灰と幻想のグリムガル――の冒険譚   作:小説はどうでしょう

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No7----街歩きはランザと一緒に

「ふ~……やっぱりシーツっていいよなぁ」

「布一枚で随分違うよね。ありがとね、モグゾー」

「う、うん。でも僕ってよりはランザが」

「ん? そういえばランザの奴は?」

「食事が終わったら出掛けたよ。街に用事があるみたいな事言ってたし」

「ランザは、いろいろと忙しそうだから」

「そうなのか?」

「うん」

 

 そう。彼は何かと、その、動き回っていることだろう。

 

 僕が今日一日彼に連れ歩かれた結果に分かったことは、彼、ランザは僕らが知らない間に随分とこのオルタナに溶け込んでいるという事だった。

 

 始まりは……どうやら昨日の夜にハルヒロと何やら話した事だったらしい。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「モグゾー、今日暇?」

「え?」

 あまり彼に休みの都合を聞かれた事は無かった。確かに今日はダムローには行かないで休養しようって昨日マナト君が言ってたし

「別に、これといった用事はないけど」

「じゃあちょっと付き合ってくれないか? 街で幾つか手に入れたい物があるんだけど一人じゃ持ちきれないからさ」

「買い物? うん、別に構わないよ」

「あんがと」

 今日は天気も良さそうだし、偶にはランザと出歩くのも悪くない。

 仲間だしさ。そういう機会は大事にしたい。

 

 僕が身支度を済ませて「お待たせ」と振り返ったら、ランザは木彫りの置物を手にとって眺めてた。

 僕が彫ったゴブリンだ。

 手先の器用さには少し自信がある。もっとも、暇潰し程度だけど。

 

「なぁモグゾー。これ、俺にくれないか?」

「ん? 別にいいけど。売るの? 売れるとは思えないけど」

「まぁ売りはしないけど手放す事は手放すんだが、それでいいか?」

「別にいいけど」

「サンキュ。んじゃ行こうぜ」

「うん」

 彼は木彫りのゴブリンを布で包み自分の袋に入れて街に向かった。

 

 今思えば、本当に始まりは僕が彫ったゴブリンだったんだよな~。

 それがまさか、こんな事になるなんて――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 彼が僕を連れて行ったのは可也立派なお屋敷の正門だった。

「ランザ? ここって」

「あぁ、エルウィン子爵のお屋敷だ。こないだ庭木の手入れのバイトをしてな」

「そんな事してたの!?」

「ゴブリンだけ狩ってても貧乏暇無しじゃねぇか。色々と金も入用なんだよ」

「僕知らなかったよ、ランザが他でも稼いでるなんて」

「別に内緒にはしてないけど、っと! 子爵だ、合わせろよ」

「へ? ちょちょ」

「こんにちは、子爵」

「おぉ! お前か。今日はどうした? 庭木の手入れならこの前済ませたばかりだろう。枝の伸び具合でも見に来たのかね?」

 子爵はランザに対してだいぶ友好的みたいだ。笑顔で話してる。

 開けて貰った正門から入りながらランザは笑顔で握手を交わしてる。というか、随分と手馴れてるなぁ。

「違いますよ、今日は近くまで寄ったもので芝生でも伸びてないかな~っと、思ったんですが……どうやら仕事になるほどは伸びてない様でがっかりしてたところです」

「ははは。なんだ、次は芝刈りも始めるのか? あまり庭師の領分を侵してやるなよ」

「爺さんの腰が治るまでですからね。水でも撒いて早く伸ばしたいくらいですよ」

「おいおい、勘弁してくれよ」

 聞けばこの屋敷の庭師の人が腰を痛めて仕事が出来なくなって、仕事に穴を開けると替わりの庭師を雇われてしまう、というので庭師の腰が治るまで子爵の庭の手入れをしているという事だ。

