午後に入り軽く探索してみたがとくにゴブリンは見付けられなかった。今はハルヒロとユメが先行して索敵に向かっている。
「見つかるかな」
「さぁなぁ……俺としちゃ今日はもうお開きでも構わないんだけどな」
少し右腕を動かす。
傷はマナトに癒してもらったんだが抜けた血までは取り戻せない。痛みを受けた感覚もな。
「右腕、どうかしたの?」
「ん? あぁ、ちょっとな」
モグゾーに気取られるのは少しバツが悪い。
俺達はまぁ、仲良しパーティだからな。っと
「来たぞ、モグゾー」
「うん? あ、ハルヒロ」
「あ? どうやら何か――」
様子がおかしい。
「見付けたか、な?」
なるほど穏やかな午後はお預けらしい。
ハルヒロとユメが見付けて来たのはゴブリンが二匹だ。でも
「一匹は鎧一式身に纏ってて、もう一匹はその」
「めっちゃ大っきいゴブちんやってん。モグゾーよりデカイちゃうかな」
「多分……ホブゴブリンだな、それは」
普通のゴブリンよりも大きくて強力なゴブリン。それがホブゴブリンだ。
もっとも、知能は低くて有力なゴブリンの配下や奴隷として扱われる事が多い。
「鎧のゴブリンって奴は結構な地位の奴なのかもな」
「だとしたら手強いかもしれないね」
「どうする? 気付かれては居なかったと思うけど」
どうする? ってか? ハルヒロ。
お前は慎重なのかも知れんが、周りはどうよ?
「わたしが……魔法で先制攻撃すれば、少しは有利に戦える、かな」
おいおい、平和なシホルさんは何処に行きましたか?
「ユメも弓で攻撃するなぁ。外れてもゴブちんビクゥってなるし」
それもうちょっと精度上げて欲しいなぁ
「僕も、一対一ならなんとかなるし、先に鎧のゴブリンを倒して皆で戦えばホブゴブリンだって」
モグゾー君てば男の子~
「だとよ、マナト」
「…………」
さっきのお前のお言葉で皆のやる気ゲージは満タンだ。
冷静なのは
「ちょ! 待ってよ、もう少し様子を見てからでも」
お前の相方だけみたいだぜ? 俺は勿論賛成だ。
これくらいで芋引いてるようじゃあ先が思いやられるからなぁ。
「…………よし! やろう!」
そう来なくちゃな!
俺達は立ち上がり集まった。
さて
「ファイトー」
「「「「「いっぱつーーっ」」」」」
◇ ◇ ◇
「……あいつら、か」
廃墟の片隅に居るのは二匹のゴブリン。
なるほど、確かにデカイ。そしてそのデカイのに命令を出しているのは鎧のゴブリンだ。
「…………」
マナトの合図で俺達は所定の位置に散った。
静かにシホルが杖を構える。
「……オーム・レル・エクト・ヴェル……」
「…………いくよって」
ユメも弦を引く。さて、いよいよだ。
「ダーシュ!」
シホルの杖から黒い藻のような塊が飛んでいく。
影魔法の
それがホブゴブに到達するに合わせてユメが茂みから身を乗り出し、鎧ゴブ目掛けて矢を放った「やっ!」が
「外れたっ!」
「ランザっ!」
「おぅさぁ!」
ユメの矢が鎧ゴブの頭上を通り過ぎたのを見るやモグゾーとハルヒロ、それに俺の三人は茂みを飛び出した。
「モグゾーはホブを! ランザは鎧! ハルヒロは二人を援護っ!!」
マナトは声を上げながらホブに向かっている。モグゾーと二人で抑えるつもりだ。
ユメは弓から剣鉈に持ち替えてシホルの前に立っていた。
俺達の予定通りだっ!
俺が駆ける先には鎧を着たゴブが立ってる。
一気に縮地で詰めてもいいがそれじゃあモグゾーと合わねぇからな。ここは確実に一匹づつ片付けっ「こっ」
鎧ゴブの奴が俺に何かを向けた。何だ?――つか
「コイツっ!」
「キシャ!」
弩だっ! ボウガンってヤツか!
飛び道具を持ち出すとかありかよ! てか俺達の襲撃に気付いてたのかっ。
鎧ゴブの放った矢が頬を掠めた。狙いヤバ過ぎだぞコイツっ。
でもかわしたっ!
そのまま放った俺の刀は「へぇ?」
受け止められた。
確かに強い。今までのゴブとはわけが違う。
でも斬れるっ!
何度か打ち合えば分かる。
コイツは斬れる。
モグゾーは?
見れば――「……おい」――モグゾーが弾き飛ばされてた。なんだあの化物。
シホルの魔法は確かに当たった。のに、ホブゴブの動きは僅かに一時鈍っただけで持ってる棍棒を振り回してやがる。
モグゾーが何とか攻撃を防いではマナトが杖で殴っていたがまったくダメージを与えられない。
ハルヒロは間合いに入り切れないで居る。あいつのダガーと巨大な棍棒じゃあ組み合わせが悪過ぎだ。
だが俺が一気にコイツを片付けて合流すれば問題ない。四人で掛かればカタが付くさ!
