灰と幻想のグリムガル――の冒険譚   作:小説はどうでしょう

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No6----見習い義勇兵はいろいろ持て余す

 廃墟の壁に背を付け隙間から向こうを覗いていたハルヒロが指でサインを示す。

 右に二匹、奥に一匹。奥は寝てる、か。

 

「……」

 マナトの合図で俺達は配置に付いた。

 モグゾーはハルヒロとは反対側の端に待機して、俺はハルヒロと入れ替わる。

 向こう壁にはマナトとシホルだ。

「…………マリク・エル……」

 シホルの詠唱が始まる。そしてそれに先駆けて

「ほな!」

 壁から堂々と姿を見せ真正面に見えている睡眠中のゴブリンを狙ってユメが矢を放った。

 当たれば良し。当たらなくても動揺させる事が出来ても良しだ。

「――ギ! アアアアアアっ!」

「当たったやんっ」

 肩だけどね。だが充分だ。

 それに遅れる事一呼吸、今度は「パルクっ!」とシホルの声が響けば魔法の光弾(マジックミサイル)を手前の二匹に放った。

「グギャ!」

「シャギイイィ!」

 当たった方のゴブリンは吹き飛んでいる。

「ランザ! モグゾーっ!」

「おぉ!」

「うん!」

 ここから先は俺達の出番だ。

 壁から飛び出した俺は部屋の中を確認する。倒れている奴は向こうだ、モグゾーの目の前。だったら俺は剣を持って向かってくる奴。

「キギアアアアっ!」

「こんなっ」

 いきなりの襲撃に混乱しているゴブリンは小細工無しの大振りで襲ってくる。

 体をずらせば俺の横を剣に振り回される様にゴブリンの身体が動く。交わしざまに刀を滑らせればゴブリンの両腕を斬り落とした。

「イイイアアアアアア!」

 止め(とどめ)は必要無い。

 そのまま勢いを殺す事無く足を奥へと向ける。

 視線の端では尻餅をついているゴブリンの頭をモグゾーが大剣で割っていた。

 俺は真っ直ぐに奥のゴブリンへと向かう。背後で聞こえていたゴブリンの悲鳴が止んだ。

 俺が腕を斬ったゴブリンをハルヒロが仕留めたんだろう。

 目指すゴブリンは肩に矢が刺さったまま剣を構えているが、既に殺意も戦意も削がれている。悪いがそれじゃあ

「疾」

「ヒャ」

 

 俺の居合いは防げない。

 

 鞘から飛び出した刀はその速度を緩める事無く、ゴブリンの首を飛ばし、また鞘に納まった。

 

 今日も無事、俺達はゴブリンを狩ることが出来た。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 初めてゴブリンを殺した日から、俺達の狩りはそこそこ順調に回り始めた。

 最近は三匹程度のゴブリンであれば真正面から戦っても余裕がある。四匹だって慎重に行けばなんとか。5匹以上居たら? そん時は勿論逃げるさ。

 森での狩りはリスクは少ないがモンスターとの遭遇率も少ない。

 確かに安全なのかも知れないが、それがそのまま収入や暮らしに直結する俺達としてはそれもまた痛し痒しと言ったところ。

 だから、という訳でもないのだが、俺達の最近の狩場はオルタナから四キロばかり離れたダムローの旧市街地となっている。

 

 昔はアラバキア王国第二の都市だったらしいが、今では建物の半数以上が崩壊している廃遺跡だ。

 そしてここには新市街から落ちぶれて来たゴブリン達が生息している。

 当然、森よりも手強い連中も居るが遭遇率そのものも上がるんだ。

 だが俺達へのチャンスだってそれだけ上がるのだから慎重に確実に成果を重ねていこう、とはマナトの弁。無論、異存は無いね。

 そして今日も今日とてダムローで狩った訳だ。

 

 今日のゴブリンは昨日ほどの実入りは無かったが一人銀貨二枚くらいにはなった。

 丁度刀の手入れをしておきたかった俺には渡りに船の儲けだ。

 狩りが終われば鍛冶屋に向かい刀を研いで貰った。本当は預けておけば念入りにやって貰えるんだけどその分経費も掛かる。

 今は妥協の一言だな。

 

 簡単な手入れをして貰って宿へと足を向けて歩く。

 義勇兵用の安宿と言えども金は掛かる。

 見習いじゃなくて正式に団員になれば無料で泊まれる宿屋もあるんだけどなぁ。

「銀貨二十枚は高いなぁ」

 俺達にはもう少し先の話になりそうだ。

 