 厳密な意味での雇い主はどうやらその庭師らしい。

 しかも事情を知った子爵からも駄賃を貰っているそうだから二重取りだ。

 うまい話ってのはある所にはあるんだなぁ。

 庭を一望出来るテラスに案内されると既に紅茶が用意されていた。

 この屋敷には結構な使用人が居るみたいだ。僕なんかは緊張しちゃって何にも言えないんだけどランザは「どうも」とさっさと紅茶に口をつけてるし。

 場馴れしてるなぁ。

「ちょうど息子が帰る頃だ。また遊んでやってくれると助かる」

「いやぁ、実はその息子さんの事で来たってのが今日のメインでして」

「息子の?」

 子爵が止まればランザは袋から布包みを取り出した――――って! ここでそれを何で出すの!? やめてよっ!!

 

「これは?」

「はい。木彫りの置物です。ゴブリンの」

「ぁ……ぁ……」

 ランザは僕の彫ったゴブリンをテーブルの上に置いた。

 あぁ、なんか改めてみると下手くそな仕上がりが……やめてください子爵、そんなにまじまじ見ないでくださいっ。

 僕が恥ずかしさにこの巨体が入れそうな穴を探していると

「あっ! ランザだ!」

「へ?」

「やぁ坊ちゃん。こんにちわ」

 小さな男の子がランザに跳び付いて来た。

 随分懐いている様子で笑顔でランザに絡まってる。身長の低いランザでもこの子にとっては大きな兄なんだろうな。

「っ! ランザこれ何!」

「ん? あぁ、これね」

 男の子はテーブルに置かれたゴブリンを見るなり興味津々で触れんばかりの距離で眺めてる。

「俺のパーティの仲間が彫ったんだ。な!?」

「え?」

「すごいっ! お兄ちゃんが彫ったのっ!」

「あ、え~と、そ、そうだよ」

「すっげーー」

 キラキラした目が僕に向けられた。

 ちょっと照れくさい。

「よかったら坊ちゃんに差し上げようと思って持ってきたんだけど、どうかな?」

「ほんとっ! ありあとランザっ!」

「おう」

 男の子は言うや素早くゴブリンを手にとって屋敷の中に駆け込んでいった。

 確かに手放したねランザ。まぁ売られるよりは僕も気分が良いかな。子供に喜んでもらえたし。今度はもうチョット可愛い物を作ろうかな? それともかっこいい方が……なんて僕が考えてると

「やれやれ、息子にも困ったものだ」

 温和な苦笑いを見せた子爵は

「すまないなランザ。支払おう、幾らでよいかね」

 と言ってくれた。

 なるほど、結果的に売る形を取るんだ。でもまぁ気分的に売り付けるとは違うから気分が「そんな! お代なんていりませんよ」……あれ?

「しかし」

「もともとプレゼントする積もりだったんですからお金なんて貰えませんよ。彼だってそんな気で彫ったんじゃないし、な?」

「へ? も、もちろんです、はい」

 もうやめて! 振らないください~。

 ん? ランザが俯いて……ニヤけてる。なんだろう?

「子爵。実はお金なんかよりも教えて欲しい事があるんですけど、その、よろしいでしょうか?」

「ん? 私に分かる事なら何でも教えるが?」

 ランザは何を聞きたいんだろう?

「実はパーティの仲間内で神官と魔法使いの二人がその、いい関係になりまして」

「ほう。まぁ命の危険を共に超えているとそういう事もあるのかもしれないね」

「えぇ」

 えぇ、って! それってマナト君とシホルの話なの? つか僕聞いてないんだけど!?