「こんのっ!」
「シャグ!」
刃を合わせた瞬間身を寄せ剣ごと敵を弾く。
後ろに押されたゴブの体勢は崩れてる。
数度は刃を当てたが鎧に弾かれていた。でも本気で断とうとすりゃあ別だ。
両手で柄を握り締め大上段で間合いを詰めた俺が刀を振り下ろす――――
「ん! だ、とぉ!?」
「キシ」
――――鎧ゴブと俺の間に在る崩れた壁の影から飛び出してきた一本の槍が俺の脇腹に刺さった。
「っ! ランザーーーーっ!」
「ゴアア!」
もう一匹隠れてた、だぁ?
ユメの声がやけに大きく響いてる。マナト達にも俺の状況は伝わるだろう。
槍を引き抜かれた俺は一歩下がったが
「……ったく」
しつけぇなぁ……
鎧ゴブが剣を振り上げてやがる。
なんだ……
鈍い衝撃を感じた――あと――――視界が暗闇に包まれた。
わりぃ…………みんな…………油断したわ。
「っい!」
「大丈夫かっ ランザっ!!」
横腹に走る痛みと共に視界が開けた。マナトが必死の形相で俺を見下ろしている。
「ま、ナト」
「よし! 俺が分かるな!? 待ってろ今腹を」
「ぐあっ」
「モグゾーっ」
モグゾーとハルヒロの悲鳴に顔を横に向ければモグゾーの肩口をホブゴブの棍棒が直撃して彼を吹き飛ばした。
肩逝ったぞあれっ!
「俺はもういいっ!」
立ち上がれ。立ち上がれたっ。
腹は、痛てぇ。痛てぇ、が……急所は外れてるみてぇだっ!
縮地で一気に間合いを詰めた。
モグゾーにトドメを刺そうとするホブゴブの目の前に躍り出れば刀を振って奴を守勢に回す。
「マナトっ! モグゾーをっ」
「分かったっ」
俺の腕力じゃあモグゾーみたいにコイツと打ち合えない。
だがかわせる。そして鎖帷子を着込んでいるとはいえ俺の刀を受けるのはホブゴブだって無事じゃあいられないらしい。受けには回ってくれる。
なんとか体勢を整えれば。
「マリク・エル・パルク!」
シホルが唱えた
ユメへの援護射撃は成功だ。
鎧ゴブを必死でけん制してたハルヒロはなんとか踏ん張ってる。
「おおおあっ!」
「グガっ」
袈裟掛けに振り抜いた刀がホブゴブの血を宙に舞わせた。が
「浅いかよっ!」
肉が硬い! 鎧が邪魔だ!
でもモグゾーの治療も終わる。そうすりゃ「ぐあああっ!」んだあ?
「ハルヒロっ!」
視界の隅でハルヒロの腹部に鎧ゴブの剣が突き刺さってる。
不味いっ。
「どおおおもおおおおおおっ!」
「ググギュ!」
傷が治るや駆け出したモグゾーのどうも斬が鎧ゴブを退かせる。
マナトが直ぐにハルヒロに駆け寄ってる、が「ちぃぃ!」ホブゴブの棍棒を避けそこなった。受けた、が身体ごと弾かれる。
コイツは厳しい。長くはもたねぇ。
「っ! は、はは」
「グギ?」
思わず笑っちまった。不思議そうな顔をするなよホブよ。俺だって不思議さ。
治療を受けたハルヒロの気配が動いた。いや、変わった。
モグゾーと相対している鎧ゴブの背後を伺うハルヒロの気配に確信する。
今あいつには
お前を終わらせる線がな。
マナトも感じたか? 鎧ゴブの注意をモグゾーと自分に引き付けた。
背後に回ったハルヒロがダガーを握りなお「いやああああああ! ユメええええええっ!」冗談だろっ!
「シホル下がりぃ! 早くっ」
「でもユメ! ユメ!」
ユメの太ももを槍が貫いてる。
槍ゴブが引き抜けば大量の血が地面に落ちて、その場にユメが崩れ落ちる。
「――――ぉい」
どこまでも……
「ぅわああああああっ!」
「ゴガ!?」
鎧ゴブの背後にまで回っていたハルヒロが急遽向きを変えて飛び出し槍ゴブからユメを引き離した。
シホルはユメを引き摺って下げマナトも向かった。
「ジリ貧だクソッタレがっ!」
まるで追いつかねぇ!
まるで噛み合わねぇ!
俺にホブゴブは斬りきれねぇ。
モグゾーに鎧ゴブは追いきれねぇ。
ハルヒロと槍ゴブは間合いが合わねぇ。
マナトの魔法が追いつかねぇ、シホルは何度魔法を使ったんだ? 顔色が辛そうだ。ユメは回復したあと戦えるのか? マナトはあと何度魔法が使える?