 帰り道に馴染みの雑貨商の前で品定めをしているユメを見付けた。

 

「なにかお探しですか? お嬢さん」

「っ! なんや、ランザか」

「なんだランザだよ」

 シホルが居ないのは珍しい……て事もないか。もう夕食の支度の時間だ。今頃はモグゾーとシホルが食事の支度をしてくれてる。ありがたいな、ほんとにさ。

 それにしてもあまりユメとショッピングって組み合わせが俺にはピンと来ないんだが

「ユメ、何か欲しいものでもあるのか? 金が足りないんだったら少しぐらい」

「そんなんやないからえぇよ! ランザもそんな余裕ないやん」

「いや、足りないんだったら値引きしてもらうよって事だよ」

「へ?」

 呆けたユメの向かいで「おいおい」と両手を広げてるのは店主だ。

「なんだよランザのパーティだったのか?」

「え? うん、ユメはランザのパーティやよ」

「で? おっちゃん、この子が見てたのってどれ?」

「っ、ランザ」

 横に並んで並べてる品を覗くと「コイツだな」と店主が示したのはブローチだ。

「ま、銀貨三枚銅貨五十枚なんだが」

「なるほどなるほど」

「別にただ見てただけで……ユメには似合わんしな」

「そうか?」

 別に似合わない事も無いだろう。つかブローチに似合うも似合わないもないんじゃないか? 俺にはよく分からんが……

「おっちゃん。ここに五十カパー有る」

「勘弁してくれよランザ。コイツは何処の店だって四シルバーと二十カパーはするんだぜ? いくらなんでも」だめか。じゃあ………………おっ!

「まぁそう言わずにさぁ」

 おっちゃんは声が大きいからなぁ。

 少しだけ顔を近付ける。

「実は今度、アラバキアのランダルク伯爵の次男坊がオルタナの正規軍に入る為にこの街に来るそうなんだが、その世話をするのがダリュー卿なんだ」

「……そんで?」

「彼は卿の家に住むことになるんだけど卿の家には娘は居ても男子は居ない」

「だから?」

「だからさ、卿は至急受け入れの体勢を整える必要があるって事さ。部屋の家具や装飾品、カーテン、絨毯その他もろもろに」

「新しい使用人の服」

 よし喰った!

「おっちゃんの奥さんの洋服屋、一度だけ卿の家の奉公人の服を取り扱ったよね?」

「でもダリュー卿のお屋敷にはマサリィの洋品店が」

 そこは百も承知だよ。

「俺のよく行く酒場に来る客でシャリィンって女が居るんだが俺は最近仲良くなった。で、シャリィンはミザリィ姐さんの酒場で働く女なんだが、ダリュー卿はそこの常連でおまけにシャリィンに岡惚れしてる。まあ卿の婦人が皇室の親戚だから浮気や女遊びは出来ないがせめて食事の一つでもと夢みている訳だ」

「ミザリィ姐の店じゃあ無茶も出来ないか」

 あそこ、王族も寄る店だしな。何しろミザリィ姐は恐いからねぇ。

「そこで本題だ」

「ん」

「ダリュー卿の家に新しく雇われる使用人の洋装一式。おっちゃんの奥さんに一括注文になるとしたら……それは銀貨何枚分の利益になるだろうか」

「おめぇ……」

「とりあえず五十カパー。ランダルクの次男坊が来るのは十日後だ。それまでに話が上手くまとまらなきゃ三シルバー払う、って所で手を打たないか? 悪い話じゃないと思うんだけどなぁ」

「………………」

 釣れない、か?

「…………ったく」

 上がったっ。

「皮算用もいいとこじゃねぇか」

「でも狸が獲れる確立は低くはないさ」

「わかるのか?」

「わかるさ。シャリィンを見る卿の鼻の下を見ればおっちゃんにもね」

「ま、お前さんの鼻が利くのは知ってるしな」

 おっちゃんがブローチを手渡してくれた。

「銅貨二十枚だ。取れなきゃ残りは銀貨三枚」

「商談成立!」

「お前から銀貨を貰う事がなけりゃいいながな」

「おっちゃん家にはよく美味いチーズを貰ってるからね。損はさせないさ」

「そう願うよ」

 

