灰と幻想のグリムガル――の冒険譚   作:小説はどうでしょう

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No8----虎穴に入らずんば虎子を得ず

 

 

「そっち行ったぞランザ!」

「オーライっ!」

 俺が隠れている部屋にゴブリンが逃げ込んできた。

 そのまま首を一閃して飛ばす。

「しっ! 残りはっ!」

「行くぞ」

 ゴブリンを追い立てたハルヒロがそのまま渡り廊下を飛び降りてマナトとユメの所に駆ける。だったらと俺はモグゾーのフォローに向かった。

「待たせたなぁ! モグゾー」

 

 俺達の狩りは順調だった。

 皆、それぞれスキルも増やし戦い方にも慣れてきたところだ。

 加勢に行こうと思ったが俺の足は直ぐに止まる。どうやら必要無さそう。

 既にゴブリンと鍔迫り合い(バインド)状態になっているからな。ここからは必勝パターンだ。

「このっ!」

 新しく覚えた巻撃(ウインド)でゴブリンの顔を切りつけ怯ませれば

「どおおおもーーっ!」

 どうも斬。憤怒の一撃(レイジブロー)で決まりだ。

 この必勝パターンは安定してるな。最近はゴブとのタイマンならモグゾーは負けなし。

 見れば向こうも決着したみたいだ。

 シホルの魔法・影鳴り(シャドービート)を受けて動きが止まったゴブリンをマナトが強打(スマッシュ)を放って仕留めた。

 しっかしなぁ……癒し手(ヒーラー)が前衛ってどうなんだ?

 マナトの奴、あぁ見えて結構前のめりの性格(たち)なんだよな。

「下がってろって言ってんのにマナトの奴……ん?」

 こっちは順調か

「やああっ」

 ユメが剣鉈でゴブリンの身を切り裂く。

 斜め十字か……弓よりも剣鉈に走る狩人ねぇ。ユメはホントに肝が据わっている。俺の刀よりも間合いが短いのによくやるよ。っと――――ハルヒロ……

「ァ…………ギゥ……」

「っよし!」

 また、か。

背面打突(バックスタブ)……ね」

 最後のゴブリンはハルヒロのダガーを受けて力無く倒れた。

 最近たまに見る光景だ。

 ハルヒロの一撃を受けて命を落とすゴブリンを。本当に、まるで、言葉の通りに

 

 命が、落ちる。

 

「終わったね、ランザ……ランザ?」

「…………」

「ランザっ」

「っ! なんだよモグゾー」

「どうしたの?」

 いつの間にか傍に来ていたモグゾーに不思議そうな顔をされた。少し、考え込みすぎたか。 

 

 

 俺達はダムローの旧市街を探索して歩いた。

 マナトの発案で探索を兼ねてマップを製作し始めた俺達はどこか楽しんでいる。

 勿論、偶にはさっきみたいに遭遇戦も始まるが、今はそれすらも楽しんでいるのかも知れないと思う。多分これが、慣れ、なんだろう。

「この部屋、次は右行ってみようか」

「そっちはランザに頼むよ。ハルヒロはさっきの建物の地下、見てきてくれるか?」

「了解」

「私は」

「シホルはユメと一緒に警戒なぁ。ゴブちんまだ居るかもしれんし」

「僕は?」

「俺と一緒に拠点の構築。これが終わったらご飯にしよう。敵を見付けなかったら休憩とってもう一探索。今日は早めにあがろうか」

「いいね」

「それじゃあ」

 マナトが手を置けば皆がそれにあわせる。いつからか決まり事になった俺達の合図。

 

「ファイト~~」

「「「「「いっぱ~~つっ!」」」」」

 

 俺達が作っているダムローの地図は結構な精度になっているだろう。

 いつかこれを量産して駆け出しの義勇兵にばら撒ければと思っているのは内緒だ。自分が駆け出しなうちは恥ずかしくていえないしな。

 俺は担当の右方向に――

 

「……ちょっといいか?」

「っ! ランザ?」

 

 

――向かわなかった。

 

 

 来たのは地下。ハルヒロの担当場所だ。

「どうしたの? ランザは右じゃあ」

「悪いなぁ、ほんと…………」

 悪い、ハルヒロ

 

 瞬間、俺達の距離がつまる。

 

「なっ!」

「疾っ!」

 俺が覚えた二つ目のスキルは縮地歩法だ。

 師匠の縮地は殆ど移動系魔法にしか見えなかったが、俺の縮地もすてたものじゃぁないぜ?

