灰と幻想のグリムガル――の冒険譚   作:小説はどうでしょう

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No5----初めては……いつですか

 

 

 朝が始まる前。空はまだ薄暗い。

「………………ふぁあ…………ねみぃ」

 俺の朝は超早いんだなぁこれが。それというのも

 

「行くか」

 

 朝の一仕事。

 俺は釣竿を持って近くの川へととことこ出向く。これは日課。

 貴重な栄養源である魚の確保は我らがパーティの生命線でもあるのだ。腕が鳴るぜ。

 

 あの華々しい我らがデビュー戦! あれから俺達のパーティはなかなか稼げていない。否、稼ぎに恵まれていない……もっとぶっちゃけて言うならば一カパーすらも稼げてはいないのである。

「そろそろなんとかしないとな~…………あ、釣れた」

 今日も大漁だ♪

 

 市壁から朝日が望む頃には竿をたたむ。

 帰り道に姿を現す街の人の中にはぼちぼちと知り合いになった人達も少なくない。俺は帰り道の途中で幾人かの顔馴染みと挨拶を交わす。

「おはよーございまーす」

「おぉ! 昨日はどうだったい?」

「空振り空振り。釣りは大漁なんですけどねぇ」

「まぁその内風向きも変わるさな。今日はウチのも機嫌が良いらしいや。ちょっと待ってろ」

「いつもすいません。じゃこれ」

「お! 今日のはデカイなぁ」

「なんせ大漁っすから」

 釣った魚を一匹進呈。そうするとおじさんは山羊の乳を分けてくれた。うん、今日は多めだ。ホントに機嫌が良いらしい。

 

「おはよっす」

「やっぱりアンタかい。アンタが来る日は晴れるからねぇ」

「晴れ男っすから」

 畑から野菜を採っていたおばさんが笑いかけてくれる。

「そろそろ義勇兵辞めて真面目に働く気になったかい?」

「ひどいなぁ。真面目に義勇兵やってるんですよ? 見習いですけど」

「ゴールはできそうかい」

「ゴールは目指す事に意味があるんです」

「言ってるよ」

 そう言っておばさんは小屋からザルを持って来て渡してくれた。中には卵が、おぉ! 今日は六個だ。当たり日でござる。

「コイツらも晴れの日は機嫌が良いからね。アンタ、ツキだけは持ってるよ」

「あぁ、だからおっかさんに巡り合えたんだ。俺のツキも捨てたもんじゃないなぁ」

「上手い事言ってもこれ以上出ないよ。みんな待ってるんだろ? さっさとお行きよ」

「アイ・マム! あ、これ今日の釣果。塩焼きがいいんでしたっけ?」

「貰っとくよ。あぁ、あのデカイのに塩は薄めにしときなって言っときな。コイツはそれ位で丁度良い」

「了解です」

 

 今日の釣果で交換出来るのはこのルートなんだよなぁ。赤い奴が連れたら鳥が手に入るんだけど……まぁ今日はまずまずか。

 世間話から始めて親交を深め、釣った魚と色々な物を交換して貰うのが日課。良い人達に出会えて感謝の日々だ。グリムガルも捨てたものじゃないんだよねぇ。

 

 

