? 僕たちは横入りされて楽しいわけないもんね。もうちょっとリスクリターンの計算できないの? ってか君だれ? まず初対面には自己紹介するのが礼儀じゃないの?』」

 

 

「え、でも同じクラスじゃ……」

 

 

 そこで、結衣ちゃんが僕に教えてくれた。

 

 

「同じクラスの葉山隼人君だよ。覚えてないの? よく皆の中心にいるよ?」

 

 

 だからその皆に僕は含まれてないんだけど……。

 

 

「ねー、隼人―。何だらだらやってんの? あーし早くテニスしたいんだけど」

 

 

 わーお、見事に自分の都合しか考えてないぜこの子。

 つい螺子こみたくなっちゃうな。

 

 

「じゃあ、こうしよう。部外者同士で勝負。勝ったほうが今後昼休みにテニスコートを使えるってことで。もちろん戸塚の練習にも付き合う。強い奴と練習した方が戸塚のためにもなるし、皆楽しめる」

 

 

 ……最近のリア充ってこんなに自分の都合しか考えてないの?

 

 

「『馬鹿じゃないの? 葉山君とやら。その勝負、僕たちが受けるメリット無いよね? 勝っても得るものが無く、現状維持。負けたら僕たちはここから追い出される。元寇かよ。せめて僕たちにもメリットがないとこの勝負は受けられないね。例えば……』」

 

 

 僕は周りを見渡す。

 

 

「『僕たちが勝ったら、三浦ちゃんの制服は明日から裸エプロンだ』」

 

 

 僕がそう言った瞬間、時が止まったかのように周りが静まり返った。

 

 

「はぁ!? 何それ、意味わかんない!! あーし絶対やんないかんね!!」

 

 

 三浦さんから猛反発。そりゃそうだ。

 でも困ったなぁ。さっきは勝負なんてしたくなかったけど、三浦さんの裸エプロンは正直見たい。

 

 

 ここは一つ、挑発でもしてみよう。

 

 

 僕は三浦さんに人差し指を向けて、渾身の挑発を放つ。

 

 

「『お前の髪型、ペン立てぶら下げてるみたいだよな(笑)』」

 

 

 ぶちぃっという音が聞こえた気がした。

 

 

「じゃあさ、男女混合ダブルスにしようよ。ひさしぶりにキレたわ。こいつはあーしが直接潰す」

 

 

 一般女子高生から『潰す』とか出ちゃったよ。

 ていうか、三浦ちゃんは大体いつもキレてるイメージがあるんだけど。

 

 

 こうして、テニスコート使用権をかけた戦いが始まった。

 

 

______________________________________________________________________

 

 

 

 試合の準備のため、少し時間を置いていると、いつの間にか大勢のギャラリーがテニスコートを囲んでいた。

 

 

『HA・YA・TO! フゥ! HA・YA・TO! フゥ!』

 

 

 ……何あの頭悪い集団。

 

 

 掛け声から察するに『葉山隼人親衛隊』とかそんな感じかな。

 アイドルみたいだ。

 

 

 向こうは当然、葉山君と三浦ちゃんが出てくるらしい。

 うわ、三浦ちゃんめっちゃ僕のこと睨んでる。

 

 

 一方こっちは結衣ちゃんが僕のパートナーとして出てくれることになった。

 

 

「ユイー、あんたさぁ。そっち側につくってことはあーしらとやることなんだけど、そういうことでいいわけ?」

 

 

 三浦ちゃんが結衣ちゃんにプレッシャーをかける。

 よくあんなんで友達いるよなぁ。

 雪乃ちゃんとあんま変わらないと思うんだけど。

 

 

「そういうわけ……ってことでもないけど……でも、あたし、部活も大事だから! だから、やるよ」

 

 

「へー、そう。恥かかないようにね」

 

 

 結衣ちゃんの決意のこもった一言に、三浦さんはそっけなく答える。

 しかし、その顔はまるで、獲物を見つけた肉食獣のような笑顔だった。

 

