灰と幻想のグリムガル――の冒険譚   作:小説はどうでしょう

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No10----ある街角の出会い達

 いつもの酒場でいつもの様に酒を煽る。

 でもその味はいつもよりも

 

 

「……にげぇ酒だぞ。クソッタレが」

 

 美味くは無い。

 

 今日は負けた。徹底的に負けた。

 あのゴブリン達から命からがら逃げ延びた俺達は、その日の狩りはもう中止とした。

 というか、少し休憩を入れようという話になって数日は狩りに出ないという事になってる。

 あれだけ皆が傷付いた戦いは初めての事だ。シホル辺りには精神的にも厳しい戦いだったろうさ。

 かくいう俺も二度ほど死に掛けたからな。マナト様々だよ。

 

「……あん?」

 ふいにざわついた空気を感じた。

 何かと思えば

「レンジ、か」

 俺達と同期、と言ってもいいのかどうかも迷うほどの、それはそれは御大層な装備一式を身に纏ったチームレンジが酒場に入ってきた所だ。

 あいつらはとっくのとうに義勇兵に成り、しかもこのオルタナでも一目置かれる存在に成って来ているらしい。

「たいしたもんだねぇ」

 ほんと、たいしたもんさ。

 皆の視線を一身に浴びても動じず、堂々と歩いていたレンジと視線が合った。

 

 ? こっちに来た?

 

「……よう」

「……よっ」

 見下したなぁ。あ、でも立った所で背が低いしな。まぁいいか。

「……マナトの奴は?」

「居ねぇよ。宿で寝てんじゃね?」

 お前はホントにマナトが好きだなぁ。フラれたのを根に持つ男はモテねぇよ?

「ダムローでゴブリンを狩ってるらしいな」

「まぁね。もっとも、今日なんざそのゴブリンにやられて尻尾巻いて逃げてきたところさ。コツとかあったら教えてほしいんだけど?」

「ゴブリンに、か?」

「そ。ゴブリンに」

 怖い顔で睨まれた。

 別に馬鹿にはしてないんだけどな。

 厳しい視線のまま振り返ったレンジはそのまま自分の仲間達のテーブルへと向かった。

 

「とっとと上がって来いと伝えとけ」

 

 そう、言い残して。

 

 

「とっととねぇ…………ま、気長にやるさ」

 

 

 そうだ。

 焦るのは俺らしくない。

 こんなつまらない事で荒れるのはまったく俺らしくない。

 らしくはないんだが……なんだろうなぁ。

 

「クソッタレが」

 

 今日の負けだけは納得が行かない。行くわけねぇ。

 あの時、俺はなんで油断した?

 鎧ゴブには勝てた。それが分かった時に、いつでも、が付いた。

 狩れる時に狩るべくして狩る。それが鉄則だったろうに。

 横合いからの槍ゴブの待ち伏せには気がつけなかったのか?

 ホブとの戦いで時間稼ぎを優先しなかったか?

 ハルヒロが鎧ゴブを殺すのを余裕で待ってなかったか?

 

 力負けした方が余程マシだ。

 たいした力も無いくせに、俺は何を勘違いしてたんだよ。

 

 こんな酒は美味くない。

 俺はそうそうに席を立って夜の街に出る。

 

 まったく、こんな夜は憂さ晴らしでもしたいもんだ。徹底的に――「ぃっ……ゃぁぁ!」――――な。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 最悪だ。

 今日は本当に最悪の一日だ。

 わたしの名はメリイという。

 フリーの義勇兵で神官を生業にしてる。

 とくにパーティには所属していないわたしは、時折神官が不足しているパーティに混ざって狩りをしては、その分け前で生計を立てていた。

 わたしは今日も始めてあったパーティに参加して探索したけど今回の連中はまったく駄目だった。

 たいした稼ぎにもならなかったし実力も無い。ただ口だけが達者でいちいちイヤラシイ視線をわたしに向けてくる。

 本当に最悪。

 勿論もう二度と組む気は無い。連中は明日もとか一緒に食事だとか寝惚けた事を言ってたけど勿論断った。即断で断った。

 また独りにはなったが…………別に問題ない。

 

 わたしにはそれがお似合いなんだから……

 

 いつもの飯屋で夕食を取り、いつもの酒場で少しだけ酒を飲む。

 ちょっとイライラしてたからいつもよりは量を飲んだかもしれない。少しだけ足元が覚束ない。

「ま、いっか」

 宿は直ぐそこだ。

 わたしの宿は女性限定の宿だし明日の予定も無いのだから、どうせだからゆっくり眠ろうかな。

 

 わたしが街道を歩いていると「あ、落としましたよ」と声が掛けられた。

「え?」

 なにか落としただろうか?