「それでですね? 我々他の仲間内からも二人へ祝福する意味合いの何かを贈れないものかと相談しているんですが、その、この国で一般的にそういう時にはどんな物を贈るのかって事が分からなくて」

「なるほど。確かに、なぜか君達義勇兵の多くはグリムガルの常識というか風習に疎いところが多いからな」

「そうなんですよね。それでどうにも困ってしまって」

 僕らにはこの世界に来るまでの記憶がない。

 記憶が無い常識にも風習には疎いに決まってるよね。

 

「なるほど…………どれ。ちょっと待っててくれ」

「子爵?」

 少し考え込んだ子爵は家の中へと入って行ったら直ぐに戻ってきた。

 その手に箱を一つ持ってる。

「アラバキアには昔から婚礼の祝いや特別な記念日に光明神ルミアリスの刻印が彫られたグラスを贈る風習があるんだ。まぁ流行って感じでもあるんだがね」

「なるほど、ルミアリスですか」

 開けられた箱の中にがワイングラスが二つ収められていた。

 持ち手に装飾が施されていて、見れば確かにルミアリス神殿に刻まれているものと同じ刻印が施されている。

 綺麗だなぁ。

「良い話を聞かせていただきました。さっそくグラスを探してみ「その必要はない」ま、子爵?」

 子爵は箱の蓋を閉じるとそのままランザの前に押し出した。

「あのゴブリンの代金代わり、という訳でもないのだが我が家にはこの手のグラスが沢山余っているのでな。このまま埃に埋もらせていたのでは頂いた先方にもかえって失礼と云うものだろう。お前が有効に使ってくれると嬉しい」

「それじゃあ子爵」

「うむ。進呈するよ。受け取ってくれたまえ」

「そん、いえ。お心遣いありがたく頂戴致します」

「あ、ありがとうございましたっ!」

「うむ。さ、行きたまえ。また息子に捕まったらなかなか帰れんからな」

「はい。失礼します」

「失礼しますっ」

「あぁ」

 

 そうして僕とランザは子爵の屋敷を後にした訳なんだけど、ランザの手に在った僕のゴブリンはルミアリスの刻印入りワイングラス二つに姿を変えていた。

「これを売るんだろ? ランザ」

「あん? だから売らないってば。これ売ってるのも見たからな。多分いいとこ銀貨二枚。まぁおまけが付いても銅貨五十枚じゃないか」

「そうなの?」

 それでも充分だと思うんだけど。元は僕の手作りゴブリンな訳だし。

「さ、次行くぞ」

「え? 次って?」

 

 またランザは僕を置いていきかねない速度で歩き出した。

「ちょと待ってよランザ。今度は何処に行くのさぁ」

「雑貨屋だよ」

「雑貨屋さん?」

 なんだ、やっぱり売るんじゃないか。

 雑貨屋さんは買い付けももちろんしてくれるからね。銀貨二枚になればしばらくは夕食も豪勢になりそうだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「よ! おっちゃん」

「おぉ! ランザじゃねぇか。ん? なんだよ、今日の連れは男かい。そいつもお前さんの?」

「あぁ。戦士のモグゾーってんだ」

「どうも」

「おう、よろしくな」

 この雑貨屋さんはランザとは随分と親しいみたいだ。

 でも()()()()()()ってのは? 違う日には他の誰かと来たのかな?

「で? どうだったの?」

「あぁ! 今日はなんでも安くするぜ」

「じゃあ、上手くいった訳だ」

「店に卿がそのねーちゃんと一緒に来たとよ。使用人の洋装一式、カミさんのとこに一括だ。ランザ。お前さんなにやらかしたんだ?」

「別に俺はなにもしちゃいないさ。俺はね」

 

 どうやらランザは知り合いの女の人に頼んで貴族に「私の親戚が洋服屋なんだけど売り上げが伸びなくて大変苦労しるみたいで……私も昔その人にはお世話になったからなんとか力に成れないかと思ってるんだけどなかなか…………あ! もし良かったら誰か知り合いでお洋服を、例えば貴族の方とかで使用人なんか雇い入れる予定とかあったら口利いて貰えませんか? 私もご一緒しますから親戚の店まで行って一着でもいいから洋服を注文していただける方とか知らないかしら?」と言って貰ったらしい。

 僕にはどういう事か分からないけど、その頼まれた貴族本人が使用人を雇う予定でもあったのか、その女性と一緒に雑貨屋さんの奥さんがやっている洋服屋に来て大量の注文をしてくれたって事みたい。