「おはよ~。ただいま~」

「あ、おはよう」

「あの、おはよう。お帰りなさい」

「おはよ。はいこれお土産」

 釜戸に火を入れてナベの中のスープをかき混ぜていたモグゾーに魚を渡す。卵と山羊の乳はシホルだ。

「今日は……多いね」

「うん。おばさんの好きな魚が釣れたからね。ツイてたよ。あ、モグゾー」

「うん?」

「おばさんが塩は薄めが美味いって言ってたよ、ソイツ」

「わかった。そうする」

「うん」

 早速モグゾーは魚を捌いて火に掛けた。

 ほんと、料理上手だよなぁモグゾー。こいつ居なかったらどうなってたんだろ? 俺達。

 まぁシホルも料理は出来るみたいだけど、こんな野営料理なんて経験無さそうだし。

「おっはよー」

 そんな話をしているとユメが起きて来た。朝からテンション高いなぁ。うん。気分も軽くなって良い。

「朝から良い匂いしとるなぁ。今日はなんなん?」

「今日は塩焼き。昨日ランザがお米を貰ってきたから助かるよ」

「卵も……ある、よ?」

「ほぇ~。豪華やな~。ユメもなんか手伝おうかぁ? 味見なら得意なんやけどなぁ」

「それは……間に合ってるかな」

「そぉかぁ。残念やねんなぁ」

「みんな、おはよ」

「マナト」

「おはよぉさん」

「おはよ。もうちょっとで出来るから」

 起きて来たマナトは少しだけ眠そうだ。あと頭も痛そう? さては飲みすぎたな? 

「これ、少しだけ温めたから」

「ありがとシホル」 

 温めた乳を受け取って飲むマナトを待って

「マナト、ハルヒロは?」

「まだ寝てる。昨夜はちょっと飲まされてたから」

「ハルヒロが?」

「盗賊ギルドの先生に捕まっちゃってさ」

「それはそれは」

 マナトとハルヒロは夜にはシェリーの酒場に行って情報を収集してくれている。

 俺とモグゾーは朝早いし、酒場に女の子が顔を出すのは問題有る。ってか、問題が起こってからでは遅いからな。

 一度俺も行ってみたが……思い出したくないっ! あんな酒とかツマミとかブリトニーとか酒とかブリちゃんとかブリとかブリとんとかぶり…………忘れよう。あれは悪夢だ。気の所為だ。もう一人の俺の追体験だっ!

 それでも情報は大切だからマナトとハルヒロが…………ハルヒロ? ん? ちょっとまて

「なぁマナト」

「なに?」

「確かハルヒロの盗賊の先生って…………美人でグラマーだって聞いてるんだが?」

「え?…………あ~…………」

「美人でグラマーなんだな?」

「ま、まぁ、その」

「美人でっ! グラマーだったんだな!」

「…………うん」

「…………………………起こしてくる」

「ちょっ!」

 何故止めるマナト。俺はただ友人を起こしに行くだけだぞ?

 俺は昔から美人でグラマーな先生にしっぽりねっとり絡まれて二日酔いで夢見心地の友人は棍棒で叩き起こすのを定番としているだけだ。いつものことだ、放っておいてくれっ!

「待、待ってよランザ!」

「さすがにあかんやん!」

「あの、危ないから棒は」

「ランザぁ」

「えぇい放せっ!」

 俺は落ち着いている! 全然悔しくなんかない、ないやいっ!

 

 

 とりあえず朝飯を食った俺達は食いながらも今日の予定を話し合った。

 どうやらマナトとハルヒロは新しい情報を持って来ていた。

 ハルヒロもただ無駄に美人なグラマーに絡まれてきた訳じゃないらしい。その情報はさぞ柔らかかった事だろう! 良い匂いだった事だろうっ!!

 いかんいかん。精神が暗黒面に引きずり込まれそうだ。

 忘れよう。ハルヒロは良い奴だ。まだ童貞の俺の親友だ…………な? ハルヒロ?