 あまり気にならなかったけど、それだけ酔ってるのかと思って振り向いた時に

「ぁぐっ!」

 振動が身体に走ったっ。

 なに!?

 黒光りがわたしの身体を走ってる。まさか影鳴り(シャドービート)!?

 こんな街中でっ。

 瞬間、建物の影から突き出た腕がわたしの身体を引きずり込んだ。

 抵抗しようとした時には、最初に声を掛けてきた男がわたしを押し込んでくる。

 駄目っ! これは不味いっ!

 杖を振るおうにも最初の魔法で身体の自由が思う様に利かない。

 

「メリイ、ひひっ、だから俺達と一緒に飯食おうぜっていったろうがよ」

「あ、んた達」

「おい! もっと奥に連れてけよ!」

「こっちだこっち! ひゃははは!」

 今日を最悪にしてくれた馬鹿パーティの三人だった。

 あぁ、本当に最悪だ。

 なんとか逃れようと足掻いたけど男三人相手に力づくでは適わない。

 杖ではどうにもならない。

 奥ばった場所に連れ込まれたわたしは地面に押し倒された。

 不味い不味い不味い不味い!!!!

「や! 離してっ!!」

「どっちも無人だよ馬鹿」

「すぐに気持ちよくなるから大人しく! おい足押さえろって!」

「やめて! いや!!」

「脱がせ! いい、いい! 破け破けっ! はは」

 一瞬、腕を押さえていた男の手が服に伸びた。

 瞬間、わたしの手が偶然に道端の石に触ったのが分かった。

 必死で掴むと無我夢中で男の一人の頭を石で殴ると「ぐあっ!」と押さえ込む力が緩まった。

 機を逃さずに転がる様に拘束を抜けたわたしは一気に駆け出し

「誰かっ! 助け()ぅ」

 男が投げつけて来たわたしの杖が足に当たってその場で転んだ。

 どうして! こんな大事な時に転ぶなんてっ!

 急いで立ち上がった時に肩を捕まれたわたしが振り解こうと手を振り回した時

「いっ! いやあああああっ」

「なめんなボケが!」

「っふあっ!」

 男の拳がわたしの顔に入った。

 吹き飛んだわたしは壁に激突し、多分、頭を打ったんだと思う。

 意識が少しづつ朦朧としてくる。

 駄目だ……気を失ったら……駄目だ…………駄目なのに

 

「おい! 縛れ縛れ」

「口ふさいどけ」

「お、俺が先だ! 俺俺」

「…………ん!…………んんん!!!」

 

 意識が薄れる――

 服が破かれたのが分かった――

 手が縛られた――息がくるしい――――夜風が素肌に直接当たっているのが分かる――――――

 

 泣いたら負けだと思うのに涙が止まらない。

 

 

 もう――――――今日は――――――――最悪の日だ。

 

 

 

「いいいいいっひゃっはああああああっ!」

「なっ!」

「なんだテメェ」

「貴っ ぎゃ!」

「………………」

 朦朧とした視界で小柄な男が一人増えた。

 そうか…………一人、増えたんだ。どこか他人事の様に思えてしまう。もう何かが麻痺してしまったかのようだ。

 

 叫び声を上げて楽しそうに加わった小柄な男は刀で三人の内の一人の足を突き刺していた。

「襲われてる義勇兵を助ける為には多少の暴力は許される……んでこういう場合よぉ、確か襲ってる奴(テメェ達)ってのは問答無用で殺してし(やっち)まっていいんだよな?」

「ふざけんなよ! ぶっ殺すぞこらあ!」

「…………だから」

 凄んだ男の腹に刀が突き刺さった。一瞬で間合いを詰めたのは凄いけど、なんてあっさりと突き刺すんだろう、この男は。

「刀抜いて仲間刺した野朗が居るんだぜ? くっちゃべっる前に抜けよタコ」

「や、やめぎゃああっ!」

 腹から引き抜いた刀をそのまま斬り上げた。腕が肩口から切り落とされ血を噴出させた男が倒れる。

 わたしにのしかかってる男が震えてるのが感じた。自分のお腹が温かみを帯びてくる。

 ちょっと……わたしの上で漏らさないでよ……最低だなぁ……

「おおおおま、こんな事してたたただで済むと思、思思」

「一カパーだって払わねぇ、よっ!」

「きゅ――あがああああああああ!」

 また腕が飛んだ。

 吹き上がった血が降り注ぐ。あぁ……お風呂に入らなきゃ…………

 