 

「これ、おっちゃんに引き取って欲しいんだけど」

「ん?」

 ちらっと見て直ぐに分かったみたい。

「なんだよ、ルミアリスのグラスか。買取はそんなに高いもんじゃぁねぇが」

 なんだろう? いい笑顔になってる。

「銀貨五十枚で引き取ってやろうか?」

「ええええっ」

「モグゾー声でかいって」

「ご、ごめ」

 だって五十枚だよ!? さっきランザも銀貨二枚とか言ってたじゃないか。

「随分とべらぼうだなぁ」

「ま、これでも少ないくらいなんだがな。俺達としてもお前とは上手く付き合いたいと思ってるんだよ」

「つまりダリュー卿は使用人の服以外にも色々と注文してくれた訳だ。利益も、まぁ結構出たと」

「そういう事だ。()()とバーターってんじゃこっちの目覚めが悪過ぎるんでなぁ。お前に恨まれるのもぞっとしねぇしよ」

「俺から持ちかけといてそれはねぇよ」

 モグゾーはあんまり驚いてなかった。もしかしたら予想してたのかもしれないな。

「おっちゃん、銀貨は要らない。その代わり欲しいものがあるんだけど」

「あん? 物と交換か? 構わねぇよ、物にもよるが」

「そんじゃあ、倉庫の一番奥の一番上に在るダイクレーブ著のランブリュー伝記って本が欲しいんだけど」

「あ~? そんなもんあったかな?」

「あるよ」

「ちょっと待っててくれよ」

 テントの後ろの小屋に入っていく店主の姿を見送ってから、ランザになんでランザが雑貨屋の倉庫の中なんて知ってるのか聞いてみたら「この前ここの倉庫の整理のバイトしたからな」と言った。いったい彼は何個のバイトをこなしたんだろうか?

 暫くすると古い感じの本を一冊持って出て来た。

「有った有った。しかしお前、よくこんな本の事覚えてたな」

「ちゃんとバイトしてたってだけだろ。整理したの俺なんだから知ってて当たり前だよ。んで?」

「交換だろ? まぁ俺は構わねぇがお前はそれでいいのか? 俺としちゃこのグラスが無くても五十枚くらいは包む積もりだったんだけどな。この本、売っても精々銀貨三枚だぜ?」

「良いんだよ。儲けたのはそっちの成果さ。んで、儲け損なったのは俺の失敗だ」

「補填は考えないか?」

 ランザの笑顔に曇りは無かった。

「損失は無いからな。俺はブローチ一個にはあの程度と思って話を持ちかけたし、それ以上の利を得たのはそっちの運さ。俺がそこまで考えてたんなら利益の分け前でも決めて話を持ってったよ。そうしなかった時点であの取引は終いだ」

 自分のお陰で儲けたんだから分け前寄越せなんて言わない。とランザは締めくくった。

 彼にとってはそれで終わりの話みたいだ。

 店主も呆れたのか、それとも認めたのか。じゃあ、と言って本をランザに渡した。

「そんじゃこの本はお前さんにやるよ。グラスと交換でな」

「あんがとさん。また頼むよ」

「あぁ、こっちこそな」

 ランザと店主は握手していたので商談は上手く纏まったみたいだ。

 確かに銀貨五十枚は勿体無いけど、たしかランザはあのグラスは売っても銀貨二枚程度だと言ってた。おまけでも銅貨五十枚。

 店主が本の事を銀貨三枚程度の価値と言ってたから、得をしたと言えば得をしたのかもしれないけど……

 

「もっと儲かったのに、よかったの? ランザ」

「ん~? 相手によるさ。例えば貴族は自分で苦労したんでもなんでもない富だからな。賄賂を取る奴や悪徳商人もそうさ、取れるだけ取るし多少の嘘は平気だぜ? でも一般人には駄目だ。正当な取引以外俺は認めない。これはまぁ、俺の流儀って奴だな」

「ふ~ん。いいんじゃない」

「だろ」

 ランザに後悔は無いみたいだ。さっぱりしてる。

「それにこれであの店は俺の事を良い奴だと思うだろう。少なくとも金に汚い人間だとは思われねぇ。これから先、銀貨五十枚以上の利益を生む取引も出来るかもしれないと思えば今回の取引はこれはこれで成功だ」

「そうだね」

「さ、次行くぞ」

「…………え?」

 

 ちょ、またどっか行くの? 