 

「着替え。女テニの借りるから、あんたも来れば?」

 

 

「あ、うん!」

 

 

 テニス部の部室の方に向かう三浦ちゃんに結衣ちゃんはついていった。

 

 

 大丈夫かな、ボコボコにされたりしないかな。

 

 

「あのさー、球磨川君」

 

 

 結衣ちゃんを見送っていると、葉山君が話しかけてきた。

 

 

「『なに?』」

 

 

「俺、テニスのルールよくわかんないんだよね。ダブルスとか余計に難しいしさ。だから適当でもいいかな」

 

 

「『ん、そうだね。僕もよくわかんないし、バレーボールみたいな感じでいいんじゃない?』」

 

 

「あ、それわかりやすくていいね」

 

 

 葉山君はさわやかに笑う。

 これがイケメンか。

 

 

 彩加ちゃんも交えて話した結果、細かいルールは無し、点数換算だけは本来のルールを用いての3ゲーム中2ゲーム先取で勝利ということになった。

 

 

 そうこうしてる内に女子2人が着替えを終えて帰ってきた。

 

 

 結衣ちゃんはテニスウェアの裾を抑えながらの登場だ。

 

 

「なんか……テニスの恰好って恥ずっ……。スカート短くない?」

 

 

「『いやいや、結衣ちゃん。その恰好、禊的にポイント高いよ』」

 

 

「ポイントってなんだしっ! クマーキモい! こっち見んな!!」

 

 

 顔を真っ赤にしながら手に持ったラケットをぶんぶん振り回す結衣ちゃん。

 

 

「して、禊よ。作戦の方はどうする?」

 

 

 結衣ちゃんがラケットを振り回すのをやめたころを見計らって、材木座君が声をかけてくる。

 

 

「『まぁ、三浦ちゃんのほうを狙うのが無難だろうね。葉山君、運動神経良さそうだし。自分からこういう勝負を挑んでくる奴は自信があるから挑んでくるんだろうし』」

 

 

「はぁ? クマー知らないの? 優美子、中学の時女テニだよ? 県選抜にも入ってるし」

 

 

 早くも僕たちの勝率が1%を下回った。

 

 

_____________________________________________________________________

 

 

 

 試合は火花散るような一進一退の攻防を見せた。

 

 

 

 

 

 

 今の言葉信じたやつどのくらいいた?

 

 

 なわけねーじゃん。

 葉山親衛隊もこっちに同情の視線を送ってくるほどのワンサイドゲームだよ。

 

 

 まず三浦ちゃんのサーブが取れない。

 葉山君のサーブならぎりぎりで返球できるのだが、即座に逆サイドを狙ってくる。

 

 

 僕が相手の死角を狙うことで、反撃はできているのだが、試合が進むにつれてそうもいかなくなる。

 相手が結衣ちゃんを狙いだしたのだ。

 

 

 最初の方は三浦ちゃんの頭に血がのぼって、僕ばかりを狙ってきてくれたのだが、相手の嫌なとこを突くようなレシーブばかりしているうちに、冷静になってしまったようだ。

 

 

 しかも結衣ちゃんは絶妙な位置に打ち込まれたボールを追って走り回っているうちに転んで脚を怪我してしまった。

 

 

「『大丈夫?』」

 

 

 近づいて声をかけると、結衣ちゃんのその目には涙が溢れていることに気が付いた。

 

 

「もし、負けたら、さいちゃん困るよね……。あーやばいなー、このままだとちょっとまずいかも……。謝って、すむわけないよねぇ……」

 

 

 結衣ちゃんはぼそぼそと何か言うと、突然怪我した脚を引きずりながら人ごみをかき分けコートから出ていってしまった。

 

 

「どしたん? オトモダチと喧嘩? 見捨てられちゃった?」

 

 

 三浦ちゃんがザマーミロとばかりに嘲笑してくる。

 

 