「ひっ! ひぃいい! 助け、誰か……助け、てぇ」

「心配すんなよ」

 最初に足を刺された男が必死で地面を這いずっている。けど、つかつかと歩いて近付いた男は「気の良い神官にでも出会えれば助けて貰える、さ!」と言ってあっさりと刀を振り抜ぬいた。

「ぎゃああああああっ!」

 男の両足を切断した。

 男は刀を鞘に納めるとわたしに振り向く。まぶたが……重い…………

 

 あぁ……わたしを手に入れたのは……こいつ、なんだぁ……

 

 抵抗しても殺されるだけだ……抵抗しなくたって…………もう………………いぃゃ、どうでも……

 

 

 わたしの意識は暗闇に飲み込まれていった。

 願わくば目覚めた時に、死に易い道具が傍にあるといぃなぁ、と思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………柔らかい感触がわたしを包んでる…………暖かい…………わたし…………わたし、は……

「っ!」

 飛び起きた。

 自分に在った事を瞬時に思い出す。

「わたしっ!」

 周囲を見渡せば、どこかの部屋?

 わたしは部屋のベットに寝かされていた。

 自分の身体を自分で抱きしめる。

 服の感触が違う

「なっ!」

 見れば全身が透けて見えるネグリジェを身に着けていた。下着も何も無い!

 部屋の温度が暖かい所為か寒くは無い。でもここはどこ? わたしはあれから……

 

「っ! こんなことっ!」

 記憶は無い。でも途中から現れた男が連中を斬って捨てたのは思い出した。

 多分わたしは連れて来られたんだっ!

「逃げなきゃ!」

 こんな格好じゃ逃げるに逃げれない。ベットのシーツを使おうとベットから下りた時「ふぅぃ~~~。良い湯だっ、あ、お前起」部屋の角のドアから出てきたのはあの刀の男だ。腰にタオルを巻いているだけの丸腰。

「こんのっ!」

「ぅえっ! ちょ!」

 ベットの枕元に置いてあった時計を即座に取って男に投げ付ける。

「危なっ! 待て待ておまっっっっっ!!!!!!!!!――――ぁお」

 

 すごく――――ものすっっっっごく不快だったけど――――投げ付けられた時計に戸惑った男の、その、こ、股間を思い切り蹴り上げてやった。いや、うん。非常時だから仕方ないんだけど、その、なにか柔らかいモノを、その、確かに蹴り上げちゃった感触が、あぁ! もうっ!

「あ……あぅ…………ぉお……」

「ふぅっ!」

 まだだ! 

 前屈みで後ずさった男の、今度はあご目掛けて足を振り上げ、蹴り抜いた。

「ぅぐあっ!」

 もろに喰らった男は壁まで吹き飛んで転がってる。

「今のうちに!」

 ベットのシーツを引き抜いて身体に巻き付けた。

 まずはここから脱出しないとっ! しまったっ!

 また、今度は入り口と思われる正面のドアの鍵が開けられる音が聞こえた。開けば誰かが入ってくる。

「なにか、なにか……っ!」

 部屋の角にスタンドハンガーが有った。

 持ってみると少し長めの杖みたいな物だと思えばいい。

 ガチャリと音が聞こえるとドアが開いた。

 もう迷ってる暇はない!

 

「ランザ~。お嬢さんの調子は……あん?」

「このっ! …………え!」

 入って来たのは女の人だ。

 寸前のところでハンガーを止めれた。

「お、女」

「まぁ、男じゃあないけど……ちょっと……()()はまだ()なんでしょうね?」

「え?」

 彼女が指で指し示した先では、苦悶の表情のまま床の上をのた打ち回っている男が居た。

 

 

 

 

 

 

「本っっっ当にっ! 申し訳ありませんでしたっっっ!!!」

「…………まぁ………………別に良いけどよ…………」

「すいませんでしたぁっ!」

 

 もう死にたい。

 穴があったら入りたいとはこの事だと心底思った。

 いえ、いっその事入った後に埋めて欲しいとすら思う。

 自分の名前を告げたわたしはもう土下座でもしようかとばかりに頭を下げた。

「あははは。まぁ無理も無いんじゃない?」

 笑っているのは後から入って来た女性。椅子に座って楽しそうに笑っている。

 彼女が色々と事情を聞かせてくれた。ところによると、わたしはこのランザという男に、男の子? 男性……ランザに助けられた様だ。今は一生懸命にその場でジャンプしてる……本当にごめんなさいぃぃぃ。

 ランザはあの三人の男を倒した後、気を失ったままのわたしをココに運び込んだらしい。

「助けて頂いたのに本当にすいませんでした」

「だからもういいって、それは」

「ありがとうございます。それで、ここは?」

 この部屋はどこだろう?