 そこからそのまま居合いに繋げればゴブリンあたりは何があったかもわからないで首が飛ぶ。筈なんだが

「かわすかねぇ、コイツをさ」

「なんの真似だよランザ!」

 俺の刀をかわしたハルヒロは戸惑ってる。そらぁそうだよなぁハルヒロ。

 お前は俺がお前に刃を向けるなんて思ってもいないもんな。そういうとこ、好きなんだけどさ。でも

「悪い。お前と戦って(やって)みたくなっちまったんだよ」

「冗談だろ? 俺達仲間じゃないかっ!」

「仲間だよ? でもさぁ」

 構える。

 込める。

 覚悟を決める。

 さぁ…………

「お前に見えてる世界を、見せてくれっ!」

 もう一度の縮地からの斬撃が、キィィンと音を立てて止まる。

 俺の刀をダガーが防いでいる。

 ようやく抜いた。抜いたなぁ、ハルヒロ。

「なんで俺達が」

「さぁ! 戦おう(やろう)かぁあああっ!」

 

 地下の暗闇の中、刀とダガーが生み出す火花が一層の光りを生み出している。

 斬る気は無い。本気では無い。

 でも手を抜いている訳では無いんだが

「速いなぁ、ハルヒロぉ!」

「もうやめろランザっ!!」

 ハルヒロは俺の斬撃をかわし、いなし、受け止めている。

 振る――受ける。

 振る――かわす。

 振る――弾く。

 振る――振る――振る――――

 

「は……ははっ! あはははっ!」

 

 マナトが居るんだ。腕の一本くらい斬っても――

 

「いいかあああっ!」

「っ!」

 

 初めて殺意を込めて刀を振った。振り抜いた。

 その先のハルヒロに目掛けて振り抜いた。

 その時、ハルヒロの目に殺意が沈む。

 

「なん!」

 俺の目の前にハルヒロのダガーが飛んで来た。

 唯一の武器のダガーを投擲してきたのは意表を突かれた。が、もう一本持っているのは知ってる。

 ダガーを弾けば「おま!」もう一本のダガーも飛来していた。

 ふざけるなよっ! 武器を二本とも手放してどうする!

 二本目を弾くには間に合わない。それは首を傾げてやり過ごす――――刹那

「っう! おおおおおっ!」

 背中に痛みが走ったのと俺が前方に転がったのはほぼ同時だった。

 

 振り返った先ではハルヒロが肘打ちを繰り出した体勢のままで俺を見詰めている。

 暗く、静かに、見下ろしていた。

 

 ナイフだったら死んでた。

 ダガーを持ってたら逃げられなかった。

 鳥肌が収まらない。背筋を走るものがある。心が泡立つ。

 これが背面打突(バックスタブ)だったら全ては終わっていた。

 

「お前……」

「……ランザ」

 

 刀を握る手が震える。

 静かにダガーを構えるハルヒロが見える。なんだよ、もう一本持ってるじゃねぇかよ。

 

「――――は」

 

「はは」

 

「ははははっ!」

「ランザ?」

 

 これか……これなんだな?

 

「これが()()なんだなっ!」

「…………」

 

 駄目だ。

 これは駄目だ。

 今のは確実に齎される死だ。

 絶対の、死だ。

 

 知りたい事は知った。見たいものは見た。感じたかったものは感じる事が出来た。

 ここらが潮時だ――と――わかっているのに――――

 

 

「おおおおおおおおあああああ!!!」

「………………」

 

 止まれないぃぃっ!!

 

 俺の縮地を待ち構えているハルヒロが居る。

 どう動く?

 どう捌く?

