「ちょ! 足場悪いなあぁ」
「どう? ユメ」
昨日は雨なんか降ってなかった筈なんだが森の中の足場は非常に悪かった。それとも山の中だけ降ったんか?
俺の前を歩くハルヒロが声を掛けたのは一番先頭をいくユメだ。森の中、狩りといえば勿論狩人の領分。ユメの主戦場と言える。
言える、ん……ですよね? ユメちゃん?
「おかしいなぁ~。いつもなら熊とか鹿とか居るんやけどな~」
「ほんまかいな~」
「ん? ランザ、いきなり変な言葉つかいなやぁ。ユメ驚くやないかぁ」
「その返しに俺が驚きそうだよ」
「なんで?」
「なんでんない」
「ふむ?」
まずい。ユメに合わせて喋っていると俺から危機感という物がごっそり削られていく気がする。
これは非常時だというのにっ!
ユメが先行して森に入ったは良いが中々に獲物と遭遇する事が出来なかった。
大体、獲物って何を探しているんだ? 喰える動物でも仕留めるつもりか義勇兵としての仕事に適う何かを狩るのか、それすらも定かではないから驚きだ。
モンスターを狩る。
多分それが義勇兵としての我々が至極当然の目的とする筈なのだが、どうやら我々の水先案内人たる弓取り姫は熊とか鹿とかをお探しのご様子だ。
「穴鼠とかもおってな。群れて居るから気ぃつけよぉってお師匠も言っとってなぁ」
「ほうほう」気を付けるというにはさぞかし獰猛な化物鼠が……
「一発ガツンって叩けば逃げてくからそんな怖くないかもだけどな」
「ふむふむ」そのガツンの為に傷だらけになるほど過酷な試練が…………
「ウサギとかも居るとかわいいんやけどな」
「うんうん」その為には可愛いウサギは重要な要素で………………
「あ! このキノコは焼くと美味し「そろそろ狩りの話して貰ってもいいかなっ!」ふぇ?」
いかん。このままでは仲良し6人組の山菜取りツアーになりかねない。
「なぁユメ。今日中には獲物の一匹でも仕留めてみたいんだけど、そこんとこどうなんだろうねぇ」
「ま、まぁまぁランザ。ユメだって一生懸命探してくれてるんだし」
「それは俺にも分かってるからいいんだけどさ」
「もう少し頑張ってみようよ。僕も探すから」
「ユメあんま狩り上手くないから堪忍なぁ」
「いいさ。もう少しだけ探してみて休憩にしよう。いいだろ? ランザ」
「了解さぁね」
「頼むよ、ユメ」
「ユメにお任せぇよ」
そして結局、俺達は獲物を見つける事は出来ずに適当な場所で休憩を入れる事にした。
「お、美味いな、これ」
「くふふ、せやろぉ?」
「ほんとだ――ランザの獲って来た魚も美味しいよ」
「でもモグゾーが料理得意なんて意外」
「そう、かな。よくわかんないけど、結構好きみたいなんだ」
驚いた事に俺達は割と簡単に、というかお手軽に、この森のど真ん中で昼食を取る事が出来た。
ユメが簡単に火をおこし、ハルヒロとマナトは場所を手際よく整える。近くに川があったから覗いてみたら魚が居た。
出来るのかな~、と半信半疑で狙って刀を振るってみたら、これまた意外に簡単に魚が獲れた。これ……そのまま魚喰ってれば生きていけるんじゃね?
モグゾーとシホルが手持ちのナイフで簡単に魚を捌いて焼いてくれたり山菜を調理してくれて、これは中々美味い昼食をいただけた。
喰うもの喰って人心地。
さて午後の探索にっと――――腰を上げた時、シホルが言った。
「あの…………私達、動物を……殺、すの?…………」
あぁ――――まぁ身も蓋もない確認を、改めてしちゃったなぁ。
「シホル……」
皆、分かってた。分かってたけど、深くは考えない様にしていた。
「まぁ、あれだ」頭を掻きながら向き合う。
「店に並んでる肉だって誰かが殺した動物の肉なんだし、さっきの魚だって俺とかモグゾーとかが殺しちゃった訳だしな。生きる為に、って割り切る事は出来ないかな? その、簡単だとは思わないけどさ」
「……でも……」
「ん~」
シホルだって自分の手さえ汚さなきゃ良い、なんて考えてる訳じゃないんだろうしなぁ。まぁ気持ちも分からないではないか。
殺生殺生、くわばらくわばらだ。
「動物を狩って食料にしたり解体して売ったりって方法の他に、モンスターを狩って金に替えるって方法も義勇兵にはあるみたいだ。ここいら辺で俺達に扱いきれそうなのはゴブリンとかグールってモンスターなんだけど……危険度は上がるよ?」
「…………」
「どうしたい? シホル」
マナトが示した通り、動物を狩る以外にも俺達が生きる術はある。
もっとも、義勇兵の生き方としちゃあ後者の方が真っ当っちゃ真っ当なんだろうけどねぇ。どうにも平和的じゃないんだよなぁ。
命の危険は上がる。
難易度も跳ね上がる。
でもまぁ――――罪悪感は、下がるかもなぁ。
「私は…………そっちの方が、いい」
やっぱ、そうなるさね。
後ろ向きなのか前向きなのかは分からないが、でもまぁ俺としちゃ
「俺も、そっちの方がいいかな」