 振り返ればユメが驚いた顔で立ってる。

 別にそんなに驚くこともないとは思うが

「どうした? ユメ」

「ランザ、あかんよ。ユメそんな高いの」

「二十カパーだぜ? 大袈裟だろ」

 あとは大した労力じゃない。ゴブリンを狩るよりは簡単だ。

「でも」

「いいから」

 ブローチをユメの胸元に付けてやる。

 

 うん

 

「似合うじゃないか」

「そ、そうかなぁ?」

「あぁ」

 意外だなぁ。こんな物に似合うも似合わないもないと思ってたんだが。

 

「似合ってるよ、ユメ」

「ランザ…………ありがとな」

 

 ほんとに、似合ってると思えるなぁ。

 ほんの少しだけ面倒な交渉をしなきゃならんが、まぁ、嬉しそうに歩くユメを見れたんなら――

 

「割にはあってるか、な」

「ん? なんか言うた? ランザ」

「なんにも」

「ふ~ん。そっか」

「そや」

 

――悪い気はしないな。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜、モグゾーとマナトの寝息が聞こえる中でウトウトと寝入り……ようと思っているのに――――なんなんだっ!

 ハルヒロがベットの下で悶えとる。

 と、いうか考え事をしている様子だが…………「……ごそごそ五月蝿いんだけどなハルヒロ」俺が眠れないじゃないか。

「あ、悪い」

「なにかあったのか?」

「い、いや、別に……」

「別にって」

 二段ベットの上から下りてハルヒロの前に立つ。

「こんな夜中にベットでゴロゴロ転がって別にも無いだろ。つか、なんかお前さっきからおかしかったぞ?」

「へ? そ、そうか? そんなこと、は」

「お前な~」

 ちょっと来い! とハルヒロを外に連れ出した。

 モグゾーやマナトを起こすのも悪いからな。

 大体ハルヒロも、なんでもない! とか言いながら目が泳ぎまくってるだろうがっ。お前は浮気がばれた亭主かっ!

「いいから言ってみろよ。こんなん見たら俺も気になって眠れんだろうが」

「あ~……だけど」

「とりあえず聞くだけは聞いてやる。力に成れるかはわかんねぇど、仲間だろ? あんま連れないのはどうかと思うぞ」

「…………」

 で、また黙るんだよなあ。

 どうにもハルヒロは胸の中だけでは結構饒舌らしいんだけど、なかなかそれが表に出てこない。ま、その分は行動で示してくれる奴だから頼りにもなるんだけど。

「その……ランザは、さ」

「あん?」

 ようやく口を開く気になってくれたか。

「服とかってどうしてる? たとえば、下着とか」

「はぁ?」

 何を言うかと思えば。

「洗濯したり、まぁ破けたり穴が開いたら繕ったりだな。別に買えない訳じゃないんだけど高くてな。金に余裕が出来るまでは別に良いかなって」

「だよな」

「お前はどうなんだよ? ハルヒロ」

「俺もそう」

「ふ~ん……で?」

 問題が見えん。

 確かに不便だし貧乏くさいが、実際に貧乏だから仕方が無いだろう。

 もうどうしようもないくらい駄目になったらさすがに買うけど、このオルタナでの衣料品は高いからな。宿代と食事代が優先で次にはやっぱり装備品だろう。命に関わるし。着る物なんてのはその次位の順位付けだ。それは皆も同じだろうに。

「ランザ」

「なんだよ」

 

 

「お前今……パンツ履いてる?」

 

 

「………………はぁああ!?」

 思わず――いや! 全速で三歩下がった!

「おまっ! ハルヒ……止せっ! 俺にそういう趣味は無いっ!」

「……は?」

 断じてないっ! 絶対ニダ!!

「……ば! 違! そうじゃないって」

「何が違うんだハルヒロ! 違うのはお前の趣味で」

「だからそうじゃないんだってば! ただ俺はお前が今下着を履いてるかどうかを」

「それを知って何をしようというんだお前わっ! さてはお前ブリトニーと同種の」

「俺はノーマルだっ」

「男の下着の有無に興味を持つお前のどこがノーマルだ!」

「俺が有無を言いたいのは女子の下着だよ!」

「それがノーマルの言う言葉かっ!」

「だから誤解だってば!」

 男の下着とブリトニーと女子の下着……駄目だ、変態推参という解答しか導き出せない。

 尻に手を当てて警戒する俺に脱力したハルヒロはボツボツと語りだしたのは――

 