「今日は狩場を変えようと思うんだ。俺達でも狩れそうな泥ゴブリンが居そうな場所を聞いてきたから」

 なるほど、狩場を変えるか。まぁ手ではあるよな。

 前のゴブリンには惨敗だったが

「泥ゴブリンね~」

「泥ポプリンか~」

「…………」

「…………」

「なんか美味しそうだな」

「美味いんかなぁ?」

「泥は落としたほうがいいんじゃないか?」

「それじゃあただのコポリンやんかぁ」

「ちょっと可愛くなったな」

「でもユメの事追っかけてくるしなぁ」

「コポリンの夢かぁ。腹一杯食べたいとかかな」

「う~ん。お肉とか好きそうやもんなぁ」

「でも串肉とか25カパーだよ? 高いよね」

「こないだユメ18カパーの店見つけたねんや。言うの忘れとったわ」

「大きさいっしょ? 小さかったりして」

「ランザ小さいんねから充分やん」

「おいおい、俺のランザは凶暴だぜ? ユメのユメには荷が重いかもなぁ」

「なんの話をしとるん? ユメようわから「もうそろそろいいかなっ!!」ハル君どしたん?」

 ハルヒロ。もっと早くに突っ込んで欲しいなぁ。修行が足りんぞ修行が。

 

「ま、冗談はともかくだ」

 話を進めんといかん。

「その泥ゴブリンってのはこの前の奴よりは弱いって事だよな」

「うん。一匹で居る奴を見付ければ俺達でも充分狩れると思う」

「先生の話じゃ小物中の小物だってさ」

「ふ~ん。で? お前の先生はお前の小物をどう可愛がってくれたんだよ」

「だからそんなんじゃないってば」

「ランザ君、女子も居るし」

「ほぇ? ユメにはよくわからんやけど……なぁシホル? ハル君の小物ってわかる?」

「わ!! 私は! ………………見えない、し」

「え? ハル君それ見えないくらい小物なんか?」

「そんなに小物じゃねぇよっ!」

「よく言うよ、どうせ美人でグラマーな先生があの手この手でお前の小物を立派で大きな「あ~、そういえばランザ」キノコに、なんだよマナト、俺は今大事な話を進めて」

 こんな大事な話の腰を折るとは空気の読めない

「お前にも会いたいな~ってバルバラさんが言ってたよ。今度一緒に行かないか」

 

――なんと言った? 親友。

 

「バルバラさん?」

「あぁ」

「ハルヒロの先生の?」

「そうだよ」

「美人でグラマーなバルバラさんが?」

「だからそうだって」

 そうか………………

 

「皆、心機一転頑張っていこうかっ!」

 

 あ、視線が白い。

 どうしたみんな覇気が無いぞ覇気がっ!

 待ってろよ泥ゴブリンっ! 貴様の命運もここまでだー。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 昨日までとは違う森の中を探索する事になった俺達は、いつもの様に皆で森を歩き、ユメが足跡なんかの痕跡を見つけたらハルヒロとユメで偵察に行く。

「今度は、当たりかな」

「どうだろう」

 茂みに消えた二人を待っていると「きゃ」とシホル。

 見ればユメが茂みから飛び出してきてた。

 続いてハルヒロも姿を現したが、おや? その目は

「どうだった?」

「居た」

 マナトに答えたハルヒロは緊張して居る様だ。心配するな、俺も緊張してきたさ。

「単独?」

「多分」

「武器は」

「剣」

「よしっ! そいつにしよう」

 マナトの決断で今日の俺達の対戦相手は決まった様だ。

 あとは――

 

「んじゃ、いきますか」

 

――狩る(やる)だけさ。

 

 ゴブ一匹。呑気に水を飲んで居やがる。

 さて、どうするか……

 ハルヒロが慎重に接近していくが……? なんか手を上げて動かしてるんだが?

 合図もなにも決めてないんだが……突入か? 突入しろって事か? そうか? そうだな? そうなんだなっ!

 

「ぅおおおおおおおおりゃあああああっ」

「ギギャ!?」

 奴が驚いてこっちを見た。間抜けに驚いてろよこのボケゴブリ「ちょ! ランザぁ!?」……お前は驚くなハルヒロぉ!