「『いや、大丈夫だよ。見捨てられるのには慣れてる。これで1-0だね。インターバルに入ろうか』」

 

 

 案外ショックを受けてない僕を見て意外だったのか、三浦ちゃんはそれ以上何かを言ってこなかった。

 

 

 さて、どうしたものか。

 正直、結衣ちゃんが怪我をせずにあのまま続けていたところで、戦力になったかといえばそうとは言えない。

 

 

 しかし、2対1という構図になるよりは遥かにマシだったはずだ。

 

 

 自軍ベンチに戻ると、材木座君がいなかった。

 おそらく逃げたな。

 

 

 まぁ、間違ってはいない。

 弱者は引き際の見極めが重要だ。

 

 

 こちら側の勝率が0%となったのを察知したのだろう。

 

 

 審判席にいる彩加ちゃんは心配そうにこちらを見ている。

 

 

 そろそろインターバルの休憩時間も終わりだ。

 

 

 この球磨川禊、負けが確定している勝負なんてのは日常茶飯事だ。

 多勢に無勢で劣勢なこの状況。

 まさに過負荷(マイナス)の独壇場と言えるぜ。

 

 

 そうモノローグを締め、僕はテニスコートへと向かう。

 

 

 その時、不意にコートを囲むギャラリーがざわめきだした。

 

 

「この馬鹿騒ぎは何?」

 

 

 モーゼのごとく人波を左右に割って、中央から堂々と歩いてくるのは、我らが部長雪ノ下雪乃だった。

 

 

「『お、雪乃ちゃん。何その恰好』」

 

 

 雪乃ちゃんは先ほどまで結衣ちゃんが来ていたテニスウェアと同じようなデザインの物を着ていた。

 

 

「さあ? 私にもよくわからないのだけれど、由比ヶ浜さんがとにかく着てくれって言うものだから」

 

 

 そう言って雪乃ちゃんが振り向くと、脇から結衣ちゃんが顔を出す。

 

 

 どうやら服を交換したらしい。

 結衣ちゃんが着た雪乃ちゃんの制服か……。

 

 

「へへ、このまま負けるのもなんかヤーな感じだから、ゆきのんに出てもらうってだけ」

 

 

「なんで私が……」

 

 

「だって、こんなの頼める友達、ゆきのんしかいないんだもん」

 

 

 その言葉に雪乃ちゃんはぴくっと反応する。

 

 

「とも、だち?」

 

 

「『まぁ、僕たちをここまで追いつめてくれたのも、結衣ちゃんの友達なわけだけどね』」

 

 

「それとこれとは別!」

 

 

「『でもなんかこの場面で友達って関係引っ張り出してくるのもなんかあれだよね。利用してる感が否めないっていうか』」

 

 

「え? 信じてる友達にしかこんな大事なこと頼まないよ。どうでもいい人に私の代わりなんてやってほしくないし」

 

 

 幸せ者(プラス)不幸者(マイナス)の人生観の違いが如実に出てしまった瞬間だった。

 

 

 安心院さんが『だから勝てねーんだぜ』とせせら笑う声が聞こえてきそうだ。

 

 

「『雪乃ちゃん、どうやら僕たちはやるしかねーようだぜ』」

 

 

「ええ、そうね。私や球磨川君なんかのことを信じてくれているような優しい人の期待は裏切れないわ」

 

 

 雪乃ちゃんはこちらに顔を見せないように歩き出す。

 その進行方向には彩加ちゃんがいた。

 

 

「傷の手当くらいは自分でできるわよね」

 

 

「え、あ、うん……」

 

 

 彩加ちゃんは雪乃ちゃんから救急箱を受け取ると、なんとも不思議そうな顔をしていた。

 

 

「ゆきのん……やっぱ優しいよね」

 

 

「そうかしら、材木座君あたりには『氷の女王』とでも呼ばれていそうね」

 

 

 まあ。と雪乃ちゃんは一息つく。

 

 

「別に誰に何と思われていようが構わないわ。だから……」

 