「だから女子は……その……ユメとかシホルはさ、服とか、その……下着、とか? その……困ったりしてないのかなって……」

「………………あぁ」

 なるほど。考えもしなかったな。

 俺や、多分ハルヒロやマナトもモグゾーも、夜はパンツなんて履いてないしな。

 つか、森や廃墟で汗だくになってモンスターと戦闘してるんだから毎日毎日洗う訳だし、替えの無い俺達は乾くまではノーパンだ。

 ボロだけど部屋着みたいなのは持ってるし別に不自由はしてなかったが。

「そいつは考えてなかったな」

 ユメはショートパンツだから若干安心だろうがシホルはな~。スカートだし、巨乳だし……いや、ユメだって無きゃ無いで服の隙間からとか…………って

「そこに気が付いたって事はハルヒロ。お前さては」

「ば! 見てないっ! 見てないって! ただその、見えそうになって」

「ほうほう」

「だから、その……見えそうには、なった、けど」

「なるほど。それで今度はどうやって自然に見ようかと悩んでいたと」

 それはそれは高尚な悩みだ。

「だから違うってば。それを女子に忠告しとかなきゃと思って。でもどうやって切り出そうかって考えてたら」

「そんなもん、普通に言えばいいじゃねぇか」

「普通にって?」

「シホルのノーパン見えそうだぞって」

「言える訳ないだろおおっ」

 必死になるなよ(ケツ)の一つや二つで。

「別に見たぞって白状しろって言ってんじゃないんだから」

「だから見てないってば」

「あぁ、そうかそうか。じゃあもっと問題ないだろうが。良い事しようってんだろ? つかその場で言っちまえば良かったのに」

「その場でって、言えるかよそんなの」

「なんでよ」

 一番手っ取り早いだろうが。

「あいつらだって恥ずかしいだろうし、その、俺だって……ほら! もしかしたらちゃんと履いてたかもしれないしさ。だったら何処見てんのってなっちゃうだろうし」

「なんだか面倒臭ぇなぁハルヒロぉ。だったら俺が明日にでも言うから、それでいいだろ?」

「言うって、どうやって?」

 そんなもん決まってるだろ。

「ハルヒロがお前らの下着が気になって仕方が無いから宿ではブラとパンツを着用しろと「なんで俺限定なんだよっ! つかそれじゃ俺ただのスケベじゃねぇか」冗談だよ」

 マジで焦るなよ。必死かって。

「ランザだって知ったら気になっちゃうだろ? だからあんま言いたくなかったんだよ。お前その、下ネタとか好きだし、スケベだし」

「はぁ?」

「違うのかよ」

「あのなぁ」

 お前の判断基準が分からんぞ俺には。

「あんなもんただの冗談だろうが。ネタはただのネタだよ、深い意味なんてねぇよ」

「じゃあお前はシホルとかユメにその」

「仲間だろ」

「! で、でも」

「でもじゃねぇよ。命かけて戦ってる仲間に男も女もあるかよ。俺の背中を預けてるしあいつ等の背中だって預かってる。男子とか女子とかって、そんなもんとっくに超えてんだろうが」

「そ、そうかな」

「あ~、お前にとっては知らねぇけどな。俺にとってはそうなんだよ」

「いや、そういうのも分かるけど、それとこれとは少し違う気もして……」

「なんだかなぁ~」

 

 面倒だ。とにかく面倒だ。

 別にこれから口説く訳でもない女子の下着などどうでもよかろうに。

 だいたい本質的に重要な事は下着ではなくその中身であって、更に本質的かつ現実的に重要となるのはその中身に触れるか触れないかという極めてデリケートでありダイナミックでエキセントリックな案件が………………あ。

 

「…………そういうことか」

「なに? なにか別の方法が、あ! そうだマナトに頼めば上手く言ってくれるんじゃ」

「馬鹿、問題はお前だハルヒロ」

「え! なんで俺だよ」

「いいから! 服着て出掛けるぞ! 早く仕度しろ」

「出掛けるって、こんな時間に」

「いいから行くぞ」

 