 俺の間合いに入った瞬間、ハルヒロが消える。確かに

「速いっ!」

 が! 俺のがもっと

 

――迅い(はやい)っ!――

 

 左に動いたハルヒロに追い付き捉えた。まま刀を振り下ろせば盗賊のマントが翻っている。

 気配が横をすり抜け背後に走る。

 そうさ! お前の背面打突(バックスタブ)からは――逃げないっ!

 

 無理やり身体をねじったが、かわせねぇっ!

痛い(つう)っ!」

 ダガーと身体の間に右腕を捻じ込んだ。

 あっさりと俺の腕に食い込むが斬り落とせはしねぇだろうがっ。

 強引に左で持った刀で刺しに行ったがキィンと火花が走る。

 だから何本ダガーを持ってやがるんだよテメェ。

 

 距離を取るが……うまくないなぁ。

 ダガーの一本は右腕で咥え取った。そうそう隠しても持てねぇだろう? 今持ってるのが最後の一本だ……って事にしてくれねぇかなぁ。

 左一本で持つ刀が随分と頼りなく感じるじゃないかよ。

 痛てぇなぁ、怖ぇなぁ、逃げてぇなぁ……でも

 

「楽しいなぁ、ハルヒロぉ」

「黙れよ、ランザ」

 身体中の細胞が弾ける様に一歩を踏み込んだ――が

 

「なにやってんだ二人共っ!!」

「「っ!」」

 

 飛び込んで来たマナトの声で、俺の熱は冷め、ハルヒロの熱は――戻った。

「どうなってるんだこれは! ハルヒロ!」

「お、俺に聞くなよ」

 流石に驚くのはハルヒロだ。まぁそうだろうな。今回あいつは被害者だ。

「ランザお前」

「悪かったよ」

「ランザ!」

「すまんっ! この通りっ!」

 俺は深々と頭を下げた。

「強くなってくハルヒロと手合わせしてみたかった。本気になる積もりは全然無かったんだけど少し熱くなった」

「少しってお前」

「本当にすまないっ!」

「……ランザ」

 マナトはとりあえず矛を収めてくれたみたいだ。

 そのままハルヒロを見る。

「ハルヒロ、悪かった。その……蹴るなり殴るなり好きにしてくれて構わない」

「え? いや、そんな事する気はないけどさ」

 ハルヒロもばつが悪そうだ。

 俺の所為で、申し訳ないことをしたと本当に思った。

「俺達は仲間、でいいんだろ? これらかも」

「お前が許してくれるなら、な」

「だったらもういいよ」

「……すまん」

 

 ハルヒロが俺を許してくれた。どうやら俺は自分で思ってるよりも良い仲間に恵まれたんだな。

 

 皆の下へ戻り昼食を取る事にする。

 マナトとハルヒロはさっきの事を口には出さない。

 お陰でシホル達には気取られる事無く、俺達は穏やかな昼食を取る事が出来た。俺達はというより、俺は、なんだろう。

「白神のエルリヒちゃん。これからもよろしゅうなぁ」

「狩人ギルドの儀式、だっけ?」

「そやでぇ」

 ユメにハルヒロが話し掛け皆はユメの穏やかな話に耳を傾け心を休めた。

 白く大きな狼の背にユメが乗って野を、森を、空を駆けている様が浮かぶ。

 確かにこれはいいかも知れない。

 

 少しだけ距離を置いて横になっていると隣にマナトが腰掛ける。

「…………」

「…………で?」

「……あぁ」

 やっぱりそりゃあ聞きたいよな。マナトは俺達のリーダーだ。

「目的は果たせたの? 結構危ない橋みたいだったけど」

「言うなよ、反省はしてる」

 視線だけで詫びる。

 実際、危ない橋だったのは骨身沁みたよ。

「光る線てやつ……知りたくてさ」

「ハルヒロがいってたやつ?」

「あぁ」

 

 時々、ハルヒロには見えるらしいんだ。

 敵の背後に光る、一筋の線が。

 その線を刃でなぞれば相手は確実に絶命する。

 どんなに堅い筋肉だろうと、まるで抵抗を感じさせないかの様に刃は相手に刺さり、決定的な何かに到達したと感じた時には絶叫も悶絶も見せる事無く敵は沈むという。

 本当にあるんだろうか?

 運が良いだけなんじゃないか?