 

 雪乃ちゃんはラケットを抱え、それで顔を隠すようにする。

 隠れてないけどね。

 ばっちり見えたけどね。

 

 

「……友達と思われるのも、構わない、けれど……」

 

 

 雪乃ちゃんの貴重な赤面デレ。

 

 

 その言葉が嬉しかったのか『ゆきのーん!』と結衣ちゃんが抱き着く。

 

 

 何というか、かやの外だよなぁ。

 僕は無視されるのが一番凹むタイプなのに。

 

 

 そろそろ待ちくたびれたのか、ネットの向こうから、三浦ちゃんが声をかけてきた。

 早く位置につけ、という催促ではないようだが。

 

 

「雪ノ下サン? だっけ? 悪いけどあーし、手加減とかできないから。オジョウサマなんでしょ? 怪我したくなかったらやめといたほうがいいんじゃない?」

 

 

「私は手加減してあげるから安心してちょうだい。その安いプライド、粉々にしてあげる」

 

 

 もうすでに僕どころか葉山君でさえかやの外だった。

 

 

 女子の喧嘩怖っ。

 

 

「随分と私のとも……、うちの部員を痛ぶってくれたようだけど、覚悟はできてるかしら。私、こう見えて結構根に持つタイプよ?」

 

 

 僕には初見で見抜けてましたとも。

 

 

 

____________________________________________________________________

 

 

 

 第2ゲームは雪乃ちゃんの独壇場だった。

 

 

 さっきモノローグで『過負荷(マイナス)の独壇場だ』とか言ったのを僕は死ぬほど後悔していた。

 また安心院さんにからかわれるんだろうなぁ。

 

 

 三浦ちゃんの『顔に傷ができちゃったらごめんね』という恐ろし気なブラフにも惑わされず、ラインギリギリを狙ったスマッシュも難なく打ち返す。

 

 

 雪乃ちゃん曰く、『彼女、私に嫌がらせをしてきた同級生と同じ顔をしてたもの』とのことだ。

 

 

 その後も雪乃ちゃんに任せていくだけでポンポン点が入っていく。

 

 

 そして、雪乃ちゃんの華麗なジャンピングサーブにより、僕たちは歓声の中、第2ゲームを勝利した。

 

 

「『やっぱりすごいね、雪乃ちゃんは。今回は僕の出番は無さそうだよ』」

 

 

「ええ……。そうだと、いいのだけれどね……」

 

 

 雪乃ちゃんはそう言って、ふらふらとベンチに座り込む。

 

 

「すこし、自慢話をしてもいいかしら」

 

 

「『どうぞ』」

 

 

「私ね、昔から何でもできたから、何かを継続してやったことがないのよ。テニスにしても、始めてから3日で先生に勝ったわ。たいていのスポーツ、いえ、スポーツに限らずとも、楽器なんかもそうなのだけど、大体3日でそれなりのことができるようになったわ」

 

 

「『……その心は?』」

 

 

「……私、体力にだけは自信がないの」

 

 

 なるほど、それが雪ノ下雪乃の弱点か。

 

 

 何でもできてしまう圧倒的な才能を持つが故に、彼女は努力をする必要がなかったのだ。

 努力至上主義なのも頷ける。

 彼女は、努力に過剰な期待、もしくは希望を持っているのだろう。

 

 

 だから、『努力が必ず実るとは限らない』という小学生でさえ知っているようなことが信じられない。

 挫折を経験したことが無いから。

 

 

「『じゃ、君は少し休んでなよ』」

 

 

 ここからが、過負荷の独壇場だ。

 

 

 雪乃ちゃんが力なく頷くのを確認すると、僕は彩加ちゃんの元に向かう。

 

 

「『ねえ、彩加ちゃん。ちょっと手汗でラケットが滑っちゃうから、手を洗ってきてもいいかな』」

 

 

「あ、うん。なるべく早く戻ってきてね」

 

 