 サイン間違ったか俺? でももう

「遅いってんだよなぁっ!」

 抜刀して茂みを抜ければ目の前にゴブリンが「あ! おまっ」後ろを向いて逃げ出した。

「ちょ! 待ておい」

「ギシャ! ガウ!?」

 ゴブリンの逃げ足が止まる。

 ユメの射った矢がゴブリンの足元に突き刺さってる。牽制に成功だ。

「でかしたユメ! このぉお!」

 飛び出してきたハルヒロがゴブリンに斬りかかった。

「このっ! このっ! ランザ見てないで手を貸せよ!」

「あ、あぁ」

 いかんいかん。ついうっかり見てしまった。

「いっくぜぇえ!」

 

 それはもう乱戦だった。混戦と言ってしまっても構わない。

 ゴブリンは俺の刀を受けモグゾーの剣を交わしユメの剣鉈から逃げてマナトに殴られた。シホル、魔法は当てような。

 だがそれだけだ。

 俺達は傷を受けない。でも奴に傷を与える事も出来てない。

「囲めっ、皆で包囲するんだ」

 シホルを後ろに下げてゴブリンを囲む。でも「こっからどうするよ」

 

「アアアアアアアアアアアアっ!!」

 

「なんだよっ」

 ゴブリンの雄叫びに、竦む。

 奴は必死だった。

 必死で……生きようとしていた。 

 

「真剣なんだっ!」

「っ」

 マナトの叫びが響く。

「ゴブリンだって死にたくないんだっ。当たり前だろう! これは、命のやり取りなんだっ!」

 

 そうだな。そうだよな。

 刀を構えなおす。

殺す(やる)か、殺される(やられる)か――だもんなぁっ!」

 

 袈裟掛けに振り下ろした刀は、今度はゴブリンの肩口に深く突き刺さった。だが止まった。

「骨か? 断ち難いってのは」

「ギアアアアっ!」

「とわ!」

 刀を肩に受けたまま暴れるゴブリンに驚く。が

「グハン!」ゴブリンの顔が弾けた。

「シホル!」

 シホルの魔法が当たってる。

「ランザっ」

 強引に向かってくるゴブリンに姿勢を崩したけど、今度はハルヒロがゴブリンの背中を刺した。

「やああっ!」

「ギャヒ」

 隙にユメは剣鉈でゴブリンの腕を切り落とす。ユメ、結構ばっさりとイッたなぁ。

「どおおおもおおおっ!」

「ギアアアっ!!」

 ふらふらと立ち上がったゴブリンをモグゾーのどうも斬りが切り裂いた。

 悲鳴を上げて倒れたゴブリンから、地面に血が広がっていく。

 

「お、終わった、の?」

「うん。俺達の勝っ!」

「嘘だろ」

 終わったと思っていた俺達が一斉に構える。

 ゴブリンは、ゆっくりと地を這い、逃げようとしていた。

 

 必死で…………生きようとしていた。

 

「無駄に苦しませるより、楽にしてやろう」

 そう言って近付いていくマナトを――

「!? ランザ?」

――止める。

 

 苦しませる事はない。

 楽にしてやった方がいい。

 それは分かる。そう思う。でもなぁ、マナト

「これは、神官の役目じゃないだろ、マナト」

「ランザ」

 俺が刀を抜いた音でも聞こえたのか、這いずっていたゴブリンが静かにこっちを、俺を見た。

 仰向けになったゴブリンに馬乗りの形になった俺は刀を逆手に持ち両手を上げる。

 

「…………憎め、恨め……それが道理だ」

「ァ、ヒュ……」

 

 俺の刀がゴブリンを貫き地面に突き刺さる感触が手に伝った。

 僅かに身体が動き続ける間は、絶対に刀から力を抜く気は無い。

 その瞳から完全に生気が失せ、やがてピクリともしない様になるまで待った俺は刀を抜いた。

 立ち上がり振り向けば、みんなが俺を見詰めている。

 そして皆が、自覚していたんだ。

 今日が、その日だって。

 

 

 今日俺達は……グリムガルに来て初めて――――――命を狩ったんだってことを。

 

 

 


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