「みんなっ! 撤退だーっ!」
マナトが思い切り叫んだ。
「逃げろっ! みんな逃げるんだっ!」
名案だ賛成だ異議無しだっ!
ユメは……立ってる。だったら!
「おおおおっ!」
「グ!」
ホブゴブの頭を狙う。と見せて切り返し足を切る。
深手じゃないが痛てぇだろうが!
そのまま縮地を使って鎧ゴブに体当たりを食らわした。
「モグゾーっ! 行けっ!」
「でもランザ!」
「遅い順に逃げんだよっ! 分かったらさっさと行け!」
俺なら追いつける。後からでもな。
「このっ!」
「ハルヒロ!」
ハルヒロの背後から攻撃をしかけたマナトにあいつが合わせ槍ゴブが杖で弾かれた。
「ユメを!」
「分かったっ!」
ハルヒロはユメに肩を貸して逃げ出した。
シホルとモグゾーも走り出す。
「ランザ! お前も逃げろっ」
「先に行けっ!
「その傷じゃ無理だっ! 俺が」
だからっ!
「この傷を治すのがお前なんだろうがっ! なんとしても逃げ切れよっ!」
「くっ!」
ようやくマナトが逃げ出す。
最初にミスったのは俺だ、下手打ったのは他の誰でもないこの俺だっ!
「
誰一人殺させないっ!
槍ゴブとホブゴブが皆を追い出す気配を感じる。
目の前の鎧ゴブを殺して追うか?
いや、腹の傷が良くない。
動きが鈍い。身体が重い。攻め切れないっ。
だったらっ!
「おおおおおああああっ!!」
「ギギャギギギ!」
鎧ゴブの剣を打つ。打つ。打ち続ける。
力づくで押し込める。
「どうしたっ!」
「グ」
肩膝を付けっ!
「死ぬぞっ!」
「ギガ」
両膝を付かせるっ!
「早くしろっ!!」
「ギャグジャアアア!」
一際大きく叫んだ鎧ゴブの声を聞いて二つの気配が動いた。
そうだ。それでいい!
皆を追おうとしていた二匹のゴブリンがこちらに向かってくる気配だ。
親分が助けを求めたか? 戻るよう命令したか?
どっちでもいいっ!
大きな気配が飛び込んで来たのに合わせて身を翻す。
ホブゴブの棍棒が俺と鎧ゴブの間に振り下ろされる。
デカイ図体は死角を作るのに丁度いい。
切り替えした俺の前に槍が突き出されるが今度は予想しているさ。
かわし横をすり抜ける。
ここから縮地で一気に距離を取れば
「――あ、れ?」
何かに突き飛ばされるように身体が転げる。
不味い。
思ったより身体が重い。
縮地が、上手くいかない。
それでもただ走るよりは多少は速い筈だっ! ゴブリンに追い付かれる俺じゃあないっ!
逃げろ。
逃げろ。
とにかく逃げろ。
それだけを自分に言い聞かせて俺は森を駆け抜けた。
身体が重い。
足が重い。
腹が痛てぇ。
血が足りねぇ。
人の気配がする。
皆の声が聞こえた気がする。
どうしたマナト……慌てんなよ。
あぁ……
寒みぃ……
だりぃ……
腹が、痛くねぇ……
疲れた……疲れた……疲れた……
暗い……眠みぃ…………
「 ンザ」
なんだよ?
「 ランザ」
マナトか。
「よぉ。調子はどぅだい」
「ランザっ」
安心した顔のマナトを見て、記憶が戻ってきた。
「……俺」
「背中に矢が刺さってた。危なかったよ、間一髪」
「悪い。世話かけたな」
「いいさ」
身体を起こせばみんなが俺を見ていた。
「心配させるなよな」
ハルヒロの言葉で皆には悪いことをしたのだと理解した。
そうだな。
「悪かったよ。次は上手くやるさ」
「だな」
見渡せば
「ユメ?」
ユメが俯いてる。
バッ、と顔を上げれば涙が浮かんでいた。
一歩、足を踏み出せば両手を広げて飛び込んで来ようとする。
心配掛けたか……ユメ。
「ラン「らんざああああああああああああああああああ!!!」ぁ」
「どあああああああああああああああ!」
モグゾーが飛び込んで来た。つか飛び掛かってきたっ!
「ちょ! モグゾ! おま」
「うぉをおおおおおおお! らんざあああ!!」
ええええええい! 暑苦しいっ!
ぐわんぐわんと揺さぶられる中でユメの姿が見えるが、両手を広げたまま所在をなくしたユメが――右を向けばハルヒロが
「えっ! あ、え、とぉ」
左を向けばマナトが
「ははは。その、まぁ」
後ろを向いた。
「シホルーーー! 良かったなー」
「う、うん。わたしも心配したから」
「せやな~」
よし分かった。ユメそこ替われ。いやシホルさんその場所売って下さい。つか誰かっ!
この場所替わってくれないかっ!!
いい加減に離れんかむさ苦しいいいいいいいいいいいっ!
「らんざああああああああああああああああ」
「もぐぞおおおおおおおおおおおおおおおお」