 そして俺達は二人で酒場に繰り出した。と、いうかハルヒロを酒場に連れ出したと言った方が正解だろう。

「まぁ飲め」

「なんだよ急に」

 とりあえずビールを頼む。

 まぁハルヒロには少し酒が入ってた方がいいだろう。勢いというモノは大事だ。

「なぁランザ」

「なんだ?」

「俺そんなに金持って来てないんだけど」

「今日は俺のおごりだ。次も心配しなくていい」

 これは祝いで門出だからな。これくらいはいいだろう。昨日のゴブの実入りが多くて良かった。

 ある程度酔いが回ったら頃合だ。

「いいかハルヒロ」

「なんだよ」

「さっきのユメとシホルの件だけどな」

「ん! うん」

 聞く姿勢はよろしい。大変結構だ。

「お前がそんなに面倒くさい考え方をするには理由がある。というか、原因ははっきりしている」

「な、なんだよ。俺は別に変な意味でいてるんじゃなくて、男女が一緒に生活してるんだから最低限は気を付け様ってだけで」

「お前が童貞だからだ」

「…………ど! どどど」

「違わないだろう?」

「べ、別にそれとこれとは関係ないだろうっ」

「関係あるだろうが」

 寧ろこれで童貞じゃなかったら俺が驚くわ。

「あのなぁハルヒロ」

 席を移動して隣に座る。

 ここはがっつり言い聞かせなければな。

「俺達が何歳なのかは俺達にだってわからねぇ。それは記憶がないんだから仕方ない。だが大体の見た目や言動でよ? 俺達はもう()()を知ってても良い年齢だとは思わないか?」

「な、なんだよそれって」

「だから女を抱くって事をだよ。つか言わなくても分かってんだろうが」

 これだか童貞は面倒くさい。だがまぁいい、皆一度は通る道だ。

「べ、別に俺は! ってか、俺はユメやシホルとそうなりたいって訳じゃな」

「だからなんでそこであいつ等が出てくるんだよお前は」

「へ? だって、他に」

「あのなぁハルヒロ」

 ジョッキを開けた。

「別にあいつ等が女じゃねぇとか色気がねぇとかそういう事を言ってるじゃないんだよ? ただ俺はあいつ等をそういう目で見た事はないし、お前だって仮にあいつ等のどっちかと関係を持ったってその後一緒にパーティでやってけるか? しかも上手くいけばいいけどよ? 断られたり拒まれたり、もしかして失敗しちゃったぁなんて事になったらお前どうするよ?」

「それは!………………死にたいかも」

「だろう?」

 仲間内でそんな事になって途中で……あ……ゴメン…………なんて俺でも死ぬね。死ねるね。いやいっそ殺して欲しいね。

「お前はそんなに器用な奴じゃないだろ? まぁマナト辺りはその辺は上手くやりそうだけどな。シホル、分かりやすいからな」

「あ、それは気付いてるんだ」

「当たり前だろう」

 気付かない方がおかしい。となると残るはユメとなる訳だが、どうにもあいつは()()()の話は疎そうだ。控えめに見ても得意では無い筈だ。

 ハルヒロには荷が勝ち過ぎてるさね。ユメの方がハルヒロに惚れれば別だが、多分今のところはそれも無さそうだしな。

「で、だ。この状況下でお前一人で悶々とした日々を過ごしても俺は一向に構わんのだが、だ!」

 そうも言っておれん、仲間じゃないか!

「それではお前が辛いだろう」

「分かるけど……でもそれと俺が、その……まだ、だって事になんの関係があるんだよ」

「だからさ」

 肩を組んで耳を寄せる。

「とりあえず女を抱けよ。童貞なんてもんは持っといても取っといても一カパーにもなりゃしねぇんだ。あいつ等に目とか手とか出す前にとっとと他で済ましちまえばいいんだよ」

 女を見ろ。

 女を知れ。

 女を抱け。

 女を感じろ。

 女を味わえ。

 そうすればあいつ等の(ケツ)だの胸だのにいちいち気を取られる事も無い。

 別に意識的に対象から除外しろってんじゃない。自然の流れでユメなりシホルなりと関係を持つ事になったところでそれはいい、当人同士の問題だ。

 だが現状の解決にはなるんじゃないか。

「どんなに美味そうな肉だってな、喰えないと分かってる肉を眺めた所で涎も出ないだろ? 涎は、喰える肉の前で出すもんだ」

「でもそんな簡単に」

「だから難しく考え過ぎなんだよお前は。よし行くぞ」

「ちょ! 行くって、ランザ?」

「いいから来い! お勘定、ココ置いとくぞ! ほら行くぞハルヒロ」

「待、ランザ」

 

 俺がハルヒロを連れて来たのはここオルタナの街にある歓楽街だ。

「ランザ、お前こんなとこ」

「来てるぞ? それがどうした?」

「どうしたって、ちょっとまずいんじゃ」

「なにが不味いんだよ」

 意味の分からない事を。

 何時からお前は神官になったんだ? きょうび神官だって娼婦を買うぜ?