 わたしの宿も安宿ではないけれど、ここは随分と豪華に感じる。

「ここは情宿さ」

「情、宿?」

 なんだろう? わたしは知らないが

「つまりだ」

「はい?」

 ランザが椅子に座った。どうやらもう、その、わたしの蹴ったところ大丈夫みたい。良かった……よね?

「この宿は男と女がシケ込む宿なんだよ。つまりは、ヤるとこ」

「…………へ?」

「ベット、寝心地良かったろ?」

「っ!!!」

 顔が熱いっ! 

 つまりは、この宿は、その、()()()()()()をする為に使う部屋を提供しているという事だ。

「ななななななんでそんな」

 他にもっと場所があったでしょうっ!

 こんな宿に連れ込まれたトコを誰かに見られたら

「しかたねぇだろうが」

「え?」

 ランザが頭を掻いてる。

「普通の宿屋に気を失った裸同然の女を連れ込んでみろ、俺の身が危ういね。つか社会的に死ねそうだぜ」

「そ、それは」

 確かにそうだけど

「んでだ。この宿の女将さんとは顔馴染みでな。いろんな訳有りがしょっちゅう利用するし聞く耳も持ってる。こっちの事情も話せばわかるってな」

「そうなんですか……それで、その」

「うん?」

 そろそろ気付いて欲しいんだけど

「わたしの、その……服とかなんとかは」

「あぁ。そこ」

「へ?」

 促された先にはぼろぼろになった布きれが置いてあった…………いやあっ! あれは服とは呼べないじゃないっ!

 一瞬であの謎の物体を身に纏ったわたし自身を想像した。その一瞬よりも早く、その想像図を忘却した。しましたっ! しましたってばっ!

「今来てるのはあたしのさ。あと服はそら」

「はい?」

 みればベットの隣のテーブルに服が置いてあった。

「適当に見立てて買って来たからサイズが合わないかもしれないけど我慢しとくれよ。ま、自分の宿に帰るまでの我慢さ」

「いえ。なんと御礼を言って良いか……その、後日お代は必ずお支払いしますので」

 ちょっと露出が多い服みたいだけど無いよりましだ。と言うよりあのわたしの服だったものは絶対に身に纏えないのだから選択肢は他に無い。

「お代はいいさ」

「そんな訳には」

 見れば結構高そうな素材で出来ている。貰う訳にはいかない。

「金はこの人に貰ってるよ」

「え?」

 指差されたランザは何気ない顔で「ん? はに?」と果物を食べてる。

 そんな呑気な。

「だ! 駄目です! 助けて貰っただけでもわたし、それに服のお金までなんて! 今は持ち合わせてませんけどヨロズ屋に預けてるお金がありますからそれで」

「いいよいいよ。別に俺の金じゃねぇから」

「……はい?」

「ほい」

 ポン、と渡されたのはズッシリと重みのある袋。見れば可也の大金だ。

「これは?」

 なんだろうか?

「あんたを襲った連中から頂いといた。まぁあんたも見られたり触られたりしたんだ、それ位のお代は貰っとけよ。あ、宿代と服やら下着やらの金はそこから出しといたから」

「お代って」

 わたしは娼婦でもなければ酒場の女でもない。身体をお金に替えるつもりは毛頭ないのだけど

「杖だって使いものにならないだろ? あんな奴らの為に身銭を切るのは馬鹿馬鹿しいぞ」

「…………はい」

 ずっしりと重い袋を手にした。

 背に腹は変えられないのか、それともせめてもの仕返しなのか。

 わたしはこの金を自分の物にする事にした。

「よしっと」

 ランザは椅子から立ち上がると

「そろそろ行くか」

「え? っと、行くって」

 どこにだろうか?