 許可を取ると、僕はコートの出入り口へ歩き出す。

 

 

 途中、葉山君が観客と話していた。友達なのだろうか。

 

 

「『葉山君。僕ちょっと手を洗いに行くんだけど、よかったら君もどうだい?』」

 

 

「ん、ああ。いいね。俺も行くよ」

 

 

 こうして僕と葉山君は用を足すことも兼ねて、近くのトイレを目指した。

 テニスコートから一番近いトイレは屋外にあるため、あまり利用されていない。

 まだ昼間なので電灯はつけられておらず、窓から入る日の光が唯一の光源となっているため、少し薄暗い。

 

 

「で、何の用だ?」

 

 

 トイレに入るなり、後ろから葉山君が声をかけてくる。

 

 

「こんなところにわざわざ呼び出して、何か話でもあるのか?」

 

 

「『まあね。無いと言えば嘘になるよ』」

 

 

 僕は一つしかない洗面台で手を洗いながら答える。

 鏡を覗けば、ちょうど自分の顔と葉山君の姿が見える。

 

 

「『この勝負、負けてくれないかい?』」

 

 

「は……?」

 

 

「『いやね、僕だってこんなことは頼みたくないんだよ。でも、もし君たちが勝つようなことがあれば、彩加ちゃんが練習できなくなってしまうだろう?君はどうだか知らないけど、君たちのグループメンバーが協力するとは思えないしね』」

 

 

「なら、俺が引き分けを提案してやろうか? 『お互いよく頑張った。楽しかった』ってことで。もちろん、お互いの勝利条件も無しだ」

 

 

「『いや、それじゃ三浦ちゃんは納得しないだろう? 僕に対して怒ってるし、雪乃ちゃんに対しては変な敵愾心まで持っちゃってる。だから、君がわざと負けてくれれば、全て丸く収まるんだ。もちろん、それでこっちが勝った場合は三浦ちゃんの裸エプロンは無しだ。テニスコートから手を引いてくれるだけでいい。どうだい?』」

 

 

 葉山君は少し考えるそぶりを見せてから、静かに首を横に振った。

 

 

「引き分けならともかく、わざと負けるなんてのはごめんだ。俺も一応サッカー部で、スポーツマンシップってやつを持ってる。そんな誘いには乗れないね」

 

 

「『そっか……、残念だよ』」

 

 

 本当に残念だ。

 もし君がここでこの話に乗ってくれたら、僕はこんなことをしなくても済んだのに。

 

 

 ガシャン!

 

 

 僕の後ろのガラスが割れる音がする。

 見ると、そこには人の頭ほどのサイズの螺子が刺さっていた。

 

 

 誰だ、こんなことをした奴は。

 

 

「『戸部、大岡、大和、だっけ? 君のお友達』」

 

 

 葉山君は驚いたような表情で僕を見る。

 やだなあ、葉山君のことを知らないからって、他の男子も知らないはずなんていうのは勝手な決めつけだ。

 

 

 自分がその3人よりも重要人物だとでも言いたいのかい?

 

 

 ま、さっき思い出したんだけどね。

 君たち声大きいんだもん。

 日常的に会話は聞こえてくるよ。

 

 

「『ま、君には何の責任もないけど、可哀想だねぇ。まだ青春を謳歌している真っ最中だってのに』」

 

 

「あの3人に何をするつもりだ!?」

 

 

「『知らないよ、まだ決めてないもん。実行するのかだって怪しいしさ』」

 

 

 僕が実力で君に勝つことだってあるかもしれないだろう?