「お、ここだ」

「へ?」

 到着したのは小奇麗な宿屋風な建物。

 門の前に立つ二人の男達は

「お、ランザじゃないか。今日の狩りは旨かったのか?」

「まぁぼちぼちだよ。二人、すぐ入れる?」

「ツイてるな。今夜は美人どころが空いてるぜ」

「そいつはラッキーだ。いこうぜハルヒ、ロ?」

 なんで逃げ出そうとするんだ?

「おいハルヒロ!」

「や、やっぱ俺パス! ランザ一人で行ってこいよ!」

「はぁ? ここまで来て何言ってんだよ。つかお前が入んないと意味ねぇだろうが。ここは俺が奢ってやるから心配すんなって」

「そういう問題じゃなくてさ」

 だったら何が問題なんだってんだよ。

 大体俺一人ならわざわざ寝てたのに起きてくるかよ。

「騙されたと思って入ればいいんだよ! つか黙って横になってればすぐ終わる! 中の女に全部任しちまえばそれでいいんだから」

「いや! いいよっ! 俺はまたの機会にするから今日は「おや? お前さんなにやってるのさ」…………ぇ?」

「ん?」

 俺の手を振り解こうと暴れていたハルヒロが横合いからの言葉で固まった。

 何かと思って見てみれば「え、と……どちらさん?」随分とイイ女がにこやかに微笑んでる(わらってる)

「せ、せせせせ、先生」

「へ~、あんたもこういう店に興味があるんだ~」

「先生って?」

 ………………ぁ。

 これがマナトの言ってた美人でグラマーなバルバラ先生かっ!!!

 

「ぅわぁ…………やっべ」

 確かにイイ女だわこりゃ。

 素早い。これが盗賊マスターだ、と言わんばかりの素早い動きでいつの間にか俺の手からハルヒロを掻っ攫ったイイ女はハルヒロに絡みついてる。よしハルヒロ、ちょっとそこ替われ!

「なんならあたしがこっちの方も手解きしてやろうかねぇ?」

「せせ先生冗談は」

「おや? あんたは冗談でこんな場所に来るのかい? いけない子だねぇ」

「すすすすいませんでしたああああああああ」

「あら?」

 まさに脱兎の如くとはこの事だ。

 ハルヒロは神速の逃げ足を見せ姿を消した。

 残されたのは俺だけか。しっかしなんだかな~

 

「……逃がしましたね?」

「なんの話だい?」

「ま、いいんですけど」

 弟子を助けたのかねぇ。俺としては親切心だったんだけどな。

「あんた、うちの馬鹿弟子の仲間かい?」

「おたくの馬鹿弟子は頼りになる盗賊だよ。だから――」

 改めて向き合ってもイイ女だ。でも、まぁ酔ってはないんだなぁ。ホントのところじゃ。

 

「貴女は誇っていいですよ、バルバラさん」

「ありがとよ、ランザ君」

「あれ?」

 俺の名前

「あいつからあんたの話は聞いてる」

「それは涙溢れる良い話じゃあないんだろうなぁ」

「知りたいかい? あいつがあんたの事なんて言ったか」

 随分と楽しそうに笑うじゃないか。

 ま、予定とは大分違ったがそれもいいさ。

 

「それは酒の肴にはなりますか? 実は通りすがりの美人が相棒を逃がしちまったんで今夜の予定と予算に穴が開いたままなんですよ」

「おや? それは災難だったねぇ」

「酒の肴をお持ちなら、穴を埋めるのを手伝ってくれると助かるんですけどね」

「あんたツイてるねぇ。あたしの趣味は人助けなのさ。ついでに旨い肴も持ってるよ。見習い義勇兵の盗賊が語った冒険譚ってのはどうだい?」

「それはそれは、楽しい夜になりそうだ」

「そういうことさね」

 

 バルバラさんの腕が俺の腕に絡まった所で俺達は歩き出した。

 ま、これはこれでいい夜だ、と俺はハルヒロに心の中で感謝を告げる。まぁ礼といっちゃなんだが女子の服やらなんやらはなんとか考えてやろうか。

 それにしても――

 

 

 

――俺にもっと身長があればもチョットは様になったろうなぁ、と…………考えない様に自分に言い聞かせたのは俺だけの秘密だ。

 

 

 


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