「自分の宿があんだろ? あんな事の後だ、送ってってやるよ」

 刀を腰に差して振り返った姿は、あぁ、確かにあの時の男だ。

 

 

――――――あの時の――――――

 

 

「その前に~~」

「ん?」

 女性がドアを開けるとランザの手を取って

「あんたは外で待ってなっ!」

「ぅおっとと! んだよ!」

 部屋から追い出されたランザが苦情の声を上げてるけど

「女の子は準備に時間がかかるのさ。あんたは下でマダムの相手でもしてな。礼もしてないんだろ」

「そうだけど……ったく。わぁったよ」

「いっといで~」

 

 ドアを閉めた彼女が優しい顔で振り返る。

 立ち尽くすわたしの髪を彼女はそっと撫でてくれた。

「さっとは拭いたんだけどね、湯に浸かって……身体、拭いてきな」

「……わ……たし……」

「大丈夫……」

 こみ上げて来たものが、止まらなかった。

 

「ランザはちゃんと間に合ったんだ……あんたは大丈夫だったんだよ」

「……は、い……」

「しっかり洗って、ゆっくり浸かりなよ。そうすればあんたは元通りさ……いいね?」

「…………はぃ……」

「大丈夫……大丈夫…………」

 

 自分に縋り付いて泣きじゃくったわたしを彼女は優しく受け入れてくれた。

 少しして涙が止まって、わたしは部屋の隣にある大きめの湯に浸かって身体を丹念に洗って、また湯に浸かる。

 

 与えられた服を身に着けると彼女に見送られて部屋を出た。

 階段を下りると老婆と話し込んでいたランザが手を挙げわたしを呼ぶ。

 辺りから「ちょ! 俺もあの子が良いんだけどどこの店の子だよ!」とか色々聞こえてきたけど「うっさいねっ! あの子はそんなんじゃないよっ! だまって部屋篭ってお待ちっ!」と老婆に一喝されてた。

 わたしは老婆の前まで行くと

「色々とご迷惑をお掛けしてすいませんでした」と頭を下げた。

「いいさぁ、あんたも大変だったねぇ。ランザの馬鹿もこれで少しは人並みな死に方も出来るってもんさ」

「いやマダム、俺の息子は充分死に掛けたんだけど」

「それがどぉしたい。年頃の娘が無理矢理剥かれた方が大問題さね。その不心得者共の事はあたしも聞いた。もう二度とあんたの前には現れないから安心おし」

「え、あの」

「安心しろってマダム、何したんだよ」

「…………知りたいのかい?」

「さ、いくぞメリイ」

「は、はい」

 多分、知らない方がいい。

 きっとそんな気がするし、あいつらがどうなるかなんて知りたくも無い。

 

 

 わたしとランザは夜の街を並んで歩いた。

 道行く人達の多くがランザに声を掛けてくる。

 商人、義勇兵、酔っ払いや酒場の女、娼婦までが彼に声を掛けてきた。いったい彼は……どんな人なんだろうか……

 わたしが今まで出会ってきたどんな人とも、彼は違う人間だった。

 

 わたしが泊まる宿屋の前で彼と別れた。

「あの……今日は本当に、ありがとうございました」

「もういいよ。俺も少し憂さ晴らししたかったってのもあるしな」

「え?」

「なんでもない。そんじゃな」

「はい。それじゃあ」

 彼はまた来た道を戻り、夜の街に消えていく。

 

 

 宿に帰ったわたしは、もう一度だけ身体を洗って湯船に浸かった。

 もう、わたしは大丈夫。

 

 湯船の中で考える…………今日の事を、わたしは覚えておくべきなのだろうか……忘れるべきなのだろうか、と。

 

 今日の悪夢の出来事と……この出会いを…………個別には出来ない一日をどう処理すべきか、答えを求めるかの様にわたしは――

 

「…………どうしようかな…………」

 

――窓から望む月に手を伸ばした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 薄明かりの中で見える部屋の天井に向け手を伸ばす。

 

「…………」

 

 俺には届かない、光の線。決して見えない、光の線。

 届かない……でも……届くとしたら……俺は

「……」ん?