 まぁ流石に僕もランザのやりたいことは分かったけど……つか、そもそもなんで今日はこんな事してるんだろうか? 彼は。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 それからも僕とランザは街中を歩き回った。

 物々交換行脚の続きだ。

 

 ランザはあれから飲み屋街の中に在る一件の酒屋に行き、そこの店主に本を渡した。

「おぉ! 探してたんだよ。もう絶版になってて手に入らないと思ってたからな」だそうだ。

 それほど人気があった訳でもないその本は再販もされないし、そもそも大した数は売れなかったみたい。でも店主はそのダイクレーブという作者の事が大好きらしい。

 そしてその店主からはワインを一本貰うことになった。

「しっかしお前もまた珍しいワインを欲しがるな。確かに既存の本数は少ないが……不味いぞ?」

「知ってる」

 どうやら不作の年に作られたワインで出来も悪かったらしい。

 だから売れず、本数も少ない。たしかに倉庫で眠り続けるだけのワインみたいだけど。

 ここでもバイトしたのかと思ったら違った。

「この店はワインの売り上げはオルタナでも三番目だ。でも貯蔵は一番だからな。このワインも有ると踏んだだけさ」とランザは笑って言った。無かった場合には他の物を要求する積もりだったみたい。

 

 で、今度はそのワインをとある有名な鍛冶屋に持ち込んだ。

 きっとワイン好きなんだと思ったんだけど

「酒屋の店主も言ってたろ? このワインは不味いんだ」

「でもだったらこの鍛冶師さんだって飲まないんじゃ」

「飲まないよ、勿論」

 そう、断言された。

「これだ! 探してたんだこれをっ!」

「オルタナには多分この一本だけですよ」

「おぉ! そうかっ!」

 この鍛冶師はコレクターだった。

 でもワインではなくて絵画の、だ。しかもジャン・サルコーという画家が好きらしくてその画家の描いた作品を集めているそうだ。

「サルコーが唯一、エチケットを描いたのがこのワインなんだ」

「エチケット?」

「瓶に張ってある絵さ」

 欲しいのは美味いワインではなく、上手い絵の張られたワインボトルだという事だ。

 

 行脚はまだまだ続いた。

 鍛冶屋から貰った一本の両刃の剣は、ある義勇兵に惚れている宿屋の女主人の下へと行きそこでドレスに姿を変えた。

 そのドレスは花屋の娘に一目惚れした行商人の手に渡り持ちきれない程の香辛料に姿を替え、その香辛料は高級料理店で銀食器の数々へと形を変え、さらにその食器達は正規兵である辺境軍の晩餐会のテーブルに並ぶ事になり嘘かホントか(ドラゴン)の鱗になり、その鱗はオルタナの中央に居を構える大手商会の手に渡り僕らの手元には宝石が一つ残され、その宝石は宝石商で金貨三枚で引き取られた。

 

 金貨――――三枚。

 

 僕が薪の残りで削って作ったゴブリンの置物が、たった一日で…………「きんか……さんま、い」

「いや、お前はどこのシホルだよ」

「だだだって! 金貨だよ金貨! それも三枚っ!」

 大変だ! 団章なんて買い放題じゃないか。これで僕達も見習い義勇兵から本物の義勇兵になれるんだ。

「凄いよランザ! 皆のところに戻ろうよ。これで皆の団章を「ごめん、モグゾー」か、ランザ?」

「この金貨、使わせてもらうわ」

「……え?」

 ランザは金貨を使わせて貰うと言った。

 なんで?