 でも

「肘を喰らったよ。でもダガーを使われてたら間違いない……死んでたわ、俺」

「避けれない?」

「多分……避けるとか防ぐとか、そんな類のもんじゃねぇなぁありゃ」

 瞬間、全身が総毛立ったのを思い出す。今でも心の芯が震える。

 速いも遅いもない。

 

 あれは必然だ。

 

 あるタイミングである剣筋である速度で刃を滑らせれば命の根幹を絶つ事が確約されている。

 そんな摂理のこもった光明を、ハルヒロには視覚として捉える事が出来るんだろう。

 下手をすれば肘でだって俺は終わっていたかもしれない。

 あの時はただ恐怖からがむしゃらに逃げただけだ。線が見えるのが運だと言うなら逃げる為に俺が必要とした運の方がよほど大きい。

「でも盗賊の先生にも言われたらしいよ。別に特別な事じゃないって。その先生だって見える事があるらしいし。盗賊固有の特性なのかもしれないじゃないか」

「ハルヒロほど多くは無いって話だろ。あいつが特別に、とは考えないのか?」

「いつ見えるのか分からないんじゃ戦略(プラン)には組み込めないよ」

「分かるけどよ。使えれば……でかい」

 それは俺達パーティにとっての神の一突だ。

「だから仕掛けたのかい?」

「…………一回の戦闘で二、いや一回でもいい。確実に見えるなら組み込めないか? 俺と一回、午前の戦いでも多分一回、見えてるぞ、あいつ」

「どうかな。不安定な要素であるのも事実だよ。諸刃の剣には違いない」

「まぁ……そうなんだけどな」

 パーティ全体を見るマナトとしちゃあやっぱりそうなるしかない。

 出るか出ないかはっきりしない必殺を()()には出来ない。

 

「俺は今のままのパーティでも良いと思ってる。皆確実に成長してる。俺達はだんだん良いパーティになってきてるよ。不安定な要素を突き詰めなくても確実な方法を俺は取りたい」

 そういやさっきマナトは皆を褒めてた。

 モグゾーやユメ、シホルの成長をマナトはキチンと把握している。シホル辺りはまだ夢見心地なんだろうさ。

「ハルヒロにも言ってやれよ。拗ねるぞあいつ」

「ハルヒロに? ははは、あいつにはそんな必要はないだろ?」

「まぁ、そうなんだろうけどよ」

 でもあいつはお前ほど()()()に自信を持っちゃいないぜ?

 

 マナトにとって俺達は仲間で、ハルヒロは相棒なんだって事は一度キチンと口にしてやれよ。

 

 ハルヒロの奴は分かっちゃいない。

 あいつはマナトが俺達の下に戻ってきてくれて助けてくれたと思ってる。でもなぁ

「お前が俺達の所に戻って来たんじゃない。お前達が戻ってきたんだって事を、あいつは忘れてるんだぜ?」

「ははは。ハルヒロは周りを優先しちゃうからなぁ」

 最初の日。事務所から出て情報を得に街に下りたのはマナトとハルヒロだ。俺達はただ事務所の前で立っていただけさ。何をどうすればいいのかなんて分かりもしないで。

 マナトとハルヒロが戻ってきた時、俺達がどんなに嬉しかったか、お前は考えつきもしないんだろうなぁ。

 仲間を気遣うのはリーダーの仕事だよ。やる気を出させるのもな。でも相棒の仕事じゃあない。

 お前はただ、横を歩いてりゃいいんだよハルヒロ。

 お前とマナトの後を、俺達は付いていくのさ。

 

 俺は立ち上がる事にした。

 もうそろそろ休憩も終わりだろう。

「ま、お前の路線にも異論はねぇからな。リーダーの舵取りには従うよ。頼むぜマナト」

「こっちこそだよ。さて」

 俺達は二人、皆の下へと向かうことにした。

 どこか誇らしげに仕度を整えて俺達を待つ仲間の下へ。

 

 

 俺は、俺とマナトは、この時は予想もしていなかった――――

 

 

「そろそろ午後の部、始めるか」

「あぁ、そうしよう」

 

 

――――この先に待っている、本当の戦いを…………

 

 

 


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