 

 視界の俺の右腕に腕が絡まる

 

「…………狩人? 魔法使い? それともさっきの()かい?」

 バルバラの囁く様な声が耳をくすぐる。復活するのが早いなぁ……

 

 初めて出会った夜に気があった。

 次に再会した夜には身体を重ねた。

 それからは偶に互いの時と気分が会う時になんとなく寝る間柄になってる。まぁハルヒロには内緒だけどなぁ。

 さっきまで満足そうにまどろんでいた筈なんだが、どうやら彼女はもう復活したらしい。

 

「……盗賊だよ」

「おや? 嬉しいねぇ」

 柔らかな肌の温もりと彼女の重みが圧し掛かる。

 右手の指が彼女の左手に辛め取られた。

「そんなにあたしの事を考えてくれるのかい」

「困った事にあんたの事以外に考える事がないんだ」

「ふふ。嘘嘘」

 不意に右の人差し指が俺の口を塞ぐ。

「あたしはねぇ? 目を見ればそれが嘘かホントかわかるのさ」

「そいつは盗賊のスキル?」

「いんや、女の感」

「そいつはお手上げだ」

 自慢じゃないがそんな女の感(チート)を持ち出されたらどうにもならないなぁ。

()()()盗賊の事だよ」

「ん? 年寄り猫(オールドキャット)?」

「聞いたんだろ? あいつが見える光る線の話」

「あぁ、その事」

 俺の上から退いたバルバラは寄り添って寝る形を取る。

「……どうなのさ? あいつの見えてるモノは」

「どうって?」

「だからさ……使えるのかって話だよ」

 正直、使えるか使えないかで大きく変わる。

 というか、使えるならこんなに大きな戦力は存在しないだろう。

 絶対無敵の必死の一撃だ。

「うちの馬鹿弟子にも言っといたけどね、あんなモノは当てになんないさ」

「特別じゃないと?」

「ないね。言ったらあたしだって見える時はあるし、腕の良い盗賊だったら皆経験あるんじゃないかね。でもそれだけさ」

「意図しては引き出せないと」

 それが出来なければ、確かにどうしようもないかもしれない。

「集中すればいい訳でもないし体調がよければ良いって話でもない。あたしも初めの頃は狙ったこともあるんだよ? 多分皆に経験がある筈さ。それくらい……魅力的な線なんだ、あれは」

 そう言って今度は彼女が手を天井にかざす。

「でもねぇ……そんなモノに気を取られていると足元を掬われるだけさ。動かなければいけない時に線が見えた時……線が見えている時に事態が動いた時に、あたし達の動きが鈍る……遅れる…………それが後悔に繋がる可能性は低くない」

「…………」

 あの時……ハルヒロには鎧ゴブに線が見えていた筈だ。でもユメの悲鳴が重なった。

 ハルヒロは遅れなかった。

 ハルヒロは間違えなかった。

 でも、毎回遅れないとは限らない。今度も間違えないとは限らない。

 その僅かな差で、今日の戦いは勝ったかもしれないし、今日の戦いでユメを失ったかもしれない。

 

「あれはね、パーティの盗賊に必要なスキルじゃない……フリーの暗殺者(アサシン)に必要なスキルなんだろうさ」

「…………そう、ん?」

 また、バルバラが重なってきた。

 

「まだ、時間はいいんだろ?」

「どこかの神官で時間喰っちまったからな、埋め合わせはするさ」

「おや? 神官を喰えなかった埋め合わせをあたしでするのかと思った」

「冗談」

 身体を返して上を取る。

 なんだよ? 随分楽しそうに微笑む(わらう)じゃないか

 

「言ってなかったか? 重たい女は好みじゃないんだ」

「あの娘がそうだと?」

「臭いでわかるんだよ~」

「まぁ。女の敵だねぇ」

 

 あぁ、俺もきっと嬉しそうに微笑んで(わらって)るな、これは。

 バルバラのお陰で、どうやら()()()()()()()()。やっぱりイイ女だなぁ、あんたは。

 

「……目を瞑れよ」

「……どうしてだい?」

 決まってる。

 

「これから嘘をつくからさ」

「あぁ、そうなんだ」

 

 笑みを浮かべたまま目を瞑った彼女はどこか可愛らしいと思えた。

 

 

 

 

「……あぁ…………やっぱり俺は、あんたが好きだなぁ」

「ふふ……目を瞑ってて良かったよ。この嘘ツキ」

 

 

 




初めてあとがきを……

ここまでお読みいただいた方々、本当にありがとうございます。
私の作品は原作3巻までを改変し幕を閉じたいと思ってます。
なのでクザク君は登場しないのです。まぁ出るにはでるんでしょうが名前が出るかどうかも怪しいですよね(ファンの皆さんゴメンなさい)
で、4巻あたりのクザクの出番を今話でランザに回しました。
ここまで書けば原作を読んでいる方はどのあたりで話が終わるかは想像付きますね^^
それでは、次話までお付き合い頂ける方、次もよろしくです(^^)ノシ

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