 それで団章を買うんじゃないの?

 ランザは申し訳無さそうに微笑むと、そのまま歩き出した。

「ま、待ってよランザ」

「行くぞ、モグゾー」

 そりゃあ、彼が稼いだ金貨だし、別にそれで皆の団章を買わなきゃならないって訳じゃないんだけど、でも、買ったっていいじゃないかとも思う。

「不満か?」

「別に、そういう訳じゃないけど」

 顔に出たんだろうか……

「確かにこの金貨を持って帰れば今は楽になるんだけどな」

「うん」

「でもなぁ、これから先を考えると俺は出来るだけ商人達とは上手くやって行きたいんだよ。生きてく為によ」

「ランザは上手くやってたじゃないか。皆と仲も良かったし」

 彼は僕の知らない場所で、知らない世界で、自分自身の関わりを作っていた。それは多分、彼一人ならば充分に生きていける程の。

「それがなぁ~」

「ん?」

 頭をがしがしと掻くと溜め息を漏らした。こんなに上手く事が運んでいるのに?

「俺が考えてたより儲けが出過ぎた人が居てなぁ~。ちょっと後々面倒になりそうなトコにシコリを残しちまったんだよ。だからそれを埋めときたいんだ」

「儲け過ぎた人? ランザ以上に?」

 今日儲けたのは誰よりもランザだと思った。

 彼が言う儲け過ぎた人とは雑貨屋さんの奥さんらしい。使用人の衣服を注文された人だ。

「でも確かに儲けたみたいな口ぶりだったけど、儲け過ぎって分かるの?」

「流石に使用人の服くらいで俺に銀貨五十枚出そうって位に儲けは出ないだろ」

「まぁ、そうなの? かな?」

 人数も服の値段も分からないからなんとも言えないけど。

「それが五十枚出すって事はあの色ボケオヤジ、他の仕事までその洋服屋に与えたって事だ。それこそ金貨が音を立てるくらいのな。そこまでしてイイカッコしたかったとはねぇ。読み切れなかった俺の失敗なんだろうけど」

「よく分かんないんだけど、それって駄目だったの? 雑貨屋のおじさんも喜んでたし洋服屋さんだっておじさんの奥さんなんでしょ?」

「今回の利益が()()()()だけなら問題ないんだけどさ、今回は更に転がった分もあるんだよ。だから大きな数字になった。で転がっちまったって事は転げ落ちた()があるって事」

「う~ん、つまり、奥さんの洋服屋さんに仕事を取られたお店があるって事?」

 それは多分ランザの予定には無かったんだ。

「俺の知らないトコで勝手に動く分には問題無いんだけどよ、今回は思いっきり絡んじまったからな。このままだと具合が悪いのよ俺。で、必要になった訳」

「金貨三枚が?」

「そゆこと、と着いたぞ」

「ここは」

 そこは可也大きな店だった。

 

 そこは服は勿論、靴や鞄、小物から家具まで置いている。小さな市場が丸ごと店になったみたいだ。

 店に入るや直ぐに現れたのは恰幅のいいおばさんだ。笑顔なんだけど……怖い~。

「おやランザじゃないか。よく顔を出せたもんだねぇ」

「やぁマサリィさん。調子はどうだい」

「お蔭さんでお得意様を一人失いそうな勢いでね。聞けばアンタの顔がチラチラ出てくるじゃないさ。あたしゃお前さんから買った恨みを思い出せないんだが教えて貰えると嬉しいねぇ」

「いやぁ、怖いなぁ」

 よく笑えるねランザ。僕はもう逃げ出したい。ホントに怖いんだけど~。

「別にダリュー卿の仕事の一切合財を持ってかれた訳じゃないですよね?」

「ふん。あそこに賄えるのは服だけだろうさ。旦那の雑貨も屋敷にゃ不釣合いさ。でもねぇ」

「まぁ使用人、結構居ますもんね」

「結構も結構さ。ちょっと笑えない位にはね」

「でもクオリティを保つにはマサリィさんトコ位じゃないと無理だろ? 継続して依頼を受け続けるにはあの店にダリュー卿は荷が勝ち過ぎさ。出来て数人、しかも格下の使用人相手が関の山」