 

 

「あいつらは関係ないだろ! 狙うなら俺にしろ!!」

 

 

「『関係ないなんて悲しいこと言うなよ。君の友達だろう?』」

 

 

 葉山君はぐっと唇を噛みしめる。

 

 

「俺に……わざと負けろと言うのか? 友達を見捨てるか助けるか、飴と鞭だとでも言うつもりか?」

 

 

「『飴と鞭? いやいや、両方鞭だよ』」

 

 

「『君が勝てば、君は勝利欲しさに友達を見捨てた裏切り者となり』」

 

 

「『君が負ければ、君は八百長に加担してパートナーを見捨てた卑怯者となる』」

 

 

「『どちらにしても、ここを境に君の生き方は折れ曲がる』」

 

 

 ま、頑張ってよ。

 そう言い残して、僕はトイレを後にした。

 

 

 背後から聞こえてくる嗚咽は、僕には届かなかった。

 

 

__________________________________________________________________

 

 

 

 僕と葉山君がテニスコートに戻ったことで、第3ゲームは開始された。

 

 

 僕たちがテニスコートを離れる前とは熱気が格段に違う。

 雪乃ちゃんもなんか言っちゃったのかな。

 

 

 試合は第1ゲーム、第2ゲームとは違い、接戦となっていた。

 

 

 とは言うものの、こちらに打開策があるわけでもなく、三浦ちゃんの猛攻は止められないままだ。

 

 

 こちらの得点源はというと、心ここにあらずな葉山君の凡ミスである。

 休憩前とは全く違った様子に三浦ちゃんを始め、僕以外のほぼ全員が戸惑いを隠せていない。

 まぁ、そんな勝とうか負けようか決めかねているようなプレーで勝てるほど、テニスは甘くはない。

 

 

 得点源、失点源共に相手にあるような状態だが、そんな拮抗状態も長くは続かなかった。

 

 

 葉山君の凡ミスを三浦ちゃんがフォローできるようになったのだ。

 

 

 そこからどんどん押されていって、ついに相手チームのマッチポイント。

 後1点でも取られたら、こちらの負けだ。

 

 

「『そう、これが君の選択ってわけだね』」

 

 

 目の前にいる葉山君にだけ聞こえる程度の小さい声でそう呟く。

 

 

 そんな動揺を見逃すほど、僕も甘くはねーぜ。

 

 

 さらに追い打ちを仕掛けようとすると、おもむろに葉山君が頭を下げた。

 

 

「頼む……。引き分けに、してくれないか……」

 

 

「ちょ、隼人何言ってんの!? あーしら勝てそうなんだよ!?」

 

 

 リードしている側が引き分けを願い出る。

 そんな異常事態にギャラリーも騒然となる。

 

 

「『何言ってんだよ。もう少しで君たちの勝ちなんだぜ? 早くサーブ打ちなよ。僕たちだってまだ勝てる見込みがなくなったわけじゃないんだ。同情ならいらねーぜ』」

 

 

 僕の言葉を聞いて、葉山君はさらに土下座の姿勢を取る。

 

 

「お願いだ……」

 

 

「『嫌だ』」

 

 

「許してくれ……」

 

 

「『断る』」

 

 

「俺たちが悪かった……!!」

 

 

「『僕は悪くない』」

 

 

 やれやれだぜ。

 

 

「『ハリーアップ!! ただし今なら、君に言い訳をする時間を与えよう……!』」

 

 

「もうやめて!!」

 

 

 突然、上の方から声が聞こえる。

 

 

 審判席にいる彩加ちゃんだった。

 

 

「く、球磨川君……。何の話かはわからないけど、葉山君がここまでしてるんだから、許してあげようよ! ぼ、僕のことならもう大丈夫だから! 球磨川君たちが、僕のために頑張ってくれて、とっても嬉しかったから……」

 

 

 ……はぁ。

 そんな今にも泣きそうな目で見るなよ、彩加ちゃん。

 

 

 僕はそんな弱者の言葉に一番弱いんだぜ。

 

 

「『君たちのグループ共々、さっさと消えてよ。それでこの勝負はチャラだ。言うまでもないこととは思うけど、君たちの友達である結衣ちゃんへの謝罪を忘れないことだ』」

 

 

 そう言うと、葉山君はこちらに向かって再び頭を下げ、テニスコートを去っていった。

 三浦ちゃん達も、不満げな顔をしながら後についていく。

 