「ランザ?」
「ランザ君」
暗いシホルなんてモノを眺め続けるって方が、罪悪感が半端無いんだよねぇ。
「俺のスキルは魚を獲る為のもんじゃないんだろうしな。だろ? ハルヒロ」
「お! 俺は……」
「…………」
別にお前を追い詰める積もりはないんだけど、悪いなハルヒロ。多分お前――
「俺も、そっちの方がいいかなって」
「そうか。モグゾーもユメも、それでいいかな」
「僕は問題ないよ」
「ユメもええよ。しっかりコポリンやっつけぇよってお師匠も言っとったしな」
「うん」
――――マナトの相棒なんだよ、お前は。
あの日。
義勇兵の事務所から出て街で二人で合流した時から、マナトにとってハルヒロは肩を並べる相棒なんだ。ハルヒロだけが、守ってやる対象じゃない。
俺達はそこに居ただけだしな。
動けなかったし動かなかった。
俺達はお前達を待っていた。必要としていた。
マナトだって誰かを必要としたいだろうさ。
まぁ、おまけに君にはユメのボケへのツッコミの任を与えよう。本物のコポリンに出会う前に改めさせてやってくれたまえ。俺は触れない。たぶんあれエンドレスだ。
「いこう! ランザ」
「いこうぜ、ランザ」
「…………あぁ、いこうか」
光と影に誘われて、俺は義勇兵として歩きはじめたんだな、今、この時に。
◇ ◇ ◇
「そっち行ったぞっ!」
「っのっ!」
ハルヒロの剣を避けて茂みから飛び出してきたゴブリンは俺の刀を持ってる斧で受け止めた。
「もちっと勢い削いでくれよ! 押し切れないんだけどおお」
「無茶言うなよ!」
言わせてよ、怖いんだから!
俺と打ち合ってるゴブにハルヒロも斬りかかったんだが――おい、かわされるって! こいつ速くね?
「ゴブリンって弱いんじゃなかったっけ?」
「俺が言ったんじゃねぇよ!」
よし! 言った奴を探しだそう。そして説教だ! 絶対朝まで飽く事無くだっっ!
「俺から押す! ハルヒロはそっちで「うわっ!」……生き残れ」矢が彼を掠めて刺さっとる。
「ごめんなぁハル君」
ユメ。弓術、頑張ろうな。
「ユメ! ここじゃ弓は不利だ! 剣鉈でっ」
「そ、そやった」
マナトの声でハルヒロを仕留め損なったユメが剣鉈に持ち替えた。
三人で囲めば流石にゴブも警戒してくれた。迂闊には来ないだろう。来ないよな? 来るなよこんちくしょう!
「ハルヒロ! もう一匹は!?」
「モグゾーが! ランザ!」
「だからっ」
来るなって言ってんじゃんっ!
三人相手に斧ゴブが突っ込んで来やがった! 舐められてんなぁもうっ!
こっちが手一杯な状況だがもう一匹もかなり面倒らしい。
モグゾーとマナトとシホルが相手をしてる筈なのに「も一匹来よったよ!」どんなよ!
まさか三人とも殺されてないよなあ!
「モグゾーはよ!」
「おる! こっち向かって」
「ランザ頼む! ユメは俺とこいつを」
「よっしゃ!」
ハルヒロに斧を振り回してるゴブに、おいおい「とやあああ」とユメは突撃してった。
勇気有り過ぎだろユメちゃん!
でモグゾーを引き連れて剣ゴブが走ってきた。
一度、刀を鞘に納刀すると
「疾っ!」
ギルドで覚えたスキル【居合い】を放つ。
抜刀する際の鞘走りで剣速を上げる抜刀術で俺のたった一つのスキルだ。
「ギッ?」
「……あら?」
俺の最速の抜刀術は剣ゴブの前を素通りした。
間合い間違ったあああああああああ!
「ギシャアアアアっ!」
「とととわわわ」
剣を振り回してくるゴブに押される圧される。
でも凌いでいればモグゾーが「マリク・エル・パルク!」何時の間にか上を取ったのかシホルの声が聞こえた。
魔法の援護があればなんとか「ああああげへ!」…………
「あ、ご、ごめんなさい!」
「あ、あのなぁ」
見えない何かにぶん殴られた。
まさかの誤爆! シホルの魔法の直撃を受けました。未熟で命拾いしたぜ、未熟じゃなかったら死んでたなぁ……って未熟じゃなかったら誤爆ってねぇよっ!
そんなまさかのアシストで吹き飛んだ俺目掛けて剣ゴブが剣を振り上げてるのを、やばいなぁ~、なんて見詰めてると「どおおもおーっ!」と雄叫びが。
おお! 我らが戦士モグゾーのどうも斬!
「あ、あのなぁ」
「ご、ごめんっ!」
剣ゴブにかわされて奴を殺し損ねた大剣が俺を殺し損ねていらっしゃる。
「みんなっ!」
マナトが飛び込んできて【
「逃げるぞっ! 撤退だーっ!」
叫ぶとそのまま俺の腕をとって引き起こし、シホルの手を取って走り出した。
俺達が一気に駆け込んできたお陰で斧ゴブもびびったらしい。
攻撃の手が緩んだ隙にハルヒロがゴブにケリを入れてユメと一緒に俺達に合流。
「なぁハルヒロ! 最弱のモンスターから逃げ出す俺らってさぁ!」
「最弱の座は俺達ってことなんだろぉぉ!」
俺達の義勇兵への道は、順風満帆な黒星スタートを切ったとさ。めでたしめでたし――だよこんちくしょおおおおおおおお!