「アンタの落とし所としちゃあそうだったんだろうがね。ま、あたしもそこいらで手打ちってんなら呑めた話だったんだが」

 マサリィさんはランザと額を付け合うくらいに顔を近付けた。よく逃げないなぁランザ。

「あのスケベオヤジは目測を誤っちまった。すぐに埋まるとは言え、ウチに開いた穴はデカイよ」

「だから埋めにきた」

 近くのテーブルの上に金貨を三枚置いた。

 それがこの店が失った金額って事なのかな? でもだからって

「なんだいこの金貨は。あたしゃお前さんから恵んでもらうほど落ちぶれちゃいないんだがね」

「誰がただでやるって言ったよ? 金貨だぜ? 冗談ポイポイ」

「あん?」

 少しだけ距離があいた。

 

 

「この金貨三枚で――――売って欲しいものがあるんだけど」

「買い物? これで?」

「あぁ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 結果、僕とランザが持って帰ってきたのは沢山の古着や使い古しのシーツだった。

 マサリィさんの支店には露天で古着を扱っている店も何件かあって、そこは僕達パーティが利用している古着屋。

 ランザはそれらの店から僕らにあったサイズの服や下着を大量に買い付ける事にしたんだ。それも、売り物にならない物や売れ残りの品を中心にして。

 店側とすれば在庫の一掃整理にもなるし、値引く事でしか売り様の無いものも普通に売れるから大助かりになる。

 他にシーツやエプロンなんかも購入した。

 金貨三枚じゃあお釣りがたっぷり出そうだったけど、それは全てマサリィさんに渡す事にランザはした。

「釣りはいらねぇよ」と言ってみたかったと。多分二度と言わないとも言っていたけど。

 勿論、これでマサリィさんが失った利益を補填出来る訳はないんだけど、それでも話が纏まったのはランザが狙ったのがマサリィさんじゃなかったからだろう。

「世帯がでかいのも考えものさね」と呆れた彼女を思い出す。

 ランザの買い物で喜ぶのは彼女じゃない。彼女の下の支店で働く多くの古着屋さん達だ。そしてそこで生計を立てるより多くの人達。

「彼女は気に食わないだろうなぁ。でも多くの部下が俺に感謝してりゃあ無下には出来ないだろ?」とはランザの弁。

 

 僕達が持ち帰った服は皆を多いに喜ばせた。

 気が付かなかったけど確かに女子の下着とかは問題だったと思う。最初に気が付いたのはハルヒロだと聞いた。

 やっぱり何だかんだでハルヒロは周りをよく見てると思う。僕と一緒で言葉にはあまり出さないけど。

 シーツは寝床に敷いた。

 藁葺きもいいんだけどシーツを二枚くらい重ねて敷くと寝心地が段違いだ。

 これからは安眠出来そう。

 

 夕食を済ませたランザはまた夜の街へと姿を消した。

 きっとまた、彼は彼の関わりと繋がりを構築しているんだろう。もしくは楽しんでいるのかもしれない、彼の中のグリムガルを。

 僕には多分出来ないと思うけど、いつかまた――――

 

「ふ~……やっぱりシーツっていいよなぁ」

「布一枚で随分違うよね。ありがとね、モグゾー」

「う、うん。でも僕ってよりはランザが」

「ん? そういえばランザの奴は?」

「食事が終わったら出掛けたよ。街に用事があるみたいな事言ってたし」

「ランザは、いろいろと忙しそうだから」

「そうなのか?」

「うん」

 

――――彼と一緒に街を色々と巡ってみたい。商人みたいに、ね。

 

 

 


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