 

 ギャラリーも何が何だかわからない、と言った風に散り散りになっていった。

 

 

 もうここには、僕たち奉仕部と彩加ちゃんしかいない。

 

「『また勝てなかった』」

 

 

 いつものように呟くと、雪乃ちゃんがこちらに詰め寄ってきた。

 

 

「あなた、葉山君に何をしたの?」

 

 

「『もちろん、何もしてないぜ。卑怯な真似も、卑劣な真似も、一切していないよ』」

 

 

 数十秒間の間、にらみ合いを続けて、雪乃ちゃんは小さく舌打ちをして踵を返す。

 

 

「由比ヶ浜さん、着替えに行きましょう」

 

 

 そう言って、強引に結衣ちゃんの手を引いて校舎へと向かった。

 

 

 結衣ちゃんはというと、他のギャラリーと同じく、何が何だかわからないという風に、僕と雪乃ちゃんの顔を交互に見ていた。

 

 

 そして、テニスコートには僕と彩加ちゃんの二人きりだ。

 

 

「あ、あの、えっと。今日はどうもありがとう……。球磨川君、とってもかっこよかったよ!」

 

 

 おうふ。

 これが天使の微笑みか……。

 危うくこのまま手をつないで帰りそうになったぜ……。

 

 

 でも、そうもいかない。

 

 

「『君は、何者だい?』」

 

 

 懐から取り出した螺子を、彩加ちゃんに突きつける。

 

 

「え、え、何のこと……?」

 

 

「『惚けないでよ。君みたいな子が僕に近づいてくるわけがない。ましてや、さっきの光景を見て、僕に感謝なんかするはずがない。僕にとって都合が良すぎる。何が目的なんだい?』」

 

 

 僕が話すと、彩加ちゃんは観念したようにため息を吐く。

 

 

「やっぱり球磨川君は一筋縄じゃいかないね……。安心院さんの言っていた通りだよ」

 

 

 ……安心院さん?

 

 

「僕は、安心院なじみの端末。つまり、『悪平等(ノットイコール)』だよ」

 

 

 端末か。そういえば聞いたことがあるな。

 安心院さんの無茶な暇つぶしの一つに『一人で大量の個性を有すること』というのがあったらしい。そうしてなんやかんやで出来た『大量の個性』の一つが、端末なのだそうだ。

 

 

「『つまり、君は安心院さんからの指示で、僕に接触してきたってこと?』」

 

 

「いや、初めて会ったのは偶然だったよ。でも、次からは安心院さんの指示なんだ」

 

 

 で、でもね! と慌てる彩加ちゃん。

 かわいい。

 

 

「もし、そんな指示がなくても、僕は球磨川君とお話したかったんだよ? 端末と言っても、安心院さんの命令には絶対服従ってわけじゃないから……」

 

 

「『ちなみに、安心院さんからの指示っていうのは?』」

 

 

「それはね、『球磨川君と仲良くしてあげてほしい』だって!」

 

 

 嬉しそうに言う彩加ちゃん。

 

 

 ……なんだろう、この名状しがたい感覚。

 

 

「というわけで、これからよろしくね! 禊!」

 

 

 まあ、いろいろ聞きたいこともあったが、この笑顔&名前呼びに免じて見逃してあげよう。

 

 

 しかし、あれだな。

 彩加ちゃんの性別を間違えたのは、神様じゃなくて安心院さんだったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 なんかすごい納得した……。

 




えー、失礼して言い訳をば。

戸塚君の『悪平等』設定ですが、気に入らない人もいらっしゃるかと思います。
まあ、プロフィールに『悪平等』ってのが追加される程度で、スキルホルダーなどではないので、流していただければと。

各SSで『なぜ戸塚君はこんなに八幡を慕っているんだろう』『それが球磨川君だったとしたらどうなるんだろう』と考えた結果こうなってしまいました。



今後も忙しく、更新頻度は落ちそうです。
ではまた次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。